2005,3 明 星 大 学 研 究紀 要一人 文 学 部一 Na41
社 会
的変 化 と大 学 英語
教 育田 中 宏 昌1
1.大学英語教育の方向 : 「21世紀の大学教育」の 提 言
大 学 英 語 教 育に関する議論は、 従来の 古典的人文主義的な語 学 教 育 観である 「教 養 と して
の語 学学習」 か、 進歩主義的な 「実践の た めの英語教育」か、とい うレ ベ ル を は る かに超 えて い る ように見え る。 平 成13年の 「英 語 指 導方法改善の推進に関する懇談会』、 平 成15
年の 『「英語が使え る日本人 」の 育成の ため の行動計画 』の 最 終 報 告 書 は、 と もに英 語 教 育の 「実効性」 「実践性」の二っ を、 今 後の英 語 教 育の 方 向 性 と して示して い る。 これは、
近 年社会 言 語の分 野で言 及 さ れてい る、 英語1丿テ ラ シ ー (Gee,1996; New London Group, 1996)の 獲i得と同一線上の 議論であると言えるだろ う。 それに続 く文部 科学 省委 託研究 「英語教育に関 する研 究 」での大 学にお ける英 語教育グル ープの 最終報告書 『21世 紀の大 学 英 語』1 で は、 教員は 「急速に変化する国際情勢を直 視 して社 会に対 す る 責 任 を 意識し、 い か に説明すべ きか を真剣に考えなけ れ ばな らない」(2004,p .1)と冒頭で述べ
ら れてお り、 英 語 教 育に携わ る教 員が 「社 会か ら隔 絶 した大 学 とい う組 織に安 住 するの で は な く」、 社会 環 境の変 化を充 分に分析し、 変化に対応 し た英語教育実現を 目指 して い く 必 要 性が強 調 されてい る。こ の提 言の主旨は、 英語 リテ ラシ ー教育に おい て、 常に変化 し
っ っ ある社会 的 なコ ンテ クス トを考慮する必 要 性を主 張 して い る議 論 (Roberts ,2001)
と、 同根の理念に基づ くことは明ら かである。
『21世紀の大 学 英 語 』の提 言の中 核 をなす、首尾一貫し たカ リ キュ ラム ・デ ザ イ ンに基
づ く 「実 効 ある教育」(2004,p .5)の 主張は、 大学の英語教育が変 化 しっ つ ある英 語 リ テ ラシ ーへ 対応 するべ きで あ る とい う課題 を明確な形で提 示 し たもので ある と評 価で きる。
た し かに、 現 在の大 学 英 語 教 育は、英 語 リ テ ラシ ー研究の実践的活用に基づ くカ リキュ ラ
ム ・ デ ザ イ ン に よ る もの ばか りと はい えない。 む し ろ、 コ ミュ ニ カ ティプア プロ ーチ を採 用し た教科書の シ ラバ ス の 集合にすぎ ない ものが多い の で はないだ ろうか。 実 際 『21世紀
の大学英語 」では、 「カ リキュ ラム ・デ ザイ ンを 立案し、 そ れを 運営する専門職の 教員と、
高度な コ ミュ ニ ケーシ ョ ン教 育 を さ さ える高 度な能 力 を身にっ け た教員」 (2004,p.6) が 教 育の現 場で必 要であるとし ている。
『21世紀の大学英語』で は、 カ リキュ ラム ・デ ザ イ ンの 中で も、 と りわ け重要な項 目と して学習者の ニ ーズを把握し た上で の 「目標 設 定 」 を あ げて い る。 特に 「学生の 能力、 お よ び 関 心の あ り よ うにつ いての調 査 およびデータの蓄積管理」(p .5)を重視する、 学 習 者
の 主観に基づ いたニ ーズ分析に よ る目標設定を提言 して い る。 し か し、「大学を卒業 し た
ら仕事で使え る英語 力」(p .1)、 すな わ ち、英 語 リテ ラ シーの獲 得 を 設 定 するの であ れ ば、
1明 星大 学人 文 学 部 英語英文 学 科 助 教 授 応用言 語 学
124 明 星 大 学 研 究 紀要一人文学 部一 No.41 社会経験の豊かで は ない大学生の主観的ニ ーズ で は充分と は言えない。 学習者の主観だけ で なく、よ り客 観 的な データ に基づ くニ ーズ分 析が現 実 的な選 択で あ ろ う (Tar。ne &
Yuユe,1989)。 主 観的ニ ーズ に加えて
、 現代社会で の英語の社会的な役 割に関する近年の
研 究 結 果を踏 まえ た、 ニ ーズ分析が必要であ る。 そ こ で本稿で は、 世界にお け る英語の位 置 ・役割に関しての 研究 (Crystal, 2003;Graddol, 1998)、 とりわ け、 英 語 教 育に影 響 を与える変化の大き な要素と して頻繁に議論されて い る資本 主 義 の 変 質 (Coyle, 2001; Fairclough12004 ;Gee, 2000)、高 度に発 達 し た情報技術 (Warschouer,2000)に注 目し
て、 現在の 大学英語教育の ニ ーズ の考察を行い、 さ ら に英 語 リ テ ラシ ー獲i得の た めの カ リ
キュ ラム変革の 方向性を考察し たい。
2.新資本主義 (New Capitalism) と 英 語 リ テ ラ シー
1980年代を 起 点 と して、大 量 生 産 を 基 本とした、 旧 来の 資本主義が限界を見せ始め、 経 済の グローバ ル化、 イ ンターネ ッ ト に よ る情報の 新しい流通を基 盤と した構造変革の一連
の 動 きが 始 まっ た。 そ して 、この現 象を資本主義の 変質と捉え る議論が盛ん にお こな わ れ
て き た (Coyle,2001)。 応 用言語学の分野で は、 Gee (1996), Fiarclough (2004) らが、
この 資本主義の 変質が、 社会の 中の コ ミ= ニ ケーシ ョ ン の あり方
、 言 語の 役 割、 さらに は
言 語 活 動の基 本 と な る価値 観その もの も変 質さ せ て い る と主張 して いる。 新 資本主義
(New Capitalism) という言 葉は、 1990年 代か ら、 経 営、 組 織 変 革、 あ るい はビ ジネス 関 係の一般書の 中で使用されて い た言 葉で あるが (Coyle, 2001)、 Faircloughは、 新資 本主 義を、 単な る経済的な事象で は な く、 社会生活全体に影響 を あた え るもの として、 言 語 お
よ びコ ミュ ニ ケーシ ョ ン の 研究対象と して、 扱うべ きで あると述べ て い る。
However, using the term ’
new capitalism ’does not imply an exclusive focus on economic issue: transforrnations in capitalism have ramificatiQns throughout
sociaHife ; and ’
new capitalism ’ as a research theme should be interpreted broad⊥y as a concern with how those transformations impaet on politics, educa − tion, artistic production , and many areas of social life.(2004, p .103)
本稿で は、 まず、 Fairelough の議 論に そ っ て、 新資本主義に と も な う、 社 会経済的な変 化が英語の 使用にどの よ うな影響を与 えて い るのか、 さ らに大 学の英 語カ リキュ ラム の中 で ど う反 映 させて い くか に焦点を絞り議論を す すめて い く。
2−1.経済のグローバル化と英語
こ の項では、 ま ず 経 済の グロ ーバ ル化が英語に ど の よ うな位置を与えっ っ ある か を考察
し たい 。新 資 本 主 義と ともに進む経済の グロ ーバ ル化は、 かなり明白な形で英 語に特別な 位置を与えっ っ ある。 まず、 多 国 籍 化 し た環 境の 中で仕 事をする場 合には、 共 通 語の 設 定 が必要と な っ て く る。 そ して企業では、英 語 が 共 通 語と して選 択 され る場合が多い。 企 業 以 外に も、Crystaユ(2003)に よ る と世界の 国際機関の85% が 英 語 を 公 用 語 と して い る。
日本 国 内で も、90年 代に入 り、英 米 企 業に限らず、 欧州系企業を中心に英語の公用語化が 進んだ。 実例と して、フ ラン ス の 自動 車メ ーカーの プ ジョ ー、タイヤ メーカーの ミシ ュ ラ
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ン の 場合、 まずフ ラン ス本 社で 、 英 語とフ ラン ス 語を ともに公 用 語 と して使 用 する ガ イ ド
ライ ンが出さ れ、 続い て 日本の子 会 社では、実 質 的に英 語が共 通 語 として使 わ れる よ うに なっ て いる (吉原 ・岡部 ・澤木 ,2001)。 ド イッ企業の シーメ ン ス
、 BMW 、
バ イエ ル な ど
の 日本支社も 同様に、 英 語で仕 事がおこなわ れてい る。 また、 国 際 間の資 本の 流 動が増 加 した結 果、さ ま ざ まなス タ /ル の 企 業 間の 提 携、合 併、コ ン ソ ーシ ア ム など が生 まれ、多 くの 日本企業に おい て も、 英語の使用頻度は増加 して い る (Tanaka,2002)。 た と えば、
筆者の フ ィール ドワ ーク で 観察し た、日産とル ノーの業務提携で の場で も、日常的な口頭
で の コ ミュ ニ ケーシ
ョ ンや書 類に お け る作業言 語は、 日本語で もフ ラン ス語で もなく、 英 語であ っ た。 英語の使用の広が りは企 業 聞だけで は ない。 国 連の委 員 会にお ける作業言 語 も現状で は ほとんど が英語で あ り、 国 際 的な援 助関連業務の文章におい て も、 作業用語が 一般 的に英 語で あることが 想 定されて い る
。
英語の急激な広がりの 中で、 企 業 内では、 言 語 コ ス トとい う概 念が新たに注 目さ れて き た (吉 原 ・ 岡 部 ・ 澤 木, 2001)。 言 語コ ス ト に は、ま ず 通 訳、翻 訳 者へ の委 託 コ ス トが含 ま れ る。 重要な会議、 現地子会社へ の視察な どで は、 いま だ に通訳を介するこ と が少な く ない。 その際の同 時 通 訳 者に は、 社 員一人 分の月 給 とほぼ 同 額 を 支 払 う必 要 が 出て くる。
しか し、さ らに大 きな言 語コ ス トと して、企 業に影 響 を与え るの が 意 思 決 定の遅 れである。
国際的な業務の 中で は、 時差を越えて仕事をする必要が出て くる。 常に通 訳 ・翻訳者に仕 事を依頼すること がで きない場 合に は、重 要な意 思 決 定が大 幅に遅 れる こと がある。 仕 事 上の意 思 決 定の遅 れは、ス ピードが 要 求 さ れる新 資 本 主 義の環 境の 中で は致 命 的な問 題に
な りか ね な い (Pretchette,1995)。 その た め、 英語の 急速な広が りにより、 国際部門な ど
の 語学の スペ シ ャ リス ト で構成さ れ る部署は企業の 中か ら姿を消しつ つ あ る。 通訳者を介 する より も、 社 員 全 体が英 語を使い こな して 国 際 業 務を行い、 迅 速に業 務に対 応 する必 要 が出て きたか らで ある。 その ために英 語専門職で はな く社員全体が英 語を理 解する必要が 生ま れて い る。 その 結果、 教育研修費とい うコ ス トが言語コ ス トに含ま れ るこ とにな っ て
くる。
経済の グロ ーバ ル 化に よ っ て、 英語リテ ラシ ーの獲得は、 日本国内の さ まざまな組織の 中で、 人材開発の 大き な柱の 一っ にな
っ て きてい る とい え る。
2−2.教育への影響 :国 際英語 (World Englishes) ・
こう した、世 界 レベ ルで広 がる ビジネス 、研 究 を 中 心 と した 英 語 化の流 れは、教 育に も 影響を与えつ つ あ る。 現在中国、 ロ シ ア、 ブ ラ ジル を含む100以上の 国で、 英語が最も広
く教え ら れ る言語と なっ て い る。 長い 聞ロ シ ア語 を中心 と し た外国語教育を お こなっ て き
た、 中 央ア ジ ア の国々 におい て も、 カ ザフ ス タ ン、 トル ク メ ニ ス タン な どで の石 油、天 然 ガス の 資 源に関 心 を 持つ 欧 米の オイル メ ジャーの 参 入に より、英 語 教 育へ の シ フ トが 始 まっ た。 ま た、 宗主国の 言語であ るフ ラン ス語 が主要言語 (chief language)の 位置を占めて
いたアル ジェ リア で も1996年に、 フ ラ ン ス 語に替えて英 語を主 要 言 語と して 教 え 始め てい る (Crysta1, 2003)。
世界レベ ル での 英 語教育の 広が りによ っ て、ネイ テ ィ ブス ピーカ ー (NS)の 英語だ け を信奉する英 語教育の 理念に も疑問が投げか け ら れてい る。 Kachru (1986)は、 国際語 と して の英語を、 ネ イ テ ィ ブス ピーカ ーの 英語 と は同一視するの で は な く、国 際 英 語
(World Englishes)と して複数の変 種 か らな る言 語 群として捉え るべ きである とギ張 し