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ディベート形式による英語教育実践報告─「社内英語公用語化」について─

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 ディベート形式による英語教育実践報告

─「社内英語公用語化」について─

A practical report on debate-based classes

─ English as an offi cial language in some companies ─

 藤 森 千 博

Chihiro FUJIMORI

キーワード:実用的な英語力の向上、ディベート、社内英語公用語化論

要 旨

 現代社会では実用的な英語力が強く求められている反面、学生の多くは日常生活において英語にほと んど触れることなく生活しており、また高等学校までの英語教育も受験重視の傾向が見られ、結果とし て実用的な英語力を身につけるには至っていない。ここで言う「実用的な英語」とは単なる英単語や英 文法の知識のことではなく、英語という言語を用いて自分の考えを相手に伝えられること、相手の考え を正しく理解できることを指す。本稿では英語教育における実用的な英語力の養成のひとつの方法とし てディベート方式の授業の有用性を論じ、実際に行った社内英語公用語化の是非に関するディベート形 式の発表における意見を集約し、それを基に英語教育はどうあるべきかを探っていく。

1 .はじめに

 大学における英語教育の役割を考えるとき、社会で即戦力として活用できる実用的な英語能力の養成 に重点が置かれることがある。確かに楽天やユニクロなどの国内企業が社内の公用語を英語にするとい うニュースからも分かるように、国際化という大きなうねりの中で英語を使いこなす能力が持つ意味は ますます増大しており、社会に期待される人物を養成するためには大学での英語教育においても英語の 実用的能力を学生に習得させることが必須であることは疑いの余地がない。

 しかし、ここで言う「英語の実用的能力」とは何を指すのだろうか。TOEIC で高得点を取らせるこ とは客観的な指標を得られるという点で正しいかもしれない。ビジネスにおける様々なシチュエーショ ンで頻繁に用いられる表現ややり取りを暗記させ、ロールプレイングで実践させることも役立つだろ う。このような基本的な能力や技術を発達させることなくして実用的英語能力の養成など到底目指すこ とはできない。しかし、それ以上に大切なのは、「自分の言葉で自分の考えを伝える」ということでは ないだろうか。学生は少なくとも中学・高校と 6 年間の英語教育を受けてきており、英語でコミュニ ケーションを図るために必要な基本的な知識や技術は身につけているはずである。しかし、常に受験を 視野に入れた学習をせざるを得ないために、残念ながら彼らには英語を実用的に運用する経験が圧倒的 に不足していると言わざるを得ない。例えば、今年度私が担当した授業に参加していた学生に高校時代 にオーラルコミュニケーションの授業で実際にコミュニケーションの練習をやっていたかどうかを口頭

*弘前大学人文学部(非常勤)

  Faculty of Humanities, Hirosaki University(part-time)

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で尋ねたところ、 9 割以上の学生がその授業は文法やリーディングの代替授業になっており、実際に英 語を口から発する経験がほとんどなかったという。実際、中学で学ぶような基本的な単語の発音さえ正 確にできない学生が多いことに驚くことがよくある。例えば “foreign” を「フォレイグン」と発音する 学生は一人や二人ではない。このような状況にある学生が大学においても十分な英語運用の機会のない まま社会に出て、ビジネスという緊張状態の中で英語を用いて自己表現ができるとは到底思えない。大 学における英語教育で行われるべきなのは、自分の考えていることを論理的にまとめ、それを英語で表 現させることを徹底的に訓練することであると考える。

 そのために私はディスカッションやディベートといった討論形式の授業を重要視し、数年に渡り担当 した授業で実践してきた。特にディベートは、提案された議題に対して賛成・反対の立場を明確にし、

いかに自分の立場が妥当であるかを主張しなければならないので、論理的思考と英語の実践的運用能力 の双方を養成するのに最適である。このような課題に取り組む中で、自分の考えをうまく伝えられない という壁に当然ぶつかるだろう。自分の考えを正確に理解してもらうためにはそれを言い表す表現を増 やさねばならず、そのためには英単語の学習も文法の学習も当然必要になってくる。単語だけを学んだ り文法だけを学んだりすることは極めて単調で退屈であるが、自分を表現するためという主体的な目標 があれば、そのような過程も十分有意義なものとして捉えることができるはずである。

 また、ディベートの利点は、発表者が一方的に発言するだけでなく、相手の主張に耳を傾け、その論 理的不備を指摘しながら議論を深めていくところにもある。つまり、発表する事自体が大きな課題とな り得るし、相手の主張を聞き取るリスニング力も必要になってくる。これまでの英語学習において英語 を発話する機会もそれを聞く機会もほとんどなかった学生にとって、発話することや発話を聞き取るこ とというコミュニケーションにとって当然の過程が相当困難な課題になることが予想されるがこの課題 をクリアしてはじめて英語で考え英語で表現するというコミュニケーション力の向上につながるはずで ある。このように、ディベートを中心とした演習によって、英語学習における全ての課題が密接に関係 し合い、結果として学生の実用的な英語能力を向上させることに繋がると確信している。

 本研究では平成22年度後期に実践したディベート演習の報告を行うとともに、学生の英語に対する意 識を考察し、今後の課題を示す。

2 .目的

 本研究の目的は、平成22年度後期大学 1 年生の 4 クラス(計118名)における英語授業を振り返り、

その教育成果であるディベート議題に対する学生の主張のポイントをまとめ、学生が英語によるコミュ ニケーションに対してどのように考えているかを探り、今後の課題を提示することである。

3 .授業の実際

3 . 1  授業科目

英語コミュニケーション科目

 一年は英語 A(音声によるコミュニケーション)と英語 B(文字によるコミュニケーション)がある。

本研究の対象となる 4 クラスの内訳は、英語 IIA が 1 クラス、英語 IIB が 3 クラスである。A と B の授 業は目標とするコミュニケーション手段が音声と文字とで異なるが、与えられた議題に対して内容及び 英語表現を十分に考慮できるよう発表の一週間前に議題を提示し必要な資料を配布し取るべき立場を決 めた上で立論に関しては文章を用意するよう指示しているので、実際は A も B も同様の作業を行ってお り、授業形態の違いによって結果(主張のポイント)に差異が生じないよう配慮した。上松(2010)で 論じられているように、英語 A と英語 B を用いるコミュニケーション手段によって区別している以上そ

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れぞれの授業に対する目標には違いがあり、A と B を混同した(ように思われる)授業を展開すること は学生に対し少なからず負担や違和感を感じさせることになるかもしれない。しかし英語という言語教 育は音声と文字を相互に関連づけて学習させることによって効果が得られるはずである。したがってそ れぞれの授業の目標を十分に意識した上でどこに評価のポイントを置くかによって、同じ作業を課した 場合でもそれぞれの授業目標に合致した成果を上げられると考えている。

3 . 2  単位数

 英語 A、英語 B ともに前・後期に各 1 単位、計 4 単位を取得することになっている。

3 . 3  授業目標

 ディベート形式の授業を展開することによって現代社会が抱える様々な問題に対して積極的に考察す る態度を育成するとともに、議題に対して英語で主張を交わすことによって英語コミュニケーション力 の育成を図る。

3 . 4  教材

 教材は主に次のテキストを使用した。

. B. Porter and T.Nishimoto. 成美堂

 上記テキストの他、各ユニットの議題に対する様々な資料を作成し授業中に配布した。その際、実際 のディベート演習で役立つよう賛成・反対の両論を紹介するよう心がけ、それが困難な場合はできるだ け公平な資料(データ)を提示するようにした。

3 . 5  授業計画

 全15回の授業(各90分)を行った。その中で中間試験と期末試験を行った。

3 . 6  成績の評価方法

 中間・期末試験の成績を60%、毎回の課題提出を40%として評価した。

3 . 7  授業の実際

3 . 7 . 1  テキストを用いた英文読解

 この授業ではまずテキスト内の英文読解を進めながら英文解釈及び議論のポイントを確認した。テ キストは各ユニットごとに英文読解があり、ユニットが提示する議題に対して二人の登場人物が賛 成・反対双方の立場から議論を進める形式になっている。また英文中には全部で 8 カ所の空欄があ り、この空欄にあてはめる単語や表現(議題に関連した用語など)を pre-stydy 部分の stage  1 から 選択する。適切な単語や表現を空欄に埋める作業を行った上で英文読解を行うとともに、議題に対す る主張のポイントやその展開を確認し、後の演習に役立てた。

3.7.2  立論演習

 先述したように、ディベートは単なる意見発表ではなく、複雑な段階をいくつも経て行われる総合 的な作業である。従って、何の準備もないままいきなり実践的な演習を行うことは不可能であり、適 切な準備を段階を追って習得させる必要がある。

 授業初期においては議題に対して賛成・反対の立場を決めずに自分自身の意見をまとめさせた。そ の際、“ ” をキーフレーズに設定し、(1)自分自身の立場の表明し、(2)なぜ その立場を選択するのか、つまり主張のポイントは何かを明示し、(3)主張のポイントを支持する証拠

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や実例を挙げる、という一連の主張展開の形式を徹底させながら、話し手聞き手双方にとって理解し やすい主張を構成することを目標とした。

 実際の英文作成に関しては、授業進行上の都合などにより、主張展開の構成を授業中に練った後、

宿題として取り組ませ、それを提出させて英文添削及び内容の確認を行った。発表が 1 分程度になる よう語数は100語を目標とした。

3 . 7 . 3  反駁演習

 立論演習に十分慣れてきた授業中期においては、クラスを 4 〜 5 人一組のグループに分け、グルー プ内をさらに議題に対して 2 対 2 ないし 2 対 3 の賛成・反対の立場に分け、双方の主張をまとめさせ た上で相互に発表させ、相手の主張のポイントを確認した上でそのポイントに対する反論をまとめさ せた。この際学生に留意させたのは、(1)相手の主張のポイントに対して(2)正確に反論することで ある。まず(1)については、何に反論するのかを意識させた。相手の立場(賛成・反対)という「大 枠」に反論し合うことは結果として噛み合ない議論になってしまい、そこから得られるものは少な い。相手の主張のポイントに対して反論することによってのみ建設的な議論が期待されるので、相手 の立場にではなく相手の主張に対して反論するように徹底させた。また(2)については、本当に反論 になっているかを慎重に検討する必要性を強調した。例えば、「現代の若者は言葉遣いが悪い」とい う主張に対して「全ての若者が言葉遣いが悪いわけではない」と言い返すことがよくある。これは一 見提示された主張に対する「反論」のように思えるが、この「反論」では主張に対して例外があるこ とを示しているに過ぎず、主張を切り崩すほどの反論にはなり得ていない。正確な議論を展開するた めには主張そのものが正確でなければならず、「疑似反論」に陥らないよう注意を促した。

 実際の英文作成にあたっては、宿題で提出した書類をグループ内で発表させた後反対の立場の書類 と交換させ、10分という制限時間を設けた上で反論を作成させた。発表が40秒程度になるよう語数は 60語を目標とした。10分後作成した反論をグループ内で発表させた。

3 . 7 . 4  再反駁演習

 反論演習に十分慣れた授業後期においては、反論に対する再反論をまとめさせた。留意すべき点は これまでと同様である。

 実際の英文作成にあたっては、 3 . 7 . 3 の反論演習の成果をグループ内で発表させた後、自分の意 見に対する反論に対して10分という制限時間を設けた上で再反論を作成させた。発表が40秒程度にな るよう語彙数は60語を目標とした。10分後作成した再反論をグループ内で発表させた。

3 . 7 . 5  ディベート演習

 最終段階として実際にディベートの発表を行った。先述したグループごとに議題に対して賛成・反 対の立場を決め、グループ対戦形式で立論→第一反駁→第二反駁までの流れをクラスで発表させ、そ の勝敗を傍聴した学生による投票で決定した。

3 . 7 . 6  フローチャート

 ディベートにおいて重要な作業の 1 つとしてフローチャートの作成がある。次々に展開される議論 を全て記憶することは不可能であり、発表を正確に聞き取った上でその要点を書き留めることが必要 になる。これができなければその後の反駁も再反駁もできないからである。授業では、初期段階にお いて発表を聞いてその要点をまとめる作業を行った後、後期段階において所定のフローチャートを利 用して賛成・反対双方の発表についてその主張のポイントをまとめる作業を行わせた。フローチャー ト作成における目標は、そのフローチャートを読めばどのような議論がなされたかが分かる、つまり

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作成したフローチャートがそのままディベートの議事録としても利用できるようにメモをとることと した。

4 .教育成果の吟味

4 . 1  企業の社内英語公用語化は是か否か

本授業の期末試験として実施したディベートでは、テキスト P67〜72の Unit12 “Should English become  the second offi  cial language in Japan?” をたたき台とし、“Should more companies make English their  offi  cial language in Japan?” を議題とした。公用語化の範囲を企業に限定したのは、(1)日本全体という 範囲では大き過ぎるため公用語化の実現性が想定しにくく、賛成・反対双方共に主張を構成することが 困難であると判断したため、また、(2)2010年以降国内企業の社内公用語化がニュースとして取り上げ られており、身近な話題として取り組むことができると考えたためである。特に(2)に関しては、今後 の就職活動において志望する企業が英語を公用語としているケースなどが想定されるため、学生にとっ ては切実な問題となり得るため、この問題に対してより積極的な発想を喚起できると期待した。

4 . 1 . 1  具体的な議論

 実際の議論は 4 クラス合計で賛成60名、反対58名によって行われた。

4 . 1 . 1 . 1  賛成意見

 まず、賛成意見の傾向を大きく 3 つに分析する。

 最も多く提出された理由は、「英語公用語化によって海外進出がスムーズに行われるから」だっ た(21名、35%)。この傾向は、楽天をはじめとする多くの企業が海外での業績を向上させること を英語公用語化の主たる動機付けとしていることと合致する。例えば楽天は、海外取引高比率を将 来的に 7 割にまで引き上げることを目標としている。海外進出における最大の関門は「言葉の壁」

であり、この壁をクリアしさえすれば海外進出に大きく前進できるという期待が込められていると 思われる。

 次に多かったのは、「英語公用語化により外国人との相互理解を図ることができる」だった(16 名、26.7%)。相互理解と言ってもその中身は多様で、「外国人とコミュニケーションをスムーズに 図ることができる」( 7 名)や「海外の文化や価値観を理解できる」( 6 名)、「海外事情に対して関 心を持つようになる」( 3 名)であった。近年「ガラパゴス化」が話題となっている。主に国内需 要と国際的需要との間に生じるギャップのことを指すが、国内企業が国内に留まり続けていられる 時代は過ぎ、利益拡大のため海外にその活路を見出さねばならない現状において、やはりここでも

「言葉の壁」が最大の関門として立ちふさがるが、英語を使いこなすことができるようになること によって海外へと視点を向けることが容易になり、相互理解の上に利益追求を図ることができると いう期待を読み取ることができる。

 次いで「英語公用語化によって海外の優秀な人材を確保できる」だった(15名、25%)。多くの 企業が新卒採用者数の一定割合を外国人(留学生や現地での人材調達など)に割り当てると発表し ている。日本人社員に英語を学ばせるのではなく、すでに英語を母語レベルで使いこなすことので きる外国人を採用した方がコストの面からも大きな利点となると考えているようだ。つまり、外国 人労働者側から見ても日本語が大きな「言葉の壁」となっており、英語を公用語化することによっ て外国人労働者が就労しやすい環境を整備できると捉えているようである。

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4 . 1 . 1 . 2  反対意見

 次に反対意見について大きく 4 つに分析する。

 最も多く挙げられた理由は二つある。第一に、「英語に対する苦手意識を克服できない」であっ た(15名、25.9%)。学生は少なくとも中高 6 年間の英語教育を受けてきているにも関わらず英語に 対する苦手意識は強く、今後英語を実用的に用いることに対しても消極的になっている姿が見え る。

 またもう 1 つの多数意見は、「英語公用語化が負担になる」だった(15名、25.9%)。ここで指摘 された「負担」には二種類ある。「企業が社員に対して英語学習をサポートする経済的・時間的負 担」(10名、重複意見あり)と「社員が英語をマスターしなければならないという精神的負担」( 7 名、重複意見あり)である。英語公用語化を労働者側も会社側も負担に感じると考える背景には、

第一の理由でも挙げたように英語を実用的に使いこなせない現状があり、目標とするレベルにまで 英語力を向上させるのに会社側は経済的・時間的コストをかけて社員に教育を施さなければならな い。また、TOEIC などのテストによって英語力を客観的に評価され、その評価が就職や昇進に直 接影響を及ぼすとなると、学生や社員が英語習得に対して相当なプレッシャーを感じることは容易 に想像がつく。

 次に多かった理由は、「国内の優秀な人材の確保が困難になる」だった( 8 名、13.8%)。例えば ある企業が採用基準として TOEIC を何点以上獲得していることと設定したとすると、例えその企 業が求める実務的能力を十分備えた学生であっても TOEIC の基準をクリアしていないという理由 で就職できないということになり、企業にとっては結果的に損になるのではないか、というもので ある。英語力という実務と直接的には関係ない能力で人材としての能力を峻別されることに強い抵 抗があると考えられる。

「英語に対する必要性がない」という理由も同様の割合を占めた( 8 名、13.8%)。日常生活にお いて英語を用いてコミュニケーションを図る機会が皆無に等しい現状にあって、社会に出ても英語 を使いこなすことができなかったとしても特に支障を感じないのではないか、というものである。

外国人とのコミュニケーションが必要な部署は限られており、英語を必要とする人だけが英語を習 得すればいいのであって、一般社員は「ある程度」の英語力があればいいと考えているようだ。

5 .考察

 英語公用語化という具体的な議論も実に興味深いが、この議論から学生が英語に対してどのような意 識を持っているのかを正確に読み取ることによって、今後の授業に反映させるべきポイントが明らかに なると考える。ここでは双方の主張に共通する学生の英語に対する態度を探り、今後の授業にどう生か すべきかを考察する。また、ディベート形式の授業における学生の姿を振り返り、今後の授業にどう反 映させるかも考察する。

5 . 1  「言葉の壁」とコミュニケーション

 双方の主張の根幹にあるのは英語を「言葉の壁」として捉えている姿勢であろう。賛成派は英語を公 用語化することによって英語に対して積極的に取り組むようになり、結果として「言葉の壁」を取り払 うことができると考えている。一方反対派はこれまでに費やしてきた英語学習への労力とその成果の不 均衡さを考えると英語公用語化という目標は到達できるようなものではない、つまり「言葉の壁」は乗 り越えることができないと考えている。ここで注目すべきなのは、特に反対意見の中でよく見られた

「完璧な/流暢な/正しい英語を習得するのは困難である」という意見である。英語教育は英語を「正 確に」理解し使いこなせるようになることを目標として行われている。しかし、「正確さ」にあまりに

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力点が置かれてしまうと、ちょっとした間違いも許されないという強迫観念に苛まれることになり、英 語でコミュニケーションを図ろうとする態度を養うことはできないのではないだろうか。学生が完璧な 英語力でなければ役に立たないと考えるのはまさに僅かなミスをも恐れる姿に他ならない。つまり、「言 葉の壁」を実際よりも高く設定してしまい、とても越えられそうにないと考えているように思われる。

そもそもコミュニケーションとは「社会生活を営む人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達のこと であり、言語・文字その他視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介とする」(広辞苑より)ものであると すれば、不完全な英語であっても様々な媒介を通して足りない部分を補い結果として意思疎通が図れて いればコミュニケーションは成立していることになりはしないか。日本語においても言い間違いや不完 全な表現を用いてしまうことがあるが、それでも滞りなくコミュニケーションが図れているのは、まさ にコミュニケーションが言語にのみ頼っているのではないからだ。もちろん英語の正確な理解が不必要 だと言うつもりは毛頭ないが、コミュニケーション力の養成に力点を置くのであれば、細かいミスをい ちいち取り上げるような評価ではなく、全体として発表を通して話者の考えていることが理解できたか によって評価する尺度を持つべきである。

5 . 2  「経験不足」を補う

 最後に、ディベートという授業形式、特に主張を立論する作業を通して見えてくる学生の姿をまと め、それを今後の授業にどう生かすべきかを考察したい。

 授業初期段階では、 3 . 7 . 2 で掲げた語彙数の基準に到達しないまま課題を提出する学生が非常に多 かった。この点に関してはいくつかの理由が推察される。

 第一に、英語に対する「苦手意識」である。

 中学校・高等学校の学習指導要領は共に英語による実践的コミュニケーション能力の育成を教科の目 標としている。以下に中学校及び高等学校の教科の目標を掲示する。

[中学校]

 「外国語を通じて、言語や文化に関する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態 度の育成を図り、聞くことや話すことなどの実践的コミュニケーション能力の基礎を培う。」

[高等学校]

 「外国語を通じて、言語や文化に関する理解を深め、積極的にコミュニケーションを図ろうとする態 度の育成を図り、情報屋相手の意向などを理解したり自分の考えを表現したりする実践的コミュニケー ション能力を養う。」

 しかし実際の英語教育は受験を最終目標に据えた授業が行われることが多く、英文読解や文法解釈な どに過度な焦点が当てられる一方、英語で意見をまとめたりそれを発表する機会はほとんどないのが現 状のようである。つまり、「英語を学ぶ」機会はあっても「英語で学ぶ」機会はほとんどないのである。

先述の通り高校におけるオーラルコミュニケーションの授業がその他の英語学習に利用されているとい う現状からも、学生が折角のコミュニケーションの機会を奪われていることが分かる。英文読解や文法 解釈は与えられた課題に対してある程度決められた「型」を頼りに解答を導き出すという点において受 動的な学習であると考えられるのに対して、主張を英語でまとめるような作業は創造性が求められると いう点において能動的な学習であると考えられる。試験で一定の成績を上げることができたので英語に 対して自信を持っていた学生でさえ、いざ自分の主張を英語でまとめるという作業となると途端に筆が 進まなくなり、結果として英語を「苦手」と感じるようになる、ということは実際によく見られる光景 である。

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 第二に、そもそも語るべき主張が思い浮かばない学生がいる。

 若者は何につけ批判の対象となりやすい存在であることを考慮した上で現代の学生の世代に対する 種々の批判から第二の理由を考えていきたい。「指示待ち人間」などと揶揄されるように、与えられた 課題はこなせるが自発的に行動を起こすことができない学生は少なくない。第一の理由で述べた受動的 な学習は得意だが能動的な学習は苦手とする姿とも重なる。また、先にも挙げた「ガラパゴス化」や

「内向き指向」などのフレーズが示唆するように、様々なメディアの発展・普及によって、自分が興味 を抱いたことにのみ関心を寄せ、それ以外には目も向けないという学生も多い。自分の狭い世界で満足 し、興味関心の幅を広げようとしない姿勢では、グローバル化が進む現代社会から取り残されてしまう だろうし、ディベートにおいては、これまで関心を向けたことのない議題に対して、本心とは異なる立 場に立って議論しなければならないこともあるので、このような学生は何を言ったらいいのかさえ分か らないのだ。

 いずれの理由からも、これまでに経験したことのないことをどのように取り組んだらいいのか分から ない、つまり「経験不足」が英語で自分の主張を表現できない大きな要因となっていることが分かる。

従って学生にコミュニケーションを「経験する」機会を適切に与えることこそがコミュニケーション力 の育成を主眼に置いた英語教育を行う上で最も配慮されるべき点であろう。事実、提出された課題の確 認作業を続ける中で、語彙数の面でも内容の面でも授業を進めるごとに多くの学生の課題が改善されて いったと実感できたことからも、学生に必要なのは英語でコミュニケーションを図るという経験である と言える。

 ただし、先にも述べたが、その経験は綿密に計画された手順を段階を追って踏んでいくことで実りあ るものになるという点に留意したい。主張→理由の提示→具体的なデータや例の提示、という議論を組 み立てる上で最低限必要となる展開の形式すら身についていない学生が多く、手順を追って、言い換え れば分解練習を積み重ねることによってようやくディベートという全体を構成できるようになった。 1 でも述べたようにディベートは考え、まとめ、耳を傾け、指摘するというまさに総合演習としての性質 が強いので、何の準備もないままいきなりゴールを目指すことは困難を極める。 3 . 7 で示した具体的 な展開を繰り返し練習して身につけなければ、ディベートという構造化された議論形式を充実した状態 で進めることはできないだろう。また、日常的なコミュニケーションにおいても、ある話題に対して自 分自身の考えを持ち、それをまとめた上で相手に伝え、相手の応答を理解し、さらに考えを深めて発言 する、というディベートと全く同じ手順がとられていることを考えると、有意義なディベート演習を行 うことによって何事も能動的に捉え積極的に発信できる学生を育成できると期待している。

参考文献

安部規子.2008.有明高専 4 年生の英語授業実践報告  ─ TOEIC スコアアップ対策を中心に─.有明工 業高等専門学校紀要第43号,57‑63.

上松一.2010.弘前大学における英語教育に対する,ある学生からの苦情─私たちはどう答えるのか.

21世紀教育フォーラム第 5 号,弘前大学21世紀教育センター.

佐々木智之.2007.授業実践事例に基づく大学英語授業の分析.北海道教育大学研究紀要第35号,147‑

154.

佐藤幸恵.2010.音声交流とポスターセッションによる英語学習への動機づけ.第26回金子賞入選論文,  金子国際文化交流財団.

松本茂.2009.「授業ディベート」のすすめ  ─思考力と表現力の育成.英語教育2009年 7 月号,大修館 書店(http://www.eigokyoikunews.com/columns/taishukan/2009/07/post̲44.html にて閲覧可能)

参照

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