原著 :秋 田大学医学部保健学科紀要 1 2( 1 ): 4 8‑5 2 ,2 0 0 4
障害 のあ る高齢者 の膝関節屈 曲拘縮 に対す る自己ス トレッチ ングの効果
進 藤 伸 一 * 上 村 佐知子 * 籾 山 日出樹*
小 松 しのぶ **
要 ヒ ト ユ 1
介護老人保健施設 に入所中の障害のある高齢者 5 5 名を 3 群 ( 膝圧迫法群,体前屈法群,対照帯) に分 け,膝関節屈 曲拘縮 を予防 ・改善す る簡便 な 2種類の自己ス トレッチ ングを 6週間実施 した. その結果,直接,膝関節 に伸長刺激 を加 え る膝圧迫法群 は,膝関節屈曲拘縮の指標である長座位床一 膝嵩距離 ( 左右平均)が 0 . 5 c m 縮小 ( p <0 . 0 1 )したが, 体前屈法群 と対照群 はほとん ど変化 しなか った. これは,移動が 自立 している高齢者 にみ られ る軽度の膝関節屈曲拘 縮 は,関節包や靭帯 などの短縮 による関節原性 の拘縮が原因であったため,膝関節 に直接伸長刺激 を加 え る膝圧迫法 がよ り有効 に作用 したためと考え られ る.
は じめに
歩行可能 な高齢者の歩行能力をで きるだけ維持す る ことは,寝 た きり予防の重要 な課題 とな って い る1 ) . しか し,歩行 が 自立 していて も,不活発 な生活か ら下 肢筋力が徐 々に低下 し,拘縮が発生す るなど して歩行 が不安定 にな り,車椅子を使用するようになる例 はけっ
して少 な くない.
特 に,膝関節 に屈曲拘縮が発生す ると,立位では重 心線 が膝関節 の後方 を通 って膝関節 に屈曲 トルクが働 くため,下肢筋力が低下 している高齢者では,わずか な拘縮で も立位 ・歩行 に重大 な影響を及ぼ している2 ‑ 4 ) .
しか し,高齢者 に対す る保健 ・医療 ・福祉の現場で, この膝関節屈曲拘縮の影響 に対す る認識が弱い ことも あ って, 日常的な予防対策が十分 とられていないのが 現状である.
今回,障害 のある高齢者 の膝関節屈曲拘縮 を予防 ・ 改善す る簡便 な自己ス トレッチ ング法 について検討 し たので報告す る.
対象 と方法
1. 対象
対象 は,介護老人保健施設 ( 4 カ所) に入所 中で, 移動 が自立 している障害のある高齢者 5 5 名 ( 男性 1 4 名, 女性 4 1 名,年齢 は 6 9 歳 〜9 8 歳で,平均 7 9. 9 歳)である.
膝関節屈曲拘縮 のほとん どみ られない杖な し歩行 自立 の者,腰痛や膝 に痛みのある者,全身状態が不良の者 および自己ス トレッチ ングが困難 な中等度以上 の痴呆 のある者 は対象か ら除外 した.
これ らを,後で述べ る 2 つのス トレッチ ング法であ る体前屈法群 と膝圧迫法群, そ して対照群 の 3 群 に分 けた.各群の内訳 を表 1 に示す.性別,年齢∴障害種 別,移動能力などに差が出ないよ う割 りつけていたの で,途中退所者が出て人数 にば らつきが出たが,統計 学的に 3 群間に有意差 はみ られなか った.
2. ス トレッチ ングの方法
通常の リ‑ ビリテーション ・プログラムに加 え,哩 学療法士か作業療法士 の指導 の下 で ,/ 2 つ の ス ー トヤ レッ
チ ング群 にそれぞれ下記 のス 卦t d y、 汐チ ジグを実施 した.
*秋 田大学医学部保健学科理学療法学専攻
**介護老人保健施設 ひまわ りの里
Ke y馳 転: 〔 障害のある高齢者 膝関節屈曲拘縮
自己ス トレッチ ング
表 1 対象の内訳
体前屈群 膝圧 迫群 対象群
総 数 1 9 1 8 1 8
性 別 男 4 6 4
女 1 5 1 2 1 4
年 齢 範 囲 6 9‑ 9 3 71‑ 8 6 67‑ 98 平 均 8 0 . 3 78. 6 8 0. 7 障害構成 神経系障害 骨関節系障害 9 9 9 6 8 7
内部障害,他 1 3 3
移動能力 杖歩行 自立 歩行器歩行 自立 1 3 0 4 9 4 9
対照群 は,通常 の リ‑ ビリテ‑シ ョン ・プログラムの み行 った.
1 )体前屈法
体前屈法を図 1 に示す. これは‑ムス トリングス ・ ス トレッチ ングとも呼ばれ,身体の柔軟性 の維持 ・改 善 を主 な目的 として,障害のある高齢者 に も実施 され ることの多 いス トレッチ ングである5 , 6 ) .今回 は,膝 関 節屈曲拘縮 にどの程度効果があるのか検討す るために 取 り上 げた.方法 は,台 に浅 く腰かけ,一方の下肢 は 屈 曲位 のまま床 に置 き, もう一方 は前方 の台にのせ, で きるだけ リラックスさせ る. そ して,股関節内外旋 中間位で膝 をで きるだけ伸 ば したまま,両手 ( 片麻痔 は片手) を足部へ近づ けて体幹 を前傾 させ,‑ムス ト
リングスを伸張す る. これを左右交互 に行 う
。体幹前 屈時の多少 の股外旋や膝屈曲 は許 した.
2 ) 膝圧迫法
膝圧迫法 を図 2 に示す. これは,今回,考案 した方 法である.方法 は,台 に浅 く腰かけ,一方 の下肢 は屈 曲位 のまま床 に置 き, もう一方 は膝 を伸展 して前方 の 床 に置 いて,で きるだけ リラックスさせ る.そ して,
図 1 体前屈法
股関節 内外旋中間位で伸展下肢 の膝 の上 に両手 ( 片麻 棒 は片手) を置 き,上か ら押 さえて膝関節 を伸展 させ る.長座位で行 う方法
7)もあるが,腰かけ座位 の方 が 膝 を押 さえやすいので この方法を採用 した. これを左 右交互 に行 う。
3 ) トレーニ ング条件 と期間
高齢者を対象 としたス トレッチ ングの処方基準 は, まだ確立 されていない. そのため文献6 ・ 81 0 )を参考 に, 障害 のある高齢者 に も負担が少 な く,確実 に効果が期 待で きるもの として, トレーニ ング条件 を次 のよ うに 設定 した.①強 さの条件 は一般的な基準 である 「つ っ ぼ るが我慢で きる」程度 に,②時間の条件 は 「 片 肺3 0 秒で左右交互 に 2 回ずつ 」 行 い,③頻 度 の条件 は, 1
日 1 セ ッ ト,週 4 セ ッ トとした.
実施期間 は 6 週間で,最初 の 1 週間は導入期間とし, 方法を指導 しなが ら全身状態,痔痛 などの リスク管理 を行 い,徐 々に強 さと時間を増加 していった. 2 週 か ら 6 週 まで は 過 4 セ ッ ト,全体で 2 0 セ ッ トのス トレッ チ ングを実施 した.
ス トレッチ ング実施 中に,転落などの事故 や捧痛 な
図 2 膝圧迫法
どの出現 はなか った.
3. 測定方法
効果を検討す るため, ス トレッチ ングの開始時 と終 了時 ( 6 週後) に,以下 を測定 した.
1 )長座位床一 膝高距離
長座位床一 膝窟距離 とは, 膝 関節 に屈 曲拘縮 のあ る 者が長座位 にな った とき,床 と膝嵩 に生ず る隙間の距 離 の ことで,膝関節拘縮 の僅かな変化 を知 るために, 今回,考案 した ものである.
測定方法 は,硬 い床 に長座位 にな り ( 不安定 な場合 は後方か ら支 え),関節可動域 を測定 す るときと同 じ く,股関節内外旋 中間位 に して他動的に膝を伸展す る.
その とき生ず る床 と膝嵩 の距離 を,高 さ 0. 5 c m の小 さ な ステ ックを重ね合わせ,何枚通過 す るかか ら 0. 5 c m 単位で両側の長座位床一 膝高距離 を測定 した. 2 回実 施 し, ステ ックの枚数 が同 じであることを確認 してそ の値 を採用 し,分析 にあた っては両側の平均値 を用い た.
測定誤差 を少 な くす るよう,同一検者が測定 した.
また,体位変換時 に癌性などの影響が出た場合 は,筋 緊張 の低下 を待 って測定 した.
2 )長座位体前屈距離
長座位体前屈距離 は,立位体前屈 に代 わ って中高齢 者 の身体 の柔軟性 を測定す る方法 として,最近用 い ら れ ることの多 くな った方法であ り,‑ムス トリングス の伸展性 をよ く反映す ることか ら,今回 はこの方法を 用 いた.
まず,市販 の立位体前屈計 ( 竹井機器 :アナログ前 屈計) のスケール固定台を外 し,両足底 に押 しつける ための足底板 を取 り付 けた独 自の長座位体前屈計を作 製 した. そ して,長座位体前屈 のテス ト方法1 1 ) に従 っ て,足底 と両指先 ( 片麻棒 は片指先) の距離 を 1 c m 単位で測定 した.足底 まで達 しない場合 はマイナス, 超 えた場合 はプラスで表示 した. 2 回実施 し良 い値 を 採用 した.
結果で示す代表値 は,平均値 ±標準誤差である。 ま た,統計的検討 は相関分析 と t 検定を用 い,有意水準 を p<0. 0 5 とした.
本研究 は,対象者 に研究の目的, リスク等を説明 し 同意 を得て実施 した.
結 果
1. 長座位床一 膝嵩距離 と長座位体前屈距離 の関係 一般 に廃用症候群 と しての拘縮 は,同時多発的に発 生す るとされてお り,膝関節屈曲拘縮 とハ ムス トリン
cm 4 5 3 ‑ ‑ 5 1 5 0 3 2
体前 屈法 膝 圧 迫 法 対照 群 エ ラ ーバ ー :
±1 SE
* p<0. 01
図 3 長座位床 一膝高距離の変化
□ 開始時 国 終了時