変声障害 症例に対するアプローチ
石川 裕治 ),渡辺 陽子 ),笠井新一郎 ),長嶋比奈美 ) 稲田 勤 ),苅田 知則 ),間野 幸代 ),山田 弘幸 )
) ) ) )
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要 旨
変声障害の特徴として,年齢( 歳代),性(男性),喉頭所見(声帯の充血・浮腫),声質(声の翻転)が 知られている.今回,これら特徴の中で,初診時において年齢( 歳),喉頭所見(声門の間隙),声質(強い 気息性嗄声)といった若干異なる特徴を有する症例を経験し,精査により,変声障害と判断することができ,
短期間の訓練で症状が改善した.
今回の症例により,音声障害においては発症時期や症状の経過等について問診等により十分に把握し,診断・
訓練を行うことが重要であることが確認できた.
キーワード 変声障害,評価,訓練
(
)
)高知リハビリテーション学院 言語療法学科
)東京専売病院リハビリテーション科
)九州保健福祉大学保健科学部 言語聴覚療法学科
.はじめに
変声障害について廣瀬 )は, 声変わりは思春期 にみられる生理的過程であるが,これが正常に経過 しない場合に声変わり障害(変声障害)とよばれる 音声異常が発現する と説明している.加えて,実 際に経験するほとんどが,声の翻転が継続する状態
(遷延性変声)と,いつまでも裏声様発声を続ける 状態(持続性裏声様発声)のいずれかであると述べ ている.
今回われわれは,強い気息性嗄声を主症状とする 変声障害の一例に対し,音声治療をする機会を得た.
訓練の経過について述べるとともに,変声障害の評 価と訓練について若干の考察を行ったので報告す る.
.症例
.患者 歳,男性
.主訴
「子どもの時の声を出したい」,「大きな声を出し たい」であった.
.経過(表 )
年 月(中学 年の時)に,急に声が出しに くくなり徐々に裏声様の高い声になる. 年 月,
風邪をひき,かすれた声になりそのまま放置する.
同年 月,再び風邪をひき声が出なくなったため,
近医耳鼻咽喉科を受診.週 回の吸入を約 ヶ月間 続け,声は出るようになったものの,再び裏声様の 声になる.裏声様の声の状態が続き, 年 月,
風邪をひき,気息性の強い嗄声になる. 年 月,
高校の先生から, その声ではいけない と言われ,
中央市民病院耳鼻咽喉科を受診する.心因性発声 障害と診断され,音声治療をする言語聴覚士(以下,
)がいる 医大病院耳鼻咽喉科を紹介され受診 する.医師および による検査の結果,発声時の 声門の間隙と強い気息性嗄声を指摘され, の紹
学 年 声に関する情報
小学 年 ・友人の声変わりをみて自分はなりたくないと思う.
中学 年 ・夏休み終了時より声が出しにくくなり徐々に裏声様の高い声になる.
・低い声になりたくないために大きな声を出したり,お風呂で潜ったまま声を出したりする.
・大きな声が出なくなる.
中学 年 ・風邪をひきかすれた声になる.
・かすれた声の方が発声しやすいと思う.
・再び風邪をひき声が出なくなり近医を受診する.
・再び裏声様の声になる.
中学 年 ・風邪をひき気息性嗄声となる.
高校 年 ・担任より「その声ではいけない」と言われ, 市民病院耳鼻咽喉科を受診する.
・ 市民病院耳鼻咽喉科の紹介により, 医科大学耳鼻咽喉科を受診する.
・ 医科大学耳鼻咽喉科の紹介により, クリニック(耳鼻咽喉科)を受診する.
・音声治療開始する.
・子どもの時の声にもどりたい.
・嗄声の無い低い声が出るようになる.
・低い声より高い声の方が良い.
・低い声でも高い声,低い声が出ることがわかり安心する.
表 経過
介により 年 月 日,音声治療を行っている クリニック耳鼻咽喉科を受診した.
.内科的疾患・既往歴・家族歴 特記すべきことなし.
.初期評価
.喉頭所見
発声時の喉頭所見は,声門膜間部前方,後方(「変 声三角」部),また,前方と後方同時に声門閉鎖不 全が浮動的に認められた.また,ストロボスコピー にて粘膜波動は不良で,声門軟骨間部の間隙が目 立っていた.
.音声検査結果
聴覚心理的評価である嗄声の定性的判断(以下,
尺度)では, で強い気息性嗄 声が認められた.呼吸は胸式優位で浅く,最大発声 持続時間 は から 秒程度.楽な発声時の声の 高さは同定不能,声の強さは平均 ,平均呼気 流率は で,ともに浮動的であった(表 ).
.声の受容について
どのような声になりたいかの質問に対しては,「子 どもの時の声に戻りたい」であった.
.音声訓練
.目的
声門閉鎖不全の改善と,年齢に合った声を出すこ
とを目的に訓練を開始した.
.訓練内容(表 )と結果
本症例においては,発声時に声門閉鎖不全が認め られていたことから,まず声門閉鎖の獲得のために 強い咳払いを行うことから開始した.
咳払いを用い,十分に,息を吸い込んだ後に一度 に吐き出す要領で「エヘン」を言うように口頭で指 示するとともに,実際に が行い模倣させた.最 初は弱い咳払いであったが,約 分程度繰り返す内 に,強い咳払いが可能となり,声門閉鎖が聴覚的に 確認できた.
声門閉鎖が獲得されると,変声障害に対して広く 行われている発声練習法を用いた.
咳払いの要領で声門が閉鎖した状態から発声をさ せることを考え,十分に息を吸い「エヘン」を言う 直前の状態で静止させ,できるだけ低い声を出すよ う指示し,母音( )を発声させた.
この時,低い声を出す時の構え(喉頭の位置,声 帯の長さや厚さ)を可能な限り他動的に調節するた め,喉頭の位置に関しては,喉頭が上がらないよう,
低い位置に保たせたまま頭部を前屈(喉頭の可動域 を制限)させ,声帯に関しては,声帯の長さを短く,
厚くさせるため 法を用いた.
第一声より,努力性の要素があったものの気息性 の無い低い声が認められ,症例も聴覚的に確認でき た. 努 力 性 の 要 素 を 取 り 除 く た め に,
( )の発声時の喉頭の緊張を減らす手法(甲状 軟骨をそっと下方に押し,ときどき左右に動かした
検 査 結 果 (正常値)
聴覚心理的評価 ( 尺度)
最大発声持続時間 [ ] 秒 秒
空気力学的検査 声の高さ 同定不能 付近
(楽な発声で) 声の強さ 平均 平均呼気流率
表 音声検査結果 〔 クリニック初回 年 月 日〕
正常値 成人男子の正常値(日本音声言語医学会編 声の検査法, ) 空気力学的検査は、 (永島医科製)により測定
りして甲状軟骨の位置を下げる)や,頚部のリラク ゼーション(前後屈・側屈)を用いることにより,
一回の訓練(約 分)で,低い安定した発声が可能 となった.
同様の訓練を 回行ったのち,嗄声が認められな くなったので,上記手法は用いず母音(単音)の発 声を行い,徐々に一息で発する音を増やしていった.
母音(単音)で安定した発声が可能になると音節,
単語,短文の復唱・音読へと移行させた.
また,本症例の主訴は 普通の声を出したい・大 きな声を出したい であったが,具体的にどのよう な声になりたいのかの問いに, 子どもの時の声に 戻りたい という返事が返ってきた.このため発声 練習とともに 声変わり についての説明を行い 大 人の声 の受容を促した.表 にも示したように,
嗄声が消失した時期においてもまだ「子どもの時に もどりたい」と言っていたが,徐々に理解が得られ ていった.
訓練は週に 回(約 分間)行い, 回(約 ヶ 月半)の訓練にて,自由会話においてほぼ安定した 音声が獲得された.
.訓練後評価
.喉頭所見
訓練開始時に認められた声門閉鎖不全は認められ ず,また,声帯の粘膜波動も良好となっていた.
.音声検査結果
訓練後の の発声時,わずかながら努力性の要 素が認められたが,自由会話,音読時において嗄声 は認められなかった.最大発声持続時間( )は 秒で,楽な発声時の声の高さは平均 ,声の強 さは平均 ,平均呼気流率は であった
(表 ).
.考察
本症例が短期間の訓練によって良好な結果が得ら れた理由として,耳鼻咽喉科医との共同作業により,
正しい評価,それに基づいた訓練,心理面へのアプ ローチがあげられる.
.評価に関して
変声障害では年齢,性別,声質,喉頭所見が特徴 としてあげられたが,初診時の本症例においては,
年齢,声質,喉頭所見で若干異なる点があった(表
回 数 内 容
強い咳払い
指圧法等の手法を用いての母音(一息で 音のみ)の発声 指圧法等の手法を用いての母音(一息で 音のみ)の発声 指圧法等の手法を用いての母音(一息で複数音)の発声 指圧法等の手法を用いないで,母音(一息で 音のみ)の発声 手法を以後用いず,母音(一息で 音のみ)の発声
母音(一息で複数音)の発声 子音(一息で 音のみ)の発声 母音のみの単語の復唱
母音の発声
子音混じりの単語の復唱 語分の復唱・音読
・ 母音の発声 短文の音読
表 訓練
).
年齢について
声変わりの年齢に関しては,岡村ら )が,平均的 変声期は男性で 歳代と報告しているが,本症例の 初診時は 歳であり,若干声変わりの時期を過ぎて いた.しかし,症状の経過を問診等により確認する ことで,中学 年( 歳頃)の頃から声の異常 が生じていたことが明らかになった.
声質について
変声障害では,一般的に 声の翻転 が多いとさ れているが,本症例では強い気息性嗄声であった.
変声期の音声の症状としては 声の翻転 持続性 裏声発声 嗄声 高い声 などの記述が( ), 廣瀬 ))ある.本症例もこれらにあてはまるものの,
変声障害を疑わせるまでに至らなかった.しかし,
中学 年時ころより 裏声様発声 がしばらく続い
ていたことがわかり,一般的にいわれている特徴と 同様であると考えられた.気息性嗄声となったこと については,裏声様発声の時期にどのように発声す れば良いのかがわからなくなり,あれこれ自分なり に工夫した結果,誤った発声法が固定化したものと 考えられる.
喉頭所見について
喉頭所見に関して原田 )が詳細に報告しており
(表 ),これによると声帯の充血・浮腫等が多い とされている.本症例では声帯の充血・浮腫は認め ず,発声時において 声門部後方(変声三角) を 含む一貫性の無い声門の隙間が著明に認められた が,多くはないものの本症例と両様の所見を原田の 報告にみることができる.
.訓練に関して
検 査 訓練前 訓練後
聴覚心理的評価 ( 尺度)
( )
最大発声持続時間 [ ] 秒 秒
( 秒)
空気力学的検査
(楽な発声で)
声の高さ 同定不能 平均
( 付近)
声の強さ 平均 平均
( )
平均呼気流率
( )
表 訓練後の音声検査結果(訓練前・訓練後の比較)
( )内は正常値
項 目 一般的特徴 本症例
年 齢 歳代 歳
性 別 男性 男性
声の状態 声の翻転 強い気息性嗄声
喉頭所見 声帯の充血・浮腫 声門膜間部前方,後方,前方と後方同時に声門閉 鎖不全が浮動的に認められ,粘膜波動は不良で,声 門軟骨間部の間隙が目立った
表 変声障害の一般的特徴と本症例の比較
変声障害の治療に関しては,数回の訓練で著明な 効果が得られることが報告されており( ), 廣瀬 )),本症例においても約 ヶ月半の訓練にて 症状が改善している.
この理由として,変声障害では,構音器官や声帯,
また呼吸器官等に器質的な障害が認められないこと にあるものと考えられる.さらに,今回の訓練で重 要であったと考えられる点として心理面へのアプ ローチを発声訓練と平行して行ったことである.
本症例の主訴は, 普通の声を出したい・大きな 声を出したい であったが,具体的にどのような声 になりたいのかの問いに 子どもの時の声に戻りた い という返事が返ってきた.このため発声練習と ともに 声変わり についての説明を行い, 大人 の声 の受容を促した.訓練終了時までの声に関す る経過(表 )から,小学 年ころより他人の声変 わりをみて,自分はなりたくないと思い始め,声変 わりが始まったと考えられる中学 年から 大人の 声 にならないように様々な手段を試みてきたこと が伺える.また 大人の声 が獲得されてもなお 大 人の声 になることを受容できず, やっぱり子ど もの声の方がいい といった発言が続いた. 声変
わり について理解し, 大人の声 を受容したと 思われたのは, 低い声になっても,ある程度の高 い声・低い声が出せることがわかって安心した と 言った頃で,それは訓練終了に近い頃であった.
つまり,本症例は「大人(の声)になる自分」が 受容できず,男の大人の声帯で,男の子どもの声を 出そうといろいろ頑張り続けた結果,声帯の物性と 機能的な面において破綻が生じ,声の異常をきたし たものと考えられる.「大人の声になりたくない」
という,心理的な背景を持っている点で,心因性の 可能性も考えられるが,疾病利得があるかどうかは 疑問で,心因性発声障害と診断するには危険である と考えられる.
.まとめ
今回の経験により,廣瀬)の言う 思春期の男子 の声に関する不定の主訴がある時は,声変わり障害 の存在を念頭におくこと の重要性を確認すること ができた.そして,診断において,病歴の聴取・声 の評価・耳鼻咽喉科的所見が必要であり,耳鼻咽喉 科医の存在が不可欠であった.
特に,病歴の聴取では問診等を十分に行い, 声
喉頭所見 男 子 女 子
変声初期 変声中期 変声後期
声帯充血
披裂軟骨間の発赤 声帯の浮腫性腫脹
分泌過多 ( ) ( ) ( )
声帯肥厚 結節性肥厚 声門間隙
変声三角 ( ) ( ) ( )
声帯萎縮
仮声帯の過剰運動
無所見 ( ) ( ) ( ) ( )
計(頻度)
( )は%
表 変声期の者の喉頭所見(原田, )
がおかしくなり始めた時期, その時の声の状態,
身体的・精神的な変化の有無, 声についてどの ような思いを持っていたのか等について正確に把握 する必要がある.また,治療において, 声変わり に関する情報提供を含む心理面へ働きかけが,治療 を効果的に行えた一つの要因であったと考えられ た.
.おわりに
変声障害 症例に対する訓練の流れを報告し,変 声障害の診断のポイント等について述べた.変声障 害に対する音声治療の主な職種としては耳鼻咽喉科 医・ が考えられるが,本症例は,音声治療を受 けるまでに 件の耳鼻咽喉科を受診したが有効な治 療を受けることができなかった.このことは報告数 が少ないこともあって音声を扱う耳鼻咽喉科医およ び が,質と量ともに十分でない現状が浮き彫り にされたものである.今後,関連職種が互いに専門
性を生かし,音声障害に取り組んでいく必要がある ものと考える.
本論文の要旨については,第 回日本言語療法学 会(平成 年 月 日,神戸)において口演発表し た.
参考文献
)廣瀬 肇 声変わりとその障害,
, .
)岡村正美,藤田馨一,米山文明,沢島政行,
他 東京都内一中学校生徒の音声に関する研究,
日耳鼻 , .
)
(廣瀬 藤生訳 音声障害と音声治 療 ), .
)原田利治 変声についての考え方とその取り扱
い方,耳喉 , .