野外調査報告
和歌山県東牟婁地域 における生活生態の地誌学的一考察
秋 田大学地理学研究室学生 ・篠 原 秀 * キーワー ド:和歌山県東牟婁地域 商業 観光 生活 正月雑煮 景観
Ⅰ は じめに
本稿1)は2004(平成16)年度の秋田大学教育文化 学部授業科 目 「地理学実験Ⅳ」 における野外調査実 習 (9月25‑30日)報告 の簡約版である。対象地域
は 6年前 と同 じ和歌山県東牟婁地域である2)。
Ⅱ 新宮市 における中心商店街の現状 と課題
1. 仲之町商店街の現状
前回より6年の うちに新宮市内に郊外型大規模小 売店が市街地南端 に開業 し、地元商業 に大 きく影響
した。今回は対象を仲之町商店街 に限定 した。
仲之町商店街 は、幅員約6m、東西約370mの街 路 に店舗 が集積す る市 内最大 の中心商店街 である (写真 1)。市内唯一 の全蓋式 アーケー ドと同 じ高 さ の2階建商店が多 く、区画は間口の狭 い短冊状地割
が多い (第1図)。最 も多 い業種 は衣料品店で、呉 服を含めて24店舗を数え、婦人服が13店舗を占める。
多岐にわたる日用品が販売 され、ペ ッ ト用品、寝具、
傘、帽子など専門店舗 も数多 く、 ここではぼ全ての
写真1新宮市仲之町商店街
(2004年9月28日,辻井宏仁撮影)
享 ≒ 毒 華⊥ 」
囲 生鮮食品 ・食料品 ∈∃ 托 ・かばん Eヨ 家電 [亘]飲食店 皿 Ⅲ 衣料品 (呉服を除く) Eコ 日用品 ・雄弁 [宣]その他物品 ⊂三コサービス
四弧 呉服 固 文具 □ 空き店舗
第1図 新宮市仲之町商店街の区画別業種別店舗分布 (2004年9月25‑28日)
(新宮市1/2500地図と野外観察により作成)
*秋 田大学教育文化学部地理学研究室教員
生活用品が揃 う。ただ し、生鮮食料品店舗 は少ない。
商店街を散策 しなが ら各店舗で必要 なものを揃える 旧来の購買形態が この業種多様化を促 したと推測で きる。空店舗区画 は西側の1丁 目に多 く、空店舗 ・ 空地のはか倉庫 ・駐車場 ・住居 としての利用 も含め
ると、調査時点で88のうち32を数えた。
隣接す るペアシティオークワは、現在地で第一種 大型小売店 として新築 された1977年当時、商店街の 脅威 として不買運動 もあったが、年月を経て両者 は 機能分担 して共存す る。その要因の第1は集客力で ある。ペアシティは生鮮食料品を豊富に取 り揃え、
多様 な娯楽機能を集積 させた市内で最 も主要 な集客 施設 の1つである。第2に立体無料駐車場 (800台 収容)である。仲之町商店街 は駐車場のない店舗が 多 く、 この立体駐車場を利用す る買物客 も多い。ペ
アシティはこの2点で仲之町商店街 に貢献す る。
聞 き取 り対象20店舗のほとん どは個人単独経営で あった。営業時間が夜8時以降までの店舗 も数軒 あ り、ペアシティの営業時間 と通勤帰宅者の購買時間 を配慮 したという。定休 日は、以前 はペアシティと 同 じ水曜 日が多か ったが、ペアシティが無休 となっ てか らは、近接の3丁 目で無休店舗が増加 した。従 業員数 は一部を除 き5人以下で、そのほとんどが家 庭内労働力である。卸売店舗 は3つあり、 ある靴店 は市内南部の三輪崎 と国道42号線沿いにも支店を有
し、その卸売範囲は東牟婁郡全域 に及ぶ。
ペアシティ西側の谷王子町には、新宮市立市民病 院が2001年まで立地 していた。年間10万以上の入院 ・ 外来者 に見舞客を加えた病院利用者 は、仲之町商店 街の重要な顧客であった。 この市民病院の移転 によ る顧客喪失 に加え、顧客流出に影響 したのが1999年 におけるジャスコ新宮店の進出であった。 また、若 年層には主要な買物場所 と意識 されていない。
2.仲之町商店街の課題 と再興策
仲之町商店街 には施設老朽化,後継者不足,駐車 場不足,新規大規模店 との競合,顧客層拡大の 6課 題がある。 いずれ も難題だが、現状の中に示唆 もあ
り、再興策 もある。
仲之町商店街で も大規模店の影響 はあまりないと 回答す る店舗 はあった。仏壇店、帽子店、和菓子店 などの専門店である。地元や消費者に根付いた商品 ・ サービス店舗 は強い。市内商店街共同の 「一店逸品 運動」や 「逸品スタンプラリー」 は商店街を歩 き回 る顧客を期待 し、仲之町商店街内の 「いきいきハ ウ
写真2 「いきいき‑ ウスやすんでいこら」
(2004年9月28日,辻井宏仁撮影)
スやすんでい こら」 (写真2)は空店舗 を活用 した 休憩交流施設である。先述の市民病院跡地 は、市の 主導で 「街の駅」 として再開発す る構想があり、老 若男女問わず多 くの人たちが往来する時空間の実現 が探 られる。 これが具体化すれば、旧来か らの商店 街 も 「懐か しくて新 しい」「個性的な買物注文 に も 応 じられる」場所 として復活す る可能性がある。
一方で、新宮市南部の佐野地区に新たな大規模 ショッ ピングセンターが2005年4月に完成予定である。駐 車場台数,売場面積 ともに、既存のペアシティとジャ
スコを大幅に上回 るようで、既存商店街が旧来のま まであれば影響が心配 される。
Ⅲ 那智勝浦町における観光 と商工会活動
1. 那智勝浦町の観光 と駅前商業
那智勝浦町の年間観光客数 は1970年代後半 に減少 し、1982年を底 に徐々に増加 して近年 は再び減少 し た3)。那智勝浦町で は、1967(昭和42)年 には1列 車80組の新婚旅行客が ブームで来町す るほど観光客 が多か った4)。1968年 には白浜空港が完成、1971年 には黒潮国体が開催 され、 この時期の観光業 は好調 であった。高度経済成長後 に観光業 は停滞 し、様々 な観光広告 ・行事開催の成果 もあったが、1990年代 半ば以降は景気低迷 と海外旅行 ブームの影響で観光 客数 は再び減少 した。 しか し、紀伊半島南部 はぼ全 域を含む世界遺産登録が2004年7月に実現 し、那智 勝浦町で も観光客増加が期待 される。
那智勝浦町の定期的観光行事 としては、 日本三大
火祭 りの1つ 「那智の火祭 り」 (那智山,7月14日)、
「勝浦温泉花火大会」 (勝浦湾内,8月1日)、熊野 詣 を再現 した 「あげいん熊野詣」 (那智山,lo月募 4日曜)がまずあげ られる。勝浦漁港で水揚 げされ るマグロを使 った 「ま ぐろ祭 り」 (2月第4土曜) も漁業基地な らではで人気が高 い。
紀伊勝浦駅の観光案内所で配布 される観光パ ンフ レッ ト数種をみると、那智大滝、熊野那智大社、那 智 山青岸渡寺の3地点 は、必ず掲載 されている。逆 に、全国的に有名なが ら駅 にあまりに近いためか、
勝浦漁港 と勝浦温泉 はあまり掲載 されていない。全 3地点 は確かに世界遺産登録 に関わるが、漁港 と温 泉 も勝浦の大切な観光資源ではある。
紀伊勝浦駅前 (写真3)はその土地利用 (第2図) か らして町の観光玄関口である。駅前 には広場が広 が り、バスター ミナルにな っている。近隣には土産 物屋が8店舗立地 し、喫茶店を含む飲食店が58店舗 も確認 された。駅前広場 と駅前通 り沿 いの飲食店 は
価格高めの観光客向けが多 く、マグロなどの海鮮物 飲食店 も多 く見 られた。一方、商店街の奥 には、主 に地元の人 たちが利用す る 「味のある」喫茶店が見 られた。他地 にない特徴的店舗 はみかん専門店で、
和歌山産を全国発送 もしている。商店街にはア‑ケ‑
写真3 紀伊勝浦駅前
(2004年6月29日,篠原秀一撮影)
第2図 和歌山県那智勝浦町紀伊等清駅前の土地利用 (2004年9月25‑28日)
(那智勝浦町1/2500地図 と野外観察 によ り作成)
ドがあり、雨天時 も買物できる。 ただ し、各店舗個 有の駐車場 は極めて少なか った。 3つの旅館 ・ホテ ルは小規模 なが ら丁寧なサー ビスが好評 という。
聞 き取 りによれば、駅前商店街の土産物店 には那 智山に向か う観光客 も多 く訪れる。 8月のお盆の時 期が忙 しく、秋 は団体客が多 い。来町す る観光客 は 貸切バス利用が増え、町を歩 く観光客が減少 し、駅 前の土産物店 は6年前 に比べて2軒減少 した。土産 物 はどの店で も那智黒飴 と南高梅干がよ く売れる。
那智黒石や海産物、若い観光客 には携帯 ス トラップ と八懲烏 グッツも人気で、他 に 「くじら舟」や 「鯨 のコロ」等の独 自商品 もある。土産物店 は各観光 ホ テルの案内所や無料荷物預か り所の役割 も有す る。
2. 那智勝浦町商工会の取 り組み
駅前商店街 は観光客 も顧客なが ら、地元客 につい ては大型店の影響 も受 け、廃業 ・空店舗増加,駐車 場不足,経営者高齢化,後継者難が課題なのは他商 店街 と変わ らない。町全体 としては 「那智勝浦 らし い観光 ・商業」が求め られている。那智勝浦町商工 会 はそのための組織であり、那智山を含む地域の世 界遺産登録を契機 に地域経済再生をはかる。
具体的には、①観光客のイメージ形成 につなが る タクシー運転手 マナーの向上、②価値ある景観 を再 認識するための紀伊勝浦駅構内 「ふるさと写真会」
開催、③ 「マグロの町」 を活 か した観光客誘致 と
「クジラの町」太地町 との協力、④県内第一 の泉源 数を誇 る 「温泉の町」の特徴を活か した足湯場 (漁 港前 と駅前)作 り、⑤観光客への意識向上が目的の
「あきん ど塾」開催、⑥空店舗活用事業 と各種行事 の見直 し ・改良、⑦商店街商工会員への情報提供 と 会報 「ばあむ」発行などが挙 げ られる。山深 い地蔵 茶屋 トイ レの清掃 は、少数の観光客 にも心地好 さを 提供するためで、世界通産地域住民 としての心配 り
こそが観光地再生 につながるとの認識がある。
Ⅳ 本宮町における集落住民の生活形態
1.発心門集落
発心門は本宮町で も最 も伝統的な生活形態を保持 する、起源の古い集落である。町役場資料によれば、
2004年6月末現在、世帯数17、人 口27を数える。住 民の多 くは高齢者だが、 「不便 は多 いが この土地 に 愛着があ り、友人やお世話 にな った人たちがいるの で離れがたい」 という。
集会所 (公民館) は集落のほぼ中央 に位置 し、家 屋 は分散的に所在 し、急な傾斜面 に農地が段々状 に 多数 ある (第3図)。 その区割 は細か く、多様 な作 物が育て られている。たとえば、カボチ ャ,スイカ, ハ クサイ, ニ ドナ リ (イ ンゲ ンの一種), ブロッコ
リー,キャベツ, トウガラシ,ダイコン,サニーキャ ベツ, ネギ,イモ類などである。猿や猪 などの野生 動物 による作物被害を防 ぐため、農地を トタンや網 で厳重 に囲んだ り、庭の果樹 に赤 ビニールテープを くくりつけた風景が見 られる (写真4)。家屋 はソー ラーパ ネルを備えた切妻屋根の平屋が多い。 自動車 保有率が高 く、 2台以上の世帯 もあった。
住民 は高齢者が多 く、その主たる収入源は 「年金」
である。 これに加えて 「手間仕事」が重要な伝統的
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匿国民家 C 公民館 ㌔.ヽ」I/0(̲1 ㌧\)一一1ぐ‑○̲ヽメヽ.‑■
⊂コ空き家 ① 発心門王子社 、・・、LlfJ, ̀ー\3J0l(2m) し′50′Iノ(1,A∫ノ一ノl、 Jノ′r/1.r,
= 道路 ② 舶玉神社 ー.■小道 ③ ヤマノカミサマ.
一.‑小河川 ④ 子安地蔵
第3図 和歌山県本宮町発心門集落の概観 (2004年9月25‑28日) (本宮町1/5000地図 と野外観察 によ り作成)
写真4 本宮町発心門集落 における農地風景 (2004年9月27日,筒井裕撮影)
現金収入源 とな っている。 「手 間作業」 は人 それぞ れで、山中における榊 の採取、‑チバ コ (写真5) の作成、土木作業、 わ らぞ うり ・まな板づ くりなど がある。 この うち、わ らぞ うりやまな板 は、山か ら 得 られ る材料 を もとに手作 りし、観光客向けに販売 す る。 「榊 の採取」 は近隣の山中で天候が良 い 日の
写真5本宮町発心門集落で使用 され る 「ハチバ コ」
(2004年9月27日,佐藤桃子撮影)
手 間仕事 である。 「ハ チバ コの作成」 は、 ニホ ン ミ ツバチのはちみつの採取 を目的 とす る。
聞 き取 りによれば、 ほとん どの世帯 は、 日用雑貨 品や食料品をエーコープ (伏拝) まで 自家用車で買 いに出か ける。近所 の人 の分 も買 うこともある。週 2回の移動販売車 は一人暮 らしの高齢者が主 な利用 者である。機会の少 ない衣料品購入 と外食 は、新宮 市 のオークワか ジャスコを利用す ることが多 い。
発心門集落では新興宗教への加入世帯 はな く、集 落住民 は臨済宗の檀徒で もある。各世帯 は、約1万 円を年5回の祭礼費 と して支 出す る。発心門の人々 は信仰 にかか る多額 の費用 を厭わず、神仏 に篤信的 である。各世帯 は、熊野本宮大社,船玉神社,発心 門王子社 の祭礼時に千 円、子安地蔵, ヤマノカ ミサ マの祭礼時 に300円の氏子費 (「モチ ゴメ代」)を納 める。 これ以外 に、 自発的寄附をす る世帯 もある。
2.小津荷集落
この小津荷集落 は、 その北 ・東 ・南を囲むように 熊野川が流れ、かっては水運基地であ り和紙生産地 で もあ った。和紙 の生産技術 は集落内で女性中心 に 継承 されていたが、やがて洋紙 に押 されて1970年前 後 には生産が跡絶えた。十津川 ダムの建設 と完成 に よ り熊野川 の流量が減少 し、国道が新宮か ら五候へ
第4図 和歌山県本宮町小津荷集落J7土建蔀凋 (2004年9月25‑29日)
(小津荷集落1/500地図 と野外観察 によ り作成)
写真6本宮町小津荷集落の部分景 (2004年9月25日,篠原秀一撮影)
開通すると、1970年以降の小津荷 は伝統的水運集落 と しての特徴 も失 な った。 町役場資料 によれば、
2004年6月末現在、世帯数30、人口67の集落である。
集落は東南東斜面 に立地 し、土地 は階段状 に区分 利用 されている (第4図,写真6)。共同集会所 は 集落入口に所在す る。家屋 は切妻 トタン屋根の2階 建てが多 く、その間に家庭菜園が点在す る。新旧住 民の棲み分 けはみ られず、北東部 には空家 ・倉庫や 畑が多い。 自家用茶畑 は、かつて栽培 された 「音無 茶」の名残である。耕作放棄の段々荒地 もあり、上 部 には墓地 と火除神 「秋葉様」を奉 った石碑がある。
集落の東北東側 には小川沿 いに谷地田があり、その 上流域 には今 は杉林 となった棚田跡がみ られる。
聞 き取 りによれば、集落住民 は生鮮食料品を移動 販売車か ら購入す ることが多 い。買 い置 きで きる日 用雑貨品 と衣料品は新宮市の ジャスコやオークワ等 でまとめ買いす る。発心門 と同様、風邪や歯科の受 診 には町内診療所を利用 し、入院 は新宮市の病院に なるという。 自家用車移動が多いが、週1便の町営 べん りバスの利用者 は発心門よ りも多い。
年金を生活資金 とし、 自家菜園で自給 自足をで き るだけ図 る住民が多 いが、発心門より高齢者率は低 く、土木 ・公務等の公共的業務で収入を得 る世帯 も ある。勤労感謝の 日の 「秋葉様」祭礼 には集落住民 が総出で参加す る。集落上部 の石碑 に御神酒,つま
み, もちをお供え し、祭礼 は仏式 による。耕雲寺 は 現在無住であるが、祭礼 には少林寺 (日足集落)僧 侶をお願 いす る。かつては本宮大社例大祭に集落か ら川船を連ねて団体で参拝 したが、現在では例大祭 にはほとんどの人が個人参加 とい う。 ただ し、「小 津荷の住みよさ」 として 「近所付 き合 い」をあげる 人が多か ったのは、以前 ほどではないが集落 として 今 もまとまっていることを示 している。
Ⅴ 東牟婁地域 における正月雑煮の地域差
新宮市 (新宮駅前,三輪崎) と那智勝浦町 (宇久 井,紀伊勝浦駅前,大勝浦)で、正月雑煮に関す る 聞 き取 り調査を無作為 に計75件実施 した (第5図)。
餅の形 については、大勝浦を除 く各地域で 「丸」
と 「四角」の回答がほぼ同数であった。つまり、 こ の地域 は餅の形の混在地域 といえる。 「丸 と四角 の 両方使用」 は全75件中8件で、 この回答 は形へのこ だわ りのなさも示唆す る。大勝浦では 「四角のみ」
の回答が7件中1件だけで、丸餅が優勢である。
だ しの素材 については、新宮駅前での回答 は 「鰹 節」「鰹節 と昆布」「鰹節 と煮干 し」 の3種類 に分 け られた。「鰹節 と煮干 し」 の回答 は当地域のみで特 徴的である。宇久井では、「鰹節」「鰹節 と昆布」の 回答が多 く得 られた。「鶏肉 (か しわ)」 と 「煮干 し」
の回答 もあ り、最 も多様性 に富む。 「鶏肉」 は紀伊 勝浦駅前 と宇久井でのみの回答であった。‑三輪崎で は 「鰹節」「鰹節 と昆布」 の回答が ほぼ同数で、宇 久井 と同様 に 「その他」 も多 い。紀伊勝浦駅前での 回答 は 「鰹節」「鰹節 と昆布」 に二分 され、三輪崎 に類似す る。大勝浦では 「鰹節」の回答が半数を超 えた。「昆布 のみ」 は紀伊勝浦駅前 と大勝浦だけで の回答であり、 この地域 におけるだ しの素材 として は 「鰹節」が最重要である。
汁の仕立てについては、「澄 ま し (醤油)」汁 とす る回答が全体で8割近 い。大勝浦のみは7割 ほどで ある。 「自味噌」汁 とす る回答 は1割以上 あった。
醤油仕立ての場合、だ Lは 「鰹節」 との回答が最多 なが ら、「鰹節 と昆布」「本 ダシ (鰹節 と昆布)」「か しわ」「煮干 し」など様々な素材が使用 される。「白 味噌」汁では 「鰹節」 と 「本 ダシ」 にだ し素材 は限 られ る。「醤油 と自味噌を混ぜ る」「赤味噌」「麦」
「塩」で仕立てるとの回答 もあ った。
全域的に正月雑煮 に多 く使われる異材 は、人参,
新宮駅前 三 輪 崎
参根菜芋鉾茸葉肉芳菊ギ人大白里蒲椎つ鶏牛春ネ三
宇 久 井 紀伊勝浦駅前 大勝浦
21 0 16 0 7
第5図 東牟婁地域 における正月雑煮の地域別項 目別事例件数
大根, 白菜,里芋,蒲鉾,椎茸,三っ葉,鶏肉であ る。回答数 に違 いはあるが、三輪崎,新宮駅前 の2 地域 と紀伊勝浦駅前,大勝浦,宇久井 の3地域 に大 まかに南北二分 され る。人参,大根,里芋,三つ葉 が南部では北部 より高頻度で使用 され、逆 に、 ネギ, 春菊,油揚 げ,水菜 は北部で南部 よりも事例が多い。
鶏肉は三輪崎では使用 されず、蒲鉾 の使用 は新宮駅 前で顕著であった。宇久井では椎茸 と蒲鉾が少 な く, 豆腐 の事例が多 い。
以上 は東牟婁地域沿岸 の傾向である。内陸部で は 傾向が異 なる。 た とえば、本宮町発心門集落の住民 にはぼ共通す る正月雑煮 は、汁椀 に四角い餅を入れ、
白菜,水菜,蒲鉾, ネギ,豆腐,油揚 げを異 と し、
昆布 とジャコをダシに、塩 と醤油で調味するとい う。
「近畿地方 な らば丸餅、東牟婁 な ら鰹節 で出汁 を と り、人参 と大根 は必ず入れる」 とは言 えない。
Ⅵ おわ りに
今回 も東牟婁の地域的多様性 ・希少性 を表面的 に 理解す るに留 まった。数年後 にまた、今度 は地区 ・ 集落単位での課題 を中心 として、 この地域 における 経済 ・生活生態の調査実習 に挑戦 したい。
本野外調査では、和歌山県 の実 に多 くの皆様 (新 宮市仲之町商店街 ・新宮駅前 ・三輪崎地区,那智勝 浦町宇久井 ・大勝浦 ・紀伊勝浦駅前地区,本宮町発 心、門 ・小津荷地区,熊野本宮大社,新宮商工会議所,
不明E ≡
喜覧 声巨
巨巨L≡l≡=㍉
(2004年9月25‑28日)
(現地での聞 き取 り調査 により作成)
那智勝浦町商工会,新宮市役所総務部,那智勝浦町 役場企画課,本宮町教育委員会,和歌山県庁企画部, 和歌山農林統計情報協会 はか現地の方 々 ;以上 は順 不同) に御世話 にな り、御協力いただ きま した。実 習期間中は、特別参加 の筒井裕 さん と辻井宏仁 さん (ともに京都大学人間 ・環境学研究科大学院生)、高 崎洋亘 さん (秋田大学教育文化学部 日本史研究室学 生) に援助 いただ きま した。本稿図清書 の一部 は4 年生 の熊谷有希子 さん,角 田牧子 さんによ ります。
以上、末筆 なが ら記 して心 よ り感謝 申 し上 げます。
注 ・文献
1) 次のよ うに執筆 を分担 し,最終的に篠原が全体 を調整 し書 き直 した。Ⅰ :篠原 ;Ⅱ:鎌 田大作, 小林友美,木村文美,佐藤香奈子 ;Ⅲ :菅原仁人, 高橋香織,若狭真紀,志村‑樹,仁井田龍太 ;Ⅳ : 小山内廉,佐藤桃子,佐々木力,武田香奈子 ;Ⅴ:
湊聖任, 幕沢美穂 , 工藤慶太, 相木麻子 ;Ⅵ : 篠原。
2) 以下 は6年前 の報告である。秋 田大学地理学研 究室学生 ・高橋美香子 ・太 田由紀子 ・篠原秀一
(1999):和歌山県東牟婁地域 における産業生態 に 関す る地誌学的考察.秋大地理,第46号,5ト64. 3) 「南紀温泉旅館組合宿泊人員調」 による。
4)新宮市史史料編編 さん委員会編 (1986):『新宮 市史 年表』新宮市役所,288頁.