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量子論の世界と周期表

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Academic year: 2021

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第10章 量子論の世界と周期表

 原子の世界では、すべてが量子化されます。電子などは波としての性質も併せ持ち、光 もまた粒子的な性質を持ちます。そして、そこでは、ニュートンの運動方程式に代わって、 量子力学が現れます。またその力学は、化学的な性質の分類を表した、メンデレーフの周 期表を見事に説明してくれます。今回は、この量子論の世界と周期表について見てみましょ う。

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電子顕微鏡

 顕微鏡では、光の波長に近い大きさの物体では、光の波が曲がり、回折という現象が起 こります。このため、像がぼやけてしまいます。つまり、波長よりも小さな解像度を得る ことはできないのです。可視光の波長は数百ナノメートルのため、マイクロメートル程 度の大きさ以下の物体を見ることが困難になります。もちろ ん、波長の短い紫外線やエックス線を使うことも考えられま すが、原子ではそうした光は吸収されるかただ単に透過して しまうことになります。したがって、光でマイクロメートル よりも細かい領域を見ることには限界があるのです。  電子顕微鏡では、電子を高電圧で加速すればドブロイ波長 は 0.1 ナノメートル程度とすることができます。したがって、 ぼける程度もこのドブロイ波長程度となり、電子が標本を通 過するときの解像度をナノメートル程度とすることができる のです。  光ではレンズによって光を集めたり、拡大したりしますが、 電子では磁場や電場がその変わりをします。電場や磁場によ る力で電子の軌道が変えられるのです。  電子顕微鏡の発達がサイエンスにもたらした貢献は図りし れません。電子顕微鏡のおかげで生物学は大いに発展してき たのです。また生物学の発展がテクノ ロジーに貢献しました。科学とテク ノロジーは車の両輪のようなものな のです。 ポリオウイルスの透過型 電子顕微鏡による画像

コンデンサー

または、

マグネット

試料

スクリーンへ

電子顕微鏡 コンデンサーによる電場やマグネットによる磁 場で電子を曲げてレンズの変わりにする

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量子力学

 ボーアの原子模型は非常に単純なモデルですが、それは正確なものではありません。波 動性と粒子性の両立のためには、粒子のニュートンの法則に対応する、量子の力学が必要 になります。ミクロな物理を記述する力学を量子力学と言います。この量子力学によると、 我々が観測できるものは、粒子の存在する確率だけであり、多数の量子を集めるとその確 率は決定的なものとなります。この値は古典的なものに対応し、ニュートンの法則と等価 なものになります。確率的平均からのずれは波動性をもたらし、ミクロな領域ではこの波 動性が重要となります。  粒子性と波動性をみるのに特徴的な のが、電子の干渉実験です。電子を一 個一個スリットを通します。こうした ら他の電子と干渉するおそれはありま せん。それでも、一個一個は様々な位 置に跳び、多数の電子のあたった位置 を集めると、干渉縞があらわれるので す。

量子力学で求められるもの、確率

 このようにミクロに見ると電子であっても一つ一つの粒子がどの点に当たるのかを予測 することはできません。しかし、多数の電子が干渉するように分布することは予測できま す。つまり、一個一個の電子がどの位置に存在するかという確率は予測可能なのです。量 子力学が予測するのは個々の粒子の軌道ではなく、粒子がどの位置にあるかという確率な のです。  このような力学は、ニュートンの力学と大変異なっています。ニュートンの力学では、 電子の位置と速度とそこに働く力がわかると、ニュートンの法則よりその後に速度の変化 がわかり、そのため電子の軌道が一意的に決定できるのです。それでは、このようなニュー トンの法則のどこがいけないのでしょうか?それは、次ページで見るように、電子は波と しての性質のために、位置と速度とが同時に決定できないのです。

原子の大きさは何がきめる?

 原子の大きさは、電子が決めています。ボーアのモデルにより電子の半径は 10-10m 程 度となることが計算できるのです。これは、だいたい分子のサイズなので、分子の大きさ も電子の原子核を周回する大きさが決定しているのです。ボー波のモデルでは波動性と古 典力学を結びつけています。原子の大きさは、電子の電荷やプランク定数などの基本的な 量で表されます。一つ一つの電子がどこに跳ぶかははっきりとわからないが、多数の場合 の分布はわかる。つまり一回一回は確率的なものであることがわかります。  

電子銃

スリット

電子数

ターゲット

量子力学は、電子の存在する確率を予言する

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ハイゼンベルグの不確定性関係とは?

 波は、波長などの概念のために広がりを持っています。つまり位置は不確定になります。 また逆に位置を確定しようとすれば、波長が不確定になっていきます。一方、量子論によ ると波長は速度に関係していましたので、波長が不確定ということは速度が不確定になり ます。アイゼンベルグによると 質量x速度の誤差x位置の誤差はプランク定数より大きい ことが示されました。これをハイゼンベルグの不確定性関係と言います。これによると、 位置と速度とを同時に厳密に決定することは、原理的にできません。  たとえば、非常に位置を精度良く決定したいときには、回折の影響を避けるために非常 にエネルギーの高い光子や電子をミクロな物体にに照射します。しかし、このエネルギー によって見たい物体は飛ばされてしまい、位置を特定できたと思ったところにはすでにい なくなってしまいます。また、物質中を電子などが飛ぶときにも電子が原子をイオン化し て化学反応を起こすことで、電子の通った位置を特定したとしても、原子の大きさ以下に はその位置を知ることはできないわけです。このように、波としての性質がエネルギーと も関係しているがために、位置や速度を確定的に知るのには限界があるのです。一方、私 たちの日常生活では、原子サイズでの精度を要求しませんので、こうした不確定性関係は 無視できます。  また、原子中の電子が中心に落ち込まない理由を次のように解釈することができます。 次のように解釈することも出来ます。原子中の電子は一見原子核に落ち込んでいってもよ いように思えます。しかし、電子などの粒子を非常に小さいサイズに閉じこめようとする と速度の不確定さが増加し、エネルギーが増加して反発するように力となります。そのた めこの不確定性による力と、電気的に落ち込もうとする力が釣り合って落ち込まないとも 解釈できるのです。  また、不確定性関係として  エネルギーの誤差x時間の誤差はプランク定数よりも大きい ということもわかります。これはエネルギーの保存則と一瞬矛盾するように思えるかもし れませんね。しかし、実際この関係は非常に短い間ならエネルギーは保存しなくてもよい ことを表しています。しかし、日常生活の観測のスケール、たとえば1秒くらいの観測で はプランク定数が小さいためエネルギーの誤差は無視できるようになります。 ウェルナー ハイゼンベルグ (1901-1976)  ドイツのベルツブルグで生まれました。大学はスイス のミュンヘンで主に流体力学の研究を行いました。1926 年に量子力学を記述する行列力学を作り、またその翌年 には不確定性関係を提唱しました。そして 1932 年に 31 才にしてノーベル賞を受賞しました。若くしてライプ ツィッヒの理論物理学教授となり物理学の一学派を築き ます。ナチスの時代には、ドイツで原爆製造の責任者と なり、核分裂実験のために多量の重水を購入したりして いましたがが、結局は大きく進展しませんでした。

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水素原子のエネルギー順位とその数は?

 量子力学によると、ボーアの模型では解らなかった、 同じエネルギーを持った状態がいくつあるのかも解りま す。空間には波打つ方向が、縦横高さと、基本的に3方 向もあり実際には複雑です。  ここでは、波を中心からの距離の方向と、回転する方 向に分けて考えてみます。そしてまず、中心周りに波打 つ方向がいくつあるのかを見てみましょう。まず何も波 打たない状態でこれを s 軌道と言います。波打つ方向は 縦、横、高さと3つの方向がありますね。これを x,y,z と座 標をおいて陽子の位置を原点においておきます。すると x,y,z とそれぞれの方向を向いたものが独立にあります。もちろん x+yなんてのもありますが、基本的には x,y というのを足し上 げただけなので基本は3つの方向です。これを p 軌道と言い ます。次に、二つの方向を掛け合わせたもの ,x2 ,y2 ,z2 ,xy,yz,zxありますが、このうち足しあわせたもの、x2 +y2 +z2は中心から の距離を表していますので方向を持ちませんね。よってこれ を除いておきます。すると5つです。これを d 軌道と言います。 このように回転方向の波打つ数に応じては s,p,d となりそれ ぞれの個数は 1,3,5 となっていきます。  波打つ数が多いほどドブロイの関係よ り速さが大きく、エネルギーが大きいこ とに注意しましょう。  一方、中心から放射状に伸びた方向へ の波の個数でもエネルギーは変わってき ます。放射状に伸びた方向にも回転方向 にも内打たない状態を 1s 状態と言います。 次に回転方向に波打つか、中心方向に波 打つかの状態があり、中心方向に波打つ のが1つで , 回転方向に波打つのが x,y,z と3つあり合計4つあります。これらを 2s,2p 状態と言います。次に、中心方向に 2回波打ち、回転方向に波打たないもの を 3s といい、中心方向に1回で回転方向 に1回を 3p, 回転方向に2回波打つのを 3d と言います。あわせると 1+3+5=9 個にな りますね。つまり、エネルギーレベルでの独 立な状態の数は、1,4,9となっていきます。 また、1,2,3 の指数を主量子数と言います。

陽子

x y z y 方向への波打ち 中心方向への波打ち 中心 1s 1s 軌道 2s 2pz 2px 2py 第一励起状態の4つの状態 1s、2p状態

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量子力学での光の救出と放出は?

 量子力学では、ボーアの理論よりも さらに定量的な予測が可能になりま す。たとえば、光の吸収率なども計算 できるようになるのです。  量子力学では、電子の存在確率密度 が光の吸収や放出によって変化しま す。

シェルモデル

 波の考え方が実際の電子の分布を表し ますが、わかりにくいのですこし現実か ら外れた次のモデルの方が覚えやすくな ります。これは電子が波打つ数に応じて 中心からある距離の整数倍のところに主 にあると思います。それぞれを殻(シェル) と言います。そして、波は面のようなも のなので、状態の数はそれぞれの面積の 比になります。つまり、1,4,9 という面積 比ですね。これをシェルモデルと言いま す。この考え方の方が便利な面があるの で通常はこれを使います。 x y z 1 2 3 電子 N S 電子の構造を見やすく簡略化したモデル シェルモデル

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メンデレーフの周期表

 サイエンスでは、それまでに発見されていないパターンを 認識し分類することが発展に非常に重要になることがありま す。メンデレーフ ( 1834−1907)はロシアの化学者 です。1834年にシベリアで、14人兄弟の末っ子として 生まれました。非常に優れた教育を受け、セイントペテルス ブルグ大学に進み、化学を研究しました。そして、1869 年 に偉業を成し遂げました。  日常のほとんどの分子は様々な元素からなる化合物です。 そのため、これ以上分けられないという元素の特定には長い 歴史が必要でした。古来から知られている元素のほとんどは金属です。たとえば、金、銀、 銅があります。また金属でないものとしては、石炭に含まれる炭素や、火山岩に含まれる 硫黄などがあります。  12世紀から16世紀の間に学者達は、非常に強い炎により元素を分離する手段を編 み出しました。これにより、亜鉛、リン、ビスマスなどの元素が特定されていきます。 1735 年から 1805 年の間に学者達はさらに強い炎を作る装置を編み出しニッケル、コバ ルト、マグネシウム、ウランなどを精製していきました。そして 1772 年から 1774 年に かけて水素、酸素、窒素が分離されました。1797 年に電池が実用化され、ハンフリー・デー ビーによって電気分解が化学に応用され、塩素、ナトリウム、カドニウム、バリウム、カ ルシウムが分離されました。ちなみに電気分解は現在でも元素の分離によく使われていま す。たとえばアルミニウムは電気分解で精製されるため、アルミニウムの精製コストの多 くは電気代です。  メンデレーフはそれまで知られていた63個の元素の分類を試みます。それまでの化学 者は、化学反応で非常に似た振る舞いをする元素があることに気づいていました。また、 これらの元素の化学反応により元素の相対的な質量を割り出すことができます。メンデ レーフはこれらを縦の列に並べてきます。たとえば、リチウム、ナトリウム、カリ、ルビ ジウムは金属光沢があり比較的柔らかい性質があります。しかもこれらは塩素やヨウ素な どハロゲン属と1:1の割合で反応します。また水と非常に強く反応します。これらをア ルカリ金属と呼びます。また横には質量の小さいものから大きいものの順に並べていきま した。また、ベリリウム、マグネシウムなどをアルカリ土類金属と言います。これらはハ ロゲン属と1:2の割合で反応します。  そして横には質量の順になるようにすべての元素を並べていきました。このようにして 周期表を完成させていったのです。このようにして完成させた周期表には、2番目と10 番目、18番目、そして21から32番目の元素にはまだ対応する元素が発見されていな いものがありました。その後、ゲルマニウムやスカンジウムなど、対応する元素が次々に 発見されていき現在の周期表が完成されました。  

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原子とパウリの排他原理

 さて水素原子以外ではどうなっているのでしょうか? シェルモデルで考えてみます。まず、磁石のときに説明 したように電子はスピンがあり、それ自身磁石のような 構造をしていることを思い出して起きましょう。たとえ ばヘリウムでは中心には陽子が2つありますので電子は それぞれの陽子から力を受けます。そのため中心付近に より強く引っ張られて電子の軌道の半径は水素原子より も小さくなります。リチウムでは中心に陽子が3つあり ますので、基底状態に3つの電子が入りそうですね。しかし、 電子には次のような性質があるのです。電子は他の電子と同 じ状態でいることを嫌って必ず互いに異なる状態にいます。 電子が同じ状態に二つ以上いることができないということ をパウリの排他原理と言います。このため、電子は一つ一 つがスペースを取ります。たとえば、ヘリウムの場合、2 つの電子は磁石の向きを逆にして基底状態にいることがで きます。一方、リチウムでは、基底状態に2つ詰まった後、 次には中心よりより遠くの軌道にいることになります。同 様に増えていくと例えば陽子の数が11個のナトリウムで は図のように2番目の殻がつまってもう一つの電子がさら に外側の殻に飛び出てしまいます。これは中心からの距離 が遠く、クーロンの法則による引力が弱いですね。よって 電子が取れやすくイオンになりやすいことになります。  このように殻の状態の数は、電子が磁石であることを考慮するとそれぞれの殻の電子の 数は 2,8,18 となります。殻に電子が詰まった状態にあるヘリウム、ネオンなどは非常に 安定で化学反応をほとんどしません。一方、フッ素などでは、電子が9個と陽子が9個で 全体として中性ですね。にもかかわらず、殻の一つの方向のが空いていますので、その方 向にある電子にとっては、他の電子は比較的遠くにあり陽子が近くにある状態にあります。 従ってクーロンの法則により全体として陽子からの引力が勝り、強力に電子を引きつけま す。しかも比較的原子核に近いところまで引きつけるので引きつける力は非常に大きいで すね。これがフッ素が化合物となりやすい理由です。  このように量子力学により、化学反応がなぜ起こるかまで含めて、メンデレーフの周期 表を説明してくれるのです。  天空の現象で同じことが起こったことを思い出してみましょう。惑星の運動は、ケプラー により、楕円運動であり、その中にはケプラーの法則が成り立っていました。これは、ニュー トンの法則により説明されました。一方、ミクロな世界では、核子の周りを電子が回って います。この性質は、メンデレーフによって周期表という形にまとめられました。そして、 量子力学によりその周期表は説明されたのです。ここでも科学的方法が見事に使われたの です。 x y z 1 2 3 N S S N N S S N N S S N N S S N N S S N N S x y z 1 2 3 N S S N S N N S S N N S S N N S S N 9+ S N 分極による電気的力 ナトリウムのシェルモデル 最外殻に電子が一つある フッ素のシェルモデル 電子が欠けた位置からは原子核 によって電子が引きつけられる

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ヴォルフガング・エルンスト・パウリ (1900-1958)  オーストリアのウイーンで生まれる。高校にあたるギムナジ ウムを卒業した彼は18才のときに、当時出たばかりのアイン シュタインの一般相対性理論に関する論文を発表しました。ま た、有名な物理学者であるゾンマーフェルトが「数理科学全集」 の相対性理論の部分を任されます。その手伝いとして 21 才の パウリがかり出されましたが、ゾンマーフェルトはパウリのあ まりの学識の高さに驚き、彼にすべてをまかせます。アインシュ タイン自身もパウリ相対性理論の解説に痛く感銘をうけました が、パウリの年齢を聞いて非常に驚いたと言います。アインシュ タインもこの解説で初めて相対性理論が解ったと言ったといううわさがあります。ゲッチ ンゲン大学のあと、コペンハーゲン理論物理学研究所に滞在しますた。このころ、水素原 子を磁場中に入れるとスペクトルにそれまでは説明できない「異常ぜーマン効果」という 問題がありました。友人がパウリが公園のベンチでぐったりした姿でいるのでどうしたの か訪ねたら「異常ぜーマン効果のことを考えたらぐったりせざるをえないじゃないか」と 答えたといいます。その後パウリはスピンの概念を用いてこの異常ぜーマン効果を説明す ることに成功します。1923 年以降ハンブルグ大学の講師を務めていましたが、そこで排 他原理の提唱、またベータ崩壊でのニュートリノの提唱を行いました。そして 1945 年に ノーベル賞を受賞しました。  パウリは辛辣な批評家であり、優秀な理解者であったので新しい概念を発見した人たち に対して判事の役割を果たしたようです。誰かが新しい考え方を彼に話すとほとんどすぐ に「くだらない」と答えたといいます。それでもさらに説明をして納得してもらうと今度 はその研究の援助になるような考え方を提供してくれました。またパウリが近づくだけで 実験器具が壊れると噂されていました。これをパウリ効果と言いました。

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原子と電子配置

 原子内の電子の配置は、いろいろな記号が出てきてややこしいですね。ここで整理する 意味でも、またより詳しく見てみる意味でも原子番号の小さい方から各元素の基底状態の 電子配置を見ていきましょう。  まず、水素では、原子核の電荷が1ですので対応して 1s 状態に1つの電子があります。 H: 1s1 1s 2s 2p 原子核の電荷が2であるヘリウムではスピンの自由度のため 1s 状態に2個の電荷があり ます。パウリの排他原理のため、電子にスピンの向きはお互いに反対です。 He: 1s2 1s 2s 2p 次にリチウムでは、1s 状態に2個でふさがりましたので 2s 状態に1つ電子があります。 水素原子のエネルギー順位のときにみたように、電子が全く詰まっていないときには 2s 状態と 2p 状態は同じエネルギー順位にあります。しかし、1s 状態に電子があるので、 この状態により中心の原子核から 2s,2p の状態の電子を引きつける力が弱くなります。 つまり、1s 状態の電子の影響により p 状態のように中心に電子がいない状態よりも s 状 態のように中心に電子がいる確率の高い配意の方が、エネルギーが低くなるのです。一般 に同じ殻の電子では、内側の殻の電子の影響により、エネルギーは s,p,d の順で高くなり ます。このようにして、2s 状態に3つめの電子が入るのです。 Li: 1s22s1 1s 2s 2p Be では 1s に二つはいります。やはりパウリの排他原理のために電子の向きは逆です。 Be: 1s22s2 1s 2s 2p ホウ素 (B) では、2p 軌道に一つ入ります。 Be: 1s22s22p1 1s 2s 2p 次に、炭素では、2p 軌道に二つの電子が入ります。しかし、この同じエネルギー順位へ の複数の電子の入り方にはある特徴があります。電子同士はクーロン力による反発のため できるだけ遠くにいようとします。このとき、パウリの排他原理により、同じスピン同士 の方がより排他的で遠くにいることができますので、スピンの方向がそろって異なる状態 にいた方が安定になります。一般に、電子ができるだけ異なる状態を取ろうとしてそのた めにスピンが同じ方向を向こうとすることをフントの規則と言います。 このフントの規則のために、炭素の電子配置は次のようになります。 C: 1s22s22p2 1s 2s 2p 窒素では 2p 軌道を一つづつ埋めます。

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N: 1s22s22p3 1s 2s 2p 酸素では、2p 状態にお互い離れた状態で3つつまっていますので、、もう一つは反対向き に寝ます。 O: 1s22s22p4 1s 2s 2p そして、フッ素、ネオンではどうように詰まって行きます。 F: 1s22s22p5 1s 2s 2p Ne: 1s22s22p5 1s 2s 2p これで殻はすべて閉じられました。  ナトリウムでは、3s 状態に一つとなります。  このように、電子配置は様々ですが、これらはただ単なるルールとして出てきたもので なく、すべて量子力学と電子のスピン、そして排他原理によって導かれることであるので す。化学も一見複雑なんですが、サイエンスのすべての現象には理由があるということを 理解しておきましょう。

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相対性理論と量子力学の融合から反粒子へ

 相対性理論と量子力学とは20世紀の大きな科学革命でした。そ れでは、相対性理論と量子力学の融合は可能でしょうか?この問題 はディラックによって解かれました。ディラックの理論では電子が スピンという自由度を自然に持ち、電子の磁気による影響の強さは 実験とほぼ等しくなることが示されたのです。この値はそれまでの 量子力学での計算では外部から与えなくてはならなかったのですが この値が相対性理論との融合により自然に出てくるのです。  またディラックの理論では、すべての物質には電荷が反対の反粒 があることが示されます。つまり、電子には陽電子があり、また 陽子には反陽子などの存在があるのです。この結果は実験により観 測されています。実際強いガンマ線がにより、電子と陽電子のペアが作られることが確認 できるのです。

量子電磁気学とは?

 電子などの古典的な力学はミクロには量子力学によって置き換わられました。それでは、 電磁気学はミクロに見るとどうなるのでしょうか?電磁気学と量子論の融合は、朝永、シュ ウィンガー、ファインマンによってなされました。この電磁気学と量子論の融合された理 論を量子電磁気学と言います。量子論によると、電場や磁場は量子になるので、電荷を持っ た粒子の間に光子が飛び交うことにより電場や磁場による力が生まれます。あたかも二人 の人がキャッチボールをしているようなものです。ボールを思いっきり投げると反作用で 反発し、受け取った方も反発します。

電磁気の力はどのように生まれる?

 古典的な解釈では、電気の力は電場によって生まれます。量子電磁気学では、この電場 も量子化され、光子によって置き換えられます。それでは粒子のやりとりによる力の発生 をどう考えればいいのでしょうか?たとえば、 二人でバスケットボールを投げ合ってみます。 ボールを投げると反作用で後ろに力を受けます ね。またボールを受け取った方もあいてと逆の 方向に力を受けます。こにように、ボールのや りとりでお互いに反発力になります。  二つの電子があるとその間に多数の光子が飛び 交います。これにより反発力が生まれます。  電子は光子を放出してしまうとその分のエネル ギーを失うはずです。これは一見おかしいですね。どうしてでしょうか?エネルギーと時 間には不確定性があることを思い出しましょう。短時間でならエネルギーは保存していな くてもよいのです。それでも絶えず放出や吸収を繰り返していますので長い目で見ればエ ネルギーは変わらず保存しています。  このように、力、相互作用は粒子を媒介として行われるというのが、場の量子論の基本 的な考え方です。  陽電子 電子 γ線 原子核 電子 光子 電子 相対論的量子力学が反 粒子を予言 量子論的には光子の交換によって電磁気 的相互作用が生まれる

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クーロンの法則とは?

 それでは、このような光子のやりとりで生まれる力の大きさはどのよ うなものになるのでしょうか?光子は波としての性質があるため、まっ すぐ進むわけではありません。電子は単体でも光を放出したり吸収した りすることを繰り返しています。これが電場です。この光の密度はどの ようなものになるのでしょうか?これは、ちょうど電球からの光の強さ と同じですね。受け取る光の量は距離の二乗に反比例しました。よっ て、電場の大きさは距離の二乗に反比例し、その位置に他の電子がいる と、そこには距離の二乗に反比例した数の電子が衝突し力を与えるわけ です。また、電子が2つ同じ位置にあれば、これから2倍の光子が放出 されますので、電場は電荷に比例しますね。  このようにクーロンの法則は、光子の放出によって説明できるわけです。  一方、光放出は何億という数の光子が飛び出します。このため、単位面積あたりの光の 量はやはり距離の二乗に反比例します。  3章で学んだ、逆二乗の法則と光の強さの類似は一見何の関係もなさそうでしたね。し かし、このように量子論の考え方を通じて両者は同じ土俵で説明できるのです。

繰り込み理論とは?

 古典電磁気学では、電荷を持った粒子の作る電場によって自分が 力を受けることは暗黙の了解事として排除されます。しかし、量子 論では、電場は粒子によって作られた光子によって作られますので、 自分から放出された光子にはどこから出たかという名前が書いたあ りません。そのため放出した光がもう一度自分に返ってくることは 排除されません。曲がってもよいというのは波の考え方であること を思い出しましょう。この自分に返ってくる光はエネルギーを持っ ています。しかも自分近くですぐに戻ってくる光の強度は大きく、 無限に大きなエネルギーとなってしまいます。そして、エネルギー と質量の等価性により電子の質量は無限に重くなってしまうのです。  この困難を救ったのが繰り込みの考え方です。電子はかならずその周りに電場を伴って いますね。しかし、記述のときにはまず電場を伴わない電子を考えています。そこでまず 電場のない仮想的な観測されない裸の質量を無限に小さくし、観測される電場を伴ったと きの電子の質量を有限の値にするのです。このような取り扱いをする理論を繰り込み理論 と言います。この繰り込み理論の一つの成果として、水素原子のスペクトルがあります。 ディラックの理論によって予言された結果は、当初実験を再現していると思われていまし たが、その後の精密な実験で食い違いを見せました。量子電磁気学での計算はこの食い違 いを説明するのです。繰り込み理論は、一見かなり恣意的に見えますが、このようにして 計算された電子の磁気の強さは10億分の1の精度で実験と一致するのです。これほどま で実験に会う理論は他にないと言ってもよいでしょう。もちろん、この電場のない状態で の電子の質量は本当に無限小なのか、有限なのかは、これが物理的に観測できる質量では ないのでこの理論ではよく解りません。 電子 光子 クーロンの法則は 光の放射の法則と 同じ 観測される電子の質 量は電場を作る光子 のエネルギーも含む

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ポール ディラック (1902-1984)  ディラックは、イギリスの物理学者です。子供のころ厳格な家庭 に育ち、過程では教育のためフランス語しかしゃべるのを許されま せんでした。その結果、家ではあまりしゃべらなくなり無口になり ました。ディラックは、量子力学の基本的枠組みを作った理論物理 学者の一人であり、1928 年に電子などを記述する相対論的量子力 学を作りました。  相対論的量子力学は、量子力学を相対性理論と整合性のあるもの にするだけであるので、非常に高速な電子のときにだけ変更を受け る理論になると予想できます。ディラックは数学的美しさを指針に して方程式を立てました。その結果は、電子の観測される磁気の強さをほぼ正しく再現し ていました。しかし、一つだけ大きな欠点がありました。そえは電子だけでなく、正の電 荷で同じ質量の粒子が必要になったのです。ディラックは当初それは陽子であると言って いましたがが、その後その質量は電子と同じでないことを指摘されその考えを泣く泣く取 りやめました。この正の電荷を持つ粒子の存在は、ディラックの理論の最大の欠点とされ その解決法はないと思われていました。ディラック自身も信じていなかったようです。し かし 1932 年にこの正の電荷を持つ電子、陽電子が発見されると、これはディラックの理 論の最大の予言であると言われるようになったのです。この知らせを聞いた後にディラッ クは「方程式は私より賢かった」と言ったようです。  1933 年にこの陽電子の予言によりノーベル賞受賞します。科学の予言や発見は、勝て ば官軍といったところがありますね。 朝永振一郎 (1906-1979)  朝永振一郎は量子電磁気学の創始者の一人です。  父親は西洋哲学者であり、京都帝国大学を卒業しました。学生 や研究生当時は、湯川秀樹と同室であったこともあり、湯川秀樹 が歩き回りながら考えるので気が散って朝永が居室をでることも たびたびであったと言います。湯川秀樹とも、よい文通相手で京 都大学を離れてからも物理の研究結果を手紙に書いたりしていま す。最近発見された湯川秀樹宛の書簡のなかで、核力によるポテ ンシャル、通称湯川ポテンシャルは実は、朝永真一郎が先に研究 していたものであることが明らかになっています。  水素原子のスペクトルはおおよそディラックの理論 と一致していましたが、その後の精密な実験で食い違 いが見られました。これをラムシフトと言います。こ れは、電子や陽子の周りの電場の量子化の効果と思わ れました。1947 年に朝永は、量子電磁気学に基づき 繰り込み理論によりこのラムシフトを計算し実験との 一致を見ました。最も正確な実験が出たのは朝永の計 算の後ですから、実験の予言とも言えるものでした。これにより、1965 年に、ジュリア ンシュウィンガーとリチャードファインマンと共にノーベル賞を受賞しました。 エネルギー 2s,2p 非相対論的 量子力学 2p3/2 2p3/2 2s1/2 2p1/2 2s1/2 相対論的 量子力学 2p1/2 量子 電磁気学 各理論でのエネルギー順位

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キーワード

 ドブロイ波長、電子顕微鏡、量子力学、ハイゼンベルグの不確定性関係、シェルモデル、 周期表、パウリの排他原理、スピン、反粒子、陽電子、反陽子、量子電磁気学、繰り込み 理論、

参照

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