ワー ク シ ョップ授業 モデル による音楽表現 の授業構築
桂 直美 ・川 島 雅樹 ・伊東 玲
本稿 の 目的 は、表現主体 と して子 どもたちを育て ることを 目的 と した 「ワー クシ ョップ授業 モデル」 を、 中学 校音楽科教育 において試行 し、 その有効性 を探 ることである
。大学 の文学教育 「ワー クシ ョップ」 か ら再定義 さ れた授業 モデルが、 中学校 の音楽科授業 における集合的表現 の場 に適用可能 であ ることを、 ア クシ ョン リサーチ を通 して明 らか にす る
。その ときの新 たな学 びの成立 のあ りよ うを、授業 の教育批評 を通 して とらえ、 また この 授業 モデルが授業者 に もた らした意味を、非構造化 イ ンタ ビューを通 して明 らか にす る
。キー ワー ド :ワー クシ ョップ授業モデル、表現教育、表現者 の教育
1 . は じめに.
本稿の課題は、高等教育で行われた文芸教育 ワークショッ プの検討 を通 して再構成 した 「ワー クシ ョップ授業 モデ ル」 を、 中学校 における音楽教育 に適用す る可能性 を探 り、 中等教育 での表現教育 におけるワー クシ ョップ授業 モデルの有効性 を探 ることである。
( 1 ) 問題 の所在
音楽科 の授業、 と りわ け 「 専科」教諭 の担当す る中等 教育段階の音楽授業では、教師の音楽的な力量 を重視 し、
教師が子 どもた ちを指揮 して、教師の音楽解釈 を前面 に 出 して子 どもの演奏 を指示 し、生徒 たちがその指示 に従 うことでパ フ ォーマ ンスを向上 させてい くとい う形 を と ることが多 い。 しか しその場合、 もっとも主導的な表現 者 は教師であ り、子 どもが よ り従属 的な立場でその表現 に参加す るとい うことにな りやす い といえ る
。子 どもか ら見れば、表現 は教 師か ら与 え られ るもの とな って しま い、私が表現す るとい う意識 が生 まれ に くくなるのであ る
。表現教育のむずか しさは、現代の学校の 「 教授 ‑学習」
という枠組みの中におかれた ときに際だっ ものであるとい える
。それは、 ( 教 えた ものは、 子 どもの表現 といえるの か) というアポ リアである。 これに対 して本稿では、高等 教育 において個人 の創作 という形 で表現教育 を実現 して いるいる文学教育の 「ワークショップ」の授業に着 目した。
中学校の授業 における集合表現 においてこの授業モデルを 適用することにより、新たな学 びの共 同経験を作 り出す こ
とを試みる。
( 2) ワー クシ ョップ授業 モデル
筆者 は、 ワー クシ ョップ とい う活動形式 の源流 とされ る高等教育 での文芸教育 ワー クシ ョップ調査 し、 テキサ ス A&M 大学 にお ける D r . テイラーの ワー クシ ョップ授 業研究 を とお して 「ワー クシ ョップ授業 モデル」 の特徴 を抽出 した。
1文学教育 における創作表現の ワークシ ョッ
プでは、生徒各人が個 々に創作 を行 い、 それぞれの創作 を発表 し、全員 で相互批評 してい く形 で授業 が進 め られ る
。テイラーによるワー クシ ョップでは、授業者 が、生 徒 の相互 の関わ りを促すために、誰 もが発言 しやす い空 間を作 り出す ことに常 に注意 を向けていた。生徒が各 自 の作 品を声 に出 して発表 してい くこと、 それ につ いての フラ ンクな コメ ン トを全員が行 うとい うワー クシ ョップ の活動 の基幹 がそのまま、成員の関係性構築 の方法論 と な ってお り、 また席 に座 って静 かに読 むだ けでな く、立 ち上 が って室 内で動 きなが ら朗読す るパ フ ォーマ ンスス タイル も推奨す るな ど多様な表現 スタイルを促 していた。
物理 的な場 の構成や、 リーデ ィングコメ ンテー タと して の授業者 の発言 の仕方 に も特徴があ った。
こう した授業が どのよ うに構成 されて いるのかを、 1 ) 学 びの資源 が どこにあ るか、2) 学習 内容 を構 成す る知 識観、 3) 授業者 の役割、 とい う視点か ら検討 し、「ワー クシ ョップ授業 モデル」 の特徴 を次 のよ うに整理 した。
i )教師か らの一方 向的な情報伝達 ではな く、生徒発 の アイデアが学 びの資源 になる。 そのために生徒 の多様 性 と多様 なアイデ ィアに価値 をおき、生徒 同士 が互 い
に聴 き合 い、語 り合 う関係性 を重視す る。
i i )教 師によって独 占的に評価がなされるのではな く、成 員が認 めることが重視 される。 社会構 成主義 的知識観 に立 ち、評価面 において も共 同構成が重視 されている。
i i i )多様 な成員 の学 びを促すためには、授業者 が多様 な アイデ ィアの価値 を読 み取 ることが必要 とな る。 その ために授業者 はその領域 に関す る高度 な内容知 を有 し、
授業 の中で開示す る必要がある
。( 3) 本研究の方法 と課題
上記 のよ うに整理 され る特徴 を、単 に大学教育 の文芸
表現教育 の特徴 と して理解す るのではな く、 よ り広 い授
業場面 に適用可能 な 「 授業 モデル」 と して再構成 され る
もの と考 え、 中学校音楽教育 でのア クシ ョンリサーチを
行 う。
桂 直美 ・ 川 島 雅樹 ・ 伊東 玲
しか し、異 な る授業者 によ って異 な る教育環境 におい て、 この 「 授業 モデル」 を援用す る事 は、 どのような条 件 が整 うときに達成 で きるので あろ うか。第一 に、 どの ような点 に留意すれば この 「ワー クシ ョップモデル」 に つ いて未知 であ る教師が このモデルを実現す ることがで きるかを明 らか にす る必要が ある。第二 に、 このモデル は参加学生個人 の主体 的な コ ミッ トが要件 である高等教 育 におけるワー クシ ョップの授業か ら構成 された もので あるが、 これを集合 的表現 を標準 とす る中等教育 に応用 す ることが どの程度可能 であ るかが問題 である
。これを 応用す ることによ って 「 表現 の教育」 における教授 ‑学 習 の枠組みに どのよ うな変化 を もた らすのか、 アクシ ョ ンリサーチによ って探 り、「ワー クシ ョップ授業 モデル」
のよ り普遍 的な教育場面への適用可能性 と教育方法 と し ての有効性 を明 らか にす ることが本稿 の課題 とな る。
授業者川 島教諭 と研究参加者である伊東教諭 とともに、
授業 の計画段 階の最 初か ら、 授業の振 り返 りまで、 およ そ 1年 にわたって共 同研究をおこなった。 ワークショップ 授業モデルによる実践 を 「 参加観察」 し、そこで見 られた 生徒の学習活動 の特 徴 を、 「教育 的鑑識 眼 と教育批評」
の方法 を援用 しなが ら捉える。 次 に、 学習者 の授業経験 をふ り返 る 「アンケー ト」を行 い、生徒記述を分析 した。
また、授業者 の側 の経験 を 「非構造 化 インタビュー」 の 手法でとりあげ、分析 した。本稿では、授業の結果 として の生徒 と授業者の意識の変化を主たる対象 として扱 う。
2. 中学校 における授業実践 の概要
三重大学 附属 中学校 では、伝統 的にクラス合 唱を中心 的な要素 とした音楽 教育 を行 ってきている。 毎年 の合 唱 祭 ( 附中の‑‑モニー)では、 クラス別の合唱を競 い、そ れに向か って 1学 期か ら各 クラスでの 自由曲や課題 曲の 演奏をつ くりあげてい く。音楽科の授業 はそれ と密接 にか かわってお り、 ほぼ毎 回の授業 に混声合唱の 4 パー トに別 れたパー ト練習の形式を何 らかの形でとりいれている。
音楽室 には 4 台 グラ ン ドピアノが置かれている。 それ ぞれの ピアノは、 ソプラノ、 アル ト、 テナー、ベースの 練習 の場所 とな る。各パ ー トに リーダーが居 り、 ピアノ の鍵盤 を弾 きなが ら、 あるいは リーダーや他 のメ ンバー が ピアノを弾 けない場合 はカセ ッ トテープに録音 された メロデ ィーを頼 りなが ら、 それぞれのパ ー トで 自分 たち のペースで練習 を してい くことが通例 とな っている。
この点か らみ ると、 この学校 にお ける川 島教諭 の典型 的な音楽の授業 は、 いわゆる教師中心 の授業 とは異 なる。
授業時間中の一定 の部分 は生徒 だけに任 され るグループ 活動 の形 を毎 回 とっている。パ ー トリーダーを中心 に、
す ぐに合唱のパ ー トに したが って 4 つのグループにわか れて短 時間 に音取 りの活動 をす る力 も身 に付 いている。
こう した活動 の継続 によって身 に付 いている力 とは、単 に正確 に 自分 のパー トの音 が とれ るとい う技術 だ けでは な く、 自分 た ちの合唱を 自分 たちで作 ってい くとい う積 極性 である。特 に 3年間のカ リキュラムと して見 るとき、
上級学年 の クラス毎 の主体 的な合唱表現 を聴 いて 目標 と す るところか ら、 日常 の授業でのパー ト練習 の意義 はク ラス成員 に充分共有 されてお り、主体的 に合唱表現す る とい うことが授業 の基本的な枠組み とな ってい るとい っ て良 いだろ う
。しか し、表現 内容 の点 に限 って見 ると、授業 の最初の 教師か らの投 げか け と授業 のまとめにおける教 師の指揮 による演奏、教師 による演奏の練 り上 げが合 唱表現 の内 容 を決定す る重要 な部分 とな っている。時間的 には子 ど もた ち自身 の活動 が長 くて も、 その活動 は教師の設定す る課題 や教師の求 め る表現 の範囲を超え ることはな く、
授業終了時の教師の コメ ン トか らも、演奏表現面 の最終 的価値判断主体 は教師であ ることが伺え る。
このよ うな普段 の授業構成 に対 して、今 回は小 グルー プア ンサ ンブルによる楽曲の 自由な演奏表現づ くりをテー マに した 「ワー クシ ョップ授業 モデル」 を導入す ること によ って、 曲の表現 内容面 における子 どもたちのよ り一 層主体的な関与を引き出 し、子 どもたちのイマ ジネー ショ
ンの多様性 を引き出す ことを 目的 として授業 を計画 した。
授業 は 2007 年 4 月か ら 11 月 にかけて、全 9 時間を使 っ て行 われ た。 授業 は、 附属 中学校 の 3 年 A組 を中心 に 川 島教諭 が行 い、 隣接す る附属小学校 6 年 C 組 と音楽 科 の伊 東教諭 の参加 を得 た。 筆者 は授業 を参加観 察 し
「教育批評」 を作成す るほか、授業者 と共 同研究者 とと もに授業計画や振 り返 りを協 同で行 った。 中学生 と小学 生 に対す る授業 は下記 のよ うに行 われた。
中学校 内
容小学校
1 時 小 .中別 に、 ( 狩 り人 ア レン) の音取 り 1 時 を行 う
2時 合 同授業 自分 た ちを披 露 し、 歌 声 か ら親 し くな 1 初顔合 わせ :まず お互 いに 2時 る ことをめ ざす
3 時 小 学 校 中学 校 それ ぞれ で小 グル ー プ練 3 時 習 で く 狩 り人 ア レン) の音取 りをす る
4時 中学 校 (大 きな古 時計 ) で小 グル ー プ 活動 す る
○自分 た ちで音取 りを終え る
5 時 必 ず しも全 曲 を通 す ので はな く、 い ろ ん な古 時 計 が浮 か ん で くる音 楽 づ くり をめ ざす
6 時 合 同授業 ン) を演奏す る 2 9つ の グル ー プで、 (ア レ
o進行や活動形態 はそれ 4時 ぞれの班 の工夫 にまかせ る09 つのケル‑
プそれぞれの響 きの広が りをめざすo
小 学 校 で の 川 島教 諭 の授 業 (大 きな舌 5 時
時計 ) 中学 校 で の 5 時 に相 当す る、 そ
れ ぞ れ の グル ‑ プ毎 の イ メー ジを持 つ
7 時 小 .中別 に ( 大 きな古時計) の授業 6.7時
8 時 小中合同 3 ( 大 きな古時計)9 つのグルー 8 時 プそれ ぞれ に違 う個 性 的表現 を め ざす と と もに、 互 いの表 現 の特 徴 を感 じあ い、 聴 き合 う こ と、 また小 と中の声 が 合 わ さ って さ らに豊 か な響 きを経験 す
ることをめ ざす○
( 1 ) ワークシ ョップ授業 モデルを適用するための要件 当初実践者の川 島教諭か ら提案 されたのは、 隣接する 附属小学校の児童 との合 同授業であった。 この授業計画 は、附属 中学校で今年テーマとして掲げている 「 つなが り あう力がつ く」 授業の一貫 として、 公開研究授業 として
も考え られていた。小 中合 同授業 という、教師にとっても 生徒たちにとっても未経験の状況で、異年齢でグループを 組むときに多様性がどのように活かされるのか、それが表 現の多様性につながるのかということが注 目された。教材 となる楽曲として、小学校 と中学校の共通のレパー トリー であったという理 由で 「 狩 り人アレン」が選ばれている。
1 ) グループの編成方法の変更
第一回の合同授業 ( 第 2 時) で、附属 中学校の音楽室 に小学生 を招いて 4 つのパー トに別れて練習す るスタイ ルは授業 に小学生が参加す る形 を とった。 しか し、 この 授業形態では、 中学生 にとっては通常の授業モデル と大 きな変化 はな く、 グループ内のいつ もの リーダーが小学 生を教えるというスタイルにな っていた。 中学生 は、 う ま く歌わなければ、聞かせてや らなければ、上手 く教え られるか、 というプ レッシャーがあるように見受けられ、
小学生 は教え られ るとい う受動的な姿勢が 目立 った。 は じめて会 った子 どもたち同士が知 り合 うという段階にと どま り、中学生が リーダー シップを発揮 しようとしたが、
相互に演奏や意見を出 し合 うという姿にまでは至 らなかっ た といえる。
附属 中学校の生徒たちにとって既 に日常の活動形態 と な っているソプラノ、 アル ト、 テナー、ベースの 「 パー ト練習」 という形では、教師が生徒に教える形の ミニチュ ア版 として中学生が小学生 に教え るという関係 にな りや す く、 いわば垂直の関係性が生 まれている
。それに対 し て、今回の授業研究でテーマ としている ( つなが りあう 力がつ く)授業 は、 お互 いに学 び合 う、水平的関係であ る
。そのような 「つなが りあい」 を作 り出すために、 中 学生が小学生の声をいかに聴 くことができるかが鍵 にな ると考え られた。 ワー クシ ョップにおいては、成員それ ぞれの異質 さこそが学 びの資源であると考え られ る。 し たが って始めか らどれが良 い、悪 いとい う比較や評価を せず、それぞれの音楽 イメー ジが違 っているということ に重 きをお く交流が必要であると考え られた。
この反省を踏 まえ、 よ り小 さなグループを作 り小学生
と中学生が 1 対 1 に近 い形で相互 に関わ り合 うことがで きる形を作 ることを提案 した。単 にグループが小 さい と い うだけではな く、各 自が別 々のパー トを担当す るア ン サ ンブルを構成す ることで、誰 もが対等 に歌わな くては 成 り立たない活動 を意図 した ものである。
2) 教材曲の変更
成員それぞれの多様 さを認 め、異質 さを学 びの資源 と す る活動 を成立 させ るためのステ ップとして、 まず中学 生 だけで、小 グループを組んで活動を行 うことを計画 し た。 「ア レン」 よ りも簡単 に音取 りができ、 よ りシンプ ルな旋律で表現 の幅があるという点で表現の 自由度 の高 い 「 大 きな古時計」が選ばれた。第 4 時では、 グループ 毎 に活動 して、 自分たちで音取 りを 1 時間で終え、発表 を した。 よい緊張感 もあったが、「 正 しく音を とり、 ちゃ ん と歌え るようにな る」 とい うこれまでの授業の基本か らは出なか った。 そのため、授業者 と筆者 は大 きな古時 計の様 々なア レンジの録音を聴 き、次の授業では一 曲全 部 を演奏 しな くて もよいか ら、 自分たちの表現 したい も のを意識 して工夫 を してみるように、活動の 目的を方向 付 けていった。
その際、 「この曲 について どうい う解釈 を してい るか を出 し合 う授業」であるということを、授業者 と確認 し ていった。全部をきちんと歌えるということは重視せず、
部分だけを取 り出 してみることを生徒にもアナウンス し、
発表の場の狙 いを、 これまでの 「きちん とうたえ る」 と い うことか ら 「 解釈 を練 るために仲間で うた ってみ る」
ことへ、 また 「 仲間に聞いて もらい、 自分たち もき く」
ことへ と転回 したのである
。( 2)中学校授業での ワークシ ョップモデルの導入 授業の冒頭、授業者か らの本時の課題提示 は、以下の ような ものにな った。
T前回 グルー プでわかれて発表 したけど、 みんな音 を とっ て歌 お うと して るけ ど、 それ本来 の表現 かな?ただ音 符 を 歌 って学習 をす るた けな らこの大 きな古時計 の意味 じゃな いよ。 全部 や らな くて もいいんだか ら自分た ちで イメー ジ をふ くらま してや ってみ よう
。T例 えば先生 だ った らこうや るよ
T 例えば (ピアノをひいて歌 って)「ぽ‑ん、 ボー ン、 ボー ン、 ボ ン、 お‑お‑きなの っぽの 」 a こうや って‑モ って も いいわけで しょう
。例えば男子は全部ボー ンボー ンだけで も。
「ボーん、 ボー ン、 ボー ン 」 (ざわ ざわ とす る。 生徒 が合 いの手 に 「さん、 さん」 とい う言葉 を入れ る)
T 全部 ぼ‑んぽ‑んで さ、‑モ ってい くにはむずか しい作 業 が こうい うことを しっか り
。どう、 わか った ?考 えやす くな ったかな ?少 ない人数 に したのは、話 し合 って ほ しい とい うことがあ る
。T 私 た ちは、大 きな古 時計 を歌 うんだけ ど、 ( 黒板 に 「イ
メー ジ」 と書 いた紙 をはる) ここが問題で、 ここを どう し
桂 直美 ・ 川 島 雅樹 ・ 伊東 玲
たいの って。 イメー ジとい うのをみんな考 えて ほ しいんだ け ど、みんなはこの曲 は知 って るんだか ら。
例 え ば、大草原 の小 さな家 にあ る。 (といいなが ら緑 の 紙 を貼 る。)火事 で焼 けて、大 きな古時計 だけがの こって、
悲 しい感 じ
。(といいなが ら黒 い紙 を貼 る。)非常 に燃 えて 情熱的で、 いつ も彼氏彼女 に会 ってい るときはそ こに古時 計がある、情熱的な古時計が。 ( 赤い紙 を貼 る。) b 「おお‑
きな」 こうや って うた って もいいわ けだ し。 そ うい うこと を 自分たちで考えてや って くだ さい。 こうい うふ うにア レ ンジ しま した とい うのを前 で言 って貰 お うか と思 うので。
全部 や らな くて もいいか ら。 4 小節 だ けで も、 ここまでで す って
。で もや った ところを先生 に知 らせて ほ しい。 や った特徴 を知 らせてほ しい。 まず しゃべ らないかん。男子 は男子、
女子 は女子で さ、 きち っと意 見をいわない と。 そ こへんを あわせて、いまみたいに、少 しア レンジして考えてみま しょ
う 。
一つの曲に、 さまざまなイメー ジによる表現が可能で あ ることを視覚的に も示 し ( 下線部 b) 、「ア レンジ」 と い う言葉 を使 い、教師のア レンジの例 も歌 で示 している ( 下線部 a) 。 この後、グループに別れて練習 し、各 グルー プの発表を してそれぞれの表現 を交流 してい った。各班 の発表 ごとに、 自分たちのイメー ジを話 し、 それに対 し て授業者か らはどうい うイメー ジに聞 こえた とい う形式 での コメ ン トを返 した。
この第 5 時の授業 について、参加観察者 の授業後のメ モか ら抜粋す る
。前回 とうって変わ って、楽 しく、 やわ らかな クラスの雰 囲気が生 まれた。前 回の音取 りを基礎 に して、 それぞれの 班 で工夫 をす る活動がで きた、生徒た ちの表情 に満足感が 感 じられ る
。発表す るときに、変 な緊張がな くてで きて い る
。表現 の工夫を した ものを見せ合 う楽 しみを感 じたので はないか。 自由な設定 だ ったので、前 回 と違 う子 どもの活 躍 の姿があ った。活躍す る人が決 ま った人でな く、お客 さ んがいない。だれ もが 口を出す空間が実現できた といえ る。
この授業 における 「 学 び」 の経験 の違 いが、参観者 に はまず教室全体 の空気 の違 い と して意識 されて い る
。「誰 もが 口を出す空間」 と感 じとられた子 ども同士 の関 係性 は、次 のような、普段 と際だ って違 う子 どもの姿が あ ることと関連 している。教育批評形式の授業記述 か ら 一つの班 の活動 を抜粋す る。
Ⅰ 君 は、窓枠 に もたれかか って い る
。いつ もの姿勢 の よ うだ。Bさんが きびきび と リー ドしよ うと しているが、 と な りの男子 T君 と しゃべ ってい る。
「こっか らここをひとりでや って」 と言われた Ⅰ が、 びっく りした顔 を ぐっと近づけてきたので、 B さんたちが笑 った。
窓枠を離れて立つ大柄な Ⅰ君に、はにかむような笑顔が拡かっ ている。 隣の男子 に 「おまえやれよ」 と言 った りもするが、
H さんの説明を楽譜をのぞき込みなが ら聞いている。
4 人で歌 ってみた後、 男子二人 も楽譜 を指で指 しなが ら 音 を確認 して い る
。次 第 に女子 B, H と男子 Ⅰ , T との距離 ( 立 ち位置) が近 くな っている。 「ソロ」 を指名 された Ⅰ は 困 った表情 を した り、照れて笑 う表情を見せた りしている。
窓枠 に もたれ る姿勢や、つ ま らな さそ うな表情 を浮か べ るのが習慣 にな っているよ うな Ⅰ に、 いつ もとは違 う 姿が見 られ、 これ までの ソプラノ ・アル ト・ベースの合 唱パー ト別 グループ分 けでは見 られなか った関わ りがあ る。 なにをす るのかが決 ま っている為 リーダーに任せて 機械的にで も運ぶ こともあ り得たパー ト練習 とは違 い、
ここでは何 をす るか とい うところか ら自分 たちで相談 し な くてはな らない。気 さ くな会話がで きる小 さなグルー プで、普段話 さない女子 とも話す ことが、他者 に関わ り かける姿勢 を呼び起 こ している。 また、 ソロを任 され る とい うことは Ⅰ にとって予想外であ った らしく、次第 に 自分たちの歌 に積極的 にな ってい く様子が見 られ る
。授業後、共 同研究者等か らは、次 のような意見 を授業 者 に伝えた。「 子 どもの演奏 について コメ ン トす るとき、
イメー ジにつ いての ことばだi J L ではな く、実態的な音 の 叙述の言葉 との両方が必要 である。後者 については、授 業者 の中に抑制があ ったよ うに見受 け られた。」
授業直後の授業者 の振 り返 りとして、次 のように書か れている。
2 時間 目の今 日の授 業 は、表現 を楽 しく、 自分 た ちのア レンジを付 け加 えて表現 して もらお うと考 え ま した。従来 は、音 を確実 に と りなか ら、旋律が表す曲のイメー ジを表 現 していま した。 その中には、厳 しさも必要で、 この時間 の何分 までは この曲をや らな ければ とい う発想の もとに進 行 していたよ うに思 います。 しか し、今 日は、大 きな古時 計 のイメー ジを小人数 で話 しあいなが ら進 めま した。必ず しも全曲を通す のではな く、 いろんな古時計が浮かんで く る音楽づ くりを 目指 しま した。
グルー プ練 習 の 中で、 前 時 に消極 的 と判 断 され て いた M や Sが、 積極 的 に話 を して い る姿 が あ り、 グルー プに うちとけているんだなあ〜 と感 じとれ ま した。全体 の授業 で はそれ ほ ど目立つ生徒 で はない、 A や W が、 グルー プ の中で積極的 に動 いて い る姿 があ り、 自分 の表現 を うま く だせて いた と思 い ます
。他 に K の グルー プ もYに笑顔 が みえて いま した ( 前 時 は音 を とるのが精一杯 とい う姿)。
N の グルー プ も本 人 の リー ドだ けでな く、 この グルー プ その ものが楽 しく進 めていた よ うに感 じられ ます。今 日の 授業 は、大 きな古時計 のイメー ジをそれぞれの グループが つ くりだ して いる姿が、教室 内にあふれてお り、教室が古 時計の家 にな ったよ うに感 じま した。
この記録 の中で授業者 が名前 を挙 げた生徒 は、 これま
での授業で消極的であ ると見えていた生徒、全体 の中で
目立たなか った生徒であ る。今回の授業ではそ うした生
徒 に大 きな変化が見 られた とい うことが裏付 け られ ると
同時に、授業者 の視線が、以前 か らそ うした生徒 に細や かに向か っていた ことも読み取れ る。
その後、二度 目の合同授業 ( 第 6 時)では 「 狩 り人 ア レン」 の難 しさ、 自由度の少 な さか ら、第 5 時のよさが 活か されず、 ワークシ ョップ形式の授業 は成立 していな いと判断 された為、最終的に曲を 「 大 きな古時計」 にす ることとした。授業者 は小学校の音楽の時間に出向いて、
中学校 の第 5 時 と同様の意 図で 「 大 きな古時計」 の授業 を行 った。
( 3) ワークシ ョップモデルによる小 ・中合同授業 前 回の合 同授か らおよそ 4 週間後 ( 第 8 時) である。
1 ) グループ別 に小 ・中双方 の ここまでの練習 内容 の交 換、 2) どこか 1 つのグループに発表 して もらって皆で聴 き合 う、3)各 グループでの練習 と全 グループの発表、4) 最後 に授業者の指揮で全員で歌 う、 という指導案である。
指導案づ くりの ミーテ ィングで、 時間の制約 か ら一部 グ ループの発表 も示唆 されたが、授業者 は 「 全部の班 に歌 わせたい。 そ うでないのは考 え られない」 と語 った。誰 もが表現 し、 それぞれの色 々な表現 を聞 きあ うとい うこ と自体が、 この活動の 目的であるとい うことである。
次 に授業後半部の記録を教育批評形式で抜粋す る
。「どこか立候補す るところはあ りませんか」 と教師がき く
。7 班 が手 を挙 げた。背の高 い中学生 と、 それ にはさま れ るよ うに並 んでいる小学生で、で こぼ こ しなか ら一列 に な らぶ。 しか し表情 には緊張は感 じられない。背が高 い小 学生 の F は、 中学生の隣 にな らんで、嬉 しそ うで もある
。「ぽ‑んぽ‑ん、 が面 白か った」 と小学生 が コメ ン トした のに対 し、 その昔 を担 当 して いた中学生 の 0 が に こにこ した顔 をそち らに向けなが ら、 お辞儀 をす る。
自分たちの演奏や工夫を評価 して もらった ことに対 し、
0 は嬉 しそ うな表情 を して い る。 小 学生 か らの褒 め言 葉 として素直 にきき、 あ りが とうといいたい返事 をお辞 儀 に託 して、聞 き手の小学生 たちとコ ミュニケー トして いる姿 である。
9 班 は、Fが木魚を手 に持 っている。 顔 を見合わせて歌 い始めた。前半 にはオブ リガー トがつ き、後半 の フ レーズ で木魚 とともに 「なんまいだ 〜」 と唱えている。演奏後、
教師が 「はい どうで しょう」 とい うと、 歌 った側 の Eが す ぐに手 をあげて 「なんまいだの ところが良か ったです」
と言 った。 中学生か ら 「時計が止 ま った ときにお じいちゃ んが死 んだみたいな感 じ。」 な ど意見が、小学生 か らは、
なん まいだ〜 を唱え るのか (お じい さんが死ん だ) 「 3 番 だけでいいのでは」 ないか とい うコメ ン トが出 る。歌 った 側 も笑顔で コメン トを受 けている。
F たちが意外 な楽器を持 ってきたの も、小学校での授 業で小学生 が様 々な打楽器 を入れてア レンジしようと し た、 とい うことを授業者か ら聞いたか らであ り、その意 味で小学生 との交流 は合 同授業 の場面 に限定 されていな
い。 広 汎性発達 障害 を持 つ E は、歌 うときには斜 めを 向き声をだ していないように見えて も、積極的に参加 し、
自分たちの班 の表現 として楽 しんでいた ことが うかがえ る。聞 き手 の コメ ン トの仕方 に注 目す ると、小学生 は内 容面での提案 を含んだ もので、積極的な発言の仕方が評 価で きる。
「や りたい班 はあ りませんか ? 」 と訊かれ 5 班が立 ち上が る
。5 班 はこの授業の開始時 に演奏 したので二度 目となる。
楽譜の ファイルを持 たず に並 び、小学生 の子 どもたち も覚 えて顔 を前 にむけて歌 う
。明 らかに先 ほどよ りも良 く声が でて、曲の最後の 「 動かない、 その時計」で リタルダ ン ド をか けて気持 ちを込 めた。
楽譜 を もたず、 中学生 の H が出を リー ドして皆で合わ せて歌 う
。普段 の音楽授業 ではあま り積極性のみ られな かった T や R が、大 きな声で うた っている。 1 0 分の間に 練習 を仕上 げて、音楽表現 の山をつ くり積極的に表現 し ていると評価できる。
1 班、両側の中学生の間に小学生が笑顔で並ぶ。 B がキー ボー ドで音 を とったあ と、 みなに うなずいて合図を して歌 い出す。
この班 は ソプラノの女子が もともと声が小 さか ったが、
ボー ンボー ンボー ンとい う時計の音を五度のオステ ィナ‑
トに した男子 の声が活 き、楽 しい編曲にな っている。小学 生 の声 もよ く聞 こえて くる。 「今 は もう動かない」 の とこ ろに来た ときに、音 を ぐっと絞 ったのか、 は っと引き込 ま れ るよ うな感 じがある。次 の 「 百年休 まず にチ クタク」 を ア ップテ ンポで歌い、最後は もう一度声を絞 って 「そのと‑
け‑い‑」 を ピアニ シモに沈 めなが らしか しよ く合 った明 るい響 きで歌 い終わ ったので、最後の和音の余韻が残 るよ うであ った。
教師は、「 す ご く工夫 してあ ったよね」 とい う
。この班 の歌 は特 に音楽的な魅力 のあふれ る演奏 にな っ ていた。聞 き手か らす ぐに声が出なか ったので、 コメ ン トは教師の 「 す ご く工夫 してあ った」 とい う一言 だけに な って しま った。 もう少 し待てば子 どもたちか らも意見 が出たか もしれない。 しか し、 この演奏の良 さを うま く 言葉 にす るのは難 しか った ともいえる。 こうした沈黙 も、
演奏 に対す る子 どもたちの一つの反応 として認め られ る。
2 班 は、 チ クタ クを速 くうたい、 「今 は もう」 か らを遅 くす る。 「 動 かない」 の最後 の音 をオ クターブ上 げて伸 ば す
。次 の 3 班 は、 ち くた くの時計の音 にウ ッ ドブロックを 入れ る小学生 のア レンジを活かす。 「とって も古 い時計 だ なあ と思 いま した」 とい う感想が出る。
4班 は、 テナー D が ひ と りでオ ブ リガー ドをいれて い
る。 以前 は消極的だ った印象 のアル トの M が、正面 を向
いて堂 々とうたい、 よ く聞 こえ る。男子二人 も足が リズム
を とって動 き ( D) 、 上体 が揺 れて ( Y) 視線 を時 々合 わ
せなが ら大 きな声で うた っている。
桂 直美 ・ 川 島 雅樹 ・ 伊東 玲
4 班 は、 以前 の練習 であれ ば、 リーダーの K にまか せて、他 のメ ンバーが ともすればお客 さんのように受 け 身 にな りがちであったと見受 け られた。今回の授業では、
そ うした受 け身 の立場 にたっ子が ひ と りもいない。 それ ぞれが 自分 な りに音楽を引 っ張 って行 こうとしているよ
うである。
6 班 Cさん の領 く所作 を合 図 に歌 い始 め る○ 前 を向 い て本気 で歌 う Ⅰ 君 の声 は朗 々と して、小学生 を リー ドしよ うと して い るかのよ うであ る○小学生 も声 が大 き く、 この 班 は格段 に声 がおお きいので、教 師 も 「ボ リュームが あ っ たね」 と言 う○
8 班 古 い時計 と新 しい時計 とい うイ メー ジを持 つて い た この班 は、後半 の二 回のチ クタ クを、 テ ンポや音 を変 え て表現 した○小学生 が 「ち くた くが二 種類 あ った」 とコメ
斜 に構 えたよ うな様子 も見せていた Ⅰ 君 の変化 は最 も 著 しい。 中学生 も 「ち くた くの ところが面 白か った」 と 発言 したが、小学生 は 「ち くた くが二種類 あ った」 と 8 班 の表現者 の側 にた って意図を端的 に捉えた コメ ン トを
している。
授 業者 は、 「さい ごに、 みんなで ま とめて歌 って みた い と思 い ますo」 と して、子 ど もた ちを立 たせ たo 子 ど もた ちは体育館 の中をゆ るやか に半 円形 に、川 島先生 に向か つ て立 つ○ 参観者 た ちはその外側か ら、子 ど もた ちの背 中を 見 て い る
○「 最 後 なので、 みんなのア レンジを大事 に しなか ら、 で も先生 もこの授業 をい っ しょにや って きたか ら、先生 の古 時計 をや って欲 しい」 といい、茶色 いお しゃれ な帽子 をだ して きて、 「先生 はお しゃれな古 時計 を した いo」 とい うの で、 どっと声 が湧 く
○帽子 を手 に もち、頭の上 で帽子 を持 ち上 げ る動作 を して、
「の っぽ」 の ところで フ レー ズを ち ょっと切 ってみて欲 し い、 と指示 をす る○Ⅰ君 が ポケ ッ トに手 を いれ た まま くい い るよ うに先生 の顔 を見て いる
o先生 の帽子 の指揮 で、皆 で歌 い始 めた○厚 みのある合 唱 が、体育館 に響 く
o後半 は、「はい ご自由に、 はい どうぞ」
のか け声 で、 それぞれの グループのア レンジが 同時並行 で な り始 めた○ うたいおわ つたあ と笑 い声 が起 こ り、 かやが や とい う声 が さざ波 の よ うにひろが るo
E君 が、嬉 しそ うに前 に飛 び出て きた と思 うと右腕 を ひ ろげ、 「みんな影響 して いる○感染 して い る○」 とい って、
戻 る○
E 君 は顔 を輝 か している。素直 に、言 いた くな ったか ら声 にす る E 君 の コメ ン トか らも、 みんなの様 々なア レンジが一緒 にな った ことで、 これ まで に経験 しない面 白さが感 じられた ことが伝わ って くる。 それぞれの班 の ア レンジ一つ ひとつはテ ンポやニ ュア ンスが違 って別の もののはずなのに、他 の班の演奏 を聴 きなが ら合わせ る
ことができ、全体 として一つ にな っている。 その中で 自 分 たちのア レンジに、違 うの班 の色 々な音が重な って聞 こえて くることの予想 しなか った面 白さを感 じていると 思 われ る。
授業者 が 「あのね、切 るの、 もうち ょっと切 って もらう と、 もっと変 わ るんだ よ」 と 「おお さなの っぽの」 のふ し を歌 って見せ て、 2 回 目の合 唱 にな る。 後半、 それ ぞれの グルー プがそれぞれ のア レンジを して い るのに、先生 の帽 子 の指揮 に合 わせて、良 く合 った演奏 がで きて いる。 フェ ルマー タの後 の タイ ミング も良 く合 う
。隣の子 とははえみ をかわ しなが ら歌 う子 らや、木魚 の音 の ほ うを笑顔 で振 り 向 きなが ら歌 う子 らの姿 が あ る。 参観者 た ちが半 円の外 を 取 り巻 いて い るのだが、 その ことを忘 れて、 自分 た ちの歌 を楽 しんでい るよ うに見え る。
公開授業であ りなが ら驚 くほど自然 に、 その場で生 ま れ る歌 を楽 しむ姿が見 られた。歌 いなが ら、 あちこちで アイコンタク トや笑顔が生 まれてお り、 お互 いの声や音 をよ く聴 いている。
( 4 ) 授業モデルと学びの転移可能性
授業終了後、授業者 と共 同研究者 それぞれの学校で、
この授業か らの発展 がみ られた。 中学校では、授業者が 別の学年の他領域 の授業 に応用 している。小学校では、
子 どもたちの成長 と学 びの持続 が捉え られている。それ ぞれの教師 による発展 の様子 の記録 を下記 に示す。
( 桂 直美) 1 )中学校 における発展
中学 2 年生 で、生活班 を使 ったアル トリコーダー練習 ( 合奏 の喜 び) を行 った。生活班 とは、集配係、給食準 備係な ど学級 の仕事 をす る班 であ る。2 年生 は各学期 に 1 回、班編制 を行 ってい る。班 の仕事以外 はあま りかか わ りを もっていないよ うなので、音楽 の授業で どんな姿 をみせ るのか楽 しみであ った。
A 組 のあ るグルー プで は、 指使 いが うま くで きない 男子 に、女子が寄 り添 って教 えている姿があ った。男子 が何回 も間違 え るのを、ていねいに教えていた。仲のよ い姉弟 のようであ った。 その練習 の様子か ら、 自然 に指 使 いを覚えてい くのではないか と観察できた。
D 組 のあ るグルー プで は、 す らす ら吹 け る女子 を尊 敬 の眼差 しで見 て いた。 「よ しあの子 のよ うに吹 けるよ うにがんばろう」 と男女 とも積極的に練習を していた。
もともと吹ける女子 もさらに自信 を もったようで、 うま く教えあいが成立 していた。
B組 のあるグループでは、 5 人 の グループが輪 にな っ て音 あわせを積極的に行 っていた。 みんなで吹けば、音 の間違 い もす ぐ気付 け、吹 けるよ うにな らないと仲間に 迷惑がかか るか らがんばろうとい う姿がみ られた。
このように、 どのグループ もさぼ らずに、積極的に練
習 していた。課題を与え、グループの姿を評価す る ・・・
知 らない うちに、奏法 もおぼえ、音楽 の技能 も身 につ く のでな
いか と思 われ る。 ただ、積み重ねた練習 も必要な のだが、授業時間が少ないか らがんばれ るとい うの もあ るのか もしれない。
取 り組 ませている教材
「 喜 びの歌 」 「か っこう 」 「 冬が来 た」 ‑ どの曲 も8 小節
〜1 2 小 節程度 で、 ドレ ミフ ァソか らで きて い る曲であ る。 この曲を、楽譜か ら入 るのではな く、耳 で聞いて、
指 を動 か しているうちに覚えてい くとい う方法 を取 り入 れた。 これまでの基礎があるか ら吹けるのか、楽 しく練 習を していた。音を探 りなが ら練習す るの もス リルがあっ てお もしろいのか もしれない。 この方法 だ と、 目で楽譜 を追わないので、 自然 と ドレミファソがわか るのではと 考 えて い る
。次 に、 「 聖者 の行進」 の曲を二部 で合奏す ることを進 めている。班の中で、二部 の分 け方 を決 め練 習す る。上記 の 3 曲の基礎があるか らこそ、合奏 の段階 にスムーズに入れ るのではと考えている。今 の ところこ んな段階で、 リコーダーに対す る苦手意識 を何 とかな く そ うと思 っている
。( 川 島雅樹)
2) 小学校 における発展
合同授業後 も 「 古時計」 を楽 しもうとする姿 変声期 を迎えた男子を中心 に、今 回の合 同授業で混声 合唱の響 きを、体感、 した子 どもたちは、変声期 を迎 え た子 どもだけでな く、 ほとん ど全員が混声合唱の魅力 に 取 り付かれたよ うな様子を見せていた。 しば らく授業の 最初 は必ず古時計 を歌 っていた し、合わせて歌 いたが っ て もいた。以前 に、別の学校 で混声合唱に取 り組んだ と きや、 附属小学校 で別の指導者が混声合唱に取 り組んだ ときは、 中学校 に進学すればこのよ うな合唱をす るとい うことを実験的に試 してみた とい う感 じにな り、 その後 は同声 に もどって しまう姿がふつ うであ った。 しか しな が ら、今 回の合 同授業のあと、子 どもたちが混声合唱を さ らに歌 お うとし続 けた ことは、 自分たちのつ くる擬似 的な混声合唱ではな く、 中学 3 年生 と共 に混声合唱の響 きのなかに自分を置いたということで芽生えた ものがあっ た と解釈できる。 この子 どもたちか らは、発声や音程 に 不安定 な要素 はあ ったが、それを上 回 る混声合唱への前 向きな姿勢 を大切 に したいと実感 させ られた。
卒業式で混成合唱を歌 う
上 で述べた ことが、 そのまま合唱発表会 の選曲に もつ なが り、 ひいては卒業式での学級 の歌 に もな った。 その ときに最 も実感 したのが、男声パー トではな く、 アル ト や ソプラノの声の伸 びだった。低音 に支え られた合唱は、
同声合唱よ りもソプラノやアル トの意欲 も技能 も向上 さ せ るよ うである
。曲 目は 『春 に』 の 3 部合唱版 で、技術 的に難 しいこともあ り、決 して洗練 された表現 にはな ら なか ったが、それぞれのパー トが 自分 たちの役割を果た そ うと した り、主旋律の ときは積極的に表現 しようとい
う姿が見 られた りした。卒業式の ときには、小学校での 6 年 間の音楽 の授業 の総 ま とめ と して、変声期 を迎えた 男子 のファルセ ッ トも含めて、 よ り完成 された同声合唱 の上 限を求めて きたのだが、今 回の子 どもたちの様子か ら、 中学へのステ ップとしての卒業式 として考 えると、
学級 の歌 ばか りでな く、校歌 や他 の式歌 もファルセ ッ ト ではない自分 の声で歌 う男子が この学級 にいた ことを、
私 はこれか らの新 しい小学校 での教育 の 目標 とす ること もで きると思 った。
ファルセ ッ トで声が出せ る子 どもが出す男声 は、高い 声 は出ない とい って最初か ら低 い声でぼそぼそ歌 う男子 の声 とは全 く違 って、意図のある表現であると思われる
。それを、合 同授業のあ とに、強要 も制限 もせず に見守 っ ていたが、 そのよ うな姿 に好感 を持 って受 け止 めていた のは私 だけではな く、他 の教師や公開研究会や卒業式の 参会者 もあ ったようだ った。今 頃 この子 どもたちが中学 1 年生 と して どの よ うな活躍 を して いるのか、大変興味
のあるところである。 ( 伊東 玲)
3. 授業評価
( 1 ) 教育批評か ら
教育批評形式の授業記録か ら、それぞれのグループが、
音楽表現 を工夫 して、一つの曲に多様 な表現が生 まれた こと、 それが皆 に受 け入れ られた ことがわか る。演奏を 聴 く側の表情か らも、子 どもたちが、 自分たちと 「 違 う」
表現 を聞 くことその ものを楽 しんでいる姿があることが わかる
。個 々の表現の違 いに焦点を当てることで 「 聞 く一 聞かれ る」 関係が成立 し、それ によって緊張感が消えて 積極的に自分たちか ら歌 お うとす る暖かい空間がつ くり 出された とい うことができる。 その空気 の中で、固定 し た リーダーではな く、誰 もが 自分 な りに自分たちの歌 を
リー ドす る立場 にた とうとしている。
授業者 も自分 自身の表現 を抑制す ることな く、む しろ 皆の表現 に触発 されつつ さらに自分 の表現 を したいとい うかのように、最後 に自分 らしい音楽空間を持 っていた。
9 つの班 の表現 か ら 1 0 番 目の唄が生 まれた といえ る。
その唄の中で、 それぞれの違 う表現 が関わ って さらに楽 しむ経験がで きた。 これを、 ひとりの子 どもが 「 影響」
しあい、「感染」 した とい う言葉 で とらえている。新 た な表現 の生成 を感 じとり、 またそれを共有 した この場の 経験 を喜ぶ姿 だ と解釈 され る。
( 2) 授業者への非構造化イ ンタ ビューか ら
最終授業修了後、授業者 には簡単 な文章 に感想をまと
めていただいたが、 さらに 1ヶ月後 に、筆者 との非構造
化 イ ンタ ビューを行 った。 ここでは、 イ ンタ ビューか ら
授業者 の意識 やその 1 時間 に対す る評価 にかかわ る部分
を抜粋 して示す とともに、川島教諭が何 を語 ったかだけ
桂 直美 ・ 川 島 雅樹 ・ 伊東 玲
ではな く、 いかにそれを語 ったかを分析す ることを通 し て、授業者が最終授業を どのように経験 していたかを解 釈す る。
イ ンタ ビュー は約 1 5 分 で あ った。 イ ンタ ビュアー ( 筆者) は、 この授業 については肯定的な印象 を持 って いる
。その ことは、 アクションリサーチの共 同研究者 と いう立場か ら、すでに授業直後に語 り合 ってお り、 この イ ンタ ビューで初めて コメン トしたのではない。 また、
授業者か ら授業 についての肯定的な語 りの内容を引き出 す ことがイ ンタ ビューの 目的ではな く、授業者の経験の 質を探 ることが 目的であるので、イ ンタ ビュアーは、価 値判断 に触れ ることも避 けないで、対話の中で共 に授業 を想起 しつつ語 る姿勢 を とった。前半 と後半 にわけ られ るが、 ここではイ ンタ ビュアーが最終の授業 について問 うたことか ら始 まった後半部分 ( 約 5 分)か ら抜粋す る。
川島教諭が、最後の合同授業の場面を振 り返 って語 り 始めた最初の フレーズにおいて、「 筋書 きのない ドラマ」
とい う比境的表現が使われた。
K 子 ど もた ち 自身、 緊張 とい うよ りは、 今 や つて い る こ とを楽 しんで い る つて い う感 じで した よね
○だか らそ こが
教諭 自身 「 不思議」 という言葉をつか って、想定外の 様子であ った ことを表 している
。口をついて出た 「 筋書 きのない ドラマ」 ということばが、それ と対をなす 自分 の過去の授業の描写 を も引きだ して くる。
Ⅰ 先生 自身 の感覚 と して違 うところはあ るん です か ? K 授 業 ス タイルです か ?もう苦 にな らな くな って きた つ て い うか○ 最 初 は抵抗 が あ ったんです よね○ す ご く、小集 団 にわ け る つて い うこと〇一 番最初o だか ら自分 もどう し て いいか わか らない つて い うのか○ だか ら何 も言 え なか つ た し○ 言 わ なか ったo どう助言 した らいいのか つて○
い ままで は、 自分 が言 った ことに関 して応 えて きて もら いなか らあが って い くつて い う授業 を して きた と思 うんで す○ 考 え て み ま しょうつて い うよ りも、 こ うや ってや つた らどうなん、 とかい うように して、十数人の集 団を引 っ張 つ て きた つて い うので授 業 をや って きたたんです け どo
で も、 あの あそ この第二体育館 ( 最終時) もそ うで した し、一 回音 楽室 で も古 時計 や つた とき ( 第 5 時) に、 時間 か た って い くに従 って、声 の ボ リュームが どん どん上 か つ て きま した よねo ああい うの は、 ああ、、、 と思 いま した よ○
最 初小 さい声 が、段 々だん だん、 うわ一 つと、 この教室 の 空気 がね、音 楽 の ボ リュームが あが りま した よね、知 らな い うちにわ ー つて
oああ、 この子 た ち音楽 して るんや な と
授業者 は、「苦 にな らな くな った」 とい う言葉遣 いで、
最初 はこの研究授業の慣れないスタイルが苦痛であ った ことを表明 している。その苦痛がな くな ってきた とい う 叙述か ら、「いままでは」 どのように 「 授業 を してきた」
という、 これまでの 自分の授業 スタイルの客観的に再発 見す るような叙述 に向か っている。
また、下線部 は、イ ンタ ビュー時点で も鮮明に記憶 さ れていた、授業者 の内的経験 であ る。 「ああ、 この子 た ち、音楽 して るんやな」 と、表現 を楽 しむ子 どもたちの ことを、同 じく表現を楽 しむ ことを知 っている大人が横 か ら眺めるような関係で見ている
。K まだ、 自分 自身 も、 もう無 にな って いた とい うか○
これ までの研 究授業 だ と、筋 書 きの あ る ドラマみたいな感 じなんで、 ここで 山場 が来 て つて○ ( 笑 ) なんか、 そん な ん じゃな くて、 まあみんなか らや って みて、 出た らそれで や って い こ うか な って い う感 じだ った ので
oそ こか ら ドラ マ に
です ね
oⅠ 理 想 的な形 です ねo
K あれ は、 まあ まあ、 うん、嬉 しか つたです よね
○「 筋書 きのない ドラマ」 とい う言葉遣 いが、 この語 りの 冒頭 にあった。最後に再 び 「ドラマ」 という表現を用い、
さらに以前の自分の授業を 「 筋書 きのある ドラマみたい」
と呼び直す ことで、今回経験 した授業 との対比を鮮明に している
。「教授 ‑学習」 とい うスキーマか ら自分 自身 が飛 び出す ことが出来た、 という実感が この言葉 にあ ら われている
。4. 結
( 1 )中学校授業 におけるワークシ ョップ授業 モデルの導 入
非構造化イ ンタビュー と授業後の展開か ら、授業者 にとって新 しい授業様式である 「ワー クショップ授業モ デル」 は、今回の実践 において非常 に肯定的に受 け止 め
られた ことが伺える。
授業の最後 における授業者の生徒 との関係性の変化 も 見 られ、授業者の授業 スタイルに も、当初 に上 げた 3 点 の特徴が次の様 にあ らわれていた。
i ) 個 々の子 どもの発想やイマ ジネー シ ョンの違いが、
直接の学 びの資源 とな ってお り、教師はなるべ く異な る表現を引き出そ う、なるべ く異 なる意見が聞きたい とい う関わ りを していた。
i i ) 教師か ら伝達す るのではな く、 しか し教師が 自己の 専門的な知識や表現力の表出を抑制す ることもない関 係が、最終授業の全体表現場面では実現 されていた。
教師が生徒 と水平な立場か ら自分 自身の表現を行 って いた といえる。
また、授業をや っている教師 自身が、通常の判断 と
は異なる次元で考えた り音楽を感 じていたのではない
か と思われ る。授業者 自身が音楽 を楽 しんでいた こと
が随所 に伺える。授業 として子 どもの発言 を教師か ら
制御 しようとす る姿勢 もな く、その ことが 「自分 自身
も、もう無 になっていた」という言葉で表現 されていた。
i i i ) よ り高度 な音楽性 の追求が教師か らも生徒 にとって も求 め られている。例えば、授業者が、 自分 自身 の表 現性を前面 に出 して、帽子を使 って、メロディーのアー テ ィキ ュ レー シ ョンを際だたせよ うとした事 な ども、
それ にあた る
。すなわ ちワー クシ ョップ授業モデルにおいては、教師 か ら何 らかの文化伝達 を行 うとい う教育作用 を否定す る ものではない とい うことが確認できた。授業者 には、多 様 な成員 の学 びをまとめてい くために、 その領域 に関す る高度 な内容知 を有 し効果的に用いることが求め られ る。
子 どもの主体性 を重視す るか、できあが る音楽表現 の達 成 を重視す るか とい う二者択一 に陥 らず、学 び手 の主体 的な コ ミッ トを促 し、む しろよ り活発 な表現活動がお こ ることによ って、音楽的な達成の面で も深化す ることが 期待で きるといえ る
。( 2)適用のための留意点
授業者 にとって新たな授業様式を適用 し、 ワークショッ プの ( 場) を作 るために今回の実践で とられた手法 とし ては次 の二点が上 げ られ る。
1 ) グループ編成の工夫
小学生 との出会 い とい う、普段 と違 う相手 との協働が 予 め計画 されていた。 しか し、単 に新 しい相手 と組んだ とい うだけでは、第 2 時の授業の失敗 に見 るように生徒 間の関係 の変容 は起 こらなか った。誰 もが異 なるパー ト を歌 うグループ編成 によ り、 どの子 も等 しくリーダー性 を発揮すべ き立場 に置かれた ことが重要 であ った といえ る。 これ によ りグループ内で同一 の旋律 を歌 う従来型の パー ト練習では堅持 されていた垂直的な関係が解消 され た とい うことである
。2 ) 自由度の高 い教材の導入
表現 内容 を限定す る教材を、 より表現者 の 自由度の高 いものに変更 したことが重要であった。 この曲をどのよう に演奏するのが正統であるのかという 「 規範性」が解消 さ れて、 思 い切 った改変 も許容す る表現 の幅の広 い素材 に よって、一人 ひとりが、手持 ちの技術 に制約 されることな く、 イマジネーションを解 き放つ ことができたということ
が、 ワークショップ授業モデルの成否にかかわっている。
( 3) ワークシ ョップモデルによる 「 学 び」 の転換 子 どもたちの中では、 表現 や音楽 についての新 たな認 識や 自己省察 も、 多 く語 られてお り、 この ことが、 ワー クショップモデルの授業の成否の指標 ともなると考え られ る。 中学生か ら小学生へのかかわ りも、教えるということ の難 しさを意識 したということだけではな く、小学生か ら 表現 を学 び取 ろうとす る、 双方 向の関わ りが成立 してい たことが示 された。 近代学校 に特有 の 「できる‑できな い」 にこだわる意識 が消えて音楽表現 を楽 しむ という、
純粋 な美的欲求の共 同経験 が もたれた ということも、 こ こでの学びの重要な特徴であると捉えることができる。
( 4)今後の課題
授業様式の面では、川 島教諭 の授業 に大 きな変化が見 られたが、川 島教諭 自身の教育観 に大 きな影響があ った か とい う点 については今回掘 り下 げた検証 をす ることが できなか った。川島教諭 自身が、既 にワー クシ ョップモ デルの授業を構築す るのに適 した教育観 を持 っていた と い うことが考 え られ る。子 どもの多様性 を活かす上 で、
2 の ( 2) に見 られた よ うに、 どの子 も自分 らしい姿 で いるかを常 に読み取 ろうとす る川 島教諭 の姿勢 は基本的 な ものであ り、今回 もとめる授業様式 に対 して親和的で あると考 え られ る。 こうした点 につ いては、今後の課題
としたい。 ( 桂 直美)
注
本研究 は、H1 8‑1 9 年度 科学研 究費補 助金 ( 基盤研 究 ( C)) による支援 を得 た。 ( 芸術教育 ワー クシ ョップ の検討 と実践 一 社会構成主義パ ラダイムにおける学習 共 同体の学 びの実相、課題番号 1 8530697 )
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