論 説
イギリス法における「制定法上の遺言書」の 現代的意義
Statutory Will in the English Law
新 井 誠*
目 次
Ⅰ 本稿の目的
Ⅱ 制定法上の遺言書の概要 1 法 源
2 患 者 3 医学上の証拠資料 4 申 立 人 5 実際の申立手続 6 審 尋 手 続
7 制定法上の遺言書の作成 8 制定法上の遺言書の効力 9 保 管
10 諸 費 用 11 チェックリスト
Ⅲ 制定法上の遺言書を巡る判例 1 Re HMF (1975)
2 Re Davey (Deceased)(1980) 3 Re D (J)(1982)
4 Re B(財産保護裁判所)(手続に関する通知)(1987)
5 Re C(独身の精神疾病患者)(1991)
6 Re S (1994)
Ⅳ 制定法上の遺言書の現代的意義
* 所員・中央大学法学部教授
1 最善の利益(Best Interests)
2 意思能力法における遺言 3 手法の再考: Re G (TJ) 4 代行判断の新たな役割 5 正しい行為
6 小 括
I 本稿の目的
我が国の法制上,遺言者が遺言書作成時に意思能力(遺言能力)を有し ていなければ,当該遺言書は無効である。このことを前提として,実体法 上は遺言能力の判定基準を巡り判例・学説において様々に論じられてい る。また手続法上は遺言者が生存中に遺言無効確認を求める訴えの適法性 如何というような論点がクローズアップされている1)。
これに対して,イギリス法においては,遺言者が意思能力を欠く場合に 裁判所が本人に代わって遺言書の作成を許可する権限を有する。これが
「制定法上の遺言書」である。制定法上の遺言書は,比較法上きわめて特 異な存在であるが,実際にも一定の機能を果してきており,法理論的にも その位置づけを明確にしておくことは,我が国遺言法・意思能力法研究に とって有益であることに鑑み,本稿においてイギリス法上の制定法上の遺 言書について紹介し,若干の分析を加えようとするものである2)。
加えて,本稿には 2 つのモチーフがある。第 1 に,イギリス法上の制定 法上の遺言書に関する先行研究が我が国に存在することを寡聞にして知ら
1) 新井誠「下級審 時の判例・遺言者生存中の遺言無効確認請求控訴審判決」
ジュリスト1072号124-126頁参照。
2) ここでの紹介にあたっては,Denzil Lush著「Elderly Clients─A Precedent Manual」(Jordans社,1996年)pp. 411-431に全面的に依拠したのは,管見によ れば,その叙述内容が最も信頼できるものだからである。著者からは本稿での 紹介の許可も頂いていることを付言しておきたい。現在は,Denzil Lush, Caroline Bielanska, Jennifer Margraveの共著として第 3 版が出版されている。
ない。本稿によって,そのような研究上の間隙を埋めたいと考える。第 2 に,「2005年意思能力法(Mental Capacity Act 2005)」が2007年10月 1 日に 施行されたことに伴い,「本人の最善の利益」原則が導入され,従来制定 法上の遺言書に適用されてきた「代行決定」アプローチが修正を迫られて いるのであるが,この「代行決定」から「本人の最善の利益」への修正が イギリス法にもたらした新たな法状況を把握しておくことは,今後の我が 国の研究にとって不可欠ではないかと思料するのである。
したがって,本稿においては,制定法上の遺言書と意思能力法の基本理 念の比較分析が重要となるが,意思能力法の施行後も制定法上の遺言書に 関する根拠法に基本的な変更はないので,本稿における制定法上の遺言書 の紹介は意思能力法施行前の法状況に関するものとする。そのことを明ら かにしておくために,保護裁判所3)は意思能力法施行後は財産以外の事項 も取り扱うようになったが,施行前は財産に限定されていたので,本稿に おける制定法上の遺言書の紹介では敢えて「財産保護裁判所」というよう な訳語を用いる等の工夫を施した。いずれにせよ,意思能力法施行前後に おいて制定法上の遺言書に関する制度的枠組みが大きく修正された訳では ない。
II 制定法上の遺言書の概要
1 法 源
制定法上の遺言書4)(Statutory Will)とは,正式な権限を有する者5)が,
財産保護裁判所(Court of Protection)からの許可を受けて,患者6)に代わっ
3) Court of Protectionを筆者はこれまで「保護裁判所」と訳してきている。
4) 「制定法上の遺言書」なる語は俗称であり,したがって「1983年精神保健法
(Mental Health Act 1983)」の中でも「1994年財産保護裁判所規則(Court of Protection Rules 1994)」の中でもこの語は全く使われていない。
5) 「1983年精神保健法」第97条第⑴項。
6) 同法第94条第⑵項は,「患者」とは,「精神障害に因り自らの財産に関する事
て作成する遺言書のことをいう。裁判所がこの許可権を獲得したのは1969 年のことであり7),これは1925年以来裁判所に認められてきた権限,即ち,
患者の生存中に同人の財産の承継的処分を命ずることができるという権限 を論理的に拡張したものである8)。1970年に到るまでは,患者が無能力者 となっているために遺言書を作成できないような場合に生ずる空白を埋め るため,患者本人に対して生涯権を与えるような形で患者本人所有の財産 を,後日取消可能な形で,承継的に処分することを命ずることを求める訴 えがしばしば裁判所に提起されていた9)。制定法上の遺言書の作成を命ず る 権 限 は 先 ず 補 助 裁 判 官(Master) ま た は 補 助 裁 判 官 補(Assistant Master)が行使し,この行使によって発せられた命令に不服がある場合は,
大法官部(Chancery Division)所属の裁判官に控訴できることになって いる10)。
制定法上の遺言書の作成に関する制定法の法源は,「1983年精神保健法
(Mental Health Act 1983)」に見いだすことができる。同法第96条には権 限付与に関する規定が定められており,また同法第97条には多数の補助的 な規定が設けられている。同法第96条は次のように定めている。
「⑴ …裁判官は下記の為の命令若しくは指示または権限を発し若しく は付与する権限を有する…。
⒠ 精神障害がなかったとしたならば,患者が自ら作成した遺言 書により行える筈であった財産に関する取り決め(財産の処 分に関するものであると権利取得者指名権その他に関するも のであるとの別を問わない。)を行うことを内容とする遺言書 を患者本人に代わって作成すること。
項の管理ができない者をいう」と定めている。
7) 「1969年司法行政法(Administration of Justice Act 1969)」第17条。
8) 「1925年財産権法(Law of Property Act 1925)」第171条。
9) 総論に関しては,Christopher Sherrin著「Statutory Wills Under the Mental Health Act 1959」[1984] Fam Law 135-138参照。
10) 「1983年精神保健法」第105条第⑴項。
…
⑷ 裁判官に対して付与されている患者に代わって行う遺言書の作成 に関する命令,指示または権限の付与を行うことができるという 権限は,
⒜ 患者本人が未成年者である場合は如何なる場合もこれを行使 してはならないものとし,また,
⒝ 患者本人に有効な遺言書を作成する能力がないと信ずるに足 る理由があると裁判官が認めた場合以外はこれを行使しては ならない。」
制定法上の遺言書に関する法律,法律実務および手続の実体については 下記を参照のこと。
・ 1983年精神保健法第Ⅶ部11)。
・ 1994年財産保護裁判所規則(Court of Protection Rules
1994
)12)。 ・ 財産保護裁判所が発した 2 件の通達,則ちPN9およびPN9A13)。 ・ 実務指導書(Practice Directions)14)。・ 判例集に収録されている判決15)。
・ HaywoodおよびMassey共著「Court of Protection Practice」16)。 ・ Atkin著「Court Forms」17)
11) 同法第Ⅶ部第93条乃至第113条。そのうち制定法上の遺言書に最も関係の深 い規定は第96条と第97条である。
12) 行政命令集(S1)1994年/3046号。
13) PN9Aは,本人無能力の場合も有効ないわゆる持続的代理権授与証書
(Enduring Power of Attorney)として登録されている委任状の作成者本人に代 わって制定法上の遺言書を作成する許可を求める何件かの申立に応じて,1987 年11月に始めて発せられたものである。
14) 例えば,1984年 8 月15日付で補助裁判官が発した「実務指図書(Practice Direction)」。[1984] 1 WLR 1171, [1984] 3 All ER 128.
15) 本稿Ⅱ 2 の「患者」の項参照。
16) 1991年出版第12版191-196頁および445-446頁。
17) 第 2 版第26巻(1992年版)on Mental Health。特に第71項〜第73項および書 式第150号〜第153号を参照のこと。
本稿Ⅲに掲げる判例の概要を見れば,制定法上の遺言書を作成する許可 を求める申立を裁判所に対して行うのが何故望ましいかという理由の一部 が判る筈である。これらの理由としては次のようなものが掲げられる。
・ 患者本人が結婚したり,患者本人の身分や患者本人が置かれてい る状況についてその他の重要な変動が生じた場合18)。
・ 患者が既存の遺言書の中で行っている遺贈を取り消したい場 合19)。
・ 受益者達を取り巻く個人的な状況に大きな変動が生じたり,患者 本人と受益者達との関係に大きな変動が生じた場合20)。
・ 患者本人が精神に障害を来たさなかったとしたら当然財産を遺し てあげたいと考えていた筈の個人や団体があるのに,患者本人が 作成した遺言書や無遺言書で死亡した場合の遺産の処分に関する 法律の規定を以てしてもこれらの人や団体に対してどうしても財 産を遺してやれるような取り計らいができないような場合21)。 ・ 税金対策上の問題。「財産管理上合法的な節税の道がある限り節
税の道を選ぶことができるという権利」22)は誰にでも認められる 権利であり,これは税法上最も有利な形で自らの財産管理をして いく知的能力を備えた人だけに特別に認められる権利ではない筈
18) 例えばRe Davey (Deceased) [1981] 1 WLR 164の事案のような場合。この事件 の判決の要旨については本稿Ⅲ 2 を参照のこと。
19) 例えばRe D. (J) [1982] Ch 237, [1982] 2 WLR 373の事案のような場合。この 事件の判決の要旨については本稿Ⅲ 3 を参照のこと。
20) 例えばRe HMF [1975] Ch 33 1975] 3 WLR 395の事案のような場合。この事 案は,患者には音信不通となっている甥が二人いたところ,音信がとれるよう になったので,これら二名の甥に対して改めて何等かの財産を遺してやろうと 考えたという事案である。この事件の判決の要旨については本稿Ⅲ 1 を参照の こと。
21) 例えばRe C (Spinster and Mental Patient) [1991] 3 All ER 866の事案のような 場合。この事件の判決の要旨については本稿Ⅲ 5 を参照のこと。
22) IRC v. Duke of Westminster [1936] AC1におけるトムリン判事の意見。
である。実際問題として,そもそも患者に代わって制定法上の遺 言書を作成する許可を与える権限を裁判所に認めた大きな理由の 一つには,節税対策を講ずれば,必ずしも患者本人の直接の利益 とはならなくとも,その家族の利益となる筈であるから,節税対 策を促進させようという考えがあったからである23)。
現在のところ財産保護裁判所が制定法上の遺言書の作成を認める許可を 出している件数は年間約250件程度であるが,そのうちの約半数は実際の 審尋手続を経ずに出されている。
2 患 者24)
財産保護裁判所が本人に代わって制定法上の遺言書を作成する許可を与 えることができるのは,本人が下記のすべての条件に該当している場合だ けに限る。
・ 満18才以上の者25)。 ・ 精神障害者たる者26)。
・ 精神的障害に因り自らの財産に関する事項の管理ができない 者27)。
23) 前掲Christopher Shellin p.135.
24) 「患者」とは,本人の医学上の証拠資料を勘案の上,裁判官が「精神障害に 因り自らの財産に関する事項の管理ができない者」と認めた者をいう。「1983 年精神保健法」第94条第⑵項。
25) 「1983年精神保健法」第96条第⑷項第⒜号。但し裁判所は,未成年者たる患 者の所有に帰属する財産についても承継的処分を命ずることができる。同法第 96条第⑴項第⒟号。
26) 「精神障害」とは,「精神病,精神発達阻害症,精神発達不完全症,精神錯乱 症その他の精神的障害または無能力」をいう。「1983年精神保健法」第 1 条第
⑵項。
27) 無能力がアルコール依存症や薬物依存症等の精神障害以外の原因に因るもの である場合は,裁判所には制定法上の遺言書の作成を許可する権限はない。
「1983年精神保健法」第 1 条第⑶項参照。
・ 自ら有効な遺言書を作成できない者28)。
裁判所は,本人が持続的代理権授与証書(Enduring Power of Attorney)
を発行している場合でも,本人が上記の条件にすべて該当する場合は,本 人に代わって制定法上の遺言書を作成することを許可することができる29)
(「2005年 意 思 能 力 法 」 に よ っ てEnduring Power of AttorneyはLasting Power of Attorneyに衣替えした)。
尚,裁判所は,上記の要件を満たしているものであれば,財産保全管理 人でも持続的代理権授与証書上の代理人以外の者の申立の場合でも,制定 法上の遺言書を作成する許可を与えることができる。
3 医学上の証拠資料
遺言書作成能力があるかどうかを判断する場合の基準と自らの財産に関 する事項を管理できる能力があるかどうかを判断する場合の判断基準は,
自ずと異なるので,本人につき財産保全管理人(Receiver)が任命されて いたり,本人が持続的代理権授与証書を作成していて,この委任状が登録 されているような場合でも,患者本人や同委任状の作成者本人が自らのた めに有効な遺言書を作成するに必要な完全なる能力を備えている場合も当 然ありうる。そのため,本人に代わって制定法上の遺言書を作成する許可 を求める申立を財産保護裁判所に対して行うに際して疎明資料として提出 が要求されている宣誓供述書その他の書類を作成するに当たっては,これ に先だって遺言作成能力と財産に関する事項の管理能力の両方についての 医学上の証拠資料を準備しておくことが望ましい30)。
28) 「1983年精神保健法」第96条第⑷項第⒝号。
29) 「1985年持続的代理権授与証書に関する法律(Enduring Powers of Attorney Act 1985)」の中にはこの種の委任状を作成交付している本人に代わって制定 法上の遺言書を作成できるかどうかについて定めた規定はない。そのような場 合に制定法上の遺言書の作成許可を求める申立は,「1983年精神保健法」第96 条第⑴項第⒠号の規定に基づいて行うことを要する。
30) 弁護士がその依頼人の財産管理能力および遺言作成能力についての証拠資料 の提出を求めて一般開業医に送った書簡を巡って争われた事件の判例として
裁判所側が要求するのは,本人が下記に該当するかどうかについての医 師登録を行っている医師の作成に関わる最新の一次的証拠31)である。
・ 精神障害に因り,自己の財産に関する事項の管理能力がなくなっ ているかどうか。
・ 本人自ら有効な遺言書を作成する能力がなくなっているかどうか。
個人の財産管理能力についての証拠を入手する一番簡単で最善の方法 は,財産保護裁判所が発行している診断書(第CP3号様式)を本人の主治 医のところに持っていって,必要事項を記入して,署名して貰うという方 法である32)。本人につき既に財産保全管理人が任命されており,その任命 に先だって医師の作成に関わる診断書が裁判所に提出されている場合で
も,第CP3号様式を使って,患者本人の財産管理能力について診断した最
新の診断書を入手するのが望ましい。正式な診断書の必要性は本人につき 登録済みの持続的代理権授与証書(以下「EPA」という。)が存在する場 合は,一層強くなる。EPA上の代理人は,本人が現に「精神障害に陥っ ているかまたは精神障害に陥りつつある」と判断すべき理由があると認め られた場合は,EPAを裁判所に登録することができることになっている が,EPAを裁判所に登録してあるからといって,それだけでは委任状作 成者本人が精神障害に因り本人の財産に関する事項の管理能力を失ってい るということを証明するための十分な証拠とはなり得ない。
本人の遺言作成能力に関する医学上の証拠となるべき事実は第CP3号様 式の「備考欄」の中に記載してもよいし,別紙の書簡または診断書のよう な形にして提出してもよい33)。
は,前掲Lush第 3 章,p.65の判例の 2 を参照のこと。
31) 患者本人の診断を行った医師の署名のある診断書または書簡の原本。コピー では不可。
32) 第CP3号様式の現物は前掲Lush第10章,p.289に示す通りである。
33) 医師登録をしている医師に宛てて患者の遺言作成能力についての診断書の作 成を依頼する書簡を巡って争われた事件の判例は前掲Lush第 3 章,p.65に掲 げてある。
患者の遺言作成能力につき第CP3号様式による診断書の作成を依頼しよ うとする場合のその依頼先となる医師登録をしている医師は,下記の諸条 件を満たしているものであることが望ましい。
・ 患者本人のことをよく知っている者であること。
・ 患者本人の財産および生活環境につきある程度の知識を持ってい る者であること34)。
・ 過去における本人の遺言作成の状況および遺言作成に関する本人 の考え方等につきある程度の知識を持っている者であること35)。 ・ 財産保護裁判所がどのようなところであるかということと財産保 護裁判所はどのような場合に患者本人に代わって行う制定法上の 遺言書の作成を許可するのかということを理解している者である こと。
・ 精神障害につきある程度の知識を有している者であること。
・ 診断の対象者が実際に精神障害に因り本人の財産に関する事項の 管理能力を喪失しているかどうかを診断する場合の診断方法を 知っている者であること36)。
34) 他人の財産や生活状況に関する秘密情報を開示しなければならないというこ とになると倫理的なジレンマに陥るのは当然である。理想論としていえば,で きる限り患者とされる本人からの承諾を取り付けることが望ましい。この場合 に使用する同意書の書式については前掲Lush第 3 章,p.64の例 1 を参照のこ と。秘密保持の問題についての一般論については,英国事務弁護士協会(Law Society)発行の「The Guide to the Professional Conduct of Solicitors」(1993年第
6 版)第16章を参照のこと。
35) 前掲注34参照。この場合の医師は以前に作成された遺言の内容と今回その内 容をどう変更しようとしているかを知っている者でなければならないとする判 例もある。Kenward v. Adams (1975) The Times, November 29におけるTempleman 判事の意見。前掲Lush第 3 章,p.42に記載したこの事件の判決の要旨を参照 のこと。
36) 医師に対しては,王立精神病医科大学(Royal College of Psychiatrists)と英 国医師会(BMA)の協力を得て財産保護裁判所が作成した「無能力者診断書(第 CP3号様式)に添付すべき注意書き」を交付しなければならない。
・ 遺言作成能力があるかどうかについての診断方法を知っている者 であること。
一般論としていえば,医学上の証拠資料の質は,必ずしも常にそうであ るとまではいわないまでも,診断書の作成を依頼する弁護士側から診断を 担当する医師側に提供される情報の質によって左右されるものであるとい うことがいえる。
多くの場合,診断を担当する医師に正しい指示を与えさえすれば,患者 本人の財産管理能力や遺言作成能力についての意見を表明して貰える筈で ある。但し,患者本人が病院に入院している場合は,本人の遺言書作成能 力に関する意見書は担当の専門医から入手することが望ましい37)。
診断書の内容は次のようなものでもよい。
・ 本人には,精神障害に因り,自らの財産に関する事項を管理する 能力はないと認められるものの,
・ 自ら有効な遺言を作成する能力はあると認められる。
このような診断結果が出た場合は,本人の弁護士はその診断書の原本を 財産保護裁判所に提出して,その後の取り扱いについての指示を仰がなけ ればならない。このような場合,裁判所はおそらく本人に面接して直接本 人から遺言書作成に関する指示を受ける許可を本人の弁護士に与えること になるであろう。この許可が得られれば,遺言書の原稿が作成されること になり,その内容につき本人の承諾が得られれば,これを正式な遺言書の 形に作成することになる。患者本人が入院していたり,精神障害者施設等 の養護施設に収容されている場合は,裁判所側は本人の遺言作成能力につ いての意見書や診断書の作成を担当した専門医,若しくは本人の治療を担 当している医師に,遺言書作成の立会人として署名するよう命ずるのが普 通である。
患者本人が特に病院や精神障害者養護施設等に収容されていない場合 は,本人の主治医ができれば立会人の一人となって遺言書に署名するべき 37) 財 産 保 護 裁 判 所 発 行 の 手 続 通 達 第PN5号「Procedure for the Execution of
Testamentary Documents」を参照のこと。
であろう38)。
尚,患者本人が,⒜遺言書の作成に関する指示を弁護士に与えた時点と,
⒝実際に遺言書を作成してこれに署名した時点の両方の時点において遺言 作成能力を有していたかどうかについては,遺言書作成に関する指示を本 人から受けた本人の弁護士が責任を持ってその最終的な判断をしなければ ならない,と裁判所側は強調している39)。
医学上の証拠資料によって本人には財産管理能力も遺言作成能力もない と診断されている場合でも,弁護士はその証拠の価値に疑問があると判断 した場合は,念のため別の医師からも診断書を取ることを考えるべきであ る。患者本人には財産管理能力も遺言作成能力もないという診断結果につ き何等疑問の余地がない場合は,制定法上の遺言書の作成許可を求める正 式な申立を行う必要がある。
4 申 立 人
本人に代わって制定法上の遺言書の作成許可を求める申立をすることが できるのは「1994年財産保護裁判所規則」第20条に定められている所定の 身分を有する以下の者だけに限られる40)。
・ 患者について任命されている財産保全管理人41)。
・ 本人につき財産保全管理人の任命が申し立てられているものの,
未だその任命が行われていない場合における当該任命申立を行っ た申立人。
38) 第PN5号様式。
39) 前掲同。
40) 「1994年行政規則第3046号」。同規則の第20条の規定は,患者所有の財産を承 継的に処分したり,贈与をすることについての許可を求める申立手続にも適用 される。
41) 通常は財産保全管理人が申立人となる。但し,財産保全管理人以外の者が申 立人となって申立が行われてきた場合は,当該申立についての審尋手続の開催 通知を財産保全管理人に対しても行う必要がある。「1994年財産保護裁判所規 則」(1994年行政規則第3046号)第21条第⑵項。
・ 患者本人が既に遺言書を作成していることが判明している場合 は,同遺言書上患者所有の財産若しくはこれに関する権利につき 何等かの権利を有している者。遺言書を全く作成していない場合 は,その状態において患者所有の財産若しくはこれに関する権利 につき何等かの権利を有している者42)。
・ 患者自身が精神障害の状況になかったとしたならば財産分与を受 けられる者の一員となったであろうと思われる者43)。
・ 本人から付与を受けた持続的代理権授与証書(登録済みのものに 限る。)上代理人に任命されている者。
・ 裁判所または公受託者(Public Trustee)により特に認められた その他の者。
制定法上の遺言書を巡る手続においては,患者本人の身元確認は特に問 題とはならない44)。申立人となる者自身が当該申立に関して個人的な利害 関係を有している場合や,何等かの別の理由で患者本人の利害は別の者に 代理させた方がよいと認められるような場合は,裁判所側は患者本人のた めに官選弁護人(Official Solicitor)を立てるよう命ずることになる45)。し たがって申立手続を担当する弁護士は,原則的には申立人の弁護士という ことになるが,過去において患者本人の弁護士を務めたことがあったり,
将来において患者本人の弁護士となることがあったとしても,これは特に 差し支えない。
42) 例えば,既存の遺言書上受益者の一員となっていながら遺贈を取り消された 者等がこれに該当する。本稿Ⅲ 3 に要旨を記載するRe D (J) [1982] Ch 237の判 決を参照のこと。
43) Re C [1991] 3 All ER 866においてホフマン判事が下した判決の結果,この種 の者の中には患者本人が正常であったとしたならば恐らく財産分与先となった であろうと認められるような公益団体も含まれることになった。
44) 概要については前掲Lush第 2 章の「依頼者とは誰のことをいうか」の項を 参照のこと。
45) 「1994年財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第15条。
5 実際の申立手続
申立に際しては下記の書類を一括して財産保護裁判所登録官宛に送付す るか,文書交換センターに送付しなければならない。
・ 汎用申立書式(第CP9号様式)に従って作成した申立書 2 通46)。 ・ 申立の裏付け書類としての宣誓供述書およびこれに添付する疎明
資料47)。
・ 本人には精神障害に因り財産に関する事項を管理する能力がない 旨が記載されている医学上の証拠資料(第CP3号様式による診断 書)の原本(コピーでは不可)48)。
・ 本人には自ら有効な遺言書を作成する能力がない旨を記載した医 学上の証拠資料の原本(コピーでは不可)。
・ 本人が過去に遺言書を作成している場合はその写し(原本は不 要)49)。
・ 作成しようとする制定法上の遺言書の文案 2 通50)。
・ 作成しようとする制定法上の遺言書上の遺言書執行人に就任する 予定者の署名のある遺言書執行人就任承諾書51)。
宣誓供述書には制定法上の遺言書を作成しなければならない理由を具体 的に記載しなければならないことになっており,必ず下記に掲げる事項を 記載しなければならない。
46) 前掲Lush第14章,p.432に掲げた記載例を参照のこと。
47) 制定法上の遺言書作成許可申立の裏付け資料としての宣誓供述書の具体例に ついては前掲Lush第14章,p.433に掲げた記載例 2 を参照のこと。
48) 第CP3号様式の実物は前掲Lush第10章,p.289に掲げる通りである。
49) 裁判所は患者の作成に関わる遺言書の提出を命ずることができる。「1994年 財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第72条。
50) 裁判所側が希望する書き出しの部分の書式については,前掲Lush第14章,
p.434に掲げる記載例 3 を,また裁判所が薦める末尾の証明文の書式について は前掲Lush第14章,p.435に掲げる記載例 4 をそれぞれ参照のこと。
51) 裁判所の薦める就任承諾書の書式については前掲Lush第14章,p.435に掲 げる記載例 5 を参照のこと。
・ 申立人が申立を行う所定の身分を有しているという事実52)。 ・ 患者の住所53)。
・ 患者自身がイングランドやウェールズ以外の場所に不動産を所有 しているか否か54)。
・ 患者本人とその家族との間の関係を「系図」を使って具体的に説 明した記述。家族のうちその氏名,生年月日,年齢の知れている 者については,これらのデータをすべて記入すること55)。 ・ 患者本人が現に所有している金融資産の具体的な内容およびその
現時点における評価額56)。
・ 患者自身の現時点における収支の具体的な内容。
・ 患者本人が現に有しかつ将来有することになると見込まれるニー ズの具体的な内容および患者本人が置かれている全般的な状況に ついての記述57)。
・ 患者本人の現在および将来における健康状況についての詳細な記
述。(第CP3号様式による診断書中にこの種の事項についての具
体的な記述がない場合に限る)。
・ 患者自身が過去において作成した遺言書が裁判所に提出されてい ない場合は,患者本人が過去において作成した遺言書があるのか どうかということを確認するために行った調査の具体的な内容。
下記に掲げる事項については,裁判所に書類を提出するに際して,別途 上申書を作成してその中に記載すればよい。
・ 申立が緊急を要するものであるかどうか,緊急を要するものであ
52) 「1994年財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第20条。
53) 「1983年精神保健法」第97条第⑷項。
54) 前掲同。
55) 手続通達第PN9号。
56) 前掲同。
57) 前掲同。
る場合はその理由58)。
・ 申立が行われたという事実についての正式な通知を利害関係者に 対して行う必要がないかどうか,必要がないと認める場合はその 理由59)。
・ 審尋手続に出席が予想される者の氏名(申立人本人,申立人の弁 護士,ロンドンにおける代理人,患者本人等)60)。
・ 審尋手続に出席するための裁判所までの旅行の手配の観点から,
審尋の開催時刻を午前中にした方がよいか,午後にした方がよい かについての希望。
申立書を送付する場合は必ず申立料金1,000ポンドの支払に充てるため の「供託局」を受取人とする小切手を同封すること。
6 審 尋 手 続
裁判所は,患者に代わって制定法上の遺言書を作成することについての 許可を求める申立を受けた場合は,次の手続をとることになる。
・ 審尋手続の期日を決定する61)。但し審尋手続を経ずに申立を正し く処理できると判断した場合は,この限りではない。新たな遺言 書執行人の任命を目的として,患者の作成に関わる既存の遺言書 を補充するための遺言書補充書の作成許可を求める申立がなされ てきた場合で,遺言書執行人の候補者の人選につき特に争いがな い場合も,同様である。
・ 申立書の控えに審尋手続の開催日時を書き込んだ上で,これを申
58) 極めて緊急性の高い申立の場合は,裁判所の登録官(Registrar)または登録 官補(Registrar's Assistant)に電話を入れておくことが望ましい。
59) 第三者に対する通知に関して定めた規則については,1994年財産保護裁判所 規則第21条および同第40条を参照のこと。尚,Re Davey (Deceased) [1980] 3 All ER 342およびRe B [1987] 2 All ER 475も参照のこと。
60) 「1994年財産保護裁判所規則」第78条および同別紙。
61) 「1994年財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第10条。
立人の代理人弁護士に返送する62)。
・ 申立に伴って発生する暫定的な疑問点があれば,これを指摘し,
また作成しようとする制定法上の遺言書の草案に対する改訂を勧 告する。
・ 官選弁護士に対して患者の代理人弁護士となる意思があるかどう かを尋ねる63)。
・ 患者の財産保全管理人が申立人の一員となっていない場合は,同 管理人に対して申立手続に参加するよう要請するなり,申立手続 が行われている旨の通知を同管理人に対して行うよう命ずる64)。 ・ 他に申立手続に参加させるべき当事者がいるかどうかを判定す る65)。申立手続への参加人の決定および申立手続に関する通知の 必要性の有無および通知先等については,裁判所に一般的な裁量 権が認められているが,この裁量権は,個々のケースの事情に応 じて行使することを要する。普通は,申立手続により大幅な不利 益を受ける可能性のある者すべてに対し申立手続についての通知 を行わなければならないことになっている66)。
・ 申立人の代理人弁護士に命じてすべての関連書類の写しを官選弁 護人と申立手続に参加しているその他のすべての当事者宛に送付 させる。
審尋手続の開催通知は期日の丸二日前までに行うことを要する67)。実務 上は,特に緊急を要しない事案でない限り,審尋手続は申立書が裁判所に 受理されてから大体 6 週間後に行われる。申立の内容が単に患者の遺言書
62) 前掲第10条第⑵項。
63) 前掲第15条。
64) 前掲第21条第⑵項。
65) 前掲第21条および同第40条。
66) 本稿Ⅲに要旨を記載した判例を参照のこと。Re HMF [1976] Ch 33; Re Daveys (Deceased) [1981] 1 WLR 164; Re B [1987] 2 All ER475.
67) 「1994年財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第21条第⑸項第⒝
号。
に関係当事者間に争いのない些細な変更や追加を加えるだけのためのもの である場合は,申立の内容については官選弁護人と申立人の代理人弁護士 との間の合意により固めることができることになっており,その場合には 審尋手続は行わなくてもよいことになっている68)。
申立に関する審尋手続は,ロンドン市所在の財産保護裁判所の庁舎内の 裁判官室69)内で,補助裁判官または補助裁判官補の出席の下で行われる。
但し補助裁判官または補助裁判官補が事件を裁判官に移送した場合は70), 審尋手続はロンドン市ストランド街にある王立司法裁判所内で行われるこ とになる。審尋手続に誰を参加させるかは,裁判所が定める71)。審尋手続 に際して 2 名またはそれ以上の利害関係者が同じ弁護士に代理されている 場合は,裁判所は,必要と認めた場合は,関係者のうちのいずれについて も別途弁護士を立てるよう命ずることができる72)。
過去25年間に判例法により,次のような多数のガイドラインが確立され ており,これが裁判所が制定法上の遺言書に関する権限を行使する上にお いて役に立っている。
・ 裁判所は,患者本人がもし完全な能力,記憶および洞察力を回復 してまともな状態になったとしたら当然作成するであろうと思わ れるような遺言書と同じ様な遺言書の作成を目指すべきであ る73)。
・ 患者は,遺言書を作成しようとする時は,束の間の正気状態に戻 るものだと推定する必要がある74)。
・ 患者は,束の間の正気状態に戻っている間は昔の記憶を完全に取 68) 前掲第10条第⑴項。
69) 前掲第39条第⑴項。
70) 前掲第42条。
71) 前掲第40条。
72) 前掲第41条。
73) Re D (J) [1982] 2 All ER 37における副大法官ロバート・メガリー卿の意見p.
43e.
74) 前掲p.42h.
り戻しているが,診断書に実際に書かれているように,遺言書の 作成が終わってしまうと自分がまた元の精神状態に戻ってしまう ことがはっきり判っている75)。
・ 考慮しなければならないのは,単なる想像上の患者のことではな く,実際の患者のことである。「普通人たる患者」のことに目を 奪われてはならない76)。
・ たまたま正気に戻っていると仮定している患者については,正気 に戻っている間は有能な弁護士から助言を受けている筈であると 仮定すること。あれこれ勝手な法律上の助言を想定したあげく,
どんな助言を与えても患者は黙って受け入れざるを得ないであろ うなどと勝手に考えず,患者が行っていることは何事も法律的助 言を受けないでやっているのではなく,むしろ法律的助言に従っ て行っているか,逆にその助言を無視して行っているのだと受け 止めなければならない77)。
・ 普通どんな場合でも患者というものは,自分の財産を狙ったり,
ねだってくる者に対しては,会計士が行うような小手先の調整よ りは,むしろ大鉈を振ろうとしていると見る必要がある78)。 ・ 裁判所側は患者がごく普通なまともな人間であり,現代的な倫理
基準に従って行動しているものであると推定する必要がある79)。 ・ 裁判所は,患者の財産をどう分配するかを考えるに際しては,患 者とその家族との間の関係,見ず知らずの第三者から提供を受け ているサービスの内容および本人の財産の規模等を始めとするあ 75) 前掲p.42h.この考え方はRe WJGL [1965] 3 All ER 865のpp.871-872に記載 されているクロス判事の判決から生まれたものである。[1966] Ch 135, pp.144- 145.
76) Re D (J) [1982] 2 All ER 37, p. 43a.
77) 前掲p.43f〜h。
78) 前掲p.43h〜i。
79) Re C (Spinster and Mental Patient) [1991] 3 All ER 866 p.870c,ホフマン判事 の意見。
らゆる事実関係を考慮に入れなければならない80)。
・ 患者の財産を一般の個人と公益団体との間で分配するに際して は,個人にも法律上公益団体に認められている税金面における優 遇措置のおこぼれに与らせてやらなければならないというような 理由は一切ない81)。
・ 制定法上の遺言書を作成しなかったとすると無遺言書で死亡する ことになってしまうような患者の場合で,無遺言書で死亡した場 合の遺産分割原則と異なる分割方法によって遺産を分割する場合 は,特別な理由が必要となる82)。例えば,Re C(1991)83)は生存配 偶者も,卑属も,親子も兄弟姉妹も全くいない患者についての事 案であるが,この事件の判決は,このような患者の場合でも,そ の遺産は父系の親族と母系の親族(この事案では患者本人の父親 は11人兄弟であり,母親は二人姉妹であった。)で等分すること ができるということを示唆している。
・ 控訴審を担当する判事は事案を自由に検討する完全なる裁量権を 有しており,補助裁判官や補助裁判官補が下した決定にとらわれ る必要は全くない84)。
7 制定法上の遺言書の作成
「1983年精神保健法」第97条第⑴項は制定法上の遺言書の形式要件につ き次のように定めている。
・ 作成者本人として患者自身の氏名と実際に裁判所の許可を受けて 患者に代わって遺言書に署名する者(通常は財産保全管理人がこ れに当たる。)の氏名が明記されていなければならない。
80) 前掲p.870h.
81) 前掲p.871d.
82) 前掲p.872c.
83) 前掲同。
84) Re D(J) [1982] 2 All ER 37 p.45j, 副大法官ロバート・メガリー卿の意見。
・ 2 名以上の立会人の立ち合いの下で,上記にいう裁判所による許 可を得た代理人が本人たる患者の氏名を付記した上で自らの氏名 を記載して,これに署名していなければならない。
・ 裁判所の許可を受けた者によって行われる制定法上の遺言書の作 成に立ち会った立会人が立会人欄に署名していなければならな い。
・ 財産保護裁判所の公印が押捺されていなければならない85)。 裁判所の許可を受けて患者に代わって制定法上の遺言書に署名する者 は,同時に同遺言書の立会人となって遺言書に署名することはできないが,
「1837年遺言書法(Wills Act 1837)」第15条の規定(遺言書作成の立会人 本人やその妻または夫に対する贈与は無効である旨を定めた規定)によっ て自らが同遺言書上の受益者となることが禁じられることはない。但し制 定法上の遺言書中において受益者の一員として指名されている者ならびに 同人の配偶者は,同遺言書作成の立会人となることはできない86)。
このように作成者本人ならびに立会人の署名がされた制定法上の遺言書 は,これを財産保護裁判所に送付して,裁判所の公印の押捺を受けなけれ ばならない。裁判所は,遺言書に公印を押捺した上で,これを申立人の顧 問弁護士に返送する。普通この場合は,申立人の顧問弁護士に対して,患 者の生存中この遺言書を責任を持って保管することを約した誓約書に署名 してこれを提出すべきことが命ぜられたことになる87)。
85) 認証文の書式については,前掲Lush第14章,p.435の先例 4 を参照のこと。
86) 「1983年精神保健法」第97条第⑵項は,「1837年遺言書法の規定は上記にいう 遺言書が患者本人によって署名されたものである場合と同様にこれを上記にい う遺言書との関係においては有効なものとするが,[同法第 9 条の規定はこれ を適用しない]。」と定めている。
87) 「患者の遺言書の受領確認および保管誓約書」の書式(第CP12号様式)につ いては前掲Lush第14章, p.436の先例 6 を参照のこと。
8 制定法上の遺言書の効力
一般論としていえば,制定法上の遺言書は,その作成名義人である患者 本人が,有効な遺言書を作成する能力を有する者として,自ら「1837年遺 言書法」に定められている様式に則って作成した遺言書と同じ効力を有す る88)。このことは,譬えていうと,次のことを意味することになる。
・ 制定法上の遺言書に,過去において作成した遺言書や遺言書補足 書のすべてを取り消す,と定められている場合は,過去において 作成されていた遺言書および遺言書補足書は,制定法上の遺言書 の作成を許可した時点で裁判所がその存在を知っていたか否かに 拘わらず,すべて当然に取り消されることになる89)。
・ 作成された制定法上の遺言書は,その作成名義人たる患者本人が 婚姻した場合は,取り消されることになる。但し遺言書中に当該 婚姻を予定した上でわざわざ作成したものである旨が明記されて いる場合は,この限りではない90)。
・ 患者の子やその他の直系卑属に対して具体的財産や人的財産を遺 贈する旨が定められている制定法上の遺言書の場合で,予定され ていた受遺者が患者本人より先に死亡してしまったが,同受遺者 には直系卑属がいてこの直系卑属が患者本人の死亡時においても 生存しているというような場合は,制定法上の遺言書中に代襲に よる受遺を認めない旨の記載が特にない限り,同直系卑属が代襲 して遺贈を受けることになる91)。
・ 制定法上の遺言書の作成に際してその立会人となった者本人また はその配偶者に対して行われた贈与はすべて無効である92)。 尚,制定法上の遺言書の中にイングランドとウェールズ以外の場所にあ
88) 「1983年精神保健法」第97条第⑶項。
89) 「1837年遺言書法」第20条。
90) 前掲同第18条(改正後の規定)。
91) 前掲同第33条(改正後の規定)。
92) 前掲同第15条。
る不動産の処分について取り決めた部分が含まれている場合は,その部分 は無効となる93)。これは,国際私法の原則により,不動産の処分に関わる ような遺言書の作成能力に関する問題は,不動産所在地の法律によって決 めることになっているからである。
動産の処分に関わる遺言書の作成能力の問題は,国際私法上は,遺言書 者の生活の本拠地である居住地の法律によって定まることになっている。
したがって,制定法上の遺言書を作成した場合でその作成時における患者 本人の生活の本拠地たる住所がイングランドにもウェールズにもない場合 は,遺言書に定められている動産の処分についての取り決めもすべて無効 ということになる。但し患者本人の生活の本拠地である住所地の法律上遺 言書作成能力についての準拠法につき反致が認められていて,イングラン ドおよびウェールズの法律をその準拠法とすると定められている場合はこ の限りではない。
9 保 管
患者について財産保全管理人を任命をする命令が発せられると,その中 には既存のすべての遺言書を「患者の存命中」保管しておく命令が含まれ ているのが普通である。遺言書の文案が弁護士(ソリシター)によって作 成されたものである場合は,ソリシター協会との間の取り決めにより,遺 言書はその作成に携わった弁護士にそのまま保管させてもよいというのが 慣行となっている94)。それ以外の場合は,財産保全管理人の任命する命令 で,財産保全管理人の口座が設けられている銀行に保護預かりの形で遺言 書を預けて保管しておくよう命じておかなければならないことになってい る。
患者が新たな遺言書や遺言書補足書を作成した場合(患者自身に遺言書 作成能力があり,事前に必要な裁判所の承認を得ている場合をいう。)ま
93) 「1983年精神保健法」第97条第⑷項第⒜号。
94) Norman Whitehorn著「Court of Protection Handbook」(Longman社 版1991年 第 9 版)p.71.
たは患者名義で制定法上の遺言書が作成された場合でも,それまで存在し ていた遺言書そのものを廃棄してしまうようなことはしてはならず,これ らは従来どおりきちんと保管しておかなければならない。この場合,古い 遺言書が収納されている封書には,新たな遺言書または遺言書補足書が作 成された旨とその作成年月日とを上書きしておかなければならない95)。遺 言書の保管を担当している者は誰でも第CP12号様式による遺言書の受領 確認書兼誓約書に署名してこれを提出しなければならないことになってい る96)。裁判所は,患者が回復したと認めた場合は,同人の回復を認めた決 定中に,保管中の遺言書を患者本人に引き渡す命令を併記しなければなら ない97)。
患者が死亡した場合は,遺言書は,特に公受託者や財産保護裁判所から の命令を取る必要なしに,患者の人格代表者にこれを引き渡さなければな らない。但し,遺言書が,特にその保管期間を患者の生存期間中だけに限 るという限定を付けないで,裁判所の指図に従うべしとの条件付きで保管 されている場合は,遺言書の引渡し許可申立書に死亡届の謄本(死亡証明 書)を添えて,裁判所に提出しなければならない98)。
10 諸 費 用99)
財産保護裁判所における手続に関して,訴訟救助の適用はない。
制定法上の遺言書の作成許可を求める申立に関しては,特に定額費用の 納付を義務づけた規定はない。
補助裁判官または補助裁判官補の出席の下で行われる審尋手続に関して
95) 「Procedure for the Execution of Testamentary Documents」なる表題を有する 1987年11月に交付された手続通達第PN5号。
96) 第CP12号様式については前掲Lush第14章, p.436の先例 6 を参照のこと。
97) 「1994年財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第76条第⑴項。
98) 「Procedure on Death of Patient」なる表題を有する手続通達第PN3号。
99) 概要については「1994年財産保護裁判所規則」(1994年行政規則第3046号)第
ⅩⅨ章第87条乃至第92条。
関係当事者が発生させた費用は,原則として訴訟費用の算定手続を経て,
実費弁済を命ずる形で,患者本人所有の財産を引当てとしてその支払が命 ぜられることになる。但しこの費用負担の原則は控訴審においては必ずし もそのまま当てはまらない100)。
制定法上の遺言書の作成許可を求める申立が弁護士報酬等の支払に関す る規定が含まれている持続的代理授与権証書上の代理権に基づいて本人の 顧問弁護士または代理人によって行われてきた場合は,訴訟費用査定手続 が不要となる場合があるが,これは委任状の作成者本人が精神的無能力者 となってしまう前に顧問弁護士の報酬・費用のうち妥当な金額のものにつ いてはその支払を予め許可していた筈だとの推定が働くからである。
訴訟費用についての合意がある場合も訴訟費用査定手続は不要となる。
制定法上の遺言書の作成許可を求める申立手続に関して発生した費用とし て弁護士が請求してきた金額が付加価値税と立替費用を抜きにした金額で 1,000ポンド以内であれば101),弁護士は,実際に行った仕事の概要,仕事に 使った時間数および(別途外注料金の支払を要するような外注仕事を委託 した場合は)外注した仕事の内容等を具体的に記載した請求書に立替費用 についての領収書を添えて,訴訟費用の査定額としてはどの程度の金額ま でなら受け入れるかを付記して,これを裁判所に提出することができる。
請求書の内容が妥当なものであれば,裁判所は請求されてきた金額の支払 を承諾することになる。
11 チェックリスト
1 .制定法上の遺言書の作成許可を求める申立を行う前に考えておかな ければならない事柄
100) この費用の問題については,Re D(J)「1982」Ch237,「1982」2WLR373の判 決の中で副大法官ロバート・メガリー卿が仔細に論じている。
101) 合意によって決めることができる訴訟費用の上限額は定期的に改定されてい るが,その改定頻度は,固定費用についての上限額が 1 年に 1 回の割合で改定 されているのと較べると,改定の間隔が長い。