茨城大学教育学部教育研究所紀要21号(ig89)169−174 169
精神薄弱児を対象としたITPAにおける個人内差の事例研究11
佐々木 正 志
は じ め に
ITPAにおける個人内差について,紀要20号では,それぞれの事例の診断を得点記録,プロフィールか らの各下位検査の分析と,水準間,回路間,過程間の次元での分析をした。今回の皿では,分析とともに事 例の児童に対しての指導の手立てを考察していきたいと思う。また2つの事例については,遠城寺式乳幼児 分析的発達検査を実施して,他面の実態を参考にしながら言語面でのより深い考察を試みることにした。
診断検査事例
事例1 表象水準の能力に落ち込みの目立つSe児 事例2 聴覚音声回路が視覚運動回路より劣るM児 事例3 受容能力が他の能力に比べて優位であるA児
事例4 自動水準に少ない得点ではあるがPLAが示されたT児
事例1.表象水準の能力に落ち込みの目立つSe児
本丁の検査は昭和58年3月IO日(年齢7歳8か月)と昭和62年2月18日(年齢11歳6か月)の2回実施し た。1回目の診断についてはSS評価点換算表を用いて実施したが,2回目の診断については年齢が8歳ll か月をすぎているので年齢得点PLAで実施した。
一本児の特徴一
ひとりで遊ぶことが多く,あまり友だちなどと関わることはしない。ひとりでいる時はひとりごとが目立 ち,鏡などを見て自分の姿に見入っていたり,自分の頭をたたいておもしろがっていたりする。友だちに誘 われると消極的ではあるが応対はする。少しのことで(特に嫌いなこと),オーバーに泣き叫んでみたり逃 げ回ったりする。運動的には特に問題はなく,どちらかというと器用である。しかし柔軟性はない。同じペ ースで長い距離を走るなどが得意である。言語面では入学時からおおむ返しが多く,コマーシャルなどをひ とりで言っていたりすることが多かった。文字への興味は強く,特に車の名称(アルファベットなど)はと ても好きである。ひらがな,カタカナはすべて読め,漢字もよく覚える。健康面では欠席は少なく,体調を 崩すということはめつたにないが,ひどい便泌であり,全く野菜類を食べない。食欲はあまりないといって よいと思う。インスタント食品や炭酸飲料が好きである。造形面では器用であり,粘土や工作などは好きで ある。絵画は設計図のような車の絵や道路などを描くことが好きである。音楽面ではとても歌がじょうずで あり,歌詞もよく覚えており,リズムにのって歌っているように思える。入学時はテレビがついていないと 嫌がったりしていた。身辺処理は,ほぼ自分でできる。少しでも汚れると潔癖でよく洗う。またキズや血な
どをとても気にする。薬を飲むことや医者にかかることなどを極度にいやがる。
図1は1回目のプロフィーノレである。総合的には全検査粗点150,全検査PLA(月令)4歳10か月(58),
PLQ63.0, SS合計点234, SS平均値23.4である。図2は2回目のプuフィールである。総合的には
全検査粗拙267,全検査PLA(月塞)8歳5か月(101), PLQ72.4である。
図1 プロフィール 図2 プロフィール
藍T PA 得 点
表 象 承 準 自 動 承 嚥
受容能力 連禽能ガ 表現能力 構成能力 配列記憶能力
ことばの理解 絵の理解 ことばの類擾 絵の類椎 ことばの表現 動︷筆の疑現 文の構成 殺さかし 数の記t冨 形の記憶 欝俄点SS
64 U0 T6 T2 S8 S4 S0 R6 R2 Q8
Q0 P6 P2 W4
一 ,一一 一一一一一冒
一一一一一一騰幣 榊F一 一一一一一 一一一一齢 牌楠簡搾常 一一一一 一 一一曽噛 醜鼎酬騰滞
一 鰍 一 ¶
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1
+6 SS」lc均{直
一6
〔T PA 得 点
表 象 承 準 臼 動 水 翠
受容能力 遡合能力 表現能力 構成能力 紀列記憶能力
ζとばの理解 絵の理解 ことばの類惟 絵の類推 ことばの表現 動作の表現 文の構成 絵さがし 数の記憶 形の詑憶 言譜学翌年令PLA
9−4 X−0 W−8 W−4 W−o H一8 V−4 V−D U−8 U−4 U−G T−8 T−4 T−0 S−8 S−4
どちらも表象水準よりも自動水準の方が優れていることを示している。精神薄弱児の場合,多くは逆の形 が多いことが明らかにされている。この事例は例外であると考えられる。特に2回目のプロフィールでの高 得点を示す下位検査には驚うかされる。検査日はいつになくとても調子よく,いつも不安定で落ち着きのな いこの児童にはめずらしく,積極的で集中していた。毎日様子が違い,応対の仕方を考えさせられてし まう児童であることを示しておきたい。
各下位検査をみると,表象水準の動作の表現と自動水準の絵さがし,配列記憶能力は,図1,2とも高得 点を示している。SS評価点で1回目のことばの表現は平均に近いが, PLAでは2歳8か月であり,2回
目に比べてみると年齢から考えて,あまり変化がなく落ち込んでいる傾向と見てよいと思う。連合能力につ いては,1回目と2回目では大きな変化を示している。PLAで見ると,ことばの類推では3歳11か月から 7歳0か月,絵の類推では4歳2か月から7歳4か月と急激な変化と思われる。受容能力では,PLAで比 べてみるとあまり変化は見られない。文の構成についてもPLAでは,4歳4か月から6歳11か月とあまり 変化が見られない。
こ.れらの結果を分析してみると,今後は受容能力とことばの表現と文の構成についてのレベルアップをの ぞむ方法(欠陥領域の訓練)と,動作の表現と絵さがしと配列記憶能力のすぐれた領域の利用を進めていく べきであると思う。聴覚受容では,聞く態度が形成されていないことと連続した会話が理解できないと考え られるので,聞くことの動機づけや聞きたくなるような場面の用意,成功感を与えるためのより簡単な課題 の提示を試みたり,子どもと話すときに,文章の長さ,話す速度,単語の強調に気をつけて取り組むことが 必要と考えられる。
連合能力の伸びた原因は推測でしかないが,本児の学習活動の中で2つ以上の概念を記憶し,お互いに関 係づけて考えることや言語化すること,概念を分類してカテゴリー化をはかることなどを自発的に行なって いたと考えられる。
事例2.聴覚音声回路が視覚運動回路より劣っているM児
本児の検:査は昭和58年3月12日(年齢6歳11か月)と昭和62年2月20日(年齢10歳・11か月)の2回実施し
た。プロフィールについては事例1.と同様に示した。
佐々木:精神薄弱児を対象としたITPAにおける個人内差の事例研究l1 171
一本児の特徴一
ダウン症候群であり,ことばがあまりはっきりしない。人なつこく,おだてやすい反面,がん固に動かな いで困らせることも多い。野菜は全く食べず,メン類が好きである。そのわりには食欲はない。やせている。
運動面では持久力がない。絵画は丸に目や耳などが描ける程度で,あまりやりたがらない。ぐるぐる描きが 多い。無器用であり,なんでも大人にやってもらおうとする。身辺処理は不十分である。
図3は!回目のプロフィーールである。総合的には全検査粗点76,全検査PLA(月令)3歳4か月(40),
PLQ48.2, SS合計点183, SS平均値18.3である。図4は2回目のプロフィーノレである。総合的には全検 査粗点112,全検査PLA(月令)4歳1か月(49),PLQ 37.4である。
全体的に見てどちらも各下位検査に極端な変化は見られないと思われる。連合能力のことばの類推と構成 能力の文の構成に,他の下位検査より落ち込みが見られる程度である。配列記憶能力の数の記憶も落ち込み はあるが,PLAの比較では!回目2歳7か月,2回目2歳8か月である。受容能力のPLAを見ると1回 目3歳3か,月,2回目5歳4か月と年令に合わせて変化していると思われる。他の各下位検査のPLAの比 較では,そのような変化もあまり見られず同年齢の数値を示している。このことは,歴年齢に関係なく各能 力の伸びは止まっていると見られる。どちらかといえば落ち込みぎみであると推測もできる。
図3 プロフィール 図4 プmフィール
一一…
lT PA 得 点
ノく 象 承 嘩 自 動 水 準
受容続力 座合能力 ぬ現能力 構「氏聴ノノ 配列詑鰯i旨力
幽一…「
アとはの理開炉 絵の理1解 ことはの訂韮捌 絵の頬捌 ことはの表現 動︷︑.の義爽 文の構成 ㌶さかし 数の記t意 形の記難 評緬点SS
64
@60
@56
@52
@48
@44
@40
@36
@32
@28
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@ 4 一一一■曹 曽撒鰹門一一 一一冒騰滞糊 門¶P一一一 曽嘗艀貯㎜一 一__一 朧齢冊脚P 一幽営 需一一一一一 一■曽曽揃酬 肺2ギ辱一
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曹 騨 一 一 幽一一隔㎜鼻 一一一一一鼎門智一一一 一一一一 一曽一曽齢 }一一一 髄一騨 殉r−P一 一一_曹 一曹一}
+6
SS平均魑
一s
正T , A 探}点
表 象 水 嘩 窪 動 承 準
受容龍力 趣合艇力 表現能力 構成能力 配列紀憶能力
ことはの理解 絵の理解 ことばの頬推 絵の頽推 ζとばの表現 動作の表境 文の構成 絵さがし 数の言己億 形の記甑 言諮学習年餐PLA
6−2 T−1正 T−8 T−5 T−2 S−ll S−8 S−5 S−2 R−11 R−8 R−5 R−2 Q一口 Q−8 Q−5
表1は1回目の聴覚一音声回路と視覚一運動回路の数値である。2つの回路を比較してみると,わずかで はあるが年齢得点,評価点とも差があると見ることができる。これは図3,4のプmフィールののこぎり状 の形からも読みとることができる。
これらの結果の分析から,聴覚一一音声回路の能力を伸ばす方法として,はじめに少しずつ伸びが見られて
いる受容能力のことばの理解の学習を用意し,伸びの止まっていると思われる各能力に刺激を与えていくよ
うにすることを考えていくべきである。それには絵の理解を利用し比較提示しながら,聴覚刺激の意味を把
握していくとよいと思う。2回目の検査でことばの理解のPLAが5歳5か月に変化していることから,次
第に聴覚刺激だけを提示する学習にしたり,逆に視覚刺激だけを提示したりする学習が効果的であることを
@聴覚一音声回路
表1
@視覚一運動回路
年齢織点 評価点 年齢得点 評価点 聴覚受容
ョ覚連合 セ語表現 カ法構成 ョ覚討憶
2−11
Q−6
Q−11
Q−7 Q−7
14 視覚受容 T 視覚連合 Q2 動作表現 P2 視覚構成 Q0 視覚記憶
3−6 S−4 S−1 T−4 R−5
19 P7 Q6 Q8 Q0 平均値
2−815 平均値 4−2 22
事例3.受容能力が他の能力に比べて優位であるA児
意味づけていると思う。また受容能力と同じように,
表現能力のことばの表現が2回目は4歳5か月に変 化していることは,互いに両方で関連しながら能力 が伸びてきたと考えられる。ことばの理解やことば の表現の学習が軌道にのってきた段階で,連合能力 のことばの類推と構成能力の文の構成,配列記憶能 力の数の記憶を,視覚的な補助によって学習を成立 させていき,少しでも本児の能力変化を期待すべき であると思う。しかしこの2回の検査の比較で,あ まり変化のない下位検査の能力を伸ばすことは,と ても難しいと思われる。
本児の検査は昭和62年4月14日(年齢ユ0歳5か月)に実施した。プロフィ 一一ルはPLAで表した。
一本児の特徴一
友だちをいつも必要として,常に友だちに声をかける。問いや話しかけに積極的に応えるが,内容までは 把握していないことが多い。自分の感情をコントロールすることが難しく,ちょっとしたことで怒ったり騒
いだりするなどあまり加減ができない。運動面は柔軟性はなくぎごちない。言語面では長い話をしょうとす るが理解できない。発音はとても不明瞭である。絵画は課題は持つがいつも同じようなぬりつぶしの長方形 状の絵になることが多い。身辺処理はぎごちないが一人でできることが多い。
図5は本児のプロフィールである。総合的には全 図5 プロフィール 検査減点57,全検査PLA(月令)3歳0か月(36),
PLQ28.2である。
PLAでのプvフィー2レだが受容能力以外は3歳 以下が多く,表象水準はのこぎり状を示している。
しかし能力間の視覚一運動,聴覚一音声回路の差は 大きいとはいえない。各下位検査の疑点を見ると,
ことばの類推と文の構成は0点,絵の類推と絵さが しは2点,ことばの表現と形の記憶は3点,動作の 表現は6点,数の記憶は8点 受容能力のことばの 理解は16点である。この結果でわかるように,連合 能力と構成能力はほとんどできなかった。また表現 能力と配列記憶能力は得点はしたが,極めて少なか つた。これは見たり,聞いたりしたものの関係づけ やことばや身振り,動作で考えを表現するために必 要な技能が,ほとんどないということを示している。
受容能力は他の能力に比べると高得点である。見た り,聞いたりしたものの認知や理解は少しはできるということを示している。
表2は心理言語過程であるが,受容に比べて連合,表現能力が劣っていることがわかる。
lTPA 得 点
表 象 水 準 自 動 水 準
受響能力 連合能力 表現能力 構成能力 配列記1窟能力
ことばの理解・ 絵の理解 ことばの類推 絵の類准 ことばの表現 勤作の表現 文の構成 絵さがし 数の記憶 形の言己憶 西語学習鐸令PLA
6−2 T一玉1 T 8 T−5 T−2 S−11
│一8
S−5
S−2
R−11
R−8
R−5
R−2
Q−11
Q−8
Q−5
佐々木:精神薄弱児を対象としたITPAにおける個人内差の事例研究l1 173
PLA PLQ
一連表 日日現
4−9 Q−9 Q−7
45.6 Q6.4 Q4.8
表2 また遠城寺式乳幼児分析的発達検査の結果は,移動運動4歳2か月,手の 運動3歳6か月,基本的習慣は4歳2か月,対人関係は3歳2か月,発語は
@心理言語過程
1歳3か月,言語理解は2歳4,5か月であった。検査は昭和62年5月1日 (年齢10歳6か月)に実施した。
これらの結果の分析から,この児童の能力の中で高い受容能力をもっと高 めることが必要ではあるが,それと並行してわずかな得点しかなかったが,
能力が高められそうな表現能力を指導していけると思う。例えば,聞くこと をさせて言わせてみたり,見させて言わせたり,聞かせてやらせてみたりなどが可能になるのではないかと 思う。しかし配列記憶能力が劣っている点で難しいかもしれない。この能力開発も受容能力を使って試みる 必要があると思う。乳幼児発達検査での移動運動と基本的生活習慣が4歳2か月レベルであることから,H 常的な生活の中で少しずつ身につけさせていくことも考えられる。また対人関係が3歳2か月レベルである
ことから,ままごとやごっこ遊び,簡単な手伝いができるので,この方法がこの児童にとってよりよい試みか もしれない。
事例4.自動水準に少ない得点ではあるがPLAが示されたT児
本児の検査は昭和62年4月16日(年齢11歳0か月)に実施した。プwフィールはPLAで表した。図示が ない下位検査は2歳5か月未満であり,換算するPLAがないことを示す。
一本児の特徴一
ダウン症候群の児童である。大人に対しては人見知りのような様子が多く,ほとんどうなずくか返事程度 である。顔を合わせることもあまり好きでなく,別の方を向いてしまうこともある。しかし友だちに対して はその友だちに対して大人が働きかけているような関わりの模倣をする。自分の表情をあまり外に出すこと なく,表情は変わらない。指示に対しても無視のような態度が見られるが,理解もしないことが多い。文字 は少し読める。発音が不明瞭なので,相手に伝わらず聞き取りも難しい。絵画は人まねが多く,自分から描
くことはしない。勝手な絵を描くこともあるが,同じ絵で散文的である。
図6は本門のITPAプロフィールである。全検査 図6 プロフィール 粗点24,全検査PLA(月令)2歳6か月以下(30 玖下),PLQ22.7以下である。検査で得点できた のは,粗野で,ことばの理解5,ことばの表現ユ,
動作の表現4,絵さがし4,絵の記憶4,形の記憶 6である。PLAは図6のようであるが,自動水準 に得点が多く表われたことになる。
遠城寺式乳幼児分析的発達検査は,昭和62年5月 1Elに実施し(本児は11歳),移動運動,手の運動 は3歳6か月,基本的習慣は3歳IOか月,対人関係 言語理解は2歳7,8か月,発語は10,11か月であ つた。
この児童のITPAの検査結果だけでは,今後の方 針を導き出すことは難しいが,遠城寺式の結果を見 ると本児には言語の理解がもう少しあるように思わ れるので,もっと本児にわかりやすいような簡単な
IT P A 得 点
表 象 水 準 自 動 水 禅
受容能力 趣合能力 衣現能力 構成蒔ヒカ 配タ廓己悔能力
ことはの理解 絵の浬解 こ 絵
ニば の
フ 類類推
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