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北タイ農村における「仕事」概念の一考察 : 相互 行為と社会関係

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北タイ農村における「仕事」概念の一考察 : 相互 行為と社会関係

著者 平井 京之介

雑誌名 国立民族学博物館研究報告

巻 22

号 3

ページ 527‑584

発行年 1998‑02‑20

URL http://doi.org/10.15021/00004139

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平井  北 タイ農村におけ る 「仕事」概念の一考察

北 タイ農村 に おけ る 「仕 事 」 概念 の一 考察         相互行為と社会関係一

平    井   京 之 介*

An Anthropological Study of "Work" in a Northern Thai Village:

Interactions and Social Relations

Kyonosuke Hixnt

The Northern Thai word for "work" is ngan, which implies not only what we generally assume to be work but also communal work and cer- tain sorts of rituals in the village. The literature on Northern Thai socie- ty has not paid adequate attention either to the concept of ngan or to its activities. However, the understanding of social relations in the North- ern Thai village greatly benefits from examining what the Northern Thai mean by ngan, how they evaluate various types of ngan, and what impacts interactions in ngan make on the community. The aim of this paper is to answer these questions by exploring ngan interactions in the village where I conducted fieldwork.

In the village there are three levels of geographically set social units, compound, hamlet and village, which the villager recognises as different levels of social groups. In the Northern Thai language ban is a noun both for hamlet and village, between which the villager finds some con- tinuity. In the village, siblings often live in houses next to each other in

a parent's compound. The compound constitutes a hamlet with several adjoining compounds. Calling each other pi norng (elder and younger siblings) , the villager regards a member of the same compound as a sibling, one in the same hamlet as close kin or an extended sibling, and one in the same village as kin or a further extended sibling. The village boundary is the most marked one, delimiting familiar kin's locality.

Thus, an individual family has threefold circles of social rela-

国立民族学博物館第1研 究部

Key Words : Northern Thailand, work, interaction, ritual, village community キ ー ワ ー ド  北 タ イ,仕 事,相 互 行 為,儀 礼,村 社 会

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tions with different degrees of intimacy in village life.

However, birth or residence do not automatically define the relation- ships between families in certain localities. In rice-cultivation, members of the same hamlet would exchange labour, while ones in the same village would accept each other's day labour. When one family held a ritual, families in the same compound would co-operatively take the ini- tiative in the preparation, while families in the same hamlet would come to help the preparation. All or some families in the other hamlets would be invited for the ritual. Without such continual interactions, villagers neither felt family intimacy nor recognised each other as pi norng or members of mu diaw kan (the same group) . The history of performed interactions in work and rituals determines the actualities of ties between families. Solidarity in these ties is often mentioned by villagers as nam caj and samagkhi.

After considering these interactions in detail, this paper emphasises that villagers make an involuntary recognition of ngan by the relations between the producer and the product. Activities whose products are consumed by the individual or his or her own family are never acknowledged as ngan. Ngan is an activity of creating social meanings among villagers and constructing the community's living world.

The paper concludes that the village community is a historical com- plex of social practices, including work and rituals. Playing a part assigned by age and sex in this ngan means the declaration of the villager's legitimate membership in the community. In Northern Thailand, two types of activities which we call work and rituals are not only labelled by the same word but are also two steps of one continual ac- tivity of ngan.

1 は じめ に   1)問 題 提 起   2)N村 の社 会 関 係 2  ンガ ー ソの表 象 3  ン ガ ー ソ と仏 教 倫 理   1)行 為 とカ ル マ   2)経 済行 為 と倫 理   3)上 昇行 為   4)リ ヤ ソと い う行 為

4  ン ガ ー ソを め ぐる相 互 行 為   D賃 金 労 働

  2)稲 作   3)協 同 作業   4)儀 礼

  5)ナ ム ・ジ ャイ とサ ーマ ッキ ー 5  ンガ ー ソ と村 社 会

6  おわ りに

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平井  北 タイ農村 におけ る 「仕事」概念の一考察

1は に1)

1)問 題 提 起

  ア プルバ ウム 【APPLEBAUM  l992:ix】は 人 類学 に おけ る仕事 研 究 の重要 性 につ いて 次 の よ うに述 べ て い る。 「仕 事(work)と は,人 々が ど の よ うに 生活 し,物 質 的 お よ び 社会 的現 実 とい か な る関 係 を 持 ち,地 位 を 獲 得 し,自 尊 心 を 高 め るか,と い う こ と を 構造 化 す る背 骨 の よ うな存 在 で あ る。人 類 学 者 と して我hが 仕 事 に 関心 を 持 つ の は, 基 本 的 な実 践 領 域(institution)は 他 のす べ て の実 践 領 域 に関 連 して い る とい う見 地 に た って,仕 事 は 我 々に社 会 の残 りの部 分 につ い て も語 っ て くれ る と考 え るか らで あ る。 仕 事 は人 間 の 存 在 状態 に とって,人 間 環 境 の創 造 に と って,ま た人 間 関 係 の形 成 に とって 基本 的 な もの とい え る」

  北 タイ 社 会 に お い て,仕 事 はンガーン(ngan)と い う言 葉 に よって 表 され る。 ソ ガ ー ソとい う言 葉 は,稲 作 や 賃金 労 働 とい った 類 を 意味 す る,い わ ゆ る 「仕 事 」 あ る い は 「労 働 」 とい った 概 念 と完全 には 一 致 して お らず,そ の他 にい くつ か の儀 礼 を 意 味 す る のに も用 い られ る。 北 タイ の仕 事概 念 は,人 間 を そ の労 働 力 と同一 視 す る よ う な 考 え方 や,人 間 と 自然 を2つ に 分 け,「 人 間 が 自然 の 目的 の ため に 自然 を 開 発 す る の が 神 の 意志 で あ る」 【ボ ー ドリヤ ール  1981:51】 とす る よ うな考 え方 か ら は遠 く隔 た って い る。 む しろ,宗 教 や 道徳 と強 い結 び つ きを有 して お り,仕 事Y'お い て 「価 値 あ る と され てい るの は,経 済 的 目的 に志 向 した 行為 では な く,活 動 そ の もの で,そ れ が,経 済 的 機 能 か ら独 立 し,社 会 的 機 能 を 持 つ か ぎ りに お い て なの であ る」 【ブ ル デ ュー  1993:481。 彼 らがンガーン を どの よ うに観 念 し,ど の よ うなンガーン に従 事 し, さ ま ざ まな ソガ ー ンに どの よ うな評 価 を与 え,ソ ガ ー ンをめ ぐる相互 行 為 が 社 会 とい か な る関 係 に あ るか を考 え る こ とは,北 タ イ農 村 に おけ る社 会 関 係 を理 解 す るの に き わ め て 有 益 と思 わ れ る。村 人 に とって も,人 類 学 者 に と って も,仕 事 は個 人 と社 会 の 1)本 論 の 基礎 とな った民 族 誌 的 調 査 は,財 団 法 人 トヨタ財 団 の 助 成 を得 て,1993年11月 か ら   1994年12月 の期 間 に お こ な った 。 また,そ の後 の補 足 調 査 は 文 部 省 科学 研 究 費 補 助 金 に よ る   国際 学 術 研 究 『変 動 す る 東 南 ア ジア に お け る社 会 倫理 の 人 類 学 的 研 究 』(代 表 者 ・田 村 克 己   国立 民 族学 博 物 館助 教 授)の 研究 分 担 老 と して,1996年7月 に お こ な った 。

   本 文 中 の()内 の原 音 表 記 はす べ て 北 タイ 語(kam  Myang)で あ る。 表記 法 は基 本 的 に  標 準 タ イ語 のM.Haas  1964年 版Thai‑English  Student's Dictionary vこした が った。 た だ し,   長短 母 音 は 区 別 せず,声 調 符 号 は省 略 した 。 また,一 部 の表 記Y'つ い て

    η=ng   ε=ae  aニoe  o=or   と変 更 した 。

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結 びつ きを考 え る重 要 な 契機 の ひ とつ で あ る。

  一 方 で 儀礼 研 究 が 常 に 中心 的 な位 置 を 占め て きた に もか かわ らず,こ れ まで の タ イ 研 究 にお い て は仕 事 に焦 点 を あ てた 研 究 が十 分 にな され て きた とは 言 えな い 。一 部 の タ イ研 究者 な ど 【SPIRo 1966;KEYES  1983】 カミ,多 くは ヴ ェ ーパ ー の伝 統 か ら それ ほ ど大 き く外れ ず に,経 済 活動 あ る いは経 済 的 発 展 を 仏 教倫 理 と関 連 させ て論 じた こ

とが あ った に過 ぎ な い。 彼 らの研 究 は,上 座 部 仏 教 の 中心 概 念 であ る カル マ,功 徳, 輪 廻 とい った観 念 が村 人 の エ ー トス として どの よ うに 現 れ て くる のか を 説 明 す る こ と に一 定 の成 果 を得 た 。 しか し,こ こで 研 究対 象 とな って い た経 済 活 動 とは ン ガ ーン そ の もの では な い。 ンガ ー ンの重 要 な部 分 は,経 済 的 機 能 か ら独 立 した 社 会 的機 能,特 に,ン ガ ー ン とい う概 念 の 中 に包 含 され,ま た仕 事 活 動 と密接 な関 係 を もつ,儀 礼 を め ぐる相 互 行為 の 中 に も現 れ て くる。

  本 稿 で は,「 仕 事 」 を め ぐる相 互 行 為 を考 察 す る こ とに よ って,北 タイ の 農 村 コ ミ ュ ニテ ィに お け る社 会 関 係 の 実態 を 明 らか にす る こ とを 目的 とす る。 以 下,は じめ に 筆 者 が調 査 を 実 施 したN村 の 概 略 を説 明 し,第2章 で は,N村 の人 々が ンガ ーン と い う概 念 に よ って指 し示 す もの につ いて 紹 介す る。 第3章 で,仏 教 倫 理 と経 済 活 動 と の 関 係 を論 じた先 行 研 究 の 中 か ら ンガ ー ソに 関 連 す る と思 わ れ る議 論 を 取 り出 し,N 村 で の 調 査 結 果 とつ き あわ せ な が ら再 検 討 す る。 第4章 で は,N村 に お け る 賃 金 労 働,稲 作,村 の協 同 作業,儀 礼 を め ぐる村 人 の相 互 行 為 を詳 述 す る。そ して,最 後 に, ン ガー ソの意 味 す る行 為 が,村 人 の社 会 関 係 の形 成 に どの よ うな役 割 を果 た して い る の か を考 察 した い。

2)N村 の 社 会 関 係

  N村

  筆 者 が調 査 を お こな ったN村 は,北 タイ に あ る チ ェ ソマ イ ・ラ ンプ ー ン平 野 のほ ぼ 南 端 に位 置 す る。1994年 の 調 査 時 点 で161世 帯,約600人 が 住 む,こ の辺 りで は 中規 模 の村 で あ る。N村 一 帯 は 自然 に恵 まれ た地 域 で あ り,現 在 で もか な りの程 度 自給 自足 が 可能 で あ る。 大方 の村 人 に は 耕作 可 能 な水 田が あ り,ま た 季節 ご とに周 辺 の川 や 森 で 食 用 の動 植 物 を採 集 す る こ とが で き る。 さ らに,村 人 の話 に よれ ば,N村 辺 で は70年 代 中頃 まで森 を切 り開 い て農 地 に す れ ば 自分 の所 有 に で きた。 それ ゆ え,

この 地 域 で は土 地 よ りもむ しろ労 働 力 の確 保 が 村 人 の関 心 とな って きた。

  N村 の歴 史 は移 住 の歴 史 で あ る と言 え る。18世 紀 に は チ ェ ンマ イ ・ラ ン プ ー ン平 野 全 体 が ビル マ族 に よ って支 配 され る地 域 で あ った。1805年,ラ ンパ ー ンの王 ガ ウ ィ

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平井  北 タイ農村における 「仕事」概念の一考察

ラが ビル マ軍 を追 放 し,チ ェ ソマ イに 都 を建 て た。 この 時,ビ ル マ北 東 部 に住 む,北 タイ語 に 似 た 言 語 を話 す ヨ ー ソ族,ク ー ソ族,ル ー族 な どが,労 働 力 が 不 足 して い た ラ ンプ ー ソー 帯 の豊 か な土 地 に,ガ ウ ィラに よっ て強 制 的 に移 住 させ られ た 。 これ ら の 民族 は 最 初 に 現在 の ラン プ ー ン市 街 とパ サ ー ソ郡 中心 部 の 辺 りに村 を つ く り,人 口 が増 加 す る につ れ て そ こか ら さ らY'土 地 の豊 か な 周辺 部 へ と移 り住 ん でい った 。 続 く 数十 年 の 間 に数 回,ピ ル マ北 東 部 か ら大 規 模 な移 住 が あ った が,そ の後 半,お そ ら く 1850年 か ら1880年 の間 に,そ れ まで 森 に 包 ま れ て いたN村 に,チ ェソ トソの ク ー ソ 族 サ ムが や って きた と思 わ れ る2)0象 や 馬 と と もに,金 銀 の財 産 を 持 ってN村 に や っ て来 た 彼 は,森 を開 墾 して 家 を建 て,水 田 を耕 した 。 そ れ か らす ぐに,チ ェ ン トソか らサ ムを 頼 って親 族 が 移 住 し,10世 帯 程 度 の村 を形 成 した。 結 婚 と 出産,お よびそ の 後 の移 住 に よっ てN村 の 人 口は 徐 々 に増 加 して い った 。近 隣 か ら流 入 した 住 民 の大 半 が ヨ ー ン族 で あ った た め,N村 で話 され る主 な言 語 が ク ー ン語 か ら ヨ ー ン語 に代 わ って い った3)080年 代 前 半 まで 続 い た 人 口流入 に よ っ て,N村 周 辺 の森 は 開墾 され 続 け,村 の居 住 地域 は拡 大 し,そ の周 囲 の低 地 はす べ て 水 田 と畑 に変 わ った 。1950年 代 ぐ らい ま で トラや サ ル の見 られ た村 の南 側 に あ る森 では,大 木 がす べ て建 材 用 に 伐 採 され,現 在 では 改 め て植 林 が 進 め られ て い る もの の,大 型 動 物 は生 息 で き な くな っ て し ま って い る。

  村 の 社 会単 位

  N村 の社 会 生 活 は,家(hyan)を 同 じ くす る世 帯 が 基 本 単位 とな って 営 まれ て い る。 村 の政 治 活動 や 宗 教 活 動,経 済 活 動 な ど もす べ て世 帯 ご とに参 加 す る。 個 人 的 な 協 力関 係 も世 帯 ご との結 び つ きに お いて な され る。親 子 や キ ョウ ダイ 関 係 に あ って も, 家 を分 け て いれ ぽ稲 作 な どで 無償 の労 働 力 を提 供 す る と い うこ とは な く,儀 礼 な どの 特 別 な 機 会 を 除 い て食 事 を と もにす る こ とも ない4)。家 は 生 産 お よび 消費 の 単位 で あ

2)N村 の歴 史に つ い て は文 献 資 料 が存 在 せ ず,こ こで の記 述 は 筆 老 が お こな った 十 数 名 の 村   の 長 老 た ち か ら の聞 き取 りに よ る。 中 で も重 要 な 情報 提 供 者 であ った73歳 に な るN村 の 仏 教   儀 礼 の 司祭 は,最 初 の移 住 者 サ ムか ら数 え て4世 代 の 直 系 の子 孫 で あ る。

3)N村 で 話 され て い る言語 は,厳 密 に 言 うと,ヨ ー ソ ・ク ーン語 と言 い,ヨ ー ン語 と クーン   語 が 混 ざ って で きた言語 で あ る。N村 の北V'隣 接 す る村 で は ヨーン 語,西 に隣 接 す る村 で は   北 タ イ語 が 主 に 話 され てい る。 ヨ ー ン語 お よび クー ン語 は,北 タ イ 全域 で最 も よ く話 され て   い る北 タ イ語 に 非 常 に似 て お り,そ の差 異は 一 部 の単 語 と声 調 な どに 限 られ て い る。 以 上 の   こ とか ら,本 稿 で は原 音 表 記 に ラ ンプ ー ン市 周辺 で話 され て い る北 タ イ語 を 使 用 した。

    尚,筆 老 が お こな ったN村50世 帯197人 の調 査 か ら,本 人 の 回答 に よ る彼 らの 話す 言 語 は,   ヨ ー ン語74,1%,北 タ イ語21.8%,ク ー ン語2.0%,中 部 タ イ語15%,東 北 タ イ語0.5%で   った。

4)N村 の あ る人 は次 の よ うに 筆 者 に説 明 して くれ た。 「他 の 人の 家 に 遊 び に 行 って い て,ご/

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り,こ れ を 越 え る協 力 関 係は 基 本 的6'自 発 的 な もの で,社 会 的 に強 制 され る こ とは な い。

  近 隣 に住 む世 帯 を ひ とかた ま りに して 部 落(ban)と 呼 ぶ 。部 落 は 隣人 集 団 で あ る が,村 人 は 同 部 落 の住 民 をほ ぼ親 族 と同様 に 扱 う。北 タイ に は妻 方 居 住 と均 分 相続 の 慣 習 が あ り,結 婚後 の姉 妹 が,親 の土 地 に新 居 を 並べ て構 え る こ とが 多 い 。 そ して, 親 の敷 地 の外 周Y'フ ェ ソス を建 て,フ ェ ンス の外 か ら中 へ の行 き来 を 制 限す る一 方 で, 内部 で は 自 由に 往来 が お こなわ れ る。 論 理 的 に は,親 の敷 地 の まわ りに親 の世 代 の キ ョウ ダイが 家 を 並 べ て住 む こ とに な り,実 際 に も,同 じ部 落 内 に キ ョウダイ や オ ジ, オ バ な どの 親 族 が 集 中 して住 ん で い る。N村 内 には この よ うな部 落 が5つ あ る。 一 部,家 の増 加 な どに よ って,村 外者 に は部 落 の 境 界 が不 明 確 な と ころ も あ るが,水 田 や 雑 木 林,道 路 な どに よ って 境 界 が 明 確iに隔 て られ て い る場 合 が 多 い5)0そ して,そ れ ぞれ の部 落 に は 外 の部 落,真 ん 中 の部 落,頭(北)の 部 落 な ど,村 内で の 位 置 に関 連 した名 称 が つ け られ て い る。

  村人 に とって の村 は,こ の よ うな部 落が 拡 大 した もの と して観 念 され る。 北 タイ で は 村 を バ ー ソ(ban)あ るい は ムー ・バ ー ソ(mu  ban)と 呼 ぶ 。 ム ー とは 「集 ま り」

を 意 味 し,ム ー ・バ ー ソで 「部 落 の 集 ま り」 を 意 味す る。 日常 会 話 に お いて は ム ーが 省 略 され,「 バLン 」 の一 語 で村 全 体 を指 す こ とが多 く,文 脈 に よ って それ が 「部 落 」 を 意 味す る のか 「村 」 全 体 を意 味 す るの か 区別 され て い る。 一 般 的 に,同 村 者 間 の会 話 で パ ー ソは部 落 を 意 味 し,村 外者 と話す 場 合 に は村 を意 味 す る。 村 と部 落 は 連 続 し て お り,村 人 に と って,村 全体 は 拡 大 した親 族 の 集 ま りと観 念 され る。

  親 族 と し て の 村

  北 タ イ で は,キ ョ ウ ダ イ を 意 味 す る ピ ー ・ノ ー ン(pi  norng)と い う言 葉 で 親 族 を 表 す 。 ピ ー ・ ノ ー ソ と は,ピ ー つ ま り兄 ・姉 た ち と,ノ ー ソつ ま り弟 ・妹 た ち と い う 意 味 で あ る 。 ピ ー ・ノ ー ソ は 必 ず し も 血 縁 関 係 に あ る 親 族 だ け を 指 す の で は な く,親 族 の 拡 大 し た もの で あ る 部 落 お よ び 村 コ ミ ュ ニ テ ィ全 体 を 指 す 場 合Y'も 用 い ら れ る 。 村 内 の 二 者 関 係 は,性 と 年 齢 に よ っ て,す べ て キ ョ ウ ダ イ に 準 じた も の と して 扱 わ れ

\ 飯 の 時 間 に な った ら帰 るの が 普 通 で あ る。 家 族 の時 間 だ か ら。 遊 びに 行 った 時 に そ の 家 の 人   が 食事 中 だ った ら,す ご くお腹 が空 い て いて も,『 ご飯 を 食べ た か 』 と聞か れ た ら,『食 べ た』

  と答 え る」

5)N村 の73歳 にな る年 寄 りの話 では,彼 が10歳 の頃,N村 には30軒 程 度 しか家 が な く,し か   も家 と家 の 間 には か な りの距 離 が あ った とい う。 当 時,家 は現 在 寺 が あ る辺 りに 集 中 して お り,そ の 後 開拓 に よっ て村 の 山 側 の 部分 に家 が で き,村 が拡 が った とい う。 この こ とか ら約   60年 前 に は現 在 の部 落 の 境 界 が さ ら に明 確 で あ った こ とが推 測 され る。

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平井  北 タイ農村 におけ る 「仕事」概念 の一考察

る。 そ して,キ ョウ ダイ 関 係(pi  norng kan)に あ る とい うこ とは,2人 の うち の ど ち らか が 兄 あ る いは 姉 で あ り,ど ち らか が 弟 あ る いは 妹 で あ る こ とを 意 味 す る。 両 者 の間 に は,親 密 性 と ともに不 平 等 性 が 認 め られ,相 互 の 義 務 と敬 意 を 表 す べ き関 係 が 包 含 され て い る 【TuRToN  1984:281】。

  村 人 ど うしの間 では,相 手 の 性 と年 齢 に応 じた 親 族名 称 が 呼 び 名 と して用 い られ る。

同世 代 の年 長者 は,男 性 で あれ ぽ 兄(aj),女 性 で あ れ ば 姉(pi)が 呼 び 名 に 使 用 さ れ る。 同 世 代 の 年 少 者 は,性 別 の 区 別 な く,年 下 の キ ョ ウ ダ イ を 意 味 す る ノ ー ソ (norng)と 呼 ぶ。 自分 の 両 親 と同世 代 で,両 親 よ り年 長 の 男性 に は,伯 父 を表 す ル ン(lung),女 性 には 伯 母 を 表 す パ ー(pa)が 使 われ る。 両 親 と同世 代 で,両 親 よ り 年 下 の 者 に は,性 別 を 問 わ ず,叔 父,叔 母 を表 す ナ ー(〃 の が 用 い られ る。 自分 の 祖 父,祖 母 と同 世 代 の 村 人 に は,男 性 な ら祖 父 を 表 す ボ ー ・ル ワ ン(phor  Luang), 女 性 な ら祖 母 を 表 す メ ー ・ル ワン(〃iae Luang)が 一 般 的 に 用 い られ る。 この よ うに, 村 人 の 呼 び名 に 相 対 的 な年 齢 差 と性 に した が った 親 族名 称 が用 い られ るのは,村 全 体 が 親族 で あ る と考 え られ て い る とと もに,こ の よ うな年 齢 と性 に よ る区別 を意 識 した 行 動 が村 人 に要 求 され るか らで もあ る。

  実 質 的 な 財産 格 差 が 世帯 間に 存 在 して い る に もか か わ らず,村 人 の 間 に は強 い 平 等 意 識 が 存 在 す る。N村 の 住 民 は ほ とん どが 血 縁 関 係 あ る い は姻 戚 関 係 で 結 ぽ れ て い る。 また,土 地 財 産 は キ ョウ ダイ間 の 均分 相 続 が原 則 で あ る。 それ に 加 え て,70年 代 半 ば まで 村 周辺 に開 拓 で き る土 地 が 豊 富 に あ った こ とか ら,こ れ ま で,家 が豊 か に な るた め に は,財 産 の保 護 や それ を使 った 投 資 よ りも,良 質 な 労働 力 の確 保 が 問題 とな って きた 。 そ して,現 在 彼 らの 間 で見 られ る財産 格 差 は,勤 勉 さに よって 生 じた もの で あ る と理 解 され て い る。 豊 か さ とは,一 度 手 に 入れ れ ば そ の 後 も安 心 して保 持 で き る もの では な く,怠 けれ ば す ぐに 消失 して しま うもの と考 え られ て い る。 そ れ ゆ え, 村人 に とって 現 在 の経 済的 不 平 等 は一 時 的 な 現 象 で あ り,本 質 的 な差 異 では な い。 村 人 間 の本 質 的 差 異 は,む しろ道徳 的 な とこ ろに あ る と考 え られ て い る。

  こ う した 平 等 意 識 の も とで,N村 の 社会 関 係 は 諸 個 人 間 の 自発 的 な相 互 行 為 を基 礎 に して構 築 され る。 彼 らは フ ォーマ ル な制 度 に よ って社 会 的 に 統制 を受 け る とい う

こ とが な い。 個 人 相 互 の 関 係は 直 接 的 で即 時 的 な 関 係 で あ る。 具 体 的 な協 同的 活動 の 中 で,そ の関 係 は フ レキ シ ブルに 変 化 す る。 個 人 が 自 らの意 志 で 主 体 的 に誰 と関 係 す るか につ い て選 択 す る こ とが可 能 であ り,生 来 の メ ンバ ー シ ップに ょ って,特 定 の 人 々 との絶 対 的 な相 互 協 力 の 関 係が 規 定 され る とい う状 況 に な い。 二 世 帯 間 の相 互 行 為 に よって部 落 とい う コ ミュニテ ィが構 築 され,そ れ が 拡 大 した コ ミュニテ ィ と して 村

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カミ観 念 され る。

 北 タ イ では,村 か らの流 出,村 へ の流 入 が 比 較 的 自由 で あ り,こ の こ とが村 社 会 の 政 治 的安 定 に貢 献 して い る。 村 内で 大 きな紛 争 や 不 祥事 を起 こ した 者 は,血 縁 者 や 姻 戚者 の住 む 他 村 へ と移 住 す る。 財 産争 いや 不 倫 騒 動 な ど,村 人 ど うしの 問題 は 当事 者 だ け の 問題 に と どま らず,彼 らの親 族 を巻 き込 ん だ集 団間 の い が み合 いへ と発 展す る。

移 住 に よ って,当 事 者 は精 神 的 苦 痛 を 取 り除 く こ とが で き,ま た 村 に 残 され た彼 の親 族 も政 治的 安 定 を 取 り戻 す こ とが で き る。 所 有 す る土 地 を親 族 な どに 売却 し,移 住 先 で新 た な農 地 を購 入 あ るい は開 拓 す れ ぽ,移 住 者 がそ れ ほ ど決 定 的 な 経 済 的損 失 を 被 る こ とは な い。 また,移 住 先 で コ ミュニテ ィに受 け 入 れ られ る のが 容 易 で あ り,移 住 に対 す る社 会 的 障 害 も少 な い。む しろ,敵 対 的 な 関 係 を保 ちな が ら村 の 中 に と ど ま り, 近 隣 者 な どか ら協 力 が 得 られ な い で い る よ りも,新 天 地 で新 た な関 係 を 築 い た方 が社 会 的 利 益 が得 られ る。 こ うした移 住 の 容 易 さは,村 の 危機 的 状 況 に おけ る安 全弁 の役 割 を 果 た して い る。

  年 齢 と性 に よ る社 会 秩序

  N村 社 会 に は 年 齢 と性 別 を 基 準 と して成 り立 って い る社 会 秩 序 が 存 在 す る。 村 の 代 表 者 と して の年 寄 り(khon  taw or khon kae)は 実 用 的知 識 の源 泉 で あ り,村 人 た ち を教 え導 く道 徳 的 存 在 と され る。 村 で何 か 問題 が起 こ った 時 に は,彼 らの 知識 と公 平 な判 断 が 頼 りとな る。 新 年 な どに村 で お こ な うダム ・フ ア(dam  hua)は,村 人 が 村 の年 寄 りの家hを まわ って 捧 げ もの を し,代 わ りに 年 寄 りか ら長 寿,安 全 の 祈願 を して もら う儀礼 で あ る。 これ は,新 しい年 を 迎 え るに際 して,前 年 に お こ な った年 寄 りへ の不 敬 を詫 び る儀 礼 で あ り,こ こ には 村 社会 全 体 の年 寄 りに対 す る敬 意 が 象徴 的 に示 され る。N村 の若 い 女性 は 言 う。 r年 寄 りは敬 う。 我 々が 子 ど もの 時 に い ろ い ろ な こ とを 教 え て くれ た し,さ ま ざ まな儀 礼 の時,手 伝 った り,お こな った りして くれ た。 父や 母 と同 じで あ る」

  反 対 に,女 性,そ れ も と くに 若 い女 性 は,象 徴 的Y最 も低 い 位 置 に あ りつ つ,村 行 事 の実 行 に お いて も従 属 的 な 立 場 に置 かれ てい る。 公 の場 で 政 治 活動 に参 加 す る の は 男性 で あ るが,彼 らの指 示 に 従 い,実 際 の準 備 か ら後 か た づ け まで,ほ ぼ 全 過程 で主 な働 き手 とな るの は女 性 であ る。 そ して,女 性 の 中 で も比 較 的 年齢 の高 い者 が 作 業 を 指 揮 管理 し,若 い女性 は そ の命 令 に 応 じて勤 勉 に 作業 す る こ とが 期待 され る。

  しか しな が ら,N村 の 女性 は 象徴 的 に 低 い 位 置 に と ど ま りな が ら も,村 の政 治的 活 動 に お い て強 大 な影響 力 を保 持 して い る。 北 タイ の家 庭 生 活 に お い て,妻 は 家 事 の

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平井   北 タイ農村における 「仕事」概念の一考察

主 な担 い手 と され る。 だ か ら とい っ て,妻 た ち はそ れ ぞ れ 家 に 閉 じこ も り,相 互 に分 断 され て,社 会活 動 に 参 加 で きな い とい うわけ では な い 。 村 内 にい る限 り,女 性 も制 限 され る こ とな く 自由に 動 き回 る こ とが道 徳 的 に許 され て い る。 朝 昼 夕 の 買 い物 や 村 で 開 かれ る儀 礼,隣 人 間 で の協 同作 業 な どに参 加 し,女 性 ど うしの間 で 密 接 な コ ミュ

ニ ケー シ ョ ソが お こなわ れ る。 また,北 タイ に は,近 隣 の 家 を 相互 に 訪 問 しあ って余 暇 を過 ごす とい う習 慣 が あ るが,こ れ をす るの は主 に女 性 で あ る。 この よ うな,女 性 た ち が世 帯 間 で形成 す る紐 帯 を 通 じて,村 社会 の 出来 事 に 関 す る情 報 と と もに そ れ に 対 す る政 治 的 意 見 が交 換 され,そ こで特 定 の 解 釈や 価 値 判 断 が 出来 事 に付 加 され る。

これ らの知 識 は 女性 を通 じて村 の 中 を巡 回 す る。 平 等 化 に 敏 感 な村 社 会 に お い て,政 治 的 な 力 とは,村 社 会 で よ り多 くの観 客 か ら支 持 を得 る こ とで あ る。 女 性 は 子 ど もの 時 か らそ の生 活 の 多 くを 村 で 過 ご し,隣 人 間 の 紐帯 を歴 史 的 に 構築 して きて お り,こ れ を 利用 して,直 接 あ る いは 夫 を通 じて間 接 に,村 の政 治 で 発 言す る こ とが で き る。

実 際,北 タ イ の村hで,私 欲 に 走 る村 長 や 怠 惰 な僧 の追 放 な どが起 こった 時 に 指 導 的 な役 割 を果 た して い るの は,女 性 た ち で あ る。

2  ン ガ ー ン の 表 象

  ンガ ー ン(仕 事)

  ソガ ー ソは 「仕 事 」 お よび 「仕 事 の 対 象 」 を 意 味 す る6)。こ こで は 作 業 活 動 そ の も の とそ の対 象 で あ る物 とが 明確 に区 別 され ず,一 体 の もの と観 念 され て い る。つ ま り, ンガ ー ソ とい う概 念 に は,生 産 過 程 と生産 物 の両 方 が 包含 され て い る。

 公 的 書 類 な どで使 わ れ る,職 業 に 相 当 す る標 準 タイ 語 ア チ ー ブ(achib)は,村 の 日常 生 活 に お い て は使 わ れ な い。N村 で 仕事 を尋 ね る時 には,「 何 を して い るか 」 (ノekan fang),「 何 を しに行 って い る か」(paJ/ejang),あ るい は 「ど こで 仕事 を して い るか 」(ノekan thi naj)と い った 質 問形 式 が 用 い られ る。 第4章 で詳 述 す るが,こ の よ うな 質 問形 式 は 彼 ら と仕 事 とのか か わ り方 を反 映 して い る。 公 務 員 や工 場 労 働 者 な どの ご く一 部 の 例 外 を 除 い て,N村 で は1年 を通 して 同 一 の 職業 に つ くこ と は難 しい。 彼 らは 毎 日,異 な る場 所 で異 な った 仕事 につ いて い る。

 仕 事 は 世 帯 の 内 で お こな う仕 事 と,世 帯 の 外 で お こな う仕事 とに大 き く分 類 さ れ る

6)仕 事 の こ と をkan  nganと も 言 う。 kanは 名 詞 の 前 に 置 か れ る こ と に よ っ て,そ の 名 詞 の   表 す 活 動 や 仕 事,職 業 な ど を 表 す こ と が で き る 。 た と え ぽ,kan  hyanで 家 事 と な る。 ま た,   kanの 一 語 で も 仕 事 一 般 を 表 し,ノe kanで 「仕 事 を す る 」 と い う意 味 に な る 。

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こ と が 多 い 。 前 者 を 「家 の 仕 事 」(ngan  hyan),後 者 を 「家 の 外 の 仕 事 」(ngan  norg hyan)と 言 う。N村50人 の 主 婦 を 対 象 と し て 「勤 勉 な 人 と は ど う い う人 で あ る か 」

と い う質 問 を お こ な っ た が,彼 ら の 答 え に は 多 か れ 少 な か れ 「朝 早 く起 き て 夜 遅 くま で 」 「家 の 仕 事 と家 の 外 の 仕 事 を す る 」 と い う考 え が 含 ま れ て い た 。 家 あ る い は 村 に 対 す る 家 の 外 あ る い は 村 の 外 と い うの は 彼 ら が 頻 繁 に 用 い る 二 分 法 で あ り,そ れ ぞ れ に 対 応 し て,家 で は ン ガ ー ン ・フ ワ ン を し,外 で はンガーン ・ノ ー ク ・フ ワ ン を す る の が 女 性 の 仕 事 と考 え ら れ て い る 。

  ン ガ ー ン ・フ ワ ンは い わ ゆ る 家 事 よ り も広 い 概 念 で あ り,家 庭 の 管 理 全 体 を 意 味 す る7)。 こ の 中Y'は,村YTお い て お こ な わ れ る 行 事 の 準 備 や 実 施,寺 や 道 路,水 道 とい っ た 村 の 施 設 の 整 備 な ど を 意 味 す る 「村 の 仕 事 」(ngan〃iu  ban or ngan  Luang)も まれ る。ンガーン ・ノ ー ク ・フ ワ ン とは 外 に 働 き に 行 く こ と を 指 して お り,ン ガ ー ン

・フ ワ ン以 外 の 仕 事 は す べ て これ に 分 類 され る。ンガーン ・ノ ー ク ・フ ワ ン の うち,近 年 見 られ る よ う に な っ た 工 場 労 働 な ど は,特 に 「会 社 の 仕 事 」(ngan  borisad)と

ば れ る 。

  ン ガ ー ソ の 中 で も,特 に 現 金 や 物 を 報 酬 と して 受 け 取 り,労 働 に 従 事 す る こ と を ハ ップ ・ジ ャ ー ソ(hab  Gang)と 言 う。 ハ ッ プ は 「受 け る」,ジ ャ ー ンは 「雇 う 」 を 意 味 す る 。 報 酬 を 出 し て 仕 事 を 依 頼 す る 方 が ジ ャ ー ンす る こ と に な る 。 家 事 の 代 役 や 稲 作 作 業 の 援 助 な ど,あ ら ゆ る作 業 が ジ ャ ー ソ の 対 象 と な る。 報 酬 が 金 銭 で あ っ て も, 物 資 で あ っ て も,ハ ッ プ ・ジ ャ ー ン で あ る こ と に は 変 わ りが な し}。

  山 や 川 へ 行 って 自 家 消 費 の た め に 動 植 物 を 採 集 す る こ と は,村 人 に 仕 事 と し て 認 識 さ れ な い 。 こ の 活 動 をN村 で は バ ー ・ギ ン(ha  kin)と 呼 ぶ 。 バ ー とは 「探 す 」 を 意 味 す る 動 詞 で あ り,ギ ン と は 「食 べ る 」 を 意 味 す る動 詞 で あ る 。 タ イ 語 に お い て は 原 形 の ま ま 動 詞 を 不 定 詞 と し て 続 け る こ と が で き る た め,バ ー ・ギ ソ は そ の 言 葉 通 り訳 す と 「探 して 食 べ る 」 あ る い は 「食 べ る た め に 探 し に 行 く」 と な る。N村 の 人 々 が 実 際 に 採 集 して い る も の に は,西 側 の 水 田 地 帯 で カ エ ル や キ ノ コ,魚,カ ニ な ど,東 側 の 山 沿 い で 食 用 の 昆 虫 や タ ケ ノ コ,野 菜 な ど が あ る。N村 の 山 は 村 人 全 員 の 共 有 物 で あ り,彼 ら だ け に そ こ で の 採 集 の 自 由 が 許 され て い る。 村 人 に そ の 日 に ど こへ 仕 事 に 行 く か を 尋 ね る と次 の よ うな 答 え が 返 っ て く る こ とが あ る。 「ど こ に も 行 か な い 。

で も 食 べ 物 を 探 しに 行 く 」(ba paj naj taepaj ha kin)。 あ る 村 人 に よれ ば,「 タ ケ ノ コ 採 りや 魚 捕 りな ど,食 べ 物 を 探 しに 行 く こ とは 仕 事 で は な い 。 タ ケ ノ コや キ ノ コ を 採

7)  ンガ ー ソ ・フ ワ ソは 家 族 関 係 を考 察す る上 で特 に 重 要 な 活動 で あ る が,本 稿 の 議 論 とは 直   接 的 な関 係 が 薄 いた め こ こでは 詳 しく論 じな い。 別 稿[平 井   1995)参 照 。

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平井  北タイ農村における 「仕事」概念の一考察

って市 場 で売 って も仕 事 で は な い」 と言 う。 あ る女 性 は バ ー ・ギ ソが ンガ ー ソに 分類 され な い理 由 に つ い て次 の よ うに 答 え て い る。 「バ ー ・ギ ンが ンガ ー ンで な い の は, す る の も しな い の も我 々の 自由だ か らで あ る。 バ ー ・ギ ンを して お かず を探 して くる こ とは,い わ ば お金 の倹 約 を助 け る こ とで あ る」

  バ ー ・ギ ソが仕 事 に 分 類 され ない 理 由 は 「探 して 」 す ぐに 「食 べ て 」 しま うか らで は な いか と考 え られ る。 バ ー ・ギ ソの生 産物 は世 帯 を 越 え た社 会 的 な 消費 に結 びつ か ず,す ぐに世 帯 内 で 消費 して しま う。 つ ま り,村 落 レベ ル で の集 合 的 な行 為 とな る こ とが な い。 食 物採 集 には,そ の採 集 の様 態 に よっ て,タ ケ ノ コや 野 菜摘 み な ど の よ う に 全 く1人 でお こな う もの と,魚 捕 りな どの よ うに数 人 の集 団 でお こな うもの とが あ る。 基 本 的 に 食物 採 集 は 個 人 で お こ ない,集 団 で協 力 して お こな った 方 が採 集 が しや す い もの に限 って集 団 でお こな う。 山の 中 の ど こに タ ケ ノ コや 野 菜 が あ る のか とい う こ とは,各 村 人 の秘 密 の知 識 とな っ てお り,採 集 場 所 を教 え な いた め に,母 親 が娘 を 連 れ だ って採 集 に 出か け る こ と さえ ほ とん どな い 。一 方 で,魚 を採 りに 行 く時 は,1 人 ず つ 個 別 に 行 くよ りも3,4人 で協 力 して お こ な った 方 が 多 くの収 穫 が 期 待 で き る。 この時 には,年 長 の村 人 が協 力者 と して必 ず 近 い親 族 を伴 って 出か け て 行 く。 近 所 の 人 を誘 って行 くよ うな こ とは な い。 家 族 だ け を集 めて,魚 を採 る方 法 や 魚 が た く さん 集 ま って い る場 所 な どを,年 長 者 が 年 少者 に教 え る。 他人 が所 有 す る水 田 で あ っ て も,田 を荒 さな い 限 り,魚 や カエ ル の採 集 は 基本 的 に 自 由 とな ってい るが,ど こで 採 集 して い る のか を知 られ るの を嫌 うた め,村 人 た ち は採 集 中 に人 が 来 る と稲 の 中 に 座 って 隠れ る。 そ して,得 られ た 収穫 は世 帯 内 だ け で 消費 す る。 この よ うに,食 物 採 集 に は 全過 程 を通 じて きわ め て個 人 的 あ る いは 世 帯 内 的 な性 格 が 強 く見 られ る。成 果 をそ の 活動 に かか わ った個 人 あ るい は世 帯 だ け で 吸収 して しま うよ うな活 動 で あ るゆ え に,バ ー ・ギ ンはN村 の人hに よ って ソガ ー ソ とみ な され てい な い の で は な か ろ

うか 。

  ン ガ ー ン(儀 礼)

N村 の 人 々 は ン ガ ー ソ と い う用 語 を 仕 事 の 他 に い くつ か の 儀 礼 を 指 す の に も 用 い る。 カ ン ・ トー ク の 儀 礼(ngan  khantog  huam  tham  bun)や ボ ー イ ・ル ワ ソの 儀 礼 (ngan porj Luang hua〃i tham  bun)な ど,村 人 た ち が 共 同 で お こ な う功 徳 の 儀 礼 に は ン ガ ー ン と い う名 称 が 用 い られ る8)。 ま た ,葬 式(ngan  sop),結 婚 式(ngan  taeng

8)不 思 議 な こ とだ が,筆 者 の知 る限 りに お い て,仕 事 と儀 礼 とが ン ガー ソと い う同 一 の 単 語   で表 され る こ とに つ い て は,こ れ まで の タ イ社 会 の民 族 誌 に お い て 注意 深 く検 討 され た こ と/

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ngan)な ど も ソ ガ ー ン と呼 ば れ る。 ま た,仏 教 の 年 中 行 事 全 般 を 指 す の に も,ソ ガ ー ソ ・プ ラ ジ ャ ム ピ ー(ngan  pracampi)と い っ た 名 称 が 使 わ れ る 。 こ れ ら の 儀 礼 は 「仕 事 」 と の 間 に 何 ら か の 関 連 が あ る の だ ろ うか 。

  ソ ガ ー ン の 意 味 を 考 え る 上 で,ピ テ ィ(phi  thi)と い う隣 接 概 念 と の 差 異 を 検 討 す る こ と が 有 益 と思 わ れ る 。N村 の 人 々 が 「ピ テ ィを す る 」(ノephi  thi)と 言 う時 に 含 ま れ る も の に は,魂 を 呼 び 戻 す 儀 礼(hiag  khwan)や 身 の 危 険 を 感 じ た 時 に 幸 運 を 祈 願 す る 儀 礼(than  cedi saj),人 生 の 節 目 な ど に 長 命 を 祈 願 す る 儀 礼(syb  chata),家

を 建 設 す る時 な ど に 幸 運 を 祈 る儀 礼(khyn  thaw  thang si),あ る い は 結 婚 式 の 時 に 新 婚 夫 婦 の 祖 先 霊 を 結 び つ け る 儀 礼(saj  phi)な ど が あ る 。 あ る 村 人 は ピ テ ィ と ソ ガ ー

ン の 差 異 に つ い て 次 の よ う に 説 明 した 。 「ピ テ ィ と は,神 あ る い は 精 霊 に 食 べ 物 を 捧 げ,我 々 を 保 護 し て も ら う よ うに 願 う こ と で あ る 。 こ れ に 対 し て ソ ガ ー ソ と は,何 の 催 し物 が あ り,た く さ ん 人 が 集 ま り,楽 し い に 違 い な い こ と で あ る 」。

  これ ら2種 に 分 類 さ れ る 儀 礼 を 比 べ て み る と,次 の よ うな 傾 向 が 指 摘 で き る 。 ま ず 第 一 に,ン ガ ー ン を お こ な う時 に は 主 催 者 が 親 族 や 近 隣 者 な ど を 積 極 的 に 集 め るが,

ピテ ィ を お こ な う時 に は 特 に 人 を 招 待 す る と い っ た こ とは な く,当 事 者 だ け で お こ な う場 合 が ほ とん ど で あ る 。 必 ず し も個 人 的 な も の で は な い に せ よ,ピ テ ィに は そ の 目 的 に 関 連 す る 当 事 者 だ け が 参 加 す る と い う傾 向 が あ る 。 ピテ ィ は あ く ま で も 自 己 の 目 的 に 基 づ い た 行 為 で あ り,ン ガ ー ン と異 な り参 加 へ の 道 徳 的 な 義 務 は な い 。 第 二 に,

ン ガ ー ソ に 比 ぺ る と,ピ テ ィ と呼 ば れ る 儀 礼 は,治 療 儀 礼 の よ うな,よ り具 体 的 な 目 的 を 持 っ て い る 場 合 が 多 い 。 そ こに は,新 築 した 家 か ら悪 い 精 霊 を 追 い 払 う,特 定 の 厄 を 追 い 払 う,特 定 の 危 険 な 状 態 か ら魂 を 守 る,あ る い は 体 内 に 入 り込 ん だ 悪 霊 を 追 い 払 うな ど の 目的 を 持 っ て,守 護 霊 や 地 霊 な ど に 祈 願 す る と い うパ タ ー ソが 見 られ る 。 つ ま り,特 定 の 効 果 を 期 待 し て,超 自然 的 存 在 あ る い は 霊 的 力 に 儀 礼 的 な 手 段 に よ っ て 働 き か け る と い う図 式 を 含 ん で い る 。 第 三 に,ピ テ ィ を と りお こ な うの は,僧,仏 教 儀 礼 の 司 祭(pu  can),お よ び 霊 媒(ma  khi)の 場 合 が あ る が,ン ガ ー ンを 指 揮 す

る の は 僧 あ る い は 村 の 仏 教 儀 礼 の 司 祭 に 限 定 され て お り,霊 媒 が と りお こ な う ソ ガ ー ン とい うの は な い 。 た だ し,霊 媒 は 村 人 の 恋 愛 上 の 悩 み や 健 康 問 題 金 銭 トラ ブ ル な ど に 対 して 託 宣 を お こ な う こ と か ら,こ の 傾 向 は 第 二 の 傾 向 と 直 接 に 関 係 し て い る 。   注 目す べ き こ と に は,結 婚 式 や 新 築 祝 い の 儀 礼 な ど の よ うに,一 連 の 儀 礼 の 中 に ソ

\ が な い。 筆 者 が ン ガ ー ンの2つ の意 味 に 関 心 を 持 つ よ うに な った 契 機 は,ラ ンプ ー ソ市 近 く   に あ る工 場 の 入社 試 験 で お こな わ れ て い た 次 の よ うな 質 問 で あ る。 「も しポイ ・ル ワ ンの 儀   礼,結 婚 式,新 築祝 い の儀 礼,会 社 の仕事 が あ った 時,あ な た は どの ンガ ー ソを 選 び ます か 」。

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平 井    北 タイ農 村 に おけ る 「仕事 」 概 念 の 一 考 察

ガ ー ン と ピ テ ィの 両 方 が 混 在 して い る 場 合 が あ る 。 結 婚 式 全 体 を 指 し て,ン ガ ー ン ・ テ ン ・ ン ガ ー ソ と 呼 ぶ が,こ の う ち,新 郎 新 婦 の 祖 先 霊 を 知 り合 わ せ る サ イ ・ピ ー

(saj phi)は 村 人 に よ っ て ピ テ ィ と 呼 ば れ る 。 一 連 の 新 築 祝 い の 儀 礼 全 体 は ソ ガ ー ソ

・ク ン ・フ ワ ソ ・マ イ(ngan  khyn hyan〃1aj)と 言 うが,そ の 途 中 に は,家 に 使 う柱 か ら精 霊 を 追 い 出 す ピ テ ィ ・ロ ン ・サ オ ・ク ワ ン ・サ オ ・ナ ソ(phi  ti long saw khwan saw Hang)や,家 と 家 人 の 守 護 を 願 うス ー プ ・チ ャ タ ー(syb  chatの な ど の ピ テ ィが 含 ま れ て い る。 これ ら の 使 用 例 を 整 理 して み る と,ソ ガ ー ソ が 比 較 的 大 き な 概 念 で,

時 折,そ の 中 に ピ テ ィ と 呼 ぼ れ る 部 分 が 含 ま れ る こ とが わ か る。 さ ま ざ ま な 事 情 に よ っ て,結 婚 時 や 家 の 新 築 時 に ン ガ ー ンを せ ず に,ピ テ ィだ け を お こ な う カ ッ プ ル が い る が,そ の 場 合,全 体 が ソ ガ ー ソ と呼 ぼ れ る こ と は な い 。

  こ の よ う な 傾 向 か ら,ン ガ ー ソ と称 さ れ る の は 仏 教 的 な 功 徳 の儀 礼 に 限 定 さ れ る の で は な い か と考 え られ る 。 葬 式 あ る い は 結 婚 式,新 築 祝 い の 儀 礼 で は,必 ず 僧 が 招 か れ る 。 こ れ ら の 儀 礼 の 中 で は 参 加 者 が 一 緒 に 読 経 を し,世 帯 主 が 僧 あ る い は そ れ に 準 じた 村 の 仏 教 儀 礼 の 司 祭 に 寄 進 を お こ な い,仏 教 的 な 功 徳(ngan  huam  tham  bun) を 積 む 。 こ の 意 味 で,ほ と ん どの ソ ガ ー ンは 確 か に 共 同 で 功 徳 を 積 む 儀 礼 で あ る と言

う こ と が で き る か も しれ な い 。

  しか し,一 方 で,仏 教 的 な 功 徳 が お こ な わ れ な い な が らN村 の 人 々 が ソ ガ ー ン と 呼 ぶ も の も 存 在 す る 。 た と え ば,新 年 な ど に 村 人 た ち が 集 ま っ て お こ な う,特 に 仏 教 的 な 意 味 を 強 く持 た な い パ ー テ ィ が,ン ガ ー ン,あ る い は 特 に ン ガ ー ソ ・ リヤ ソ

(ngan lfang)と 呼 ぼ れ る 。功 徳 が お こ な わ れ な い パ ー テ ィ な ど を ソ ガ ー ン と呼 ぶ の は, 本 来 の 意 味 か ら新 し く派 生 した 副 次 的 な 用 法 で あ る と い う意 見 が あ る か も しれ な い 。 そ の よ う な 考 え 方 を 全 面 否 定 す る も の で は な い が,以 下 に 試 み る よ うに,む し ろ ソ ガ ー

ソを リヤ ン とい う行 為 か ら 説 明 す る こ とは で き な い だ ろ うか 。

  功 徳 の 儀 礼 は も ち ろ ん の こ と,パ ー テ ィ も含 め て,す べ て の ソ ガ ー ン に お い て は リ ヤ ソ と い う行 為 が お こ な わ れ る 。 リ ヤ ソ の 一 般 的 な 意 味 は,「 養 う」 あ る い は 「捧 げ る 」,「 も て な す 」 で あ り,こ こ で の 具 体 的 な 意 味 は 「食 事 を 与 え る 」 で あ る。N村 で お こ な わ れ た ソ ガ ー ン ・ リヤ ソ で は,主 催 す る 人 の 家 に 親 族 や 近 隣 者 が 招 待 さ れ, 一 緒 に な っ て 食 事 を し,酒 を 飲 ん だ り踊 っ た りす る 。 主 催 者 が 招 待 者 に 対 し て 食 事 を 振 る舞 う の が リヤ ン で あ る 。 リヤ ソ の お こ な わ れ な い ソ ガ ー ソ と い うの は な い 。 ピテ ィに お い て も リヤ ソ と呼 ば れ る 行 為 が 部 分 的 に お こ な わ れ る が,こ の 場 合Y'は,参 者 が 全 員 で 食 事 を す る こ とは あ る も の の,食 事 な ど を 神 的 存 在 に 捧 げ る こ と が 主 に 意 味 さ れ る 。

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  リヤ ソとい う行 為 は,単 に 主催 者 が訪 問 客 に食 べ 物 を 捧 げ,一 緒 に 食事 をす るだ け で は な く,社 会 的 な意 味 を つ く り出す 生 産 的 な活 動 で あ る。 食 べ 物 を 捧 げ る とい う行 為 は,親 や年 寄 りな ど,世 帯 を 異 にす る第 三者 に対 して お こな うこ とに よ って,彼 ら へ の敬 意 を表 す こ とに用 い られ る。 つ ま り,食 事 を差 し出す とい うこ とは,相 手 を 尊 敬 す る(ty)こ とで あ り,そ の 力 を信 じる(c妙 α)こ とで あ る。 ソ ガ ー γにお い て 村 中 か ら集 ま った招 待 客 に 食事 を捧 げ る とい うこ とは,そ の 参加 者 集 団 に対 して象 徴 的 に 敬意 を 表 す こ とで あ り,主 催 者 が訪 問 客 との 間 で連 帯 意 識 を確 認 す る とい う意 味 が あ る。 こ の,社 会 的 な行 為 と して の リヤ ンが,ン ガ ー ソの中核 を形 成 す る と考 え られ る。

3  ソガ ー ソ と仏教 倫 理

1)行 為 と カ ル マ

  カ ル マ

  N村 の 人 々 が 人 間 の 行 為 とそ の 結 果 を 説 明 す る 際 に 用 い る カ ル マ(kam)と い う概 念 に は,仏 教 の 基 本 的 な 教xが 凝 縮 さ れ て い る 。 こ れ は,善 い 行 い(bun  or bun khun)は 良 い 結 果 を もた ら し,悪 い 行 い(///)は 悪 い 結 果 を うむ と い う法 で あ る。

仏 教 に お い て は,善 い 行 い を 讃 え,悪 い 行 い を 懲 ら しめ る よ う な 超 自 然 的 存 在 は い な い 。N村 の 人 々 が 言 う よ う に,「 善 い 行 い を し た 人 が 良 い 人 生 を 送 る こ とが で き る (tha〃t di daj di, tha〃t chua daj chua)」 と い う 自 然 の 法 が あ る だ け で あ る 。 村 の あ る 女 性 は 「い い 夫 を も て る こ と は 善 い 行 い を した か ら だ 」 と言 う。 ま た,N村 の 女 性D は,「 善 い 行 い を した の で 収 入 の 多 い 男 性 を 夫 に す る こ と が で き,彼 女 は 働 く必 要 が な い の だ 」 と 村 人 に 言 わ れ て い た 。 反 対 に,現 在 に 悪 行 を お こ な う者 は,近 い 将 来 か 来 世 に お い て 必 ず そ の 報 い を 受 け る と彼 ら は 言 う。N村 の あ る年 寄 りは 次 の よ う に 言 う。 「今 の 世 で 悪 い こ と を す る と 来 世 で そ の 報 い を 受 け る 。 人 殺 し を し た り,動 を 痛 め つ け た り殺 し た りす る と,同 じ と こ ろ が 悪 く な っ た りす る。 カ エ ル の 足 を お る と,将 来 自 分 の 足 が 悪 くな る 。 これ は カ ル マ で あ る 。 カ ル マ は 自分 に 起 き な く て も 子 ど も に 起 き た りす る。 来 世 か,現 世 で も 年 取 っ た 先 に 起 こ る。 主 に 現 世 で 起 こ る こ と が 多 い 」。

  N村 の 人 々 は カ ル マ概 念 を 用 い て 隣 人 の 道 徳 的 非 難 を す る 。 あ る 女 性 は 村 のPと い う男 性 に つ い て 次 の よ うに 言 う。rPさ ん は 女 に 悪 さ ぽ か り して,女 の 気 持 ち を 考

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平井   北タイ農村における 「仕事」概念の一考察

え て い ない 。Pさ ん の妻 に子 どもが で きた。 み んな は(お 腹 の中 に い る)そ の子 が絶 対 に女 の子 で あ る と確 信 して い る。 そ して,20歳 ぐらい に な った ら男遊 び が激 し くな る。 それ が カ ル マ の運 命(wen  kam)で あ る」。 村 人 に よれ ぽ,オ ー トバ イ で転 ぶ こ と さえ カル マが 原 因 であ る と言 う。

 人 間 が 幸 福 に な る には徳 を積 む必 要 が あ る一 方 で,現 在,家 族 や 財産 に恵 まれ た環 境 に い る こ とは,過 去 の功 徳(bun)の 成 果 とされ る。 カル マ とは各 個 人 が 前 世 か ら 現世 ま で の輪 廻 の 中 で獲 得 した徳 と不 徳 の総 体 で あ り,彼 の心 の状 態 や性 格,行 動 パ タ ー ンや 習 癖,行 為 の成 功 や 失敗,幸 福 や不 幸 な どの 人 生経 験,さ らに は人 間関 係 や 村 全体 の繁 栄 や 調和 な ど,存 在 状 況 す べ て に 関与 す る と され る。 つ ま り,カ ル マ とは 村 人 が 自己 と外 部 の環 境 とを 接 合 させ る概 念 とな って い る。

  カル マ とは 人 間 の 自己9)の 一部 を構 成 す る もの と考 え られ る。 スパ イ ロは ビル マに お け る調 査 か ら カル マ の特 徴 を次 の よ うに 説 明す る。 「カ ル マ は運 命 で も幸 運 で も な い 。 そ れ はむ しろ個人 が現 世 を 含 む輪 廻 の 中 で獲 得 した 徳 と不 徳 との収 支 の よ うな も ので あ る」 【SPIRO 1966:1167】。 しか し,こ こで改 め て 指 摘 す べ き こ とは,カ ル マ は 人 が成 し遂 げ て きた 行為 の 結 果 に つ いて,天 界 に い る神 的 存在 がつ け る会 計 簿 の よ う な,人 間 に外 在 す る もので は な い こ とで あ る。 カル マ は人 間 の行 為 の進 む 方 向 を導 く 推 進 力 の ひ とつ で あ る。 そ れ は 体 の 内部 に あ る要 素 あ る いは 属 性 と言 って も よ く,心 の状 態 を 決 め た り,思 考 過 程 を 制御 した り,行 動 を 起 こ させ た りす る。 た とxば,N 村 の 人hは,徳 をた くさん積 ん で い る僧 は 体 の 内部 に よ り強 い 術 力 を持 って い る と考 え てい る。 また,N村 に 訪 れ た あ る僧 は,「 自分 は 徳 を た くさん 積 ん で い る の で, N 村 の山 の上 に住 む鬼 や精 霊 と話 し合 うこ とが で き る し,ま た 彼 ら と一 緒 に いて も 自分 は平 気 で あ る」 と言 い,こ の こ とは 村人 に も広 く信 じ られ て いた。 意 識 の外 に あ りな が ら,そ れ で も 自己 に 内在 す る行 為 の傾 向が カル マ で あ る。

  そ れ ゆ え,カ ル マ の教 え の も とで は,あ らゆ る行 為 の結 果 の道徳 的責 任 は行 為者 に あ る。カル マは 行 為 者 が認 知 で き る範 囲 を 超 え て 拡大 した 自己 の一 部 を 構 成 して お り, 行 為 者 の 直 接 的 な意 図 に 関 係 な く,行 為 の実 現 全 体 に 関 与す る と され る。 彼 は 道 徳 的 に善 い 行 い を して徳 を 積 む こ と もで きる し,徳 を失 うよ うな悪 い行 為 をす る こ ともで き る。 しか し,こ こでは 意 図 と行 為,お よび そ の 結 果 は 区別 されず に一 体 化 して い る。

行為 の善 悪 は す べ て そ の結 果 に よって 決定 され,そ の ま ま遡 って行 為 者 の意 図 の善 悪

9)本 稿 で の 自己 とは,理 性 的 存 在 と して の 個 人 で は な い。 肉体(body)を 持 ち,そ こに 魂 が   宿 り,外 界 か らの強 い 影 響下 に さ らされ,ま た カ ル マに よ って運 命 づ け られ た,人(person)   と して の個 人 の こ とを意 味 す る。

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とされ る。 逆 に言 え ぽ,す べ て の 行為 とそ の 結果 に意 図 が 隠 され て い る こ とに な る。

  功 徳

  カル マ の教 え に した が って,人 々が現 状 を 受 け 入れ る こ とが で き る と して も,将 来 につ い て の不 安 は消 し去 る こ とが で きな い。 運 命 が予 定 され て い て も,過 去 の 行為 の 結 果 が い つ 自分 の身 の 回 りに起 こ るか に つ い ては,人 間 に 理 解 で きな いか らで あ る。

そ の上,人 間 は責 任 を 負 うべ き自分 の過 去 の行 為 を必 ず しも知 り尽 く して い るわけ で は な い。 前世 の行 為 に つ い て は知 る 由 もな く,ま た現 世 にお い て も 自分 で気 づ かず に お こな った 行 為 が数 多 く存 在 して い る。

  この よ うな 不 安 を取 り除 くた め に よ り堅 実 な こ とは,ひ た す ら功徳 行為 を続 け る こ とで あ る。 過 去 の悪 い行 い は それ 以 上 の善 い行 いを す る こ とに よ って 帳 消 しにす る こ とが 可 能 で あ る。 「これ ら2つ(慈 善 と道 徳)の うち,慈 善 は よ り重 要 に思 わ れ る 。 な ぜ な ら道 徳 的 過 失 は故 意 で な い と して も頻繁 に起 こ るが,不 道 徳 な 行 為 に よる不 徳 は 慈善 的 な行 為 か ら得 られ る徳 に よ って うま くいけ ば補 う こ とが で き るか らで あ る」

【Sruto 1966:11671。 内に 向 か うの で は な く,外 に 向 か うこ とに よ って,自 己 の状 況 は 改 善 で きるio)0「仏 教 心理 学 に お いて は,精 神 が 肉体 に 影 響 を及 ぼす だ け で は な く,

肉体 的行 動 が 精 神 に影 響 を 与 え る こ とが よ く認 め られ て い る。 事 実,両 者 は相 互 依 存 の関 係 に あ る」 【KANTIPALO  1989:4】。 行 為 には 自己 を 決 定 す る可 能 性 が 含 まれ て い る。

  世 俗 に あ る村 人,特 に,僧 に な る こ とが で きな い女 性 に と って,最 も身 近 な功 徳 の 方 法 とは,仏 教 教 団 の維 持 に貢 献 す る こ とであ る。 具 体 的 に は,村 の 中 でお こなわ れ る さ ま ざ まな仏 教 行 事 に お い て,食 料 や衣 服,住 居,生 活 用 具,布 施 な どを 僧 に捧 げ る こ とが,功 徳 の行 為 に な る。 つ ま り,寺 や 僧 とい う媒 介 へ の寄 進 を通 して 初 め て彼 らには 功 徳 が可 能 とな る。

  ス パ イ ロや デ ー ビスが 指摘 して い る よ うに,功 徳 に お い ては そ の行 為 自体 が 最 も重 要 で あ る。 「徳 を 生 み 出す の は寄 贈 品 の効 用 では な く,寄 贈 す る とい う行 為 で あ る。

そ して,そ こで生 まれ る徳 の性 質 を決 定 す るのは 受取 手 の客 観 的 な 必要 性 では な く, 彼 の 霊 的 な性 質 で あ る」 【SPIRo 1966:1171】。 「北 タイ の 人hは 儀 礼 や 宗 教 的 実践 に 関連 してr信 じる』(chua)と い う単語 を ほ とん ど使 わ な い。 彼 らが 使 用 す る単語 は

10)  将 来 の予 測 が 不 可 能 な 人間 に とって,悩 み が あれ ぽ,僧 や 霊 媒,占 い 師 な どに相 談 す る こ   とは で き る。 そ の 場 合 で も,彼 らが 助 言 す る内 容 の多 くは,状 況 を 改 善す る た め ピテ ィか功   徳 の ど ち らか を勧 め て い る。

参照

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