第一章 在日 第一節 「在日」とは―歴史、表現、帰化― 「 在 日 」 と は、 言 葉 ど お り の 意 味 で は「 外 国 か ら 来 て 日 本に在住しているこ と ( 1 ) 。」である。しかし、 ほとんどの人々 は「在日」とは「在日韓国人 ・ 朝鮮人」を指す総称(略称) であると認識している。現に大手検索エンジンでは「在日 と は 」 と 検 索 す る と、 「 在 日 」 の 言 葉 の 意 味 の 次 に「 在 日 韓国人・朝鮮人」という項目が表示されるのである。本論 では、福岡安則氏の『在日韓国・朝鮮人 若い世代のアイ デンティテ ィ ( 2 ) 』に則って、在日の歴史を辿ることとする。 在日と呼ばれる人々が誕生するきっかけは、一八七五年 におこった江華島事件である。翌年に日朝修好条規が締結 されるきっかけでもあるこの事件を機に、朝鮮半島から日 本へ、日本から朝鮮半島へと人々の往来がはじまったとさ れ て い る。 一 八 九 〇 年 代 に は 朝 鮮 半 島 か ら 日 本 へ 渡 航 し、 厳しい労働環境の中で働く人々が増加した。一九一〇年に 韓国併合条約が締結され、日本は朝鮮半島を植民地として 支配し、日本国籍を与えられた朝鮮人たちには日本語教育 が施されるほどであった。もっとも朝鮮半島から日本への 移住者が増加したのが、一九一四年の第一次世界大戦時で ある。軍需産業が盛んになり人手不足だった日本に多くの 人々が移住した。その後も朝鮮半島から日本への移住者は 増え続けるのである。一九四五年、第二次世界大戦におけ る日本の敗戦から同年のポツダム宣言の受諾によって、日 卒業論文 平成二十八年度
金城一紀『GO』論
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在日文学から見るアイデンティティ
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本による朝鮮半島の領有が終了した。それとともに、日本 へ 移 住 し た 人 々 を 対 象 と し た 祖 国 帰 還 事 業 が お こ な わ れ、 朝鮮人たちは植民地からの解放を経験する。しかし、祖国 帰還事業のただなかに朝鮮半島が分断された。大韓民国と 朝鮮民主主義人民共和国の成立を含むさまざまな問題から 帰還者が減少し、日本に留まる人々が増えたことから「在 日」と呼ばれる人々が誕生したのである。日本に残留した 人々は、植民地からの解放とともに、与えられた日本国籍 を失ったのち、韓国籍または朝鮮籍という国籍の選択を余 儀 な く さ れ る。 そ の 結 果、 在 日 に は「 韓 国 籍 を 持 つ 在 日 」 と 「朝鮮籍を持つ在日」 が存在するのである。また、 「在日」 という表現のはじまりについて、 「《在日》 という表現は 《在 日本》のつづまった言い回しであり、 もともとは在日韓国 ・ 朝 鮮 人 の 当 事 者 自 身 が 使 い は じ め た 言 葉( 福 岡 一九九三:一八) 」であり、 「当事者自身が〝日本は仮住ま い 〟 と い う 意 識 を 強 く も っ て い た こ と の 表 れ( 福 岡 一九九三:一八) 」であるという。 近年では韓国・朝鮮籍から日本国籍に変更(帰化)する 者が増えており、帰化申請者数のピークであった平成一五 年には一万一七七八人が国籍の変更をおこなっ た ( 3 ) 。帰化の 理由について、仲尾宏氏は「九〇年代に入ると日本人との 国際結婚が増加したこと、三世が成年に達し、結婚・就職 という人生の転機にさしかかったことが、日本での永住が ほ ぼ 前 提 と さ れ る な ど の 状 況 変 化 が あ り、 《 帰 化 》 希 望 者 そ の も の が 増 え て き た も の と 思 わ れ ま す( 仲 尾 一九九七:二五) 。」と分析する一方で、次のように述べて いる。 ところで多くの在日韓国・朝鮮人が「帰化」を申請 する理由は「どうせ日本に永住するのだから」という ケースが大多数でしょう。しかし一皮めくれば日本国 籍がないためにさまざまな日常生活での不利益
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公 務員採用、地方参政権、年金、などの行政的差別があ り、また結婚、就職、住居、職場や地域でのつきあい 上、常に偏見や差別意識にさらされていることから抜 け 出 し た い、 と い う 願 望 が あ り ま す。 ( 仲 尾 一九九七:二八) 行政的差別をはじめ、ライフイベントや日常生活におい ても国籍による問題が多々存在するのである。これらの理 由から在日の人々は帰化をおこなうのである。第二節 在日文学―世代区分と作品傾向― 磯 貝 治 良 氏 は『 〈 在 日 〉 文 学 論 』 の 中 で「 在 日 朝 鮮 人 文 学という呼称が一般的に使われるようになったのは、厳密 に調べたわけでないが、一九六〇年代はじめあたりからで はないかと思う(磯貝 二〇〇四:九九) 」と述べている。 そ の 理 由 は、 「 在 日 文 学 」 と い う 呼 称 が 使 わ れ る よ う に な る ま で の 間、 「 日 本 語 で 書 か れ た 朝 鮮 人 の 文 学 」 と し て 捉 え ら れ て い た か ら で あ る。 「 在 日 文 学 」 と い う 呼 称 が 普 及 して以降「在日朝鮮人文学」や「在日朝鮮人日本語文学」 、 「 韓 国 」 と「 朝 鮮 」 の ど ち ら を 先 に 置 く べ き か 議 論 さ れ て いる「在日韓国・朝鮮文学」といったような呼称も登場す る。 在日文学は、 一般的に三つの世代に区分される。しかし、 明確な世代区分が存在していないため、在日文学のはじま りにあたる第一世代の作家には異なりが生じる。 本論では、 磯 貝 氏 に よ る『 〈 在 日 〉 文 学 論 ( 4 ) 』 に 則 っ て、 世 代 区 分 を お こなうこととする。 第一世代は、一九六〇年代はじめに登場した作家たちで あ る。 金 キ ム ダ ル ス 達 寿 に よ る『 後 裔 の 街 』 を 皮 切 り に、 許 ホ ナ ム ギ 南 麒 や 金 キム シ ヂョン 時鐘 は詩の創作で話題を集めたという。金達寿の『玄海 難 』、 『 朴 達 の 裁 判 』 は そ れ ぞ れ 芥 川 賞 候 補 に 挙 げ ら れ た。 日本による植民地支配下での生活、解放を経験している第 一世代の作家たちには祖国への「希求心」が共通している と述べている。 日本での生活はあくまでも仮暮らしであり、 祖 国 に 帰 る と い う 帰 属 意 識 が 強 く 描 か れ て い る こ と か ら、 在 日 に よ る 文 学 活 動 も 主 に は 母 国 語 で 成 さ れ て い た と い う。しかし、日本文学界と読者が文学的評価を与えなかっ たこと、 「希求心」 を強く持つ第一世代の在日作家たちが 「仮 の 文 学 」 と し て 位 置 づ け を 望 ん だ こ と か ら、 「 在 日 文 学 」 というジャンルの確立には至らなかったとされる。 第 二 世 代 は、 一 九 七 〇 年 代 に 登 場 し た 作 家 た ち で あ る。 金 キムハギョン 鶴泳 や 李 イ フ ェ ソ ン 恢成 などが活躍し、李恢成は在日文学で初めて 芥川賞の受賞を果たした。在日文学の最盛期と言われた第 二世代は、日本での暮らしが定住化へ変化しつつあったこ とから、母語である韓国・朝鮮語での作品の執筆が不可能 な世代であるという。また、第一世代の作品よりも祖国と の関係性が薄れ、韓国・朝鮮人でありながら日本で生まれ 育った「マイノリティ」としての意識が強く、日本で生き る中での葛藤が作品に多く描かれているという。 第三世代は、一九八〇年代に登場した作家である。代表 的な作家には 李 イ ヤ ン ジ 良枝 や 柳 ユ ウ ミ リ 美里 、玄月などがおり、本論で取 り上げる金城一紀も第三世代にあたる。もっとも新しい第 三世代の作家には、 崔 チェ シ ル 実 が挙げられる。 「 超 ド ラ ゴ ン 新人 の出現!」
という選評とともに第五九回群像新人文学賞を受賞し、出 版された『ジニのパズル』は第一五五回芥川賞候補作品と しても注目を集めた。第三世代は第二世代と同じく、 韓国 ・ 朝鮮語での作品の執筆が不可能な世代であるという。そし て、時代状況の変化から日本への同化傾向が見られ、第一 世代のような「祖国と自分」といった関係性から生まれる 思 い で は な く、 「 日 本 社 会 と 自 分 」 と い っ た「 日 本 社 会 へ の同化」とその葛藤やアイデンティティの追求が、作品に 多 く 表 れ て い る と い う。 祖 国 と の 物 理 的 距 離 だ け で な く、 精神的距離も第一世代や第二世代よりも遠く、日本での定 住によりマイノリティとして生きる個人の葛藤やアイデン ティティの探求が強く描かれている。また、在日でありな がら日本名で執筆活動をおこなう日本名作家が多く登場し たという。 ( 1 ) 新 村 出 ( 編 )『 広 辞 苑 第 五 版 』、 岩 波 書 店 、 一 九 九 八 年 ( 2 ) 福 岡 安 則 『 在 日 韓 国 ・ 朝 鮮 人 若 い 世 代 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ 』、 中 央 公 論 社 、 一 九 九 三 年 、 二 一 ― 二 六 ・ 三 一 ― 五 〇 頁 ( 3 ) 「 帰 化 許 可 申 請 者 数 、 帰 化 許 可 者 数 及 び 帰 化 不 許 可 者 数 の 推 移 」、 ht tp :/ /www.mo j.g o. jp /c on te nt/ 00 11 805 10.p df ( 二 〇 一 六 年 一 〇 月 二 七 日 ) ( 4 ) 磯 貝 治 良 『〈 在 日 〉 文 学 論 』、 新 幹 社 、 二 〇 〇 四 年 、 一 〇 ― 一 九 頁
第二章 作家・金城一紀 第一節 金城一紀と『GO』 金城一紀氏は、一九六八年一〇月二九日に埼玉県川口市 で誕生した。小学校一年生から中学校三年生までの九年間 を民族学校で過ごし、朝鮮籍から韓国籍への国籍の変更を 機に日本の高校へ進学した。 高校卒業後、二年間の浪人生活を経て、慶應義塾大学法 学部へ進学。大学一年次に作家になることを決意した。そ し て、 一 九 九 八 年 に 処 女 作『 レ ヴ ォ リ ュ ー シ ョ ン No.3 』 で小説現代新人賞を受賞し、小説家としてデビューを果た した。 半自伝小説として書かれた 『GO』 は大きな反響を呼び、 第一二三回・直木賞を受賞した。今までにない「新しい在 日文学」の登場となった『GO』を書くに至る経緯を次の ように話している。 実は、 大学一年の時に作家になろうと決めてまして。 (中略) 大学入ってから小説書くまで八年間ぐらいあっ たんですけど、もう、夥しい数のものを、手当り次第 に 読 み ま し た。 ジ ャ ン ル は 問 わ ず に ね。 で も、 「 全 部 書かれてるよ。新しいものを書くには、自分で文字を 発明して書くしかないな」って思うぐらい、 ある意味、 絶望もしたんですよ。それで、日本文学にないものっ て 思 っ て、 じ ゃ あ 在 日 文 学 で っ て 思 っ て、 「 G O 」 を 書くことになったんで す ( 1 ) 。 日本文学ではなく、金城氏が「在日」だからこそ書くこ とができた「在日文学」での直木賞の受賞は文学界全体に 新しい風を吹き込んだ。 デビュー時から自身が在日韓国人であることを公表して おり、 「金城一紀」という名前と、 『GO』というタイトル や装丁、 帯へのこだわりについて、 次のように述べている。 僕が『GO』を出す時に考えたのが、絶対に韓国風 の著者名では出さないこと。僕は高校の時に、本屋に 行ってたとえば 李 イ フ ェ ソ ン 恢成 さんの本を手に取るとき、自分 が 在 日 な の が ば れ る ん じ ゃ な い か と い う 怖 さ が あ っ て、日本の作家の本と一緒にレジに持っていったりし て た( 笑 )。 だ か ら 僕 は、 い ま の 在 日 の 若 い 子 が 手 に 取りやすいようにと思ったし、タイトルも『GO』の ように英語。ただ、ペンネームは、ただの日本名じゃ な く て、 沖 縄 風 の 名 前 に し た ん で す。 ( 金 城・ 小 熊 a
二〇〇一:二六六) 確信犯的にやろうと思ったんです。タイトルを英語 にして、装丁も暗い感じじゃなくてジャズのCDジャ ケットをイメージして、帯のコピーも「僕はアッケな く恋に落ちた」とか。これまでの「民族のどうのこう の」じゃなくて。 (林 二〇〇一:五三) 在日に対する差別やさまざまな社会的・政治的問題が存 在 す る こ と か ら、 「 周 り の 人 々 に 自 身 が 在 日 だ と 知 ら れ て はならない・知られたくない」 、「在日であることを隠した い」という意識が常にあったのである。このように意識せ ざ る を 得 な い 理 由 の 一 つ に、 『 G O 』 の 中 で は 次 の よ う な 場面が登場する。 僕が小学校二年生だったある日、僕と友達数人が下 校していると、後ろからミニパトが走ってきた。友達 の 何 人 か が 車 道 の ほ う に は み 出 し て 歩 い て い る の を、 婦人警官は見逃さず、ミニパトに搭載されているトラ ンジスタ・メガホンを使って、こんな風に注意した。 「 あ ん た ら み た い な 社 会 の ク ズ は 道 の ハ シ を 歩 き な さいっ!」 なんてひどいことを言うんだろう、と僕たちは思わ なかった。僕たちの学校にはよく右翼の街宣車が来て い て、 も っ と ひ ど い こ と を 連 呼 し た り し て い た の で、 僕 た ち は 慣 れ て い た。 ( 金 城 g 二 〇 〇 七: 五 三 ― 五四) この場面は金城氏の実体験であるとい う ( 2 ) 。在日であると 知られているだけで、国家権力である警察に注意という名 の暴言を吐かれる。そんな差別的な言葉たちを浴びせられ ることが、在日にとっては日常茶飯事であり、腹を立てな がらも慣れてしまっている。日本社会の日常の一部を切り 取っただけで浮彫になる在日への差別から「在日であるこ とが知られてしまう恐れ」につながるのである。 第二節 作 品 傾 向 ― エ ン タ ー テ イ ン メ ン ト と 二 つ の 顔 ― 大 学 在 学 時 か ら 数 年 間、 一 日 に 二、 三 冊 の 作 品 を 手 あ た り次第読むことをノルマと課し、小説家をめざした金城氏 は、一九九八年に『レヴォリューション№ 3』で小説現代 新人賞を受賞し、小説家デビューを果たす。いわゆる「オ チコボレ男子校」を舞台にさまざまな国籍を持つ男子高校 生たちの青春群像劇は「ザ・ゾンビーズ・シリーズ」とし
て展開されている。 人と人とのつながりを描いた短編集 『対 話篇』 、映画をきっかけに人々の思いが交差する短編集『映 画篇』は、それぞれに収められているいくつかの作品が実 写ドラマ化されている。 幼 い 頃 か ら 映 画 に 親 し み、 『 G O 』 の 主 人 公・ 杉 原 の よ うに学校をサボって映画館に通い詰めるほどの映画好きで も あ る ( 3 ) 金 城 氏 は、 「 ザ・ ゾ ン ビ ー ズ・ シ リ ー ズ 」 の ス ピ ン オ フ 作 品 で あ る『 フ ラ イ, ダ デ ィ, フ ラ イ, 』 の 実 写 映 画 化の際には約一年間の歳月を費やして初めて脚本を執筆し た。自身の作品の映像化をきっかけに脚本の執筆を手掛け るようになり、要人警護を任務とする警察官を主人公とし た テ レ ビ ド ラ マ『 S P 警 視 庁 警 備 部 警 護 課 第 四 係 』、 同 シ リーズの映画化に際しても脚本を担当した。二〇一三年か ら二〇一五年の約三年間にかけて漫画、ドラマ、小説の三 つ の メ デ ィ ア を 連 動 さ せ た『 B O R D E R 』 シ リ ー ズ は、 すべてにおいて金城氏の原案をもとに展開された。 小説家と脚本家の二つの顔を持つ金城氏は、どちらにお いても 「頭の中の映像を文字に起こしているだ け ( 4 ) 」 と語り、 小 説 と 脚 本 の 執 筆 に お け る 相 違 点 を 次 の よ う に 述 べ て い る。 小説と脚本では、使う〝筋肉〟がまったく違います ね。脚本は、自分を抑制しながら書いていく感じ。削 ぎ落とした文章でイメージを喚起しようとす る ( 5 ) 。 頭の中の映像を文章に起こす上で、小説では好きなよう に書くことができるが、脚本では実写映像化することを念 頭に構成し、 物語の展開を考えなければならないのである。 小説家と脚本家の二つの顔を持ちながら、それぞれの世 界で評価を得ている金城氏が携わっている作品(小説、テ レビドラマ、映画、漫画原案)に共通するのは「エンター テインメント性の高さ」である。小説では次々と展開され る物語のスピード感や惹きの強さがあり、どの作品におい ても読後には爽快感を得られ、前向きな気持ちを持つこと が で き る。 『 G O 』 で は 在 日 問 題 や 親 友 の 死 な ど 重 い テ ー マを扱いながらも軽やかにテンポよく、随所には笑いがち りばめられている。テレビドラマや映画、漫画では「文字 だけでは表現できないアクション性」がある。小説では補 完 す る こ と の で き な い「 動 き 」 が「 映 像( 絵 )」 と し て 生 きているのである。 このように、小説家と脚本家の二つの顔を持ち、それぞ れの世界で活躍する理由には「エンターテインメント性の 高さ」が共通していると私は考える。
第三節 受け入れられた在日文学 ―直木賞受賞から実写映画化まで― 『 G O 』 は 直 木 賞 受 賞 だ け で な く、 幅 広 い 世 代 の 人 々 に 読まれ、今まで在日文学を読んだことのない人々に影響を 与 え た。 「 在 日 文 学 」 に も か か わ ら ず、 日 本 国 内 で 受 け 入 れられ、絶賛されたことには以下の理由が考えられる。 一 つ 目 は、 「 手 に 取 り や す い 作 品 」 と い う こ と で あ る。 角川文庫版『GO』には「感動の青春恋愛小説(金城g 二〇〇七 : 裏表紙) 」 と紹介されており、 物語の冒頭には 「こ れ は 僕 の 恋 愛 に 関 す る 物 語 だ( 金 城 g 二 〇 〇 七: 五 )。 」 と断りが書かれているように、一人の男子高校生と一人の 女子高校生の恋愛小説である。主人公・杉原と友人の誕生 日パーティーで知り合った女の子・桜井との恋愛模様が軸 として展開される。高校生の恋愛模様にもさまざまな形が あるが、作品の中での二人の恋愛には、在日が直面するさ まざまな問題が絡むのである。 在日文学であることよりも、 青春恋愛小説であるという触れ込みが功を奏し、国籍を問 わず多くの人々が手にするという結果を生んだのではない だろうか。また、第一節で触れたように「金城一紀」とい う名前と『GO』というタイトルや装丁は、若い世代の在 日が手に取りやすいように配慮し、こだわったと語ってい る。 し か し、 こ の こ だ わ り は 若 い 世 代 の 在 日 だ け で な く、 日本人をはじめとした在日を知らない人々へも作用したと 考える。在日にとっても、日本人にとっても手に取りやす く、それでいて面白い。在日文学という枠組みを超えた物 語であることが、受け入れられた理由の一つだと私は考え る。 二 つ 目 は、 「 読 み や す さ 」 で あ る。 在 日 文 学 は「 暗 く て 重い」 というイメージを抱く人が多いのではないだろうか。 そう考える理由に、在日文学では、社会的・政治的問題と いったさまざまな問題を避けては通れないからである。在 日が抱えるもの、日本社会が抱えるものが物語に大きな影 響を与えることが多い。そんな従来の在日文学のイメージ を大きく変えたのが『GO』である。主人公である在日の 男 子 高 校 生・ 杉 原 の 目 線 で 描 か れ た『 G O 』 は 軽 や か に、 そして、 ユーモアを交えながら物語が展開される。しかし、 在日個人が抱える問題(国籍、帰化、差別、アイデンティ ティ)や在日全体が抱える問題(民族学校、 指紋押捺制度、 日本における社会的地位)にも触れられており、植民地支 配 を 経 験 し た 父 親 が 在 日 と し て 生 活 す る に 至 る 経 緯 な ど、 主人公・杉原の目線で説明されている。これらが物語の中 で一つずつ説明された理由は、金城氏が在日文学に感じて いた不満から始まっている。
これまでの在日文学でもう一つ不満だったのは、読 者が在日のことを知っているだろうという前提があっ て書いているんです。僕はそういう閉鎖的な感じが許 せなかったし、だから特定の人たちのものにしかなっ ていなかったと思うんです。それで『GO』では、ま ず第一章を在日についての説明から始めようと思った んです。 (金城・小熊a 二〇〇一:二六七) 日本文学界における在日文学が異質なジャンルであると 同時に、在日のための在日文学といったような閉鎖的なも のであるというイメージを持つ者は少なくないだろう。在 日文学を知らない人もいるほど、閉じた世界を持つ在日文 学に、金城氏は不満を感じていたのである。この不満を解 消 す べ く、 『 G O 』 の 第 一 章 で は 在 日 の 状 況 や 国 籍 に つ い てわかりやすく、なおかつ、面白く説明されている。さま ざまな問題と物語の面白さ、杉原をはじめとした登場人物 たちの魅力など、これらのバランスが「読みやすさ」を生 んでいる。半自伝小説でもある『GO』の主人公・杉原の よ う に 民 族 学 校 か ら 日 本 の 高 校 へ 進 学 し、 ア イ デ ン テ ィ ティの危機を感じた金城氏は、在日文学を読んだが「全然 リ ア リ テ ィ ー が な く て 救 わ れ な か っ た( 金 城・ 小 熊 a 二 〇 〇 一: 二 六 五 )」 と 言 う。 金 城 氏 は 従 来 の 在 日 文 学 に 感じたことを次のように話している。 在日文学を読んでも、全然僕がなじんできた生活が 描かれていない。だから読んだときに「何、スカして ん の 」「 も っ と 俺 た ち の 生 活 を 書 い て く れ よ 」 と い う 反発が、 まずあったわけです。 (中略)それから、 やっ ぱり 「在日文学の定型」 みたいなものがあるんですね。 乱暴な括りかもしれないですけど、基本的に過去を題 材にしているか、知識人が悩んだりしているものが多 い。在日文学は、歌舞伎みたいな伝統芸能と一緒だと 思うんです。 だから、 リアリティーが感じられない。 (金 城・小熊a 二〇〇一:二六五―二六六) 同じ在日であるはずなのに、自身が身を置いていた在日 社会とはまるで異なる世界が描かれていたのである。これ までの在日文学ではアイデンティティが救われなかったと い う 経 験 を 生 か し、 「 僕 が 読 め な か っ た 在 日 の 物 語、 つ ま り在日のいまの日常感覚を持ったエンターテインメントを 供給したい(金城・小熊a 二〇〇一:二六六) 。」という 思いから、 『GO』が執筆されたのである。 直木賞受賞から約一年後にあたる二〇〇一年一〇月二〇 日には実写映画化作品『GO』が公開された。原作をもと
に、脚本家であり舞台演出や俳優をもこなす宮藤官九郎が 脚 本 を 担 当 し、 行 定 勲 が 監 督 を つ と め た。 作 品 の 主 人 公・ 杉原を窪塚洋介、ヒロイン・桜井を柴咲コウが演じた。映 画の公開から国内で多大な評価を受け、日本アカデミー賞 をはじめとした賞レースを総なめし、 国外でも公開された。 監督をつとめた行定氏は、幼い頃の親友が在日を理由に差 別 さ れ、 不 慮 の 事 故 で 亡 く な っ た こ と を 明 か し、 『 G O 』 への思いを次のように述べている。 監督になって 『GO』 という小説の映画化のオファー がありました。主人公は在日の青年で「国境線は俺が 消してやるんだ!」と叫ぶスーパーヒーローです。小 説 を 読 ん だ 時、 「 こ の 作 品 を 読 ん で い た ら 親 友 は 死 ん でいなかったんじゃないか」という思いが出てきまし た。この話をちゃんとしたかたちで映画化すれば、励 ま さ れ る 人、 支 え に な る 人 が い る か も し れ な い と ( 6 ) ……。 行定氏自身の経験と亡き親友への思いが、在日を題材に した実写映画化作品『GO』に強く反映されているのであ る。 『 G O 』 と い う 作 品 が、 誰 に と っ て も 手 に 取 り や す い 作 品であり、在日文学と青春恋愛小説の二つの側面を持って いることから、幅広い世代の人々に影響を与え、受け入れ られたのではないだろうか。そして、小説が持つ魅力が実 写 映 像 化 で も 最 大 限 に 活 か さ れ、 実 写 映 画 化 作 品『 G O 』 が高く評価されたと考える。 第四節 登場人物の在日 ― 『 レ ヴ ォ リ ュ ー シ ョ ン № 3』 よ り 朴 舜 臣 ― 金城作品における在日の登場は『GO』だけではない。 小 説 現 代 新 人 賞 を 受 賞 し た デ ビ ュ ー 作『 レ ヴ ォ リ ュ ー シ ョ ン No.3 』 に 登 場 す る 朴 パ ク ス ン シ ン 舜 臣 は、 オ チ コ ボ レ 集 団「 ザ・ ゾンビーズ」のメンバーの誰よりも喧嘩が強く、その一方 で常に本を持ち歩いている読書家の男子高校生である。舜 臣という名前はいわずもがな、李氏朝鮮時代の将軍・李舜 臣 に 由 来 し て い る。 『 レ ヴ ォ リ ュ ー シ ョ ン No.3 』 の 中 で の 舜臣は「ザ ・ ゾンビーズ」のメンバーの一人にすぎないが、 「 ザ・ ゾ ン ビ ー ズ・ シ リ ー ズ 」 の 二 作 目 に あ た る ス ピ ン オ フ 作 品『 フ ラ イ, ダ デ ィ, フ ラ イ, 』 で は、 家 族 を 愛 す る 冴えないサラリーマン・鈴木一のトレーナーとして活躍す る様子が描かれ、作品のキーパーソンとしてスポットライ トが当てられた。
高 校 の 入 学 式 当 日、 「 ザ・ ゾ ン ビ ー ズ 」 結 成 の き っ か け となった「誰が一番喧嘩が強いかを決める」ための屋上で の喧嘩ののち、舜臣は次のように話している。 「 人 を 殺 す に は 在 日 っ て だ け じ ゃ 足 り ね え ん だ。 あ と四つか五つぐらいのハンデをしょってないと俺には 人は殺せないよ。俺はこの国で生まれて、何不自由な く育ってるんだぜ。だから、ガキの頃は自分がなんで 差別されるのか分からなかった。腹が立ったから、ど いつもこいつも叩きのめしてやることにした。 でもな、 最近俺は気づいたよ。いくら喧嘩に勝ったって、最終 的には俺は絶対に負けるんだ。分かるか? 勝負はい つ だ っ て 多 数 の 側 が 勝 つ よ う に 仕 組 ま れ て る 」( 金 城 e 二〇〇八:一〇二) 舜臣は、在日という「少数の側」に属する自分にどこか 諦めを持っている。しかし、 「もし、 《差別》という概念か ら完全に解放されることができたら、その瞬間に死んでも 悔 い は な い で す( 金 城 e 二 〇 〇 八: 二 〇 一 )」 と も 話 す 舜 臣 は、 「 少 数 の 側 」 の 勝 利 を 完 全 に 諦 め て い る わ け で は ない。学年で一番成績が良く、教師たちから有名大学への 進学を期待されるほどの頭の良さを持っているが、舜臣は 既に前を見ている。 「 勉 強 が で き り ゃ こ の 国 の 支 配 層 に 入 れ る っ て 誰 か が言ってたけど、違うね。勉強ができて日本人じゃな きゃダメなんだ。俺はどうせ目指すならてっぺんを目 指してえ。でも、まともな道を歩いても無理だ。だか ら、俺は大学には行かねえし就職もしねえよ。 (中略) 俺はこことここで生きてくんだ。 」舜臣は煙草の挟まっ た人差し指と中指で、自分の頭と上腕二頭筋を順番に 指した。 (金城e 二〇〇八:三九―四〇) 在日として生きる上で「差別」が存在するからこそ、自 分がどのように生きるべきなのか、自分なりの生き方を既 に見出している。持ち合わせた頭脳と鍛えぬいた身体を駆 使して、生まれ育った日本で生き抜くのである。 「 ザ・ ゾ ン ビ ー ズ 」 の メ ン バ ー は 日 本 人、 在 日、 フ ィ リ ピ ン と 日 本 の ハ ー フ な ど 多 様 性 に 富 ん で い る が、 「 ザ・ ゾ ンビーズ・シリーズ」の主人公は日本人の南方である。在 日を主人公にした『GO』とは違い、日本人が主人公であ る作品を書くことへの苦労を金城氏は次のように語ってい る。
日本人ではない僕はすごく書くのが大変だった。自 分は在日と呼ばれているものなのに、参政権もないし 政治参加ができないのに日本社会について書いていい の か と い う 感 覚 が あ っ た か ら。 ( 金 城・ 小 熊 a 二〇〇一:二六八) 在日だからこそ書ける作品があるが、在日だからこそ書 くことが躊躇われるのである。この在日作家だからこその 苦労が、二作目の『GO』で生かされている。 ( 1 ) 「 作 家 の 読 書 道 第 六 回 金 城 一 紀 」、 ht tp :/ /www. w eb do ku .jp /re ns ai/ sa kk a/ mi ch i06.ht ml ( 二 〇 一 六 年 一 一 月 一 六 日 ) ( 2 ) 林 真 理 子 「 マ リ コ の こ こ ま で 聞 い て い い の か な ( 四 一 ) ゲ ス ト 金 城 一 紀 」、 『 週 刊 朝 日 』 一 〇 五 巻 、 朝 日 新 聞 社 、 二 〇 〇 〇 年 、 五 三 頁 ( 3 ) 金 城 一 紀 「 年 譜 ( も し く は 極 私 的 映 画 鑑 賞 記 )」 、『 青 春 と 読 書 』 四 二 巻 、 集 英 社 、 二 〇 〇 七 年 、 一 四 ― 一 九 頁 ( 4 ) 『 キ ネ マ 旬 報 』 二 〇 〇 五 年 七 月 号 、 キ ネ マ 旬 報 社 、 二 〇 〇 五 年 、 四 〇 頁 ( 5 ) 前 掲 、 四 〇 頁 ( 6 ) 「 子 ど も の 頃 に 見 た 〝 朝 鮮 人 だ か ら 〟 と い う 差 別 : 映 画 監 督 ・ 行 定 勲 さ ん が 語 る 『 G O 』 へ の 想 い 」、 ht tp :/ / big iss ue-onl in e.jp /a rch iv es /1 00 87 42 39 8.ht m ( 二 〇 一 六 年 一 一 月 一 七 日 )
第三章 『GO』 第一節 僕とオヤジ ―「在日の象徴」として描かれた父親― 在日社会における親子関係は実に独特である。独特な親 子関係とは、在日社会ならではの親子関係を指す。金城氏 は「在日社会はやっぱり儒教社会ですから、親子関係が濃 密なんです。とくに父親との関係というのは、もう避けら れ な い ( 1 ) 。」 と 話 す よ う に、 在 日 社 会 に は 儒 教 の 思 想 が 強 く 存在している。在日の儒教社会について、物語の中では次 のように説明されている。 朝鮮(韓国)は昔から儒教の色濃いお国柄で、その 伝 統 は《 在 日 》 社 会 に も 受 け 継 が れ て い た。 儒 教 は、 乱 暴 に 言 っ て し ま え ば、 「 目 上 の 人 間 を 敬 え 」 と い う 思 想 だ。 そ れ が、 家 庭 に お い て は、 「 女 子 供 は 御 主 人 様(父親)には決して逆らってはいけない」というこ とになる。 (金城g 二〇〇七:二八―二九) この儒教の思想は、現在の韓国社会でも深く根付いてお り、上下関係(縦社会)を重んじている。儒教の思想が根 底に流れている在日社会特有の親子関係 (特に父と子) は、 『GO』の中で描かれている。 杉原家は、オヤジとオフクロ、そして、息子である杉原 の三人家族である。五四歳のオヤジは、元ライト級のプロ ボ ク サ ー で 引 退 後 は パ チ ン コ の 景 品 交 換 所 を 営 ん で い る。 二〇歳という若さで杉原を産んだオフクロは、外で遊ぶこ とに厳しいオヤジから友達とカラオケやエステに行くため の「許し」をもらうべく、度々家出を繰り返す自由な性格 の持ち主である。数年前まで四軒のパチンコの景品交換所 を営んでいたオヤジだが、それから二軒に減り、北朝鮮で 弟が亡くなったことを知らされた日には一軒に減ってしま う。減った理由は次のように書かれている。 ある日、警察がオヤジと取り引きをしているパチン コ 店 を 訪 れ、 店 主 に、 オ ヤ ジ の こ と を、 「 ヤ ク ザ と 深 い 関 係 を 持 っ て い て、 儲 け た 金 が ヤ ク ザ の 懐 に 入 り、 それが重大な資金源になっている」と告げる。ついで に、 「 そ ん な 人 間 と つ き あ っ て る よ う じ ゃ、 オ タ ク に 対しても厳しく目を光らせなくてはいけなくなる」と も言う。店主はオヤジがヤクザと深い関係なんて持っ ていないのを知っているけれど、国家権力に盾突くと どんなことになるのかもよく知っているので、言うこ
とに従わざるを得ない。そして、オヤジは二十年来の 取り引きをあっという間に切られ、新しい景品交換所 は、警察のOBが営むことになる。景品交換業は結構 実入りがいい商売だった。 (中略) 立て続けに二軒の交換所を奪われた時、オフクロが 「ずるい」 とか 「汚い」 とか 「許せない」 とか 「差別だ」 とか、とにかく悔しい気持を言葉にしていると、 「 あ と 二 軒 残 っ て る じ ゃ な い か。 初 め は ゼ ロ だ っ た んだぞ。ゼロからスタートしたんだぞ。俺は算数は苦 手だけど、どっちが多いかぐらいは分かるぞ」 オヤジはそう言って、ニカッと笑った。 (中略) オヤジの笑顔に釣られて、オフクロもニコッと笑っ た。しばらくすると、細くなった目尻から、涙がこぼ れた。 「でも、悔しいよね……」 (金城g 二〇〇七:二七 ―二八) 杉原家の家計を支える仕事が、国家権力によって簡単に 奪われてしまうのである。最大の国家権力への抵抗は、す べてを失う可能性をも秘めている。在日への差別は、個人 だけでなく、家族という一つの集団も対象になる。悔しい 気持ちを言葉にするオフクロに向けられたオヤジの言葉に は、第一世代として生き抜いてきた強さが表れている。 在日である杉原家の国籍は皆朝鮮籍だったが、オヤジと オフクロのハワイ旅行をきっかけに韓国籍へ変更した。国 籍の変更を持ちかけられた一四歳だった杉原は、朝鮮籍に も韓国籍にもこだわりがなかったにもかかわらず、オヤジ に反抗していた。中学二年生の春休みが終わりに近づいて いたある日、杉原はオヤジに湘南の辻堂海岸へ無理矢理連 れられ、 「広い世界を見ろよ……。あとは自分で決めろ(金 城 g 二 〇 〇 七: 一 四 )」 と 言 わ れ る の で あ る。 海 を 横 目 に 真 剣 な 目 で 見 つ め ら れ な が ら 言 わ れ た オ ヤ ジ の 言 葉 は、 杉原に大きな影響を与えた。 ずっと選択しようのない環境に閉じ込められてきた 僕にとって、それは初めて与えられた選択肢だったの だ。北朝鮮か、韓国か。恐ろしく狭い範囲の選択では あったけれど、僕には選ぶ権利があった。僕は初めて き ち ん と 人 間 と し て 扱 わ れ た よ う な 気 が し た の だ っ た。 (金城g 二〇〇七:一五) 朝 鮮 籍 を 持 つ 両 親 の も と に 産 ま れ、 「 在 日 朝 鮮 人 」 と し
て総連が経営する民族学校に通い、アメリカは敵国で、ハ ワイは「堕落した資本主義」と教えられ、将来は同じ在日 が 営 む パ チ ン コ 屋 か 焼 肉 屋 か 金 融 業 界 で 働 く よ う に な る。 ふ と 気 づ い た と き に は 選 択 肢 の な い 環 境 に 応 じ る ほ か な かった杉原にとって、 初めて選択肢を与えられたのである。 決められたレールの上を歩くだけの人生を送ってきた杉原 が「 初 め て き ち ん と 人 間 と し て 扱 わ れ た よ う な 気 が し た 」 瞬間だった。そして、オヤジが与えてくれた選択肢が民族 学 校 と い う「 小 さ な 円 」 を 抜 け て、 「 広 い 世 界 」 で あ る 日 本の高校への進学を決意させるのである。国籍の変更につ いて杉原は「別に国籍を変えることにたいした拘わりはな かったのだけれど、ちょっとやそっとのことで転ぶつもり はなかった(金城g 二〇〇七:一二) 。」と心境を述べて いるが、少なからず国籍を変えることに抵抗があったので はないだろうか。罪悪感や在日であることから生じる将来 への諦め、なにより「広い世界」へ飛び込む勇気が足りな かった。そのすべての感情を察し、背中を押してくれたの がオヤジの言葉であったと考える。 学校が嫌いでさまざまな理由を付けてサボっていた杉原 だが、 民族学校での学生生活を次のように振り返っている。 そう、学校は大嫌いだったけれど、仲間たちとその 中にいると自分が確実な何かに守られている安心感が あった。たとえそれがひどく小さな円を描いて完結し ていて、僕を窮屈に締めつけていたとしても、そこか ら 出 て 行 く に は 相 当 な 勇 気 が 必 要 だ っ た。 ( 金 城 g 二〇〇七:六四) 杉 原 の よ う な 在 日 の 学 生 が 唯 一 守 ら れ る 場 所 が「 学 校 」 なのである。このことを実感する前、小学五年生だった杉 原は学校をサボり、オヤジにボクシングを教わる場面で既 に知らされていた。 「 い ま、 お ま え の こ ぶ し が 引 い た 円 の 大 き さ が、 だ いたいいまのおまえという人間の大きさだよ。その円 の真ん中に居座って、手に届く範囲のものにだけ手を 出したり、ジッとしたりしてればおまえは傷つかない で安全に生きていける。言ってること、分かるか?」 (中略) 「 ボ ク シ ン グ が 自 分 の 円 を 自 分 の こ ぶ し で 突 き 破 っ て、円の外から何かを奪い取ってこようとする行為だ よ。円の外には強い奴がたくさんいるぞ。奪い取るど ころか、相手がおまえの円の中に入ってきて、大切な も の を 奪 い 取 っ て い く こ と だ っ て あ り え る。 そ れ に、
当たり前だけど、 殴られりゃ痛いし、 相手を殴るのだっ て 痛 い。 何 よ り も、 殴 り 合 う の は 恐 い ぞ。 そ れ で も、 おまえはボクシングを習いたいか? 円の中に収まっ て る ほ う が 楽 で い い ぞ 」( 金 城 g 二 〇 〇 七: 五 七 ― 五八) ボクシングを教えているだけではない。オヤジからの忠 告でもあり、挑発でもあるこの言葉は、小学五年生の杉原 という一人の在日がどこにいるのか、ボクシングを通して 教えているのである。 親友の正一が事故に巻き込まれ亡くなり、桜井に拒絶さ れ て 以 降、 大 学 受 験 の 勉 強 に 勤 し ん で い た と あ る 日 の 夜、 杉原は酔っぱらったオヤジを迎えに行く。その日のオヤジ は、営んでいる景品交換所が一軒なくなる知らせと、北朝 鮮に住む弟の訃報を聞いていた。帰路につくタクシーの車 中で目に涙を浮かべながら弟の思い出を語るオヤジに、杉 原は「挑戦」する。 僕 と オ ヤ ジ に は「 最 高 の 展 開 」 な ど 似 合 わ な い し、 必要ないのだ。それに、 オヤジは僕がぶちのめすまで、 どんなことがあっても、誰に対しても、膝を屈しては いけないのだ。たとえ、国家権力に仕事を奪われよう が、 最愛の弟が死のうが、 弱音を吐いてはダメなのだ。 一度もダウンをしたことのない男を、初めてダウンさ せるのは、この僕なのだ。 (中略) 「 と に か く、 も う あ ん た た ち の 時 代 は 終 わ り な ん だ よ。 貧 乏 く せ え 時 代 は 終 わ り な ん だ よ。 」( 金 城 g 二〇〇七:二〇八) そう言ってオヤジに 「挑戦」 を申し込んだ杉原と 「挑戦」 を受け取ったオヤジは公園で戦う。昔、オヤジにボクシン グを教わったときのように向かい合う。この時、杉原に思 い 浮 か ん だ の は オ フ ク ロ の 顔 で あ っ た。 「 あ の 人 に 手 を 出 し た ら、 あ ん た を 殺 し て 私 も 死 ぬ( 金 城 g 二 〇 〇 七: 二 一 〇 )」 と 口 う る さ く 言 わ れ て い た の だ。 い ざ オ ヤ ジ と 直線状に向かい合い、戦おうとした時、一瞬だけオフクロ の顔と常日頃から言われていた忠告が思い浮かんでいるこ とから、杉原家の根底には儒教の思想が流れていることが わかる。 しかし、オヤジには敵わず、杉原は負けてしまう。 「 悪 い な。 俺 た ち は こ う や っ て ど う に か こ う に か 勝 ちを拾ってきたんだ。いまさらやり方を変えるわけに
はいかねえんだよ。 」(金城g 二〇〇七:二一三) 戦時中から日本でしぶとく生き抜いてきたオヤジと第一 世代の強さが、三世にあたる息子・杉原との戦いの中で描 かれている。 負けず嫌いで頑固だが、オフクロには弱く、杉原が反抗 した時にはボクサー仕込みのパンチが飛んでくる。ハワイ 旅行を理由に朝鮮籍から韓国籍に国籍を変更したオヤジだ が、少しでも日本で、在日として生きやすいようにと「足 枷」を外してくれたことを、 杉原自身も深く理解している。 磯貝治良氏は、杉原と「挑戦者」が高校の教室で繰り広 げる戦いにおいて「闘争によって他者を求めながらも、な お孤立している(磯貝 二〇〇四:六八) 。」と分析し、杉 原とオヤジの関係について次のように述べている。 身体による闘争(喧嘩など)を小説(言語表現)で 描 く の は、 な か な か 難 し い。 『 G O 』 に も 主 人 公 を め ぐるそれが圧倒的に描かれるが、往々にして主体と客 体の関係を描ききれず、主体の側が絶対化されてしま う。 ( 中 略 ) そ の と き ど う し て も 主 役( 主 体 ) の 絶 対 化=孤立化に偏しやすい。 と こ ろ が、 『 G O 』 に 描 か れ る 主 人 公 と 父 親 の 身 体 的闘争では、主役の側の絶対化が拒否されている。逆 に、 父( 他 者 ) の 側 が 圧 倒 的 に 主 人 公 を ぶ ち の め す。 身体的闘争によって描出されるアボヂの壁は、ボクシ ン グ で 鍛 え 抜 か れ た 強 靭 な ボ デ ィ ー と 拳 そ の ま ま に、 と て つ も な く 厚 い の だ。 ( 磯 貝 二 〇 〇 四: 六 八 ― 六九) 元プロボクサーのオヤジから仕込まれたボクシングのテ クニックで「挑戦者」たちを倒す杉原は、主体であること から絶対化されてしまう要素を持っている。ところが、オ ヤジとの戦いで負けてしまうことで絶対化が拒否されるの である。 読者からの人気も高いと言うオヤジについて、金城氏は 「 一 種 の 理 想 」 で あ る と と も に「 神 様 」 で も あ る と 語 っ て いる。 金城 「『GO』の父親は腕力も知性もあるヒーロー、す ごい在日の象徴というか、神様を作ったようなも のですよ。僕は常に、神様を殺すような小説を書 きたいんです。 」 小熊 「 で も こ の 小 説 で は 神 様 を 殺 し そ こ な っ て 負 け て いる。最後まで、主人公の杉原は父親に勝てない
わけだから。 」 金城 「そう、まだ殺せない。だから僕はここで、上の 世代の在日の強さを、在日一世のオヤジのかたち で 表 現 し た か っ た ん で す。 や っ ぱ り 何 だ か ん だ 言っても、強いんですよ、この連中は。まだ僕ら の 世 代 は 勝 っ て な い ん で す。 」( 金 城・ 小 熊 a 二〇〇一:二七一) 『GO』の中で第三世代は第一世代に勝てない。そして、 勝ってはならない。しかし、勝てないのは今回だけ、これ か ら の 世 代 は 日 本 で た く ま し く 生 き て き た 上 の 世 代 に 勝 ち、超えていかなければならないのである。世代を超えて 在日として生きていくため・在日文学を知ってもらうため の「入門書」にあたるからこそ、若い世代をはじめとした さまざまな人たちに 『GO』 が支持されたのだろう。また、 金城氏は他のインタビューでも「男にとって父親は真っ先 に 倒 す べ き 存 在 だ と 思 い ま す ( 2 ) 。」 と 述 べ て い る。 金 城 氏 に と っ て 強 く て 大 き な 存 在 で あ る 父 親 が、 『 G O 』 に 登 場 す るオヤジに反映され、 さらに、 「一種の理想像」であり「神 様」として描かれているのである。 第二節 僕と正一 小・ 中 学 校 と 民 族 教 育 を 受 け て き た 杉 原 が「 広 い 世 界 」 に飛び込むため、日本の高校を受験する。杉原はこの選択 を機に、教師たちからイジメを受ける。 「 お ま え は 民 族 反 逆 者 だ 」 と 言 わ れ て み ぞ お ち に 蹴 り を 食 ら い、 「 お ま え み た い な 奴 は 何 を や っ て も ダ メ だ」と言われて頭を小突かれ、そして、最後に「おま え は 売 国 奴 だ 」 と 言 わ れ て、 ま た ビ ン タ を 食 ら っ た。 僕には「売国奴」の意味がよく分からなかった。もち ろん、 文字通りの意味としては分かる。でも、 僕が「売 国奴」であるとはどうしても思えなかった。感覚とし てはそれを分かっていたのだけれど、言葉にすること はできなかった。 (金城g 二〇〇七:七一) 日本の高校受験を決意しただけで、教師たちからは人間 性 を 否 定 さ れ た 挙 句、 「 売 国 奴 」 と 罵 倒 さ れ な が ら 体 罰 を 受ける。教師から暴力とともに吐かれた「売国奴」という 言葉へ抱いた違和感を杉原は言葉にできなかった。そんな 杉原の心情を代弁してくれたのが、 正 ジョンイル 一 だった。
そして、 僕の代わりに言葉にしてくれる奴が現れた。 まるでヒーローみたいに。 教室の後方から声が上がった。 「僕たちは国なんてものを持ったことはありません」 (金城g 二〇〇七:七一) 国を持つ・国を背負うとは何なのか、在日として生きる 者に売る国があるのか、日本で生まれ育ちながら祖国を背 負うことができるのか。正一の言葉は、杉原をはじめとし た同世代 (第三世代) の在日の心情を代弁するものだった。 この出来事をきっかけに、杉原と正一は互いにとって親友 的存在となっていく。 在 日 韓 国 人 の 父 と 日 本 人 の 母 の も と に 産 ま れ た 正 一 は ハーフであるが、杉原と同じ民族学校で民族教育を受けて お り、 高 校 も エ ス カ レ ー タ ー 式 に 進 学 し た。 「 朝 鮮 学 校 開 校以来のバカ」と「朝鮮学校開校以来の秀才」の二人はそ れぞれの高校進学後も関係を深めていた。互いの近況から 大学受験、 進路について話題が移ったとき、 民族学校を「教 団のようなもの」と例えた杉原に対して、正一は次のよう に語った。 「 俺、 宗 教 の こ と は あ ま り よ く 分 か っ て な い け ど、 宗教が色々な意味で強い立場の人間の役割を持ってる なら、民族学校っていう『教団』は絶対に必要なんだ よ」 (中略) 「俺みたいなガキのために、 『教団』は必要なんだよ。 俺はね、日本の大学でしっかり勉強して、ちゃんとし た知識を持って『教団』に帰って行って、俺の後輩た ちが広い場所に出て行けるようなことを教えてやりた いんだよ。 」(金城g 二〇〇七:七七―七八) 杉原が民族学校に対して感じていた「確実な何かに守ら れている安心感」があるように、正一は民族学校に通うな かで、民族学校がもたらす存在意義を見出している。そし て、民族学校という「教団」が外の世界を見るようになっ ている変化にも気がついている。民族学校が変わりつつあ り、 変 わ ら な け れ ば な ら な い よ う に、 正 一 自 身 も 変 わ り、 外の世界で得た知識を「教団」に持って帰ることを決意し ているのである。しかし、 正一の夢はとある 「悲劇」 によっ て叶わなかった。 都内の高校に通う男子学生が好意を抱いたのは、民族学 校に通う女学生だった。友人たちに囃し立てられた男子学 生は、 ある日の駅のホームで女学生に話しかける。しかし、
た だ 顔 を 凝 視 す る だ け の 男 子 学 生 に 恐 れ を 感 じ た 女 学 生 は、周りの人々に視線を投げかけた。女学生の助けを求め る視線を受け取った正一は、女学生を助けるべく二人の間 に介入する。 正一の険悪なまなざしに怯えた男子学生は 「気 合いが入るぞ」と言って友人たちに持たされたバタフライ ナイフを正一に振り上げてしまう。ナイフが正一の首の頸 動脈をえぐり、出血多量が原因で正一は命を落としてしま う。この「悲劇」は正一の死で終わらない。正一をバタフ ライナイフで刺してしまった男子学生も心神が耗弱し、搬 送された大学病院の窓から飛び降りて死んでしまうのであ る。このような「悲劇」が起こってしまった背景には、日 本社会と在日の異なる認識が存在する。国籍も通う高校も 違うが、同じ学生であり、電車の中で見かけた女学生に一 目惚れし、思いを告げたかっただけの男子学生が、女学生 にとっては脅威でしかなかった。なぜなら、女学生は在日 だからである。この 「悲劇」 の以前、 女学生は同じ駅のホー ムでサラリーマンに肩を殴られたことがあったという経験 も同じ理由である。民族学校の制服であるチマ・チョゴリ を着ているだけで、周囲の目の色は変わり、在日であると い う わ か り や す い タ ー ゲ ッ ト と し て 攻 撃 さ れ る の で あ る。 実際に女学生が着ていたチマ・チョゴリが切り裂かれると いう事件が起こってい る ( 3 ) 。学校に通うだけで危険な目に晒 される可能性が存在する状況で、女学生の勘違いも、正一 の勘違いも、誰も責めることはできない。正一が刺された の ち、 女 学 生 が 誰 に と も な く 叫 ん だ 救 い を 求 め る 懇 願 と、 真剣に耳を傾けることなく電車に乗り込んでいった乗客た ちの姿は、在日と日本社会の関係性を描いていると私は考 える。 この「悲劇」の背景には日本社会と在日の異なる認識が 存在しているが、この認識の異なりを生む要因の一つは日 本人と在日の民族的問題(差別)である。友人たちが男子 学生にナイフを渡したのち、その中の一人は「おまえ、あ んなチョーセンにふられたら、 パシリにしてやるからな (金 城 g 二 〇 〇 七: 一 四 五 )」 と 言 う の で あ る。 半 ば 告 白 を 強要され、友人たちに抵抗できなかった気弱な男子学生へ の脅迫の中には、在日への侮蔑的意識が混ぜられていた。 二人の高校生の死は、日本社会と在日の異なる認識を表 している。そして、正一の死には、正一の夢であった外の 世界で得た知識を「教団」に持って帰り、自身のような在 日のため・後輩たちのためにも民族学校という「教団」を 変えることの難しさを表しているのではないだろうか。秀 才 の 正 一 で さ え も、 「 教 団 」 を 変 え る こ と は 容 易 い こ と で はない。 「教団」を変える努力が実を結ぶことの難しさを、 正一の死をもって示していると考える。
突然訪れる親友・正一の死は、物語の中で大きな役割を 担っている。それは、のちに展開される杉原と桜井の関係 性を変える役割である。正一の死が杉原を動かし、桜井へ の告白へとつながる。そして、二人の関係性が変わってい くのである。 第三節 僕と桜井 ―「日本の象徴」として描かれた彼女― 『GO』は在日文学でありながら、 「青春恋愛小説」でも ある。主人公・杉原と恋に落ちる桜井。小学校・中学校と 民族教育を受けてきた杉原が受験し、入学した卵の白身部 分のカロリー数ぐらいしかない偏差値の私立男子高校で初 めてできた「友達」である加藤の誕生日パーティーで二人 は 出 会 う。 こ の 出 会 い を き っ か け に 二 人 は デ ー ト を 重 ね、 距離を縮めていく。 杉原が桜井の家に招かれたとき、はじめて桜井の家族と 顔を合わせる。有名商社に勤める桜井の父は、黒人を「ア フ リ カ ン・ ア メ リ カ ン 」、 イ ン デ ィ ア ン を「 ネ イ テ ィ ヴ・ アメリカン」と呼ぶような人だった。 親友 ・ 正一の死から二日後におこなわれた告別式のあと、 杉原は桜井を呼び出す。帝国ホテルに辿り着いたのち、杉 原 は「 ず っ と 隠 し て た こ と が あ る ん だ( 金 城 g 二 〇 〇 七: 一 七 三 )」 と 自 身 が 在 日 韓 国 人 で あ る こ と を 告 白するのである。 「俺は
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、僕は、日本人じゃないんだ」 (中略) 「お父さんに……、子供の頃からずっとお父さんに、 韓国とか中国の男とつきあっちゃダメだ、って言われ てたの……」 (中略) 「 …… お 父 さ ん は、 韓 国 と か 中 国 の 人 は 血 が 汚 い ん だ、 っ て 言 っ て た 」( 金 城 g 二 〇 〇 七: 一 七 四 ― 一七七) 桜井にこのように教え込んだのは、初対面の杉原に対し て「 杉 原 君 は こ の 国 が 好 き か い?( 金 城 g 二 〇 〇 七: 一一七) 」と問いかけた、 日本が嫌いな父だった。この「無 知と無教養と偏見と差別によって吐かれた言葉(金城g 二 〇 〇 七: 一 七 七 )」 た ち を 幼 い 頃 か ら 父 に 教 え 込 ま れ て きた桜井は、何の疑いもなく、一つの教養として身につけ ていたのである。また、父の教えに疑問を持たず過ごして きたことから、桜井にとって、杉原のような在日が交わることのない遠い存在であったこともわかる。 そ ん な 桜 井 に 杉 原 は「 ど う い う 風 に、 こ の 人 は 日 本 人、 この人は韓国人、この人は中国人、て区別するの?(金城 g 二 〇 〇 七: 一 七 七 )」 と 問 い か け、 人 間 の ル ー ツ に つ いて説明する。しかし、その時の桜井は変わらなかった。 「 本 当 に 色 々 な こ と を 知 っ て る の ね。 で も ね、 そ う いうことじゃないの。杉原の言ってること、理屈では 分かるんだけど、どうしてもダメなの。なんだか恐い のよ……。杉原がわたしの体の中に入ってくることを 考 え た ら、 な ん だ か 恐 い の ……。 」( 金 城 g 二〇〇七:一七九) 「恐い」という一言が杉原を傷つけ、拒絶する。 二人が結ばれようとする場面について、金城氏は「帝国 ホテルで桜井が杉原を受け入れなくなるところは、在日が 日 本 国 か ら 拒 ま れ て い る ん で す( 金 城・ 小 熊 a 二〇〇一:二七二) 。」と説明する。帝国ホテルという場所 も、日本を代表するホテルの一つであることから意識的に 選 択 さ れ た 舞 台 で あ る。 日 本 の 男 子 学 生 と 正 一 が 互 い の 誤った認識のすれ違いから死を遂げたように、桜井と杉原 の関係性は、日本社会の在日に対する拒絶を表している。 しかし、杉原と桜井の関係は、ここで終わらない。クリ ス マ ス イ ブ の 夜、 桜 井 は 杉 原 を 小 学 校 の 校 庭 に 呼 び 出 す。 あの日、杉原が自身の名前を告げられないまま、二人で流 れ星を眺めた思い出の場所である。 「杉原と会わないあいだ、わたしなりに色々考えて、 た く さ ん の 本 を 読 ん で、 難 し い 本 も た く さ ん 読 ん で
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」 (中略) 「 も う 杉 原 が 何 な に じ ん 人 だ っ て か ま わ な い よ。 時 々、 飛 ん でくれて、 睨みつけてくれたら、 日本語が喋れなくたっ てかまわないよ。だって、杉原みたいに飛んだり、睨 みつけたりできる人、どこにもいないもん」 「 ほ ん と?」 と 僕 は 桜 井 の 胸 に 顔 を つ け た ま ま、 訊 いた。 「 ほ ん と だ よ。 わ た し、 よ う や く、 そ の こ と に 気 づ いた。もしかしたら、杉原を見た初めから気づいてた の か も し れ な い け ど 」( 金 城 g 二 〇 〇 七: 二 三 〇 ― 二三六) 杉原と会わない間に桜井は、たくさんの本を読んで、自 分なりに知識を身につけた。父が言う「韓国とか中国の人は血が汚い」という教えが誤ったものだと気づいたのであ る。 桜 井 が 自 ら の 力 で 学 び、 杉 原 を 受 け 入 れ る。 「 杉 原 を 受け入れる」という桜井の選択は、杉原の選択と同じなの ではないだろうか。桜井も杉原のように、自身がいた「安 全 な 小 さ な 円 」 か ら 抜 け 出 し、 「 広 い 世 界 」 へ と 飛 び 込 む のである。杉原はオヤジによって、桜井は杉原によって変 わる。そして、桜井の選択によって、杉原もまた変わって いく。 一度の拒絶を経て、桜井が杉原という一人の人間を選択 し、受け入れる結末について、金城氏は次のように述べて いる。 でも最後のシーンでは、杉原は桜井に受け入れられ て、 桜 井 に 救 わ れ 直 す。 マ イ ノ リ テ ィ ー が マ ジ ョ リ ティーに受け入れられて、救われないといけない。と いうか、マジョリティーがこういう存在であってほし い と い う こ と な ん で す よ。 ( 金 城・ 小 熊 a 二〇〇一:二七二―二七三) 日 本 の 象 徴 で あ る「 桜 」 を 名 前 に つ け、 「 桜 井 = 日 本 」 を描いたことに対して「象徴化をやりすぎた(金城・小熊 a 二〇〇一:二七三」 、「本当はこの小説の失敗だったか も し れ な い( 金 城・ 小 熊 a 二 〇 〇 一: 二 七 二 )」 と も 言 及しているが、桜井の存在が在日としての「望み」であっ てほしいという「願望」を桜井椿という日本人に託してい るのである。 金城氏の「願望」を託された桜井は、杉原に対して二人 が 知 り 合 っ た あ の 日 の よ う に「 行 き ま し ょ う( 金 城 g 二〇〇七 : 二三八) 」 と話しかける。この言葉には、 ただ 「違 う 場 所 へ 行 こ う 」 と い う 意 味 で は な く、 「 何 事 も 一 緒 に 乗 り越えて行こう」という思いが込められていると私は考え る。民族的問題から社会的問題、政治的問題などさまざま な問題が待ち受けているかもしれないが、国籍を超えて一 人の人間という「個人」を選択することができた杉原と桜 井は、国境の向こう側へ二人で乗り越えていくのである。 ( 1 ) 「 P O ST ブ ッ ク ワ ン ダ ー ラ ン ド 著 者 に 訊 け ! 金 城 一 紀 『 G O 』」 、『 週 刊 ポ ス ト 』 三 二 巻 、 小 学 館 、 二 〇 〇 〇 年 、 一 六 七 頁 ( 2 ) 「 金 城 一 紀 さ ん へ の 二 〇 の 質 問 」、 『 本 の 旅 人 』、 二 〇 一 一 年 三 月 号 、 社 、 二 〇 一 一 年 、 二 二 ― 二 五 頁 ( 3 ) 尹 健 次 『 き み た ち と 朝 鮮 』、 岩 波 書 店 、 一 九 九 一 年 、 八 ― 九 頁
第四章 杉原の選択とアイデンティティ 第一節 差別―日本、韓国、在日― こ の 物 語 の 中 で 杉 原 は、 日 本 人、 韓 国 内 に 住 む 韓 国 人、 そ し て、 在 日 か ら 差 別 を 受 け る。 主 人 公・ 杉 原 に 限 ら ず、 また、 『GO』という作品上だけでなく、さまざまな場面 ・ 人々から在日は差別を受けるのである。在日にとって民族 的問題(差別)が切り離せないように、在日文学において も 同 じ な の で あ る。 『 G O 』 の 中 で お こ る 差 別 に つ い て、 主人公 ・ 杉原が対象となって受けたものを中心に振り返る。 〈一〉日本人 日本人から在日に向けられる差別である。本論第二章第 一 節〈 金 城 一 紀 と『 G O 』〉 で 挙 げ た 婦 人 警 官 に よ る「 あ ん た ら み た い な 社 会 の ク ズ は 道 の ハ シ を 歩 き な さ い っ! (金城g 二〇〇七:五三) 」という発言をはじめ、天皇誕 生日の四月二九日には「朝鮮人狩り」と称して体育系と民 族 系 の 日 本 人 が イ ジ メ に や っ て き た り( 金 城 g 二 〇 〇 七: 六 三 )、 加 藤 が 主 催 す る ダ ン ス・ パ ー テ ィ ー の 用心棒のアルバイトをした際には「チョン公」という差別 用 語 と と も に「 尻 尾 巻 い て 国 に 帰 る か?( 金 城 g 二〇〇七 : 一三五) 」 と挑発される。そして、 桜井からは 「韓 国 と か 中 国 の 人 は 血 が 汚 い ん だ( 金 城 g 二 〇 〇 七: 一 七 七 )」 と 言 わ れ て し ま う。 こ れ ら の 差 別 は す べ て、 在 日への偏見、侮蔑を含んだ差別である。 〈二〉韓国内に住む韓国人 韓 国 内 に 住 む 韓 国 人 か ら 在 日 に 向 け ら れ る 差 別 で あ る。 高校生の杉原が家族とお墓参りのために済州島へ行ったの ちに降り立った韓国での出来事である。 ホテルに向かっている途中、四十がらみのタクシー の運ちゃんに話し掛けられた。 「《在日》か?」 僕が韓国語で「そうだ」と答えると、運ちゃんは鼻 をフンと鳴らし、唇の端を嫌味に吊り上げながら、に やけ面を作った。 (中略) ホテルに着くまで、 タクシーの運ちゃんは、 「何歳だ」 と か「 韓 国 を ど う 思 う 」 と か「 キ ム チ は 食 え る の か 」 とか、どうでもいい質問をしてきて、僕が韓国語で答 え る た び に、 「 な ん だ そ の 発 音 は 」 と い う 感 じ で 鼻 を 鳴らした。 (金城g 二〇〇七:八二―八三)
このあと杉原は、運転手にお釣りをごまかされてしまう の で あ る。 な ぜ、 同 じ「 韓 国 人 」 で あ る に も か か わ ら ず、 韓国内に住む韓国人から差別を受けるのか。この理由につ いて、物語の中では次のように説明されている。 韓 国 人 の 一 般 的 な 意 識 の 中 に は「 《 在 日 》 は 恵 ま れ た日本で、 苦労もせずに何不自由なく暮らしている 《韓 国 人 》」 と い う 共 通 認 識 が あ る ら し く、 中 に は 僻 み 根 性を丸出しにして突っかかってくる韓国人がいる。ど うやらタクシーの運ちゃんはそういったタイプの人間 らしかった。 (金城g 二〇〇七:八二) 韓国では貧富の差が激しい格差社会であることから、在 日は「日本という恵まれた環境で暮らしている」という認 識が存在している。韓国内に住む韓国人による在日に対す る差別と偏見について、仲尾宏氏は以下の三つの理由を挙 げてい る ( 1 ) 。 一つ目は、戦前に日本へ渡った人々は強制連行だけでな く、働き口の募集に応じて日本へ渡った人々も多かったこ とから 「祖国を棄てた」 と受け取られているからだという。 二つ目は、在日の人々が戦後の日本の復興・経済成長の 中で、安定した生活を送ることに成功したという「お金持 ち」ぶりへの嫉妬があったからと述べている。 三つ目は、ほとんどの在日が韓国人であるにもかかわら ず、韓国の文化を身につけていないからであるという。 韓国内に住む韓国人たちは、在日に対してそれぞれ複雑 な感情を抱いており、それが差別や偏見につながってしま うのである。 〈三〉在日 三つ目は、同じ在日から向けられる差別である。本論第 三章第二節〈僕と正一〉で述べた杉原と正一が距離を近づ け る き っ か け は、 同 じ 在 日 で あ る 教 師 か ら の 差 別 で あ る。 教師から暴言を吐かれながら暴力を振るわれる理由は、二 つある。 一つ目は、杉原が日本の高校を受験することである。民 族学校に入学した在日は、 中学校、 高校、 大学とエスカレー ター式に進学するのが一般的である。そんな中で小・中学 校と民族学校で教育を受けてきた杉原が民族学校のエスカ レーターから降りることは、 イジメの対象になるのである。 二つ目は、朝鮮籍から韓国籍に変更したことである。受 験 勉 強 の た め に 学 習 塾 へ 通 う 姿 を 友 達 に 目 撃 さ れ て 以 降、 教師たちからイジメがはじまったと言い、国籍を変更して 以降、イジメが特にひどくなっていたと言う。国籍の変更
に と も な う イ ジ メ は 杉 原 だ け で な く、 「 オ ヤ ジ も 総 連 の む かしからの仲間にシカトを食らう、というイジメに遭って いた(金城g 二〇〇七:七一) 。」という。 正一の告別式の日、小学校以来の悪友・ 元 ウォンス 秀 からは「日 本学校に行って、日本人に魂を売っちまったのか(金城g 二 〇 〇 七: 五 九 )」 と 言 わ れ る。 元 秀 が こ の よ う に 言 う 理由には、仲間が日本人によって殺されたこと、正一の敵 討ちに杉原が参加しないと言ったからである。民族学校で の男同士の友情について、物語の中では次のように説明さ れている。 まわりにいる連中は、血を分けた兄弟みたいなものだっ た。よほどのことがないかぎり、ほとんど変わらない顔ぶ れのまま、 最低でも高校まで一緒に一貫教育を受けるのだ。 まるで長い長い合宿生活を送っているようなもので、僕た ちのあいだには、友情以上のものが芽生える。そして、芽 生えたものを成長させるのは、やっぱり「差別」という養 分だった。 (金城g 二〇〇七:六三) 在日社会に儒教の思想が流れているように、民族学校内 での友情(特に男同士)は濃く、同じ在日であるという仲 間意識が強いのである。これらの理由は、在日社会の中で 「 裏 切 り 者 」、 「 よ そ 者 」 と し て 新 た に 認 識 さ れ、 差 別 が は じまるのである。 日本人、韓国に住む韓国人、在日から差別は、杉原のア イデンティティに強く影響を与える。 第二節 葛藤 前節で述べた差別の中でも、桜井の言葉は杉原のアイデ ンティティを大きく揺さぶる。 広い世界を見るために飛び込んだ日本の私立の男子高校 で出会った加藤の誕生日パーティーで、一人の女の子に目 を奪われる。二人の視線が合わさったとき、桜井は魅力的 な笑みを浮かべ、杉原は睨みつけていた。桜井が杉原の手 に触れ、 心情を読み取ったとき、 彼女の「行きましょう(金 城g 二〇〇七 : 四一) 」という言葉とともに、二人はパー ティー会場から抜け出す。東京タワーに向かって歩き進め た先、小学校の正門を乗り越え、好きな映画や音楽、将来 の夢について話したのち、杉原は桜井に名前を尋ねる。 「ねえ、もしよかったら名前を教えてくれないか」 「名前なんてどうでもいいじゃない」 「…………」