• 検索結果がありません。

日本から見た中国民法各編の制定展望 : 改めて、 民法典とは何か?

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "日本から見た中国民法各編の制定展望 : 改めて、 民法典とは何か?"

Copied!
10
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

民法典とは何か?

著者 北居 功

雑誌名 静岡法務雑誌

巻 11

ページ 401‑409

発行年 2019‑08‑16

出版者 静岡大学地域法実務実践センター

URL http://doi.org/10.14945/00026780

(2)

■ 国際学術シンポジウム

1.民法典の特徴

 このたび中華人民共和国において、民法典編纂計画が実際に進捗することとなり、

2017年にはすでに民法総則が公布・施行されている。今後、物権法、契約法、権利侵 害責任法(および人格権法)、婚姻法並びに相続法が制定され、民法総則と合わせて 全6編(ないし7編)からなる民法典が完成する見込みとなっている。このような民 法典の編纂プロセスは、民法総則の制定を第一段階にして、民法各編の制定を第二段 階とする「二段階」の編纂方式と呼ばれているようである(1)

 ところで、そもそも民法典とは何であろうか、そして、なぜ民法典の編纂が必要な のであろうか。実のところ、法典を定義すること自体が非常に難しい。たとえば、民 法が法典であることに異論は見ないであろうし、かつて商法が法典であったことにも 異論は見られないであろう。では、商法が解体されて後、それぞれ独立して個別法令 となった破産法、手形法・小切手法、会社法、保険法は、それぞれ法典であろうか、

あるいは民法の特別法とされる不動産登記法、借地借家法などは法典であろうか。法 典の定義からこの問いに答えることは、極めて難しい。たとえば、法典は包括的であ るというのは誰しもが認める法典の最大の特質であろう。すなわち、一定の生活ない し社会事象を網羅的・包括的に規律するのが法典といえる。生活ないし社会事象の特 定局面だけを規律する個別法令との違いがそこに如実に現れる。しかし、これもイ メージであり、相対的であって、どの範囲の生活ないし社会事情をカヴァーすれば包 括的なのかは、必ずしも明確に線引きすることができないのである。

 そもそも歴史的に眺めれば、近代のヨーロッパ大陸においてこそ成立した民法典 は、中央集権化された政治体制の許で、国家が法を独占し、それまで通用していた地

      

(1)本シンポジウムにおける孫憲忠「中国民法典各論編纂の構想」を参照。

日本から見た中国民法各編の制定展望

 ― 改めて、民法典とは何か? ―

北 居   功

慶應義塾大学大学院法務研究科教授

(3)

域の法を排除するという排他性を特質とした(2)。とりわけ民法典は、社会生活全般 を規律するが、近代社会が必要とした経済活動から見ると、地域ごとに異なる法は経 済活動を阻害する。そのため、いわば市場を統合するために国家が国家法によって法 を独占する必要からすれば、他の法源が入り込む隙間を埋める必要があるため、民法 典は包括的でなければならなかった。そうすると、法典はそのカヴァーする範囲が広 くなるため、法典の規範は網羅的羅列ではなく、一定のルールに従って配列される必 要があったことから、体系的でなければならなかった。しかも、法典が定める規範は、

啓蒙された理性に訴えることで社会秩序を正しく形成することを目指したため、法典 に規律される規範は周知されなければならず、そのために成文でなければならなかっ た(3)

 このように、民法典は、近代の西ヨーロッパ社会の独特な歴史的土壌を条件にして はじめて成立する産物であった。すなわち、市民社会の勃興と中央集権化された政治 体制、ローマ法以来の実定法を体系化する自然法、そして法を合理的な理性で創造で きるとの確信を抱かせる啓蒙思想である。しかし、法典は、20世紀以降になると、そ の歴史的な桎梏を離れて、新たに成立する経済社会におけるインフラストラクチャー として機能することになる。とりわけ民法典は、安定した家族制度を背景にした個々 人が国家規模での経済活動をするために必要とする市場経済社会において、有意なイ ンフラとなる。

2.法典化の目的

 18世紀末にヨーロッパで始まる近代の民法典編纂は、とりわけ19世紀初頭のフラン ス民法典の編纂から19世紀末のドイツ民法典の編纂で一つの区切りを迎えたといって 良いであろう。19世紀に、フランス民法典は、ヨーロッパからラテンアメリカ諸国へ と大きな影響を及ぼし、ドイツ民法典は20世紀初頭に再び世界各地に大きな影響を及 ぼした。東アジアでも、ドイツ民法典は、日本での民法典編纂を皮切りに、中国にも 非常に大きな影響を及ぼし、1930年に制定された中華民国民法典は、その後台湾の現 行民法へと引き継がれている。中国では、1950年代から70年代にかけてソヴィエト共 和国連邦や東ヨーロッパの社会主義諸国の民法の影響を受け、その後、民法通則

(1986年)が制定されたが、1990年代以降は、計画経済体制から市場経済体制への移 行にあわせて、改めてとりわけドイツ法を中心とした世界各国の市場経済体制諸国の

      

(2)ヴォルテールの「駅馬車を乗り換えるごとに法が変わる」との揶揄は有名である。

(3)北居功「法統一のための法典編纂」岩谷十郎=片山直也=北居功編『法典とは何か』(慶應 義塾大学出版会・2014年)7 - 8頁。

(4)

民法の影響を受けた法の整備が進められるようになった(4)。その間に、契約法(1999 年)が成立する一方で、民法を一括して制定する方針の下で2002年に民法草案が成立 したが、再度、草案の各編を単行法として制定する方針へと転換されて、物権法(2007 年)、権利侵害責任法(2009年)、渉外民事関係法律適用法(2010年)、民法総則(2017 年)が成立した(5)

 たとえばドイツ民法典をはじめとして、19世紀末から20世紀の初頭にかけて成立し た法典編纂もそうであるが、とりわけ第二次世界大戦後に政治的に独立を果たした50 カ国以上の国々が民法典を整備した20世紀中葉では、政治的な国家統合の一つの象 徴、アイデンティティーの象徴として法典が扱われた経緯もある。すなわち、「法典 編纂の熱狂(una frenesia di codificare)」と呼ばれる(6)。しかし、とりわけ東ヨー ロッパ地域に見られたとおり、計画経済体制から市場経済体制へと移行した各国が民 法典を整備した1990年代からは、生産設備の国営化から民営化に代表されるように、

広く社会における国有財産の私有化や私人の経済活動の保障の必要に迫られた。いわ ゆる、「民営化(Privatisation)」である(7)

 今般の中国における民法典の制定も、以前にあった計画経済体制下の法令と市場経 済体制に適合させてきた各個別法令を民法典の装いの許に調整・統合する法典編纂と いう一面を持つことは否定できないであろう。1990年代以降に、契約法や物権法等が 市場経済体制に適合するように順次整備されていたのであるから、今般の中国の民法 典の編纂は、市場経済体制に適合する民営化のための基盤整備のいわば完成となるべ きものである。他方で、民法通則はその規模からして民法典として機能するわけには いかず、その他の個別法令も制定された時代の相違から制度間の矛盾や不備があった ため、それら関係法令の調整を必要とする(8)。そのため、新たに制定された民法総 則に個別法令として制定されていた物権法や契約法等も統合・整理して民法典を編纂 するという、私法を「体系化(systemization)」する活動の一環ともみるべきであろ う。

      

(4) Huixing LIANG, The Draft Civil Code of the People's Republic of China, Leiden/

Boston, 2010, XX.

(5)鈴木賢「中国民法史から見た民法総則の位置づけについて」法律時報89巻5号(2017年)

96頁。

(6)北居功「ヨーロッパ連合における民法典論議――統一性と多様性の相克と調和」民法改正 研究会(代表:加藤雅信)『民法改正と世界の民法典』(信山社・2009)476-477頁。

(7)北居功「ヨーロッパにおける民法の改正と日本法――再法典化の時代と立法学の要請」長 谷部恭男=佐伯仁志=荒木尚志=道垣内弘人=大村敦志=亀本洋編集委員『岩波講座:現 代法の動態:第4巻:国際社会の変動と法」(岩波書店・2015年)129-130頁。

(8) LIANG, op.cit., XXI.渠涛「中国における民法典審議草案の成立と学会の議論(上)」ジュ リスト1249号(2003年)115頁。

(5)

3.民法典の体系

 では、民法典をどのように体系化すべきであろうか。歴史的に見て、民法典の体系 化には、主として二つの方法があり、また、主として二つの方法しかない。すなわ ち、いわゆる法学提要方式(Institutionen= System)と学説彙纂方式(Pandekten=

System)である。

 一方で、法学提要方式は、紀元後1世紀から2世紀の古代ローマ法学者であるガイ ウスの法学教科書であった法学提要(Institutiones)に由来するといわれる。その後、

たとえばローマ法大全の一部にも採用された法学提要は、ユスティニアンの法学提要 と呼ばれるように、法学教科書の定番として定着した。もちろん、それぞれの法学提 要の細部に相違はあるものの、そもそもは人、物および訴権の3部からなっていたが、

16世紀の人文主義法学は、第3部の訴権部分を技術的な訴訟から切り離して、取引関 係を規律する一般的な法律関係として理解する方向を示した。17世紀にプーフェンド ルフは、自然法が命じる一般的・客観的な義務(obligatio)を措定して、各人がそ の義務に適合的に行為する義務(officium)を介して、「義務の体系」を構築したと いわれる(9)。ジャン・ドマは、この義務の体系に沿って実定規範を整理・統合して、

プーフェンドルフの「義務(obligatio)」に対応する「約務(engagement)」の体系 へと纏め上げた。フランス民法典は法学提要方式を採用しつつ、第3部の法律関係に 該当する部分を、ドマの「約務」を引き継いだ財産取得編として構成した(10)。なお、

日本の民法総則や中国の民法総則自体も、その構造は本質的に、人、物、法律行為か らなっており、民法総則の構造はいわばミニ=インスティトゥーティオネス(法学提 要)方式と呼ぶことができる(11)

 他方で、学説彙纂方式は、クリスチャン・ヴォルフ学派に由来し、共通項を括弧で 括り出すことにより、抽象から具体へ、すなわち、総則から各則へと連なるピラミッ ド構造を構築したといわれる。これこそが、学説彙纂方式を特徴付ける総則の構造で ある。しかしながら、学説彙纂方式は、カントの権利論の構造に付合するともいわれ る。すなわち、カントは、人が外界を支配する関係を整理して、物を支配する対物権、

人を支配する対人権および家族を支配する物権的対人権とした。すなわち、カントは

「権利の体系」を構築したといわれる(12)。この体系に沿って実定法規範を整理・統合 したのがサヴィニーに始まるパンデクテン法学である。その結果、パンデクテン方式

      

(9)筏津安恕『義務の体系のもとでの私法の一般理論の誕生』(昭和堂・2010年)19頁以下。

(10)北居功「民法の体系」法学セミナー710号(2014年)80-81頁。

(11)松尾弘「民法学修バイブル:民法条文とは」法学セミナー617号(2006年)15頁。

(12)筏津安恕『私法理論のパラダイム転換と契約理論の再編』(昭和堂・2001年)121頁以下。

(6)

は、総則を前置した上で、各則として、物権法、債務法、親族法および相続法を配列 するのである(13)

 これら二つの体系化の方式は、いずれも、膨大で錯綜するローマ法源をいかに教育 するのかという観点から編み出されたことを忘れてはならない。法学提要はそもそも が法学の教科書であり、また、今日の学説彙纂方式の基礎を作ったといわれるハイゼ は、ローマ法教科書のために学説彙纂方式を編み出したのである。民法の体系化は、

実は、民法教育のための民法実定規範の体系化も意味するのである。

4.法典の成文化

 そもそも民法典は誰のために編纂されるのか。市場経済体制における経済活動の主 体にとって、経済活動を規律する法規範は必須の知識であるから、国民全体が民法の 知識を備え、民法規範に沿って行為をすれば、自ずから、紛争は予防されることにな るはずであろう。法典が成文化され、周知されなければならないのは、まさにそのた めである。では、国民各人が民法に関する知識を備え、それに通暁することは可能な のであろうか。もし、それが可能であるとするなら、もはや法律専門家は失職する。

 しかし、法律が持つ固有の技術は、たとえ法律・法典が成文化され、それが周知で きるものとなっても、それを言葉として読むだけで内容を理解することは難しい。法 律・法典が持つ固有の専門性は、それに見合う法学教育を必要とする。したがって、

とりわけその分量と内容の理解のためには、一定期間にわたる専門的な法学教育を必 要とすることは、大学あるいは大学院に法学専門の教育課程が存在していることに証 左されるであろう(14)

 近代法典の体系は、法学提要方式も学説彙纂方式も、共にこの法学専門教育におけ るもっとも効率的・効果的と考えられた教育体系から生まれたということができる。

また、いったん、近代法典が編纂されると、法学専門教育は、それが国家による命令

      

(13)北居・前出注(10)82頁。しかし、前田達明『続・民法学の展開:民法研究第三巻』(成文堂・

2017年)287頁は、サヴィニーがカントと一定の断絶を示しつつヘーゲルと共通する点も あるとした上で、「権利の体系」ではなく、「法律関係の体系」を構築しようとしたとして、

「カントの〈権利の体系〉がドイツ民法典に影響したとは言い難い」とする。しかし、「法

律関係(Rechtsverhältnis)」を「権利関係」と理解すべきとするなら、様相は随分と異なっ

てくる。しかも、サヴィニーやその学派はヘーゲルと敵対し、覚醒神学を基礎に据えたと する見解が提唱されている。Hans- Peter HAFERKAMP, Die Historische Rechtsschule, Frankfurt am Main, 2018, S.179.

(14)このようにいうのは法律家の驕りと批判されるが、他方で、平均的国民が法律に通暁する ことは難しいとの諦念もある。北居・前出注(3)17頁。

(7)

によるのであろうと教育機関の自発によるのであろうと(15)、いずれにせよ、この法 典に基づいて実施されているのであるから、法典は法学専門教育の体系でもある。

5.法典の包括化

 しかしまた、法典は教育教材にとどまるものでもないことはいうまでもない。とり わけ法典が持つ最大の特質である包括性は、本来は、法典に定められる規範が社会に 生起する紛争を全て包摂できることを意味してもいた。いわば、法典は包括的に社会 問題を解決する完結的な規範群から構成されるべきであった。しかし、19世紀を経る につれて、とりわけ当時の西ヨーロッパ社会で進展した産業革命による社会問題に対 して、法典が持つ完結性は破綻した。

 すなわち、民法典が当初規定していた雇用契約に関する簡潔な規範群では、新たに 生起し、深刻化する労働問題にもはや対処できなくなったのである。これにより、た とえば日本では、雇用関係をめぐる法律問題は、民法典から除外されて、固有の各種 労働立法へと移されることになった。他方で、自動車事故や製品事故に見られるよう な一定頻度での事故が避けられない場合に、民法上の過失責任主義も破綻し、この問 題は民法典から除外されて、無過失責任を定める自動車損害賠償保障法や製造物責任 法の特別立法を促した。こうした法典からの除外ないしは法典の解体(脱法典化)は、

たとえば商法典でもっとも顕著に現れた。日本の商法典は民法典と同時期に制定され たが、早期に、破産法、手形・小切手法が除外され、近時になって、保険法、会社法 が除外されることとなり、運送法までも除外されるべきとの議論まであって、商法本 体は極めて小規模な法律となっている(16)

 しかし、全ての新たな社会問題が法典の外へと除外されてきたわけではない。いう までもなく、その編纂時に信じられたように、法典が包括的に社会問題に対処できる 完結性を持つというのは、もはや幻想にすぎない。しかし、新たな社会問題に対処す るには、対処すべき固有の方策が確立されるまでは、まずは法典およびその解釈がそ の問題に対処し、その解決規範を形成できるという包括性を持っている。いわば、法 典は「受け皿」としての役割を演じるのである。個別の規定がその構成要件を満たさ なければその効果を生じ得ないのに対して、一般条項が柔軟な対応を可能にするた       

(15)フランスでは、革命暦12年風月22日(1804年3月13日)の法律とそれに続く革命暦12年補 足第4日(1804年9月17日)の施行デクレによって法学校での講義がフランス法典の講義 にほぼ限定されるべきことが定められたが、他方で、ドイツでは、法学教授たちが自発的 に開催した1896年のアイゼナッハ会議以降、ドイツ民法典の講義へと移行した。

(16)商法典の解体現象については、高田晴仁「〈商法典〉とは何か――法典化・脱法典化・再 法典化」岩谷=片山=北居・前出注(3)243頁以下。

(8)

め、たとえば、不法行為法(日本民法709条)が一般条項として定められていることは、

あらゆる不法行為事象を受け止める受け皿として適切であろう。また、各則規定が限 定的なのに対して、総則規定は各則規定の共通項であると同時に、各則規定よりも抽 象的な規範とならざるを得ないことから、各則規定の隙間を埋める機能も果たし得る であろう。さらに、個別法令の適用はその適用範囲が限定的であるのに対して、法典 はより包括的に、あたかも一般条項や総則のように柔軟な対応を可能にする。このよ うに、近代に普遍性を持って形成された近代法典は、その後の社会問題に対処できる 現代法典の役割も同時に演じつつ(17)、新たな時代の新たな問題を、あるいは法典それ 自体に包摂(inclusion)し、あるいは法典の外に除外(exclusion)するのである(18)。  では、民法典は、どのように現代の新たな問題に対処できる受け皿となり得るので あろうか。日本の一つの例を見てみよう。20世紀後半から重大な問題として提起され てきたのが消費者契約をめぐる問題である。事業者からの不当な圧力によって消費者 の意思決定の自由が奪われて、消費者が望まない契約を締結させられる。そこで、民 法典の解釈の枠内で、交渉力と情報量に劣る消費者に対して事業者が重要な情報を提 供すべき信義則上の義務を負うこととして、事業者がその義務に反する場合に、消費 者に詐欺および強迫の緩和された形での取消権を認め、あるいは、消費者に損害賠償 請求権を認める解釈法理が形成された。この取消権を民法典自体に包摂する方策もあ り得たであろうが、民法典から除外して特別法を制定する方策が選ばれて、2000年に 消費者契約法が制定されたが、同時に、事業者の情報提供義務違反に基づく損害賠償 責任も、民法典の解釈の枠内で維持されている。

 確かに、法典は全ての事象をそこに規定できる完結性を備えてはいない。しかし、

新たな事象に対処する手がかりを解釈論に与えるだけの抽象性、すなわち包括性を備 えるべきであろう。その抽象性・包括性がもっとも典型的に現れるのが、学説彙纂方 式の「総則」である。

6.債権総則の憂鬱

 2002年に成立した中国民法草案をめぐって(19)、すでに債権および債権総則をめぐ る議論が提示されていたようである。そもそも債権という抽象概念に対する疑念と債       

(17)近代法典と現代法典が一つの法典に併存し、法典が二重構造を持つことを指摘するのは、

北川善太郎「近未来の法モデルについて」法学論叢136巻4=5=6号(1995年)39頁。

(18)包摂(inclusion)は法典自体の改正を意味し、除外(exclusion)は法典とは別の個別法 令の制定を意味する。問題は、どのような基準が包摂と除外とを区画するのかという点に こそ存するのであって、これこそ実定立法学に固有の問題ということができよう。

(19) LIANG, op.cit.

(9)

権総則の内容が契約法の総則にあるため債権総則を不要とするという否定論がある一 方で、債権という概念はすでに大陸ヨーロッパ法で一般的な概念であり、契約法は本 来民法総則に定められるべき法律行為や代理なども定めているが、それらは民法通則 を補完するために必要とされた歴史的な経緯に由来するものであるから、債権総則に 定められる事項はやはり債権総則に定められるべきであるとの肯定論もあったといわ れる(20)

 結果的に、2002年の中国民法草案は債権総則を設けておらず、今般制定途上にある 中国民法典も、固有の意味での債権総則を置くことは予定していない。債権総則は必 要なのか不要なのか、上述した民法の教育という観点と法典の機能という二つの観点 から眺めてみよう。

 日本民法の債権総則は一方的な債権をめぐる極めて雑多な内容を包含しており、そ の見通しは悪い。債務不履行に基づく損害賠償は、解除など債務不履行のその他の問 題と合わせて講じられ得るであろうし、責任財産の保全や多数当事者の債権関係など は担保法の一環として扱われるのが合理的であろう。また、債権譲渡は物権変動と並 行・対比して論じられるのが理解しやすい面もある。さらに、契約に基づく債務の不 履行での帰責原理は、契約で当事者が引き受けた債務の実現のための限界線で測られ るべきであるが、法定債務の不履行での帰責原理はまったく異なるため、両者を債務 不履行に基づく損害賠償として一律に扱うことも難しい。そのため、教育的な観点か ら眺めるときには、債権総則は、むしろ、契約法、担保法、物権法へと解体され得る 余地がある(21)

 他方で、法典の機能から眺めるとき、債権という抽象概念は、契約にも法定債権に も共通する概念であって、新たな債権関係をめぐる問題に対処する受け皿として必要 であろう。それでも、債権を物権等と並べて民法総則に規定すれば、債権概念の位置 付けのための債権総則は不要となるであろう。しかし、債権譲渡は、物権の譲渡では ないため、物権編で扱うことは難しいであろうし、債権の消滅事由はあらゆる債権に 共通する事項であり、多数当事者関係も特有の債権関係であるため、民法総則や契約 法総則で規定するのは難しいであろう。

 このように、債権総則をめぐって、それを否定する方向とそれを肯定する方向のい

      

(20)渠涛「中国における民法典審議草案の成立と学会の議論(上)」ジュリスト1249号(2003年)

121-122頁。

(21)中国契約法は、契約の無効・取消し、契約の保全、契約上の権利義務の終了、さらに運送、

取次、仲立といった規定も含んでいるため、日本の契約法よりもはるかに広く、民法総則 や債権総則、商法の分野もカヴァーしている。王利明=小口彦太〔監訳〕『中国契約法』(早 稲田大学出版部・2017年)を参照。なお、中国民法草案は、保証契約や独立担保契約も規 定しており、担保法もカヴァーする。LIANG, op.cit., pp.387 et seq.

(10)

ずれにも相応の理由があることは否定しがたい。それでも、ここ30年の日本民法の経 験は、とりわけ資金獲得のための債権の流動化のために債権譲渡制度をめぐって多く の議論と制度が蓄積されてきた。議論の受け皿としての債権総則上の債権譲渡規定の 解釈に始まり、債権譲渡登記制度が民法典から除外されて特別法(22)に移行された後、

改めて、2017年に債権法が大幅に改正された際に、民法上の債権譲渡規定の改正も経 た。このような経験に照らすと、債権総則に規定された債権譲渡制度であったからこ そ、担保目的や売買目的など幅広い目的で用いられる債権譲渡制度も、おしなべて統 一的に制度を把握できたということもできるように思われる。

7.法典化の将来

 民法典の編纂は、国内外を問わず、私法の基本秩序を知る上で極めて便宜である。

日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、その間での取引をめぐって、双方が相 手方の法規範を知ることは必須であるため、この点で、民法の法典化の利益は大きい ということができるであろう。

 他方で、一般的にいって、法典は個別法令に比べて相対的に安定性が高い。すなわ ち、いったん法典が編纂されると、その改正頻度は個別法令に比べて格段に低下する 傾向にある。こうして法典自体の改正が控えられると、法典の解釈が法典自体に反映 しにくくなって、法を理解することが難しくなることも意味する。しかも、同じよう に大陸ヨーロッパの法伝統を継受したといっても、東アジア各国では、その継受の時 代も違えば、継受した後の各国での法解釈が異なっていくことも避けがたい。

 こうして、各国での法典化とその独自の解釈は、各国の法を各国ごとに固定化し、

各国の法を分断することになる。ところが、現代の経済はすでに国境を越えて出てい るのであるから、国境を跨ぐ経済取引にとって国境で異なる法典が取引の障害となる 恐れがある。本来、民法典は経済取引の活動範囲内で法を統一するためにこそ編み出 された方策であったが、今度は、その民法典自体が経済取引の障害となるという

「ディレンマ」を抱えることになる(23)

 このディレンマを克服するためにまず為すべきことこそ、国境を跨いで互いの法と 法解釈を知ることである。そのために、今後、ますますの中国民法学と日本民法学と の交流をこそ願ってやまない。

      

(22)動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(1998年)。

(23)北居功「近代私法法典のディレンマ――19世紀ドイツと現代ヨーロッパの比較から」加藤 新太郎=太田勝造=大塚直=田髙寛貴編『21世紀民事法学の挑戦:加藤雅信先生古稀記 念・上巻』(信山社・2018年)47頁以下。

参照

関連したドキュメント

意識 に根づいている法 をまとめ上げること,技術 的 に完成 された形式 にもち込むこと,そ してせいぜい ここか しこで明確性 を高めるために新 しい規範 を導 入す ることに限定す るべ

ICCLC NEWS 公益財団法人国際民商事法センター 第 51 号 2018 年 5 月

白鴫法学第14巻1号(通巻第29号)(2007)26

「ミッション」を十分に果たす姿にはなっていないことを指摘しておく必要があると思われる.国立

キルギスタン共和国民法典(1998年)中の国際私法規定 が規律する。 第三款 法律行為、代理、出訴の時効

る︒

平成 29 年の通常国会で成立した独立行政法人国民生活センター法等 の一部を改正する法律(平成 29 年法律第 43 号。以下「国民生活セン ター法等改正法」

Ⅰ.可決・成立した年金制度の改正法 2012 年 8 月 10 日、社会保障・税一体改革関連法が国会で可決・成立した。社会保障関連では、 特に年金制度が大きく改正される。