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琵琶湖地域におけるヨシ集団の遺伝構造について 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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琵琶湖地域におけるヨシ集団の遺伝構造について

著者

金子 有子

著者別名

Yuko Kaneko

雑誌名

東洋大学紀要 自然科学篇

61

ページ

89-96

発行年

2017-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00008564/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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Abstract

 The Shiga prefectural government has been promoting the conservation of reed (Phragmites australis (Cav.) Trin. ex Steud.) populations since 1992. However, from the view of conservation genetics, some problems remain to be solved before sustainable reed communities are possible. The clonal diversity of P. australis populations varied widely among 25 sampled populations around Lake Biwa. The clonal diversity (measured as Simpson’s index D) ranged from 0.303 to 0.929. The analysis of the genetic diversity within and among populations of P. australis showed that molecular variance was rather small (17.9 %) among populations, with greater variability residing within populations (82.1 %). To explore how much genetic differentiation could be explained by geographical distance between pairs of populations, the ΦST were linearized and plotted against geographical distances between populations. The matrices of genetic distances among populations were not significantly correlated with the corresponding matrices of geographical distances (Mantel test; r = 0.095, P>0.05). No significant relationship between population size and genotypic diversity was found.

Keywords:AMOVA, clonal diversity, genetic structure, Lake Biwa, reed planting

₁ .はじめに

 ヨシ(Phragmites australis (Cav.) Trin. ex Steud.)はアジア,北米,欧州に広く分布し,

1 東洋大学文学部自然科学研究室 112-8606 東京都文京区白山 5-28-20

Natural Science Laboratory, Faculty of Letters, Toyo Univ., 5-28-20, Hakusan, Bunkyo-ku, Tokyo 112-8606, Japan

琵琶湖地域におけるヨシ集団の遺伝構造について

金子 有子

1

Genetic structures of Phragmites australis populations

around Lake Biwa

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90 金 子 有 子 国内でも北海道から沖縄の汽水域から淡水域まで分布する大型の抽水植物である.しばし ばヨシ原,ヨシ帯と呼ばれる大群落を発達させることから,水辺植生の代表的なシンボル と見なされ,多様な生態系サービス(水質浄化,物質収支,魚類・鳥類等の生物生息場, 景観等)を提供する物理的基盤として,水辺エコトーンの創出や自然再生等の生態系修復 事業の数多くの事例で,人為的に導入されてきた.応用生態工学,環境工学,土木,水産, 緑化,育種等の幅広い分野において,植栽工法,機能評価,資源利用様式等について数多 くの研究が行われている.  国際条約である生物多様性条約が採択された1992年に,滋賀県では「滋賀県琵琶湖のヨ シ群落の保全に関する条例」を制定し,既存群落の保護措置としてヨシ群落保全区域の指 定,ヨシ群落の増殖措置として人工植栽を行ってきた.しかし,生物多様性国家戦略にお いて「自然再生」が施策の大きな方向性として位置付けられ,自然再生推進法が施行され, 日本生態学会による自然再生事業指針ができたのは10年後の2002年以降であり,国レベル でも自治体レベルでも,それ以前の保護・増殖事業に生物多様性の視点が組み込まれてい たわけではない.さらに15年近くが経過した現在,自然再生の基本理念は生態工学や緑化 工学,環境保全に関わる人々にも広く浸透し,生物種を人為的に導入する事業や活動で, 風土性の原則(その土地固有の遺伝系統を用いる)や変異性維持の原則(その地域での遺 伝子の変異性を保持する)に則したとする事例も珍しくなくなった(日本生態学会2005; 亀山ほか2006).  しかし,全国で盛んに実施されている生態系修復のためのヨシ植栽事業では,保全遺伝 学的見地からの配慮がなされたとしても,風土性の原則に限られ,変異性維持の原則まで 考慮された事例は殆どないと言ってよい.倍数性や遺伝子型を決定するのが困難なことも あり,ヨシという生物種自体に関する国内の研究は少なく,その生態特性や遺伝的特質が 十分に解明されているとは言えないからである.一方,種や遺伝子の変異性を維持すべき ことの重要性は,健全な生態系や種個体群の再生にとってだけでなく,生態系サービスと の関係からも研究されており,ヨシのような優占度の高い植物の遺伝的多様性が生態系機 能を高めうるという知見も蓄積されつつある.日本の事例では,植栽したヨシのクローン の多様性が高い実験区の方が,窒素の除去量が多くなる傾向が見られ,遺伝的多様性が系 としての水質の浄化効率に影響を及ぼし得る可能性が示されている(Tomimatsu et al. 2014).  ヨシ植栽においても,少数の親から栄養繁殖等で殖やした苗より,できるだけ多くの変 異を含む親の種子等から育てた苗を用いる方が,地域の遺伝的な変異を保持する上で望ま しいとされている(日本生態学会2005).しかし,滋賀県でも,県植栽事業のうち,造成 面積累計で 7 割以上を占める水産基盤整備目的の植栽では,現地の一部で刈り取った棹か らのクローン苗を使用しており,実生苗の使用実績はない(金子2005; Kaneko and Ashiya 2012).ヨシ帯の機能として重視されてきたのはホンモロコやニゴロブナ等の産卵 および稚魚の育成場所,水質浄化,景観形成であり,生物多様性維持という観点は組み込 まれてこなかったのである.一方で,実生苗の生産技術や供給体制は県内で確立しており, 環境省自然再生事業補助事業(長浜市;環境省2007),曽根沼(彦根市),栗見新田(東近 江市),ヨシきりの池(近江八幡市),木の浜内湖(守山市)等,現地産の遺伝的な変異を

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含むと思われる実生苗による植栽事業例も蓄積されてきている.  滋賀県では,望ましい植栽指針の確立に不可欠な保全遺伝学的情報を得るため,風土性 の原則,および変異性の原則を守るために必要と考えられる研究を行ってきた.例えば, 前者としては,日本産ヨシ集団の分子系統地理,集団分化の程度,自家和合性と近交弱勢, 外交配弱勢の程度などに関する研究,後者では,地域集団の遺伝的多様性,遺伝的多様性 や倍数性と適応度との関係などに関する研究である.本稿では,琵琶湖地域における地域 集団の遺伝的多様性と地理構造,および,これらの結果から示唆される保全遺伝学的な見 地からの配慮事項について報告する.

₂ .方法

₂.₁ 調査集団と試料採集  国内に現存する二大ヨシ産業地の一つで,国内最大級の規模でヨシ植栽事業が実施され てきた滋賀県琵琶湖地域を主要な調査地とした.本湖(琵琶湖)および内湖(本湖岸より 陸側に位置し本湖に附属する小規模な水域)の計25箇所のヨシ集団から,各々23〜54ラメッ トの葉試料を採取した(表 1 ;図 1 ).採集は湖岸に沿って等間隔で行い,採集箇所を GPSで定位した.葉試料は分析まで超低温槽(−80℃)で保存した. ₂.₂ 遺伝分析と解析方法  葉試料から改良CTAB法によりゲノムDNAを抽出し,マイクロサテライトマーカー 5 遺伝 子座(PaGT4, PaGT8, PaGT9, PaGT12, PaGT16; Saltonstall 2003)について,シーケンサー (Genetic analyzer 3130xl, Applied Biosystems)を用いて多型解析を行った.マイクロサテラ イト遺伝子型での対立遺伝子の有無を( 0 , 1 )でコードすることによって,核DNAのマ ルチローカスジェノタイプを決定し,クローン判別を行った.

 推定されたクローン構成からクローン多様性(ジェノタイピック多様性)の指数としてシ ンプソン指数(D: Simpson’s D)を計算した(Simpson 1949; Pielou 1969).また,集団内・ 集団間にみられる遺伝的変異の解析を行うため,AMOVA 解析を行った.さらに,地理構 造の有無を検証するため,AFLP法を用いた169遺伝子座の分析に基づいてマンテルテスト (1000回パーミュテーション)を行った.地域集団間の遺伝距離行列はArlequinプログラム

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92 金 子 有 子

₃ .結果と考察

₃.₁ クローン多様性  集団内のクローン多様性を示すシンプソン指数は0.303〜0.929までの値を取り,最も低 い集団は浜分沼集団,最も高い集団は北沢沼集団であった(表 1 ).クローン多様性は集 団間で大きく異なっていた.また,少数のクローンが優占する集団(尾上集団,西の湖集 団など),少数のクローンが拮抗している集団(浜分沼集団など),多様なクローンが均等 に存在している集団(水茎内湖集団など),多数のクローンがさまざまな頻度で混在して いる集団(北沢沼集団など)といった多様な集団内遺伝構造が見られた.これらは個々の 地域集団の倍数性や繁殖特性等を反映していると考えられた. 表 1  調査集団一覧

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₃.₂ 遺伝的変異(AMOVA解析)

 AMOVA解析の結果,琵琶湖地域に見られた遺伝的変異のうち,17.9%は集団間,82.1% は集団内の変異であった(図 2 ).このことから,集団間の遺伝子流動が大きく,花粉や 種子が風散布であることを反映しているものと考えられた.

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₃.₃ 地理構造(Mantel test)

 遺伝的分化が地理的距離によってどれくらい説明できるかを解析するため,マンテルテ ストを行った結果,集団間の遺伝距離(遺伝的な分化の程度を示すΦSTの値)と地理的距

離に有意な相関はなく(Mantel test; r = 0.095, P>0.05),Isolation-by-distanceは認めら れなかった.琵琶湖地域のヨシ集団には明瞭な地理構造は存在しないことが示唆された. ₃.₄ 群落面積・希少アリルの保有数と遺伝的多様性の関係  シンプソン指数の高い集団で,出現率 1 %未満の希少アリル(対立遺伝子)数が多いと いう傾向はなかった(図 3 ).また,群落面積とシンプソン指数に有意な相関関係は見ら れなかった(図 4 ).これらのことから,人為的な植栽等による外部遺伝系統の導入によ る影響は大きくないとすれば,群落面積の大きい集団を重点的に保護する現在の保全基準 は,保全遺伝学的観点からは不十分であることが示唆される. 図 2  琵琶湖地域の遺伝的変異 図 3  シンプソン指数と希少アリル保有数の関係 図 4  群落面積とシンプソン指数の関係

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₄ .結論

 琵琶湖地域のヨシ集団には明瞭な地理構造は認められなかった.また,遺伝的変異の大 部分が集団内に保持されており,集団間の遺伝子流動は盛んであることが示唆された.さ らに,各地域集団の遺伝的組成は多様で,その遺伝的多様性は集団間で大きく異なってい た.これらのことから,風土性の原則に基づいて植栽材料を採集可能な近縁系統の範囲を 推定する際,琵琶湖地域では,地理的距離が遺伝距離の指標とはなり得ないことに注意が 必要であると考えられた.また,変異性の原則に基づいて地域集団の遺伝的変異を保持し ようとする際に求められる植栽材料の採集方法も,対象とする地域集団の遺伝構造によっ て大きく異なり,統一的な基準の設定は難しいと考えられた.

引用文献

井鷺裕司・金子有子・近藤俊明.琵琶湖周辺に生育するヨシのクローン構造.西野麻知子・ 浜端悦治編.内湖からのメッセージ.99-105.サンライズ出版.彦根.2005. 金子有子.琵琶湖におけるヨシ帯の保全施策.西野麻知子・浜端悦治編.内湖からのメッ セージ─琵琶湖周辺の湿地再生と生物多様性保全─.80-98.サンライズ出版.彦根. 2005. 金子有子.ヨシ原保全:何に配慮すべきなのだろうか? 西野麻知子編著「とりもどせ! 琵琶湖淀川の原風景─琵琶湖・淀川の生物多様性保全に向けて─」.31-48.サンライズ 出版.彦根.2009.

Kaneko Y. Biology of the common reed (Phragmites australis) surrounding Lake Biwa. In H. Kawanabe et al. eds. Lake Biwa: Interactions between Nature and People. 137-138. Springer. Japan. 2012.

Kaneko Y. and M. Ashiya. Conservation and restoration of common reed marshes. in H. Kawanabe et al. eds. Lake Biwa: Interactions between Nature and People. 449-454. Springer. Japan. 2012.

環境省.自然との共生を目指して.39p. 東京.2007.

亀山章・倉本宣・小林達明.生物多様性緑化ハンドブック:豊かな環境と生態系を保全・ 創出するための計画と技術.地人書館.323p.東京.2006.

Nakagawa Masato, Tomoshi Ohkawa, Yuko Kaneko. Flow cytometric assessment of cy-totype distributions within local populations of Phragmites australis (Poaceae) around Lake Biwa, the largest lake in Japan. Plant Species Biology 28(1): 94–100. 2013.

日本生態学会生態系管理専門委員会.自然再生事業指針.保全生態学研究10: 63-75. 2005. Pielou EC. An introduction to mathematical ecology. Wiley-Interscience, New York.

1969.

Saltonstall K. Microsatellite variation within and among North America lineages of Phragmites australis. Molecular Ecology 12: 1689-1702. 2003.

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Simpson EH. Measurements of diversity. Nature 168: 688. 1949.

Tomimatsu, H., Nakano, K., Yamamoto, N. and Suyama, Y. Effects of genotypic diversity of Phragmites australis on primary productivity and water quality in an experimental wetland. Oecologia 175: 163–172. 2014.

図 1  調査集団位置図

参照

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