導入
近年、昆虫を新しいタンパク源とみなす動きが世界で広がって いる。きっかけは2013年 5 月に国連食糧農業機関(FAO)が発 表 し た 報 告 書「Edible insect ―future prospects for food and feed security (食用昆虫―食料および飼料の安全保障に向けた未 来の展望)」(以下FAO報告書)である(水野、2015a;水野、
2015b)。報告書では、昆虫の栄養価、昆虫食の地域社会的、経 済的、食文化的価値が紹介されただけでなく、温室効果ガスの排 出、水や飼料、エネルギーなどの観点から、牛や豚のような家畜 と比較して地球環境負荷の低いタンパク源であることが紹介され た。このことは世界で食用昆虫が持続可能な社会に向けて果たす 役割を考える契機となったといえる。
これに伴い、コオロギをはじめとする食用昆虫の大規模養殖が 盛んになってきている。昆虫食文化が育まれてきたタイでは食用 コオロギの養殖が2001年前後から行われてきた。 2 万戸前後の農 家がコオロギ養殖を営んでおり、2011年時点で年間7,500トンの コオロギを生産した(高松、2013; Yupa et al., 2013)。出荷され る昆虫はプロテインバーやスナック菓子、粉末にしたものを小麦
日本と西欧の昆虫観に関する一考察
―昆虫福祉の議論に向けて―
A Study on the View of Insects in Japan and Western Europe
―For discussions of Insect Welfare―
水野 壮
Hiroshi MIZUNO
粉とまぜたパスタなどに加工され販売されている(写真 1 )。コ オロギ以外にアメリカミズアブ、イエバエは家畜や魚への飼料、
堆肥生産、食品残渣リサイクルへ活用することが期待されている
(水野、2016b)。南アフリカに拠点をおくアグリプロテイン社 は 1 日にアメリカミズアブを原料とする油脂23.5トン、肥料50ト ンを生産する大規模養殖工場を建設している。日本のベンチャー 企業ムスカでは、 1 日100トンのイエバエ飼料を生産するプラン トを今年度から着工する。
世界における食用昆虫の大規模養殖は、ここ 5 年程度で始まっ た新しい試みである(水野、2020)。今後養殖昆虫は品種改良され、
より最適化された家畜昆虫として変化を遂げていくことになるだ ろう。そして家畜昆虫に対し、どう対応していくか、昆虫の福祉 が議論の俎上に上ることが予想される。
昆虫の福祉に関する議論は西欧でわずかになされてきている
(例えば水野、2015c; Huis, 2019)。西欧は動物福祉の先進国と して知られ、昆虫にも福祉の範囲を広げてきている。一方、日本 の動物福祉は西欧に追従する形で進められ、昆虫の福祉の議論も 写真 1 :タイのコンビニで販売されているカイコスナック(左)、日本で販 売されているタイ産食用昆虫(カイコのサナギ、コオロギ)の粉 末(右)
皆無といえる。近年、西欧の動物倫理が日本で注目されると同時 に、日本の動物に対する倫理観の欠如が盛んに取り上げられるよ うになってきた。しかし、日本では古くから昆虫や動物をヒトの 命と同等に扱う観念が存在する。こういった日本の動物観を動物 福祉の観点から体系的に検証した報告はほとんどなされてこな かった。本論では西欧と比較しつつ近世の日本の人々の動物観を 中心に考察を進めていくことで、昆虫福祉を議論する一つの材料 としたい。
1 章 西欧の動物倫理
イギリスのジェレミー・ベンサムは「道徳及び立法の諸原理序 説」(1789)において「問題は、彼ら(動物)は推論ができるか、
でもなければ、彼らはしゃべれるか、でもない。問題は、彼らは 苦しむことができるか、なのである」と述べた。ベンサムの功利 主義は、行動の善悪を快と苦という欲求の基軸で評価する立場で ある。このベンサムの考え方はイギリス社会で賛同者を増やし、
1822年には「マーチン法」と呼ばれる最初の動物保護法が世界に 先駆けて成立し、動物虐待防止協会(RSCPA)が設立された。
RSCPAはのちに王立協会となり、現在でもイギリス政府や世界 にも大きな影響力をもつ動物愛護団体である。ベンサムの考え方 は、のちのピーター・シンガーの思想にも基礎づけられることに なる(大上、2005;伊勢田、2008)。このような18世紀から19世 紀前半にかけて、大きな動きとなった動物愛護運動は、フランス のクロード・ベルナールらによって動物実験の手法が見直される など、西洋諸国全体へと広がっていった。1933年ドイツで制定さ れた動物愛護法は対象として甲殻類も含めるなど先進的なもので あった(青木、2002)。19世紀に動物の権利を主張したヘンリー・
ソルトは、動物の権利を主張する論法の土台を築いた 1 種の先駆 者と考えられる(伊勢田、2008)。1964年にはルース・ハリソン
が「アニマルマシーン」で近代畜産における家畜飼育法を批判し、
家畜の飼育基準の整備が進むきっかけとなった。さらに1975年に はオーストラリアのピーター・シンガーが「動物の解放」を著し、
種差別主義の撤廃を主張した。ヒトと動物に違いはあるが、苦痛 に関する道徳的配慮に関しては種差別をすべきではないという主 張である。シンガーは現代の動物倫理を考えるうえでの理論的支 柱となる一人となった。その後、2010年EUでは実験動物保護指 令が制定され、人以外の脊椎動物および軟体動物が保護対象に指 定された。さらに、2018年にスイスでは動物保護法が改正され、
十脚類(主にシャコを除くエビカニ類)にもその保護対象を広げ た。生きた甲殻類は、自然な環境で輸送しなければならず、これ までロブスター等に用いられていた「生きたまま熱湯に入れる調 理法」が禁止された。絶命させる前に電気刺激又は中枢神経の破 壊により気絶させなければならないという規定は、家庭での調理 にも適用されることとなっている。
西洋ではかつて畜産業の発達から動物虐待が激しく行われた。
旧約聖書では、人が生き物を支配するリーダーという優越的存在 であることを認めており、虐待に至る背景の一つとしてキリスト 教文化による影響も大きいと考えられる(シンガー、1988)。そ の反動として、アニマルウェルフェアの思想が根付いていくこと となった(伊勢田、2008)。
人権などの分野で活動する国際機関である欧州評議会は、これ までにアニマルウェルフェアに関する 5 つの協定(国際輸送、農 用動物、屠畜、実験、ペット)を成立させている。その 5 つの国 際協定はいずれも「動物に不必要な苦痛あるいは障害を与えるの を避け、動物特有の生理的・行動上の要求に合った条件を用意す ること」を目的としている。また、1997年のアムステルダム条約 で全加盟国による合意書の形をとった「動物の保護と福祉に関す る議定書」の内容は、対象範囲は立法から政策に拡大され、さら
に動物を「意識のある生命存在」と表現している。これらのこと から、西欧は特に動物側の視点に寄り添う姿勢がみられる。
2 章 日本の動物観
2-1 節 「生類憐みの令」を中心にみる近世日本の動物観
「生類憐みの令」は、五代将軍徳川綱吉が発令した一連の法令 の総体として知られている。この発令はこれまで綱吉の人格的欠 陥や狂気からくる時代錯誤な悪政の典型などとされてきたが、近 世でのヒトと動物との関わりを知る重要な事例として近年見直し が行われている。「生類憐れみの令」は捨て子・捨て病人と捨牛 馬とを一括して禁止しており、ヒトと動物との同質性が謳われて いることがわかる。その一方、牛馬にヒト養育の責任を求めるこ とは想定されていない点から、ヒトと動物との本質的な差異認識 もあるといえる(塚本、1995)。生類憐みとは、綱吉に代表され るような仁政実現を目的としつつ、民衆の不殺生、慈悲の心に訴 えるものであった。「慈悲」は仏教用語でありながら、「仁心」は 儒教用語であり、生類憐みの概念は仏教や儒教、そしてそれ以前 の土着信仰などがミックスされてできたものであった(塚本、
1983;根崎、2005)。
16世紀にイエズス会修道士のハビアンは「妙貞問答」「破提宇子」
において、仏教批判を展開している。ヒトと動物を区別し、死後 の世界がヒトだけにあるものとして、生き物の輪廻を説く仏教の 教えを批判したのである。仏教より儒教を広めることに尽力した 江戸時代の為政者や儒家において、これに同調する世界観を提示 する余地はあったはずであるが、獣類の祟りを恐れる民衆の生類 概念は根強く残っていた(塚本、1983)。同時にヒトを万物の霊長、
とする人間中心主義的側面も存在していた。儒学者であり民衆の 世界観に注意を払った貝原益軒は「大和俗訓」にて、「天地の中 に万物あり。万物の内、人ばかりたふとき物なし」「天地の禽獣
を養ふことは、人を養ひたまふ百分が一にもあらず」としている
(貝原、1977)。また、同じく儒学者林羅山は「三徳抄」におい て「天地ノ間ニイキトシイケルモノ人ヨリ貴キモノハナシ」とし、
ヒト中心の立場から害獣とされるものへ殺生を肯定した。「モノ ヲ生カスは仁也、悪ヲノゾクハ義也」として、「殺シテ悪ヲハラ フトキハ義ノ中ニ仁アリ」と説いた後、続けて「然レバ鼠ヲ殺ス モ仁也、盗賊ヲ殺シ悪人ヲイマシムルモ又此ココロナリ」として いる(林、1975)。このような人間中心主義は、動物とヒトの一 体感と相まって、ヒトとしての道(天道につながる人倫)を外れ た者を有害動物と同様に殺すという概念につながっていった。人 倫は、儒教で「人の人たる所以」として、人が人倫の道を実践し ようと努める過程は、「人道は即ち天道なり」、つまり同時に「天 道」に到達するとしており(趙と路、1995)、この時代の人々が 大事にした人倫は日本の「天道」につながっていった。
日本の「天」「天道」という観念は前述の儒教や道教に淵源し、
平安・鎌倉には民衆レベルにまで広まっていたが、この観念が
「人々の営み」との関係において一世を風靡するようになるのは 戦国社会においてであった(小堀、1997;水元、2013)。人々は 儒教、仏教、神道それぞれがもつ「天」の概念をミックスさせな が ら、 新 し い「天」 観 念 を 創 出 し た(石 毛、1965; 神 田、
2007)。水元(2013)によれば、「天」の観念は、災いはすべて「天 道」に背くヒトの行為がもたらすとみるが、過去との関係で現世 を宿命づける仏教的な業因を否定し、現世におけるヒトの行為を 第一義としている現世主義的観念である。自然と社会を総括する 絶対者として「天」なるものを想定し、「天道」に判定を委ねる ことによって安心を得るのである。宮崎安貞による最古の体系的 農書「農業全書」には、上述のような天とヒトとの関係にふれつ つ、天地に対するヒトの限界を認める一方、ヒトの変革力を高く 評価している。このヒトの力の優位性は、さらに大石久敬「地方
凡例録」において評価され、数多くの飢饉や災害に見舞われる時 代を生き抜く精神的な牽引力となった(水元、2013)。
17世紀末の生類憐み政策は、動物への不仁を理由に傾奇者をは じめとする多くの人々の命を奪った。傾奇者は、犬を殺して食べ るだけでなく、殺人を格別の異常事と思わず、それを誇示するよ うな風勢の者であったためである(塚本、1995)。不殺生を謳い つつ一部では殺生を肯定したのは、このような論理から生じた結 果であったといえる。
貝原益軒は、儒家として前述のような人間中心主義を展開しつ つも、「禽獣虫魚草木に至るまで、ひろくあはれむべし。是等は 天地の内にて、わが兄弟の列にはあらざれども、同じく天地の内 に生ずるものにして、もとは一気なれば、同類の思ひをなして、
みだりにそこなふべからず」と述べている。人倫は、昆虫を含む 動物や植物にも仁の心で接するものと位置づけられ、西欧でみら れたような動物を殺して活用する権利を持つものとは異なる面が あった。これは、現実に殺生に依存して生きながら殺生への忌避 感覚を醸成することとなり、直接殺生に関わる仕事に目を背け、
これを「人外」のものとして卑賎視する見方を強化されていくこ とになる(塚本、1995)。
19世紀には、人々に堕児・間引きの悪を教え諭すために様々な 間引き教諭書がつくられた。そこにはヒトと昆虫を含む動物を生 類という同じ括りにおく生類概念が色濃く反映されている。1831 年「赤子養草」では、赤子養育教導役を務める荒井宣昭に農夫た ちが「蚕を煮殺し糸綿とし、生ある者を害すため、供養碑を建る」
と答えている。蚕も「生ある者」として扱っているのである。他 にも1807年村の名主である小貫萬右衛門による「農家捷径抄」に は、野生鳥獣が間引きによって失われた嬰児の生まれ変わりと説 かれた事例も見られる。
このように、綱吉の生類憐み政策によって強化された民衆の「生
類概念」が時を経て「天」「天道」概念へとつながっていること がわかる。一方、こうした教諭に対し農民たちは、「双子」や「胞 衣かかり(臍帯巻絡した赤子)」は禽獣・畜類のようなものだか ら殺してもよいという読み替えを行っていた。これは子どもの命 を奪わなければ家の存続ができないジレンマを抱えていたためで あった(沢山、2013)。このジレンマを包含しつつ、生類憐み概 念はその後も人々の動物観を形成していく。
2-2 節 日本の動物愛護管理法
日本では鳥獣の殺生を禁止する詔勅が 7 世紀後半の天武天皇の 時代から出されていた。不殺生の概念はその後、鎌倉時代でも受 け継がれ、江戸時代の生類憐みの令へつながっていく(馬場、
2015)。その後、明治時代には欧米から動物愛護運動が導入され、
これを受けて動物虐待防止会が発足されたが、在留外国人を中心 とした活動であり大きな運動にはならず、戦争という混乱の中で 消滅していった(佐藤、1992;伊勢田、2006)。戦後、日本人主 導ではないものの新たな法制化を求める機運が高まり、1973年を もって「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護管理法)
が成立した(佐藤、1992)。動物愛護管理法はその後 3 度の改正 を経て今に至る。動物愛護管理法の基本的な指針には、「生きと し生けるものを大切にする心」「動物の命に対して感謝および畏 敬の念」「この気持ちを命あるものである動物の扱いに反映させ る」「命あるものである動物にやさしいまなざしを向けることが できる態度」というように、ヒト自身の心、態度に言及する内容 が目立つ。動物の虐待防止や保護をすることに対し、西洋では特 に苦痛を受ける動物側の視点に立った対応を問うている一方、日 本では特に動物を「愛護する」というヒト自身の在り方を問うて いる側面がある。
3 章 日本と西欧の昆虫観
ヒトも虫も共に生類であり、虫を殺すのも殺生にあたるという 考えが近代日本人の間にあった。また、稲の害虫(主にウンカ)
をサネモリと呼んで齋藤実盛の生まれ変わりとする感覚は各地に あった(Nishino, 2007)。前述の「赤子養草」では、農夫たちが 蚕を憐れむ供養塔を設けていた。さらに「ちいさい蟻」の表記も みられ、様々な昆虫が憐れみの対象となっていたことがうかがわ れる。1757年の曹洞宗輪王寺第29世大賢和尚による「赤子養育勧 進の引」には「蚕」のほか「せみ」や「蛍」への言及、1811年赤 子制導役の百姓平之助による「鵙の囀り」には虫けらのほかに「蚤 虱」への言及がある(高橋、1955)。他にも、18世紀に活躍した 平賀源内は、シミやシラミといった昆虫を挙げ、それらがヒトと 本質的に変わらないこと主張している(塚本、1995)。ちなみに 上記 3 冊ともヒトの位置づけとしては万物の霊(霊長)であり、
人間中心主義はその中でも根を下ろしていた。
西欧も日本も昆虫にまつわる伝承記録は多数みられる。しかし、
それぞれの昆虫に対する捉え方は日本と西欧では異なる一面もあ る。例えば、蛍は日本では平安時代の文学で盛んに用いられ好意 的に受け止められ、江戸時代においてさらに文芸作品と深いかか わりを持つことになった。この傾向は現代でも続いている(小西、
1992)。一方、20世紀初頭のフランスの文学小説では蛍や蚊をハ エと同類に扱っている(中島、2013)。「虫と文明」(ワルドバウ アー、2012)では日本人のトンボ好きが紹介される一方、北米や イギリスではトンボは恐れられる存在と述べられている。他にも テントウムシは中世ヨーロッパから害虫アブラムシを捕食するも のとして知られ親しまれてきた。旧約聖書の箴言には「小さなも のが四つある。それは知恵者中の知恵者だ(31章24-28)」とし、
その中に見習うべき対象としてアリ(物事に備える)、バッタ類(隊 を組んで一斉に出動する)が挙げられている。
イギリスでは 2-13歳の子どもたちに、お気に入りの昆虫を描 い て も ら っ た 結 果 を ま と め た 報 告 が あ る(Snaddon et al., 2007)。人気があったのはチョウとテントウムシだったが、それ 以外では、男子と女子で差が生じた。女子はチョウとテントウム シに集中したのに対し、男子はチョウやテントウムシのほか、カ ブトムシやクワガタなどの甲虫やクモも好む傾向があった。Ho- sakaら (2016)は2013年に日本で開催された合計911の昆虫関連 イベントを調査した。ホタルが最も多く(約60%)、その後にカ ブトムシやクワガタのイベント(約17%)が続いた。そのほかコ オロギやスズムシなど鳴く虫の観察会(60件)、チョウ(46件)、
トンボ(38件)、セミ(37件)、カイコ(20)、およびミツバチ( 9 件)などのイベントも開催していた。日本人の昆虫好きは海外で 紹介されており(Kawahara, 2007)、各地の百円ショップやスー パーには毎年夏には飼育グッズなどが店頭に並ぶほか、各地でカ ブトムシを捕まえて購入できるほか、海外のカブトムシやクワガ タを展示するカブトムシハウスなども見られる。
カブトムシやクワガタは程度の差こそあれ、日本も西欧も共に 人気があることがわかる。しかし、日本のカブトムシやクワガタ に親しむ姿は、平安時代や江戸時代の文献に見られないことから も、おそらく比較的新しい時代に特に親しまれるようになったと 予想される。一方、西欧のヨーロッパミヤマクワガタLucanus cervusは古代ギリシアやローマの神話でたびたび登場しているほ か、ドイツの雷神トールの象徴としても描かれてきた(Sprech- er-Uebersax, 2008)。15世紀末から16世紀初めに活躍したドイツ の画家アルブレヒト・デューラーの作品「東方三博士の礼拝」に もクワガタムシが描かれている。頭部や大顎の形状からもヨー ロッパミヤマクワガタであると想定される。
日本では昔から広く昆虫が食されてきた。最古の昆虫食の記録 としては918年ころに成立した「本草和名」であるが、江戸時代
には昆虫食に関する記述が散見されるようになった(三橋、
2012)。生類憐みの令で禁じられていた鷹狩りを復活させた吉宗 は、各地を鳥獣の狩猟や漁猟を禁止する鷹場を設けたため、この ような地域の人々は昆虫を動物タンパク源としてとっていたとい う報告もある(大塚、1960)。1919年の三宅恒方の調査によると、
全国各府県で 8 目48種、分類不明も合わせて合計55種が食用とし て消費されていることが分かっている。現在においても、イナゴ、
ハチノコ(クロスズメバチの幼虫)、ザザムシ(カワゲラ、トビ ケラの幼虫を中心とする渓流に生息する昆虫群)、蚕などが各地 で食されている(野中、2008:水野、2015a)。一方、キリスト教 圏では、旧約聖書にはレビ記および申命記にトノサマバッタある いはトビバッタ類を食べてよいという表記があるほか、出エジプ ト記にはマンナ(アブラムシ、ヨコバイ、カイガラムシなどが分 泌する甘い蜜と考えられる)を食す話が出てくる(三橋、2012;
水野、2016a)。新約聖書では食物規定がなく、現在のキリスト教 によって昆虫食が否定されているという根拠はない(水野、
2016a)。むしろ西欧では多量の昆虫を採集することが難しいため、
昆虫食はあまり行われなかった。1800年代にフランスではコガネ ムシが、オーストリアではアリが食されていた報告がある(三橋、
2012)。昆虫食文化がアジアほど育まれなかった一方、近年の FAO報告書から始まる昆虫食ブームはヨーロッパから始まって いる点は興味深い。
4 章 総括
近世日本の動物観は、西欧とは異なる独自の動物観、愛護の精 神を育んできた側面がある。それは、「天」概念に基づく生類憐 れみの精神にみられるように、ヒトと動物(昆虫も含む)を一体 視し、仁と慈悲の心をもって生類に接するというものであった。
動物とヒトとの同質性の概念は、ジレンマを抱えつつもヒトの優
位性と強くつながっていた。そして、天道から外れた者について は容赦なく命を奪うことも容認する側面もあった。さらに、西欧 が家畜動物の生死の現実に向き合い動物観を形成してきたのに対 し、日本では動物の生と死に接する生きかたに目を背け、それを 蔑んできた側面があることも忘れてはならない。西欧の家畜動物 との距離感の近さは虐待につながり、その反省として動物の苦痛 の軽減に努める流れが生み出されたのに対し、日本は動物の生と 死が観念的なものに終始してきた面がある。動物との同質性だけ でなく、ヒトとしての在り方から憐れみの態度を求める姿勢は、
今の日本の動物愛護法にも反映されている。
文明開化を経て欧米の技術や知恵を旺盛に取り入れた日本は、
価値観の大きな変化を遂げたが、今に至る日本の動物観は近世代 あるいはそれ以前から積み上げられ、連続的なつながりをもつこ とは無視できない事実である。
西欧において畜産は民衆の生業として密接に関わってきたのに 対し、日本では畜産動物との直接的関係は極めて弱かった。明治 時代までの傾向として、獣肉は野生の猪や鹿が主体であり、主要 なタンパク源ではなかった。そのため、家畜化されず畜産までに は発展しなかった(佐藤、1992)。こういった動物との関わりが 日本や西欧の動物観へ影響を与えたことは想像に難くない。昆虫 がどれだけ人類の文明に影響を与えたかは今後の検証が必要であ るが、前述のような人との関わりの度合いが動物観に影響を与え るとすれば、それは哺乳類に限らず昆虫でも言えることであろう。
西欧と比べ日本では昆虫は身近な存在であり、親しみの対象とし て、食用として、さらには害虫として広く扱われてきた。そういっ た中で育まれてきた昆虫観、動物観にも焦点をあてて動物倫理を 議論することに本論では意義を見出している。
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