論文要旨 2012年、本邦では先天性難聴患者に対する保険診療に よる遺伝学的検査が可能となった。2015年には、154変 異(19難聴遺伝子)を対象に次世代シークエンサー、イ ンベーダー法、TaqManジェノタイピングによる網羅的 解析が開始された。このように、全ての耳鼻咽喉科医に とって日常診療における遺伝子診断の重要性は増してい る。難聴の遺伝学的検査は、分子レベルでの疾患の診断 を可能とし、患者へ適切な遺伝カウンセリングを提供し うるものである。さらに、遺伝学的検査は、ミトコンド リアDNA 1555A>G変異例における難聴の発症や悪化の 予防、Usher症候群や母系遺伝の糖尿病と難聴のような 症候群性難聴患者における難聴以外の症候へのより早期 の治療、人工内耳の術後聴覚成績の予測の点で臨床的に 有用である。大多数の遺伝性難聴患者では、補聴器や人 工聴覚器を含む個別化医療が確立されている。従って、 先天性難聴患者に対する遺伝学的検査や遺伝カウンセリ ングは積極的に行われるべきものである。 はじめに 遺伝子検査(遺伝子関連検査)は、病原体遺伝子検 査、体細胞遺伝子検査、遺伝学的検査に分類される(表 1)。この中の遺伝学的検査は、生殖細胞系列(ゲノ ム、ミトコンドリア)からの「生涯変化しない」、「血縁 者間で共有されうる」遺伝学的情報を扱うものである。 そのため、「遺伝学的検査に関するガイドライン」(2003
日常診療における遺伝子診断─診療の手引きをふまえて
野口 佳裕 信州大学医学部人工聴覚器学講座Genetic diagnosis in daily medical practice, based on the guidance of medical care Yoshihiro Noguchi
Department of Hearing Implant Sciences, Shinshu University School of Medicine
In Japan, genetic testing for patients with congenital hearing loss has been available under health insurance since 2012. In 2015, 154 mutations in 19 deafness genes started to be screened using massively parallel sequencing as well as Invader assay and TaqMan genotyping. In this manner, genetic diagnosis in daily medical practice be-comes increasingly important to all otolaryngologists. Genetic testing for hearing loss enables molecular diagnosis, and can provide appropriate genetic counseling for the patients. In addition, it is clinically useful in preventing the occurrence or deterioration of hearing loss in patients with m. 1555A>G, earlier treatment for symptoms other than hearing loss in patients with syndromic hereditary hearing loss including Usher syndrome and maternally inherited diabetes and hearing loss, and the prediction of postoperative auditory performance in cochlear implant. Individualized medicines using hearing aid and/or hearing implants have been established for a large majority of patients with hereditary hearing loss. Therefore, we should take a positive attitude about genetic testing and genetic counseling for patients with congenital hearing loss.
Key words:genetic testing, hearing loss, health insurance, genetic counseling 和文キーワード:遺伝学的検査,難聴,保険診療,遺伝カウンセリング 表1 遺伝子検査(遺伝子関連検査) 1.病原体遺伝子検査(HPV ウイルスのタイピング、 結核菌の検出など) 2.体細胞遺伝子検査(p53 遺伝子の解析など) 3.遺伝学的検査
年、遺伝医学関連10学会)および「医療における遺伝学 的検査・診断に関するガイドライン」(2011年、日本医学 会)に準じて検査を行うことが求められている。 難聴に関しては、本邦では世界に先駆け2012年に「先 天性難聴」の遺伝学的検査が保険適用となった。そし て、2013年の「難聴遺伝子診断に関する提言」(日本聴覚 医学会)では、上述のガイドラインに準じ同意の上検査 を行うこと、「難聴カウンセリング」と「遺伝カウンセリ ング」が共に推奨されることが明記されている。さら に、「若年発症型両側性感音難聴」は、2015年に指定難 病となり2016年に遺伝学的検査として保険収載された。 このように、全ての耳鼻咽喉科医にとって日常診療にお ける遺伝子診断の重要性が増している。遺伝学的知見に 基づく適切で新しい難聴医療が全国的に標準化されるこ とを目的に出版されたのが、『遺伝性難聴の診療の手引 き 2016年版』1)である。 難聴遺伝子診断の有用性 遺伝学的検査は、分子レベルの診断と病態解明を可能 とし、適切な難聴・遺伝カウンセリングを患者に提供し うるものである。そして、難聴に関しては、遺伝学的検 査に基づいた種々の臨床応用が行われている(表2)。 代表的な非症候群性遺伝性難聴であるミトコンドリア DNA 1555A>G例では、アミノ配糖体系抗菌薬を使用し ないことで難聴の発症や悪化を予防しうる。一方、症候 群性遺伝性難聴では、難聴以外の症候への早期対応が可 能な場合がある。例えば、Usher症候群は難聴と網膜色 素変性症を主徴とするが、眼症状は遅発性に生じうる。 先天性難聴と診断された段階で遺伝学的にUsher症候群 と診断されれば、早期の眼科的診断と対応が可能とな る2)。また、ミトコンドリアDNA 3243A>Gによる母系 遺伝の糖尿病と難聴例では、難聴のみで糖尿病が顕在化 しない段階で糖尿病への対応が可能なことがある3) 。 若年発症型両側性感音難聴を指定難病として診断する た め に は 、特 定 の 原 因 遺 伝 子 (ACTG1、CDH23、 COCH、KCNQ4、TECTA、TMPRSS3、WFS1)が同 定されている必要がある。一方、Usher症候群では、症 候的に感音難聴のみでも特異的遺伝子に変異が認められ れば診断可能である。 人工内耳に関しては、GJB2変異例4)のみならず、内 耳内に発現し機能している遺伝子の変異例では人工内耳 (残存聴力活用型人工内耳を含む)の聴覚予後は良好と 推定できる5)。検査上auditory neuropathy spectrum
dis-orderを示す例にOTOF変異が同定されれば、難聴の原 因はneuropathyではなくsynaptopathyである6)ため人 工内耳の成績は必ずしも不良ではない。そして、2014年 に改定された「小児人工内耳適応基準」(日本耳鼻咽喉科 学会)では、「高度難聴をきたしうる難聴遺伝子変異」 を有することが例外的適応条件の1つに含まれた。遺伝 性難聴の多くは補聴器や各種人工聴覚器で対応可能であ るため、難聴遺伝子診断は積極的に行うべきものと考え られる。 家系図の作成と遺伝様式の推定 患者から聴取した詳細な家族歴をもとに、正しい記号 を用いて家系図を作成し遺伝形式を推定する。発端者の 親が罹患している場合には垂直伝達の遺伝形式(常染色 体優性遺伝、ミトコンドリア遺伝など)が考えられる。 親ではなく同胞が罹患している場合には水平伝達の遺伝 形式(常染色体劣性遺伝)が考えられるが、孤発例にお いても劣性遺伝の可能性がある。しかし、優性遺伝の原 因遺伝子に新規突然変異が生じれば、孤発例として発症 しうる。また、見かけ上優性遺伝が疑われる家系に劣性 遺伝の原因遺伝子変異が同定されること(pseudo domi-nant)がある(図1)。さらに、同一の難聴家系におい て、2つの異なる難聴遺伝子に変異が見つかる場合があ 表2 難聴の遺伝学的検査の臨床応用 1.難聴の発症や悪化の予防 2.症候群性難聴における難聴以外の症候への早期対応 3.難聴関連の指定難病(若年発症型両側性感音難聴な ど)の診断 4.人工内耳(残存聴力活用型人工内耳含む)の聴覚予 後推定 5.小児人工内耳の適用条件の1つ 図1 見かけ上優性遺伝を示す 変異家系 劣性遺伝の原因遺伝子 の変異保因者は 40∼50 人に1人 の割合であるため、見かけ上優性遺伝を示すことがある。 c. 235delC/WT c. 235delC/p. R143W c. 235delC/c. 235delC p. R143W/WT P
ることが報告されている7)。実際、2015年8月以降に行 われた保険診療での遺伝子診断結果を解析すると、約 4%に2つ以上の異なる遺伝子に変異が認められる8)。 従って、従来の特定の遺伝子をターゲットとしたサンガ ーシークエンスのみではなく、次世代シークエンサーを 用いた難聴遺伝子の網羅的解析が有用である。 難聴遺伝子とオージオグラム オージオグラムの聴力型と原因遺伝子の間には、遺伝 子型・表現型相関が認められる場合がある。すなわち、
WFS1やDIAPH1の変異は低音障害型、TECTAのzona
pellucidaドメインの変異は中音障害型(皿型)を示すの で、聴力型から原因遺伝子の推定が可能なことがある。 一方、多くの遺伝性難聴は高音障害型を示す。しかし、 特定の遺伝子や変異が、特徴的な高音障害型感音難聴を 示すことが明らかになってきた。例えば、TMPRSS3変 異、KCNQ4のc. 211delCは、残存聴力活用型人工内耳の 適合オージオグラムに相当する両高音急墜型感音難聴を 呈する9),10)。 遺伝性難聴では、左右対称性の両感音難聴を示すこと が多い。しかし、SLC26A4変異によるDFNB4/Pendred 症候群、COCH変異によるDFNA9、Waardenburg症候 群のように非対称性のオージオグラムを示す遺伝性難聴 が存在することに留意する。また、前庭水管拡大症は、 複数の遺伝子が原因となりうるが、約8%は一側性難聴 を示す11)。従って、左右差のある両難聴、一側性難聴に おいても遺伝性難聴を否定しえない。 難聴遺伝子とめまい め ま い を 合 併 し う る 代 表 的 な 遺 伝 性 難 聴 と し て DFNB4/Pendred症候群、DFNA9、DFNA15が挙げられ る。 DFNB4/Pendred症候群の原因遺伝子は前述のごとく SLC26A4であり、約90%に進行性・変動性難聴を認め、 約 70%に反復性めまい発作を認めることが特徴であ る12) 。SLC26A4変異は前庭水管拡大症例の約70〜80%に 同定される13),14)が、そのほかの前庭水管拡大症の原因 遺 伝 子 と し てATP6V1B1、SIX1が 挙 げ ら れ る 。 ATP6V1B1は難聴を伴う遠位尿細管性アシドーシスの 原因遺伝子であり、変異例ではDFNB4/Pendred症候群 と同様の変動性難聴や回転性めまい発作を呈する15)。一 方、SIX1変異例は鰓弓耳(BO)症候群を呈するが難聴 の変動やめまいは認められない16),17)。従って、難聴の変 動やめまいは、前庭水管拡大という解剖学的特徴とは無 関係に生じる可能性がある。
DFNA9の原因遺伝子COCHは cochlin を生成する。
cochlinはLCCLドメインと2つのvWFAドメインを有す るが、LCCLドメイン内の変異例は前庭障害を伴うが、 vWFAドメイン内の変異例は難聴が主な症状である18) (図2)。我々が報告した日本人DFNA9例においても、 LCCLドメイン変異(p. Gly88Glu、p. Ala119Thr)例は 回転性めまい発作と両前庭機能低下を認めた19),20) 。めま いは、体動や頭位により誘発されるめまいや反復性回転 性めまいが特徴である。
DFNA15の原因遺伝子はPOU4F3である。p. Leu289Phe
を有するオランダの大家系の解析では、半数が中等度〜 高度のめまいを示し、約80%が回転検査あるいは温度刺 激検査の異常を示した21)。 保険診療での難聴遺伝子診断 表3に生殖細胞が関与する遺伝情報の検査(遺伝学的 検査)を列挙した。保険診療での難聴遺伝子診断は「発 症した患者の診断を目的とした検査」に該当し、各施設 倫理委員会の承認は不要であるが、ガイドラインに準じ 同意の上行う(ただし、残りのDNAを研究に用いる場 合には倫理委員会の承認が必要である)。また、保因者 検査は原則として行わず、発症前検査は慎重に行う(図 3)。保険診療での遺伝子検査は、2015年8月以降19遺 伝子154変異を対象に行われている(表4)。ミトコンド リア DNA 変異の解析は従来どおりインベーダー法、
KCNQ4のc. 211delCの解析はTaqMan Genotyping assay
図2 cochlin タンパクとドメイン 本 邦 の 変 異(p. Gly88Glu、p. Ala119Thr)例 を 含 め て、LCCL ドメイン内変異例ではめまいを高率に伴う。 p. Gly88Glu cochlin LCCL vWFA1 vWFA2 p. Ala119Thr 表3 遺伝学的検査 1.発症した患者の診断を目的とした検査 2.保因者検査 3.発症前検査 4.多因子疾患における易罹患性検査 5.薬物等の効果・副作用・代謝に関する検査 6.出生前検査 7.先天性代謝異常症に関する新生児マススクリーニング
が用いられるが、残りは次世代シークエンサーが使用さ れる。この網羅的解析により、30%は原因遺伝子が同定 され、14%は1アリルに病的変異が認められる8) 。保険 診療での遺伝子検査の対象遺伝子や変異の種類を増やし ていくためにも、研究での遺伝子解析を引き続き行い新 たな病因変異を同定していく必要がある。 遺伝カウンセリング 遺伝カウンセリングとは、疾患の遺伝学的関与につい て、その医学的影響、心理学的影響および家族への影響 を人々が理解し、それに適応していくことを助けるプロ セスと定義される。該当する遺伝性疾患に関する適切な 情報提供を行うとともに、患者とその家族が自律的選択 (インフォームド・チョイス)をできるよう心理的およ び社会的支援を行う必要がある。 具体的な流れとしては、当該診療科医師(耳鼻咽喉科 医)が、遺伝子(DNA、体の設計図、種の保存など)、 遺伝子と病気(遺伝子の変化と病気、遺伝病はまれでは ないことなど)、聴覚障害(先天性難聴の障害部位や原 因など)、遺伝学的検査(検査の対象となる遺伝子・変 異数、検査方法など)、個人情報、解析結果の返却、利 益と不利益、費用負担について説明する(検査前遺伝カ ウンセリング)。インフォームド・コンセントと同意が 得られれば、採血を行い検査に進める。 検査後遺伝カウンセリングは、当該疾患の経験豊富な 耳鼻咽喉科医と遺伝カウンセリングに習熟した者(臨床 遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー)が協力し、チーム 医療として実施することが望ましい。具体的なカウンセ リング内容は、『手引き』1) や成書22) を参照にされたい。 耳鼻咽喉科医は難聴カウンセリング(聴力、聴力障害、 遺伝性難聴、同定された遺伝子と変異、今後の対応など について)を主に担当する。一方、臨床遺伝専門医、認 定遺伝カウンセラーは遺伝カンセリング(遺伝、遺伝 子、染色体と同定された遺伝子、遺伝形式、再発率など について)を担当する。遺伝性難聴のほとんどは補聴器 や各種人工聴覚器で対応可能であるため、前向きなカウ ンセリングが望まれる。 ま と め 現在全ての臨床分野において遺伝学的検査はありふれ たものとなっている。耳鼻咽喉科領域においても、全て の耳鼻咽喉科医が遺伝子診療の知識を持つ必要がある。 難聴の遺伝学的検査は、診断や治療に関する個別化医療 が確立されてきており、積極的な検査と前向きな遺伝カ ウンセリングが望まれる。 謝 辞 本学会臨床セミナーの機会を与えて頂いた信州大学 宇佐 美真一先生、座長 岩手医科大学 佐藤宏昭先生に深謝申し 図3 難聴の保因者検査と発症前検査 A:保因者検査は原則として行わない。B:発症前検査は慎重に行う。 変異 (c. 235delC/p. R143W) 生まれたら遺伝子検査ではなく、 まず 新スクを受 けてください。 変異 (c. 235delC/c. 235delC) 難聴? 変異の保 因者かどうか 調べてください。 難聴では保因者 診断は行なって いません。 難聴? A B 表4 保険診療で対象となる遺伝子とミトコンドリア DNA 変異
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