報告へのコメント
著者 林 慶花
雑誌名 PRIME = プライム
巻 44
ページ 72‑75
発行年 2021‑03‑31
その他のタイトル Comment
URL http://hdl.handle.net/10723/00004152
国際シンポジウムの記録
報告へのコメント
林 慶 花
(中央大学校)
1991年にNHKで放送されたドキュメンタリー 番組「趙文相(日本名・広原守矩1921―1947年 2 月25日死亡)の遺書」を再び取り上げることによ り「植民地支配下の暴力の連鎖を問い直す」とい う主旨の今回の集まりに参加させていただきたい へん光栄に思います。特にマイノリティの観点か ら日本社会や韓国社会を眺め、マイノリティとマ イノリティの間の関係に注目して研究を進めてい る私にとっても興味深い地点や考えさせられると ころが多々ありました。特に、義務は要求されな がらも権利は制限されがちなマイノリティにみら れる典型的な特徴がBC級戦犯として戦争責任を 負わされた朝鮮人日本軍の人々からもみられるか らです。つまり、植民地出身者には「国家補償の 精神」にもとづく補償はなく、犠牲の「受忍」の みが強いられている。にもかかわらず、戦犯とし て死刑された朝鮮人たちは日本人の場合と同じよ うに「法務死」扱いとなっており、靖国神社に合 祀させられている。戦後の日本は犠牲や義務が求 められる際には「国民」であったことが根拠とし て持ち出され、権利が発生する際は「国籍(ある いは戸籍)」のことを持ち出して排除するという、
きわめて差別的なやり方で戦後補償問題を解決し ようとしていたことがわかります。そんな中、こ の番組が彼らを「日本の戦争責任を肩代わりさせ られ」、「加害という被害をこうむり」、「被害を抱
え込んだ加害性」が問われる存在として朝鮮人 BC級戦犯を取り上げたことには極めて大きな意 味があると思います。私のコメントでは、まず、
番組に関する具体的な質問と朝鮮人BC級戦犯問 題をより広い観点から問い直す質問をいくつかし たいと思います。
1.ドキュメンタリーの意義─死者たちの声の復元
このドキュメンタリーは朝鮮人BC級戦犯を取 り上げたもの。映像は注目されてこなかった歴史 を復元しようとしただけでなく、彼らの遺書、手 記、証言などを取り上げその内面に迫っていこう としたところがとても興味深かった。それは、映 像でも使われたイギリスのアーカイヴに保存され ているという映像とも比較されます。桜井氏のご 著書によると、このアーカイヴの映像はBC級戦 犯の処刑の場面が詳細に写し出され、しかも延々 と繰り返されているという。これは引用されるこ とを拒む死んだ映像だと著者はいう。この映像は いわば戦場で敵の耳や鼻を戦利品として切り取っ て持ち帰り耳塚を作ったのと同じ「映像の塚」と しての意味があったのではなかったかと思われま す。これと対照的にこの番組で桜井氏は死んで忘 れ去られかけた趙文相を蘇らせました。番組では 所々趙文相の残した遺書が声優によって朗読さ
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れ、まるで彼の声を聞いているような作りになっ ている。とっくに埋もれてしまった声が映像を通 じて見ている人々に迫ってくるような気がするほ どです。宗主国の戦争に巻き込まれ処刑台にまで 立たされてしまった植民地民の最後の声はこうし て塚から蘇ることができました。今日の報告で 1976年に作られたドキュメンタリーで趙文相の遺 書を引用し「たとえ霊魂でもこの世のどこかに漂 いたい。それが出来なければ誰かの思いでのなか にでも残りたい」という遺書のことばがずっと心 に残っていたとおっしゃいましたが、彼の願いが 映像を通じて実現された瞬間だったと思いました。
2.声の内実─責任を問うものと問わないものと の間隔
では、趙文相の声は何を語っていたのでしょう か。彼の遺書は日本語で書かれており、日本人の 上官に託されていたとみられます。つまり、これ は日本人に読んでもらうために残されたものと見 ることができる。ところが、この遺書には日本人 に対して恨んだり責任を問うたりするところがあ りません。番組では彼が植民地民として日本人の 代わりに死んでいったことなどを様々な資料や証 言などを使いその差別構造を暴いていますが、趙 文相は差別を語らず、責任を問いません。遺書で は彼は朝鮮と日本を同じく故国と称しそのいやさ かを祈っていました。そして処刑を控えたある晩 餐会では日本人と朝鮮人がいっしょになってそれ ぞれの民謡を歌い、最後に日本の軍歌、国歌を歌っ て一体になっていたことが描かれています。趙文 相は、朝鮮人、日本人の区別はなく、東洋人、西 洋人の区別さえもないと言っています。つまり、
植民地民であるがゆえに経験しなければならない 死であるにもかかわらず、彼は差別を普遍主義に 頼って克服しようとしています。しかも、このよ うな普遍主義は、日本人たちと一緒に処刑される
という死を平等に共有しているという強烈な認識 によって裏付けられています。
一方、趙文相と異なり、植民地出身に対する差 別を批判し、日本国家の責任を問う李鶴来の方が 趙文相は日本人たちがやろうとしない仕事をまか された結果、恨みを買って代わりに死んでしまっ たと、彼の無念な死について証言している。彼ら は「親日派」と非難され祖国にも帰れず、日本で も外国人として排除され、国と国との間に挟まれ た存在として差別を経験し、これに抵抗している。
つまり、趙文相のような日本の責任を問わない者 と、李鶴来のような日本の責任を問う者とが映像 に共存していることになります。このギャップに ついてどう考えるべきか、制作意図などをうかが いたい。
3.朝鮮人BC級戦犯問題を世界史の中で位置づ けるために
一方、帝国の戦争に植民地民として動員され戦 場の最末端で最も厳しい仕事をまかされ利用され て用済みになったら捨てられる朝鮮人戦犯の悲惨 な運命をより広い視野から眺めることも必要では ないかと思います。というのは、国と国との狭間 で過酷な運命を強いられた趙文相のようなケース はいかなる性格のものだったのかを客観的に究明 するためには、もっと広い世界史的な次元での脈 略化が必要ではないかと思います。こういう観点 からみますと、朝鮮人BC級戦犯のケースは、実 は帝国と植民地に挟まれた存在たちが宗主国が行 う戦争に動員される際にみられる珍しくないケー スでもあったということができます。
内海先生もご著書などで何度も取り上げてます が、第二次世界大戦では連合国の軍隊には、それ ぞれの植民地の人々もいましたので、朝鮮人や台 湾人と同じような問題に直面した人々もいまし た。それで、アジアからの訴えが起こってから、
日本の外務省が調査をしています(「米英仏伊独 の植民地出身者に対する戦後補償」調査、1982年)。
その結果、一時金支給や年金差別などのケースは あるものの、日本のようにまったく切り離してい た国がないことがわかりました。
類例としてもう一つ強調したいのは、アルジェ リア植民地に駐留するフランス軍に徴用されたア ルジェリア出身のムスリムの兵士の例です。アル キ(Harki)と呼ばれていた彼らは、最後までフ ランス側に立って戦ったためアルジェリア民族解 放戦線(FLN)に裏切り者とされて多数処刑さ れてしまいました。しかも、フランスへの報復が アルキに対してなされていたにもかかわらず、当 時のドゥブレ内閣はアルキ部隊を解散し武装解除 を行っておきながらフランス本国への渡航を禁じ ました。彼らと朝鮮人戦犯とではいくつかの共通 点があります。アルキはフランスでは「血を流す ことによってフランス人になった人々」として描 かれている。朝鮮人も日本軍になり戦争に参加す ることによって真の日本人になり「靖国神社」に も合祀してもらえると考えられていた植民地民で した。第二に、アルキーは出身国のアルジェリア ではcollaboratorsと呼ばれ、排除されてしまいま したが、朝鮮人戦犯も似たような運命をたどるこ とになります。映像では、洪鐘黙は日本軍に協力 したという負い目があって故郷には帰れないのだ と証言しており、帰った人たちも親日派と罵られ、
朝鮮人元戦犯たちの集まりに来ることも恥だとし て出てこなかったり、公務員になった人たちは履 歴書に監視員であったことを書かない、帰国して も故郷には帰れず、都市の匿名性に紛れて密かに くらしている。さらに、朴さんの奥さんは夫が戦 犯になったことを聞き、周囲からの冷たい視線に 耐えられず池に身を投げてしまった。第三に、宗 主国からも排除されたり、差別を受けている点で も類似している。さらに、彼らは自分達の権利を 主張するためには、宗主国では、自分達がいかに
犠牲をはらって貢献したかを主張しなければなら ない一方、出身国では自分達はいかに被害を受け たかを主張しなければならないという矛盾した構 造に置かれやすい側面がある。
あるいは、イギリス植民地帝国が行った戦争で 大きな戦力になったネパール人戦闘集団グルカ兵
(Gurkha)についても同じ観点から考えることが 可能だと思います(戦前の日本軍が台湾の「高砂 族」をジャングルでの戦いもある東南アジアの戦 場での重要な戦力として活用していたのと類似し ている)。しかし、彼らに完全なイギリスの市民 権を付与されるようになったのは2004年になって からです。退役したグルカ兵は、雇用契約により ネパールへ帰国させられる。しかしながらグルカ 兵の待遇は決して良くはなく、退役年金も2000年 に退役グルカ兵協会の是正運動もあって増額が決 定したとはいえ、イギリス軍の兵士と比べるとは るかに少ない。
さらに、範囲を広げると、これはごく最近在米 韓国人に起ったことですが、トランプ政権の移民 政策のため、米軍に入隊して兵士として服務して も市民権を与えられないケースが生じています。
つまり、これらのケースは、帝国主義とはこう いう多数の趙文相たちを産み出さなければ維持で きない体制であったことを物語る例ではないかと 思いますが、いかがでしょうか。帝国主義や帝国 的秩序は彼らの存在なしには維持できないとまで いえるのではないか。
4.植民地主義とは何か
桜井先生の「第二次大戦後の世界秩序は植民地 支配の根元的な暴力性を不問にすることで形成さ れてきた」というご意見には同意します。しかし、
「近代の国民国家は植民地の再生産装置である」
とする西川長夫氏の見解には頷くことのできない ところがあると思います。つまり近代は帝国主義
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的というポスト・モダニズム的な一般論は特定の 植民地主義・帝国主義国家に責任を問うことはで きないということにもなります。責任の所在が曖 昧になります。韓国でもあらゆる近代国家は植民 地主義的属性を持っており、韓国も例外ではない ため、あくまでも日本帝国主義の責任を問おうと することは「民族主義的な熱情」にすぎないと主 張する人々がいます。しかし、帝国主義は植民地 からの収奪によって富を蓄積し得をする。つまり 具体的に植民地主義政策を進めることにより植民 地を犠牲にさせ被害を加えて利益を得ていた加害 主体と加害行為が存在する。そのような加害の責 任を明確に問うことこそ暴力の連鎖を立ちきるこ とにつながるのではないでしょうか。