創 立
ニ O 周年記念特別講演
歴史地理学に b ける最近の動向
菊
地
手 リ
夫
一︑はじめにあたって
歴史地理学会二十周年記念の広島大会において︑特別講演を行うことを常任委員会から指名をうけました︒ここに
歴史地理学における最近の動向
﹁歴史地理学における最近の動向﹂と題して︑若干の問題をとりあげて申し上げます︒
歴史地理学において︑従来からの伝統的傾向に対して︑最近二十 1 三十年このかた︑新しい傾向が次第に強まって
います︒この動向は何人も認めていることであります︒かえりみれば︑二十世紀のはじめ︑くわしく言えば︑
一 九
世
紀末からでありますが︑歴史地理学の理論は︑百花斎放のように︑多様に展開していた時期があったことを思いだし
ていただけると思います︒しかしその後の数十年間は︑歴史地理学の理論が固定化し︑変化にと.ほしく︑ いたずらに
慣行軌道を走り︑色あせた姿をさらしつづけてきました︒わずかに諸理論の結合がみられたにすぎません︒
ところが二十世紀半ばをすぎるや︑この伝統的傾向に対して︑新しい傾向がしだいに強調されはじめて︑今や歴史
2 1
地理学が激変さえしようとしています
06
現代の歴史地理学には︑新しい大なる入り口が聞きはじめていることを認め
2 2
る人々が増加しています︒わたくしたちの前方には︑歴史地理学にとっては︑未知の知識の大陸テラ・イソコギユタ
がひろがっていることを自覚せざるをえません︒わたくしたちにとって︑今日の歴史地理学についてその理論を深く
ほりさげることも大切でありますが︑さらに学際的にも諸科学の理論の動向をひろく見渡しながら︑このテラ・イン
コギニタを展望すべき時期であるということができます︒この理由は多くの隣接科学においても︑歴史地理学と同じ
ような動向が現われているからであります︒
ニ︑伝統的歴史地理学の理論の整理
歴史地理学の新しい傾向を申し上げます前に︑過去数十年間にわたって︑わたくしたちが持ちつづけてきた伝統的
歴史地理学の理論を整理しておきたいと思います︒新しい歴史地理学を﹁現代歴史地理学﹂とよべば︑伝統的歴史地
理学は︑﹁近代歴史地理学﹂と名づけて︑歴史地理学史の最後の頁に書きとめる時期であると感じざるをえません︒
いうまでもありませんが︑現代歴史地理学といっても近代歴史地理学とは︑その本質は異なるわけではありませ
ん︒歴史地理学とは︑現在の地理を研究する現在地理学冨
a o E
の g 唱者
r u 刊に対して︑過去の地理を研究する科
学であります︒そこで歴史地理学の理論といえば︑従来から今日にいたるまで異口同音に何人も同じくとりあげる理
論があります︒ここではかりにこれらを歴史地理学のタイプと言っておきます︒そうすれば︑歴史地理学のタイプは
次の入タイプにわけられます︒
時系列的分布(己目︒
ω 2 5 E
∞ E E
E H
ロ ) Z
(さまざまの土地とさまざまの人々)
地 理 的 歴 史 学 ( の め
O唱 名
ES ご
E s q ‑
固 な
z q i F
若 B
田 )
地歴史学(の
g a r
‑ 田
宮 町
mw
)
︑
景 観
史 (
戸 田
口 仏
国 各
阻 止
m g n z n E C W
︑ )
地 域
史 (
河 町
o 抵 ロ
曲 二
回 目
的 件
︒ 弓
) 四
時 の
断 面
に 復
原 す
る 過
去 の
地 理
( 吋
仲 間
百 日
︒ 印
曲 目
白 ロ
片 山
o p 田 正
O
同
庁 丘
一 官
2 2 3
五
現在の地域理解のための過去の地理
ム
ノ、
時の断面堆積
3 5 2 8
‑ 4 0 4
日
s
o n g m m m m n
︒ z
ロ )
七
占拠系列
3 2 5 E 2 2
匂 g
B )
/¥
空間進化系列(河
2 5 0 4 0 ‑ E 目 ︒
3 ロ 田
Z B )
これらの歴史地理学の理論について︑それぞれを創始した著名な歴史地理学者の名とその理論の特質を申しあげる
べきでありますが︑何人も御承知のことであり︑ かっその時間の余裕もありませんので︑省略させていただきます︒
ただ一言申しあげておかなければならないことがあります︒それはこの歴史地理学の入タイプとして︑私が数えあげ
歴史地理学における最近の動向
ましたが︑歴史地理学者によっては︑この入タイプのあるものだけを歴史地理学であるとし︑他のタイプを歴史地理
学ではないとしています︒またある歴史地理学者はこの八タイプのどれも歴史地理学であると認めています︒この間
題について私の考え方を申しあげるのは時間の余裕がないので特に批判をしないで通りすぎることをお許し願いたい
と 思
い ま
す ︒
︑八タイプの歴史地理学の理論は何か
いずれにしても︑これらの歴史地理学の理論は︑二十世紀初期から百花斎放のように咲き乱れました︒しかしなが
23
ら︑これらは歴史地理学の理論とはいうものの︑歴史地理学について︑そもそもいかなる理論であるかと問いただせ
24
ぽ︑歴史地理学者によって考え方がさまざまであり︑従来からの見解が一致していないことに注目すべきであるとい
わねばなりません︒
ある人々がこれらは歴史地理学の職能・使命であるといいます︒またある人々がこれらは歴史地理学の本質理論で
あるといいます︒またある人々が歴史地理学の対象に対するアプローチであるといいます︒さらにある人々が歴史地
理学の研究方法であるといいます︒これらの人々の見解を││多少の無理を承知の上でまとめますと││これらの八
つのタイプは︑歴史地理学の本質理論であるという人々と︑あるいは歴史地理学の方法であるという人々にわけるこ
と が で き ま す ︒
もし歴史地理学の八つのタイプの理論が歴史地理学の本質理論であるならば︑本質はいくつも存在するのでしょう
か︒本質理論は歴史地理学において唯一つであるべきであり︑それは現在地理学とともに共通であり︑同じものであ
ります︒現在地理学においては︑この八タイプの理論を本質理論とは申していません︒歴史地理学においてもこれら
を本質理論というべきではありません︒
そうであるならば︑これらの八タイプの理論は歴史地理学の方法理論でありましょうか︒もし方法理論であるなら
ば︑過去の地理について︑これを復原する理論とこれを説明する理論でなければなりません︒アメリカのハ I ツホ l
γ がその著﹁地理学の性格﹂の中に﹁地理学とは︑その本質が地表面における地域性・地域差であり︑これらを説明
し︑叙述する科学である﹂と定義しています︒ ハ I ツホ 1 ンの地理学の本質については人々によって異議があって
も︑この点について問題を伏せておいて︑ここで重要視すべきは︑本質とする対象があり︑これを説明し︑これを叙
述ずることを強調していることであります︒これは科学には本質理論があり︑これに対する説明理論と叙述理論が存
在するという自明の事実を述べていることであります︒
古典的でありますが︑ベルンハイム著﹁歴史とは何ぞや﹂をひもといてみましょう︒古典であるが故に︑古くから
主張され︑今日に至っても承認せざるをえないからであります︒彼は歴史学とは過去の事象について︑その史料批判
を行い︑これを説明し︑その結果を叙述する科学であると述べています︒歴史学としては︑研究方法として史料批判
と説明理論があり︑さらに歴史叙述があります︒しかも彼は歴史学の究極の目的が歴史叙述であり︑そのために叙述
理論が重要であると強調しています︒
歴史地理学におきましでも︑その理論といえば︑当然のことながら︑過去の地理について︑資料批判と本質一理論︑
復原理論と説明理論とがあり︑これらをうけての叙述理論から成立しているといわねばなりません︒そして歴史地理
叙述こそは歴史地理学の究極の目標であり︑その成果であるというべきであります︒私は従来の歴史地理学のタイプ
歴史地理学における最近の動向
として八つもあげたものは︑歴史地理学の本質理論でもなく︑方法理論でもなく︑これらは歴史地理叙述のための叙
述理論であることを指摘したいのであります︒これらは叙述理論でありまずから︑次々と新しい叙述形態をつくりだ
され︑歴史地理叙述のタイプをつくりだしてきたのであります︒そしてまた将来にも新しい叙述理論がっくりだされ
るでしょう︒それは歴史地理学の混乱ではなく︑歴史地理学の進歩の)つの方向であります︒すでに今日において︑
また新しい叙述理論が各国に普及しはじめています︒この新しい叙述理論については後程にくわしく申しあげます︒
回︑本質理論︑復原理論の多様化とその関係
2 5
ここで簡単に︑本質理論・復原理論・説明理論と叙述理論の関係とこれらの理論の多様化について申し上げます︒
2 6
そうすることによって︑その中において︑歴史地理学の最近の動向の一つを申し上げることにもなります︒
本質理論の機能は何でありましょうか︒もちろんこれは歴史地理学が他の科学との知識領域のちがいを明確にする
理 論 体 系 で あ り ︑ かつ現実から過去の地理事象をひきだす理論的武器であります︒伝統的歴史地理学の本質理論とい
えば次のものがあげられます︒
環 境
論 (
開 口
4町O
ロ E
g g
‑ u g )
分布論
( E a z r E
‑ o
ロ F
弓 g
)
地 域
論 (
月 四
位 ︒
ロ 回
‑ F o o q )
四
景観 論( 戸田 ロ仏 国ロ ゲ同 町仲 叶叩O円目︒)r
などがこれであります︒最近の本質理論はこれらを新しく見直した理論であり︑旧理論と区別するために︑その名称
を変えています︒
行 動
的 環
境 論
( 切
巾 ﹃
恒 三
O B
‑
開 口 4
W O
ロ ヨ g
z ‑ U B )
空間的組織論
( ω
宮 E
‑ O H m g 目 的 巳 SFg
弓 )
新図形論
( Z
o d
q の
同 三
o m
州
B
u r
‑
などであります︒このように申し上げると︑歴史地理学の本質理論はいろいろさまざまであるのかという疑問が提出
されるかと思います︒これは先刻に申し上げたように︑歴史地理学の本質は唯一つしかないのでありますが︑この本質
に 対
し て
︑
いかにアプローチするかということによって︑ かような変化があることを示しています︒しかしそれでも
なお何人にも満足を与えるような本質理論がいまだかつて提出されていません︒これらの本質理論の解説はここでは
省略させていただきます︒
復原理論とはなにか︑これは現在の地表面から過去の地理を復原する場合の理論であります︒これはフランスのマ
ルグ・プロツコが名づけた歴史的逆行法(河芯
B g
︒ 三 Z 四百合 r LmE
2 g g )
と ロ ジ l ル・ヂイオンが名づけた地理
的逆行法
( m R B g ‑ 4 0
包 含 ぎ 仏 間 ぬ
︒ ︒ 唱 者
E A 5 )
に二大別できます
J谷岡武雄先生の飛躍的・直接的逆行法と遡及
的・間接的逆行法は︑ いずれも歴史的逆行法にふくめられるものであります︒逆行法はブロツコやヂイオンたちより
も早くから多くの人々が︑歴史地理学において使用されていただけでなく︑民俗学でも考古学でも歴史学においても
使用されてきました︒最近の西ヨーロッパの歴史地理学者たちは︑逆行法を検討する論文を多く発表しています︒ま
たこれに関連して︑叙述理論にも正叙法と倒叙法についても検討されています︒
逆行法の検討による新発見は︑二つの逆行法の存在と区別であり︑その混同を防ぐようになったことであります︒
歴史地理学における最近の動向
逆 行
法 と
は ︑
一般的には︑現在の時点であっても︑過去の時点であっても︑既知の地理的状態からそれ以前の未知の
時点の地理的状態を解明する方法であります︒このうち︑歴史的逆行法とはもっぱら過去の状態の理解を拡大するこ
とを目的とします︒これに対して︑地理的逆行法とは既知の状態の時点から過去にさかのぼり︑未知の過去の状態を
明らかにしますが︑主な目標は過去の理解だけにとどまらず︑現在の地域にいたるプロスセの理解においています︒
このような復原理論と本質理論とは密接な関係があります︒過去の地理を復原する場合には︑特定の本質理論をも
って既知の時点の地理的状態からそれ以前の未知の地理的状態へ接近します︒したがって復原されたある時点の地理
的 状
態 は
︑
いまだ完全に理論上から秩序づけられていなくとも︑その本質理論からみた過去の地理の資料的状態にあ
27
ります︒あるいはまたその本質理論によってまとめあげられる性格を持っています︒もともと過去の地理は特定の本
2 8
質理論によることがなくして︑漫然と復原できるものではありません︒したがって復原できた資料的状態はその本質
理論によって秩序づけられることになります︒
五︑説明理論と叙述理論の多様化とその関係
説明理論につきましては︑最近の歴史地理学において多くの論著が発表されて︑伝統的説明理論から新しい説明理
論に移行しようとする著しい傾向が強まっていることに注目すべきでしょう︒たとえば︑アブラl等著﹁空間的組
織﹂やハ I ベイ著﹁地理学の説明﹂などの近著があります︒伝統的歴史地理学における説明理論として次のようなも
の が
あ り
ま す
︒
決定論的因果的説明(り 22 自 EEK2508
仏 止
な 口
仲 良
己 目
自 己
目 ︒
口 )
生態的機能的説明白
g z m ‑ s ‑ P 5 2 ‑
o ロ
丘 町
民 Z
E E
‑ o
ロ )
時間的説明(吋
m g H 5 2 ‑ o E Z E E ‑ o ロ )
などであります︒時間的説明については︑ ハlベイはさらに次のように細分化しています︒
時系列的説明
発生論的説明
発達段階的説明
四
仮定的プロセス説明
最近の新しい傾向として︑説明理論は次のようなものがあげられます︒
システム分析 計 且 一 且 分 析 ( モ デ ル
ビルディング)
確率論的説明(行動科学的)
これらの説明理論についての解説は時間の余裕がないので省略いたします︒ただ本質理論と説明理論との関係につ
いてのみふれてみたいと思います︒
この関係について二つの主張が対立してきました︒ 一つは本質理論と説明理論とは一体的な結合関係があるという
考え方であります︒決定論的な本質論に立脚するならば︑説明理論もまた必然性の強い因果的な説明理論を用いなけ
ればならないという主張であります︒他の本質理論に対して説明理論は戦術であるから︑過去の地理を説明するため
にさまざまの説明理論を用いることができるという考え方であります︒たとえば天文学者のラプラスは天文の世界と
歴史地理学における最近の動向
は決定論的な事象ではあるが︑人聞は神のように優れた存在ではないから︑説明理論として決定論を採用じないで︑
その対極にある確率理論を発達させたことは有名なことであります︒最近の傾向としては︑前者より後者が承認され
ています︒歴史地理学の説明理論は決定論的よりも確率論的に移行しつつあります︒その理由は後程ふれます︒
叙述理論と説明理論は︑特定の結合関係があります︒ここでは伝統的歴史地理学の叙述形態についてのみを申し上
げて︑新しい歴史地理学の叙述形態については後述したいと思います︒
地理的歴史学は環境決定論であろうが︑環境可能論であろうが︑ いずれも因果的説明理論と結合しています︒地歴
史学は空間と時聞を一点に収中させて事象を説明しようとしています︒しかし空間科学の歴史地理学と時間科学の歴
2 9
史学とに科学分類をするイマヌマル・カント以来の伝統的な時間と空間の概念にもと
9ついているかぎり︑この叙述理
30
論は結合すべくもなく︑叙述形態は破綻を招きます︒時の断面は過去の地理を復原する叙述理論が︑
カント地理学
を復興したドイツのアルフレット・ヘットナーやイギリスのハ l フォード・マッキンダ l 等が︑その叙述理論を因
果的説明理論や機能的説明理論を用い︑ できるだけ時間性を排除して空間科学としての性格を維持しています︒時
の断面推積という叙述理論や現在の地域理解のための過去の地理といわれる叙述理論は︑過去の地理の起源発達など
について発生論(の
22W
誌 の E B 丘 町
O
ロ)を用いて時間性を多分に導入しています︒これは歴史地理学とは地理的変
化 (
の ︒
︒ 唱
者 一
E s
‑ n
田 r
口 問
町 一
) を
叙 述
す る
科 学
で あ
る と
考 え
る よ
う に
な っ
た か
ら で
あ り
ま す
︒
また同じく地理的変化
を叙述する歴史地理学として︑ アメリカの占拠系列があります︒これは生態学の群落選移の概念を用いています︒こ
れらの空間科学としての歴史地理学に時間性を導入した叙述理論とまったく異なるものは︑ドイツのオット l
・ シ
ュ
リ l
タl の空間進化系列の叙述理論であります︒この叙述理論は発生・起源・変化・発達などの一連の発生的説明か}
排 除
し て
︑
いわゆる﹁時間の克服﹂をして︑過去の地理の進化系列を叙述しています︒
これらの叙述理論のうち︑ いくつかが説明理論を共通にしていることから︑これらを統一的にまとめた叙述理論を
つくりあげました︒それは発生論的説明理論を用いる叙述形態で地理的変化を過去から現在までおし通す叙述であり
ます︒﹁過去の地理の時の断面堆積﹂と﹁現在の地域理解のための過去の地理﹂と現在地理学の中で﹁現在の地理に発
生法的説明を用いる立場のもの﹂(フランス学派の人文地理学)などが結合しました︒かくて過去から現在までの時
の断面の地理を堆積させながら二貫して発生論的説明理論をもって叙述する歴史地理学の叙述形態が成立しました︒
こ の
叙 述
理 論
は ︑
イ ギ
リ ス
で は
︑
H ・
C ‑
ダ l ピィを中心として一九四 O 年に成立しました︒日本では一九五 0 年代
に藤岡謙二郎先生の景観変遷史法として提案されました︒しかしながらイギリスでは一九五 0 年代にこの時の断面堆
積は歴史地理学の方法論ではなく︑単なる叙述形態であると批判されました︒さらにまた一九六 0 年代にはこの叙述
形態は資料の性格にもとつく実用主義的なものであると拙判されました︒かくて︑今日では︑ イギリスにおいて︑こ
の叙述理論は教義的地位からひきずり落され︑これに代って新しい説明・叙述理論が成立し発達しています︒
これらの伝統的歴史地理学の叙述理論は︑時の断面に過去の地理を復原しても︑それは静態的であります︒二つ以
上の時の断面の過去の地理を叙述して︑地理的変化を示してもそれぞれの地理的空間の動態的変化を叙述する形態で
は あ
り ま
せ ん
︒
現代歴史地理学が求めていく方向は︑﹁地理的変化﹂(の
g m
E 匂 E
S ‑ n r
目 的 問 )
で あ る よ り も ︑ ﹁ 変 化
し つ
つ あ
る 地
理 ﹂
( の
﹃ 同
ロ m
z m
の o o
m 門 担 匂 ﹃ 可 )
であります︒これは過去において︑ 地理的事象がいかに地表空間に拡散
し︑地表空聞を変質させていくかのプロセスを叙述することであります︒そのためには︑地理的事象の立地とそこか
らの地表空間への拡散と変質を説明するへIゲルストランドの﹁空間拡散の原理﹂などが重視されるでしょう︒
歴史地理学における最近の動向
﹁空間拡散の原理﹂はもはやへ l ゲルストランド流の古典的なものではなく︑ 新 し い 発 展 を つ づ け ︑ 拡散の形態や拡
散の障害や拡散の方向・速度などが研究されています︒この新しい叙述理論は﹁時を追っての変化﹂(の宮口官
FE 己 $
丘言︒)とよばれて︑各国に大きな勢力をもって普及しています︒
﹁時を追っての変化﹂という叙述理論は︑伝統的歴史地理学の時間・空間の概念にもとづいては考えられません︒
新しい時間概念を立場として過去の地理をとらえる立場であります︒新しい時間概念は改めてくわしく申し上げま
す︒この新しい叙述理論は︑最近の新しい歴史地理学の本質理論としての空間的組織論や行動的環境論や新図形論な
どの出現︑ならびに最近の新しい説明理論である計量分析やシステム分析や確率論的説明などの出現と同じ基盤から
3 1
発生していることに注目しなければなりません︒以上のように申し上げたことは︑歴史地理学の動向の顕著なものの
32
一つとしてとりあげた次第であります︒これに関連して︑最近の動向として注目すべき新しい傾向について︑さらに
ごつの問題について申し上げたいと存じます︒
六︑絶対空間の歴史地理学への挑戦
歴史地理学の最近の動向としてもっとも注目すべきことを申しあげます︒これは伝統的な近代歴史地理学が絶対空
聞を基礎概念としていましたが︑新しい現代歴史地理学は相対空聞を基礎概念とするようになったということであり
ま す
︒
つまり歴史地理学が研究する地理的空間は絶対空間(﹀宮
o ‑ E
冊目対日開)から相対空間(河己主
2 0 若 田 g )
Vこ
移行したということであります︒この移行が本質理論・説明理論・叙述理論において新しい傾向を発生させている共
通基盤となっているのであります︒
絶対空間の歴史地理学は︑紀元前二世紀のエラトステネスからはじまり︑二十世紀半ばまでつづいてきました︒こ
れに対して︑二十世紀半ばから相対空間の歴史地理学が強く主張されはじめました︒絶対空間の歴史地理学は十九世
紀末から二十世紀前半に完成されました︒これがいわゆる近代歴史地理学の成立であります︒今日において絶対空間
の歴史地理学を克服するために︑カント・ヘットナ l
・ ハ
1
ツホl
ン ・
ダ
l ビィたちが︑相対空間の歴史地理学を確
立しようとする研究者から激しく挑戦されています︒その理由は彼等たちが絶対空間の歴史地理学をつくり︑これを
継承して発展させた人々であるからであります︒
それでは絶対空間の歴史地理学における空間概念の特質はいかなるものでしょうか︒絶対空間は地表面に特定の個
性的位置を持っていること︑絶対空間には時間性がないこと︑絶対空間は諸事象の入れものであること︑物体でなく
で理論的・概念的・抽象的存在であること︑さらに絶対空間は空間内部の諸事象に影響を与えて空間を個性化・具体
化する神秘的な力を持っていることなどであります︒絶対空間の歴史地理学は︑かくて地域区分をして地表面が寄木
細工的な個性地域の集合から成立していることを認識する﹁地表分類学﹂となってしまいました︒かくて︑
カントは
歴史地理学は空間科学として個性的な空聞を記述する科学であり︑他方には︑絶対時聞を基礎概念として空間性を排
除した時間科学としての歴史学と相対立する科学に分類されました︒
そのために歴史地理学における叙述理論は近代歴史地理学として三段階の変質をしてきました︒第一段階は時間性
を認めない絶対空聞における過去の地理を叙述するために︑時の断面に過去の地理を復原してこれを叙述することで
あります︒しかし過去の地理を叙述するために︑時間性の代理機能をつとめる説明理論を求めました︒因呆的説明理
論は原因とその結果の叙述であります︒これは原因が結果に常に先行する説明であります︒生態的機能論的説明は︑
歴史地理学における最近の動向
主 体
と 環
境 が
あ り
︑
一方が先づ作用し︑それをうけて他方が反作用し︑ かくて相互作用をくりかえすことを説明しま
す︒これらの説明と叙述にはなにがしかの時間性をひそませています︒第二段階は地理的変化を叙述するようになり
ました︒時代ごとに異なる過去の地理を叙述するために︑時間性を空聞に強く導入しました︒時の断面をいくつも設
定して︑それぞれの時の断面上の過去の地理を叙述し︑さらに時の断面をいくつも堆積させ︑地理的変化の存在を示
しました︒とくに時の断面における過去の地理は︑起源・発達・変化を主として発生論的説明を使用して叙述しまし
た︒また発達段階的説明は主に経済史学に乱用されましたが︑前の段階と後の段階といういくつもの段階の積み重ね
を考えました︒時の断面堆積と発達段階が共通に持つ欠陥は︑前の段階から後の段階ヘ変化するプロセスを無視する
こと︑変化させる原動力が内部に存在しているにもかかわらず︑これを無視しているにもかかわらず︑これでありま
3 3
34
示︒︐第三段階として︑時の慨面であれ︑発達段階であれ︑前の段階(断面)の地理と後の段階(断面
Vの地理との間
に︑変化のプロセスに注目して︑因果関係を認めたことであります︒カール・マルクスの経済社会の発展における生
産力とか︑今占拠系列における前段階に後の段階を形成せしめる要因を指摘していることであります︒
︐かくて地理的空間の個性の形成と地理的変化を叙述するためには︑ しだいに時間性を強く導入するようになりまし
た︒しかしかような説明・叙述は絶対空間の歴史地理学に時間性をふくませていくならば︑ カント地理学の空間科学
としての性格衷失となり︑ カントの科学分類の純粋性を失うことになります︒絶対空聞の歴史地理学の叙述理論のう
ち︑時間性の導入をしなかったのは︑空間進化系列のみであります︒この叙述理論はドイツのオット l
・ シ
ユ リ
41
ターが完成したものであります︒これはさまざまの空間に対して︑原初形態から最終形態安での系列段階を考え︑地
表面上におけるさまざま
4
の空間がこの系列段階のどこに位置づけられるか左考えました︒一との空間進化系列は空間に
時間の導入をせずして︑時間の克服をしたものでありま﹄す︒
以ムのように︑絶対空間の歴史地理学の叙述理論は︑野間三郎先生が批評したように︑二十世紀の時代思想を背景
として︑時間と空間を対決させながら形成されたものであります︒すなわちドイツ西南学派といわれる新カント主義
の科学理論によってカシト地理学を復興したのであります︒
七︑現代歴史地理学における新しい時空概念と現代物理学との関係
九一近代歴史地理学から現代歴史地理学へ移行していくには︑この科学の基礎概念である時間・空間の概念を根本的に
変えなければなりません︒ことに多くの科学はそれぞれの空間概念と︑時間概念を持っています︒この中では歴史地
理学の空間概念は︑環境・分布・地域・景観などといわれ︑他のさまざまの科学の空間概念に強い影響を与えていま
す︒ここでは多くの科学の空間概念と︑時間概念の特質と歴史地理学のそれとを比較している時間的余裕もありま性
ん︒しかし諸科学のうちで幾何学と物理学の空間概念はつねに先進的であります︒ここで物理学の時間・空間の概念
の発展をのベ︑これと歴史地理学の時間・空間の概念の移行との関係にふれてみたいと思います︒︑
イマヌマル・カ γ トが空間科学科学としての地理学と時間科学としての歴史学を建設オるときに用いたのは︑
一 ュ
‑十ン物理学の絶対空間の概念でありました︒またそのころの幾何学といえぽ︑ ユ
Jク リ
ツ ヤ
h
幾何学だけしかありま
せんでじた︒これらの科学における絶対空間とは︑点の無限の集合であり︑物体の入れものであり︑プラ
hy
的な神
の感覚機関でありました︒そのころすでにライプニツツが絶対空間に対して相対空間を主張しはじめていましたが︑
い ま だ リ I マン幾何学などは存在していませんでした︒したがって︑この時代におけるは︑ライプニツツはあたかも
歴史地理学における最近の動向
砂漠の中の説教者でありました︒何人もライプニツツの相対空間にヰも傾けることをしませんでした︒ヵントもその
認識論哲学を建設するために採用したのは︑ ユ 1 グリット幾何学やニュートン物理学の時間空聞の概念であったこ
と は
い う
ま ‑
で も
あ り
ま せ
ん ︒
舎がて幾何学ではリ I マジなどの非一ユークリッド幾何学が成立して)絶対空間以外の空間概念が発達しはじめまし
た︒二十世紀こホ t 三十年代に︑アイ γ シ ュ タ イ γ が物理学における一般相対性原理と特殊相対性原理を主張して相
対空間をとりあげました︒ポアンカ
ν
は︑時間と空間はその一計測者によっで相対的であると主張しまし︑た︒かくても l
新レい物理学が成立して︑古典物理学と明確な一線をもって区画する時空概念をきそとする現代物理学となりま L
た♂この物理学の発達は二十世紀後半一の物質観に大変化を与え)戸科学・芸術にまでも大きな影響をおよぼしました︒
3 5
3 6
空間概念が絶対空聞から相対空間に移行するとき︑同じように時間概念においても絶対時聞から相対時聞に移行し
ました︒絶対時間とは瞬間の無限の連続であり︑空間性をまったく欠き︑等質・等速をもって永遠に連続していきま
す︒絶対時聞はわからない状態からわかる状態に強制的に変化させる力を持っています︒そして絶対時間も神の感覚
機関として︑すべての物体の入れものであります︒絶対時聞に対してそれぞれの科学において相対時間の概念をつく
りだしました︒哲学は瞬間的時間と永遠的時間︑心理学の心理的時間︑物理学や化学の物理的時間︑その他の自然科
学の自然史的時間︑歴史的科学の歴史的時間などであります︒さらに進んでは︑相対空間と相対時間の両者を融合し
て考えるようになりました︒相対時間とは空間としての物体が継続する時間的連続を意味するようになりました︒そ
こから時空連続体
( 叶 吉 岡
? ω
日M
田口 問︒ 叩口 同山 口巳 司)
という新しい時空概念が成立しました︒ そしてこの時空連続を時空
分節
( ω H M
B白注目︼吋B H
巾M O B ‑ ω
有 一 B
O E )
というべき時聞をふくむ空聞を正しいと認めるようになってきました︒
相対空間の特質について申し上げておきたいと思います︒アインシュタインによれば︑相対空間の概念はライプニ
ヅツから始まるものではなく︑すでにギリシア時代に哲学の中に芽生えていたといわれます︒歴史地理学においても
三十世紀後半からはじめてとりあげられた概念ではありません︒二十世紀はじめ︑ドイツのフリードリッヒ・ラツツ
ェルが都市の絶対的位置と相対的位置を論じて︑歴史地理学に最大の貢献をしたことを私たちは見落しています︒絶
対空間は何メートルという絶対距離によって計測されます︒相対空間は人間活動に関係して距離・空聞を考えます︒
相対空間は時間距離や費用距離や社会距離などによって表現されます︒また交通・通信の進歩によって︑絶対距離・
絶対空間は同じであっても︑そこには空間縮小・世界縮小が成立します︒鉄道新幹線や高速自動車道などによってそ
の沿線地帯は時間的に距離・空間が縮小されることが事例であります︒この相対距離を中心にして考えれば︑歴史地
理学は距離の科学であるという人々さえも出てきました︒
現実において︑絶対空間を基底におき︑さまざまの指標にもとづいて相対空聞が成立しますから︑同一の絶対空間
の内部には相対空間の複合性が成立しています︒したがって人間とはさまざまの相対空間の交叉の上に生活している
と考えることができます︒かように地理学は絶対空聞から相対空間へその基礎概念を入れかえるようになりました︒
このことから現代歴史地理学において事象を時空連続体と規定し︑時空分節において説明・叙述するようになりま
した︒そこにはもはや時間性のない空聞を考えたり︑時間と空間の相互矛盾などはありません︒本質理論としては︑
新分布論として空間構造と空間過程からなる空間組織論があります︒また新環境論としては︑絶対空間に対する環境
イメージによって知覚された空間︑すなわち行動的環境論が打ちだされます︒かくてこれらの新本質論による空間表
現には︑従来空間の地図を変容した相対空間の地図を作成する新図形論が盛んになりつつあります︒
歴史地理学における最近の動向
説 明 理 論 と し て も ︑ システム分析が体系づけられ︑計量分析が開発され︑さらにドイツ西南学派が知らなかった
﹁他者理解﹂の説明は解釈的方法によって発達します︒歴史地理学は全体として必然性が強い決定論的に説明するこ
とから確率論的説明に移行しつつあります︒必然的な変化を事象に強制すると考えられた絶対時間は︑すでに十九世
紀末に︑物理学者のボルツマンが先駆的に述べたように︑時間とは最小の確率から最大の確率までの幅をもって変化
すると考えられていました︒このような時代思想を背景として︑歴史地理叙述は﹁地理的変化﹂の叙述理論からπ変
化する地理﹂の叙述理論に移行するようになりつつあります︒ かくて成立した新しい叙述理論は﹁時を追っての変
化 ﹂
で あ
り ︑
いわばそれは﹁時空融合型﹂という叙述形態であります︒
37
3 8
八︑歴史地理学の知識性格論の展開
歴史地理学の最近の動向として第三番羽にあげまオのは
1過去の地理についての知識性格論が展開しはじめたこと
であります︒これは過去の地理について性格の異なる知識の領域が三つもあることをしだいに強く自覚してきた y
﹂ と
,. J; ~ー
で あ
り ま
す ︒
イギリスの H ・
C ‑
プレンスは︑多くの人々の考え方をまとめてこの三つの知識の性格を次のように区別しました︒
実 在
的 世
界 (
岡 市
同 一
喝 2
5 )
め の
知 識
抽象的世界
( k r Z R R
件 当 日
E )
の知識
知覚的世界
( H B 品 古 色 調
OHE)
の 知 識
過去の地理について︑具体的に個性的に記述した知識は実在的世界の知識であります︒過去の地理をつくっている
構造についてモデルを用いて一般化した知識は抽象的世界の知識であります︒過去の地理をその当時の人間集団の立
場になって︑れいかに環境を知覚してこれを評価し︑この環境イメージをきそにして意志決定を七︑空間的行動を行勺
って景観・地域をつくりあげたかを明らかにすれば︑それは知覚的世界の知識となります︒
実在的世界の知識は伝統的な近代歴史地理学の知識であります︒
ζれに対して︑最近になって新しい別の性格を持
った知識が二つも発達しています︒一は計量分析法が発達して抽象的世界の知識が生産されています︒二は行動的環
境論が発達して知覚的世界の知識が開発されはじめました︒かように過去の地理について︑三つの異なる性格の知識
が鼎立しています︒一かような状況は︑歴史地理学の発達史において︑第二回目であります︒しかし第二回目である最
近の傾向は︑第一回目の単なる復活ではたく︑そこには新しい発展と研究者の自覚が強く見られます︒
第一回目の三つの知識性格論が鼎立した時期をふりかえってみたいと思います︒この時期は十元世紀末から二十世
紀二十年代まででありました︒いわゆる近代地理学の確立期であります︒この時代のはじめにカント地理学からアレ
キサンダ 1 ・フンボルトやカlル・リッターなどをへて︑ フリードリッヒ・ラツツェル・ E ・ c
・ セ
γ プルやハンチン
トンやグリップス・テーラーなどの活躍期までふくめます︒歴史地理学が成立してしだいに自然科学化が強まり︑環
境決定論が確立して︑歴史地理学の法則定立を重視する傾向が強くなっていく時期であります︒
フンボルトは宇宙において調和的統一の原理が存在していることを信じ︑ いかなる僻限の土地にもこの原理が反映
していると考えていました︒リッターは人間と環境との関係についての法則が存在していることを確信して
1こ れ を
徐々に建設しようとしました︒時代思想が浪漫主義から機械論的唯物論主義に移行するにしたがって︑歴史地理学の
歴史地理学における最近の動向
自然科学化が強まり︑ラッツェル・セン︒フル・テーラー‑ハンチントンたちは粗雑な歴史地理学の法則を提出しはじ
めました︒歴史学においても︑バックルの﹁英国文明史﹂のような自然科学的な法則と規則性を歴史的事実に
p追求し
ていました︒この時期は︑不完全ながらも法則定立を求め︑自然科学化をたどり︑抽象的世界の知識の生産を促進じ
ていたのであります
lこの歴史地理学の自然科学化に対して︑二十世紀初期に︑ ヘットナlは方法論の独立宣言を行い︑文化科学的な︑
個性記述の歴史地理学を確立しました︒これはカント地理学の復活であります
6内ットナーが就任したハイデルベル
グ大学は︑ピンデルバントやリッカートなどの新カント主義の哲学の論陣を展開してきた牙城でありました︒彼等は
39
西南ドイツ学︑派とよばれ︑諾科学の自然科学化の傾向に対して︑自然科学に対する文化科学とじて︑法則定立の科学
に対する個性記述の科学として︑抽象的科学に対する具体的科学として︑分析的科学に対する統合的科学としての科 4 0
学の方法論の独立を宣言したのであります︒当然のことながら︑その中にあったヘットナーも個性記述の歴史地理学
を建設しました︒かくて歴史地理学の知識の性格は実在的世界の知識となりはじめました︒この歴史地理学が日本の
みならず各国にも普及し︑個性記述の歴史学とともに︑ しだいに勢力を拡大しはじめて︑やがては法則定立の歴史地
理学を圧倒するようになっていくのでありました︒
当時の歴史地理学の知識性格論はこの両者の対立だけでは終りませんでした︒これらのこつの知識とは異なる第三
の知識領域が開拓されました︒それはマックス・ウェ I パーやウェルナ l
・ ゾ
ン バ
ル ト
C
サワや ・ O l
や ラ
ル フ
・ ブ
ラ ウ
ンなどを先頭とする社会学・経済学・文化地理学・歴史地理学の人々でありました︒その知識の性格は︑
マ ッ
ク ス
・ ウ
ェ
ーパーはこれを誇って︑西南学派の新カント主義者達の知らざる知識領域であるとさえ自讃しています︒これらは理
解社会学や理解経済学や理解歴史地理学ともよばれるでしょう︒いずれも︑法則定立か個性記述かの一面的な強調に
偏することはなく︑他者理解という理解的方法からみきびきだされる理解的知識であります︒この理解的知識は︑当
時流行したデルタイの解釈学などをきそにおいています︒かくて十九世紀末から二十世紀二十年代における知識性格
論は︑法則定立的知識と個性記述的知識と理解的知識の三つの異質的なる性格の知識が鼎立するようになりました︒
今日は第二回目の知識性格論が歴史地理学に自覚されて新しい展開をしています︒伝統的歴史地理学といえば︑
J
、 、
ッ ト
ナ
l が主張した実在的世界の個性記述の歴史地理学がながい期間にわたって主流となるに至ったからでありま
す︒しかし過去の地理について個性記述のみでは︑事象の個性的側面のみを強調するだけであって︑他の科学のよう
な法則定立はできないので︑歴史地理学は科学体系としては充分ではありません︒これに対してモデルと計量分析法
を用いて︑抽象的世界の知識を拡大して地理的法則を発見しようとしています︒しかしこの抽象的世界の知識は事象
の個性的側面を明らかになしえません︒これらに対して行動的環境論を開発して︑理解的知識を環境心理学や行動科
学をきそとして知覚的知識を再開発しようとしています︒このモデルビルディングと計量分析法は歴史地理学におい
て使用されているばかりではなく︑個性記述にもっとも徹底してきた歴史学においても数量経済史学として発達して
います︒また行動的環境論は歴史地理学だけではなく︑考古学・民俗学・人類学・社会学・心理学などの多くの科学の
基礎理論となりつつあります︒いずれも学際的に共通な方法論となりつつあることに注目しなければなりません︒か
くて︑現代歴史地理学は第二回目の知識性格論の三者鼎立する百花斎放の中にその華やかさを競うことになります︒
次に簡単ながら三つの知識の性格についてふれておきたいと思います︒
歴史地理学における最近の動向
九︑実在的世界の知識の性格
これは伝統的な近代歴史地理学の知識の性格であります︒その主な知識性格をつぎのようにあげることができま
一︑過去の地理についての具体的・個性的な知識であります︒ す ︒
ヘ ッ
ト ナ
ー や
ハ
l
ツホl ン や ダ l ビィは︑個性的な
絶対的位置をしめている空間の中に︑諸事象を統合してできる地域性・地域差を生産します︒この絶対空聞をきそと
している時の断面上の過去の地理を因果的︑機能的に説明したり︑あるいは発生論的に説明したりしている知識であ
り ま
す ︒
4 1
一一︑この絶対的空間の個性は︑どの時代にどこに︑ かような形態をもって存在していたというように︑外部から観
42
察された事実的知識であり︑外部から存在している状態を明らかにした知識であります
04条里制の土地割がこのよう
な存在していたとか︑城下町はかような形態で存在していたなどであります︒そこには当時の人間集団が地表空聞を
いかに評価して意志決定して空間的行動を行い︑この景観地域を形成したかという当時の人間集団から内面的観察し
た知識ではありません︒
三︑過去の景観・地域について︑その本質の個性的側面をとらえることに成功しています︒しかしそれらの事象が
持っている共通性的側面の知識を抽出することに努力が欠け︑さらに進んでは二般化・理論化・法則化ずることには
自覚が欠けています︒たかだか類型的段階にとどまり︑地表分類学に停滞し︑帰納法の限界を露出しています︒類型
いずれは個性的方向か一般的方向かに変質していく中間性の知識であり は動造的な段階に位置をしめるものであり︑
ます︒もし近代歴史地理学が個性記述のみにとどまっているならば︑地表における無限にあるべき個々の空間の個性
を明らかにすることは︑いかほどの時聞をかけたらこの地表分類学が完成するのであるのか︑そして︑この個性的空
間の将︑来を予測することを︑何時になったならばわれわれができるようになるのかなど一についてぺわれわれは思いを
致す
ζと も で き ま せ ん ︒
一 O ︑抽象的世界の知識の性格
抽象的世界の知識の性格は︑右にふった﹁時計のふりこ﹂を左記振りすぎた感があります︒この知識の性格は次の
通りであります︒
一 ︑
Z202 仏
Z 0
﹃の空聞から 4
B O 仏
己 ず
E 邑
E m
をして︑現実的・具体的日知識をとりさり︑理論化をして法則
定立までおし進めた知識であります︒もはや絶対空聞が持つ個性的・絶対的位置と掠無関係であります︒
二︑地表空聞を構成している諸事象とその結合関係からなる構造を明らかにしている抽象的知識であります︒あた
かも皮も血も肉もない骨組だけの知識であります︒場所によって異なる地域性・地域差とか具体的に自に見える景観
の個性をとくに重視していません︒それらはこのモデルからのズレまたは偏侍性であるにすぎないと考えています︒
三︑過去の地理的事象について︑質的な面を顧りみないで︑可能なかぎりの量的な数値に事象を整理して︑これを
歴史地理学における最近の動向
数学的な函数関係に表現します︒そのため︑抽象的知識は過去の地理的事象の本質をとらえることを放棄したもので
あります︒いや本質のうちの一般性的側面のみをとらえたものであります︒そのかわりに過去の地理の諸事象のプロ
セスを重視して︑これらの諸事象をつらぬく法則を手に入れることができたのであります︒
四︑かくて歴史地理学は伝統的に世界における﹁さまざまの土地とさまざまの人々﹂を考えてきた実在的世界に挟
別し去した︒実在的世界はさまざまの文化をもった諸民族がその居住地にさまざまの個性的な空間左多様に形成して
いる事実を無視せざるをえません︒それはあたかも世界の地表面をすべすべした象牙製の撞球の球のような等質な世
ヘットナ
l の名著﹁地理学︑その歴史︑その本質︑その方法﹂の言を借り 界であると仮定している知識一であります︒
ていえば︑﹁姿態も色彩も︑多種多様な現実のありのままの姿 l それ故にいきいきとした様の風格を具えているが i こ
の表現は天才グ i テによるものである︒それとともに︑他面には単調な色彩であって︑形態の変化もすくなく︑前者
よりも単調であり︑抽象化され︑模式化された第二の姿があらわれる︒この姿は︑それが故に一層見やすく明らかで
合理的に区別され︑精確性を帯びているが︑ーレツシングによれば
1それは味けなき表現である﹂ということになり
4 3
ます︒抽象的な世界の知識は︑文学的表現ではあるが︑世界をあじけなく表現して︑自然科学的世界観をもって見直
すことになるでしょう︒
4 4
一一︑知視的世界の知識の性格
最後に︑知覚的世界の知識の性格について申し上げます︒これは行動的環境論とか知覚的環境論といわれる本質理
論から生産される知識の性格であります︒そしてまたこの先駆として﹁理解的知識﹂が先導しています︒これは多く
の人々が力強く開発していこうとしている知識性格であります︒
一︑知覚的世界の知識は絶対空間の知識ではなく︑相対空間の知識であります︒実在的世界の地理的環境に対し
て︑どの人間集団も独特の文化というフィルターをかけて︑現実からその文化集団の立場から選択して知覚して経験
し︑かくてその文化集団の独特の環境イメージをつくり︑これを絶対空聞からとりだした知覚的空間とし︑その中で
文化集団は意志決定して空間的行動をし︑地域・景観をつくりだす空間過程を行うものであります︒これが絶対空間
に対する相対空間の知識︑または地理的環境に対する知覚的環境︑または行動的環境といわれる知識であります︒
二︑知覚的世界の知識は︑過去の地理を外部的観察するのみでなく︑内部的観察することを重視した知識でありま
す︒知覚的知識は l ゾンバルトに言わしめば│楽屋裏から芝居を見ている l わけであります︒つまり過去の地理をこ
れを形成した文化集団の意志決定や空間行動を内部から観察していく知識であります︒過去の地理をその当時の人々
の立場になって当時の人々の環境評価を︑現在の私たちがこれを再発見しようとして獲得した知識であります︒
三︑知覚的知識は決定論的な知識ではなく︑確率論的知識であります︒客観的な実在空間に対して︑個々人ごとに︑
または文化集団ごとに独特の文化フィルターを持って経験していますから︑個々人ごとに︑または文化集団ごとに︑
それぞれのメンタルマップ (環境イメージ)を形成していることを明らかにする知識であります︒人間は情報を環境
から完全に獲得できません︒また人間は完全な合理性の下で行動はできません︒したがって実在的︑客観的世界と知
覚的世界とちがいがあることはさけられません︒かような現実的世界の中で︑人間集団が活動するときには︑
つ ね
に
不確実性の中で意志決定をして行動をしていることになります︒経済学のゲ
0 5 0 2
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宮 山 口
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経済人) のようなあ
らゆる現在の情報を正確に獲得して︑将来を神の如くに見透しを持って︑ これらを基礎にしてまったく合理的に行
動する人間集団や個々人は存在していません︒経済学の法則・理論は現実離れをしているのは︑ かような人間観を持
って組立てられた科学であるからであります︒したがって︑文化科学・社会科学においては︑ かような決定論的な性
格が強い知識を生産できるものではありません︒そうでないとするならば︑確率論的知識を生産していくことが正し
いと思うのであります︒
歴史地理学における最近の動向
四︑知覚的知識は現実が理論をテストするのではなく︑理論が現実をテストする知識であります︒それは二十世紀
のはじめごろ︑ウェルナ l ・ゾンバルトが提案した﹁合理的図式﹂とか︑ マ ッ ク ス ・ ウ ェ 1 パ ー が 提 案 し た ﹁ 理 念 型 ﹂
などであります︒これらは現実を研究するための調査目録でありました︒歴史地理学においても︑ C ・
O ‑
サワーや
ラルフ・プラウ γ のように過去の特定の文化集団がその文化フィルターを持って行動的環境を形成すると主張した思
考操作と同じことであります︒抽象的世界のモデルは現実を研究した結果でありますが︑理念型や合理的図式や文化
フィルターは︑現実を研究するための準備であり︑研究の出発点であります︒これらの思考操作によって︑現代歴史
地理学の知覚的世界の知識は︑対象とする過去の地理の個性的側面も普遍的側面も追求することができます︒
4 5
五︑知覚的知識は集団的性格・集団パーソナリティを重視する知識であります︒もはや経済学の経済人のような超
主