◎論説アジアがめぎす経済統合/FTA
東 ア ジ ア 農 業 と
F T A
石田信隆・・⁝
はじめに
近年︑FTA(自由貿易協定)締結により個別国間での
経済連携を図る動きが急速に拡大している︒
アメリカ大陸においては︑アメリカ・カナダ・メキシコ
によるNAFTA(北米自由貿易協定)︑南米九か国が参加
してのMERCOSUR・アンデス共同体FTA協定が成
立し︑さらに︑アメリカのイニシアチブの下に︑キューバ
を除く南北アメリカ諸国が参加するFTAA(米州自由貿
易地域)の検討がすすめられている︒
欧州においては︑二〇〇四年五月︑EUに新たに一〇か
国が加盟して二五か国の巨大な経済圏が誕生した︒ これらの地域に比べて動きが鈍かったアジアにおいても︑
近年FTAへの取り組みが活発になってきた︒シンガポー
ルやタイは︑アジア域内・域外の諸国とのFTAを積極的
にすすめているし︑ASEAN諸国は二〇〇三年一〇月︑
二〇二〇年までに経済統合を完了することで合意した︒さ
らに︑中国は︑二〇〇二年二月に﹁中ASEAN包括的
経済協力枠組み協定﹂に署名︑タイとは約二〇〇品目の農
産品についてのアーリーハーベストの前倒し実施を行うな
ど︑ASEAN諸国との連携を積極的にすすめている︒
わが国においても︑シンガポール・メキシコとのFTA
が協定発効済または合意済であり︑また︑現在韓国︑タイ︑
マレーシア︑フィリピンと交渉中である︒さらにわが国は
ASEANとも包括的なFTA交渉を二〇〇五年四月に開
東 ア ジ ア農 業 とFTA
85
始することとなっているし︑また︑台湾︑インドネシアと
は民間あるいは政府間において︑検討・予備的協議が行わ
れている︒
アジアは二一世紀における高い成長可能性を秘めており︑
この地域における経済連携のあり方は︑その成長の道筋に
大きな影響を与えるものとなろう︒しかし一方では︑アジ
ア地域における各国経済の発展段階には大きな格差があり︑
また︑零細な家族経営を基礎とする農業など︑相対的に弱
いセクターも広範囲に存在していることから︑経済連携を
進めるには︑複雑な様々な問題を克服していくことが避け
て通れないと思われる︒
従って︑本稿では︑農業の分野に立脚しつつ︑東アジア
地域におけるFTA推進において生ずる問題点と課題につ
いてとりあげることとしたい︒
東アジアの農業と貿易
e東アジア地域の農業の概況
東アジアはアジアモンスーン地域に位置し︑その温暖多
雨な気候は稲作を中心とする農業を発展させた︒そして︑
小規模な家族経営を中心とする稲作農業は︑この地域の社
会・文化の姿にも大きな影響を与え︑稲作文化圏といわれ るような共通の風土を生みだしてきた︒
このような条件のもとで︑東アジア各国においては︑農
業は重要な位置を占めてきた︒発展途上にある国において
は︑程度の差こそあれ農業のウェイトを低下させつつも︑
それぞれの国において農業は重要な位置を占めているし︑
工業化を達成した韓国や日本においても︑農村地域社会の
存続のうえで︑米を中心とする農業は同様に重要な役割を
果たしている︒
東アジアにおける主要国の関連指標を表1に示した︒
日本︑韓国︑シンガポールを除き︑農村人口比率は四〇
〜八〇%と高く︑GDPに占める農業の割合も一〇%以上
と高い︒農産物貿易収支も︑タイ︑マレーシア︑インドネ
シア︑ベトナムでは黒字となっている︒また︑一人当たり
GDPをみると︑国によって格差が著しい︒一人当たりG
DPは︑GDPに占める農業の割合が高い国ほど低くなっ
ており︑日本と比較して五〇〜一五〇分の一程度と︑大き
な格差のある国が多い︒
口国別にみた農業の特徴
わが国では︑食料自給率が穀物ベースで二七%にまで下
がるなど国際的にもまれな低い水準にある一方で︑農業生
産者の高齢化がすすんでいる︒農業・農村の持続的発展を
めざして︑地域農業の担い手の確保・育成を図るとともに︑
東 アジ ア主要 国 の農業 関連 指標(2000年) 表1
人 口 (千人)
農村 人 口 比 率
(%)
耕 地 面積 比 率
(%)
1人 当 た り GDP (ド ル)
農 業 の GDP比 率
(%)
貿 易 収 支 (百万 ドル)
内 農 産 物 (百万 ドル)
穀 物 自給 率
(%)
日 本 127,096 21 12.3 38,094 1.5 99,466
一34 ,593
28中 国 1,275,133 64 13.3 847 15.9 32,424
一2 ,272
95韓 国 46,740 18 17.4 9,782 4.6 11,787
一6 ,764
36イ ン ドネ シ ア 212,092 59 11.3 723 16.9 28,609 891 87
マ レ ー シ ア 22,218 43 5.5 4,035 ii.t 16,267 2,029 28
フ ィ リ ピ ン 75,653 41 18.6 988 15.9 5,986
一1 ,093
82シ ンガ ポ ー ル 4,018 0 1.6 22,960 o.i 11,399
一1 ,276
タ イ 62,806 80
::
1,945 10.5 5,519 4,585 158ベ トナ ム 78,137 76 17.7 401 24.3
一892
819 125ラ オ ス 5,279 81 3.8 324 52.9
一205 一42
124カ ンボ ジア 13,104 83 21.0 243 37.1
一350 一414
116 注:穀 物 自 給 率 は 農 林 水 産 省 試 算(2001年 値)。出 所:】?AO"FoodandAgricultureIndicators."農 林 水 産 省 『我 が 国 の 食 料 自給 率 」2003年 。
消費者ニーズにより的確に応える生産・販売の推進が課題
となっている︒
中国は米︑小麦︑大豆︑とうもろこし︑綿花等多くの主
要な農産物において世界のトップクラスの生産国となって
いる︒しかし︑都市と農村の所得格差が大きく︑また︑農
家一戸当たり耕地面積は○・五㎞と小規模経営である︒WT
Oに加盟し︑世界の農産物需給状況の影響をより敏感に受
けるようになるなかで︑今後は︑適地適作化や土地利用型
農業から労働集約型農業生産への転換等︑構造転換を図り
つつ︑農業の産業化の推進等により︑農民の所得向上を図
ることが課題となっている︒
韓国では︑食料自給率の低さ︑農家の高齢化︑農村の過
疎化等︑日本と同様ないし一層深刻な問題を抱えている︒
米︑野菜︑畜産物が主要品目であるが︑市場開放がすすむ
なかで︑農地の担い手への集約化をすすめつつ︑親環境農
業と直接支払政策の推進︑競争力強化への取り組みが課題
とされている︒
インドネシアにおいては︑地域によって農業の姿が異な
り︑米を中心とする小規模な農業と︑パーム油︑ゴム等の
商品作物栽培がある︒
マレーシアは︑かつては天然ゴムやスズが主な産品であっ
たが︑工業品輸出国として急速に変貌を遂げた︒現在の農
業は︑輸出産品としてのパーム油・ゴムと︑米が主要な品
東 ア ジ ア農 業 とFTA
87
目となっている︒
フィリピンでは︑小規模経営による米生産と輸出向けの
大農園によるココナッツやサトウキビの栽培が主要な農業
である︒
タイは︑工業品輸出国として成長するなかでGDPに占
める農業の割合は一〇%程度まで低下してはいるとはいえ︑
加工も含めた農業関連産業は重要な地位を占めている︒米
は世界第六位︑サトウキビは同第四位︑キャッサバは同第
三位︑パイナップルは同第一位の生産国であり︑養鶏も盛
んである︒貿易においても︑黒字の大半を農業部門で生み
出しており︑米は世界最大の︑砂糖は世界第二位の輸出国
である︒
ドイモイ政策のもとに経済発展を遂げつつあるベトナム
においても︑農業は重要な産業としての地位を占めており︑
GNPに対する比率は二四%と高く︑就業人口の七割弱が
農業に従事している︒米が主要な品目で︑タイ︑インド︑
アメリカに次ぐ世界第四位の輸出国であり︑また︑コーヒー
の生産が増加しており︑ほとんどが輸出に向けられている︒
日高まる中国の存在感
このような東アジアの農業のなかで︑中国の存在感は極
めて大きい︒
二〇〇二年における数量ペースの国別順位および世界に おけるシェアをみると︑世界で最大の生産量となっている
品目は︑米(ご=・○%)︑小麦(一五・七%)︑野菜(四七・ムみ七%)︑豚肉(四六・五%)︑鶏卵(三九・○%)等がある︒
また︑とうもろこし・鶏肉はアメリカに次いで第二位(二
〇・一%︑一七・八%)︑大豆はアメリカ︑ブラジル︑アルゼ
ンチンに次いで第四位(九二%)の生産を誇っている︒
これは︑世界最大の一二億人の人口を有する国として自
然な姿ともいえるが︑近年の生産の伸張を背景に︑農産物
貿易の面でも大きな存在感を示しつつある︒同じく二〇〇
二年で数量ベースでみると︑とうもろこしはアメリカに次
いで世界第二位(=二・八%)の輸出国であり︑鶏卵はオラ
ンダ︑マレーシア︑ベルギーに次いで第四位(八・三%)︑
米はタイ︑インド︑ベトナム︑アメリカに次いで第五位(七・六%)︑野菜もメキシコ︑アメリカ︑イタリア︑フラン
スに次いで第五位(八・四%)の輸出国となっている︒WT
O加盟により︑農産物の国際市場とより緊密に結びつきつ
つ︑今後農産物貿易面でも一層重要な位置を占めることに
なるとみられる︒
四東アジアにおける貿易動向
表2は︑二〇〇三年における日本︑韓国︑中国︑ASE
AN5(タイ︑シンガポール︑マレーシア︑フィリピン︑
インドネシア︒以下同じ)の国・地域間貿易状況を全品目
表2国 ・地 域 別 貿 易 額(全 品 目 ・2003)
(億 ドル) 輸 入国 ・地域
日 本 韓 国 中 国 ASEAN5 NAFTA EU25 豪 州 ・NZ その 他
輸出 国
・
地 域
日 本 362 740 592 1,281 752 117 1,055
韓 国 179 430 160 393 269 37 537
中 国 753 218 285 1,011 779 70 1,447
ASEAN5 533 174 452 Aso iii 598 129 947
NAFTA 691 271 399 499
EU25 499 197 II 409
豪 州 ・NZ 171 66 83 83
その 他 i,002 495 1,469 752
輸入合計 3,828 1,783 4,116 3,530
注:1)ASEAN5は タ イ 、 シ ン ガ ポ ー ル 、 マ レ ー シ ア 、 フ ィ リ ピ ン 、 イ ン ドネ シ ア 。 NAFTAは ア メ リ カ 、 カ ナ ダ 、 メ キ シ コ 。EU25は2004年4月 拡 大 後 の25か 国 。 2)シ ン ガ ポ ー ル の イ ン ド ネ シ ア か ら の 輸 入 は 含 ま れ ず 、 ま た 同 国 の1998年 値 は1999
年 の も の で あ る 。
3)日 ・中 ・韓 ・ASEAN5の 輸 入 デ ー タ を 基 本 と し、 こ れ ら8か 国 か ら そ の 他 地 域 へ の 輸 出 額 の み 、8か 国 の 輸 出 デ ー タ を 用 い た 。
出 所:日 本 貿 易 振 興 機 構"WorldAtlas"。
表3国 ・地 域 別 貿 易 額(全 品 目 ・2003‑1998増 減)
(億 ドル) 輸 入 国 ・地 域
日 本 韓 国 中 国 ASEAN5 NAFTA EU25 豪 州 ・NZ そ の他
輸 出 国
・
地 域
日 本 196 459 114
一18
24 25 109韓 国 58
:1
39 135 66 7 87中 国 383 155 178
.1'
482 44 794ASEAN5 166 89 329 245 32 81 SO 317
NAFTA
一70
48 207 35EU25 104 87 337 69
豪 州 ・NZ 22 is 52 16
そ の他 367 264 1,056 294
輸入合計 1,030 ., 2,721 989
注 ・出 所:表2に 同 じ 。
8g‑一 東 ア ジ ア 農 業 とFTA
表4国 ・地 域 別 貿 易 額(農 林 水 産 物 ・2003)
(億 ドル) 輸 入国 ・地域
日 本 韓 国 中 国 ASEAN5 NAFTA EU25 豪 州 ・NZ そ の他
輸 出国
・
地 域
日 本 4 3 4 5 2 1 10
韓 国 14 2 1 3 1 1 7
中 国 79 as 20 34 28 2 61
ASEAN5 74 14 38 50 50 55 10 120
NAFTA Zoe 32 47 31
EU25 67 11 12 23
豪 州 ・NZ 50 13 11 27
そ の他 106 21 92 50
輸 入合計 593 121
11
205注:表2に 同 じ 。
な お 、 「農 林 水 産 物 」 はHS2桁 コ ー ド に よ り 、01〜24,44,45の 合 計 と し た 。 出 所:表2に 同 じ 。
表5日 ・中 ・韓 ・ASEAN5の 輸 入 先 構 成 比
(%〉
全 品 目 農産物 畜産物 野 菜 調製食料品
輸入先
1998 2003 1998 2003 1998 2003 ..・ 2003
..;
2003日 本 12.1 12.8 0.7 0.9 0.2 o.i 0.2 o.t 1.0 1.5 韓 国 5.1 5.8 1.4 1.5 3.8 o.i z.s 2.9 2.1 2.4 中 国 7.0 9.5 9.3 11.6 6.3 2.7 45.7 47.4 10.1 14.6
ASEAN5 14.1 14.4 12.8 14.2 5.1 5.9 8.9 13.0 13.1 15.8
NAFTA 21.4 14.0 36.5 32.1 37.4 42.9 19.3 14.3 .. 23.8
EU25 13.7 12.4 11.6 io.s 14.2 17.1 3.2 2.7 18.3 17.5
豪 州 ・NZ 3.9 3.0 7.9 6.8 26.3 24.2 9.6 8.9 6.9 6.1
そ の他 22.7 28.0 19.8 22.4 6.7 7.0 10.5 10.7 19.7 18.2 輸入合計 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 100.0 ioo.o 100.0
注:1)日 本 、 中 国 、 韓 国 、ASEAN5(タ イ 、 シ ン ガ ポ ー ル 、 マ レ ー シ ア 、 フ ィ リ ピ ン、 イ ン ド ネ シ ア)計8か 国 の 米 ドル ベ ー ス の 輸 入 先 別 構 成 比 で あ る 。
2)シ ン ガ ポ ー ル に つ い て は 、 イ ン ドネ シ ア か ら の 輸 入 は 含 ま れ て お ら ず 、 ま た 、 璽998 年 欄 は1999年 の 値 で あ る 。
3)品 目 区 分 はHS2桁 コ ー ドに よ り、 以 下 の と お り と し た 。 農 産 物:06〜15,17〜24畜 産 物:01,02,04,05
野 菜:07調 製 食 料 品:16〜24
出 所:日 本 貿 易 振 興 機 構"WorldAtlas"か ら作 成 。