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日本における認知症高齢者数は増加傾向にある

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触法認知症高齢者に対するソーシャルワーク実践―

包括的な精神医療ケアの実現を目指して―

著者 山中 俊克

発行年 2018‑07‑23

その他のタイトル Social Work Practice for the Elderly with

Legal Encumbrances Due to Dementia: A Call for the Development of Comprehensive Psychiatric Care

学位授与機関 明治学院大学

学位授与番号 32683乙第11号

URL http://hdl.handle.net/10723/00003416

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論文要旨

題目「触法認知症高齢者に対するソーシャルワーク実践 -包括的な精神医療ケアの実現を目指して-」

“Social Work Practice for the Elderly with Legal Encumbrances Due to Dementia:

A Call for the Development of Comprehensive Psychiatric Care”

山中俊克

1.研究の背景

日本における65歳以上の高齢者の人口は、総務省統計局によると201711日現在、

過去最高の3,471万人となり、総人口に占める高齢者の比率は27.4%に上昇し、今後も増 加を続けることが予想されている。65歳から74歳人口は1,766万人で総人口との割合で

13.9%となっており、75歳以上のいわゆる後期高齢者人口については1,705万人に昇り、

総人口に占める割合は13.4%に達し、4人に1人が65歳以上の高齢者、10人に1人が75 歳以上となり、どの国も経験したことがない高齢社会となっている。

このように日本にみられる本格的な高齢社会では、介護の必要な高齢者数も増加してお り、高齢者の介護は今後さらに高齢者福祉領域における重要な課題と考えられる。介護が 必要となった原因としては「認知症」が多く、認知症高齢者を中心とした介護の問題は大 きく、その解決が急がれている。

日本における認知症高齢者数は増加傾向にある。2016 年度版の高齢社会白書では、65 歳以上の高齢者の認知症の有病率は2012年においておよそ462万人と7人に1人であっ たが、2025年にはおよそ700万人となり、有病率は5人に1人となることが予想されて いる。

認知症は高齢期に発症する代表的な精神疾患であり、高齢者本人の生活を大きく変える だけではなく、高齢者を取り巻く家族の生活にも大きな影響を与える。認知症は進行性を 伴い、認知症そのものに対する治療方法が確立されていない状況において、認知症の診断 を受ける高齢者への支援とともに、認知症高齢者の介護を行う家族への生活支援も課題と なる。今後さらに増加することが見込まれる認知症高齢者およびその家族に対する生活支 援は、すでに超高齢社会を迎えている日本では緊急課題といえよう。

また、超高齢社会では、社会的弱者とされている高齢者が犯罪の被害者となる可能性が 高まることも予想される。詐欺などの被害も高齢者に多く、高齢者虐待という深刻な問題 も起きている。従来高齢者と法的な問題については犯罪による被害者、あるいは認知症に より判断能力が低下し、成年後見制度による被擁護者としての高齢者が多かったように思 われる。

しかし、近年高齢者による犯罪が急増しており、「加害者」としての高齢者と法律の問題

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が浮かび上がっており、高齢者犯罪が最も深刻な犯罪問題との一つとなることが指摘され ている。

日本における 65 歳以上の高齢犯罪者数は、高齢者人口の増加の勢いを上回っている。

2016年度の犯罪白書によると、1996年から2016年まで20年間の一般刑法犯の検挙者人 員に関する年齢層別構成比の推移では、1994 年の4.2%(12,423人)から2016年は

19.9%(147,632人)を占めており、高齢犯罪者の増加と検挙人員の高齢化傾向が明ら

かにされている。

このような高齢犯罪者の増加により、高齢受刑者の受刑中、そして刑期満了後の出所に おける新たな課題も生じている。

高齢犯罪者には、加齢による高齢期特有の身体的・精神的課題、疾病やそれに伴う障害 があり、受刑中生活に関する指導を受ける上でも困難を抱えている者も多く、支援が難し くなっている。そのため高齢受刑者への支援には就労や経済的支援のみならず、介護や医 療に関する生活課題についても十分に検討して帰住先の確保を行ない、さらに出所後の生 活支援も求められている。

法務省と厚生労働省は20097月より地域生活定着促進事業を開始し、地域定着支援 センターを設置した。本事業における触法高齢者支援、触法障害者支援は、起訴され執行 猶予あるいは実刑処分を受けた高齢者や障害者を対象とし、受刑中より帰住先の確保や社 会生活に必要なサービスを調整するという特徴がある。社会の受け皿がなく、自立した生 活が困難とされている触法高齢者および触法障害者に対して生活支援を行なう地域生活定 着支援センターは、重要な役割を担っている。

このように急増する高齢犯罪者対策は行われているが、高齢犯罪者にはアルツハイマー 病を代表とする認知症の疾患による周辺症状の悪化により触法行為に及んだ高齢者(以下、

触法認知症高齢者とする)も含まれている。地域生活定着促進事業による支援対象者は、

刑事責任能力があるとして実刑処分を受けた高齢受刑者であり、出所にむけての支援とな っている。そのため、認知症により刑事責任能力・刑事訴訟能力に欠けるとして起訴猶予 処分となる触法認知症高齢者については多くの課題が残されている。

2.問題の所在

刑事司法は刑罰を求めて起訴するため、比較的軽微な犯罪行為に関して刑事責任能力が ないと判断されるものについては、検察側の起訴便宜主義に基づき不起訴や起訴猶予の措 置がとられることになっている。そのため軽微な犯罪行為後、犯罪行為を行なった高齢者 に認知症などの精神疾患があると判断された触法認知症高齢者に対しては、不起訴または 起訴猶予処分の対象となり、刑事的責任が問われないことになる。

しかし、不起訴または起訴猶予処分を受け、刑事的責任を問われない触法認知症高齢者 は、その疾患により自傷他害行為、あるいは再び犯罪行為や違法行為に至る可能性が高い 場合、行政処分の措置入院となる。このように刑事的責任を問われずに措置入院となる触 法認知症高齢者についての実態はほとんど明らかにはされておらず、入院先の医療機関に ついても認知症高齢者に特化された医療環境が整っているのか判断することができない状 況にある。そのため触法認知症高齢者が退院することができたとしても、触法認知症高齢 者が必要とする生活支援にかならずしも結びついていない可能性も考えられる。これまで

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の触法認知症高齢者に関する文献からは不起訴あるいは起訴猶予処分になった触法認知症 高齢者の生活状況は明らかになっていない。

触法認知症高齢者が抱える司法との問題のなかには、犯罪行為の要因が認知症による周 辺症状であっても刑事責任能力があると判断されることもある。軽度の認知症により限定 刑事責任能力が認められるとして起訴され、裁判の結果実刑判決が下される判例も起きて いる。このような決定により軽度の認知症高齢者が矯正施設に入所した場合、進行性のあ る認知症の病状を踏まえると公判過程の段階で限定的ではあるが認知能力が維持されてい たと判断されても、認知症の進行とともに受刑中に認知機能が低下する可能性がある。実 際、認知症の疾患を見過ごされて起訴された高齢者が、刑事裁判のプロセスの中で認知症 の症状が悪化し、裁判を進めていくことが困難となり公判停止という事態も発生している。

自らの病状に気づかずに生活していた触法認知症高齢者は検挙後に勾留され、裁判のため これまでの生活とは異なる環境のなかに置かれ、症状が少しずつ悪化しながらも認知症の 専門的医療を受けることができない。このような司法の制度的不備については、触法認知 症高齢者の人権問題として検討されなければならないと考える。

2007年に「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法 律(以下、医療観察法とする)」が施行された。本法律の目的は、精神障害のため刑事的責 任を問うことができない心神喪失または心神耗弱の状態で、重大な他害行為をした者に対 して適切な医療を提供し、社会復帰を促進するとされている。

そのためこの法律では、心神喪失または心神耗弱の状態で他害行為を行なったものが、

不起訴処分あるいは無罪等が確定した場合に、医療観察法による医療および観察を受けさ せるべきかの「医療の要否」が問われる。これによれば認知症高齢者は、進行性のある認 知症という精神疾患の疾病性はあっても、治療反応性や高齢者の社会復帰など医療観察法 が定めるところの医療の要否の判断の対象にはならない疾患とされるという問題を意味し ている。つまり、触法認知症高齢者は精神疾患により重大な犯罪行為に及んだにもかかわ らず、医療観察法による法適用の対象者から除外されかねないのである。

本論は、触法認知症高齢者が、司法領域、精神医療領域、福祉領域にまたがる生活課題 を有しながらも、その実態が明らかにされておらず、支援についての検討がなされていな いという現実を問題として捉え、触法認知症高齢者に対する支援の必要性を明らかにし、

ソーシャルワーク実践の課題として取り上げている。

3.研究の目的

本研究では、触法認知症高齢者を対象とした支援の方法の確立にむけて、ソーシャルワ ークの実践の方法についての枠組みを検討することを目的とする。触法認知症高齢者は、

高齢者特有の生活課題を抱えつつ、触法行為による司法領域における課題、認知症という 精神医療領域における課題を併せ持つため、支援の難しさがあると考えられる。そのため、

触法認知症高齢者が置かれている状況を把握し、支援を困難にしている要因について、司 法および精神医療のシステムとの関連性を含めた課題から支援の方法について検討する。

これをふまえて、触法認知症高齢者への支援の可能性を探索するため、論者のアメリカ 合衆国ハワイ州立病院高齢者病棟におけるソーシャルワーカーとしての支援行為について 概念化を試みる。その上で、触法認知症高齢者を対象としたソーシャルワーカーの枠組み

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4 を提示する。

4.研究の方法

触法認知症高齢者に関する先行研究のレビューを行ない、研究の動向および課題を明ら かにする。そして、高齢者を中心としてアメリカの医療保険制度および精神医療の展開に ついて文献研究を行なう。

また、ハワイ州で活動をする医療・福祉の専門職を対象に、インタビューおよび質問票 による調査を行なう。調査結果は、ソーシャルワーカーの支援行為の概念化にむけて用い ることする。これにより触法認知症高齢者を対象としたソーシャルワークの実践の枠組み について提示する。

5.研究の構成と要約

1章「触法認知症高齢者」に関する先行研究では、触法認知症高齢者に関連する先行 研究のレビューを行なうことにより、これまでの触法認知症高齢者への支援についての研 究の動向と課題について論じた。先行研究については、ハワイ州立病院が欧米圏に設置さ れていることからアメリカおよびイギリス、そして日本における先行研究のレビューを試 みた。しかし、触法認知症高齢者に関するアメリカおよびイギリスにおける先行研究はほ とんどないことが明らかになったため、触法高齢者に関連した先行研究のレビューを行っ た。その結果、触法高齢者の影響要因として精神疾患の診断、犯罪内容、訴訟能力、身体 的疾患、司法における生活環境が挙げられた。これらの要因により触法高齢者が司法シス テムにおいて困難な状況にあることを示した。また、日本における触法認知症高齢者に関 する先行研究は見当たらず、触法高齢者と社会復帰、触法高齢者と医療観察法に関する先 行研究が行われていることを明らかにした。日本における先行研究から、刑事施設から地 域における更生施設への移行段階における支援が必要であることが分かり、司法と福祉と 協働にむけたソーシャルワーカーのはたらきの重要性と本論の意義を示した。

2章アメリカの医療制度では、アメリカ医療制度が雇用を通じて被保険者に対して提 供される民間医療保険制度を中心に発達した歴史的背景からアメリカの医療制度の概要に ついて述べた。また、1935年に施行された社会保障法によりアメリカにおける社会保障制 度が実施され、その後高齢者を対象として開始された医療保険制度であるメディケア

(Medicare)、および高齢者長期ケアを給付内容に含む医療扶助制度であるメディケイド

(Medicaid)を中心とした公的医療制度とその課題を示した。民間医療保険制度を中心に 導入しているアメリカ医療は、高額な医療費の抑制、無保険者への対応、マネージドケア の導入後の医療のアクセスなど高齢者の医療に関する問題が山積している状況を述べた。

また、高齢者精神医療分野の動向については高齢者に関わるメディケア・メディケイドに よる精神医療ケアとともに、地域を基盤とした精神医療ケアの展開について述べ、認知症 高齢者へのケアの課題を示した。

3章ハワイにおける高齢者精神医療のケア~認知症を中心に~では、アメリカ・ハワ イ州における高齢精神障害者の現状について述べた。アメリカ 50 州のなかでも人口の高 齢化率が上昇し、65歳以上の高齢者人口比が最も大きいハワイ州における認知症高齢者に 対する政府による取り組みを開始した。アルツハイマー病および関連認知症(Alzeheimer’s

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Disease and Related Dementias, 以下ADRDとする)についての特別委員会を設置し、

アメリカ連邦政府によるADRD対策計画とともに、ハワイ州独自のADRDの対策を開始 した。認知症高齢者ケアにはコストがかかり、今後ADRDのある高齢者も増加することが 見込まれ、ADRDに対する治療方法も確立されていない現状から医療の危機としても捉え られている状況を示した。また、ハワイ州における認知症高齢者ケアは医療費の問題にと どまらず、高齢者の介護の問題としてADRDのある高齢者は家族、あるいは友人・知人に よる無償の介護によって成り立ってきた現状を明らかにした。さらに在宅で生活できない ADRD のある高齢者が必要とする長期介護施設のベッドもハワイ州においては不足して いる状況を示した。このような状況のもと、認知症高齢者による犯罪の増加、高齢受刑者 の増加が見られたが、ハワイ州政府による認知症高齢者対策として触法認知症高齢者への 支援については行われていない現状が明らかになった。高齢者人口の増加とともにADRD のある高齢者の増加、高齢受刑者の増加、介護、高齢者が必要とする施設および設備等の 未整備など多くの課題が示唆された。

4章ハワイ州立病院における触法認知症高齢者へのケアにおいて、ハワイ州立病院と いう公的病院において高齢者病棟が開設され、触法認知症高齢者に対して特化したケアを 提供したハワイ州立病院高齢者病棟が果たした機能について述べた。ハワイ州立病院高齢 者病棟にはソーシャルワーカーを含む 15 種の専門職により構成され、チームアプローチ により触法認知症高齢者支援を行った状況を示した。入院患者は裁判所より精神鑑定、刑 事責任能力・刑事訴訟能力の回復のための治療、あるいは刑事責任および訴訟能力がない と判断され、入院治療を受けることを条件に無罪となった高齢者であった。精神疾患に加 えて認知能力の低下による行動障害、身体機能低下による転倒のリスク、加齢により身体 的疾病を発症する入院患者に対してケアプランにより医療チームが協働し、人権を尊重し、

最善のケアを提供することにより地域社会への再統合にむけたケアのあり方について述べ た。また、医療チームによる入院病棟の環境整備、高齢者ケア専門職への研修事業、学会 発表などの取り組みを示し、ハワイ州立病院高齢者病棟における触法認知症高齢者に特化 したケアの意義と必要性を明らかにした。

5章ハワイ州における触法認知症高齢者ケアを取り巻く課題~専門職によるインタビ ュー結果の検討~では、ハワイ州において触法認知症高齢者支援の実践経験のある専門職 による聞き取り調査を実施し、質的分析を行った。その結果から、ハワイ州における触法 認知症高齢者への支援の実践課題については「支援システムの課題」「高齢者の特性による 支援の課題」「高齢者の犯罪者化による課題」「チームアプローチによる支援の課題」の 4 つのカテゴリーから構成されていることが明らかになった。またこれらの4つのカテゴリ ーは、(1)支援システムの課題(①外来・入院ケアの格差、②入院施設の未整備、③退院 時の連携困難、④生活資金不足、⑤サービス受給資格の制限、⑥入院期間の制限、⑦啓発・

推進活動の不足)、(2)高齢者の特性による支援の課題(①精神疾患・身体的疾患・行動 問題の対応の難しさ、②受入れ施設・病院の消極的態度、③権利擁護への対応)、(3)高 齢者の犯罪者化の課題(①司法における認知症の理解不足、②司法プロセスの硬直支援化)

(4)ソーシャルワークに関する課題(①不明瞭な目標、②役割認識の違い、③ソーシャ ルワーカーに対する理解不足、④合意の未形成、⑤組織内のソーシャルワーカーへの圧力)

17 のサブカテゴリーから構成されていることが明らかになった。これらの課題につい

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て触法認知症高齢者にむけた支援のあり方について検討した。これらの課題の検討から、

触法認知症高齢者支援には、触法認知症高齢者の認知症による周辺症状の悪化や心身機能 および身体疾患への対応と司法との連携の重要性が示された。また、本調査で明らかにさ れた課題の検討から、これらの課題はすべての対象者へのソーシャルワーク実践にみられ る課題との類似性があることも判明した。このことから、触法認知症高齢者支援は、触法 認知症高齢者の特徴を考慮し、司法領域との効果的な連携を図り、法的課題を中心とした 生活課題を解決していくことが重要であることを明らかにした。

6章ハワイ州立病院高齢者病棟におけるソーシャルワークの役割と実践では、ハワイ 州立病院高齢者病棟における触法認知症高齢者に医療チームの一員であるソーシャルワー カーの実践についての事例を提示した。ハワイ州立病院にはハワイ州立病院規程により、

ソーシャルワーカーの役割として、①各患者の入院時に心理・社会的アセスメントを行な い、具体的な退院計画を作る、②治療チームの一員として治療プラン作成に携わる、③患 者とその家族そして患者にとって重要となる人びとと治療的関係を形成し、必要に応じて カウンセリングなどの支援を提供する、④患者またはその家族を擁護し、患者のニーズを 満たすため適切なサービスへの照会を行なう、⑤患者の法的問題や裁判の手続きに対して、

患者またはハワイ州立病院の代わりに弁護する、⑥患者が退院する際、患者の必要とする 適切な支援サービスへのリファーや連携を確実にする、⑦精神医療に関する相談や地域社 会における支援サービスや社会資源、法律に関する情報提供を行なう、⑧常に地域社会の 支援サービス提供者と働きやすい環境を整える、⑨ハワイ州立大学社会福祉学部大学院生 への実習トレーニングを提供する、⑩ソーシャルワークの専門的基準やサービスの向上に 努める、の 10 の役割が示されている。事例検討では事例のプロセスに沿って対象患者の 入院から退院まで支援のプロセスにおけるソーシャルワーカーの支援の局面として6つの 支援場面を挙げた。各場面でのソーシャルワーカーによる患者およびその家族とのかかわ り方や他職種との連携によるソーシャルワーカーの対応と役割について専門職への説明を 求めた。その説明内容を分析することから触法認知症高齢者の支援の課題の重要性を示し た。

7章本事例からみるソーシャルワーカーの役割についての考察では、第6章で提示し た事例に対して、ソーシャルワーカーの役割に着目し、専門職による質問票による評価を もとに触法認知症高齢者支援のあり方について考察を行った。入院患者の支援プロセスに おける6つの支援場面でのソーシャルワーカーの対応および役割については専門職から肯 定的な評価が得られた。また、事例検討により触法認知症高齢者に特化したソーシャルワ ーカーに役割について、「Walker-O’Keefe によるソーシャルワーカーの役割の定義」、

Walker-O’Keefeによる役割のサブカテゴリーとしての「Walker-O’Keefeによる役割/任 務」、および「ハワイ州立病院におけるソーシャルワーカーの役割」をもとにまとめた。こ れ に よ り 、 ハ ワ イ 州 立 病 院 高 齢 者 病 棟 に お け る ソ ー シ ャ ル ワ ー カ ー の 役 割 は 、

「Walker-O’Keefeのソーシャルワーカーの役割の定義」「Walker-O’Keefeの役割/任務」

「ハワイ州立病院のソーシャルワーカーの役割」に的確に準じていることが明らかになっ た。

終章では、インタビュー調査から明らかになった触法認知症高齢者ケアに関する「支援 システムの課題」「高齢者の特性による支援の課題」「高齢者の犯罪者化の課題」「チームア

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プローチによる支援の課題」の4つの課題について、触法認知症高齢者支援における司法 との効果的な連携を必要とする領域の特性をふまえたソーシャルワークの役割や意義を考 察した。また、日本における司法と福祉との連携を通して、触法高齢者への司法システム の初期段階で支援の必要性を示した。

本研究の結論

ハワイ州立病院というアメリカでも希少な公的病院において高齢者病棟が開設され、経 済的な理由により結果的には閉鎖されることになったが、触法認知症高齢者に対して特化 したケアを提供したハワイ州立病院高齢者病棟が果たした機能は有効であった。高齢者病 棟の目的として、触法認知症高齢者の身体的・心理的・情緒的を最大限に引き出し、ソー シャルワーカーを含む 15 種の専門職により構成されたチームアプローチにより触法認知 症高齢者支援を実施した入院精神医療ケアの役割は大きいものがあった。結果としては閉 鎖されたが、触法認知症高齢者病棟がハワイ州立病院に存在していたからこそ、その必要 性と効果については現在においても明らかとなっている。ハワイ州立病院高齢者病棟で行 われた実践の有効性は認められているが、15種の専門職がかかわるという体制は、経済的 にはかなり贅沢であったといえる。しかしこのような関わりがあったことで、触法認知症 高齢者に対しても適切な支援が行えたといえる。

高齢者病棟の入院患者は裁判所より精神鑑定、刑事責任能力・刑事訴訟能力の回復のた めの治療、あるいは刑事責任および訴訟能力がないと判断され、入院治療を受けることを 条件に無罪となった高齢者であった。精神疾患に加えて認知能力の低下による行動障害、

身体機能低下による転倒のリスク、加齢により身体的疾病を発症する入院患者に対して人 権を最大限尊重して、医療チームが協働し、最善のケアを提供することにより地域社会へ の再統合にむけたケアを提供した。また、認知症高齢者に関する専門的知識を持つ医療チ ームによる入院病棟内外の環境整備、高齢者ケア専門職への研修事業、学会発表、地域に おける啓発活動などの取り組みを行い、ハワイ州立病院高齢者病棟における触法認知症高 齢者に特化したケアの意義と必要性を明らかにした。このような触法認知高齢者に特化し た司法老年精神医療ケアの必要性について、実際にソーシャルワーカーとして実践した論 者が主張している点において本論文の意義があるといえる。このようなケアの必要性につ いては認知症高齢者が増加している日本のみとどまらず、海外諸国においても検討される べき内容と考える。

また、本論における調査の結果からも明らかなように、触法認知症高齢者への支援につ いては、触法認知症高齢者の特徴を考慮したソーシャルワーク実践が必要であるといえる。

しかしそれは、ソーシャルワーカーが直面する支援の課題としてみると、触法認知症高齢 者に限らず、支援を必要とする対象者へのソーシャルワーク実践にみられる課題との類似 性がある。触法認知症高齢者のソーシャルワーカーの役割も、認知症高齢者や高齢者一般 に対してのソーシャルワーカーの役割と、ほぼ一致していることが明らかになった。しか し、触法認知症高齢者支援の特徴としては、認知症などの精神疾患および身体的疾患など の特徴をふまえて、司法とより効果的な連携を図ることが重要となる。この点が、触法認 知症高齢者のソーシャルワーク実践には必要となるのである。

つまり触法認知症高齢者は、加齢による心身機能的低下による多くの生活課題とともに、

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触法という法的課題も抱えている。さらに、触法認知症高齢者はアルツハイマー型に代表 される認知症を罹患することにより判断能力に著しく欠け、成年後見制度など権利擁護が 必要となり、司法と関連する課題を多く抱えているという特徴がある。触法認知症高齢者 支援には司法との多層にわたる支援体制が必要であり、この触法認知症高齢支援領域の特 性をふまえたソーシャルワークの実践が重要となるのである。このように、触法認知症高 齢者に特化した支援の必要性を明らかにしている点においても、本論文の意義は大きいと 考える。

ただ、本研究の課題としては、本論文で論じたような、今後増加が見込まれる触法認知 症高齢者へのソーシャルワーク実践を行うためには、多くの専門職との連携が必要であり、

その結果としてかなりの経費を必要とするという点である。また日本とは制度の異なるハ ワイ州立病院でのソーシャルワーク実践が、すべての点で日本でも有効であると主張する ことはできないであろう。

しかしひとつの成功例として、日本のみならず高齢者が増加する世界のなかで、触法高 齢者や触法認知症高齢者に対して、かれらの人間としての権利を保障したソーシャルワー ク実践が可能であることを証明できたことで、ソーシャルワーカーにとっては実践場面で のひとつの示唆になるのではないかと期待するものである。

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