9 厚生労働科学研究費補助金(食品の安全確保推進研究事業)
「我が国で優先すべき生物学的ハザードの特定と管理措置に関する研究」
平成
29
年度分担研究報告書サルモネラ、赤痢菌、コレラ菌等の細菌学的分析
研究分担者 泉谷秀昌 国立感染症研究所 細菌第一部 研究要旨
病原体に汚染された食品等を介して発生する細菌感染症にはサルモネラ症、赤痢、コ レラなどがある。これらは国内外でさまざまな汚染ルートを介して多くの患者を発生さ せており、公衆衛生上重要な感染症である。本研究では、こうした細菌感染症を対象に、
海外での流行情報を収集すること、ならびに国内侵入への対応のため、分離菌株の解析 手法の検討を行うことを目的としている。昨年度に引き続き、赤痢菌の分子疫学解析を 重点的に進めた。mutilocus variable-number tandem repeat analysis(MLVA)を用 いて、輸入例および国内例関連株のデータ収集および蓄積を行った。これまでに延べ約
1,800
株のデータを収集した。S. sonnei
輸入例関連株の解析から示唆されていた3
グループがそれぞれ系統
II、 IIIb、 IIIc
に、さらに系統I
も併せてMLVA
データと相関す ることが明らかとなった。S. flexneri
に関するMLVA
法の改良を行い、異なる菌株を より明確に区別することが可能となった。検疫所からの輸入食品サルモネラ株の解析に ついて検討を開始した。本研究は、病原体の継続的な分子疫学解析並びにデータの蓄積 が海外から侵入してくるハザードへの対応に欠かせないことを示唆している。A. 研究目的
食品および食材、ならびに人の流れがグ ローバル化してきている中で、食品の生物 学的ハザードについても多様化、複雑化が 見られる。食品における生物学的ハザード については主に食中毒という形で我々の前 に出現するが、その発生原因及び態様はさ まざまである。細菌などの微生物によるハ ザードは、食品流通・加工ならびに原因物 質などの多様性・複雑性から多岐にわたり、
その要因の特定を困難なものにしている。
本研究では、国内外の生物学的ハザードに 関して情報収集および原因物質の解析を行 い、ハザードの特定に有用な情報もしくは
解析法の検討を行う。さらに、ハザード発 生時に必要な管理措置につながる対応への 一助とすることを目的とする。
食品衛生法における細菌性食中毒の原因 物質として現在 15 種類ほどの菌種が挙げ られている。本年度は海外からの侵入リス クが高いと考えられる赤痢菌をモデル対象 として研究した。
赤痢菌は細菌性赤痢の起因菌であり、汚 染された食品や水を介して感染する。国内 の患者発生数は年間100名前後であり、大 半は海外渡航者による輸入例である。しか しながら、近年発生した集団事例の中には 海外からの輸入食品との関連が示唆された
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ものもあった。一方で、国内例はそのほと んどが散発もしくは家族内事例などの小規 模なものであり、感染源の究明にいたるこ とはほとんどないのが現状である。細菌性 赤痢は主として途上国で発生している。当 該国ではサーベイランス体制が不十分なた め細菌性赤痢の発生状況を知ることは極め て困難である。従って、菌株解析を通じて 輸入例と国内例の対比を行うことは本感染 症への対策を検討するに当たり重要な工程 と考えられる。本研究では、国内外の細菌 性赤痢の発生状況に関する情報収集、なら びに国内外の分離菌株に関する分子疫学的 解析手法の検討及びデータベースの構築を 行うことを主たる目的とする。
B. 研究方法
国内事例については感染症発生動向調査、
食中毒発生状況などを、海外事例について は論文雑誌・米国CDC、欧州CDCからの 資料などを参考に情報収集を行った。
分離菌株の解析については、パルスフィ ールドゲル電気泳動法(pulsed-field gel electrophoresis; PFGE)、もしくは複数遺 伝 子 座 を 用 い た 反 復 配 列 多 型 解 析
( multilocus variable-number tandem-repeat analysis; MLVA)を使用し た。得られたデータをBioNumericsソフト ウェアに取り込み、データベースの構築、
並びにクラスター解析を行った。系統を大 別する SNP 検索には SNaPshot による方 法を開発、使用した。薬剤感受性試験はデ ィスク法を用いて実施した。
MLVA データと系統との関連性について は、統計解析ソフトウェアRを使用した。
C. 研究結果および考察
感染症発生動向調査では、2016年の細菌 性赤痢の発生数は 121 であった(図 1)。 2012-2016年の推定感染地域は約3割が東 南アジアからの輸入例、2 割が南アジアか らの輸入例、3割が国内例であった(図2)。
赤 痢 菌 に は
Shigella dysenteriae
、S.
flexneri
、S. boydii
、S. sonnei
の4菌種が あ る が 、2012-2016 年 の 検 出 頻 度 はS.
flexneri
が27%、S. sonnei
が70%と大勢を 占めていた。米国において、2015年の赤痢菌による食 中毒患者数はサルモネラ、カンピロバクタ ーに次いで2,645名であり、死亡率は0.04%
であった(表1)。
2017 年に当部に送付され、解析された
S. sonnei
は70株であった。うち、輸入例 は41株で、主な渡航先は東南アジア21株、南アジア9株、中央アジア、アフリカが各 3 株であった。これらについて、MLVA に よる解析を行った。上記輸入例はそれぞれ、
これまでに収集したデータベース上にて各 地域に相応するグループに振り分けられた。
ミャンマー及びカンボジア由来株は南アジ ア由来株が多くを占めるクラスターの近く に分布した。同じツアー事例由来株、陰性 確認で陽性となった株はクラスターを形成 した。このほか、国内例株においてもいく つかクラスターが観察された(図3)。
これまでに構築したデータベース内の
S.
sonnei
輸入例株について、MLVA解析によ るグルーピングとゲノム情報からの系統と の関連性について検討した。系統の大別には SNaPshot を用いた。系統を指標に、
MLVAデータを主成分判別分析にかけたと ころ、系統I、II、IIIb、IIIcがそれぞれの
11 クラスターを明確に形成させることができ
た(図4)。使用しているMLVA遺伝子座の 中で上記クラスターに寄与する6か所の遺 伝子座に関するマトリクスを用いることで、
系統4種を有意に判別可能であることが明 らかとなった。2017年株について、上記マ ト リ ク ス を 使 用 し た 系 統 推 定 を 行 い 、 MLVA-minimum spanning tree にあては めると、MST上で各系統に合わせて分布す ることが明らかとなった(図5)。
S. flexneri
については MLVA および PFGEを併用している。MLVAの分解能を 向上させるため、公共データベースにある ゲノム情報を解析しMLVAに使用する遺伝 子座を17追加した。追加した結果、特に血 清型3aにおいて顕著な改善が見られた。す なわち、1遺伝子座違いの株同士が 3遺伝 子座以上異なるなどの変化がみられた(図 6)。輸入食品由来のサルモネラ株の解析を検 討した。供試菌株は1株。血清型はStanley であった。MLSTによるSTは29であった。
同じ血清型のストック株をPFGEにより比 較したがパターンが一致したものはなかっ た。
S. sonnei
のサーベイランスにおいて、MLVA の活用によって輸入例をグループ化 できることが明らかとなってきた。また、
当該グループが地域性および遺伝学的な系 統を反映していることが示唆された。特に MLVA デ ー タ と 系 統 と は 相 関 が あ り 、 MLVA データから系統を推測することが可 能であることが示唆された。
赤痢菌のような海外からの侵入が懸念さ れる菌種、本年検疫所で分離されたサルモ ネラなど、今後も引き続きサーベイランス
を継続することでデータベースを構築し、
様々な観点からデータを解析し、技術の信 頼性を高めていく必要があると考えられる。
D. 結論
近年の食および人のグローバル化により、
海外から様々な食品および人が国内に入り やすくなっている。と同時に、食中毒菌に より汚染された食品が入ってくる機会も増 加していると考えられる。今後も海外の発 生状況の情報収集が必要である。また、国 内の監視体制の整備のため、分離菌株の解 析手法の検討ならびにデータベースの拡充 を図る必要がある。
菌株送付にご協力いただいた地方衛生研 究所、検疫所等の先生方に深謝いたします。
E. 研究発表 論文発表
泉谷秀昌、森田昌知、李謙一、大西真:分 子疫学解析を用いた赤痢菌のサーベイラ ンスについて.日本食品微生物学会雑誌、
第34巻第2号、90-95、2017年
泉谷秀昌:赤痢総論.平成29年度国立保 健医療科学院 細菌研修、2017年11月、
東京都
F. 知的所有権取得状況 1 特許取得
なし
2 実用新案 なし
3 その他 なし
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表1.米国食品由来感染症発生状況(2015年)
13 図1.細菌性赤痢:発生動向(NESID、1999-2016年)
図2.細菌性赤痢:推定感染地域別分布(NESID、2012-2016年)
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図3.2017年
S. sonnei
MLVA解析。色つきは輸入例株を表す(緑、東南アジア;赤、南 アジア;黄、アフリカなど)。色なしは国内例もしくは不明株を表す。15 図4.
S. sonnei
MLVAデータ主成分判別分析図5.2017年
S. sonnei
株をMLVA-MST。MLVAデータからの推定系統で色分けした。16
図6.