「 生活 日本語」クラスの実践の記録
永井 智香子*・守山 r恵子**
キー ワー ド :サバイバル 日本語、生活 日本語
1
.は じめに長崎大学留学生センターは
1 9 9 6
年5
月 に省令施設 として設置 された。 その年 の1 0
月か ら主 に大使館推薦の国費留学生が半年間、 日本語 を集中的に学ぶ 日本 語研修 コース (現在 は集中プログラム と呼ぶ)が開講 され るようになった。研 修 コースの初級 の学生 を対象 として第3 期 ( 1 9 9 7
年1 0
月か ら1 9 9 8
年3
月 まで) よ り週 に‑ コマ、主 に "サバ イバル 日本語〟 を教 える 「生活 日本語」 クラスを 始めた1)。 そして、その 「生活 日本語」クラスは第1 7
期( 2 0 0 4
年1 0
月か ら2 0 0 5
年3月 まで) まで、 7年半続いた。 その間 さまざまな試行錯誤 を続 け、 クラスの 内容 も大 き く変化 した。
本稿では、「生活 日本語」クラスを始めるようになった きっかけや、 どのよう な試行錯誤がなされたのかを、実践の記録 としてまとめた。 さらに
、2 0 0 5
年4
月 よ り独立 した一つのクラス としては 「生活 日本語」 クラスを開講 しな くなっ たが、開講 の必要性が減 った理由について も考 えてみたい。2.「
生活 日本語」 クラスを始めた きっかけ2)
「生活 日本語」 クラスを始 めた きっか けは第
2 期 ( 1 9 9 7
年4
月か ら1 9 9 7
年9
月 まで)のある学生 に起 こった出来事 にある。 その学生 は家族 を呼び寄せ るため に 「在留資格認定証明書」 を取得 し、家族 に送 ったが、EMS
な どの書留 にせ ず、普通便で送 って しまった。詳 しく聞いてみるとその学生 は郵便局 で英語で「書留でお願 い します」と言 った との ことであったが、通 じなかった とい うこと である。■運悪 くその在留資格認定証明書 は家族 に届かなかった。郵便局 もあ ら ゆる手 を尽 くして調べて くれたが、「在留資格認定証明書」が入 った封筒が家族 に届 くことも、戻 って くることもなかった。 もし、その学生が 「書留」あるい は
「 EMS
」な どという言葉 を知 っていれば、 このようなことは起 こらなかった のではないか と考 えた。この出来事が きっかけとな り、第
3
期( 1 9 97
年10
月か ら1 998
年3
月 まで) よ りサバイバル 日本語 を教 えるクラスを開講す ることになった。3.「
生活 日本語」 クラスで どの ようなことを して きたのか「生活 日本語」クラスは続 けている うちにその授業 内容 は変わったが、
根底 となる考 え方 は変わっていない。
それ は、"教室 と外の世界 をつな ぐ〟
とい うことである
。
そして、その こ とを毎回授業の初 日に図を書いて示 した(図 1参照)。つ まり、 日本 に来 て間 もな く留学生たちは教室で 日本 語 の勉強 を始 めるが、一歩外 に出 ると現実の "外の世界〟がある。 そこ には敬語、長崎弁、友人 との会話 に
使 うくだ けた表現、男性の 日本語、 図 1 「生活 日本語
」
クラスの考 え方女性 の 日本語、若者言葉 な ど時 と場
合 によって使 いわける様々な日本語が存在す る。 日本 に来たその ときか ら留学 生 は "外 の世界〟との接触 を持つ ことになる。 そこで、≠外の世界〝での生活や 人間関係 を少 しで もスムーズにす るために、文法 より ≠サバイバル〟 を優先 さ せたのが このクラスである
。
前述の ように この 「生活 日本語」 クラスは1
5
期、7
年半 にわたって続 けた。ここでは、その活動 の内容 により 「生活 日本語」 クラスを続 けた
7
年半 をA
、B
、C
、D
の四つの時期 にわ けて振 り返 ってみることにした。 それ らの四つの 時期 とは(∋実習 に重点 をおいていた時期 (時期A)
、②敬語、生活漢字、S C
Sに 重点 をおいていた時期 (時期B)
、③話 し言葉 の練習、 コンピュータ演習、諏訪 神社見学 を取 り入れた時期 (時期C)
、④ 日本 の食べ物 の紹介、研究室 に関す ることを取 り入れた時期 (時期
D)
である。表1
はA
、B
、C
、D
それぞれの時 期 にどの ような ことをしていたか をまとめた ものである。以下 それぞれの時期について簡単 に説明 を加 えたい。
表
1
「生活 日本語」
クラスの授業内容一覧時期 授業内容
A
・郵便局や必要 な会話の練習・郵便局での実習
・病院での会話 の練習、病状 を表す言葉の練習
・保健管理セ ンターでの実習
・乗車券 (バス
、J R
、飛行機 な ど) を買 うときの会話の練習・大学生協での実習
・アパー トを探す ときの会話 と必要な言葉の練習
・大学生協での実習
・長崎弁 について、長崎弁の聞 き取 り練習
B
・生活会話 (例 :「お願 いします」
「〜 を ください」
「〜 はあ りますか」 )
・敬語 1 (敬語の説明 と尊敬語 :例 「い らしやいます
」
「め.Lあが りま す」
「おっしゃいます」 )
・敬語
2
(敬語の授受表現)・敬語3 (尊敬語 と謙譲語)
・ S C
Sを使 って熊本大学 と琉球大学の集中プログラムの学生 と交流 1・ S C
Sを使 って熊本大学 と琉球大学 の集 中プログラムの学生 と交流 をす るための準備・ S C
Sを使 って熊本大学 と琉球大学の集中プログラムの学生 と交流 2.・生活漢字 1
・生活漢字 2
・カラオケ (日本語で歌 を歌 ってみよう)
・長崎弁 について、長崎弁の聞 き取 り練習
C ・生活会話 (例 :「お願 いします
」
「〜 を くだ 早い」
「〜 はあ り.ますか」 )
・敬語 (敬語の説明 と簡単 な敬語の練習)
・コンピュータ演習 1 (ネ ッ トを使 って専門用語 の読み方 を知 る等)
・コンピュータ演習
2
(ネ ッ トを使 って専門用語 の読み方 を知 る等)・さまざまなあいさつ
・諏訪神社訪問
・.長崎情報 (雲仙、島原、長崎の観光地 な どについて)
・カラオケ (日本の歌 を歌 ってみよう)
生活 に必要 なインフォメー ション
生活会話 (例 :「お願 い します
」「
〜 を ください」「
〜 はあ りますか」 )
長崎情報 (長崎の交通機関、観光地な ど)
生活漢字 (身の回 りの漢字 を認識する。例 :長崎大学、非常 口、止 まれ)
フィール ドトリップ (雲仙、島原) についての説明、諏訪神社 につ いての説明
諏訪神社訪問
長崎の食べ物、 日本の食べ物 について さまざまなあいさつ
日本 の歌 ("世界 は二人 のために〟 な ど) 口語的な言い回 し
長崎弁
研究室での生活 について
3‑ 1
実習を していた時期 (表1
では時期Aに相当)
ここでい う "実習〝 とい うのは教室で場面 を設定 して会話の練習 をしたあ と、
実際にその表現が行 われている場 に行 って練習 してみるとい うものである
。
実 習 を行 ったのは1 997
年度の後期か ら1 99 9
年の後期 まで5
期、つ まり2年半であ る。
その間、テ ィーチ ングアシスタン トとして2
名の大学院生 にも加わって も らった。クラスの基本的な進 め方 は
2
コマで一つの場面 を終 えるとい うペースであっ た。最初 の‑ コマでその場面 に関連 した情報 と必要な語桑 を与 え (た とえば、郵便局 である と、場所、営業時間、 さまざ まな郵便局 のサー ビス について説 明)、場面の会話練習 と場合 に応 じて、必要な漢字の認識練習 をす る
。
その際、よ り効率 をよ くするためにクラスを三つのグループに分 け、 2名のティーチ ン グアシスタン トと教師がそれぞれのグループを担当 した。 そして、二 コマ 目に 実践練習 をした。実践練習の際に も3つのグループに分 けて行 った。実際に行 っ た場所 と場面 は、大学の近 くの郵便局 (郵便 を出す、切手 な どを購入す る)、大 学内の保健管理セ ンター (病状 を説明す る)、学内生協 (飛行機、バ ス、電車の 切符購入、アパー トを探す)である。 さらにそれぞれの場所 に行 くときにはビ デオカメラを持 って行 って撮影 し、のちに学生一人一人 にフィー ドバ ックをし た。
1 999
年の4
月か らはクラスのテキス トとして 『留学生のための長崎生活ガイ ド』
とその付属会話教材 『きょうか ら話 そう』
を使用す るようになった3
)03‑ 2
敬語、一生活漢字、S C
Sに重点 をおいていた時期 (表1
では時期B
に相当)
この時期 の
3
本柱 は 「敬語」 と 「生活漢字」
と「 S CS」
であった0敬語 を「生活 日本語」クラスに入れるようになったのは
2 0 0 0
年前期か らであっ た。集中プログラムで使用 してい るテキス トは『新 日本語 の基礎Ⅰ 』
『新 日本語の基礎
Ⅰ Ⅰ 』
であるが、 このテキス トでは敬語 は最終文法項 目なので学期の最後 に学ぶ ことになる。研究留学生 に とっては、指導教官 と話す ことは非常 に重要 な ことであるが、 そうした場面 を考 える と比較的早 い時期か ら最低限の敬語が 使 えるようにす る必要があるので はないか と考 えた。当時のスケジュールでは 敬語 を前半 に‑ コマ (敬語 についての簡単 な説明 と「い らしゃいます」
「おっしゃいます」な どの尊敬語 の特別 な形 の練習)、中盤 に‑ コマ
(
「〜て くだ さい ませ んか」
「〜 ていただ きたいんですが‑」な どの敬語の授受表現)、終盤 に‑ コマ(
「お〜 にな ります」な どの尊敬語や 「申 します」
「いた します」な どの特別 な形 の謙譲語)勉強 している。
生活漢字 のクラスは99年度の後期 より始 めた。非漢字圏の留学生が、 ゴ ミの 分別、買い物 における肉の分別、砂糖、塩 な どの粉 の分別 な ど身の回 りの漢字 を識別 で きることを目標 とした。生活漢字のクラスは二 コマで、最初 の‑ コマ で 自作のテキス トの中にある 「駐車禁止
」
「引 く」
「押す」
「非常出口」
「燃 える ごみ」な どのキャンパス内にあ り、学生が 目にする漢字が実際 どこにあるか、場所 を確認 した。そして、二 コマ目にクイズ形式で実際に認識で きるようになっ ているかを確認 した。 さらに、 日常生活 においてさまざまな申込書 に日本語で 記入する機会が多い と考 え、郵便局 の口座開設 の申込書な どを使 い、記入 して
みる練習 をした4)0
S CS
を使用 しての他 の留学生 セ ンター との交流 は1999
年度前期 か ら2 0 0 0
年 度後期 まで 2年 にわたって続 けた。最初 は熊本大学留学生センター と行 ってい たが、後 に琉球大学留学生セ ンター も加わった。S CS
には三 コマ使 った。まず 最初 の‑ コマで画面上で顔合わせ をお こなう. そして二 コマ目で発表の準備 を し、3コマ 目でそれぞれの土地 について映像 を用いて発表 しあ うとい うもので あった5)。3‑ 3
話 し言葉の練習や コンピュータ演習や諏訪神社見学 を取 り入れた時期 (表1
では時期C
に相 当)2 0 0 2
年度後期か らは内容が古 くなったので 『きょうか ら話 そう』 を使 うのを やめ、新たなシラバ ス (内容 については表1
参照)に沿 った自作教材 を使 うよう になった。 その ときか ら新 しく加わったのが話 し言葉の練習 とコンピュータ演 習である。話 し言葉の練習で は
「
〜 きゃな らない」
「〜 しちゃった」
「〜 してる」な ど、日本人が会話の ときによ く使 うが、初級教科書で は取 り上 げ られていない もの をい くつか取 り上 げた。
コンピューター演習では、 コンピュータを使 って読 み方がわか らない漢字 に 出会 った ときどうす るか とい う練習や、ネ ッ トを使 って各 自が 日本語での専門 用語 を探 し出 し、 リス トを作 る とい う練習 を行 った6)0
「長崎 くんち
」
で有名 な諏訪神社 に見学 で訪 れ るよ うになった の は第1 5
期( 2 0 0 3
年1 0
月〜2 0 0 4
年4
月)か らである。やは り、「外の世界」
との接点 を少 し で もつ くりたい と考 えての ことであった。3‑ 4
食べ物の紹介、研 究室での生活 に関することを取 り入れた時期 (表1
では時期Dに相 当)
2 0 0 4
年度前期以降、 コンピュータ演習 は、 ワー ドを使 って 日本語入力の練習 をす るコンピュータクラスの一部 としたo そして、新たに 「日本の食べ物、長 崎の食べ物」
「研究室での生活」
を加 えた。「日本 の食べ物、長崎の食べ物」とい うタイ トルの食べ物の紹介の時間 を加 え た理由は、学生たちが、 日本や長崎の代表的な食 べ物 を見た ことも聞いた こと もな く、スーパーマーケ ッ トな どで目にす る食品が何 なのか もわか らない こと が多かったか らである
。
クラスでは、写真や映像で代表的な食べ物 を見た り、説明 を聞いた り、そ して、実際 に味わ った り、一緒 にスーパーに出かけて 日ご ろ知 りたい と思っていた ものの正体 (何でで きているのか、 どうや って食 べ る のかな ど) についての説明 を聞いた り、買 って試食 をした りした。
「研究室での生活」では、研究室で よ く使 われるあいさつの ことば
(
「おつか れ さまで しうた」
「ごくろうさまで した」
「しつれい します」
な ど)の使 い方や、スムーズに研究室での生活 に適応するための心得 (た とえば、先生 にアポイ ン トメン トをとること、わか らない ことはチ ューターやほかの学生 にき くこと、
研究室のルールやや り方 を覚 えることな ど) を とりあげた。
日本語集 中プログラムで 日本語 を学んでい る学生たちは、 その期間、「温室
」
の中にいるような ものである。周 りの学生たちの言動 を十分 に観察す る必要 も な く、事務職員、教員、ボランテ ィア、留学生仲間 な どが学生 を理解 しようと 努 めて くれ る
。
しか し、研究室での状況 は、留学生 セ ンターの状況 と同 じで は ない。留学生セ ンターで 日本語 を学習 してい る間 と、研究が生活 の中心 になっ てか らとで は、違 いが あることを心得てお くことが適応 を少 しで もスムーズ に す るために役 に立つ と思われ る。4
. まとめ「生活 日本語」クラス は
1 9 9 7
年後期か ら2 0 0 4
年後期 まで7
年半 にわた って続 け た。 その間、 さまざまな試み をし、学生たちの評価 も高か ったが、2 0 0 5
年度前 期 は開講 していない。開講 しな くなったのは、学生 を取 り巻 く状況が変わ ってきたか らである。
まず、イ ンタ丁ネ ッ トの充実である.「生活 日本語」クラス を始 めるようになっ た きっか けは、郵便局 で起 こったある出来事であった。郵便局 は開講 当時、新 し く来 日した留学生 に とって は家族 へ手紙 を送 るな ど、非常 に大切 な場所 で あった とい える。 しか し、最近 はイ ンターネ ッ トの発達 によ り、学生が来 日し て最初 に行 きたい ところは郵便局 ではな く、ネ ッ トにつなが った コンピュータ があるところになった。 さらに、ネ ッ ト社会 の発達 によ り来 日直後 のみな らず、
留学生 らは来 日前か ら生活 に必要 なさまざまな情報が得 られ るようになった。
つ ぎに、留学生セ ンターの留学生支援体制 の充実がある。 留学生セ ンターが 省令化 された施設 とな り、まもな く
1 0
年がた とうとしてい る.その間 に、チ ュー ター制度や会話パー トナープログラム、留学生 同士のネ ッ トワー ク、ボランテ ィ ア との出会 い、オ リエ ンテー シ ョン、 ホームペ ージ、情報冊子 な ど、留学生 センター内外 での留学生支援 システムが以前 よ り充実 して きた。
この ような留学生 を とりま く状況の変化 によ り、「生活 日本語」クラスの必要 性が以前 ほ どはな くなった。
ただ、「生活 日本語」クラスで取 り上 げ られていた ことが今 は全 く教 えられて いないわ けで はない。生活会話、 日本語 の話 し言葉、長崎情報、長崎弁、諏訪 神社見学 な どを現在 も他のクラスに組 み込 んでいる
。
見学先 について は諏訪神 社 だ けでな く、長崎の地域 の特徴 ある施設 な ども加 えるな ど、 さらに充実 させたい と考 えている。
近
1 ) この クラスの名 前 は 「日本語演習 AJ 「日本語演習 BJ 「日本語演習 Ⅰ I」 な どの呼 び名 を経 て 、2 0 0 1 年 4 月 よ り 「 生活 日本語 」 とな った。
2) 「 生活 日本語」 クラス をは じめる きっか けについて は 「 『 留学生 のための長
崎生活 ガ イ ド』 と付属会話教材 の作成 」 『 長崎大学留学生 セ ンター紀 要』
( 1 9 9 9 ) 第 7 号 p p3 5 ‑4 4 に も簡単 に紹介 した。
3) 『 留学生 のための長崎生活 ガイ ド』 と 『きょうか ら話 そ う』については 『 長 崎大学留学生 セ ンター紀要』第 7
号( 1 9 9 9 )p p 3 5 ‑4 4 に詳 しい。
4