奈良教育大学学術リポジトリNEAR
ホッブズにおける宗教の問題
著者 伊豆藏 好美
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 46
号 1
ページ 51‑71
発行年 1997‑11‑10
その他のタイトル Thomas Hobbes on Religion
URL http://hdl.handle.net/10105/1539
,;J'i nfi 、・,・、TLl.'投 :fll'>?た 蝣T‑I ':蝣蝣'、し・日:‑:こ.「hL 「 Iiull. NこIra Uni\」工 Vol.4b, No.I (Cult. &\(JC ). 1997
ホップズにおける宗教の問題
伊豆戒 好 美 (奈良教育大学哲学倫車m一教室)
(平成9年4月18日受理)
もしも着 捕りの最大の秘訣にして専らの関心事が、ひとびとを錯誤のうちに置き留め、恐怖心に 宗教の美名を着せて彼らを抑えつけるのに利用し、あたかもそれが救いであるかのように自身の 隷属のために闘うようにしむけ、 ・人の人間の野望のためにKILと生命とを榔つことが恥辱ではな
く、かえって最高の名誉であると思わせるところにあるとするならば‑・
スピノザ『神学政治論』序文小 ヨーロッパの17世紀は戦争と内乱の時代であった。宗教戦争の嵐が吹き荒れた時代であった.
国家と国家、宗教と宗教、そして宗教と国家とが、ときにはお互いを利用し合い、欺き合いなが ら、血月勘、抗争を繰り返していた。〕占い権威や秩序を支えてきた思想は、懐疑論や数学的自然学 の洗礼を受けて費え去ろうとしていたが、まさにそれゆえに、新たな秩序や指導原理をめぐる対 立は激化し、宗教的狂信が依然として猛威をふるっていた。それはなにがしかわれわれの時代の 様相に似ていなくもない。いや、あるいはむしろ、われわれの時代がますます17世紀的状況に近 づきつつあると言うべきであろうか。さまざまなレベルでの相対主義が自明視され、異なる価値 観の間の闘争は職烈化するが、それを調停するにたる普遍的原理や権威はもはや存在せず、伝統 的な道徳規範はますます無力化してきている。他方で、と言うよりむしろその結果として、かつ てのイデオロギー対立に代わる、異なる民族、人種、宗教、党派間の対立はより先鋭化され、ま さに新たな形での宗教的狂信が世界を覆いつつあるようにも思われる。あたかも、 17ft璃Llを起点 として築かれてきた西欧近代の歴史全体が終烏を迎え、ホップズの「自然状態」がその姿を変え て回帰しつつあるかのようである。本稿で考えてみたいのは、そのホップズの宗教論についてで
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国家主権の絶対性を擁護するホップズの政治哲学が、当時の戦乱状態、とりわけ母国イングラ ンドの凄惨な内乱状態を克服するための理論的処方^を提供しようと意図されたものであったこ とはよく知られている。また、彼がその内乱の主要な原因の‑ ・つを、キリスト教諸宗派間の対立 にあると捉え、一切の宗教的権威、教会権力を国家主権による統制下におくべきことを主張した 点もよく知られていよう。したがって、例えば次のような評価がTTされるのもしごく当然のこと のように思われる。 「実定宗教に対するホップズの本音の立場は、すべての時期を通じてl司‑で あった。すなわち、それは、宗教は国家に奉仕するのでなければならず、宗教はそれが国家に与 える利益や損害に応じて評価されあるいは非難されるべきである、というものであった」 。実際、
ホップズは『リヴァイアサン』では、すべての聖職者の叙任権はおろか、聖書の解釈権や、奇跡 の認定権ですら政治的主権者にある、とまで述べている。だとすれば、彼においては「宗教の論 理は政治の論理に従属している」ljトのも自明というものではないだろうか。
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では、ここから直ちに、宗教をめぐる諸問題はホップズにとっては非本質的な、二義的な意味 しかもっておらず、彼の政治哲学も、狭義の国家論とその前提となる人間本性論のみで完結して いる、と断定してしまえるだろうか。なるほど、かつて多くの解釈者は、そのような読み方をな かば自明祝してきた。 「唯物論者」にして「無神論者」であり、数学的自然学の方法を政治学へ も応用しようとした「合理主義者」、という一一一般に広く流布してきたホップズ像からすれば、確 かにそれがきわめて整合的にも見えよう。
しかし、そうすると、宗教をめぐってホップズが書き残したテクストの膨大きは、いったいど う説明できるのだろうか。周知のように、彼は『法学原論』、 『市民論』、そして『リヴァイアサン』
と政治哲学の書を三度著したが、そのいずれもが宗教論で締めくくられており、最後の『リヴァ イアサン』にいたっては、その分量だけを見ると、宗教論が全体の半分以上を占めているのであ る。しかも、この三吉を適して、ホップズの人間本性論、国家論の基本的な枠組みはほとんど変 わっていない。内容的にも分量的にも、大きな変化と進展があったのは、むしろこの宗教論の部 分なのである。
われわれはここで、まさに冒頭で触れたような当時の社会状況を引き合いに出したくなる。例 えば、苛烈な宗教戦争という時代背景があったために、ホップズは宗教批判、教会批判の緊急の 必要性を強く意識せざるを得なかったが、それを遂行するためには、当時の慣例にしたがって、
当然のことながら聖書の解釈にも立ち入らざるを得なかったし、他方で、 「無神論者」との誇り を免れるためには、自らの理論の正当性の根拠を聖書の記述のうちに求めるというスタイルも採 用しなければならなかった。また、ピューリタン革命前後の政治状況のめまぐるしい変化の中で、
キリスト教各派に対する態度決定の仕方は、自らの境遇に切実な影響を与えかねないものであっ たがゆえに、その都度慎重な変更を加えざるを得なかったのだ、といったようにである。
だが、こうした語り口によって、本当のところ何が説明されたことになるのだろうか。そうし たホップズの試みが当時の現実の状況への対応の結果であるとだけ強調することによって、公然 とにせよ暗黙のうちにせよ論者が図らずも示してしまうのは、実は、ホップズの宗教論が所詮は 彼の国家論や人間論にとっては外在的であり非本質的である、という予断であり、彼の宗教論の 内容そのものに立ち入って考察を行なうことのあらかじめの放棄に他ならないのではないだろう か。しかるに、当のホップズ自身は、宗教の「自然的種子」は「人間本性」そのもののうちに 深く根ざしており、したがって、それを完全に廃棄することは不可能であると述べていた (L.I2.23;EW.3,p.105)̀''。このことの意味は決して小さくはない。)というのも、これはホップズ が、人間の「自然状態」は「万人の万人に対する戦い」の状態とならざるを得ないとしたあの周 知の人間本性論の水準において、宗教の問題を人間の自然的諸条件の問題として考察しようとし ていたことを意味するからである。実際、 『リヴァイアサン』では、宗教の自然的起源について 論じた「宗教について」の章は、あの「自然状態」についての記述が登場する第13章の直前に置 かれている。このような構成は『法学原論』や『市民論』にはなかったことである。つまり、ホッ プズは『リヴァイアサン』に至って、宗教の問題を人間本性論から国家論へと至る彼の政治暦学 全体の論理的文脈の中へ織り込もうとしていたのではないかO とすれば、その宗教論を単なる一 つのエピソードとしてではなく、彼の人間論や道徳論を含んだ政治哲学全体の本質的な構成要素
として読み直すことは、ホップズ自身の意図にも見合ったことであるだろうll'l。
にもかかわらず、従来の多くのホップズ解釈において、宗教論が当然のことのように無視もし くは軽視されてしまいがちであったのはなぜであろうか。その原因の‑‑一端はホップズ自身の哲学
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観にあったかもしれない。よく知られているように、彼は哲学を、現象の生成をその原因との因 果関係において推論し認識する学問、と定義し(co.l.i ;o上.1.p.2)、それゆえに、その対象を、
「何らかの生成が考えられ、その生成の一定の考察に従って相互の関係を規定することが可能な」
もの、すなわち、 「合成と分解とが起こり得るもの」 ‑と限定した。そして、そのような合成と 分解とが起こり得るもの一般が「物体」と総称されたのであった。彼の哲学は「生成」が考え得 るもの、 「合成と分解」とが起こり得るもの、すなわち「物体」のみをその対象とする。逆に言 えば、いかなる合成も分解もあり得ず、生成を考えることもできないような一切の対象は彼の哲 学の対象からは排除される。そのような例としてホップズが真っ先にあげていたのが、神であり、
神学であった。 「神学は哲学からは排除される。私が神学と言うのは、永遠で生成することがな く、われわれの理解を越えている神の本性と諸属性についての教説であって、そこではいかなる 合成や分割もありえず、生成を考えることもできないからである」。同様の理由で、 「天使に関す
る教説、及び、物体であるとも物体の様態であるとも考えられないようなあらゆるものについて の教説」も、哲学からは排除される。また、 「神からの霊感や啓示によって生まれるすべての知 識」も、それらが「理性によって獲得されるものではなく、神の恩寵によって」、 「いわば一種の 超自然的感覚として、贈り与えられるもの」であるがゆえに、さらに、「神の崇拝についての教説」
も、 「自然的理性によってではなく、教会の権威によって知られるものであって、学にではなく、
信仰に属するもの」であるがゆえに、いずれも哲学からは排除されるべきである、と明言されて いる(CO.1.8;OLA,p.9)。こうして、およそ宗教に関することがらの一切が、彼の哲学の対象 からは予め排除されているかのように見えてしまうのである。
だが、ここで気をつけなければならないのは次の点である。なるほど、例えばキリスト教神学 の対象となる神や天使には、およそいかなる「生成」も考え得ず、 「合成と分解」も起こり得な いかもしれない。しかし、キリスト教を含めた諸々の剛度宗教には、それぞれの生誕の日付があ り、どのような宗派や教団にも、それらがこの世界に属する現実の人々によって構成された組織 である限りは、ホップズが「自然的物体」と並ぶ「物体のいわば二つの最高類」と呼んだ「国家」
と全く同様に、必ずや「合成」や「分解」が起こり得るはずである。それらの教団組織は、ちょ うど国家が「人間の意志や慣習や契約によって構成される」のとまったく同じように、人々の意 志や情念や信念によって構成されるであろう(cf.CO.1.9 ; OLA,p.10)。それらの意志や情念や信 念が「神からの霊感や啓示によって生まれる」とする「教説」は、なるほどホップズの哲学のう
ちには場所をもたないとしても、しかし、そのI*]じ意志や情念や信念の「生成」を「自然的理性」
によって説明する企ては、 「すべての人々の思考や情念がどういうものであるかを読み、知る」
(L.Intro.3IEW.3,p.xi)方法を示さんとする『リヴァイアサン』の重要な課題にならないはずは ないであろう。硯に、ホップズは、宗教が人々のいかなる情念から生れ、どのような原因によっ て変質し、解体するかを、ユダヤ‑キリスト教の歴史にもその実例を求めながら説明しようとし ていたのではないか(cf.L.12.23‑32 ; EW.3, pp.105‑109)。また、 「教会の権威によって知られる」
「神の崇拝についての教説」は、 「信仰に属するもの」として哲学から排除されたとしても、し かし、人々が硯に行っている「神への崇拝や尊敬」の本性や様式について、 「自然的理性」だけ に基づいて考察し得ることは決して少なくないであろうし(cf.L.31.7;EW.3,p.348)、 「神‑の 崇拝や尊敬」についての特定の「教説」を権威づけている「教会」に関して、その「正当な権力 あるいは権威とは何か、また、何がそれを維持し、解体するか」 (LIntro.2;EW.3,p.x)という 問いが、政治的権力についてとl司様に立てられないはずもないであろう(cf. L.42.4 ; EW′r.3, p.489).
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現に、ホップズが『リヴァイアサン』の今日ではほとんど一般には読まれることのない第3部、
第4部において取り組んでいたのは、まさにそのような問いに他ならなかったのである̀6ト。
それゆえ、哲学からの神学の排除、理性と信仰との峻別という、決してホップズだけに固有と いうわけでもない主張の存在を口実として、彼の宗教論を無視ないしは軽視することはできない。
そもそも、哲学と神学、理性と信仰との分離という立場は、 14世紀以来彼の時代に至るまで、自 然理性に基づく哲学的探求に対して信仰の真理の場所を確保しようとする神学者たちも、自らの 理論が信仰の真理を侵していると判定されることを恐れる哲学者たちも、ともに繰り返し援用し てきた立場であった17'。ホップズは、このすでに一つの伝統とさえなっていた立場に依拠しつつ、
一一万では、神の本性や諸属性については人間の理性は何も知り得ないという不可知論を表明しな がら、しかし、他方では、スピノザを除けば恐らくは同時代の哲学者の誰よりも雄弁にかつ大胆 に宗教について論じているが8㌧ 実際のところ、ここには何の矛盾も離酷もありはしないのであ る。神についての「合理的」な認識が可能か否かという神学的問題とは無関係に、硯に、人は「非 合理」な情念や信念によって行動するし、病むし、命を奪い合うからである。知識人や聖職者た
ちの神学論争とは無縁なところで、宗教的な情念や信念は、硯に、人間の生を構成する話力とし て機能しているし、人々を結集させもすれば、その経を破壊してもいるからである。それゆえ、
自然的世界を「物体」の因果的生成の相の下に考察しようとするいわゆる「分解一合成的方法」
を人間の社会にも適用し、そのことによって自らの政治哲学を社会生活の現実的改変のための武 器たらしめようとしたホップズの基本的立場からすれば、宗教の問題を上述のような視角から取
り扱うことは、むしろ当然のことであったと言うべきであろうlリl。
さて、しかしながら、このような位相からホップズの宗教論を理解しようとすることは、なに も取り立てて真新しい論点を提示することにはならないし、むしろ旧来からの常識的なホップズ 解釈を単に再確認しているに過ぎない、といった指摘が、あるいはここでなされるかもしれない。
実際、もしもホップズが、宗教現象一般をあくまで人間の自然本性に関わる事実として分析しよ うとする自然主義的な立場を一貫して維持しているとするならば、それは結果的に、必ずや既成 の剛度宗教一般、とりわけキリスト教も含めた啓示宗教一般の批判‑と結びつくであろう、とは 容易に想像がつく。しかも、彼の宗教論を、単に政治的な次元での宗教批判としてではなく、そ うした自然主義的な人間本性論の帰結としての哲学的宗教批判と解することは、 「唯物論者」に して「無神論者」という、一般に広く流布してきた徹底的な牡俗主義者としてのホップズ像にも きわめて整合的であろう。なるほど、確かにホップズは宗教の問題を単なる時事問題としてでは なくて、人間本性論から国家論へと至る自らの政治普学の本質的な構成要素として探求している かもしれないが、しかし、それはあくまで「政治哲学」の論理の枠内での話であり、宗教も一一貫
してその政治的な機能こそが取り上げられ、かつ批判されているのであって、宗教の自然主義的 な分析は、まさにその批判のための有力な武器として利用されているのであり、しかも、その彼 の政治哲学は、国家権力や道徳の根拠を、およそI一一一切の社会的・文化的伝統を剥ぎ取られた自然 的生命体としての人間の、自己保存へ向けての合理的な戦略という純粋にIit俗的な原理のみから 演梓しようとしたものであって、この点にこそ彼の政治論・道徳論の近代性も存するのだ、とい
うわけである。
だが、こうしたホップズ普学についてのいわゆる「t射谷的解釈」に対して、ホップズ研究者、
とりわけ英語圏の研究者の間では、実は、かなり以前から根本的な疑問が投げかけられてきた。
そして、今日では、旧来の世俗的な解釈の伝統に対して、宗教論的な側面からの疑義や批判を唱
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えることが、一つの大きな潮流とさえなりつつあるのである。実際、ホップズのテクストの中に は、自らがキリスト教信仰の保持者であることを自明の前提としているかのような箇所が少なか らず登場するし、自説を正当化するための根拠として頻繁に聖書の記述を引用してもいる。 「世 俗的解釈」は、こうした点を無視し、あるいは「偽装」や「策略」といった観点を導入して処理
しようとするが、実は逆に、ホップズの有神論的な言明をそのまま文字通りに受け取ってこそ、
彼の議論は整合的に理解可能なものとなるのではないか。つまり、ホップズは決して無神論者な どではなかったし、啓示宗教としてのキリスト教を批判し真正の信仰を転覆させようとする意図 ももってはいなかった。むしろ彼自身はプロテスタント正統派のキリスト教信仰の保持者であっ て、このことの正当な評価なしには、彼の宗教論はもとより、人間論、道徳論を含めた政治哲学 の全体が矛盾に満ちた理解不可能なものとなってしまう、というのである州。
こうしたホップズ哲学についてのいわゆる「宗教的解釈」は、元来は、ホップズの道徳論、自 然法論についてA.E.テイラーが提起した義務論的解釈に、その一つの起源をもっている。一般 にホップズの自然法論は、神が定めた永遠不変の法という伝統的な自然法概念を、人間理性の単 なる功利的計算に基づく合理的指令‑と換骨奪胎したところにその世俗性と近代性がある、とみ なされているが、テイラーはそれに対して、ホップズの道徳論が、実はカントのそれを思わせる ようなきわめて厳格な義務論的性格を有しており、彼の自然法もあくまで道徳的な義務の命令と して解釈されなければならず、したがって、それは当の自然法の制定者としての神の存在を不可 欠の前提として要請している、と論じたのである(川。このホップズの道徳論の義務論的解釈は、
後にウオレンダーによって継承、敷桁されたことで1㌦現在では一般に「テイラー‑ウオレン ダー・テーゼ」と称されているが、このテーゼの射程を国家論全体‑と拡張し、ホップズの政治 哲学における神学的概念装置の本質的重要性を強調したのがF.C.フッドであった(ul。彼は、 「無 神論者」であるはずのホップズが少なからず繰り返している有神論的言明の誠実性を前提として こそ、初めてその政治暦学の全体が整合的に理解できるとし、ホップズは真撃なキリスト教信仰 の保持者であるばかりか、彼の国家論は「神の政治学」として神学に包摂されており、王権神授 説こそが彼の真意である、とまで主張したのである。これはいささか極端に過ぎる解釈ではある にせよ、しかし、ホップズを真筆なキリスト教的思想家として再評価し、あるいはそれを前提と した上で彼の体系を解釈し直そうとする研究者は、今日決して少なくはない'I4i。したがって、こ うした「宗教的解釈」あるいは「ホップズ解琴の反革命」に対してどのような態度をとるべき かということは、ホップズの宗教論を論ずるにあたっては避けて通ることのできない問題なので ある。
それにしても、単なる解釈の相違というにしてはあまりに大きな隔たりではないだろうか。こ の双方の解釈のいずれもがホップズ自身のテクストに依拠して成り立っているとするならば、そ の被のテクストを整合的に解釈するなど、はじめからおよそ不可能なことではないかと思えてし まうほどである。しかも、以上からすでに明らかなように、これは単なる宗教論の次元に留まら ず、ホップズの哲学体系全体の理解にも関わってくる論点なのである。それゆえ、論ずべき問題 は多岐にわたり、本稿でそのすべてをカバーすることはとてもできない。ただ、さしあたりの考 察対象を宗教論の範囲に限定するならば、この解釈上の対立は、実は、ホップズ自身の主張の不 整合や暖昧さに由来するというよりはむしろ、解釈者たちの側の誤った問題設定の仕方に原因が あるように私には思われる。というのも、多くの論者たちは、あたかもそれがホップズの理論体 系を理解するための必須の前提条件であるかのごとくに、何よりもまずホップズ個人のキリスト
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教信仰の有無を明らかにすることが重要である、と思い込んでいるように見受けられるからであ る。つまり、世俗的解釈、宗教的解釈のいずれもが、ホップズのテクストにあらわれる宗教につ いての言明を、もっぱら彼個人の内面的信仰との関係において理解しようとしているのであり、
だからこそ、ホップズの有神論的言明についても、それが果たして誠実な信仰表白であるのか、
単なる偽装にすぎないのか、あるいは、ホップズのキリスト教理解が果たして正統的なキリスト 教信仰と相容れるのか、それとも背反するのか、といった仕方で問いが立てられてしまう1161。だ が、彼が内面において無神論者であったのかクリスチャンであったのか、という問いが、まさに 客観的には認識することも解答することもできない問いであるがゆえに、結局は、ホップズ自身 のテクストを解釈する側の主観的なホップズ像や、個人的なキリスト教観が、この間題について の唯一の判定基準とならざるを得ないのである。しかも、さらに問題なのは、以上のような、
宗教の敵か擁護者か、より限定すればキリスト教の批判者かキリスト教の擁護者か、という単純 な対立図式がホップズの哲学を解釈する際の最も重要な準拠枠であるかのように見なされてしま い、その準拠枠の内部で、議論の整合性が問題とされたり、その意図がl寸度されてしまう、とい う点であるO その結果、例えば一・万では、ホップズは正統的なキリスト教信仰を保持しているよ うに装いながら、あえて意図的に不整合な議論を行うことによって、読者が自ずとキリスト教の 教義や世界観の正当性に疑念を抱かざるを得なくなるように仕組んでいるのだ、といった解釈が なされるかと思えば18㌧ 他方では、彼は自身の唯物論的普学と伝統的なキリスト教的世界観との 整合性を示すべく真撃に格闘しているのであり、そのことによって、当時進行しつつあった西欧 近代科学革命の成果と、正統的なキリスト教信仰とを理論的に調停し、後者の存続する基盤を確 保しようとしていたのだ、といった解釈が提示されることにもなるのである19)。
だが、もしもホップズの宗教論が、実は、まさにそうした準拠枠自体を無効化し、宗教をめぐ る不毛な対立図式の外部‑と読者の思考を導こうとする意図をもっていたとしたらどうだろうか。
彼のテクストが、むしろ読者の側での特定の信仰の有無、帰属する宗派の相違を前提としながら、
しかし、結果的にそれらの‑一切が無意味になるような地点を目指して書かれたものであるとした らどうだろうか。当のテクスト自体が無効化し、超え出ようとしていた準拠枠の中でそれを読も うとすることほど、その意図に反した行為もないのではあるまいか。あるいは、皮肉にもそうし た帰結をもたらしてしまったこと自体が、ホップズの企ての失敗を何よりも雄弁に物語っている、
とでも言っておくべきであろうか。いずれにせよ、ここで示唆しておきたいのは、現代のわれわ れが置かれている状況は、いくつかの点において、ホップズの語りたかったことを、 (おそらく は不幸なことに、)かつてよりもかに理解しやすいものにしてくれているのではないか、という ことである。さしあたり以上の点だけを確認した上で、まずは『リヴァイアサン』第1部の中の、
第12章「宗教について」を中心とした宗教‑ ・股についてのホップズの議論を検討していくことに しよう。
II
「人間における以外にはどこにも、宗教のいかなる徴も果実も存在しないことを考えるならば、
宗教の種子もまた人間の中だけに存在し、しかもそれが、他の生き物には兄いだされないある特 有の性質のうちにか、あるいは少なくともある性質において他の生き物よりも卓越しているとい う点に存する、ということを疑うべき理由はない」o ホップズはこのように述べて、宗教という
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人間特有の現象の発生を、一貫して人間の自然本性から説明しようとする。彼によれば、人間は 他の動物にはない旺盛な好奇心、探求心をもち、しかも記憶力や想像力に優っていることから、
物事の推移を観察し記憶する中で、すべての出来事には何らかの原因があると考える。さらに、
人間が「自分の恐れる悪から身を守り、自分の欲する善を獲得しようと絶えず努力している」存 在である限り、当然、他の何にもまして「自分自身の幸運や不運の原凶」を探ろうと努め、そこ から己の未来を慮ろうとする。だが、まさにそれゆえに、人間は自分の将来についての絶えざる 不安に責め苛まれざるを得ない。自らの運命を左右していると思われる諸原因は、その大部分 が、到底見て取れるものではないからである。 「人が将来のことを気にかけて、あまりに先のこ とまで見通そうとするならば、その心は、一日中、死や貧困やその他の災難に対する恐怖に苦し められ、その不安は、眠っている間を除けば、静まったり、途切れたりすることがない」
(L12.1‑5;EW.3,pp.94‑95),実に、人間とは、他の獣のように単に現在の空腹だけから飢えを 覚えるのではなく、 「未来の空腹のゆえにも飢えを覚える」生き物なのである(17.10.3 ; OL.2,p.91)。
しかも、この「原因について無知である限り、人類に常につきまとう絶えざる恐怖」は、その恐 怖の対象としての何ものかを想定させずにはおかない。こうして、人は自分の運命を支配してい る要因として、 「何か目に見えない力あるいは動因」の存在を信じるようになる。この目に見え ない力への恐怖という情念こそが宗教の「自然的種子」であり、その恐怖の対象として人々の想 像力が作り上げたのがさまざまな神々なのだ、とホップズは言う。 「古の詩人たち‑は、神々は 最初は人間の恐怖によって創造された、と言ったが、これは‑まったく正しい」 (L.12.5‑6;
EW.3,p.95),
さて、まずここで注目しておきたいのは、ホップズが宗教の発生を、ものごとの原因を知りた いという、人間に固有の「好奇心」から説き起こしていることである。彼は好奇心を、人間だけ がもつ「独特の情念」であり、理性と並んで、人間を他の動物から隔てている決定的な特徴とみ なしているが、 「好奇心、すなわち諸原因についての知識‑の妥」 (L.ll.25 ;EW.3,p.92)との言 い換えもおこなわれているように、彼にあっては、好奇心はもっぱらものごとの原因を探ろうと する意欲と捉えられている(L.6.35;EW.3,pp.44‑5)。しかも、人が抱かざるを得ない己の将来
に対する不安や懸念は、それだけいっそう「人々をものごとの諸原因を探求したいという気にさ せる」。なぜなら、 「それらについての知識があれば、それだけうまく、現在の状況を自分たちに もっとも有利になるように整えることができる」、と思えるからである(L.Il.24;EW.3,p.92)。
ここから直ちに明らかなように、ホップズによるならば、宗教の起源と科学の起源とは、実は同 一なのである
しかるに、事象の自然的諸原因の探求は、これはこれでやはり神の存在を、ただしこの場合に は唯一の神の存在を、人に推論させずにはおかない、とホップズは指摘する。 「どのような結果 が生じるのを見ても、その近接直接の原因を推論し、さらにその原因の原因を推論し、というよ
うに諸原因の追求に深く身を投じる者は、ついには次のことに思い至るはずである。すなわち、
異教徒の普学者たちでさえ告白しているように、第一‑・起動者、つまりは一切のものごとの最初に して永遠の原因が存在しているに違いなく、それこそ人々が神という名称で呼んでいるものであ る、ということにである」 (L.12.6;EW.3,pp.95‑6)。それゆえ、自然的諸原因の探求は、やがて 必ずやI一一・つの永遠なる神が存在することを人に信じさせずにはおかない、と言うのである (L.ll.25 ;EW.3.p.92)。ホップズはここで、諸々の自然発生的な多神教に対する、一神教の優位 性を確認しているように思われるかもしれない。あるいは、自然科学的探求とも矛柄しない、
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種の自然神学の可能性を示唆しているようにも取れるかもしれない。しかし、この、諸原因の系 列を理論的に遡ることによってその存在が推論される「第一起動者」としての限りでの神、いわ ゆる「哲学者の神」には、ホップズ自身も指摘しているように、人が自らの運命について抱く不 安や懸念が伴わず(1.12.6;EW.3,p.96)、 「不可視の力に対する恐怖」という、彼が宗教意識の 核心と捉えた情念との必然的結びつきも存在しないがゆえに、それだけでは特定の宗教を形成す ることはあり得ないはずであるlごい。しかも、彼がここで強調したいのは、実はむしろ、たとえそ のような仕方で神が存在することが推論されても、人はその神の本性に見合うようないかなる神 の観念も決してもつことができない、という点の方なのである。「この世界の目に見えるものごと、
およびそれらの驚嘆すべき秩序から、人はそれらの原因であって人々が神と呼んでいるものが存 在する、と考えることはできても、その神の観念あるいは像を心の内にもつことはできない」
(L.ll.25 ;EW.3, p.93)。理性的な自然的諸原因の探求は、たとえ神の存在の承認‑と人を導いた としても、決してその神の本性を明らかにすることはできない、というのである。それゆえ、
「自らの省察によって、一つの無限で全能にして永遠の神の存在を認めるに至った人々は」、そ の神が「把握不可能であり、自分たちの理解を超えていることを告白することをえらぶ」べきで あった(L.12.7 ; EW.3, pp.96‑7)
だが、人は容易にはこの不可知論の中に踏みとどまることができない。しかも、己の将来につ いての不安や懸念が生み出す不可視の力に対するやむにやまれぬ恐怖は、必ずやこの認識の欠如
を諸々の擬人的表象によって補おうとするであろう。こうして、ホップズによれば、科学的な自 然探求もまた、暖味で混乱した神の像を作り出す可能性から決して自由ではないのである。まし てや、 「ものごとの自然的な諸原因の探求をほとんど、あるいはまったく行わない人々」は、そ れでも「自分たちに多大の善や危害をもたらす力をもつものがいったい何であるのかという、無 知そのものに由来する恐怖から、さまざまな種類の目に見えない力を想定し、仮構しようとしが ちであり」、やがて、 「自分たち自身が想像したものを畏れ、困窮したときにはそれらに救いを求 め、期待したとおりにうまくいったときにはまたそれらに感謝を捧げるようになる」。すなわち、
「自分自身の空想の産物を、自分たちの神々とする」のである。このようして、 「数えきれない ほどのさまざまな空想から、人々が数えきれないほどの種類の神々をこの世に創造するというこ とが生じた」のだ、とホップズは言うのである(L.ll.26;EW.3.p.92‑3)。
さて、以上のように、ホップズは宗教の発生を、人間が他の動物にはない好奇心や予見能力を もっているがゆえに不可避的に抱かざるを得ない未来への不安、さらにはそれに由来して仮構さ れる不u月見の力‑の恐怖、といった人間の自然本性に山東する情念から説明しようとしたが、こ うした企て自体が、すでにして自然的理性に基づく宗教批判として画期的な意味をもっている、
との指摘当ま、確かに説得力をもつように思われる。実際、ここで宗教の「自然的種子」とされ ている「不可視の力‑の恐怖」は、もっぱら己に降りかかるさまざまな偶運の原因についての「無 知」に由来するとされているのだから、その限りでは、宗教的信仰と、いわゆる迷信一一一般とを区 別する理由は何もないはずである。硯に、ホップズは、これに先立つ『リヴァイアサン』第6章 において、人間が経験するさまざまな情念の定義を与える中で、 「宗教」と「迷信」とを次のよ うに規定している。 「心によって仮構されたか、あるいは公共的に認められた物語から想像され た、不可視の力に対する恐怖が宗教と呼ばれ、公共的に認められていない物語からのものが迷信 と呼ばれる」 (L.6.36;EW′.3,p.45)。つまり、ホップズはここで、はっきりと、宗教とは公共的 に認知された迷信にすぎない、と述べているのではないか。このテクストは、ホップズを反宗教
ホノブズにおける宗教の問題 59
的な世俗主義者として解釈する人々にとっても、彼を無神論者として非難する人々にとっても、
決定的な論拠となるように思われる。何しろ、この彼の言い方に従うならば、例えば、キリスト 教はコンスタンテイヌスによって公認される以前には単なる迷信にすぎなかったし、それ以降も、
キリスト教信仰が公に認知されていない時代や国においては、やはり迷信であり続けていたこと になるからであるr2㌔真正のキリスト教信仰の保持者であるならば、このようなことを主張する はずがあるだろうか、というわけである。
ところが、ことがそう単純にはすまないのは、ホップズがこの間じ箇所で、さらに次のように 付け加えてもいるからである。 「想像された力が、まさにわれわれの想像する通りのものである 場合には、兵の宗教と呼ばれる」。つまり、畏怖の対象として想像された不可視の力が、まさに
その想像通りに実在する「真の宗教」の存在の可能性が、 (もちろんキリスト教のために)留保 されているように見えるのである。宗教的解釈はこの点に活路を兄いだそうとする。公共的に認 められているか否かで「宗教」と「迷信」とが分かたれているのは、それらの言葉が硯にどのよ うな仕方で人々の間で使われ、流通しているかを単に記述しているにすぎず、したがって、この 点に「宗教」と「迷信」との間の本質的な差異が求められているわけではない。むしろ、定義上 の真の対立は、唯一の「真の宗教」と、それ以外の諸々の「迷信」との間にこそあるのであって、
この定義は本来、いかなる点において「兵の宗教」が「迷信」とは区別されるかを述べようとし たものに他ならない、というわけであるIL'41実際、後の叙述の中では、ホップズは「異邦人たち の宗教」とユダヤ‑キリスト教とを明確に区別した士で、後者については、 「神自身が超自然的 な啓示によって宗教を植えつけ」、 「特別の王国を作り」、 「法を与えた」のであり、 「真の宗教と 神の王国の法とは同一である」、とも明言しているのである。先の相対主義的かつシニカルな宗 教一般についての脱走の仕方とはまったく裏腹に、そこでは、ユダヤ‑キリスト教に唯一1‑‑の「兵
の宗教」としての特権的な地位が与えられているように見える。こうして、既にふれたような調 停不可能とも思われる解釈上の対立が、直ちに蒸し返されることになる。ホップズはいったい、
キリスト教を諸々の迷信と同一一視しようとしているのか、それとも、キリスト教以外の諸々の宗 教を迷信と見なすことによって、キリスト教のみが唯一の「兵の宗教」であると言おうとしてい
るのか、と。
われわれはここで、ホップズが『リヴァイアサン』第3部で展開した自らの聖書解釈を終える にあたって記した次のような言葉を想起しておくべきであろう。彼はそこで次のように述べてい る。, 「いかなる著作の場合でも、それがいかに解釈されるべきかを示す兵の光を与えるのは、あ りのままの言葉ではなくて、それを書き記した者の目的なのであり、個々のテクストに固執して 主要な意図を考慮しない者たちは、そこから何ごとも明確には専き出し得ない」と(1.43.24;
r‑:¥¥'3.p.602)。彼の・連の政治哲学的著作の「主要な意図」が、何よりも母国イングランドの凄 惨な内乱状況を収拾し、平和を実現するための理論的処方等を提供することにあった、という点
を否定できるホップズ研究者はまずいまい。さらに、その内乱状況を生み日日ノた原因については、
ホップズははっきりと、 「内乱の原因は・・・、最初はローマ教会とイングランド国教会との問の、
後にはイングランド国教会内部での監督派と長老派との問の、神学上の論争に他ならなかった」
と述べている(L.Ap.3.1 ;OL.3,p.559)。つまり、何よりもキリスト教諸宗派問の対立抗争こそが、
悲惨な内乱状況の主要な原因であると捉えていたのである。ホップズは、人は自らの運命につい ての不安や恐怖から不可視の力の存在を信じるようになるが、その運命について考えることから 生じる不安は「他の物事の原因を探求することを妨げ、怖れさせ」、その結果、 「神々の存在を仮
60 伊豆栽 好 美
構する人々と同じ数だけの神々が作り出される」と言う(L.12.6;EW.S,p.96)。そうして人々は、
「自分たちとは違う力を崇拝し、恐怖する人々」の信仰を迷信と呼び、自分たち自身のそれを宗 教と呼ぶことになるのだ(L.Il.26;EW.3,p.93).これすなわち、さまざまな宗教がそれぞれに「真 の宗教」を標接し、自分たちの神こそが唯一‑‑絶対である、と主張し合う「神々の争い」である。
しかるに、さらに、 「同じ宗教内の宗派間の争い、同じ公共体内の党派間の争いほど激しいもの はない」 (C7.1.5;CE.2,p.94)。硯に、宗教改革によって引き起こされたヨーロッパのキリスト教 世界の分裂状況の中では、 「真の宗教」という語は、 「‑教派が、クリスト教の精神をより純粋に 体現する教派として自らを他教派から区別する際の排他的象徴として」利用されていたし12㌦
ピューリタン革命期のイングランドにおいてもまた、 「政治的には王党派で、神学上はなお中世 的スコラ主義に拘泥していたアングリカン右派から、革命軍の最左翼にいたるまでが、自己の立 場を神の名において正当化して争いあっていたのである」伽。
では、いったいなぜ、他ならぬキリスト教諸宗派の信仰が、 「真の宗教」の名のFに、あたか も諸々の「迷信」さながらに、あるいはそれ以上に、人々の間の対立と抗争を激化させてしまう のか。ホップズを宗教の問題へと向かわせることになった根本の問いは、まさにそのような問い ではなかったのか。もしそうであるとするならば、そのような問題状況に両軸していた彼のテク ストを前にして、例えば、この著者はいったいキリスト教を迷信と同列に置くことで否定し去ろ うとしているのか、それとも真正のキリスト教信仰の保持者なのか、といったことを問題とする ことが、いかに事柄の核心を逸しているかはあまりにも明らかであろう。キリスト教徒であった か否か、無神論者であったか杏か、ということが、ホップズがこの問いを切実な問いとして発す
ることができたかどうかに影響を与えるようにはとても思えないからである。
既に触れたように、確かにホップズは啓示宗教としてのユダヤ‑キリスト教とその他の「異邦 人の宗教」とを明確に区別してはいる,J しかし、同時に、なぜ宗教が、いやキリスト教が、人々 の調停不可能な対立、抗争を生み出してしまうのか、という問いに答えるためには、むしろ両者 に共通する問題点こそが明らかにされねばならなかったはずである。その課題を果たすのが、
「宗教‑迷信」の情念論のレベルにおける発生論的分析であり、さらには、それに基づく宗教の 政治的、社会的機能の分析に他ならないO これこそが、 『リヴァイアサン』第1部の人間本性論 の中に挿入された宗教論の課題であったと見ることができようO そして、このような視点から改 めて読み直すならば、第12章「宗教について」に先立つ諸章の中にも、あたかも伏流水脈のよう に、宗教的な信念や情念の発生論的分析が随所に織り込まれていたことにわれわれは気づくので ある。だが、今は、彼の議論をもう少し先へと追ってみることにしよう。)
III
己の不確かな未来‑の不安と懸念、自らに降りかかるさまざまな偶運の原し射二ついての無知は、
人に己の運命を左右する不可視の力の存在を想定させ、それに対する恐怖の念を抱かせずにはお かない。しかも、その実体については、例えば「霊」や「幽霊」といった暖味で混乱した擬人的 表象しかもち得ず、さらに、それらがいかにしてある出来事を引き起こすかについても、そもそ も出来事の前後関係の類似性を観察し想起する以外に何の因果的知識も持ち合わせていない人々 は、実際にはまったく因果関係のない出来事から迷信的に幸運や不運を予期しようとする。そし て、当の不可視の力に対しては、贈答、嘆願、感謝、拝比といった、他の人間たちに対して示す
ホップズにおける宗教の問題 61
のと同様な崇拝形式で帰依を表現しようとするが、当然のことながら、その力がいったいいかな る仕方で運命の良し悪Lやことの成否を告げてくれるかに確信がもてないまま、過去にたまたま 経験した偶然の推移からの類推で、どのような出来事も何かの前兆とみなしがちになり、一度好 意を寄せた者たちから受け取るト.日工ような兆しを盲目的に信じ込もうとする(L.12.7‑10¥EW.3, pp.96‑」 。 「不可視の力‑の恐怖」がいかにして宗教の「自然的種子」となるかをさらに敷桁して、
ホップズはおよそ以上のように述べている。しかし、その「種子」がたとえどれほど人間本性に 深く根ざしたものであろうとも、それだけでは未だ具体的な宗教が形成されることの説明にはな らない。 「種子」はそれを芽生えさせ、成長させる要素が付け加えられなければ、単に「それぞ れの人間のさまざまな空想、判断、情念によって、他の人間から見れば大部分は滑稽にしか見え
ないきわめて多様な儀礼様式」を生み出すばかりであり、決して特定の宗教という「果実」を実 らせることはないはずだからである(L.12.ll;EW'.3.p.98)。そこで、ホップズは次のように付け 加えることになる。 「この宗教の種子は、多くの人々によって観察されてきたが、それを観察し た人々の中には、それに養分を与え、衣裳を着せ、かたちを整えて法にしようと考える人々もい た。彼らはまた、それによって自分たちが他の人々を最もうまく統治し、彼らの力を自分たちに とってもっともうまく利用することができるようになると思えるものなら、未来の出来事の諸原 因についてのどんな憶説であろうとも、自分たち自身で発明して、その種子に付け加えようと考 えるようになったのである」 (L.Il.27;EW.3,pp.92‑3)。このようにしてホップズは、人々のう
ちに深く根ざす宗教の種子を利用し、育み、そこから特定の制度宗教を組織しようとした者たち について語り出すことになる。
ところで、そうした宗教の育成者たちは、実際には二種類に区別できる、とホップズは言う。
すなわち、 「異邦人のコモンウェルスの創設者および立法者たちのすべて」がそうであったように、
それらの種子を「自分たち自身の発明にしたがって、育み、秩序づけた人々」と、 「アブラハム、
モーセ、およびわれらの祝福された救世主」のように、 「神の命令と指示によってそのことをな した人々」とである。彼はここで、 「異邦人の宗教」に対するユダヤ‑キリスト教の啓示宗教と しての独自性をはっきりと認めているように見える。にもかかわらず、両者はそのいずれもが、
「彼らに頼る人々を、服従、法、平和、慈愛、そして政治社会に、より適したものにする」、と いう同一一の「目的」をもっていたのであり、したがって、前者によって創設された宗教が「人間 の政治」の・部をなしていたのに対して、後者の宗教は「神の政治」に他ならない、と言うので ある(L12.12;EW.3,pp.98‑9),すなわち、同時に国家の設立者でもあった異邦人の宗教の創始 者たちが、 「ただ民衆を服従させ平和に保つことだけを目的として」 (L.12.20;EW.3,p.103)、上 に見たような人々の無知と恐怖と迷信深さとをいかに巧妙に利用したかを敷桁し、そこにおいて は宗教が完全に統治政策の一部となっていたと結論づけた上で(I..12.13‑21 ; FAV.3, pp.99‑105)、
これに対して、 「神白身が超自然的な啓示によって宗教を植えつけた」 「神の王国」においては、
神自らが王国を作り法を与えたのであるから、 「統治政策や国家の法は宗教の‑ ・部であり」、そこ には現1日:的統治と宗教的統治との問の区別も存在しない、と主張するのである(L.12.22 ;EM7.3.
p.105主 このようなホップズのいささか強引かつ性急な議論の意図するところを、われわれはど のように理解すべきであろうか(,
ここでホップズが、 「異邦人の宗教」であろうとユダヤ‑キ1)スト教であろうと、およそ‑・切 の既成の制度宗教が、必ずや政治的な機能を果たしてきたし、また果たし得る、と断じているこ と、しかも、その機能を最大限に引き出すために、剛度宗教の組織者や指導者たちは、民衆の無
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知や恐怖や迷信深さを常に巧みに利用してきた、と見なしていることにおそらく疑問の余地はな い。もとより、こうしたホップズの見解は、さまざまな歴史的現実を顧みたときに、現代のわれ われもまた当然共有できるものであろう。しかし、むろんここでの問題は、そうした事態の確認 から彼がいったい何を導き出そうとしていたか、である。
さて、ホップズが展開した政治理論においては、平和を実現し維持するための不可欠の条件と して政治的主権者の権力の絶対的至上性が説かれ、いかなる宗教的権威もまた当然それに服する べきことが主張されていたのは誰でも知っている。そして、これもまた言うまでもないことだが、
彼が直面していた現実の社会状況の中では、政治的権力と宗教的権威との一体化どころか、まさ に逆に、両者の対立と敵対とが、限りない戦乱状況を引き起こしていたのも周知の歴史的事実で あろう。 「霊的権力と政治的権力との間の争いが、最近では他の何ものにもまさって、キリスト 教世界の至る所で内乱の原因になっています」 (CE.6, p.120).ホップズは1641年に亡命先のパリ からこう書き送っている。そして、この認識は『リヴァイアサン』においてもまったく変わって いない。そもそも、 「霊的な権力」と「現世的な権力」とが互いに対抗し合う場合には、 「コモン ウェルスは内乱と解体という大きな危ド釦こさらされざるを得ない」、と彼は言うO 「政治的権威が より可視的であり、自然的理性のより明らかな光のうちに成立している」限り、 「常に民衆の相 当多くの部分を引き寄せざるを得ない」にしても、しかし、 「暗闇や霊に対する恐怖は他の諸々 の恐怖よりも大きいがゆえに」、霊的な権威が「コモンウェルスを悩ませ、ときには破壊するに 充分なだけの党派に不足することはまずありそうにない」からである(L.29.15;EW.3,p.317), だからこそ、と世俗的解釈を支持する論者なら主張するであろう。ホップズは宗教の自然主義的 な批判がその政治的機能の分析へと至るまさにその地点でキリスト教を引き合いに出しつつ、そ れを「異邦人の宗教」もろとも迷信として否定し去ろうとしていたのであって、にもかかわらず、
彼が「神の政治」について語り、さらには聖書解釈へと踏み込んでいくのは、そこに政治的主権 者と宗教的権威との‑‑一体化という一種の理想状態を強引に読み取ることで、政治的主権者が同時 にI‑一切の宗教上の権限も掌握すべきであるとする自らの政治理論に有利な論拠を引き出すために すぎない、とl二7‑。
だが、それではホップズにあっては、宗教はすべて、やがては例えば教育や脅蒙的理性の力に よって克服されるべき「迷信」である、と考えられていたのだろうかO なるほど、確かにホップ ズのテクストには、ある種の「教育的ユートピア主義」の気配がないわけではない,二㌦無知蒙昧 の輩はしっかりと教化されなければならない、と彼は思っていただろう。しかし、だとすると、
ホップズが、不可視の超自然的な力に対する恐怖と拝脆という「宗教の自然的種子」は決して人 間本性から廃棄することができない、とあれほど念入りに説明していた事実はいったいどう説明 できるのだろうか(言大して「廃棄できない」ほど人間本性に深く根ざしていると見なす当のもの が、漸進的な教育や啓蒙の力によって完全に克服され得ると彼が信じていた、などということが あり得るだろうか。むしろ逆に、人間の内なる宗教的情念を完全に根絶やしにすることなど不吋 能だと考えたからこそ、せめて臣民としての政治的主権者に対する服従の義務だけは何としても 教え込まなければならない、と強く念じていたのではないだろうか。,
すると、当然にも、ここからさらに次のような疑念が生じてくるO 「宗教の自然的種子」が尭 棄し得ないと信じていたがゆえに、ホップズ甘美は、その「種 予」がむしろ政治的な統治に積極 的に利用されることを期待していたのではないのか。宗教が完全に、いわば「政治神学的複合体」
0}一部となり、揺るぎない絶対的統治を補完する機能を果たすことをこそ密かに望んでいたので
ホノブズにおける宗教の問題 63
はないのか。例えば、ホップズが『リヴァイアサン』第3部で展開した「キリスト教的コモン ウェルス」論は、まさにそうした、自らの政治理論に相応しい「兵の宗教」像を積極的に確定す ることを目指していたのであり、そこにおいて、彼の「真の宗教」としてのキリスト教は、完全 に「政治神学」 ‑と転化することになるのではないかご̀''。こうして、宗教と政治との関係をめ ぐって、またもやホップズのテクストをl¥¥発点としながら、しかし、結果的にはここでもやはり その外部で、収拾不可能とも思える解釈上の対立が生じてしまうようにも見えるのである。
さて、問題は、ホップズが、人間本性に否みがたく根ざす「宗教の自然的種子」が巧みに利用 され、結果的に政治的支配者による絶対的統治を補完する機能を果たしてきたという事態を指摘 するまさにその地点において「啓示宗教」としてのキリスト教を引き合いに出すことによって、
いったい何を語ろうとしていたのか、という点であった。,人はこのような問題について論じよう とするとき、とかく、 「政治」や「宗教」という余りに肥大化した観念複合体に、ついつい幻惑 されてしまいがちである。しかし、そのようなときにこそ、われわれはホップズのあの尖鋭なノ ミナリズムの精神に学ぶべきではないだろうか。そして、彼が「政治」の問題を徹頭徹尾「自己 保存」のための「外面的な服従」の問題‑と還元しようとしていたことの意味を、もう一一度考え 直してみるべきではないだろうか。そのときにこそ、彼の宗教論が意図していたところも自ずと 明らかになってくるはずである。
いずれにせよ、ここで重要なのは、 「宗教批判」といい「政治神学」という前に、そもそもホッ プズが本当のところ宗教について何を否定し、何を否定していないか、をしっかりと見極めるこ
とである。まず、啓示宗教としてのキリスト教の実定性に関しては、ホップズがそれを明確に否 定したり疑問を呈したりしている箇所はどこにも存在しない。彼は既にふれたように、神の本性 はまったくわれわれの理解力を越えているとする完全な不日持口論の立場に立つことで、逆に、か って超自然的な啓示や奇跡が存在したことの可能性はそのまま認めているし、また、それらが存 在しなくなった(ホップズにとっての)今、聖書だけが「神と人間との双方に対するわれわれの 義務について知るために必要な一切の規則と戒律」の唯一一の源であり(L32.9;EW.3.p.365上
しかるに、その「われわれが今有している通りの旧約および新約が、予言者たちと使徒たちに よって行われ語られたことの真実の記録であることを疑うべき何の理由も兄いだせない」、と述 べている(L.33.20;EW.3,p.376)。むろん、ホップズをあくまで「無柵論者」とみなす論者なら、
こうしたテクストをいくら並べてみたところで、ホップズ自身がそれらを信じていたことの証拠 にはならない、と言うであろう。その通りであるo Lかし、では仮に、彼が聖書の神を内心では 信じていなかったとして、それがどうしたというのだろうか。ホップズは、 「世界を統治し、人 類に戒律を与え、報償と罰とを提供する神が存在すると信じる人々が神の臣民である」、と言う (L.31.2;EW3.p.344),その「神の臣民」たる‑ ・人・人の内面的信仰自体を否定し、批判しなけ ればならない理由がそもそも彼にあり得ただろうか。というのも、ホップズにとっての問題は、
まさにその卜iJじ「神の臣民」同士であるはずの者たちが互いに殺し合っている、という現実に あったわけだが、少しでも想像力を働かせてみれば直ちに明らかなように、当の者たちの宗教的 惰念自体を「迷信」として否定し去ることによって、その殺し合いが回避できるようにはとても 思えないからである。さらに言えば、たとえそれがどれほど邪悪なものであったとしても、車に 一人の人間の内面に、ある情念が存在するだけであったならば、それが人を殺すなどということ は決して起こり得ないはずだからである。
では、ホップズはいったい何を怖れていたのかo r霊的権力」が臣民の「晴間や霊に対する恐怖」