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古代 中国語 における呼称 の社会 的変異

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Academic year: 2022

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(1)

研究論文

古代 中国語 における呼称 の社会 的変異

‑ 『礼 記 』 言 語 規 範 の研 究 ‑ 彰 国躍 (神奈川大学)

『礼記』 (紀元前

1

世紀) は古代中国の倫理規範 に関す る最 も重要 な経典 の一つで あ る. その中 に言 語行動 に関す る規範 も多 く含 まれている.本研究 は主 に呼称表現 に焦点 をあて, その本 の中の言語規範 の内容,特 に呼称 の変異現象 と社会的要因 との関係,および当時儒教文化 の価値観 や世界観か らの影響 について論 じた.

本文 は 『礼記』 中のすべての呼称規定 を分析す ることによって,次 のような5つの点を明 らかにした.

(∋ 『礼記』で は呼称の待遇機能 について, きわめて具体的に記述 し,呼称表現が使用 され る場合 の語用 論的,社会言語学的な条件 を詳 しく提示 した.(参 『礼記』呼称規定 の中の話 し手 はお もに上層社会 に限 定 され,古代中国語 の社会方言 の一形態一上層変種 を反映 した もの と言 え る.③ 『礼記』呼称表現 の待 遇機能 は主 に話者や指示対象の身分 によって使 い分 け られている.④ 『礼記』 の中で呼称使用 に影響 を 与 えた社会的要因には,国内の上下身分 の外 に,諸侯国間のステータス順位 も含 まれている.(9 『礼記ED 呼称規範 は当時社会の言語意識 に影響 され,当時の言語意識 は古代中国の儒教倫理観,陰陽世界観 に影 響 されている.

キーワー ド:呼称,異形,待遇機能,言語規範,陰陽世界観

So c i a lVa r i a t i o ni nAd d r e s sTe r mso fAnc i e ntCh i ne s e:

‑ ASt udyi nLanguageNor msi nTheBookofRi t e s

‑ GuoyuePENG(KanagawaUniversity)

Thebookofrites,(WrittenacenturybeforeChrist)isoneoftheancientChineseclassicswhich dealswiththeethicalprlnCiplesofthatperiod.AmongtheseprlnCiplestherearemanyconcerningthe norms(prescriptiveuses)oflanguage,especiallyvariationwithregardstoaddresstermsinview of socialfactors,Confucianvaluesandtheworldview.Thispaper,afterananalysュsOfalltheprescriptlVe usesofaddresstermsinThebookofT・ites,concludesasfollows:Thebookofritesillustratedvery clearlythenormsforinterpersonalrelationsandprovidedmanylinguisticandsocialcontextsforthe appropriateconditionsfortermsofaddress.TheinterlocutorsinThebookofriteswasmainly limitedtotheupperclassoftheperiod,thuscharacterizingtheupperclassreglSterOfancientChinese.

③ InThebookofrites,thefunction ofaddresstermsserving aspoliteexpressionswasmainly manifestedbyusingdifferentformstopeoplewithdifferentsocialstatus. Intheapplicationsof addresstermsinThebookofrites,apartfrom thehierarchywithinasociety,thehierarchybetween twosocietiesplayedaroleaswell.⑤ThenormsoftheaddresstermsinThebookofriteswere influencedbythelanguageconsciousnessoftheperiodwhichwasinturninfluencedbypredominant Confucianvaluesandtheworldview ofYingYanglnthatperiod.

Keywords:addressterm,variant,interpersonalfunction,languagenorm,worldview ofYingYang

‑5‑

(2)

1

.研究概要

古代中国語 において人称代名詞 は待遇値 の きわめ て低 い表現である.対人言語行動 の中で,人称代名 詞 を使 うことは多 くの場合失礼 とみなされ る.孟子 (紀元前

4

世紀頃) はかつて 「人能充無受爾汝之賓, 無所往而不為義也」 (人か ら 「爾,汝 (なん じ

)

」 な

どと呼ばれないよ うに行動すれば,必ず何 を行 な っ て も義 にかな うよ うにな る)(『孟子 ・垂心篇』)1)

と指摘 した. ところが,古代中国語 において,人称 代名詞が待遇的に未発達 なのに対 して,呼称名詞 に よる待遇表現 はたいへん豊富である.『論語 ・季氏』

で は公侯夫人 の呼称 につ いて次のように述べている.

「邦君之妻,君称之 日夫人,夫人 自称 日小童, 邦人 称之 日君夫人,称諸異邦 日寡小君,異邦人称之亦日 君夫人也」 (国君 の妻 の ことを, 君 が呼 ばれ るとき には夫人 といい,夫人が 自分で君 に対 しては小童 と い う. 自国の人 は国内では君夫人 と呼び,国外 に向 か ってい うときには寡小君 と称す る.外国の人がい うときには国人 と同様 に君夫人 と呼ぶ). 同一人物 を指すのに,発話参与者間の相対的な身分関係や発 話場面 などに応 じてさまざまな異形表現が使 い分 け

られていた ことがはっきり示 されている.

しか し,古代中国語 の呼称敬語 について, これま でその基本的な枠組みや一般的な傾向に関す る概説 はあるものの 2),特定 の時代やテクス トを対象 とす る調査研究が少な く,呼称 の社会的属性や コンテク ス ト条件およびその待遇機能 などについて, まだ多 くのなぞが解明 されて いない.

今回の研究対象 は 『礼記』 とい うテクス トに限定 す る.『礼記』 は,紀元前

1

世紀 ごろ漠王朝 時代 の 学者戴聖 によ って編著 され, 周王朝 (前

1 1

‑前

3

世紀) を中心 とす る古代中国社会の倫理規範 につい てまとめた もっとも代表 的 な経典 の

1

つ で あ る.

『礼記』 には言語行動や言語表現 に関す る規定 が多 く含 まれ, どうい う身分 の人が どんな場面 で, だれ に対 して, どのよ うな表現 を使 うべ きかなどについ て細か く記 されている.『礼記』 は孔子 が書 いた と され る 『礼経』 (現在散逸) に対す る解説書であ り, その形成過程がかな り複雑 なため,内容的にも時代

的に も必ず しも均質 な ものとは言 えない. しか し, テクス ト言語学 の立場か ら見 ると, その形成 の過程 や編著 の意図などがどうであれ, それが漢王朝 にお いて編著 された時点で1つのテクス トとして完成 し た以上, それを

1

つのまとまった言語 データとして 扱 う必要がある.そ して,社会言語学の立場か ら見 て, それは一個人が創作 したよ うな書物ではな くさ まざまな文献か ら幅広 く採集 した ものだか らこそ, 当時社会 の言語意識 を反映 し,倫理規範 として大 き な役割 を果たせたと言 うことがで きる. われわれは

『礼記』 とい うテクス トに記述 された内容 の分析 を 通 して,古代中国 における言語 と社会 の関係,対人 言語行動 の社会的制約および当時の言語規範意識の 一端 を明 らかに したい.

この論文 は

,

礼記』 におけ る呼称表現 の規定 に 焦点 を しぼる. ここでは,発話参与者 の社会的属性 や コンテクス ト条件 に基づ く呼称表現 を総 じて 「呼 称 の社会的変異」 と呼ぶ.そ して,話者 (および話 者領域 に属す る者) を指す 「自称詞」 と話者 (およ びその領域)以外 の人物 を指す 「他称詞」 をある抽 象度 を持っ 2つ の語嚢 「変項」 (variable)とみな し,1つの語嚢変項 に属す るさまざまな表現形態 を

「異形」(variant)と呼ぶ.言語変項 は一種 の 「依 存変項」 (dependentvariable)で あ り, その異形 の選択 はさまざまな社会的関数条件 (た とえば,社 会階層,年齢,性別,場面,民族性,宗教観,価値 観 など) に依存す る.本研究 は, まず 『礼記』 の中 か ら呼称 に関す るすべての項 目を抽出 し,複数異形 の選択 にかかわ った社会的要因によって 「身分 ・階 層 による社会的変異」 と 「場面 ・状況 による社会的 変異」 とい う

2

つの部門に分 け,各異形表現の特徴 およびその社会的属性, コンテクス ト条件 などにつ いて分析 し, そ して,呼称 の変異現象 と当時社会 の 文化的背景 との関係 について考察す る.

この研究 によって明 らかにな ったことについて, 結論 を先取 って大 きく次の

5

点を挙 げることがで き

る.

① 『礼記』 は,古代中国語 の呼称表現の待遇機能 について,倫理上礼 にかな うとされるさまざまな言 語表現およびその語用論的,社会言語学的 コンテク

‑6‑

(3)

ス ト条件 を通 して具体的かっ細か く規定 している.

② 『礼記』 の呼称規定 は,お もに士大夫以上 の話 者 を対象 と した もの で, 古 代 中国語 の社 会 方 言 (socialdialect)の一形態‑上層変種 を反 映 した も の と言 える.

③ 『礼記』 の範例 において,天子,諸侯,大夫, 士 など話者 や指示対象 の身分 によって さまざまな待 遇的示差機能 を持っ呼称異形が使い分 けられている.

@ 『礼記』呼称規定 の異形選択 に影響 を与 えた社 会的身分属性 には,官職 ・爵位などに基づ くヒエラ ルキ ー階層 と天子国を中心 とす る諸侯国問のステー タス順位 とい う二重構造が存在す る.

⑤ 『礼記』 の呼称規定 は当時の言語規範意識 を反 映 し,当時の言語規範意識 は古代礼治社会 の文化的 背景 (儒教倫理観,陰陽世界観) によって動機付 け

られている.

2 .

身分 ・階級 による社会的変異

『礼記』では話者 (およびその領域 に属す る者) とそれ以外 の人への呼称 について細か く規定 してい る. これ らの規定の中で話者以外 の者 に関 しては, その身分情報 を具体的 に記 しているが, その人が聞 き手 の立場 にいるか どうかについて はとくに区別 し ていない.『礼記』 に示 された用例 は実例ではな く, 当時の言語規範意識 に基づ いて作 られた範例のため, 示 された文脈以外 に指示対象が実際だれでその場 に いたか どうかなどを特定す ることはで きない. した が って ここで は

,

『礼記』 の枠組 み に従 い, 明 らか に話題人物 としての第三者 に言及す る場合 と,聞 き 手が同時 に話題人物 になる場合 とをまとめて 「他称」

とす る.『礼記』 には,発話参与者 の身分 ・階級 に よる呼称変異 の規定 は,全部 で

6 4

例現 れたが, そ の うち 「自称」 に関す る規定 は

5 0

,

「他称」 に関 す る規定 は

1 4

例である.

ることがで きる.

2 .1 .1

話者 と対者 との身分 による自称変異 話者 と対者 の身分 による自称変異 に関す る規定 は 全部で

2 2

例 あるが, まず,古代 身分社会 の頂 点 に 立っ天子 の自称 について見てみよ う.

(1)凡 日輪,天子日予一人.(玉藻第十三)3)

「予」 は‑人称代名詞 である. (1) は 『礼記』 自 称規定

( 2 .1

3.1

をあわせ て

5 7

例) の うち唯一 代名詞 を使 った もので あ る. 「予」 につ いて王 力

( 1 9 5 8:2 7 5 )

では二人称 「汝」 と同 じく相手 に と っ てぞんざいな表現だ と指摘 し,程邦雄

( 1 9 97 )

の調 査 によれば 『論語』 において孔子が弟子 に対 して 自 分 の ことを 「予」 と言 うことはあるが,弟子が孔子

に対 して 自分の ことを 「予」 と言わず,名前や 「我,

吾」 を使 う.つま り一般的 に 「予」 が 目上 に対 して 失礼 な自称表現 と言 える.天子 には身分上 の目上 ま たは同等者がいないので,天子が 自称詞 として 「予」

を使 うことはある意味で理 にかな うことである. そ して 「予一人」 につ い て, 清 代 の注 疏 家 孫 希 旦

( 1 9 8 9:1 2 6 )

は一種 の謙譲表 現 と注釈 して い る.

「予一人」 に謙譲的な意味が どれ ほど含 まれ るか に つ いては議論す る余地があるが

,

「予」 に 「一人」

を後置 した ことによ り,天子 とい う特定 の社会的身 分属性が, 自称詞 のコンテクス ト情報 と して付加 さ れた ことは確かである.天子 の自称詞 「予一人」が 対者 の身分 による複数 の異形 を持 たず, しか も天子 以外 の人が使 えないとい うことを考 え ると,素始皇 帝以後 に使われた皇帝専用 の自称詞 「朕」と同 じく, 一種 の目敏表現,絶対敬語 として機能 したと考 え ら れ る4).

次 にさまざまな身分 の者が天子 (または天子 を代 理す る朝廷役人) に対 して使 う自称表現を見てみる.

2 .1

自 称

自称詞 の中でさ らに話者本人の身分 と対者 の身分 による自称変異 と,話者 の家柄 (主人,父親) の身 分 と対者 の身分 による自称変異の

2

つの場合 に分 け

‑7‑

(2)(五官之長)伯日天子之力臣.(玉藻第十三) (3)諸侯見天子,日臣某侯某.(曲穫下第二) (4)諸侯之於天子日某土之守臣某. (玉藻第十三) (5)(諸侯)其在遠 邑,日某犀之臣某.(玉藻第十三)

(4)

(6)列国之大夫,入天子之図・‑‑・, 自栴 日陪臣某. (曲 産下第二)

(7)庶方小俣,入天子之図日某人.(曲穫下第二) (8)(公侯)夫人 日柄於天子日老婦.(曲産下第二)

(2)〜 (8)は,異 なる身分 の者が天子 (または 朝廷役人) に対 して使 う自称規定である. 自称詞 の 異形選択 に影響 を与 えた話者 の社会的属性を見 ると, 伯,諸侯,大夫 のよ うな基本的な身分要素 だけでな

く, (3) (4) (5) (7)のよ うに天子国に近 い九州以 内の諸侯かそれ以外 の一般諸侯かまたは周辺小国の 侯かなどの地域差,国の大 きさの要因 もかかわ って いることが分か る.伯,列国の諸侯

,

列国の大夫 は 天子 に対 して 「力臣,守臣,業界之臣,陪臣」 など と自称 し, 自分 の ことについて基本的に

〜臣」 を 使 う.『礼記』 の中で天子 に対 して

〜 臣」 と自称 しないのは,周辺小国の侯 と公侯夫人だけである.

この ことは

,「

〜臣」 は基本的 に天子 に対 す る臣下 たちの謙譲的 自称詞であるが,地位の低 い者や女性 には適用 されないことを示唆 している.

「老」 ということばは古代中国語 において基本的 に 「高齢

「特定 の身分

「尊称」 とい う3つの意 味 で使われ るが の, (8)の中で公侯夫人が天子 に対 し て使 う自称詞 「老婦」 の 「老」 は高齢 を意味す るも の と解釈 され る.

次 に天子以外 の身分の もの同士の自称規定 を見て みよ う.

(9)(伯) 自栴於諸侯日天子之老.(曲穫下第二)

諸侯 の統率者 である伯 は諸侯 に対 して自分の こと を 「天子之老」 と呼ぶが, ここでの 「老」 は側近の 家臣 という特定 の身分 と して解釈 され る. ここで

「老」が使われた ことには,貴族長老 が この職 を務 めるとい う古代氏族社会 の習慣が反映 されたと考え

られ る.

(10)(諸侯)其於敵以下,日寡人.(玉藻第十三) (ll)(諸侯)輿其民言, 日柄募入.(曲穫下第二) (12)小国之君日孤.(玉藻第十三)

(13)(諸方小俣) 日柄日孤.(曲頑下第二)

(14)(東夷,北秋,西戎,南蟹)於内日輪日不穀, 於外 日輪日王老.(曲穫下第二)

(10)〜 (14)は諸侯が同等者 またはそれよ り身 分 の低 い者 に対す る自称規定である.諸侯が使 う自 称詞 「募入,孤,不穀」 は字義的 には 「ひとりもの, みな しご,ふ しあわせ者」 とい う意味を表 し, いず れ もマイナスの価値含意 を持っ表現である. これ ら の表現 は自己に対す るマイナス評価のため一種 の謙 譲表現 と して機能す る.老子 (前

4

世紀) は自称詞 の待遇機能 について次のように説 明 して い る. 「貴 以膿為本,高以下為基,是以侯王 自謂孤,寡,不穀」

(貴 い身分 は膿 しい身分 を基本 と し, 高 い地位 は低 い地位 を基礎 として (その上 に)立っ とい うことか ら, (高貴 な) 諸侯 や王者 は, 自分 の ことを 「孤 (みな しご)」

,

「寡 (ひとりもの)」

,

「不穀 (ふ しあ わせ者)」な どの (下膿 な) 名 で呼ぶ ので あ る) (『老子 ・下篇』)6).老子 の この指摘 は

,

「募入,孤, 不穀」が周王朝時代 においてすでに謙譲表現 として 意識 されていた ことを物語 る.

( 1 0 )〜

(14)で明 らかなよ うに, 自称詞 「募入,孤,不穀」 の使用 は 話者が身分 の高 い諸侯層で,対者が諸侯層 およびそ の以下 の者であるとい う発話参与者 の社会的身分属 性 によって制約 されている.つ まり 「寡人,孤,不 穀」 の話者身分 に関 して

,

『礼記』 の規定 と 『老子

の記述が基本 的 に一致 して い ると言 え る. しか し

『礼記』 の中では,天子が これ らの 自称詞 を使 わな いとい うことか ら,異形選択 の条件 に関 して 「貴 い 身分 は購 しい身分を基本 とす る」 という老子 の理 由 づけは必ず しも的をえた指摘 とは言えない.「寡人」

は諸侯が同等者以下 の者 に対 して使 う自称 詞 で,

「孤」 は小国の君が使 う自称詞 とい う(10)〜 (13) の記述内容 を見 ると

,

「募入」 と 「孤」 の間 に待遇 差が存在 し, そ して (14)を含 めて考 え ると

,

「寡 人」

,

「孤」

,

「不穀」 の問 には,話者 の国の大 きさの 外 に天子国 との距離的関係 などの要因がかかわ って

いることが分か る.

(15)(列国之大夫)於其囲日寡君之老.(曲穫下第二)

‑8‑

(5)

(16)上大夫日下臣.(玉藻第十三) (17)下大夫 自名.(玉藻第十三)

(15)の列 国大夫 の 自称 「寡君之老」 にお ける

「老」 は,(9)の伯が使 う 「天子之老」 の 「老」 と 同 じく,側近 の家臣を意味す る.(16) (17)で は, 同 じ聞 き手 (他国の諸侯) に対 して上大夫は 「下臣」

と自称 し,下大夫 は本名 を言 い,身分 によって自称 表現 を使 い分 けるように規定 されている.

(18)土日侍遠之臣.(玉藻第十三) (19)(士)於大夫 日外私.(玉藻第十三)

士 の自称 に関す る規定 は,相手が自国の君主 と外 国の大夫 の場合だけであるが, 自国の君主 に対 して ははっきりした上下 関係 を示 す表現 「侍遠之 臣」

(使 い走 りの臣)が使われている.

( 2 0 )

(公侯夫人) 日柄於諸侯 日寡小君, 日柄於其君 日小 童.(曲穫下第二)

(21) 自世婦以下 自栴碑子.(曲頑下第二)

( 2 0 )

は公侯夫人 の自称が聞 き手 の身分や 自他国 の立場 に応 じて変異す るとい う点 において

,

『論語 ・ 季氏』.の記述 「邦君之妻,君栴之 目夫人,夫人 日柄 日小童,邦人栴之 日君夫人,栴諸異邦 日寡小君,異 邦人栴之亦日君夫人也」 (下線 は筆者 によ る) と一 致 している.

そ して上記21例 の中で男性の自称規定が19例 で 話者 の社会的分布 も天子か ら士の間に広が っている のに対 して,女性 に関す る規定 は

( 8 )( 2 0 )( 2

1) の3例だけである.当時の女性にもその家柄 などに よる身分差があ り, それが呼称 にも反映 されていた と考 え られ る.女性 に関す る呼称 の記述が少 ないの も,封建家父長制,男性中心社会 を唱え る 『礼記』

とい うテクス トの性格 を反映 しているものと言える.

(22)公子日臣撃. (玉藻第十三)

( 2 2 )

は諸侯国国君 の庶子が国君 に対す る自称 で

話者\封書 天子 諸侯 大夫 l士 l民

天子 予一人

伯 天子之力臣 天子之老

諸侯 臣某侯某 募入

某士之守臣某

周辺諸侯 某犀之臣某 不穀 (王老)

小国之君

庶方小俣 某人

大夫 陪臣某 寡君之老

上大大 (下臣)

下大夫 (名)

士 侍速之臣 (外私)

I

公侯夫人 老婦 小童 (寡小君)

世婦以下 妹子

ある.

漠 の訓話学者鄭玄 (2世紀) は,天子 が直接話者 または対者 とな って人 と接触す るのではな く境者 を 通 して間接的に他 の人 とかかわ っていた と説明 して いるが (注3を参照),それ は当時 の事実 に即 した 解釈か もしれないが, しか し, それはあ くまで も解 釈であ り

,

礼記』 の言語 デー タが持 っ意 味情報 で はない.われわれは損者 を介す るとい う運用事実の 可能性 を念頭 に置 きなが ら

,

『礼記

の言語規範 と しての記述内容 (1‑22)に基 づ いて話者 と対者 お よびその表現形態 につ いて表 1のよ うにまとめる.

(括弧内は外国の者 に対 して使 われ る表現 で あ る.

「名

「某」 は名前 を使 うことを意 味す る.) 表

1

に は当時のすべての身分関係が反映 されたわけではな いが

,

礼記』 の断片的な記述 を通 して, 自称表現 に対す る話者 と対者 の社会的身分 の影響 につ いて, 次のよ うな大 まかな傾向が見 えた.

(∋話者 の身分 に関 して は,主 に士以上 の上層官吏 が記述 の対象 で,農民,兵士,商人 などのよ うな下 層階級 はまった く反映 されていない. この ことか ら

『礼記』 の記述対象 はほぼ当時 の社会方言 と して の 上層変種 に限定 していることが分か る. そ してその 傾向は

,

礼記』が唱え る 「礼不下庶人」 (礼 は庶民

には通用 しない) (曲穫上第一) とい う主張 と も一 致 している.

②対者身分 の中で天子 や諸侯 に対す る自称 の異形

‑ 9‑

(6)

が もっともバ ラエティーに富み,士,民 に対す る自 称 の記述がおおざっぱにな っていることか ら,対者 の身分が高 いほどその社会的属性 による影響が大 き いことが分か る.

2.1.2 話者の家柄 と対者 との身分 による自称変異 身分 ある家柄 の代理人や子供 などが 自分 の ことに 言及す る場合 には, 自分 の主人や父親 となる者 の身 分 をわ きまえる必要がある. ここで言 う代理人 とは

『礼記』 中の 「使者」 (使者) と 「損者」 (使者 また は接待係) の ことを指す.代理人 の自称詞 には,個 人 と しての自分 をさす場合 と主人の口上 を伝え主人 のかわ りに自称す る場合が含 まれる. そ して代理人 が主人 の死 を他人 に伝 える場合,話 し手 と聞 き手以 外 の第

3

者 に言及す るので,一種 の他称 とも言え る が,身内の ことを身内以外 の者 に伝 え るとい う自他 関係か ら考えると,待遇上 自称 の一つ として捉 えた ほうがより適切 だと判断 し, ここでは話 し手側 の身 内の人物 に言及す る場合 の表現 も自称 の一種 と見 な す.

まず さまざまな身分 の代理人が 自分 自身を指す表 現 に関す る規定 を見てみよ う.

(23)諸侯使人使於諸侯,使者 自栴日寡君之老, (曲穫下 第二)

(24)(上大大)演者 日寡君之老.(玉藻第十三) (25)公士損,則 日寡大夫,寡君之老.(玉藻第十三) (26)(列国大夫)使者 自科 目某.(曲穫下第二) (27)(諸侯世子)演者 日寡君之適.(玉藻第十三) (28)(下大夫)演者 日寡大夫. (玉藻第十三) (29)(小国)演者亦 日孤. (玉藻第十三) (30)大夫私事使私人接,別辞名,(玉藻第十三)

(23)〜 (30)の規定内容 を表2にまとめる.表

2

では諸侯 の代理人 だけでな く,上大夫 や大夫 の代 理人 も自分 の主人を 「寡君」 と呼んでいる. この こ

とか ら,呼称 における 「君」 は上下,主従関係 にお ける直属の上層階級である主人 の意味 と して使 われ た ことがまず分か る. そ して,下大夫の代理人や私 用のための大夫 の代理人が 「寡君之老」 と称 しない

代理人の身分 自称

諸侯使者 寡君之老 上大夫群書 寡君之老 大夫公積 寡君之老,寡大夫 下大夫秩者 寡大夫

世子珠者 寡君之適

小国緩着

大夫使者

大夫払績

ことか ら,大夫代理人 の自称 は上下職階の差や公務 と私用の差 などによって使 い分 け られていることが 明 らかである7).

『礼記』 の中で代理人が主人 の死 を他者 に伝 える 場合 の呼称規定 について

1 5

例挙 げ られ, その コ ン テクス ト情報 について具体的に記述 されている. そ の内容 は次 の通 りである.

(31)君訃於他国之君,日寡君不禄. (雑記上第二十) (32)夫人 (訃於他国之君), 日寡小君不禄. (雑記上第

二十)

(33)太子之喪, (訃於他 国之君) 日寡君之通子某死.

(雑記上第二十)

(34)(大夫) 訃於他 国之君, 日君之外 臣寡大夫某死.

(雑記上第二十)

(35)(大夫)訃於適者,日吾子之外私寡大夫某不禄 , 倭 某賓.(雑記上第二十)

(36)(大夫)計於士,亦 日吾子之外私寡大夫某不禄, 痩 某賓.(雑記上第二十)

(37)凡訃於其君, 日君之臣某死.(雑記上第二十) (38)大夫計於同園適者,日某不禄.(雑記上第二十) (39)(大夫)訃於士,亦日某不禄.(雑記上第二十) (40)(士)訃於他国之君, 日君之外 臣某死. (雑記上 第

二十)

(41) (士)訃於大夫, 日吾子之外私某死. (雑記上第二 十)

(42)士計於同鱗大夫, 日某死.(雑記上第二十) (43)(士)訃於士,亦 日某死.(雑記上第二十) (44)(士)訃於士,亦 日吾子之外私某死. (雑記上第二

十)

(45)父母妻長子,日君之臣某之某死. (雑記上第二十)

‑1 0‑

(7)

以上提示 した (31)〜 (45)の規定 内容 には,請 題人物 (話者 の主人) の身分 と対者 の身分 および呼 称異形 とい う3つの変数要素 が含 まれている. この 3つの変数間の相関関係 を具体的 に観察 す るために, まず対者 の身分 を他国の君 に限定 し,(31)〜 (34) (40)の記述 内容 に基づ いて表3をまとめ る.

表3

話題人物 対者 呼称異形

他国之君 寡君 (不禄)

君夫人 寡小君 (不禄)

太子 寡君之通子某 (死)

大夫 君之外 臣寡大夫某 (死)

表3を通 して同 じ相手 「他国之君」 に対 して話 題 人物 (話者 の主人) の身分 が異 なることによ り, そ れ に対す る呼称表現 およびその待遇的な意味 も少 し ずつ変化す ることが はっきり観察 で きる.君 と君夫 人 の間 は 「小

」 をっ けるかいなかによ って区別 さ れ るが,君,君夫人 とその下位身分の者 は本名 「某」

を通知す るか どうか によ って区別 され る. そ して話 題人物が大夫,士 の場合 は,謙譲表現 「君之外 臣」

を使 い表現上相手 の臣下 と して捉 え ることで,話題 人物 が王族 (君,君夫人,太子) の場合 との間 に区 別がっ け られ, さ らに大夫以上 の者 と士 との間 は自 分側 を 「寡

」 を冠 して表現す るかいなか によ って 区別 されている. このよ うに 「君,君夫人,太子, 大夫,士」 の

5

つの身分階層 の違 いがすべて待遇 的 な示差機能 と して呼称表現 の上 に反映 されているこ

とが分か る.

次 に話題人物 の身分 を大夫 に限定 し, その家 臣が 大夫 の死 をさまざまな身分 の人 にど う伝 え るかを見 てみよ う.(34)〜 (39)の記述 に基 づ いて表表44を

話題人物 封書 呼称異形

大夫 他 国孝君 君之外 臣寡大夫某 (死) 他 国之大夫 吾子 之外私募大夫某 (不禄) 他 国之士 吾子 之外私寡大夫某 (不禄)

自国之君 君之 臣某 (死) 自国之大夫 莱 (不禄)

まとめ る.表

4

に示 された呼称表現 には次 のよ うな 特徴 が見 え る.

聞 き手 が他国の者 の場合,話 し手 の視点が聞 き手 側 に接近 または移動す る傾 向があ る. た とえば,相 手 との関係 をよ り近 い もの と して捉 え,他国の君 を

「君」,他国 の大夫,士 を 「吾子」 (わが先生 ) と表 現 した り,視点 を完全 に聞 き手側 に移動 し,主人 で あ る大夫 (死者) の ことを聞 き手 の 「外 臣」 (国外 の臣下)

,

「外私」 (国外 の親友) と表 現 した りす る よ うな現象 が観察 され る.他 国の君主 を 「君」 と呼 ぶ ことにつ いて

,

『礼記』 で は孔 子 の ことば を引用 し次 のよ うに記 してい る.「君子 ‑‑栴人之君 目君, 白梅其君 日寡君」 (君子 は‑‑他 国 の君 主 を君 と呼 び, 自国 の君主 を寡君 とよぶので あ る) (坊記 第 三 十).孔子 の ことばは,周王朝社 会 にお いて呼称 の 視点移動 に待遇 的な効果が あることが明確 に意識 さ れていた ことを物語 って いる.

そ して表4において 「寡大夫」 とい う表現 は, 聞 き手 が 自国の者 の場合 はまった く使 われて いない.

この ことか ら 「寡 (+官職)」 の指 示範 囲は 話 し手 個人 または家族,家柄 で はな く,その諸侯国であり,

「寡 (+官職)」 には 「敵国の」 とい う意 味合 いが含 まれてい ることが分 か る.

それか ら,士 の代理人 が国内外 の異 な る身分 の者 に対 して,主人 の死 を ど う伝 え るか につ いて (37) (40)〜 (44)の内容 に基 づ いて表5の よ うに ま と め る.

表5

話題人物 対者 呼称 異形

他 国之君 君之外 臣某 (死) 他 国之大夫 吾子 之外私 某 (死) 他 国之士 吾子 之外私 某 (死)

自国之君 君之 臣某 (死) 自国之大夫 莱 (死)

5

で はまず士 の代理人 がすべての相手 に対 して, 自分 の主人 の ことを 「寡 (+官職)」 と称 して いな い ことが分 か る.表3に も見 られた傾 向 だが, 表5 を見 ると 「寡 (+官職)」 は (表

4

が示 したよ うに) 聞 き手 が他国 の者 であ るとい う制約 だけで はな く,

‑ ll‑

(8)

話 し手が大夫以上 であるとい う身分制約 も受 けてい ることがい っそ う明 らかになる.士 の代理人 は主人 (士) の ことを他国の君 に対 しては 「君之外臣」,他 国の大夫,士 に対 しては 「吾子之外私」 と呼び, 自 国の君 に対 しては 「君之臣」, 自国 の大夫 や士 に対 して は本名 を呼ぶ.謙譲表現 「寡 (+官職)」が使 われな くて も,身分 の上下関係 と国の内外関係 の要 素 によ って さまざまな呼称異形が使 い分 け られてい

ることがはっきり示 されている.

そ して,表3,4,5では他国の君を 「君」 と呼ぶ のは大夫以下 の代理人 の場合だけであることか ら, 孔子が言 う 「栴人之君 日君, 日柄其君 日寡君」 とい う語用原則 はすべての場面でそのまま適用 されず, 具体的な コンテクス トにおける呼称の運用 は孔子が 示 した基本原則 よ り複雑であることが分か る.

ちなみに,呼称問題ではないが,表3,4,5の中 で,括弧中の死 に関す る動詞 について も, その主語 となる者の身分 と聞 き手 の身分 によって異 なる表現 形態が使 い分 け られている. 自国の君 の死 は他国の 君 に対 して 「不禄」 と言 い, 自国の大夫 の死 は相手 が (自国 または他国の)君 の場合 は 「死」, 相手 が (自国 または他国の)大夫や士 の場合 は 「不禄」 と 言 い,士 の死 は相手 が どん な身分 の者 で あ ろ うと

「死」 と言 う. この ことか ら

,

「死」 とい う動詞 の異 形選択 も死者 の身分 と聞 き手 の身分の両方か ら制約 を受 けることが明 らかになる.動詞 の社会的変異 に 関す る詳 しい議論 はここでは割愛せざるを得ないが,

この ことか ら 『礼記』 におけることばの変異現象 は 呼称 だけにとどま らないことが明 らかである.

『礼記』では太公子の 自称 について次 のよ うに規 定 している.

(46)君大夫之子,不敢 日柄 日余小子.(曲穫下第二) (47)大夫士之子,不敢 日柄 日嗣子某.(曲穫下第二) (48)(諸侯)世子 目名.(玉藻第十三)

(46) (47)は君や大夫 の子供 は 「余小子」 と自 称 してはな らず,大夫 や士 の子供 は 「嗣子某」 と自 称 してはな らないと規定 しているが 8), この

2

つ の 禁則 を肯定的に記述すれば,天子 の太子が 「余中子」

と自称 し,諸侯 の太子が 「嗣子」 と自称す るとい う ことになる.(48)で は諸侯 の子 は本名 を使 って 自 称す ることを規定 している. この

3

つの規定 とも子 供 の自称表現が親の身分 による制約 を受 けることを 示 している.

(49)子於父母則 自名也.(曲穫下第二) (50)父前子名,君前臣名.(曲産上第一)

(7)では諸方小侯が天子 の国で,(17)では下大 夫が諸侯 の前で, それぞれ 自分 の名前 を使 って 自称 す ると規定 しているが, (49)と (50)は子供 が親 に対 して,臣下が君主 に対 して名前で 自称 しなけれ ばな らないと規定 し,呼称 と身分 の関係 につ いての より一般的な規範 を示 した ものである.

2 . 2

他 称

『礼記』 における他称 の規定 について, まず天子 が人 を呼ぶケースを見てみよう.

(51)(五官之長) 天子 同姓謂之伯父, 異姓謂之伯男.

(曲穏下第二)

(52)(九州之長) 天子 同姓謂之叔父, 異姓謂 之叔男.

(曲産下第二)

表6

話者\封書 五官之長 九州之長

同姓 異姓 同姓 異姓

『礼記』 の中で天子が他者 に対する呼称の規定 は, (51)と (52)の2例 だけであ る. 表6を見 ると, 天子 は五官の長 と九州 の長 の二人 に対 して親族関係 名詞 を使 って呼称 し,五官の長 に対 しては同姓 の場 合父方 の父 よ り年上 のお じ 「伯父」, 異姓 の場合母 方 の母 より年上 のお じ 「伯男」 を使 うが,九州 の長 に対 しては同姓 の場合父方の父 よ り年下 のお じ 「叔 父」,異姓 の場合母方 の母 より年下 のお じ 「叔男」

を使 って呼ぶ ことにな っている.親族関係語嚢 の意 味 に見 られ る年齢的上下関係か ら見て,五官 の長が 九州 の長 よ り上位 にあることが推測で きる.姓 の異

‑ 12‑

(9)

同によって呼称 を使 い分 けることは,血統 を重ん じ る古代氏族社会のな ごりで,天子が自分 よ り身分 の 低 い年長者 に対 して上位親族呼称を使 う現象 は,古 代礼制社会 における長老尊重 の遺風 と考 え られ る.

次 に異 なる身分階級の者が天子国に参上する時に, 朝廷 の役人がその人 をどう呼ぶかを見てみよう.

(53)(五官之長)於天子也,日天子之更.(曲穫下第二) (54)列国之大夫,入天子之園日英士.(曲産下第二)

五官の長 は三公 に属 し,官吏 の中で もっとも地位 が高 い.(53)では五官 の長が天子 の前 で は 「天子 之吏」 (天子 の役人) と呼ばれ るが, (54)では列国 の大夫が天子国では 「某士」 (某国 の下層役人) と 呼ばれ,1つ階級を下げて称 されることが分か る.

(55)(列国之大夫)於外日子.(曲穫下第二)

(56)(諸侯)在東夷, 北秋, 西戎, 南轡, 雄大 日子.

(曲穫下第二)

(57)(庶方小侯)於外日子.(曲産下第二)

例 (3)〜 (5)が示すよ うに, 自称表現 において 同 じ諸侯で も周辺国の者 は中央列国の者 と区別 され, 異 な る異形 を使 うよ うに規定 されて い るが, (56) (57)は他称 において も周辺諸侯 は列 国諸侯 と区別 され,列国諸侯 より一段低 く待遇 され,列国の大夫 (55)と同様の他称異形 「子」 と呼 ばれ ることを規 定 している.つ まり,呼称異形の選択 には当時の官 職や爵位 による上下関係 の上 にさ らに天子国を中心 とす る諸侯国間の上下秩序関係が反映 された ことが 明 らかである. そ して, (56)では 「雄大 (国が大 きくて も)」 とい うので,周王室 を中心 とす る諸侯 国間の秩序 は国の大 きさや国力の強 さの基準 に優先 す ることがはっきり示 されている.

周辺諸侯たちが このような呼称規定 を実 際 に守 っ ていたかどうかについて は運用実態 を反 映 したテク ス トで検証 しなければな らないが,『礼記』の記述 は 周王朝時代の社会構造や当時中華帝国の秩序観 や価 値観 に沿 った言語規範意識 を反映 したものと言える.

(58)諸侯不生名.(曲穫下第二)

人の名 を呼ぶ ことが失礼 になることは,古代中国 社会 の一般的な傾 向であるが, (58)は諸侯 とい う 高 い身分 の者 に言及す る場合,原則 と してその名 を 呼んでほな らないとい う禁則規定 である.

( 5 9 )

士於君所言,大夫穀失,則栴謡若字,名士. (玉藻 第十三)

(60)(士)輿大夫言,名士,字大夫.(玉藻第十三)

( 5 9 )

( 6 0 )

は士 とい う身分 の話者が君 や大夫 に対 して他 の大夫や士 に言及 した場合 の呼称 に関す る規定 で あ る.

( 5 9 )

はその人物 が死 ん だ場 合 ,

( 6 0 )

は生 きている場合である. その規定 内容 を表 7にまとめ る.表 7を見 ると明 らかなよ うに, 話者 が士 で,対者が君 で,話題人物が大夫である場合は, その人が死んでいれば本名 を避 け,認 (お くりな) または (大夫が

5 0

才未満で爵位 を受 けず謡 が ない 場合 は)辛 (あざな) を称す るが,生 きている場合 は字 で呼ぶ. その話題人物が士であれば,対者 の身 分 と話題人物 の生死 にかかわ らずその本名を称する.

つ ま り話者 と対者 の身分が一定す る場合,話題人物 の身分 によって謹名, あざな,本名 を使 い分 けるよ うに規定 されている.

蓑 7

話者 封書 話題人物

大夫 士

(死者)誼,辛 (死者)名

王力 (1962:329)は古代 中国語 にお いて 「自分 を本名で呼ぶのが謙称 の一種で,他者 をあざなで呼 ぶのが尊称 の一種である」 と説明 しているが, 表

7

を見 ると,他称 において大夫 についてその謡や字 を 使 うことが尊称 の一種であることは間違 いないが, 士 の身分 の他者 についての呼称 は名 を使 っているの で

,

「謙称」 に も 「尊称」 にもな らな い. 他称 にお ける謡,字,本名 の使 い分 けは社会的身分 による待 遇差 に基づいていることが明 らかである.Brown&

‑ 1 3‑

(10)

Le vi ns on( 1 9 8 7:2 0 4 )

は タ ミール語, マ ダガスカ ル語, ゼル タル語社会の考察 を通 して,多 くの文化 において人の名 を呼ぶのが失礼 になることを指摘 し たが,古代中国文化 において もその例外ではない.

ただ し,古代中国 において本名 を呼んではな らない 身分 の者 と呼んで も差 し支 えない身分の者が存在 し, 名前 は身分 などによって何種類 にも区別 され,呼ん で失礼 になる名前 (本名) と失礼 にな らない名前 (謹,字) などが明確 に区別 され, 規定 されて い る ことが分か る.

(61)園君不名卿老世婦.(曲穫下第二)

( 6 2 )

大夫不名世臣姪妹.(曲頑下第二) (63)士不名家相良妾.(曲産下第二)

一般的な傾向 と して, 目上 の人 の名を呼ぶのは失 礼 だが, 目下の人 の名を呼ぶのは失礼 ではない. し か し, それはあ くまで も一般的な傾向であ り,場合 によ り,話題人物の身分が話 し手 よ り低 くて も他 の コンテクス ト条件 によ りその名 を呼ぶ ことを避 ける ことがある.「卿老,世 臣,家相」 は臣下 の中で相 対的 に身分 の高 い者で

,

「世婦,姪,妹 , 長妾」 は 妾 の中での上位身分 に属す る者 で あ る.

( 6 1 ) ( 6 2 )

(63)は国君,大夫,士が,比較 的地位 の あ る目下 の者 や女性 に対 してはその本名を呼んで はな らない と規定 している.

(64)於蕩栴陽童某甫,不名神也.(雑記上第二十)

( 6 4 )

は死者 に対 してその生前 の本名 を避 け,甫 (美称) を称すべ きことを規定 している.「不名神」

(名で呼ばないのは神だか ら) という理 由づ けか ら, この規定 は死者 を神 と し,畏敬 の対象 として崇 める とい う信仰習慣 に由来す ることが分か る.

3 .

場面 ・状況 による社会的変異

3 .1

自 称

2 . 1

の考察 ですでに明 らかなように,天子 の 自称 には対者 の身分 による変異が見 られない. しか し,

『礼記』 には天子が発話場面や状況 に応 じて複数 の 自称詞 を使 い分 けることに関 してははっきり規定 し ている.

(65)君天下日天子,朝諸侯,分職,授政,任功, 日予 一人.践昨臨祭紀,内事日孝王某,外事日嗣王某.

臨諸侯,畦於鬼神,日有天王某甫.‑‑‑天子未除 喪,日予中子.(曲礼下第二)

( 6 5 )

に基づ いた表

8

を見 ると,天子 は,朝政 を 聞 く場合で は通常使 う自称詞 「予一人」と称するが, 即位 の儀式や先祖 を祭 る内祭 の場面や朝廷外 の祭祀 行事 や鬼神 を祭 る祭紀 の場面, そ して喪中 とい う状 況 コンテクス トにおいて はそれぞれ異 なる形態を使 用す る. この現象か ら天子 の自称行為 には

,2.1

で 見たように現世 の人間関係 に基づ く待遇上 の調節 は 見 られないが,発話場面への配慮 による使 い分 けは 存在す る. そ して, その場面 はいずれ も宗教的な儀 式 に深 く関係 し,先祖,鬼神,亡霊 に対す る待遇的 な配慮が払 われたことが分か る.

表 8

者\場面 朝政 内祭 外祭 鬼神祭 喪中 天子 予一人 孝王某 嗣王某 天王某甫 予小子

(14)(東夷,北秋,西戎,南蟹)於内自称日不穀,於外 自称日王老.(曲礼下第二p67)

(25)公士境,則日寡大夫,寡君之老.(玉藻第十三 p483‑484)

(30)大夫私事使私人損, 則称名. (玉藻第十三 p483‑484)

2 .1

の身分 による変異 に も反 映 されたが

, ( 1 4 )

は周辺諸侯が国内と国外 という発話の場面条件によっ て,(25)と (30)は公 ・私 とい う状況 コ ンテクス トによってそれぞれ異 なる自称詞 を使 い分 けるよ う に規定 している.

(66)父母在不称老.(坊記第三十)

(67)(諸侯)在凶服,日通子孤.(曲礼下第二)

‑ 1 4‑

(11)

▲(68)祭称孝子孝孫,喪称哀子哀孫.(雑記上第二十) (69)(諸侯)臨祭紀,内事 日孝子某侯某,外事 日曾孫某

侯某.(曲礼下第二)

(66)は親 の存在 をコンテクス ト条件 とし,親が いる者 はみずか ら 「老」 と称 してはな らないと規定

している.

1

に示 されたよ うに,一般の諸侯 は 「寡人」 と 自称 し

,

「小国之君」

,

「庶方小俣」 は 「孤」 と自称 す る. これはつま り 「孤」が 「寡人」 よ り待遇値が 低 いことを意味す る.(67)では一般諸侯 が, 喪服 を着ているときは 「孤」 と自称すると規定 している.

親 の存在を意識 したときには自分 を‑階層下 げて小 国の君 などが使 う自称詞 「孤」 に切 り替 えることが 分か る.(68)は祭儀や喪中の儀式 で亡 き父母 や亡 き祖父母 に対 して自分の ことを 「孝

」 と 「哀

〜」

によって呼び分 けるよ うに規定 し, (69)は内事 と 外事 という祭把の種類 によって自称詞 を使 い分 ける

ことを規定 している.

場面 ・状況 による自称変異 にもう

1

つ興味深 い規 定がある.

(70)輿君之講同,別称字. (雑記下第二十一)

2 . 2

で も指摘 したように,古代中国において名 を 尊ぶ習慣があ り,呼称 において人の本名 を避 けるこ とはその人 に対す るプラス待遇 になるが, 自分 の本 名 を言 うことは自己に対す るマイナス待遇で,I一種 の謙譲行為 になる. そ して 目上の人, とくに君主や 親 などの本名を口に してはな らないだけでな く, さ らにそれ と同 じ発音の語 まで発 してはな らないとい う習慣がある.それはいわゆる 「謹名」行為である.

(70)では君主 の名が臣下であ る話 し手 の本名 と同 じ発音 の場合,話 し手 はそれを避 け自分 の本名 の代 わ りにあざなを使 って 自称 しなければな らないと規 定 している.つま り, あざなは,一般的には他人 に 呼ばれ る場合 に使われ るが,特殊 な状況,つまり話 者の本名が君主 の名 と同一発音 とい う状況 コンテク

ス トに限 って, あざな も自称詞 の異形 の

1

つにな り 得 るとい うことが分か る.

3 . 2

他 称

『礼記』 の中で場面や状況 による他称変異 に関す る規定 は全部で

1 0

例 あるが, まず天子 に対 す る呼 称 について見てみよう.

(71)崩 日天王崩,復 日天子復夫 . 告喪 日天王登鳳 措 之廟,立之主 日帝. (曲礼下第二)

(72)天子末除喪・‑‑生名之,死亦名之. (曲礼下第二)

(71) (72)が示 した場面 ・状況 と表現形 態 を表

9

にまとめる.

表9

話題人物\場面 死 普 招 去 喪 読

時 時 時

9

で分か るよ うに,天子 に対す る呼称 の場面 ・ 状況変異 は,喪中または死後 の儀式 にかかわ る場面

に限 られ る. そ して,天子であって も先代が亡 くなっ て間 もない場合 は先代への配慮 によ り太子への他称

としてその名 を呼ぶ ことにな っている9).天子 の他 称変異 は話者 と天子 の関係 ではな く,天子 の生死状 況 またはその親 の生死状況 とい うコンテクス トに影 響 されることが明 らかである.

次 は同一人物 に対 して,天子国,他国および自国 とい う異 なる環境での異形選択 に関する規定である.

( 7 3 )

五官之長 日伯.‑‑於外 日公,於其国日君. (曲礼 下第二)

( 7 4 )

九州之長,入天子国目牧. ‑・・・・於 外 日侯, 於其 国 日君.(曲礼下第二)

( 7 3 )

( 7 4 )

の規定 を表

1 0

で示す.「五官之長

と 「九州之長」 はいずれ も諸侯 の中の統率者, 自国 で 「君」 と呼ばれ る高 い身分 の者であるが,天子国 では五官 の長 は 「伯」,九州 の長 は 「牧」 と呼 ばれ るが,他国において は五官 の長 は 「公」, 九州 の長 は 「侯」 と呼ばれ る.

‑1 5‑

(12)

話題人物\国 天 子 国 他国 自国

五 官之長

(55)(列Eg之大夫)於外日子 (曲礼下第二) (57)(庶方小俣)於外日子.(曲礼下第二)

(55)と (57)によれば,周辺小俣 と列 国の大夫 はよその国で はいずれ も 「子」 と呼ばれ る.

『礼記』 で は同 じ身分条件 の者が国内での他称形 態 につ いては明確 に規定 されていないので, ここで は国内外 の比較 はで きないが,諸侯 であ って も国が 小 さければ国外 で は‑ 階層下 げて列国の大夫 と同格 に扱 われ ることが分 か る.

次 は生前 と死後 とい う状況 コ ンテクス トによる呼 称変異 に関す る規定 であ る.

(75)祭王父日皇祖考,王母 日皇祖敗, 父 日皇考, 母 日 皇敗,夫目皇肝.(曲礼下第二)

(76)生日父,日母,日妻.死目考,日敗,日嬢. (曲礼 下第二)

(75) (76)の内容 に基づ いて表11をまとめ る.

表11

拓題人物1議 ‑ 祖父 祖母 父 母 夫 響

生前 王父 王母 父 母 夫 秦

表11には2つ の特 徴 が見 え る.1つ は祖 父母 , 父母,配偶者 の呼称 は生前 と死後 とい う状況 コ ンテ

クス トによ ってま った く異 な る形態が使 われ るとい うことである. もう

1

つ は亡 くな った親族 の者 で話 者 よ り上位 の者 と男性配偶者 に対 して は 「皇〜」 と い う接頭語 をっ けて表現 しているということである.

鄭玄 の注で は 「皇,君也」 (孫

1 9 8 9:1 5 6 )

と して い るが,古代 中国語 において 「皇」 は君主以外 に, 大 きい,美 しい,神 などのプ ラス含意 を持っ意味 と して使 われ る.『春秋左氏伝』 にお いて天 に対 す る

尊称 と して 「皇天」が使 われて いる. 「皇」 はそ の 元来 の意味 に含 まれたプ ラスの価値 的含意 か ら尊敬 語 と しての待遇機能 を持 っている.上位親族 が死後

「皇〜」 と呼ばれ るのは,死者 を尊 び神格 化 す る習 慣 に由来 す るもの と見 られ る. そ して同 じ配偶者 で も男性 には 「皇」 が付 くが,女性 には付かない.死 者 の神格化現象 と呼称 の関係 につ いて は,死者 が神 なので生前 ゐ名 で呼んで ほな らないとい う (64)の 規定 に も反映 されているが,(75)(76)には, さ ら

に死者 には性別 に基づ く待遇差が示 されている.

( 5 8 )

で は諸侯 に対 してその本名 を呼んで はいけ ないと規定 しているが, そのす ぐ後 に (77)のよ う にその例外 を認 め る場合 の コンテクス ト条件が提示 されている..

(77)君子不親悪,諸侯失地名,滅同姓名.(曲礼下第二)

(77)では諸侯 であ って も悪事 をな した者 (自国 を滅 びさせた者 や共通 の祖先 を持っ同姓 の国を滅 ぼ した者) に対 して はその本名を呼んで もよいと規定 している.つ ま り諸侯 の他称異形 の選択 に身分 や場 面 な どの要素 の上 に, さ らに話題人物 の道徳性,檎 理性 も状況 コンテクス トの‑つ と して影響 している

ことがわか る.

4 .

呼称変異 の文化的背景

以上

,

『礼記』呼称規定 の全数調 査 と呼称 表 現 の 社会的変異状況 の分析 を通 して,古代 中国語 の呼称 表現が身分 ・階級 や場面 ・状況 な どの社会 的関数 に よ って変異 し, そ してその変異現象 が言語 の待遇機 能 と深 くかかわ っていることを具体的 に見て きた.

言語 の待遇機能 は話者が発話参与者 に対 す る価値評 価 の現 れであ り, その評価主体 の言語意識 は同言語 社会 の文化的価値観,倫理観 および世界観 と切 って

も切 れない関係 にある10).

以下,

礼記』 の呼称変異 に見 られ る言語 の規 範 意識 と古代 中国の倫理的秩序観,世界観 との関係 に つ いて探 ってみたい.

‑ 1 6‑

(13)

4 .1

礼の倫理秩序観

『礼記』 はその表題が示す ように古代中国の礼文 化 の集大成である.『礼記』 で は礼 の 目的 につ いて 次 のよ うに説明 している.

「礼者殊事合敬者也‑・・・・.礼者天地之序也」 (礼 は物事 を差別 し,人心を して尊敬す るところを同 じ くせ しめるものである.・‑‑礼 は天地 の間の秩序 を 代表す るものである) (柴記第十九)

『礼記』が言 う 「天地之序」 は, 自然科学で言 う よ うな事物の客観的,物理的な秩序関係ではな く, 貴賎,尊卑 とい う倫理的,価値的判断が介 した秩序 関係である.『易経』では世界 の倫理秩序 につ いて 次 のよ うに記 している.

「天尊地卑,乾坤定

」 (天 は尊 く地 は卑 しくし て乾坤定 まる) (周易 ・繋辞上侍)ll)

これは,天 と地が単 なる自然現象 としての存在で はな く,その間 に相対的な倫理的,価値的序列関係 が存在す るとい う古代中国人 の 「天人合一」 の世界 観 を反映 した ものである.礼 とは, このよ うに倫理 的にシステム化 した世界秩序 を順守す るための一連 の行動規範 と言 える. そ して

,

『礼記』 で は礼 の具 体的な機能 について次のように規定 している.

「夫礼者所以定親疏,決嫌疑,別異同,明是非也」 (礼 とは,親疎,正不正,異 同, 是非 な どの差等 や 差別 を明示す るための ものである) (曲礼上第一)

自然界,人間社会および信仰の世界を含 めたさま ざまな差等,秩序 に価値的差異を付与 し,倫理性 を 持 たせ ることが古代中国の礼的秩序 の本質だ と言 え る.礼 にかな うためには言語行動を含 めて,人間の 行為 のすべてが貴賎尊卑 の秩序をわ きまえることが 求 め られる.われわれは

,2 , 3

節の分析 に基づいて,

『礼記』 の呼称規定 に深 くかかわ った文化的秩序観, 呼称 の異形選択 に影響 を与 えた社会的関数要素 につ いて次 の

6

つの基本的パ ラメータを抽出す ることが で きる.

4 .1 .1

上/下身分のわきまえ

礼が身分 の上下関係秩序 のわきまえを求 めること について

,

『礼記』 は次 のように説明 している.

「君 臣上下,父子兄弟,非礼不定」 (君 臣,上下,

父子,兄弟 の間柄 は礼 を用 いなければ差別が明 らか にされない) (曲礼上第‑)

礼 の基本的な役割 の一つ は上下関係 を明確 に し, 身分秩序 を守 ることである.『礼記』 の呼称規定 は それを明確 に反映 している.

本研究であげた 『礼記』呼称規定 のほとん どは, 天子 の自称詞 (1)(64),天子への他称詞 (71)(72), 諸侯 の自称詞 (3)〜 (5) (7) (10) 〜 (14) (67) (69),諸侯への他称詞 (56)〜 (58)などが代表す るように,官職,爵位 などの身分階級 における上下 関係 に基 づ いて い る. その ほか に (45) 〜 (49) (66) (73) (74)などは親子関係 な ど家族 内 の上下 秩序 に基づ き,(3)〜 (5) (7) (56) (57)な どは 天子国 との関係 による諸侯国間のステータス順位 に 基づいている.

そ して

,

礼記』 における場面 ・状況 によ る呼称 変異 において も,すべて このよ うに身分が確定 した 上での変異 と言え る.

4 .1 . 2

外/ 内,疎/親のわ きまえ

『礼記』 では

,

「夫礼者所以定親疏」 (礼 とは親疎 関係 を定 めることである) (曲礼上第一),孔子 の こ とばを引用 して 「君子貴人而 購 己, 先人而後 己」

(君子 は人 を尊んで己を卑下 し, 人 を先 に立 てて 己 を後 にす る) (坊記第三十) など と述 べ て い る. つ ま り,人 びとは君子 らしく振舞 い,礼節 を守 るため には,上下 の身分関係 とい うタテの秩序だけでな く, 内外,親疎, 自他 とい うヨコの秩序 も同時 に守 らな ければな らない.

(14) (31)〜 (45) (55)(57) (69)などは,上 下 の身分関係 の上 に,話題人物や聞 き手が話 し手 に

とって 自国の者か外国の者か とい う国の内外秩序 に 基づ く呼称規定である.

(69)は祭祀 とい う場面 ・状況 における朝廷 内外 の秩序 に基づ く呼称規定である.

4 .1 . 3

神/人のわ きまえ

孔子が 「敬鬼神而遠之」 (鬼神 を敬 して遠 ざける) (『論語 ・宛也

』 )

と言 うよ うに, 古代 中国 にお いて

「鬼神」が人 びとの敬 う対象 であ り, 先祖 や鬼神 の

‑ 17

(14)

要素 は古代人 にとって身近 な存在で,言語行動 に も 密接 にかかわ っていると見 られ る.(65) 〜 (69)

は祭祀 の場 など鬼神や死者 の存在 を コンテクス ト条 件 と してかかわ った場合の呼称規定で,(75)(76) などは先祖や鬼神が話題人物 となる場合の呼称規定 である.

現代社会 を対象 とす る敬語 やポライ トネスの研究 は,主 に敬語行動 にかかわ った人間関係 に重点が置 かれ,鬼神や先祖 などに対す る言語行動, または鬼 神や先祖の存在が コンテクス ト条件 となるケースは ほとん ど問題 にされない. これは現代人 の言語生活 の実態 を反映 した ものと して当然か もしれないが, 古代人の言語行動 とくに古代 中国社会 の敬語行動 を 見 る場合 には, さらに信仰 の要素,鬼神や死者 にか かわる表現 も考察 の対象 に入れることが必要である.

4.1.4 公/私のわ きまえ

礼 の行動規範 に したがえば,呼称行為 は上/下, 外/内,神/人 などの秩序 の上 に, さ らに公/私 と い う話者 の立場や社会的役割 の秩序 もわ きまえて行 な う必要がある.(25)と (30)で は, 同一身分 の 話者で も公的な場 と私的な場 によって呼称異形 を使

い分 けるように規定 している.

4.1.5 男/女のわきまえ

(75)(76)は話題人物‑の待遇 呼称 に男女差 が 影響 した例である.

儒教社会 は男性中心主義 の社会で あ る. 『礼記』

の記述 にもこのよ うな儒教思想が濃厚 に反映 されて いる.男性 は社会 に出て働 き立身出世 を果 た し,女 性 は家の中で働 き内助 の功 をつ くす. 『礼記』 呼称 規定 の9割以上が男性の話者を想定 した もので,女 性話者 の規定 はわずか

3

( 8 ,2 0 ,2

1) だ けであ る.当時の社会では男女 とも自らの立場 をわきまえ て呼称行為 を行 な っていたと思われ るが

,

『礼記』

は儒教社会の礼 の規範書 と して男性 の呼称 によ り重 きを置 き, より詳 しく規定 していることが この研究 で明 らかにな った.

4 .1 . 6

善/悪のわきまえ

(58)で は諸侯 に対 してその本名を呼んで はいけ ないと規定 しているが,そのす ぐ後 に (77)のよ う に,悪事 をな した諸侯 に対 してはその本名を呼んで もよいとい う倫理条件 をつ けている. この ことは, 身分 の高 い人 に対す る呼称 の配慮 は,単 なる上下関 係 にのみ動機づ け られるのではな く, その人 の持つ 倫理性,道徳性 に も大 きく制約 され ることを意味す る.失政 によ り国を滅 びさせた り同姓 の国を滅 ぼ し た りす るような ことは当時社会では諸侯 の行 いとし て もっとも不義不徳 な行為であ る.(77)で は相手 が身分 の高 い諸侯であ って も基本的倫理性 に欠 けた 場合,呼称変異の関数要素 と して倫理要素が身分要 素 に優先 し,身分 の高 い諸侯 に対す る待遇的配慮が 却下 され, その本名 を回避せずに直接呼ぶ ことがで

きることにな っている.

身分 の高 い人が悪 い ことをすれば,その本名を呼 び,身分 の低 い人 と同 じように待遇 され るとい うこ とは,逆 にいえば,身分 の高 い人 はもともと倫理性 の高 い者 と して評価 し, その本名を避 ける呼称行為 はその人 に対す る価値的評価 の結果であ り, プラス 待遇 の一種 で あ ることにな る.

Le vi ns on ( 1 9 8 3 )

は,一般語用論 の立場か ら敬語

( honor i f i c s )

現象 について発話参与者問の社会的関係 を文法化 し,記 号化す る 「社会的 ダイクシス

」( s oc i alde i xs )

の一 種 と して捉えているが,古代中国語 の呼称待遇 は単 なる社会的 ダイクシスと してその身分 ・階級を指標 す るだけではな く,倫理性 に基づ く話 し手 の価値的 評価 に も深 くつなが っていることが分か る.

4 . 2

「陰陽」二項価値の世界観

『礼記』 の呼称規定 は一見煩雑で規則性 のないよ うに見え る. しか し,古代中国人 は言語行動 を含め て, なぜ このよ うな礼 の秩序 を守 って振舞わなけれ ばな らなか ったのか.『礼記』 が言語行動 の倫理規 範 についてそこまで細 か く規定で きた背景 には, そ の規範 を支 え るなん らかな基準,基本原理があった はずである.礼 の根拠 について

,

『礼記』 で は 「夫 礼‑‑‑取之陰陽也」 (そ もそ も礼 は‑‑・陰陽 の理 に 基づ いている) (喪服四制第四十九) と論 じている.

‑1 8‑

(15)

陰陽 の理 とは古代 中国文化 に もっとも大 きな影響 を 与 えた宇宙観,世界観 で あ る.陰陽世界観 で は, 自 然界,人 間社会 を含 めた宇 宙 の さまざまな現象 を二 項対立 の関係構造 の中で捉 え,説 明 して い る. 『礼 記』 の呼称規定 の中で呼称変異 に影響 を与 えた さま

ざまな社会 的関数条件 (上/下,外/ 内,疎/親, 秤/人,男/女,公/私,善/悪 な ど) は,一方 が 陽で一方 が陰 とい う形 ですべて陰陽関係構造 の中へ 組 み込 まれて い る.礼儀正 しく行動す るとい うこと は,人 間関係 に反映 された陰陽関係 の区別 をわ きま え る ことと直接 関係 して い る.呼称変異 にかかわ る 上記6つ のパ ラメー タか ら,帰納 的 に古代 中国社 会 で順守 された礼 の行動原理 を抽 出す ることがで きる.

礼 の行動原理 :礼儀正 しく振舞 うため には陰陽秩 序 をわ きまえて行動 せ よ12).

このよ うに,

礼記』 の規定 に現 れ た呼称 異 形 の 社会 的関数条件 はすべて 「陰陽」 とい う二項対立 の 価値構造,倫理秩序 に還元 し, それ に統合 され るこ

とにな る.

井 出,荻野,川 崎,生 田

( 1 9 8 6 )

は敬語行動 につ いて 「わ きまえ方式」 と 「働 きか け方式」 を区別 し て い るが,儒教 の経典 と しての 『礼記』 は古代 中国 社会 の 「わ きまえ型」敬語行動 の規範 モデルを提示

した と言 うことがで きる.

5 .

結 論

古代 中国社 会 は, と くに周 王朝 時代 にお いて,

「経礼三百, 曲礼三千」 (基本 的な礼 は三百,細 か い 礼 は三千 ある) (『礼記』礼器第十) と言 われ るほど 礼 を重 ん じる社会 であ る.『礼記』 はそ の時代 的特 徴 を映 した ものであ る. しか し, これ まで 『礼記』

に関す る研究 はお もに古代社会 の風俗習慣,社会制 皮,農事暦法 な どに重 点 が置 か れ13), 経 学 や礼 学 の道具 と しての訓話学,注疏学 はあ るものの,言語 学,特 に社会言語学 の視点 による考察 は管見 の限 り

ほとん ど皆無 と言 え る.

これ まで 『礼記』 が言語学研究 の対象 と して軽視 され たの は, その ことばに関す る規定 が一種 の言語 規範 で あ り,『左伝』 な ど叙事 的 な ス タイ ル で書 か

れ た同時代 の他 の文献 に比 べて,言語運用 の実態 そ の ものを反 映 した とは言 えない とい う認識 によ る も ので あろ う. しか し,『礼記』 の言 語 規 定 はそ の記 述 内容 がか な り具体 的で,一部 『老子』 や 『論語』

な どの記述 に も見 られ ることか ら, これ らの規範 は あなが ち言語事実 を離 れた単 な る紙上談義 で はない ことは明 らか で あ る. これ まで言 語 研 究 にお いて

『礼記』 の言語規定 が言及 され るの は, ほ とん ど古 代言語運用事実 の傍証 と して引用 され るに とどま っ て いた14).今 回 わ れ わ れ は, 言 語 規 範 と言 語 運 用 実態 とい う

2

つ の相 を混 同 して論 ぜず,古代 中国 語 の呼称 に関す る規範 を中心 に考察 して きた. この考 察 を通 して,言語 はど う運用 され るべ きか とい う古 代 中国社会 の言語規範意識 と りわ け当時正統派 の儒 教思想 にお け る言語観 お よびそれ と文化 的倫理観, 世界観 との関係 が は っき り浮 か び上 が って きた と言 え よ う.

[付記 :本論文 は 日本 中国語 学 会 第

5 1

回全 国大 会

( 2 0 0

1年

1

1月 東京大学) での 口頭発 表 を ま とめ た もので あ る]

1)胡適

( 1 9 3 9 )

′は古代中国語 の

2

人称代名詞を目下 ま たは同等者 に対す るぞんざいな言 い方 と し, 王力

( 1 9 5 8 )

は第

1

人称の 「予,我」を含め,古代人称代 名詞は目上や同等者 には使えない失礼 な表現だ と指 摘 した.

2 )

呂叔 湘

1 9 4 4

,王力

1 9 5 5 ,1 9 5 8

,Chao

1 9 5 6

,楊伯

1 9 7 2

,周法高

1 9 9 0

,裏庭棟

1 9 9 4

など.

3 )

本論中の例文は孫希旦 (漢)

1 9 8 9

に基づ く.天子の 自称について,鄭玄注では 「皆演者辞也」 (それはみ んな演者が使 ったことばである) (孫

1 9 8 9 :1 2 6 )

と している.古代中国社会では,天子に限 らず,諸侯, 大夫などの身分 の高 い人物の ことば は使者 や演者 (接待係)を通 して伝えることがある. しか し, この ような場合使者や演者が一個人 として自分 自身を指 すのではなく,その主人の代言 を しているので,損 者 とその主人を同格の立場 と見 ることができる.天 子は一生涯絶対直接人 と会わないわけではない し,

『礼記』 も1回だけの事実について記録 したものでは なく,一般的な規範 としてある抽象度 を もって規定

‑ 1 9‑

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