氏 名 堀ほり 大治郎だ い じ ろ う 学 位 の 種 類 博士(医学) 学 位 記 番 号 乙第735 号 学 位 授 与 年 月 日 平成29 年 6 月 23 日 学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4 条第 3 項該当 学 位 論 文 名 心臓血管外科周術期における臓器障害予防のための脳自動調整能モニタ リングに基づいた至適循環管理についての検討 論 文 審 査 委 員 (委員長)教授 江 口 和 男 (委 員)教授 藤 本 茂 教授 川 人 宏 次
論文内容の要旨
1 研究目的 心臓血管外科手術において人工心肺使用中、または周術期における至適血圧は確立されておら ず明確な診療ガイドラインに欠いている。脳自動調整能モニタリングによると脳循環における至 適血圧は患者個々で異なり、脳自動調整能の下限値または上限値から逸脱した血圧管理はそれぞ れ急性腎障害(AKI:Acute Kidney Injury)やせん妄を発症するリスクとなることが分かってい る。せん妄を含めた術後認知機能障害は 心臓手術後 20~65%に起こるとされているが、神経学 的長期予後は勿論、これら合併症を併発する事により、死亡率は 15%上昇、入院期間も 15 日 以上長期化し、医療費も大きく影響される。また急性腎障害は心臓手術後 5~10%に起こるとさ れている。 透析まで必要となる急性腎不全は約 1%に起こるとされており、併発した群において は死亡率が60%を超えることもある。これら合併症を予防する事は、心臓大血管手術の治療成績 向上のために極めて重要であり、適切な循環動態の管理は今後発展が見込まれる医学的介入点の 一つである。今回経頭蓋超音波ドップラー法より、より臨床的に実用可能である新たに開発され た非侵襲的脳微小循環測定装置(UT-NIRS:Ornim Inc., Kfar Saba, Israel)による脳自動調整能 モニタリングの解析能を評価するとともに、周術期における至適血圧を評価し、急性腎障害やせ ん妄などの術後合併症における至適血圧の臨床的意義についても検討する。2 研究方法
2013 年から 2015 年の間、Johns Hopkins University Hospital で心臓手術を行った患者を 対象とし、脳自動調整能モニタリングを心臓手術から術後管理にかけて行った。脳自動調整能モ ニタリングを行うために、経頭蓋超音波ドップラーと新たな非侵襲的脳微小循環測定装置である UT-NIRS からの脳血流信号を平均血圧と共にリアルタ イムに ICM+ソフトウェア
(University of Cambridge, Cambridge, UK)に入力した。 ICM+ソフトウェアにより連続的 に変動する脳血流信号と平均血圧との間の相関係数 を計算しそれぞれ平均速度インデックス (Mx:経頭蓋超音波ドップラー法)、脳血流速度インデックス(CFVx:UT-NIRS)として記録 した。記録中に得られた Mx や CFVx は 5 mmHg 間隔に分割した平均血圧に集計し、グラフ 化した。Mx、CFVx は脳自動調整能曲線の傾きにあたり、これらインデックスが最低値となる平
均血圧を至適血圧(OptMAP)として定義した。臨床転機として KDIGO 基準に基づき術後急性 腎障害を評価。さらに精神科医を含めたせん妄評価委員会を設置し、DSM-IVTR に基づいたせ ん妄評価を術後3 日間に渡り行った。これらデータをもとに、1) UT-NIRS が従来使用されてき た経頭蓋超音波ドップラー法と同等な解析能を有するか、2)定常流である人工心肺使用中の至適 血圧と拍動性血圧である集中治療室での至適血圧の関連性の有無、 3)至適血圧から逸脱した血 圧管理と術後急性腎障害、せん妄との関連性の有無について検討した。 3 研究成果 本研究では、UT-NIRS でモニタリングされた脳自動調整能が経頭蓋超音波ドップラー法に基 づくものと相関する事が分かった。また脳自動調整能モニタリングにより評価された至適血圧は 両者において強い相関関係にあった(r=0.71、95%信頼区間 [95%CI] 0.56‐0.81、p<0.0001)。 集中治療室での至適血圧と人工心肺使用中の至適血圧においては個々の間には差はあったものの、 両者の間には正な相関関係を認めた(r = 0.46、 95%CI 0.28-0.61、p <0.0001)。さらに、至適 血圧を下回る血圧管理(AUC<OptMAP=∫|至適血圧‐管理されていた血圧|×時間)が、人工 心肺使用中(AKI あ り:13.27 mmHgxh、四分位範囲 [Q1-Q3] 4.63-20.14vs. AKI なし:6.05 mmHgxh、 Q1-Q3 3.03-12.40、p = 0.008)および集中治療室(AKI あり: 13.72 mmHgxhr、 Q1-Q3 5.09-25.54 vs. AKI なし: 5.65 mmHgxhr、Q1-Q3 1.71-13.07、p = 0.022)において、術 後の急性腎障害(AKI)と関連する事が分かった。また人工心肺使用中及び集中治療室において、 至適血圧を上回る血圧管理(AUC>OptMAP=∫|管理されていた血圧‐至適血圧|×時間)は, 術後 2 日目に発症したせん妄と関連性を認め(せん妄あり:33.2±26.51 mmHgxhr vs. せん妄な し:23.4±16.13 mmHgxhr, p=0.031)、 せん妄の重症度(DRS-R-98) とも正の相関を示した(r = 0.27、p = 0.011)。しかしせん妄のサブタイプ(低活動型、過活動型、混合型)においては血圧管 理と有意な関連性は認められなかった。 4 考察 脳自動調整能の下限値または上限値との幅は人それぞれにおいて異なる事が分かっている。ま た脳循環を保つための生理学的現象として内臓器官の血流が犠牲になり、脳還流への分流が保た れる事が動物実験において知られている。したがって脳自動調整能モニタリングに基づき個々の 至適血圧を評価し、周術期血圧管理の指標とする事は、心臓手術における臓器潅流障害に伴った 合併症のリスクを低減させる革新的なアプローチとして有望である。しかし経頭蓋超音波ドップ ラー法を用いた脳自動調整能モニタリングは実際の臨床現場では困難となる事が多い。UT-NIRS は、経頭蓋超音波ドップラー法とは異なり、オペレータの介入を最小限に抑えるだけでなく、電 気メスによる電気的干渉の影響を受ける事はない。今回の研究でUT-NIRS で評価された至適血 圧は経頭蓋超音波ドップラー法により評価されたものと強い相関関係にある事が分かり、今後の 臨床現場においてUT-NIRS は脳自動調整能の情報を提供できる可能性がある事が証明された。 以前の研究とは異なり、本研究で用いた至適血圧は、脳自動調整能曲線の傾きが最小となる平均 血圧と定義した。これは任意なカットオフ値は使用せず、脳自動調整能における最適な血圧であ り、臨床的に使用するターゲットとしてよい指標となり得る。周術期における至適血圧は手術中 のものと相関関係にあった。また、至適血圧の臨床定期意義を評価するため、至適血圧から逸脱
した血圧管理と術後急性腎障害とせん妄との関連性について検討した所、人工心肺使用中、集中 治療室において至適血圧を下回る血圧管理は術後急性腎障害と関連していた。せん妄評価委員会 により診断されたせん妄においても、せん妄の発症とせん妄の重症度は至適血圧を上回る血圧管 理と関連していた。今後の臨床において脳自動調整能モニタリングは、個々の至適血圧をリアル タイムに評価する事を可能にし、臓器潅流障害のリスクの軽減を期待できる一つの方法となると 思われた。 5 結論 至適血圧は脳自動調整能モニタリングによりリアルタイムで安易に評価する事ができる。脳自 動調整能モニタリングの臨床への応用は心臓血管外科手術後、または集中治療を要する患者にお いて臓器血流障害を軽減できる一つの方法として期待される。
論文審査の結果の要旨
<本学位論文は何を明らかにしたのか> 心臓大血管手術において人工心肺使用中の至適血圧や周術期における至適血圧が確立されてい ないが、本学位論文は、経頭蓋超音波ドップラー法より臨床的に実用可能な非侵襲的脳微小循環 測定装置(超音波タグ付き近赤外分光法Ultrasound Tagged-Near Infrared Spectroscopy: UT-NIRS)による脳自動調整能モニタリングシステムの有用性を検証し、周術期における脳自動 調整能に基づいた至適血圧を評価し至適血圧の臨床的意義について検討した。UT-NIRS を用いた 脳自動調整能モニタリングから算出された至適血圧は、経頭蓋超音波ドップラー法より算出され た至適血圧と強い関連性を示し、UT-NIRS により算出された至適血圧を下回る血圧管理は術後急 性腎障害と関連していた。また、至適血圧を上回る血圧管理は、手術後2 日目に発症したせん妄 と関連し、かつ、せん妄の重症度とも正の相関関係を示した。このように、UT-NIRS を用いた脳 自動調整能モニタリングにより評価した至適血圧は、心臓大血管手術後の臓器血流量障害による 合併症のリスクを軽減できる一つの方法として期待されることが示された。 <上記内容をどのように評価したのか> 本研究は米国で行われた研究ではあるが、申請者が直接行った研究であり、独創性かつ臨床的 有用性がある。下記に示す問題点が指摘されたが、指摘事項に対するレスポンスは十分であり、 論文も学術的に満足のいくものとなった。 <問題点および改訂の指導内容> 主な指摘事項は下記の点であるが、改訂の論文にはそれぞれに対して十分な改訂がなされた。 1.UT-NIRS では前頭葉の微小循環の血流速度をみているとのことであるが、大血管と微小循環 での血流速度が相関するのはおかしいのではないか。 2.脳血流量と血流速度は別のものである。自動調節能は脳血流量の話なので、イントロダクシ ョンとして、脳血流速度の変化で代用したという内容のことをのべておく方が望ましい。3.至適血圧とは、ここではピンポイントの血圧値を指しているが、幅を持たせたデータを提示 することはできないのか。例えば、腎障害を来さない下限値とせん妄を来さない上限値といった 具合に。 4.UT-NIRS という装置では、レーザードップラーと超音波の情報を使用しているが、どのよう にそれらの情報が関連付けられているのか。 5.術中とICU では血流が定常流と拍動流という違いがある。本研究のデータでは、術中の方が ICU よりも至適血圧が低いという結果であったが、それは低体温の影響なのか。考察が必要。 6.術後2 日目でのみ至適血圧を上回る血圧管理とせん妄の重症度が有意な相関を示したのはな ぜか。考察が必要。 <本学学位論文としての合否の判断結果およびその理由> 上記の結果を踏まえ、本学学位論文として合格と判断するに至った。
試問の結果の要旨
<申請者による発表の具体的内容> 申請者による発表は学位論文の記述に準じて、丁寧にわかりやすく行われた。内容が多岐にわ たっていたが、発表はちょうど時間内に行われた。 <審査員の質疑の具体的な内容> 質疑の具体的内容は、上記の6 点に加え、マイナーポイントを含む以下の点であった。 7.P3、3 段落目 確立されてなく→おらず 専門家により検査のみに→よる P6、9 行目 連携の元→下 8.P8,下から 4 行目 95%信頼区間が 0.79-55.0 と1をまたいでいるのになぜ有意水準になるのか。 9.P12、下から 3 行目 人工心肺中の目標血圧を定める際の基準(根拠)は何か。 10.P14 この装置のメカニズムをわかりやすく図示する方が望ましい。 11.図2,5、8はもっと字を大きくしてほしい。 12.P16 CAM, CAM-ICU の感度、特異度の元文献を入れた方がよい。 13.表2 対象患者の普段の血圧が必要。なければstudy limitation へ 年齢は65±8.8 歳と記載されているが、小数点以下の桁数は 65.0±8.8 歳とそろえる。P19, 平均動脈圧 71±8.2 も同様 用語は標準的な用語を使用してください。 アンジオテンシンⅡ受容体阻害薬 → アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬 利尿剤→利尿薬 スタチン → HMG-CoA 還元酵素阻害薬 14.P21 P=0.051 であるので、有意な差は認めないものの表現を考えてほしい。 15.P24 CPB は初出の際にスペルアウト必要 16.表5 SBP, DBP もあれば入れる。 17.P25 図5 この散布図でのrとP が良すぎる。統計の再確認が必要。N も加える。 18.表6 腎障害のことであるので、出血量や輸液量があれば入れる。 19.そもそも、これらの症例の血圧管理は至適血圧を求めて、それに基づいておこなったのか どうか?逆に、至適血圧の通りきっちり管理できたとするとせん妄や腎障害はゼロになるのだろ うか。 20.P31 喫煙やカルシウム拮抗薬を使用しているものでなぜ術後せん妄が多いのか。考察が必要。 21. 表12 せん妄を起こした方が血圧は高くなる。この表は、せん妄が起きたことによる血圧変動増 大という結果をみているだけではないか。 22.図9 カラーでないので、見づらいので、カラムの色を変える。 23.P39 血圧自動調節能の議論の場合、服用していた薬の影響を考慮する必要がある。ACE-I な どの薬の影響はどうだったのであろうか? 24.P41, 6 行目 還流 P42, 6 行目 潅流 学術用語として正しいかどうか確認を。 P43、1 行目 脊椎―脳底循環領域 → 椎骨―脳底循環 <申請者の応答とそれに対する評価> 申請者は上記の質問および指摘事項に対して真摯に応答し、わからないものはわからない と誠実な態度であった。 <試問の合否の判断結果及びその理由> 上記のことを総合的に判断して、3 人の審査委員ともに試問は合格と判断した。