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真宗教学研究 第3号(1979)

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真宗教学の課題 真宗教学の課題 仏教学よりみた真宗学への提言 真宗教学における「われ」の問題 一宗教学よりの提言ー 真宗教学の課題 一教団の立場からの提言ー 『本宗寺』考付 親驚聖人と『華厳経』 一特に善知識観にっし、てー 昭和53年 度 教 学 大 会 発 表 要 旨 稲 葉 秀 賢 1 佐 々 木 現IJ頂 14 坂 本 弘 20 和 田 調 25 織 田 顕 信 29 中 村 薫 43 村 地 哲 明 春 日 躍 智 57 尾 畑 文 正 小 谷 信 千 代 中 島 省 悟 吉 元 信 行 田 端 哲 哉 西 尾 京 雄

昭和

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1

1

真 宗 同 学 会

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仏教思想

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﹁ 恩 ﹂ の 思 想 : j i − − : : j i − − : : : : : i i l i −−中村元 原始仏教にむける恩の思想 j i − − j i − − : : : ・ : 雲 井 昭 善 初期大乗経典にあらわれた恩:・ j i − − : − j i − − − 藤 田 宏 遠 儒教倫理と思・

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・ ・ ・ ・ 道 端 良 秀 恩思想からみた﹃孟蘭盆経﹄と ﹃ 父 母 思 重 経 ﹄ の 関 係 ・ : : − j i − − : j i − − 新 井 慧 誉 回恩説の成立・

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・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ : ・ ・ ・ ・ 阿 部 和 雄 日 本 文 学 に 現 わ れ た 思 の 思 想 ・ : : : : : : : : : : ・ : 石 田 瑞 麿 封建社会における思の思想とその梅造:: j i −−今井淳 親鴛における獲信と報恩 j i − − ・ : : : : iji − − − 贋 瀬 果 法華経信仰にわける報恩:− j i − − − j i − − − − j i − − 勝 呂 信 静 禅 宗 に お け る 息 : : ・ : : : : : : : : : : : : : : : : : 水 野 弘 元 密教と恩の思想:− j i − − : j i − − ・ : j i − − : : : ・ : 川 崎 信 定 仏 教 と キ リ ス ト 教 に お け る ﹁ 恩 恵 ﹂ と そ の 構 造 : : : : : : 八 木 誠 一 社会福祉と報思行 j i − − − − − j i − − : j i − − : : : : : 守 屋 茂 A5 上製三六 O 頁・四五 OO 円 ・ 〒 ニ OO 円 ︿仏教思想 5 ﹁ 苦 ﹂ 近 刊 ﹀

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源流をさぐる 編 集 雲 井 昭 善 ・ 柳 田 聖 山 ・ 田 村 芳 朗 インドにむける神の観念:::・:: j i − − j i − − ・ : 雲 井 昭 善 イントにおける神と仏の交渉::::::::::::中村元 中 国 宗 教 よ り み た 神 と 仏 : ・ ・ : : ・ : : : : ・ ・ ・ : ・ ・ : ・ : ・ 鎌 田 茂 雄 1 1実態調査にもとづく問題の提起 1 1 神と仏||中国の場合’ i l i − − ・ : j i − − − j i − − − 柳 田 聖 山 日本における神の観念::::・ j i − − : : : : : : : ・ 田 村 芳 朗 A 5 二 六 O 頁・一八 OO 円 ・ 〒 ニ OO 内 ︿ 第 2 号仏教と他教との対論﹀ 京都市中京区東洞院通三条上ル・振替京都613

平 楽 寺 書 店

9

B 6 判 ・ 価 蚕 冊 三 、 Z ロ ロ ・ 全 巻 雲 、 車 ロ ロ 円 未公開のものまで全著作のすべてを収録。底本 は可能な限り真蹟本により学的に最高にしてい る。巻末に検索に便利な索引を附す。 教行信託・ 2 和讃・漢文篇・ 3 和 文 ・ 書 簡 篇 ・ 4 言行篇・ 5 輯録篇岡 6 写伝篇 註 釈 篇 ・ 8 ・ 9 加点篇 秘蔵の真蹟まですべてを網羅ノ

(600) 京 都 市 正 面 烏 丸 東 振替京郎2743・電(343)0458

法蔵館

定書

本量

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星野元豊著

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真宗教学の課題という題を出しておきましたが、まず 真宗教学という言葉を限定しておきたいと思います。真 宗教学とは真宗の教を学ぶということであります。宗祖 は真実之教浄土真宗としていられまずから、真宗を学ぶ ということは真実之教を学ぶということでありましょう 然らば真実之教とは何であるか、又それを如何に学ぶ かということが課題となるのであります。﹃教行信証﹄教 巻 に 、 真宗教学の課題 ﹁夫れ真実之教を顕さぱ則ち大無量寿経是也﹂ とありまずから、﹃大無量寿経﹄が真実之教であること は動かすことができません。その﹃大無量寿経﹄は如何に して学ばれるのでありましょうか。宗祖は正信傷を書く にあたって﹁大聖の真言に帰し、大祖の解釈を閲して、 正信念仏の備を作る一と言っていられまずから、真宗の 教えぽ、大聖の真言に同市し大祖の解釈を閲して正信念仏 1

の心を明らかにする、ものである。こう規定してさしっか えないと思うんです。だから、﹁大聖の真言に帰し﹂と いうこの言葉が、真実の教えの原点であると言わなけれ ばならない。その大聖の真言に帰すとはどういう事なの か。帰という字はヨルとも読む。殊に宗祖の帰命釈から エ ツ ザ イ 申しますと、﹁帰の言は至なり、文帰説なり、帰説なり﹂ と言っておいでになります。ですから大聖の真言に帰す とは、大聖の真言によって、浬築に至りつくということ それが﹁至なり﹂という意味だと思われます。そして帰 説帰説にはそれぞれよりかかる、よりたのむという訓が つけられていますのは、非常に面白いと思うのでありま Z ツ ザ イ して、あれは同じ説の字を書いて説と説というこつの音 を出してある。そしてエツ・サイの二音は人意を宣述す るなりと言っておいでになりますから、ぞれは大聖の真 言というものを通して仰せを聞いて行くという事になる

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2 かと思うのであります。それが説であります。﹁大聖 L は、お釈迦様を指すのでありまずから﹁大聖の真言﹂と は、お釈迦様の真実の言葉というのが直接的な意味でし ょう。では、その真実の言葉は、一体どこに表われてお るのか。﹁大無量寿経、真実之教、浄土真宗﹂﹁という教 巻﹂の規定から申しますと、そして又、﹁真実の教を顕わ さば則ち大無量寿経是れなり﹂とも言っておいでになり まずから、﹃大無量秀経﹄がすなわち大聖の真言である。 これはもう動かす事が出来ない。﹃教行信証﹄の構成を見 ましでも、大聖の真言としての﹃大無量寿経﹄が柱になっ ており、大祖の解釈がその支えになっております。 そこでは、何故に﹃大無量寿経﹄が真実の教であるかと いう問題になっていくわけでありまして、その事を明ら かにしていくものが、﹁教巻﹂であります。仏教学の研究 方法を考えますと、明治以来、西洋の実証的な、科学的 な研究が入ってまいりまして、仏教研究に一つの新しい 視野を聞いた。そういう研究方法はどこまでも実証的に 仏陀の教説を重んずるという立場だろうと思います。そ れに対して、もう一つ仏の教法を重んずるという行き方 がある。学問にこういう二つの方向があるのではないか と思うのであります。実証的な立場で申しますならば、 今日、大蔵経の中に経と呼ばれるものが五千数百巻もご ざいます。その中で、一体どれが本当に仏陀の教説であ るかという事が問題になる。そうしますと、仏説といわ れるものは五千数百巻ありますけれども、まさしく歴史 上の釈迦が説いたものは限られた経典である。これは、 今日の歴史的研究の上で明らかな事でございます。では それ以外の経典というものは、一体どうなるのであろう か。それは仏説でないのかという問題が出て来る。明治 の中頃﹁大乗非仏説﹂という事が問題になったのも、そ こからでございます。そこで一方に、仏陀の説きたもう た教法を重んずる、という方向が出て来るわけでありま す。例えば今日、大乗経典といわれておりますものは皆 ﹁仏説﹂なんでありますけれども、その内容は非常に複 雑であって、実証的な学者が言うとおり、よく一人の説 きうるようなものではない。そうしますと、もろもろの 大乗経典は釈尊おひとりのお口から出たのではなく、そ れらの経典が多くの名も無き人々によって作られてきた という事になる。しかし、名も無き人々によって作られ てきたのではありますけれども、それは何れも仏説の名 に於いて説かれている。経典作者という者は、誰も自分 の名前を出しておらない。これが非常に面白い事だと思

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真宗教学の課題 うんです。﹃華厳経﹄にしても﹃法華経﹄にしても、あるい は﹃浬繋経﹄にしましでも仏陀の名に於いてそれが説かれ ておる。何かそこに、私は説聴一如というような境地を 感ずるのでありまして、恐らく、仏陀の教法を聴くまま にこれらの作者は説いたんだ。聴くという事と説くとい う事が一つであった。そういう境地に於いて大乗経典と いうものは作られたんでないか、と思うんです。 近くは蓮如上人の﹃御文﹄であります。最近、蓮如上人 は一部の人々に非常に嫌われておるような傾向がある。 これは私、わかるんですね。何故、蓮如上人の﹃御文﹄が 嫌われるかといったら、近代的でないんですね。﹃御文﹄ には﹁仰せ﹂としておっかぶせてくるところがある。非 常に自我意識の強い近代人は、何かそれに抵抗を感ずる のでしょうね。だから﹃御文﹄は仲々素直に受け入れられ ない面がある。しかし、蓮如上人自身﹁御文は如来の金 言なり﹂と規定しておいでになります。あるいは、﹁阿 弥陀如来の御提なり﹂と言っておいでになります。だか ら﹁阿弥陀如来の仰せられけるようはとあそばされ候﹂ というような﹃御一代記聞書﹄の言葉があります。またそ の条に引き続きまして、法敬に対して﹁弥陀を頼めとお しえられた人を知っておるか﹂と、お尋ねになり、﹁弥 3 陀を頼めとおしえられたのは阿弥陀如来だ﹂というよう な 一 一 一 口 葉 も あ る わ け で す ね 。 ですからあれはとこまでも仰 せとして書いていらっしゃる。やはり説聴一如だと思=つ んですね。﹃御文﹄というものは、私意をもって作られた ものではない。ですから﹁述して作らず﹂という言葉も つかっていらっしゃって﹁わが作りたるものといへども 殊勝なることよ、聖教といふには俸りあり、文といえ﹂ とおっしゃったという。全く、阿弥陀如来の仰せを聞い て、それをそのままにお書きになったんだといえる。説 聴一如の世界で出来たものなんであります。そこに﹃御 文﹄というものの力があると思うんです。それは、妙な 事を申しますけれど、隣山でかつて﹃昭和御文﹄というも のを作った事があるんです。﹃御文﹄というものは室町時 代にできた、今で言えば古文で、皆に親しみにくい。親 しみゃすい﹃御文﹄を作ろうじゃないか、という事で、こ の﹃昭和御文﹄が作られた。ところが作られはしましたけ れども一向に用いられなかった。という事は、やはり力 が無いんですね。述して作らずじゃなくて述して作って おる。私意が入っているわけですね。そういうものは力 を持たない。﹃大乗経典﹄が力を持っておるのは、やはり 仏陀の教法を聴いたそのままに書いてある。作っておら

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4 れない。そこに生命があると思、つんです。ですから﹃大 乗経典﹄は、正しく仏陀の教法を伝えるものである。教 説を伝えていないかもしれないが教法を伝えるものであ る。その意味から申しますならば、大乗こそ仏説なりと いう論理も成り立つわけでございまして、恐らくそうい うことで、大乗非仏説という問題はおの、すから消えてい ったんではないかと思うのであります。まさしく仏陀の 教法というものを明らかにしたのは﹃大乗経典﹄であると 言っていいと思 w つ ん で す ね 。 そこで、それなら、その﹃大乗経典﹄の中で何故、﹃大 無量寿経﹄こそが真実の教か。これは宗祖の独断であろ うか、が次の問題であります。沢山ある﹃大乗経典﹄の中 でどの経典に釈尊の真実の精神、本当の教法、が表わさ れておるかを見る立場は極めて主観的なものである。こ れが仏陀の教説であると決める客観的基準は無い。見る 人によって、それぞれ違うわけであり、そこに諸宗とい うものが成り立って来司令依教分宗という事で宗旨が分 かれてくる。即ち教相判釈が行なわれまして一宗が確立 される事になるのであります。そうしますと、﹃大無量 寿経﹄を真実の教だという事も、白分がそう思うだけで なくて、そうでなければならないんだという立場が、明 らかにされていかなければならない。それが﹃教巻﹄だと 思うんです。﹃教巻﹄は従来、能詮の教という事でどうか すると軽んぜられるという傾向があったんじゃないかと 思うんですが、非常に大事な意味を持っておりまして、 そこに﹃大無量寿経﹄が正に大聖の真言であるという事が 明らかに示されておる。私は﹃教巻﹄には大体三段の展開 があると思うのであります。第一は﹁夫れ真実の教を顕 さば、則ち﹃大無量寿経﹄是れなり−という一句でござい ます。これは勿論、宗祖の信念を表白せられたものでご ざいます。そこで﹁﹃大無量寿経﹄是れなり﹂とおっしゃ った場合、﹃大無量寿経﹄というのは単なる経巻としての それを意味しておるのではない。﹃大無量寿経﹄に表わさ れた教法が憶念ざれて、そこに﹁真実の教を顕さば﹃大 無量寿経﹄則ち是れなり﹂という仰せがあるに違いない。 そうしますと、そこで教法というものが明らかにされな ければならない。それが第二段になるわけでございます。 そこに大意釈というものが出て来る。この大意釈は弥 陀・釈迦という対応の中で言葉が皆、対句になってまこ とに巧みな表現になっておるんです。本当の意味での対 句でないかもしらんけれども対応する句になっておる。 例えば﹁斯の経の大意は﹂と表わしまして、 ﹁ 弥 陀 、 誓

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真宗教学の課題 を 超 発 し ﹂ こ の 言 葉 は 、 ﹁ 釈 迦 、 世 に 出 輿 し ﹂ という言葉に対応するわけでございます。弥陀、誓いを 超発するといっても、釈迦、世に出興して弥陀の誓いを 始めて明らかにせられたわけですから、釈迦の出世とい うものが無いならば、おそらく弥陀の誓いというものは 明らかにならなかったという事でございます。﹁超発﹂ という言葉は、人間の誓いとか願いというものから超越 しておるんだということ、いわゆる本願の超越性を表わ す意味でございます。どうかすると、本願とは人間の理 想であるというような領解がされておるような傾向が、 最近多いのじゃないかと思うんですけれども、本願はそ ういう人聞の理想というものを超越しておる、本願の超 越性というものがここに示されておると思うんです。そ して﹁弥陀、誓そ超発し﹂という弥陀の本願、如来の本 願ば﹁釈迦、世に出興する﹂事に於いて初めて明らかに されてきた。﹁釈迦、世に出興する﹂事がなければ弥陀 の本願に我々は、会う道が無いわけでございまして、そ こに﹁弥陀、誓を超発し﹂とい、

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日葉が﹁釈迦、世に出 輿し﹂という言葉に対応してくると思うんです。その次 に、﹁広く法蔵を開く﹂という事が一道教を光闇し﹂と いう言葉と対応してくると思うわけですね。﹁光闇道教 と あ る 。 5 という言葉は、色々な解釈があります。道教を一代仏教 と解するのが普通ですけれども、あれを本願の大道と解 しまして、﹁光間道教﹂とは本願の大道を広く明らかに されたという意味だとする解釈もあるようです。けれど も、﹁広開法蔵﹂に対応して﹁光闇道教﹂が使われたと いう事になりますと、ここで道教の道はやはり因道であ って、浬梁を得る因道を説いた教、仏教一般、一代仏教 を指すと解釈するのが穏当だと思うんです。釈尊が群萌 のために一代仏教を説いて一一葉真実の法を明らかにして いかれた。ぞれが釈尊の﹁光闇道教﹂であります。それ に対して弥陀は、﹁広く法蔵を開く﹂、法蔵は無尽の法門 でしょうね、無尽の法門を聞き、﹁凡小を哀んで﹂とい う。この﹁凡小を哀れむ﹂が﹁群萌を語、つ﹂に対応して くるわけでございまして、ここに凡小あるいは群萌とい う言葉に表わされる機の自覚が示されておる。凡小とか 群萌とかいう自覚が無ければ、本願に帰しという、ある いは﹁大聖の真言に帰す﹂という事、がでてこないのであ りまして、そこに道緯が機教相応という事を仰っしゃっ た意味があるんじゃないかと思うんです。道一一縛の場合に は殊に末法意識がいつも現われるのでありますけれども 末法意識というものは、﹁意識﹂といわれるように、末

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6 法の自覚であり、末法というものを外観するのではなし に、それを自分の中に見い出す事だろうと思うんですね。 末法とは行証がないこと、有教無人という事でございま す。おのれの内面に有教無人の姿を見ているのが末法意 識で、ぞの末法意識の中に撲の自覚を明らかにしていっ た方が道線だろうと思うんです。 この間も、ちょっと﹃安楽集﹄を聞いておりまして、気 が付いた事が一つあるんです。それは﹃安楽集﹄の始めに 説聴の方軌という事が説いてあります。これは言葉は少 いのでありますけれども、非常に面白い事じゃないかと 思 hつんですね。説者と聴者とにはそれぞれきまりがある 方軌という言葉が使つであるんですね。それで、説者の 方では﹁医王の想いを作せ﹂という言葉が一番先に出て まいります。﹁医王の想いを作せ﹂とは説く方の心構え いわゆる法の立場であります。法の立場は、如来の御代 官を申しつるばかりでありまずから、やはり医王の想い がなくちゃいけない。医王の想いは、お釈迦様を大医主 と申しまずから、あらゆる衆生の苦悩、衆生の病い、三 毒の病いというものを超える道を明らかにするんだとい う事ですね。医者は大体病気を治すものだと考えられて おりますけれども、本当は病気を超える道を教えていく もんじゃないかと私は思うんです。三毒の病いなんでも のは不治の病いでございまずから病いを治すという事は ありえない。けれどもそれを超える道はあるわけで、そ の超える道を教えていく。それが医王の想いだろうと思 うんです。法を説く者はこの﹁医王の想い﹂がなくちゃ いけない。それからもっと面白いのは﹁甘露の想い﹂で すね。更に﹁醍醐の想いを作せ﹂というような事もいっ てあるのです。本願の念仏ほど甘露の味はないんだ、そ ういう想いを持って説け。﹁甘露の想いを作せ﹂﹁醍醐の 想いを作せ﹂と道稗禅師は言っておられます。これが宗 祖で言えば功徳の宝なんでしょうね。功徳の宝だという 思いがなくちゃいけない。それがいわゆる説者の立場で ございます。聞く方に対してはこの自信がやはり教人信 になるわけであります。自ら甘露の想いを持ち、醍醐の 想いを作す。そういう事でなくちゃいけないというとこ ろに、﹁大聖の真言に帰す﹂という、それによらずんば 生死を超える道はないという自信があります。それに対 して聴者の方についてはどうであるかというと﹁愈病の 想いを作せ﹂という。ここで大事なのは病者の自覚、病 人だという自覚ですね。これがなくちゃ法は聞えてこな いわけですね。すなわち機の自覚なんであります。 機 の

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真宗教学の課題 自覚というものがあって教法が相応してくるわけでござ いまして、その点で、凡小と言い、群萌と言われたお言 葉の深い意味があるんじゃないかと思うんです。 だから﹃教巻﹄で真宗というものが全部、明かされてお るんだと言ってもいいんじゃないか。凡小のために法門 を聞いた。無尽の法門を聞いて功徳の宝を施す。この ﹁功徳の宝﹂が﹁真実の利﹂に対するわけでございまし て﹁無尽の法門ぞ開︿﹂は﹁光闇道教﹂と対応します。 無尽の法門の中から、凡小を哀れんで選んで施されたも のが功徳の宝。功徳の宝というのは名号であります。名 号というものが選択せられた。選択本願の意趣というも のがここに示されておるわけです。その事を明らかにす るものが﹃選択集﹄の本願章だと思うのでありますが、そ こでは、何故称名念仏が本願の行として選択されたかと いう問題を出してありまして、あるいは布施をもって往 生の行とするものもある。あるいは持戒をもってするも のもある。あるいは智慧高才をもってするものもある。 あるいは多聞多見をもってするものもある。そういう行 のみが往生の行であったら我々力弱き者は往生の望みを 絶たねばならない。ただここに称名念仏がある。念仏だ けは誰にも修せられる易行である。しかしそれはすぐれ 7 た行である。何故かといえぽ名号ば万徳の所帰だからと いわれております。特にあそこで﹁念仏ば勝、諸行は劣 と言いながら、念仏を名号でうけて﹁名号は万徳の所帰 なり﹂というふうに説かれております。ここに私は、念 仏が他力の行だという事を表わされておると思うのであ りまして、この念仏がすぐ所行に帰せられていくのであ ります。まあ、そういう事は別の問題でありますが、そ ういうように﹁凡小を十及んで功徳の宝を施す﹂という事 は﹁群萌を掻ひ恵むに真実の利を以ってせんと欲してな り﹂。群萌を掻うて、そして功徳の宝が真実の利である と教えられたのは釈尊であります。釈尊は、本願によっ て選択せられた称名念仏が我々の真実の利であるという 事を教えられたお方であります。そうしますと、弥陀・ 釈迦相応して、そこに選択本願が説かれた。ぞれが﹃大 無 量 寿 経 ﹄ で あ る か ら ﹃ 大 無 量 世 帯 一 経 ﹄ は 真 実 の 教 で あ る 、 少くも群萌あるいは凡小のためには真実の教である、と いう事になります。だからそれを﹁是を以て、如来の本 願を説くを経の宗致と為す、即ち仏の名号を以て経の体 と為るなり。﹂と結ぼれるわけでございます。真宗は要 するに本願を宗とし名号を体とする教えである。その本 願を宗とし名号を体とするという事を表わしたものが

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8 ﹃大経﹄なんですから﹃大経﹄が真実の教であり、これが 一大聖の真言﹂であるというのが宗祖のおっしゃりたい 事でないかと思うのであります。殊に﹁如来の木願を説 くを経の宗致と為す、即ち仏の名号を以て経の体と為る なわノ﹂というお言葉は非常に大事でございます。特にこ こで﹁如来の本願﹂といってあります。本願と中します ればそれは如来の本願でなければならない c 衆生の願な んでいうものは末願の末顕でありまして本願ではない。 本願というもの芯どこまでも如来の本願でなければなら ない。それを説くのが﹃大無量寿経﹄の宗、いわゆる根本 精神であります 3 そして名号を体とするつ如来の本願を 具体的に表わ、すと南無阿弥陀仏。ぞれが体であります。 体という言葉三非常にわかりにくハ、言葉でありますけれ ども、﹃法華玄義﹄では二部の旨帰なり﹂と言つであり ますから、﹃大経﹄で申しますならばその所帰、帰する所 グ て れ ば 名 口 す な ん で し ょ う 。 だ か ら ﹃ 大 経 ﹄ に は 名 号 は で て おりませんけれど﹃大経﹄全部が名号の謂われを説いたも のである。どの一宇一句をとりあげても弥陀の名号を説 いたものである、という事が、一名号を体とする﹂とい う事だと思うんです。﹃大経﹄一部の謂われは皆、名号に 集まってくる。そこで﹁如来の本願を説くを経の宗致と 為す、即ち仏の名号を以て経の体と為るなり﹂という事 は、﹃歎異抄﹄に移してみれば﹁本願を信じ念仏申さば仏 に成る﹂という事でございます。それが﹃教巻﹄の精神で ありまずから、少くも群萌、あるいは凡小の自覚に立っ た場合は、﹃大無量寿 h w h ﹄ だ け が 真 一 三 日 で あ る 。 そ れ の み が 真実の教であるというふうに領かざるをえない。そこに ﹁ 教 巻 ﹂ の 精 神 と い う J Uのがあるわけであります。 大意釈というものが終りまして一何を以てか出世の大 事なりと知ることを得るとならば﹂と、そこに一出世の 大事﹂というものが出てまいります。何故﹁出世の大事 という事を仰っしゃったかというと、少くとも﹃大無量 寿経﹄が真実の教だという決断は宗祖の独断であると言 つでもさしっかえないわけです。そしてその独断という ものに、独断といっては悪いとすれば決断に、一つの根 拠を与えるために大意釈が出て来たわけです。だから大 意釈から申しますならば、﹃大経﹄ば凡小・群萌のために 如来の z 本願を説き名号を体とする、﹁本願を信じ念仏中 さば仏になる一という事を明らかにするのである、と仰 ったわけなんですコけれども、それだけではまだ、宗祖 一人の決断であるという事から出る道は無い G そこで 一 出 世 の 大 事 L が出て来るわけです。この﹁出世の大事

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真宗教学の課題 ということを表すのが五徳現瑞です、ね。その五徳の中で は、昔から第二の住仏所住というのが五徳の体であると 云われておる。この住仏所住とは如来の側からいえば、 大寂定一弥陀三味であるという事はいうまでもない。その 大寂定弥陀三味を経の上不\は仏々相念という言葉で表わ してある。﹁仏と仏と相念じたもう。今の仏も諾仏を念 じたもうこと無きことを得んや﹂という言葉で表わされ ております c そうすると、住仏所住とは仏々相念の世界 であり、お釈迦様、も今、諾仏を念じながら弥陀の本願を お説ぎになるという事であります。そして、﹃大無量吉町 経﹄は如来の木願を説くのが宗致であれし:ますから、仏々 相念の世界で念ぜられておるものは何かと言ったら如来 の本願よりほかにはないはすでございます。そういうふ うに表わす事によって、弥陀の本願が諾仏によって念ぜ られる法である、詰仏所念の法である、という事を表わ そうとされる。いったい、諸仏というものが仏教で出て 来る意義は何でしょうか。十方恒沙の詰仏が経典に出て 来る c どうして詰仏というのが出て来なければならない か。仏教は行証道というものを説くのでありまずから行 証道を成就していけば人々は皆、仏に成るはずでありま して、そこに諸仏というものが出て来るはずであります 9 けれども、諾仏の中には過去の諸仏、現在の諾仏それか ら未来の諸仏がある。過去・現在・未来の諸仏が語られ るこれは何故かという事でございます。 ここに私は﹁釈迦諸仏﹂あるいは一ー諸仏阿弥陀﹂とい う言葉を思い出します。﹁釈迦諸仏﹂と言った場合は釈 迦は諾仏の代表者であります。釈迦が諸仏の代表者であ るということは、釈迦の教法が釈迦一人の独断でなくて その背景に諸仏の証誠がある事を表わそうとするために 詰仏が出て来るんじゃないかと思います。お釈迦様の悟 りがお釈迦様によって初めて明らかにされたものじゃな くて、それは久遠の悟りなんだ、久遠の法なんだ、とい う事ぞ表わすためにどうしても諸仏が出てこなければな らない。だから釈迦教の真実性を証明するのが諸仏であ ります。そうしますと﹁詰仏阿弥陀﹂ですね。﹃大阿弥 陀経﹄なんかは﹁諾仏阿弥陀三耶三仏薩楼仏壇過度人道 経﹂と呼ばれてあります。だから、﹁諾仏阿弥陀﹂と言 った場合に、阿弥陀は、宗祖の言葉で申しま、すならば ﹁諾仏の智慧を集めたまえる仏﹂である c 阿弥陀という 名はあらゆる徳名というものを総合したものであり、こ れが実名、本名ですね。本名は阿弥陀でなき?いけない わけですっそれはあらゆる徳名というものをその中に含

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10 んでおるからでありまして、この南無阿弥陀仏という名 号がすばらしい意味を持っている。ですから﹁諸仏阿弥 陀﹂でありまして、阿弥陀の中に諸仏の徳名は皆収まる 事になると思うんです。そういう意味で諸仏というもの がどうしてもなくちゃならない。弥陀の本願は、単にお 釈迦様が説かれたのじゃなくて諸仏証誠の唯一つの法な んだという事ですね。そこにこの本願念仏というものが 一乗の法であるという証明が初めて出て来るんだと思う のです。ですから、﹁出世の大事﹂という事が出て、諸 仏によって念ぜられる法が弥陀の本願だという事をどう しても言わずにい h lつれなかった。ぞれが宗祖のお心でな いかと思うのであります。 ぞうしますと、名号というものに諸仏の証誠があるか らこそこれが長い間大きな民衆の力になってきたんだと 思うんですね。民衆の力になるのは、単なる伝統だけで はいけない。やはりその名に一つの真実性が表わされて おらないと民衆の力にはならない。一つの例を申します とかつて同志社の総長をされた大塚節治という先生があ りました。永らく大谷大学ヘキリスト教史を講義しにお いでになった方であります。その頃は大抵、教員室へ皆 寄ったもんですから、色んな先生から色んなお話を聞き まして随分聞き学聞を私達はざしてもろうたわけなんで すが、その時、大塚先生が真宗には名号があってよろし いなという話をなさった。キリスト教にな名号が無い。 名号というものがあったらこれば日常生活の一つの力に なるんで、あったらいいなという事で、実は作りました と言うんですね。それは、ラテン語でエマlネンという 言葉があるそうで、それは﹁永遠なる者﹂という意味な んだそうですが、そのエマ l ネンという言葉を名号とし て使うようにという事で始めた。ところが一向それが力 にならないと言うんですね。﹁やっぱり人間の作ったも のは駄目ですわ﹂っていう話を大塚先生から承った事が ございます。それはさっきの﹃昭和御文﹄と同じ事で、作 ったものでは駄目なんですね。やっぱり自然に表われた ものこそが本当の力を持っておるのじゃないかと思うの であります。何れにしましでも、﹃教巻﹄はそういう意味 で大切な意味があることを忘れてはならないと思います。 ここに宗祖が﹃大無量寿経﹄を真実之教と定められた意 趣があるのであって、ただひたすらに﹃大経﹄の上に大聖 の真言に耳をすましてゆかれたのが、宗祖のお心でない かと思うのであります。ですから真宗の教を学ぶという ことは自らが﹁甘露の想い﹂あるいは﹁醍醐の想い﹂を

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真宗教学の課題 作す、そして本願に帰すという、それが真宗教学の原点 である。そこに真宗学というものはどこまでも行道でな ければならないという事、がございます。それで﹁大聖の 真言に帰し﹂という事に対して﹁大祖の解釈﹂というの は七祖の教学である事はいうまでもないのでありましょ う。そしてその七祖がどうして相承の師として選ばれた かと申しますと、これは﹁大聖典世の正意を顕し、如来 の本誓機に応ずることを明す。﹂という﹃正信用閣﹄の二句 に極まると思うんです。先議の説では﹁著書垂範﹂とか ﹁発揮各説﹂とか﹁解行相応﹂という事が言われできた んですけれども、これは後から考えただけであって、何 もそういう基準をはじめから宗祖が持って七祖相承を決 められたわけではない。それを決められた基準は、どこ までも﹁大聖輿世の正意を顕し、如来の本誓機に応ずる ことを明す﹂という事に極まるのであります。七祖とい ってもた立、群萌凡小の自覚に立って、本願念仏の教え のみが真実であるという事を明かした方々でございまし ょう。そしてその七祖はそれぞれ、時と機ということが 重要な問題となります。時代が人を生みますし、又、人 が時代をつくるわけですから、時機というものは離れる 事の出来無いものでしょうが、七祖はそれぞれ時機を異 11 にしておるのでございます。だから七祖の教学というも のばそれぞれ個性が出ておりますし、時代の影響がござ います。それが発揮各説といわれたのでしょうが、異っ たものがありながら、しかもそれがいつでも﹁大聖輿世 の正意﹂を明しておる。そして﹁如来の本誓機に応ずる﹂ 我々の機に相応する教えは如来の本誓のみであるという 事を明らかにせられた ο これが相承の師なんでしょう。 浄土教に貢献した諸師というものは沢山有りますけれど も、﹁大聖輿世の正意を顕し如来の本誓機に応ずる﹂事 を明したのはこの七高僧だけであるという事になると思 う ん で す 。 ところで、宗祖が学ばれたように正信念仏の道を我々 も学んでいくわけでありまずから、我々も宗祖と同じよ うに﹁大聖の真言に帰し大祖の解釈を閲して﹂正信念仏 の道を明らかにする。それが真宗教学だと思います。そ して﹁大祖の解釈﹂とは、今申したように宗祖の場合で は七祖でありますけれども、我々の場合になりますと、 司教行信証﹄を中心とする宗祖の御聖教もはいりましょう。 列祖の御聖教もはいりましょう。それから色々な先徳の 教学がそれぞれの特色を持って著わされた、それもはい りましょう。私は教学というものは色々あると思うんで

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12 教えを学ぶ学び方というものは人によって時代に よって遣うんですから。色々の教学から、大聖の真言に 帰する道を学んでいく、ぞれが私は真宗教学だと思、つん ですね。一つの教学に固執するという事は、かえって道 を誤まらしめる恐れがある。しかしすべては﹁大聖の真 言に嬬ずる﹂のであります。﹁大聖の真言に帰す﹂とは 宗祖が、元祖との遅遁に於いて、雑行を捨てて本願に帰 すと一去っていらっしゃるそれであります。本願に帰すと いう事が、三顧転一入の問題と結びつきまして宗祖の獲信 の基本になると思います。本願に帰すという事が根本に なくちゃ、ならない。ところで、善導によれば﹁行を学は んとすれば有設の法によれ﹂と云っておりますが、有縁 の法というのは唯、誌があったという事ではなくて我が 機に相応した教えという事でしょう。教法はどんなに優 れておっても機に相応しない法ならばそれは苦労するだ けで稔りが無い c 有設の法によれば、苦労は少くして稔 りが多いわけでございます Q そこに、凡小・群萌の自覚 があるならば、我が機に相応した教えというものは本願 の念仏のみである。そこで誓願一仏一架という事が出て来 る。そういう行道としての教学が確立しなければ理論が とれだけ巧みでありましでもあるいはどれだけ思想が優 よ 。 それは本当の教学にはならない。本 当の教学は行道が根本でなければならないと私は思いま す。解学というものは無限に学ぶ事の出来るものでござ います。解学は何をやってもかまわない。例えば、今日 は学長さんも来ておいでになりますが、大谷大学などは 昔から頂点が真宗学だ、いろんな学聞があるけれどもみ んな真宗学に集まるんだ、とよくいわれたものです。経 かに、佐々木先生なんかの理想もそこにあったんであり ましょうが、とにかくそういう意味でいろんな解学をや っていいわけであるが、それが一つに集まってこなけれ ばいけない。﹁大聖の真言に帰す﹂という事がそれであ ります。本願の念仏に集まってこなければいけない。解 学はどんな解学をやっても、解学の中ではどんな結論が 出ても、それはかまわないわけであります c ですけれと も、真宗教学としては、その解学というものが行学を明 らかにするための解学でなければならないな﹁本願を信 じ念仏を申ざば仏になる﹂という学問ですね G ぞれが真 宗教学であって、それが行道。行学というものが根本に なっている。解は必ずしも信を要求しませんけれども信 は必ず解を要求します。解学をやったから行学が出来る という事にはならないが、行は必らず解を要求するわけ れておりましでも、

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ここに行学が基礎であり根本であるゆえんがあ 解学というものはいつも行学をして光あらわし めるもの。だから解学が盛んであれば盛んである程、行 学が明らかになって来るという事にならなければならな い。ぞれが真宗教学であると考えていいと思うんです。 ただ解学に終る、行学が忘れられておる、という事が 今の教学の状態だと言っちゃ言い過、きでしょう。けれど も、そういう傾向が非常に強いんじゃないか。これは私 自身の憤悔・反省なんであります。だから、行学がどう しても基礎でなけ h ノゃならない。この私がお念仏を申す という事がとこまでも根本になって、そこからあらゆる 解学というものが、その行学を明らかにするために要求 す ね 、 り ま す 。 真宗教学の課題 13 されるのだ、という事が私の言いたかった事なんであり ます。これは真宗教学に携わる者にとりまして常に新し い問題であって常に古い問題であります。昔からの問題 であってしかも常に新しい問題。しかしそれは外観すべ き問題じゃなくて内観すべき一人々々の問題だという事 であります。その事を特にだんだん年をとりまして、し みじみと感ぜられるようになりまして、この頃は田舎に おりましてひたすら御門徒相手にそういう事を語り合っ ておるような事でございます。皆さんの御参考になるよ うな事ではなかったと思いますけど、そういう問題が、 真宗学の根本の問題でないかという事が申し上げたかっ たわけでございます。

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仏教学よりみた真宗学へ

凡そ、学問は生命のあるものを対象とする事は出来ま い。たとえ生命あるものを対象とする如くにみえても、 対象とするとき、その瞬間、動きが停止している。毎年 変る汽車の時間表は学問の対象にはならないのと同じで な り 4 G

いま動きを止めて言えば、宗教には宗教論と宗教観と 二面があるように思う。 宗 教 諭 原始仏教学を対象としている我々は先ず、宗教を既に 死せるものとして取扱っている c このことは不幸である より寧ろ幸いと思っている。何故なれば、そこに我々は 人類思想・宗教史上の一つのパターンを位置付けること が出来るからである。生きつつあるものにはパターンが ない。二千五百年前に出来上った此のパターンはインド

の提言

) I

の国境を越えて世界へと拡散した。インド思想の普遍性 であり、ユニヴァ l ザリズムとして世界思想に貢献した。 インド民族は元来、ユニヴァ l ザリズムを指向する性格 を持っている。仏教的ユニヴァ l ザリズムはこの性格と 符合し、ヒンドゥイズム或いはジャイニズムなどと共に インド人の理性の奥深く定着しているのである。日本の ような仕方で定着しているのではない。 インドにおける仏教のユニヴ l ザリズム︵普遍性︶は強 固な一つのパターンを学問に賦与することに成功した。 それが仏教哲学︵アビダルマ傍教体系︶であった。これな くして、如何なる国の仏教もその体系を逸失するであろ う。形相なき質料は水に浮ぶうたかたの如きである。 ところで、仏教学のパターンの形成には二千年余の歴 史と精巧な体系化への精進があった。又、その形成の途 上に於ては諸種の異解との闘争、異宗派相互の論、が現

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出したが、九て、それらは一大体系形成への造形的活力 とはなっても決して体系を破壊せしむるものではなかっ た 。 ひるがえって、真宗学を伺うに、ぞれの体系化は極め て新しく、徳川時代であり、而も、わっかに数十年にも 満たなかったという。これ位で、どうして古い学問と言 えるか。古い既製体系などと批判されえない。如何なる 宗教をみても、この短い年月では普遍的哲学の形成も殆 んど不可能であったのである。 仏教学よりみた真宗学への提言 我々の如きインド古典の研究者︵普遍性を追求する人々︶ は一つのパターンを求めて止まないのであるが、真宗学 のパターンは一体何処に求むべきであるか c 私の定義によれば、学問とは

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平易に言えば

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見聞覚 知した経験に知識を補充することであろうと思う。そう であるならば真宗的信仰し談に知識を補充する兵姑部が何 処にあるであろうか。 15 土木だ体系の形成途上にある真宗学を学ぼうとして、徳 川期の講録から調査し始めているという熱心な西欧人を 若干知っている。インドと同じように、日本にも真宗ア ピダルマが出て来なければなるまい。それには其の範を インドのアピダルマ仏教におくべきことについては、も はや、多言を要しまい。 宗 教 観 宗教諭は普遍性を持ったものであった。然し、これだ けでは、宗教は生きたものではない。宗教の命は普遍性 にあるのではなく、却って、その特殊性にある。ここに 特殊性とは宗教で言えば主体的経験の謂である。 ところで、主体的経験ほど他人の介入を許さないもの はない。従って、他人はそれを神秘的なものと言ったり 或いは、深いなどと形容したりする。特に、これは東洋 人の聞で専ら尊ばれる所謂主観的という意味の深さであ る。深さの神秘性は一一径の魔力を発揮して遂に愚夫愚婦 を引きつけて行く。ここに仏教的経験論者の危機もひそ む 。 それは兎も角、主体的経験は宗教観となって現われる。 そこまで主体化されねば宗教は生きた、ものとはならない。 幸い宗門にはかかる宗教者にこと欠かない。近くは金子 ・曽我師の如き主体的経験論者がおられたし、又、清沢 満之や庄松同行の如き妙好人も出た。いずれも、個とし ての宗教的人聞の在り方を我々に説き示して下された。 然し、それらの人々によって示された尊い例の教える

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16 ところば宗教の特殊性であって普遍性ではない。特殊性 は民族性によって育てられている|特に日本では甚だし い。日本人という国民の中から未だ曽って政治・経済・ 思想界を変革せしめるような人物は出て来ていない。 マルティン・ルッタ!の宗教改革や、ルソーによる産 業革命も生れてはいなかった。日本史は我々にそのこと を告げている。日本で宗教者の体験が社会改革の理念と なっ得たことはなかった。 曽って、鈴木大拙博士がハワイの哲学者会議で妙好人 の話しをしたという。先生は﹁その時、何の反響も受け ずどうやら解らなかった﹂と嘆かれたのを思い出す。先 生たるものが妙好人を持ち出したとは意外である。とい うのは妙守人は日本の土壌の上にしか育たないところの 極めて民族的特例に過ぎないからである。民族的特殊性 ば民族学の対象にばなるかも知れないが、人類の思世の 普遍性に期待している哲学会議の求めるものではないで あろうからである。 このように考える時、我々は真宗は民族宗教の一つと してしか取扱われないような感を懐く。他方、民族宗教 であるが故に、真宗は日本民族の心清に符合し、救済と いう難事業を多くの人々の中で成し遂げ得たのでもある。 インドの原始仏教が、若し真宗のように民族宗教的要 素と符合していたとすれば、インドで弱体化されず、又 ヒンドヮイズム的色彩を残存しながらでも今日の大衆の 中に生き続けたであろう。ところが、ぞれが宗教諭の発 達によって普遍性は完壁な形態を遂げたが、民族的要素 は現今のヒンドゥイズムに摂取せられてしまった。ヒン ドヮイズムは民族宗教であり、更にそれはイントのナシ ョナリズムと結合している、ということに就ては屡々、 論述したこともある。 真宗は民族宗教である故に、日本人の中に深く沈潜し えたけれども|幾多の宗教者の宗教観を生んだけれとも |宗教観が主体的に止まる限り、如何なる日本人でも何 らかの形で各自の宗教観は持ち得るものである。他人の 宗教観に心酔する要はない。﹁自らを洲︵根拠︶とせよと いうのが仏陀の教訓であったからである。その﹁自らと は何か、自力か他力かなどと如何に弁解しようともそれ はかまわない。ただ、そこからして普遍性が期待される ような﹁自﹂である。﹁自ら﹂の﹁白﹂とはそのような 自である。他力でも自力でもない。 真宗一か民族宗教であり乍ら、普遍的仏教でもあるとい うのは、上述の方向で尋一ねられた﹁自﹂を分母として持

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っているからこそでないであろうか。真宗学は同時に仏 教学であり、仏教学は同時に真宗学でもあろう。真宗が 民族宗教として如何なる深さを日本民族に与えたかとい うことを先ず、研究することが真宗学の第一の役割でな いか。そして、その普遍性を仏教学に求めて行くことが 第二の役割として与えられるであろう。 仏教学よりみた真宗学への提言 社 会 性 真宗は社会の構造を一体如何に考えているであろうか。 同じ設問は仏教一般にも与えられねばならない。然も、 真宗は原始仏教のような異国にして古代の仏教ではなく 現代社会に生きている宗教であるが故にこそ愈々、真宗 、が考えている社会とは何であるかを問わねばならない。 民族宗教たる真宗が対象とする社会とは先ず第一に日 本社会でなければなるまい。ところで、宗教は個の宗教 であるが、社会は個の社会ということはない。社会の最 小の単位は家族であり、家であろう。特に日本社会の特 色は同族共同体である。アフリカ、アラピャ、インドの トライブに現存するこの形態︵著しい原始的要素︶を残存 せしめている近代国家である。諸近代国家︵西欧諸国︶の 中では日本だけであろうかと考える。 17 この同族共同体の 意識は

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猿の心理状態のあり方がいつまでも変らないよ うに|日本でも変るまい。日本の仏教は飛鳥時代以来、 かかる共同体意識によって伝持されて来た。それが単位 家族的な世帯共同体とか複合家族的な親族共同体とかで あれ、又、集落の同族共同体であれ、そのような重層的 形態の上で今日まで伝承されて来た。而も又、それを伝 承した主体的根拠は何処にあったかと言えば、日本的情 感にあったと信ずる。御神体が何であるかも理解するこ となしに而も、有難いと言って一振を流したという西行法 師の心情、これが仏教伝承の主体的根拠になっていた。 飛鳥時代より中近世を経て、仏教は大衆による教義哲学 の理解によって支えられてはいない。日本人は生まの哲 学を理解する能力に乏しい。その代り、真実を深く、う ちに見透す感知を持つ。現象を通して直かに真実に触れ うる先天的直覚力を持っている

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丁度昆虫の触覚のよう である。正しい情緒・心情は合理的理解に先行している。 而も、真実をつかむ。そういう世界にまれなる経験を示 しているのが日本仏教思想史でなかったか。 現今、仏教書は仏書量にまかされず、一般書店から多 く出版され、青年らの読み物とされている。前代未聞の 盛況である。漠然として家に伝わる宗教が何であ?たか

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18 を、今、彼らは反省し始めたのであろう。つまり、情感 で伝承されていた宗教を知識を以て補充しようとする指 向の現われではないかと考える。家の宗教なくして個の 反省は起るまい。或る人々は、家でなく個の自覚という かもしれない。然し、個というスケールの違った家がそ こにあるだけである。 ﹁家の宗教でなく個の宗教でなければならない﹂とい う主張は間違っている。それは日本という同族性を忘れ た主張である。言い換えるならば、この主張は宗教の本 質論と、日本の社会性とを取り違えた謬論と言ってよい。 更に、この主張は日本社会を敵にまわすことともなろう。 尤も宗教の本質は個の自覚である。又、個の自覚は屡 々、反社会的行動となる。然るに、かかる反社会的本質 は日本では社会内につなぎとめられなかった。そこに先 覚者の苦難もあったであろう。それを究めるところに日 本的宗教社会研究の意味もあろう。 真宗学は宗教の本質論のみに執する余り、少くとも日 本|世界などとは言うまい|の宗教社会性を看過して、 事実認定を誤るようなことになってはならない。仏教学 史観︵原始仏教・中国仏教︶の展開を範として真宗学は研究 すべきであろう。 学 と 真 宗 如何なる文化でも、学ともなれば、先ず第一には言語 の研究が先立つであろう。私はモダ l ン思想が解らない からモダ l ン真宗学の最も嫌うところの訓古学とその註 釈という仕事に従事している。この点からみて、モダ I ン真宗学の諸論文は新古取りまじえて我々にも解らない 言語を余りに多く用いている。例えば、概念・実存・理 性・感性・絶対・他力道、果ては出合いという和語に至 るまで。或又、オッフェンバlルング、ミスティ 1 ク な どの欧語に至るまで、種々雑多な言語が披露されている。 一つの言語でも、その歴史、思想などで日夜思慮してい る我々は驚きといってもよいショックを受け、果ては我 が思想なきを自ら嘆かざるを得なくなる。 果して、モダlン真宗学の学問史の上には訓古註釈時 代がなかったのであろうか。学聞は果して、言語を除い て感想文で進められるものであろうか。我々の望むこと は客観的に了解しうるような言語の厳密な訓古註釈学の 研究である。少くとも、これが我々の真宗学への近付き に役立つ善巧方便となるであろう。宗教観は各自におい て構成されるもので学ぶべきものではない。我々の必要 とするのは宗教観でなくして宗教論である。

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仏教学よりみた真宗学への提言 第二に望むことは

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真宗学・仏教学共に!日本におけ る学の意味である。西欧の例をとれば、キリスト教でも 彼らはユニヴァiシティ・キリスト教とチャーチ・キリ スト教と区別しているようである。前者は学者であり、 後者はミッショナリl︵布教師︶の宗教である。前者は必 ずしも教会で説教する必要がない。こうした意味の宗教 学は仏教に関する限り

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イ ン ド を 除 い て 他 の 東 洋 諸 国 では見出されない。東洋日本でもーでは学に従事する 者でも、大衆の中に立って布教し、又、ぞうすることに よって学に肉付けしなければならない状態である。真宗 学者において、特に、それが目立つ。真宗学者は生活と のせめぎあう境界線に立たされている。世界的に言って 真宗学者は、かかる恵まれた|然し、困難な

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立場にい る。然し、ここに真宗学が普遍性を失う危機もひそむ。 大衆|それは古来から心情を重んずるーを相手にする とき、あいまいな論理となる。然も、あいまいな論理は 変質する危険をはらむ。流行思想に対する過剰反応から 19 遂に言語分析という基礎学を飛び越えてしまう。ところ が、驚くべきこと|或いはあきれることーにそれでもな お結構、信者の数が後を断たないのである。ぞれが真宗 である。若し、原始仏教や中国仏教ならば日本には一人 の信者も出てこないであろう。日本の宗教社会、いな真 宗集団が、今日なお、飛鳥時代の人々と同じ心情を持ち 続けている証拠である。真宗学者は、このような結構な 宗教社会を持っている。だからと言って悪用すべきでは ない。むしろ感謝の気持を以て、更に宗教社会・民族学 の研究に心を向けるべきであろう。 つまり、真宗学は宗教観を強調すると同時に宗教諭を も持たねばならない。ということは真宗学は普遍的宗教 諭は仏教学の中で掘りあて、特殊的宗教観は日本の宗教 社会的民族性の中で打ち建てねばならない。単なる﹁我 が信念﹂ならば、万人に共通である

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そういうことにな りそうであるからである。

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真宗教学におけるわれの問題

| | | 宗 教 学 よ り の 提 言 | | i 主題として掲げた﹁真宗教学におけるわれの問題﹂に 立入る前に、まず﹁教学−ということについて少しく考 えてみたい。真宗教学、あるいは仏教教学、という言い 方がなされているがそれはいかなるものであるべきか。 キリスト教などにおける﹁神学﹂と真宗における﹁教学 とは、何となく対応する意味で理解されているようであ るが、果してそうなのかどうか。また、それでよいのか どうか。これは、真宗学者のみならず、ひろく真宗人が 一度それぞれ考えて見なければならない問題の一つでは な か ろ う か 。 神学︵

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−。宥︶は﹁神の理法を明らかにする学﹂で あり、いっぽう、教学は﹁教法を明らかにする学﹂であ

る。そう考えれば両つはだいたい対応関係にあると見て よいようであるが、果してどうであろうか。両者がもっ 共通の課題として、しかし、すくなくとも、次のことは あろう。すなわち||刻々に展開しきたる歴史的状況の 中からは、必然的に問いが、特に人閉そのものに関わる 問いが、生まれて来る。この間いを受けとめ、それを受 けとめた立場において教えをあらためで聞思する。そこ に教えの意味が新しく顕わにされてくる。その顕わにさ れた意味をもって、神学は歴史的状況に対して応えてゆ くのである、というのが近代の神学者たちの聞に見られ る考え方であるが、真宗教学においてもまた同様なこと が考えらるべきではないであろうか。つまり、時代から 出てくる人閉そのものに関わる問いに対して、教法の意 味をあらためて明らかにする、ということが真宗教学の

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課題としでなければならないのではないか、と思われる の で あ る 。 真宗教学における「われ」の問題 さて本題に入って﹁われ﹂の問題であるが、近世から 現代に至る精神史の展開の上には﹁自己肯定﹂というこ とが顕著に現われている。それは、ルネッサンスから啓 蒙期を経てだんだん明らかになって来たものであるが、 次のような考え方である。すなわち 1 1 1 人聞は無限の創 造性を苧んだ存在である。そして人間の自己肯定におい て神︵究極的存在︶がみ、すからを肯定する。つまり、人間 は絶えず新しく前進し創造し生産してゆく。そういう仕 方で人間は自らを肯定してゆく。その人間の自己肯定を 通じて神がみずからを肯定することになる。人間の自己 肯定イコール神の自己肯定である。そこに人間の尊厳性 ということも、また、確立される、というのである。 この考え方は近世以降、産業革命から、さがて高度に 工業化され機構化された社会が成立してゆく過程の中で 基礎づけられ、裏づけられて来たものといえるが、そこ では、創造性を担った存在としての人聞が無制約的に自 己肯定され、否定の契機は甚だ稀薄になっている、とい 21 わなければならない。古代から中世にかけてももとより 人間の自己肯定の考え方はあつだけれども、ぞれはこう した近代の無制約的自己肯定とはよほとその様相を異に する。たとえばストア思想における自己肯定を見ると、 そこでは、人聞は本来ロゴス︵究極的存在︶と等質的なも のをもっている、とされる。すなわち||人間の本質は ロゴスによって規定されている。ただ情念︵パトス︶があ ってさまたげをなす。情念が人聞を迷わせる。したがっ て、情念は否定されなければならない。厳しい情念の否 定によってはじめてわれわれはロゴスに相応したあり方 に到達することができる。そこに人聞の平安があり、幸 福がある、というのである。したがってそこでは、情念 の 否 定 ︵ そ れ は す な わ ち 徳 の 溜 養 と い う こ と に 繋 が る の で あ る が︶が厳しく要求される。情念の否定を通じてはじめて 人間は本来の自己に帰ることができるのであって、そこ にこそスコア的な自己肯定というものがある、という。へ きであろう。それに対して、近代的な自己肯定において は、先に述べたように、否定の契機はいちじるしく後退 し、無制約的に自由な創造の担い手であるわれを肯定す る こ と と な っ た 。 ところで今やどうか。 現代的状況の下にあっては、そ

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22 ういう自己肯定が多分に空洞化されて来ている。高度に 組織化・機構化された工業社会の中で人間性が倭小化さ れている。そしてそこに様々な問題が噴き出し、人聞は 次第に深まりゆく不安に脅かされている、といわれる。 にも拘らず、近代的自己肯定は、では、崩壊したかとい えば、そうでない。人聞は深刻な不安に脅かされている。 いるにも拘らず、自己肯定の根っ子だけは残っている。 根強く残っている、という e へきであろう。そこに、たと えば人間の生の様々にな矛盾、悪、についても、むしろ肯 定的な見方が生じている。悪が、もはや、中世において そうであったように、あるいは近世初期のプロテスタン ト的な意味でそうであったように、深刻な受けとめられ 方をされることはなくなったように見える。悪も人間に とって構造的に不可避なものだ、と考えられ、だから個 人的にそれにはまり込んで苦悩するよりも、むしろ、そ れも人間の創造的はたらぎにとって一つの契機になると いうように悪を積極的に肯定し、受け入れて、それによ ってより深い意味をもった創造を果してゆくべきである という考え方になって来ている。あらゆる面においてそ うだというのではないが、そういう面が色濃く出て来て いる、とはいう e へきであろう。文学や美術の作品にもそ うした傾向が強く現われている。しかし、そのことによ って創造の営みがより豊かになりより深みを増す、とい ってよいかどうか、われわれがそれほど楽観的にあり得 るかどうか、は問題である。その点についてもやはり大 きな不安がある。聞に包まれたようなものがある。ある いは、とぢきれない裂け目、がある、と言わざるを得ない。 このわれの問題、自己とは何かという問題、 は真宗教学においてどういう形をとっているか、という ことを考えて見たいのであるが、それについては、そも そも仏教においてわれの問題はいかに考えられているか ということから出発しなければならないであろう。そこ で、まず仏教における﹁無我﹂の教えについて考えて見 る こ と と す る 。 こ こ で 、 無我とは我に執しないことである。人間の執着が外な る対象に係るとき、同時に、逆に、内に向ってわれに執 するということがある。すなわち実体として我を執する のである。﹁無我﹂において否定されているのは、執着 のあるところにしらずしらず内在的に我というものを想 定しそれに執するということである。そのことを否定す

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真宗教学における「われ」の問題 るのが無我の教えである。このように解明されている説 にわたしも依りたいと思うコそこでは、だから、修道的 ・内観的・倫理的主体は否定されていない。釈尊は語ら れる、阿難は応える、というわけである。それは否定さ れていない。むしろ我執的かかを否定することに、却っ て、修道的・内観的・倫理的主体を浄化し、それを新生 せしめる意味があるであろう。そういう主体はけっして 否定されていないし、また、それの否定ということはあ りえないわけである。 そこで、真宗教学の方へ移ることとする。たとえば教 行信証の三心釈の文を拝見すると、厳しい、自らを批判 することばが随処に出てくる。また、よく知られている ﹁外に賢善精進の相を現ずることを得、ざれ﹂ということ ばであるとか、あるいはまた、善導大師を引いて機の深 信が語られる箇処であるとか、そのような所で親驚聖人 は、内観的主体が我執から自由なものとして、自らを語 つてはおられない。どこまでも、自分は執着を脱し得な い者であるとされる。そこに、徹底した自己批判的自己 凝視がある。わたしはそれを不味の凝視とでも呼びたい と思う。どこまでもごまかさないで徹底的に自己をみつ める不味の凝視が宗祖によって遂行されている。ぞれは 23 ただ徹底的に自己が自己の凝視を貫くというだ けでない。自己自身を凝視するおのれの眼の背後片山、も う一つの大きな、深い、底知れぬ凝視の眠がある。その 大きな眼に見られることによってこそ不味の自己凝視は なしとげられているのである。実存主義者として、ある 意味で徹底的に自己を観察し、人間存在の暗い内部まで 深くえぐったサルトルらの人間分析と比べて、そこに違 いがある。サルトルにおいて、あるのは、あくまでも自 己を観察し自己を分析する限のみである。宗祖において は、その眼の背後に、さらに大きな凝視の眼があり、そ れあることによってはじめて自己提視が真に遂行されて いる、ということがあると思われる。 ここで思い出されるのは、故人となった歌人吉野秀雄 の残した歌である。かれは親驚に深く傾倒した人である が、今、重病の床に横たわって身体の自由がきかね。自 分の杖とも頼む息子は気狂いになって二階で物を投げつ けたりしてあばれている。その中で、自分は動かない身 体に鞭うって、随筆を書くとか短歌を書くとかともかく 金をかせいで、何とかして食ってゆかねばならない。そ ういう状況の中から生まれた歌なのであるが、 称名に安心はなしゅれ止まぬかなしき し か し 、

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24 心うながせば申す 人はこれを読んで、あるいは、かれは親驚に傾倒した 嘆異抄に傾倒したといいながら、結局、どん底に落ちた らかれの信境はその程度の、ものであったのか、と評する かも知れぬ。しかしわたしは別な見方があると思う。称 名しでも安心できない、けれども揺れ止まね悲しい心が うながせば覚えず念仏申すのである、と言いながら、作 者は病床に横わりつつそういう自己を凝視している。非 常に冷くであるけれども、それこそ不味の限でみずから を凝視している。しかしそこには焦慮の念でなく何とな く一種の安らかさが、安定というようなものが、感じら れる。それはなぜかといえば、作者の背後から見ている もう一つの大きな眼があって、それに見守られる中で、 かれはこういう自分のすがたを確乎として見定めている か ら で あ る 。 このことは、実は、機の深信におのずから繋ってくる 事柄であって、ぞれが真宗におけるものの考え方の特色 を示しているようにわたしは思う。 四 近代的自我における自己官定はこんにち大きな闇にか こまれ、間いにさらされている、という状況がある。そ れが現代的状況の一つの局面である。これに対して真宗 教学の立場から、われの問題、就中近代的自我の問題を 改めて深く聞い直すことが必要とされているのではない か。蕪雑ながら、これをもって責めをふさぐことにした

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