衣服の痕跡から見るアーカイヴとしてのファッション
Redefinition of the Fashion Archive from the Trace in Clothes 1W163039-1 上岡 博雄 指導教員 土田 環 , 是枝 裕和
KAMIOKA Hiroo TSUCHIDA Tamaki,KORE-EDA Hirokazu 概要:本論文では、衣服の「痕跡」という概念に着目し、「ファッション・アーカイヴ」の再定義を試み た。まず、衣服が身を守る「道具」としての役割から、「記号性」を獲得したプロセスについて確認し た。この「記号性」により、衣服は他者に対し、「身分」などの社会的な「アイデンティティ」から、次 第に自己から切り離された「イメージ」を表すようになり、「他者性」を獲得した。そうした「イメー ジ」の中でも、「痕跡」は、衣服に刻まれた情報の一つであり、他者からの「イメージ」を形成する要素 といえる。よって次に、この「痕跡」が示すものについて、批評家やデザイナー達の事例を絡めること で、「痕跡」が身体や社会との関係性を示し、「記録」する「アーカイヴ」としての役割を担うことを述べ た。そのうえで、現代の「ファッション・アーカイヴ」の取組を挙げ、「アーカイヴとしての衣服」の果 たす役割がその再定義にとって重要であることを示した。
キーワード:ファッション・アーカイヴ、痕跡、襞、グランジ、パッチワーク Keywords:Fashion Archive,Trace,Fold,Grunge,Patchwork
1. 衣服の役割の変化と痕跡について 衣服は環境から身を守る為の道具としての単一 的な役割から、歴史を重ねるにつれて「階級」や
「身分」などの社会的な「アイデンティティ」を 示す「記号」としての役割を獲得した。そこから 次第に、自己から切り離された「イメージ」を表 すようになり、「他者性」を帯びていった。この
「他者性」があるからこそ、衣服は「ファッショ ン」という言葉を獲得した。衣服は、生地やシル エット、色味など様々な要素を含んでいるため、
デザイナー達は各要素に独自のアプローチを行 い、自身の考えをデザインに形象化してきた。そ のなかで、衣服の「痕跡」という概念は、形象化 されたデザインの一種であり、プリーツなどに代 表される「襞」や、意図的に空けられた「穴」、
「再構築」の跡などの様々な種類の「痕跡」が存 在する。それぞれの「痕跡」は形象として衣服に
「記録」されるものであり、その「記録」の背景 には、衣服と社会の関係性や衣服と身体の関係性 などが存在している。それらを読み取ることでよ
り一層衣服が単なる「道具」としてではなく、メ ッセージ性を持った一種の「芸術作品」として存 在することを我々は認識することができる。
2. 衣服の痕跡
本稿では、具体的な衣服の「痕跡」の例として 三つの痕跡に注目し、それぞれの具体的な取組み をとりあげながら、デザインに活かされた「痕 跡」の特徴や、衣服に刻まれた「記憶」のかたち を考察した。
一つ目の衣服の「痕跡」の事例としてまず
「襞」がある。「襞」とは、プリーツや折り目に 見られる、生地を折り畳むなどの行為によって奥 行きや膨らみを衣服にもたらし、新たなフォルム を形成する概念である。襞の特徴は、哲学者のジ ル・ドゥルーズ(1925~1995)が「生成変化」そ のものであると定義したように、身体の変化にあ わせてフォルムを多様に形成する点にある。衣服 の「襞」には着用者の身体を自由に変化させてい くプロセスと結果が記録されているという点にお
いて、「身体の解放」が具象化されているのだ。
本稿では、三宅一生(1938~)をはじめとする、
「襞」への取組みに対する考察を行った。
二つ目の衣服の「痕跡」として「ダメージ」と いう概念を次に挙げた。衣服に意図的に与えられ た「ダメージ」は社会性を強く孕んだ概念であ り、具体的には、「グランジ」や「パンクファッ ション」のように、社会に対する不満等から起因 する「反骨精神」が記録されているともいえよ う。デザイナーに関しても、川久保玲(1942~) や、宮下貴裕(1973~)が穴を意図的にあけたニ ットや、あえて糸をほつれさせたジャケットなど に代表される前衛的な「パンクファッション」を 取り入れることで社会に対するメッセージを衣服 から発信している。
ヴァルター・ベンヤミン(1892~1940)は、オ スマンによって計画された19世紀のパリのパッ サージュに記憶の痕跡を見出した。パッサージュ とは、破壊された歴史の断片であり、その再構築 でもある。衣服における「パッチワーク」もま た、衣服の「痕跡」の集まりとして同様にとらえ ることができるのではないか。生地や素材の一つ 一つに固有の「記憶」が存在しており、それらが
「解体」によって一度「断片的な記憶」となって いる。つまり言い換えれば、「解体」を通し、新 たに編み直された衣服は元来の形を飛び越えて別 の価値を見出した集合体となる。本論では、マル タン・マルジェラ(1957~)の取組みをとりあげ つつ、「解体」によって衣服に含まれていた「過 去」と「現在」の要素が、「再構築」によって
「未来」の要素を獲得することを論じた。
3. アーカイヴとしての衣服
衣服の「痕跡」は、「身体の解放」のプロセス や、社会に対する「反骨精神」、「再構築」によっ て元来の価値を飛び越えた「断片的な記憶の集合
体」などの様々な事柄の具象である。これらは衣 服のデザインを「超越」した「付加価値」と言え よう。
このような意義があるにも関わらず、現代のフ ァッションにおいて「痕跡」は重要視されていな い。ファストファッションが流行している点から もそのことは言えるだろう。消費の対象となった 衣服は、「記憶」とはなりえないのだ。また、衣 服に込められた背景に最もフォーカスしているは ずの「ファッション・アーカイヴ」でさえ、「痕 跡」を重要視せず、デザイナーのネーム・ヴァリ ューに重きを置いている。例えば、ジャン=ポー ル・ゴルティエ(1952~)の手掛けた衣服がその 衣服に込められた背景よりも、「ゴルティエが手 掛けた」という安易な理由で「アーカイヴ」とし て当時の価格よりも大幅に高額な値段を付けられ ているのが一例である。そのため、本稿では、こ のような状況を鑑みて、衣服の「痕跡」の観点を
「ファッション・アーカイヴ」に持ち込むことの 意義を述べた。衣服の背景にある「ヒト」が重要 視されている「ファッション・アーカイヴ」であ るが、それを「破壊」した後に残るのは衣服その ものであり、「痕跡」である。その「痕跡」を
「記憶」として刻印した「モノ」自体に向き合う ことで、衣服の本来の価値を見出されることなく 消費者に届けられ、発信されている現状を打開で きるのではないか。
主要参考文献
[1]蘆田裕史、『ファッションと哲学』(アニェス・
ロカモラ&アネケ・スメリク=編)、フィルムアート 社、2018年
[2]鷲田清一、『モードの迷宮』、ちくま文庫、1996
年
[3]ヴァルター・ベンヤミン、『複製技術時代の芸 術』、佐々木 基一(編集)、晶文社、1999年