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(1)

幼稚園の文字指導における理論と背景

―小学校への接続を踏まえて―

齋木 久美・市原 陽子**

(2006 年 11 月 30 日受理)

A View about Instruction of Penmanship in Preschool Education

―On the basis of Connection from Preschool to an Elementary School―

Kumi SAIKI* and Yoko ICHIHARA**

(Received November 30, 2006)

はじめに

昭和 47 年(1972)に国立国語教育研究所がまとめた『幼児の読み書き能力』1)の中には,「現代の 幼児のように,文字を習得する時期が早まってくると,就学前の指導と小学校に入ってからの指導 の関連性が重要視されてくるだろう。特に文字指導に一定の系統性を持たせようとする場合,なお さら,この時期の関連はたいせつなものとなる。」という指摘があり,問題は「幼少の文字指導の結 びつきをどう考えるのか,就学前に何を教えるのかという点に集約される。」とされている。同報告 では,この時期にすでに,「将来,この問題についても多くの実験・調査によって検討が加えられな ければならない。」との指摘がなされている。

現行の小学校学習指導要領国語編2)の〔第 1 学年及び第 2 学年〕の〔イ 文字に関する事項〕に は「基礎的な平仮名・片仮名の読み書きが確実にできるようにする」といったねらいが示されてい る。その解説に「平仮名の読み書きについては,各教科の学習の基礎となるものであるので,第 1 学年でその全部の読み書きができるよう配慮する必要がある。」とあるように,小学校 1 年生でひら がなの読み書きを学習する。

しかし実際には,多くの幼児が小学校入学前に読んだり書いたりできるという報告1)3)4)などが なされていることから,多くの幼児が就学前に平仮名の読み書きの教育を受けていることが推定さ れる。

*茨城大学教育学部国語教育書写書道教育学研究室(〒310-8512 水戸市文京 2-1-1;Laboratory of Teachhing Methodology for “Shosya-Shodo”,College of Education, Ibaraki University , Mito 310-8512 Japan)

**茨 城 大 学 教育 学 部 教 育 学研 究 科 (〒 310-8512 水 戸 市 文京 2-1-1;Graduate School of Education,Ibaraki University,Mito 310-8512 Japan

(2)

こうした現状をふまえて,就学前の文字教育についてはこれまでに多くの研究がなされ,その効 果や意義などが報告されている5)6)7)8)などが,つぎのような問題点も指摘されている9)10)11)

幼児期に早くから文字に興味を示し,書字活動を始めた幼児は,姿勢・執筆・筆順など自 己流に覚えてしまうことが多く,その結果小学校で矯正されるか,または矯正されずその ままの場合がある。

幼児期に文字に関心を示さなかった幼児は,小学校で個別学習や家庭での指導がある程度 必要となる。

文字指導に関する幼児の身体的発達をふまえた配慮が十分でない。

こういった問題点を改善するためには,子どもが文字を習得し始める幼児期から「系統的な文字 指導」の視点をふまえた配慮のもとに何らかの手立てが必要である。そのことが小学校での文字指 導を円滑に進めるためにも有効である。

そこで本稿ではこの 3 点をふまえ,小学校への円滑な接続に機能するような幼児期の文字指導の あり方について先行研究をもとに考察する。

1 「平成 10 年度版幼稚園教育要領」における文字の取り扱い

現行の平成 10 年度版幼稚園教育要領10)は 5 つの領域に分けて示されており,そのうち「言葉」

と「環境」の領域に「文字」に関する記述がある。その部分を引用し,幼稚園教育要領が求める「文 字」について考察する。

(1) 「言葉の獲得に関する領域『言葉』

「言葉の獲得に関する領域『言葉』」の(3)には次の「ねらい」12)が示されている。

(3)日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに,絵本や物語などに親しみ,先生や友達 と心を通わせる。

ここには音声言語である言葉の理解と,さらに「絵本や物語などに親し」むことを求めている。

この結果,絵本や物語にある文字に触れ,親しむことになってくる。

さらに「言葉」の領域の〔内容〕および〔内容の取り扱い〕には次のようにある。

〔内容〕

(10)日常生活の中で,文字などで伝える楽しさを味わう

〔内容の取り扱い〕

(3)幼児が日常生活の中で,文字などを使いながら思ったことや考えたことを伝える喜びや楽し さを味わい,文字に対する興味や関心をもつようにすること。

ここでは,「文字」という言葉が使われ,その取り扱い方が明示されている。幼稚園教育では文 字に関して,書かせるのではなく,まず「興味を持つこと」「伝える楽しさを味わうこと」を求めて いる。

「幼稚園教育要領解説」を参照し,〔内容〕(10)に関する解説には,「幼児は 5 歳頃になると普段 の生活の中で自然と文字に興味を持ち,自分でも文字を使ってみたいと思うようになる」ことや「自 分なりの書き方であることが多い」という実情を指摘しているが,直接的に文字の書き方の指導を

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するのではなく,文字を使うことの喜びを味わうことができる場を整えることが目指されている。

しかし幼児の「自分なりの書き方」を認めたまま修正しないということから生ずる問題点について は何らかの配慮が必要である。

同じく〔内容の取り扱い〕(3)の解説でも,文字については直接指導しないという幼稚園の文字 指導に対する姿勢が明確に示されている。さらに,「小学校以降において文字に関する系統的な指導 が適切に行われることを保護者や小学校関係者にも理解されるように更に働き掛けていくことが大 切である。」という記述があることから,保護者や小学校関係者から幼稚園での文字指導について何 らかの要求等があっても直接は指導しないという立場が示されている。

以上のことから,幼児の文字に対する関心を高め,幼児が文字を使用することによる伝える楽し さを味わうといったところまで関わっていこうとするのが,幼稚園教育要領での文字指導に対する 考え方であることがわかる。小学校学習指導要領に示されているように,具体的に文字の指導は小 学校からという内容をふまえたものになっている。

しかし,文字を「伝える楽しさを味わう」ためには,文字が読めること,書けることの両方の能 力が必要である。文字で伝えるためには,自己流であっても文字を書く活動が伴う。その際,何ら かの配慮が欠かせないと考えられるが,その点に関しては特に触れられていない。

1-2「身近な環境とのかかわりに関する領域『環境』」における「文字」

次に「環境」領域における「文字」に関する記述ついて考察していく。その「ねらい」と〔内容〕

〔内容の取り扱い〕を示す。

ねらい

(3)身近な事象を見たり,考えたり,扱ったりする中で,物の性質や数量,文字などに対する感 覚を豊かにする。

〔内容〕

(9)日常生活の中で簡単な標識や文字などに関心をもつ。

〔内容の取り扱い〕

(4)数量や文字などに関しては,日常生活の中で幼児自身の必要感に基づく体験を大切にし,数 量や文字などに関する興味や関心,感覚が養われるようにすること。

「文字」の扱いは「言葉」の領域と同様に,文字に興味・関心を持つことが大きなねらいとなっ ている。「幼稚園教育要領解説」では〔内容の取り扱い〕(4)について,幼児は習熟の用意が十分 に整っていないため,文字に関する直接的な指導は避けるよう示唆されている。「言葉」の領域同様 に興味や関心を十分に広げることを目指し,数量や文字にかかわる感覚を豊かにすることが小学校 での学習の基盤形成になるというものである。

したがってここの「感覚を豊かにする。「関心をもつ。「体験を大切にし,興味や関心,感覚が 養われるようにすること。」といった働きかけは,小学校での学習の基盤形成に関与しているという 意識や視点が含まれていることになる。

幼児の自発的な取り組みを促し,幼児の自己流を認めつつ,教え込むといった形態をとらず,小

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学校での学習の基盤形成に機能するよう,「数量や文字などに関する興味や関心,感覚が養われるよ うにする」には,日々幼児と接する中で保育者の意図的な取り組みが求められているといえるので はないだろうか。

幼児期の文字指導は,文字環境を整えることから始まる。「環境」の領域の〔内容〕について引 用する。

「環境」の領域〔内容〕

(9)日常生活の中で簡単な標識や文字などに関心をもつ。

絵本や手紙ごっこを楽しむ中で自然に文字に触れられるような環境を構成することを通して,

文字が様々なことを豊かに表現するためのコミュニケーションの道具であることに次第に気 付いていくことができるよう,幼児の発達に沿って援助していく必要がある。

幼児期の文字指導は「自然に文字に触れられるような環境」の構成が大切であるということである。

つまり幼児が身近に接する,幼稚園内の掲示物や絵本の文字,また幼児の名前の表示といったもの に触れ,コミュニケーションの道具であることに気づくような環境である。

無藤13)は,そのきっかけは幼児自身の名前であるとして,「環境における文字の学習は,単にい ろいろなところに文字があれば,それに接して覚えるということなのではなく,もう少し立ち入っ て,その子どもたちにとって文字が重要・必要である,あるいは親しみが持てるといった要素が必 要」であると述べている。さらに「そういう要素が,強く押し出されているのが,幼稚園の保育室 における自分たちの名前である。実際に,それが読めるようになれば,先生も,親もほめてあげる し,喜ぶことだろう。」と述べている。

また,村田14)は,「ほとんどの幼稚園や保育所では,名札や表や玩具などによって文字環境を整 備することに努めているが,問題はこれらを日々の生活の中でどのように利用し,子どもの行動や 関心とどのように結びつけるかという方法にある。方法が適切ならば,子どもの文字への関心は高 まり,文字の自然学習が促されるのである。」と述べている。

幼児が身のまわりの文字に接し,そこに重要性や必要感を見出したとき,すでに文字への興味・

関心が生まれていることになる。

1-3「文字」の扱いに関する現行「幼稚園教育要領」の特徴

水野15)は,現行の平成 10 年度版の幼稚園教育要領とそれまでのものを比較研究し,現行の幼稚 園教育要領の「言葉」の領域では「言葉で表現する力を養うことが強調されている。」と指摘してい る。特に本稿の前章1-1でも引用した「〔内容〕(10)日常生活の中で,文字などで伝える楽しさを 味わう」については,「前回のは『文字などに関心をもつ』であったのに,今回は『文字などで伝え る楽しさを味わう』となった点が大きな違いといえるだろう。」と述べている。

また,〔内容の取り扱い〕は,平成 10 年度版で新しく付け加えられた項目であり,これについて 水野は次のように述べている。

「前回まであった『文字に関する系統的な指導は小学校から行われるものであるので,幼稚園に おいては直接取り上げて指導するのではなく・・・・』の文言は消えてしまっている。今まで幼稚 園はたんに『文字などに関心をもつ』といった指導でよかったが,これからは『文字などを使いな がら思ったことや考えたことを伝える』ことができるような指導をすることが要求されている。

(5)

確かに文字を直接指導するといった言葉は現行の教育要領にもみられないが,「文字に関する系 統的な指導は小学校から行われるものであるので,幼稚園においては直接取り上げて指導するので はなく」というような体勢ではないものの,現行の教育要領では,文字指導に関して幼稚園も一端 を担う必要があるという柔軟な考えに移行してきていることがわかる。

なお,保育所でも幼稚園該当年齢児への保育は幼稚園教育要領に準ずることとされている16)こと から,幼稚園児のみを対象とするものではなく,保育所の幼児をも対象としていることになる。

2 幼児期の書字活動の実情

2-1 幼児が文字に関心を持つ時期

昭和 47 年にまとめられた国立国語研究所の『幼児の読み書き能力』1)では,全国的な規模で「就 学前児童の文字力調査」を実施し,「少数だが,この期に文字を覚えない幼児もいることが示された。 ものの,「現在の幼児の多くは就学するだいぶ以前から,かな文字の習得を始め,就学するまでにか なり高い水準に達している」という報告をしている。特に「幼稚園児の多くは 4 歳代より,なんら かのかたちで,ひらがなを習得しはじめている。」こと,「幼児のひらがなのかきの習得状況は,読 む能力ほどではないが,就学までに,一般に予想されている以上の高い水準に達していると判断す ることができる。,また「幼児は,文字を読みはじめると,比較的早くから,それに伴って書くこ とに関心を持ち,行動を始めている。」といった調査結果をまとめている。

そして,同報告は「幼児期の教育と文字-問題点の整理-」の項でも,「文字を読むことだけでな く,文字をかくことにも十分配慮する必要がある」として,「幼児は文字をいくつか読み始めると,

すぐ書く活動を始めることが示されたこと。また日々の生活や活動の中で,知っている文字を書き 写すという行為を通じて,文字の習得の定着が行われることも指摘された。」とまとめている。

現行の幼稚園教育要領12)「幼児は 5 歳ごろになると普段の生活の中で自然と文字に興味を持ち,

自分でも文字を使ってみたいと思うようになる」といった実情を指摘し,また天野3)や一色4)など 多くの研究が報告するように,一般に幼児は 4~5 歳頃になると文字に興味を持ち始め,また書くこ ともできるようになる。

2-2 幼児期の文字指導に対する考え方

1 章でも触れたように小学校から系統的に文字指導が行われるものとの考えを受け,幼稚園での 対応はさまざまである。

小野瀬は17)幼児期の文字指導に対する立場は「(ア)慎重論(イ)肯定論(ウ)必要論(エ)積 極論(オ)否定論」の5つに分類できると述べている。それを引用する。

(ア)慎重論 幼児期においては,園の生活や家庭生活の中で,文字への関心を持たせ,親し ませることを目的とし,そのための環境を重視するが,読み方や書き方の直接 指導はしない。

(イ)肯定論 就学前の幼児のほとんどが,ある程度の読み書きの能力を備えている時代だか ら,もしも文字の読み書きを学習を全くしていないと,入学後に子どもが苦労

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することが予想される。就学前には,ある程度の文字学習はさせておきたい。

(ウ)必要論 幼児の学習意欲と知的水準に合致する限り,彼らの言語能力を高めるための文 字学習は,むしろ必要である。

(エ)積極論 幼児の豊かな才能を開花するための手段として,できるだけ早期に文字指導を 推進させることこそ重要である。

(オ)否定論 文字の学習は小学校からでよい。この時期に文字を指導することは知的偏重に なるばかりか,他の活動や学習を阻害し,ひいては幼児の人格の全面的発達を 阻害する。

小野瀬が指摘する5つの立場は,どれも幼児のためにどうあるべきかを考えたことによる立場で あるが,多様な現状は,それだけ幼児の姿も多様であることを示している。しかし,多様であるか らこそ,個別の求めに応じた対応が求められることになるといえそうである。

3 幼児期の書字活動における問題点

ここまで見てきたように,幼児は小学校入学前から,文字に興味を示し実際に書字活動を行う場 合もある。周囲の保育者や保護者が指導しなくても,幼児は興味に応じて自己流で文字を書く。こ ういった実情について様々な問題点が指摘されている。

3-1 筆記具の持ち方や姿勢に関すること

塩出 9)は,「大部分の子どもたちは,五歳前後から文字を積極的に書き始めます。早い子は三歳 から書きます。ドリルやおけいこ帳なども大好きです。けれども,その書き方にはずいぶんと無理 があります。姿勢は悪く,鉛筆の持ち方もよくありません。筆順もまちがいだらけです。子どもた ちの使っている教材(絵本の付録,市販のワークブック,塾などのテキスト)といえば,小学校で の入門期と同じ程度のものか,どうかすると,もっと難しいものすらあります。これらを使うのは,

幼児にとって,身体に大きな負担をかけることになります。」と,幼児が文字を書くときの姿勢や執 筆方法に無理があると指摘している。

3-2 筆順に関すること

先に引用した『幼児の読み書き能力』では,筆順について「幼児は規準的な筆順を習得するまで に至っていない。筆順にはルールがある。このルールを線の交差という抽象化した水準で理解し,

そのルールを具体的な行為の中でしようさせることは幼児にとってたいへんむずかしい。と述べて いる。

波多野10)は,「子どもは自分流に字をおぼえていく。その結果でたらめをおぼえる。ことに,書 き順など,まったく自分かってにおぼえていく。さてそうなると,小学校へあがったら,もういっ ぺん,こんどは正しくおぼえなおさなければならない。私たちの経験でもわかるように,いちどお ぼえたものをおぼえなおすには,二つのことをおぼえるよりもほねがおれる。」と,大人の指導がな

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いままでいると幼児は自己流で文字を覚えてしまい,修正を求められる小学校での指導は子どもに とって負担となることを危惧している。

3-3 文字に興味を示さなかった場合

しおみ11)は,「幼稚園や保育所でぜんぜん文字に興味を示さなかった子どもは,現在の小学校の カリキュラムのもとでは,入学早々から,あるていどハンディキャップをせおうことも事実です。

おそらく一年間ぐらいは親がかなり真剣に子どもの文字学習につき合わなければならなくなると思 います。」と,指摘している。

また,岡崎18)は,「まったく,文字にふれたことのないこどもたちは,現状ではそうとう『きび しい』ものがあります。しかし,学校としては,『まだ文字を覚えていない』ことを前提としてカリ キュラムをくみますから,文字の修得が遅れたとしても,なんとかしてほしいという要求を学校に してもかまわないでしょう。ただし,実際には,個別指導になることが多く,家庭の協力も,多少 は要求されます。学校ですべてができるようになるというのは,現実的ではありません。」と小学校 現場からの現状を述べている。

3-4 幼児期の文字指導の問題点について

幼児の書字活動に関しては,幼児の身体的発達にも留意しなくてはならない。塩出 19)や小野瀬

20)は,鉛筆の持ち方は手指の巧緻性と関係していることを指摘している。また,須田 21)は文字を 書くためには字形を分析するための目の発達が必要だと述べている。ななめの線や曲線は目の機能 がある程度まで発達しないと書くことができない。単に興味を持ったから,もしくは 5 歳になった からといって幼児に文字を指導するのは危険である。こういった幼児の身体的発達を見極めていく 必要がある。一方で既にこういった用意が整っている幼児は小学校入学前でも,文字を学習できる 可能性があるということである。

以上をまとめると,幼児期の書字活動における問題点は次のようになる。

① 幼児期に早くから文字に興味を示し,書字活動を始めた幼児は,姿勢・執筆・筆順など 自己流に覚えていき,結果小学校での系統的な文字指導で矯正することになる。

② 幼児期に文字に興味を示さなかった幼児は,小学校での系統的な文字指導において,個 別学習や家庭での指導がある程度必要となる。

③ 幼児の身体的発達を見極めた,大人の配慮が必要である。

この三点を踏まえ,小学校への円滑な接続に役立つ幼児期の文字指導を考察していく。

4 幼児期の文字指導のために配慮したいこと

前章で幼児期の書字活動に認められる問題点を 3 点示したが,その改善のために,小学校のよう に一斉指導で行うといった方法を用いることは難しい。幼児が日中過ごす幼稚園の環境に対する配 慮や保育者が文字指導のための意識を持つといった点から考えていきたい。

(8)

4-1 保育室に示される文字は教科書体活字に近いものを

村田14)が,「ほとんどの幼稚園や保育所では,名札や表や玩具などによって文字環境を整備する ことに努めているが,問題はこれらを日々の生活の中でどのように利用し,子どもの行動や関心と どのように結びつけるかという方法にある。方法が適切ならば,子どもの文字への関心は高まり,

文字の自然学習が促されるのである。」と述べているように,幼児が身のまわりの文字に接し,そこ に重要性や必要感を見出したとき,それは幼児の中で文字への興味・関心となる。無藤はそのきっ かけは幼児自身の名前であるとしている。

ここで,考えておきたいのは,保育室における幼児の名前や玩具の名前などを示す際に使用する 文字の書体についてである。幼稚園では保育者の手作りの掲示物や手書きの文字で環境が整えられ ることが多い。幼児の名前や用具収納のための位置を示す名札も保育者の手書きで示されることが 多い。単にかわいらしい印象を与えるからといっていわゆる丸文字を使用したり,字形などに気を つけていないいわゆる癖時などで書かれたものは望ましいとは言いがたい。読みやすさや小学校の 学習の基盤形成に機能するといった点を考慮すれば,小学校の教科書で用いられている教科書体活 字に準じた書き方で示すことが望ましい。一色4)は,幼児に指導,もしくは提示する際には教科書 体に基づきながらも,次の二点に注意することを薦めている。

・骨組みを正しく書くようにします。これは毛筆的な曲線を誇張するような書きぶりはさけて,む しろ直線で単純な線で書くようにします。

・はね

・ ・

などは強く意識しないようにして書きます。これは鉛筆の筆勢の現われている画から画へ移 る場合(空間)のはね

・ ・

も,意識させるとそのはね

・ ・

の部分も一画と思って誇張して書くようになり ます。これは早く書けるようになると自然にはね

・ ・

ができるようになるからです。

さらに一色4)は,幼児への文字指導について親と幼稚園にアンケートを実施し,家庭でも園内で も,文字はあふれ,文字指導とは別に文字環境が思いつくまま,惰性的に行われていること指摘し ている。一色4)は,文字指導は「話しことば」の指導より難しく,子どもが自然に覚えられるほど 簡単ではないと述べている。幼児の周りにある文字は,確かに幼児の文字への興味・関心を誘発す ることに役立っている。しかし,書字活動に移行し始めた幼児には,大人からの何らかの手立てが 必要である。手立てが何もない状態では,文字の読み方は自然に身についても,正しい文字の書き 方は身につかない,と述べている。

下村22)も同様の点を指摘し,子どもが文字の機能に気づく場としての文字環境が用意されるべき であると述べている。

4-2 保育者自身が正しい筆記具の持ち方を示すことができるようにすること

保育者の書字活動の様子も,幼児にとっては大切な文字環境のひとつである。高嶋23)は,幼児期 に文字指導を行えない原因として,指導者となりうる保育者が正しく鉛筆を持てない,指導法の工 夫が足りないなど,保育者側の問題を指摘している。また,計画,目標,継続と一貫性に欠けるこ とと硬筆書写の軽視という点を指摘している。指導者が,幼児に文字を尋ねられたときに,正しい 鉛筆の持ち方で,正しい字形で文字を書き示してやることができることこそ,大切な文字環境であ る。幼児に文字を教え込むのではなく,保育者が文字を書く姿を通して,幼児に文字の書き方が伝

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わっていくのである。

文字環境で配慮したい点は次の 2 点にまとめることができる。

① 幼児の名前といった意図的に幼児の興味・関心を誘発し,幼児が重要性・必要感を持てる 文字がある。

② 保育者が正しい知識を持ち,幼児に示すことができる体勢がある。

4-3 幼児への文字の指導方法 4-3-1 筆記具の持ち方

前章では,保育者の筆記具の持ち方について触れたが,実際に幼児に示す際の鉛筆の正しい持ち 方について考察していきたい。押木22)は,「正しい持ち方」という発想は,一つの持ち方を「正」

としてしまうと,他の持ち方パターンがすべて「誤」と認識されかねないという危惧を抱き,「望ま しい持ち方」という視点を提案している。本稿もこれを参考にして考察を進める。押木は,以下 5 点を満たす持ち方を望ましい持ち方として提唱している。

・十分な角度の調整能力があること

・必要とする力が適切な範囲となること

・適切な書字運動(大きさを含む)ができること

・視線を遮ったりしないこと

・安定性があること

これらを満たすような持ち方とは,具体的にどういった持ち方を示すのか。押木は久米25)の示し た「標準的な持ち方の要点」を,有効な持ち方として挙げている。次に引用する。

硬筆の軸が,人さし指の付け根(第三関節)よりも前にくるようにすること。

人さし指の第二関節を尖らせて硬直させないようにすること。

親指の先が,人さし指の先よりも前に出ないようにすること。

硬筆の裏側を中指の第一関節付近で支え,薬指,小指は軽く包み込むようにしてそえること。

右眼の前下方に硬筆の先があるようにすること。右眼と硬筆の先端とを結ぶ線に対して,

硬筆の軸が約 30 度程度右に傾くようにとる。紙と軸との角度は 45 度~60 度程度とし,

角度が自由にとれるようにすること。

久米の示した「標準的な持ち方の要点」は,筆記具の持ち方に関する多くの研究で参考とされて いる。押木は「望ましい持ち方」で鉛筆を使ったときの効用として,他の筆記具への対応がしやす くなること,疲労の軽減,字形や姿勢を整えることができる点を挙げている。この持ち方を幼児に 示すときには,指導者が手を添え,「望ましい持ち方」を幼児自身が実感できるような手立てが必要 となるだろう。

4-3-2 使用する筆記具の配慮

「望ましい持ち方」をしやすくするための,幼児用の鉛筆も市販されている。木山 26)や一色4)

は大人が使う鉛筆は幼児には長すぎると指摘し,とりあえずの処置として半分に折った長さの鉛筆

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を使用することを薦めている。また,市販されている幼児用の鉛筆は,「望ましい持ち方」で持ちや すいように通常の六角形や丸形ではなく,三角の形状をしたものもある。小林27)は,通常の六角形 の鉛筆と三角形の鉛筆とを比較研究し,三角の形状をした鉛筆は幼児に適した長さであると共に,

手指の巧緻性が未発達で手に力の入りにくい幼児でも,他の形状の鉛筆に比べて持ちやすいという ことを明らかにしている。また,一般の鉛筆よりもやや太めに作られた幼児用の鉛筆もある。細い 鉛筆であると,幼児は軸を安定させようと握りこんでしまうが,太めに作られていると軸が安定し やすく,小さな幼児の手でも「望ましい持ち方」で鉛筆を持つことができる。さらに,筆圧の低い 幼児のために,6B等の芯を使用し,低い筆圧でも書けるよう配慮された鉛筆もある。

したがって幼児の手の大きさなどに応じた用具を選ぶことも大事な配慮である。

4-3-3 手指の発達をうながすこと

ところで,前述したように,手指の発達が十分でない幼児に鉛筆を使うことは大変困難である。

手指の発達がまだ十分ではないと見える幼児には,まず手指の発達を促すような指導が望ましい。 おみ8)は,粘土遊びや折り紙,描画活動などの普段の遊びが手指の機能の発達に役立つと述べてい る。一色4)は,「箸の持ち方と鉛筆の持ち方の要領は同じであり,しかも箸よりも鉛筆の方が簡単 なのです。」と述べている。日頃から心掛けて箸を使うことも,手指の発達につながり,正しく鉛筆 を持つためには有効だと言える。また,一色は手を使うことは脳の発達にもつながるとしている。

幼稚園や保育所での遊び,さらには家庭でも,手指を意識的に使うようにすることは,様々な面に 効果があると言える。

無理のない姿勢や持ち方で文字を書くためには,筆記具を持つ以前に手指の発達が充分にうなが されていることが必要であり,手指を使った幼稚園でのさまざまな活動は文字を書く活動の基盤を 作っているとの認識を持つことが大事である。

4-3-4 どのように書かせるか

次に,姿勢なども含めどのような状態で書かせるかについて考えていきたい。塩出19)は,幼児が 鉛筆の「望ましい持ち方」を実感するためには,固定した状態で毛筆のように腕を使って書くこと が重要であり,それができるくらいの大きさの用紙が必要だと述べている。具体的には,半紙大の 大きさで書くことを薦めている。その効用は,線の送筆部分が長いために鉛筆の持ち方を考えるゆ とりがあることだと指摘している。また,マス目のある用紙については,正しい姿勢,執筆法で書 ける文字の大きさは 3~4 センチくらいのマス目であるとし,2~3 センチのマス目だと幼児は前か がみになってしまうという実践に基づいた報告をしている。正しい書き方の訓練をしていれば,マ ス目を小さくしても,それに応じて文字も小さくなっていくため,大きい文字しか書けないのでは ないかという心配はないといった報告もしている。

小野瀬28)は,視写練習(手本を見ながら文字を書く学習方法)のサイズを大きいものから段階的 に標準のものへと変化させていくと,書字技能習得に効果的であることを示唆している。

小学校での文字学習の基盤になるからといって,小学校 1 年生と同様の形式のものを幼児で扱う には無理があり,特に望ましい姿勢や持ち方を身につけさせるためには,用紙やマスの大きさに考 慮する必要がある。

(11)

4-3-5 文字を指導する方法について

最後に,指導法について考察していく。幼児に文字指導する際,従来から用いられてきている方 法に手本となる文字をなぞる学習方法(なぞり)がある。小野瀬 29)30)は,なぞりと視写学習のそ れぞれの効果を比較研究し,書字指導の入門期である幼児期は,一般に行われているなぞり練習よ りも,視写練習の方が書字技能の習得に対しては効果があることを指摘している。さらになぞり練 習は,「点線を目で追うと同時に鉛筆を握った手も点線上を追跡する必要がある」ことから,手先の 運動機能がある程度発達していない幼児には不向きであることも明らかにしている。反対に,手先 の運動機能がある程度発達した幼児においては,なぞり練習で字形全体の特徴を捉えることができ,

字形を正しく書くことに効果があることを明らかにしている。浜崎5)は,なぞり,視写,聴写(手 本のない状態で指示通りに書く練習)の書字習得プログラムによる文字指導は,幼児が書けない文 字だけでなく,読みのできない文字の習得についても効果があることを明らかにし,適切な指導プ ログラムによる文字指導は比較的簡単に文字を習得させることができると報告している。一般には 幼児教育には向かないとされる一斉指導についても,浜崎ら6)7)8)は,指導方法の工夫によって可 能であることを述べている。

以上のように,幼児期の文字指導は用具や方法によっては可能である。詰め込み指導や,文字へ の興味・関心のない幼児への無理な指導は,避けなくてはならないが,幼児期に必要な手立てを与 えることで,文字指導は可能になり,小学校への円滑な移行も可能となる。

まとめ

多くの幼児が小学校入学以前に読んだり書いたりできるという報告がなされていることから,平 仮名の読み書きに関しても,就学前教育との接続,連携が重要になっており,これまでに多くの研 究がなされ,その効果や意義などが報告されているが,そこには次の問題点があることを本稿では 指摘した。

幼児期に早くから文字に興味を示し,書字活動を始めた幼児は,姿勢・執筆・筆順など自己 流に覚えてしまうことが多く,その結果小学校で矯正されるか,または矯正されずそのまま の場合がある。

幼児期に文字に関心を示さなかった幼児は,小学校で個別学習や家庭での指導がある程度必 要となる。

文字指導に関する幼児の身体的発達をふまえた配慮が十分でない。

こういった問題点を改善するためには,子どもが文字を習得し始める幼児期から「系統的な文字 指導」の視点をふまえた配慮が必要である。具体的には,幼児の身体にあった筆記具や筆記具の持 ち方や姿勢,筆順,文字に興味を示さなかった場合,また保育室に示される文字の字体,といった 点である。さらに幼児の文字に対する自発的な求めに,適切な対応をしていく際,小学校での学習 の基盤形成にもつながっていることを意識することも大切であるといえるだろう。

(12)

引用文献

1)国立国語研究所『幼児の読み書き能力』東京書籍 昭和 47 年

2)文部省『小学校学習指導要領国語編』東洋館出版社 平成 11 年 pp.50-51

3)天野清『子どものかな文字の習得過程』秋山書店,1986 年p.473

4)一色八郎「幼児の手の発達と文字の指導」黎明書房,1985 年

5)浜崎幸夫「幼児の書字習得過程―なぞり,試写,聴写プログラムと教示によるかな文字の習得―」『日本教育 心理学会第 21 回総会発表論文集』1979 年 pp.352-353

6)浜崎幸夫・登根健之助「園児に対するひらがな文字の一斉指導法」『日本教育心理学会第 16 回総会発表論文 集』1974 年 pp. 440-441

7)浜崎幸夫・登根健之助「園児に対するひらがな文字の一斉指導法」『日本教育心理学会第 17 回総会発表論文 集』1975 年 pp.208-209

8)浜崎幸夫・登根健之助「園児に対するひらがな文字の一斉指導法」『日本教育心理学会第 18 回総会発表論文 集』1976 年 pp.272-273

9)塩出智代美「幼児期における書字指導(上)『書道研究 53』 萱原書房 1992 年 p.96

10)波多野勤子『幼児の心理』光文社,1974 年p.226

11)しおみとしゆき『幼児の文字指導』 国民文庫 1986 年 p.210,p.194

12)文部省『幼稚園教育要領』フレーベル館 1999 年 p.101,p.107,p.118,p.121

13)無藤隆『子どもの生活における発達と学習』 ミネルヴァ書房 1992 年 p.89

14) 村田孝次『幼児の言語教育』朝倉書店 1973 年 p.51

15)水野浩志『改訂新版 新幼児教育概論』 ブレーン出版 2000 年 p.91

16)昭和 38 年 10 月 28 日文部省初等中等教育局長と厚生省児童局長とが連名で発表した通知「幼稚園と保育所の 関係について」で述べられている。

17)小野瀬雅人『入門期の書字学習に関する教育心理学的研究』 風間書房 1995 年 p.8

18)岡崎和惠(名古屋市小学校教員)「先生がホンネで答える小学校の生活」『ちいさい・おおきい・よわい・つ よい 41』 ジャパンマシニスト 2003 年 p.27

19)塩出智代美「幼児期における書写指導6 鉛筆の持ち方について(その2)『木精 第 3 巻第 3 号』兵庫教 育大学教育学部書写・書道研究室研究紀要 1994 年 pp.50-51

20)小野瀬雅人「幼児・児童における筆記具の持ち方と手先の巧緻性の関係」『鳴門教育大学研究紀要』1996 年 p.153

21)須田清『かな文字の教え方』 むぎ書房刊 1967 年 p.107

22)下村昇『幼児に文字を教えてはいけないか?』 偕成社 1991 年 第 7 章

23)高嶋喩「指導なき書写教育」『鍛える国語教室第 11 号』 明治図書 1997 年 p.17

24)押木秀樹他「望ましい筆記具の持ち方とその合理性および検証方法について」『書写書道教育研究 17 号』 萱 原書房 2003 年 pp.11-20

25)久米公『書写書道教育要説』 萱原書房 1989 年 p.64

26)木山稔『ひらがなの教え方』 文園社 1998 年 p.144

27)小林比出代「新しい筆記具が指向する方向性の分析」『書写書道教育研究 18 号』 萱原書房 2004 年 pp.21-30

28)小野瀬雅人「視写練習サイズ要因が書字技能の習得に及ぼす効果」『教育心理学研究第 37巻第 2 号』 1989 年 pp.87-91

29)小野瀬雅人「幼児・児童におけるなぞり及び視写の練習が書字技能の習得に及ぼす効果」『教育心理学研究第 35 巻』 1987 年 pp.9-16

30)小野瀬雅人「なぞり及び視写練習の組合わせが幼児・児童の書字技能に及ぼす効果」『教育心理学研究第 36 巻』

1988 年 pp.34-39

参照

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