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象 徴 辞 の 用 法 を め ぐ っ て

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Academic year: 2021

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(1)

長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第24巻 第2号 一‑二十二(一九八四年一月)

( )

On

 t he  u sa ge  o f  on om at op oe ia

Y o

s h

i k

a z

u  

F U

K U

D A

(一)

ソシュール(Ferdinand de Saussure)を引用するまでもな‑言語は記号であるといわれる︒記号であればその音形

の面(ソシュールの﹁能記﹂signifiant)と意味の面(ソシュールの﹁所記﹂signifie)との関係は非必然的・悪意的

( a

r b

i t

r a

i r

e )

で あ

る は

ず で

あ る

ところで︑次のヰフな事例を考えてみよう︒

(, )

﹁雷がゴロゴロと鳴り出した︒﹂

②﹁お‑んちが近づ‑と長崎の氏子たちはそろそわとおちつかない︒﹂

文例①は︑雷の音を﹁ゴロゴロ﹂という言語音で模写しようとしたもの︑文例②は︑氏子たちの落ち着かない︑平静で

(2)

いられない心の状態を﹁そわそわ﹂という言語音によって象徴しようとしたものである︒こうした﹁ゴロゴロ﹂・﹁そわそ

わ﹂のような語群は︑他のl般の語とは異なり︑その語音と意味との関係にl種の有縁性があると考えられ︑古くから注 目されてきた︒わが国でも︑その有縁性のために﹁音義説﹂と結び付きやすかったし︑近代言語学の方法論の上において も言語記号の本質にか,わる問題であるので諸家(小林英夫・佐久間鼎他)によって言語学・心理学等の諸側面より研究

がすすめられてきた︒

さて︑これ等の語群(一般に擬音語・擬態語などと呼ばれる)は語形にも個性があり(畳語となる場合が多い)︑われわ

れの理性よりも感性につよ‑訴える力をもち︑そのために表現力・描写力の点で一般の語と‑らべてl段と鮮明な印象を 与えへ真に迫る表現効果を発揮することがある︒NHKテレビの﹁連想ゲーム﹂に﹁ワンワンコーナー﹂があるが︑これ は語形(畳語)と意味内容との有縁性を連想力によってあてようとする言語遊戯と考えられる︒また一方︑一般の語によ る表現をできるだけ切り捨てて︑擬音語・擬態語中心の感性的な描写法をとって一つの世界をきりひらいて行‑分野もあ る︒現在︑子供だけでな

‑大学生・大人にまで幅 広‑読まれている﹁マン ガ﹂の世界はその一つで

あ ろ

う ︒

﹁フジ三太郎﹂(サトウ

(汀2)

サンペイ)より二例︒

マンガの場合︑絵とこ

とばとの両面よりわれわ

れの視覚に訴えてくるわ

けで相乗作用の効果が大

(3)

きくなるのである︒

ところで︑言語芸術と

しての文学においても︑

表現力・描写力が問われ

るから︑それにあずかる

擬音語・擬態語が駆使さ

れることがある︒これ等

の語群は特に話しことば

の中で用いられた場合そ

の効果を発揮するから小

説・随筆・詩歌等の各ジャ

恕 仲

‥ 十

/P . "̲> ‑r

dT= 轡

,

A 、L r

f ,

1も. 人 !蓋e瓦窯 蓋

生.

SI l

44‑2‑1

ンルにおいても口語性の濃厚な部分に多‑あらわれるようである︒日本語においては音響の模写象徴にか,わる擬音語だ

けでな‑︑音響以外のさまざまな事象を象徴する擬態語も豊かであり同一語形が擬音・擬態両用に用いられたりしてその

表現のありようは複雑である︒

小稿では文学表現の中で特に近・現代詩をとりあげ︑詩的言語として用いられる擬音語・擬態語の用法をめぐって考察

青加えたいと思う︒なお︑擬音語・擬態語については呼称の上で広義・狭義のゆれがあり︑擬声語・写声語・象徴辞(詞

・語)・オノマ‑ペ・擬容語・写容語等と︑語形についてもさまざまで一律ではない上に既述のごと‑同一語形で擬音・擬

態両用のものがあって載然と区別しがたいものもあるので両者(擬音語・擬態語)を総称して﹁象徴辞﹂の呼称を用い︑

両者を特に区別する必要がある時は擬音語・擬態語と呼ぶことにする︒

象徴辞の用法をめぐって

(4)

象徴辞は音形と意味との関係においてある種の有縁性をもっているとは言っても︑もちろん両者の間に絶対的・必然的

な関係があるというわけではない︒言語が異なれば象徴辞も異なるし︑同一言語内においても方処的・時代的に差異を示

す︒そこで音形と意味との有縁性があるとされる象徴辞は外国人が日本語を習得する際︑かえって障壁となりやすいので

あ る ︒ 次 の 文 例 ︑

③﹁雨がしょぼしょぼ降っています︒﹂

﹁雨がしとしと降っています︒﹂

⑤﹁雨がぎーぎー降っています︒﹂

﹁しょぼしょぼ﹂・﹁しとしと﹂・﹁ぎーぎー﹂とはどんな意味であるのか外国の人々に理解してもらうには一苦労である︒

このように伝達を主目的とした日常言語のレベルにおける象徴辞においても然りであるO象徴辞だけでな‑l般の記号 言語においてもその背景に歴史的・社会的な質と量とを担っているのであるから︑その質量すべてを習得するには困難 がつきまとう︒象徴辞ではその有縁性にかゝわる歴史的・社会的な質と量とがともなうから外国の人々には理解しがたい

と考えられる︒

一方︑自己表出の機能をもつ詩の言語では象徴辞の担う音象徴の価値は極度に高められ︑場合によっては慣用の語形

を捨てて独自の個性的な語形を要求することがある︒

既述の文例③④⑤︑雨の降る様子をあらわした﹁しょぼしょぼ﹂二しとしと﹂・﹁ぎーぎー﹂などの慣用に対して︑次の︑

山田今次の﹁あめ﹂という詩のはじめの8行︑

(5)

ざ ん ざ か ざ ん ざ か ぎ ん ぎ ん ざ か ざ か あ め は ぎ ん ぎ ん ざ か ざ か ざ か ざ か は っ た て ご や を ね ら っ て た た く ぼ

‑ ら の

‑ ら し を び し び し た た

﹁ざんざかざんざか/ぎんぎんざかざか﹂等の語形はこの詩人によって創造された象徴辞ということができる︒他

の事例二つをあげよう︒

萩原朔太郎の﹁猫﹂

⑦﹁まっ‑ろけの猫が二疋︑

なやましいよるの家根のうへで'

ぴんとたてた尻尾のさきから︑

練のやうなみかづきがかすんでゐる︒

﹃おわあ︑こんばんは﹄

﹃おわあ︑こんばんは﹄

﹃おぎゃあ︑おぎゃあ︑おぎゃあ﹄

﹃おわああ︑ここの家の主人は病気です﹄﹂

八 月

に 吠

え る

)

中原中也の﹁サーカス﹂(終わりの二連)

KB

⑧﹁観客様はみな鰯

.

.

咽喉が鳴ります牡噸殻と

ゆ あ ー ん ゆ よ

‑ ん ゆ や ゆ よ ん

象徴辞の用法をめぐって

(6)

屋外は其ッ闇闇の闇

夜は劫々と更けまする

落下傘奴のノスタルヂアと ゆ あ ー ん ゆ よ

‑ ん ゆ や ゆ よ ん

﹁おわあ‑‑おぎゃあ﹂・﹁ゆあーんゆよ‑ん

(

山 羊

の 歌

)

ゆやゆよん﹂等いずれも朔太郎・中也の詩魂を示す独自の個性的表出

となっている︒

象徴辞の問題は語嚢論上の問題にと︑︑,まらず︑文法論・音韻論等にも及ぶ広がりを示すはずである︒この認識の上に立っ

て金子光晴の詩にあらわれる象徴辞について考える︒

白一

光晴詩(紺E.e譜霜鷲)の象徴辞を考察するにあたり依拠したテキス‑は中央公論社版﹁金子光晴全集﹂(全十五巻)

である︒この中︑光晴詩は︑第一巻から第五巻にあてられている︒他に﹁拾遺﹂として第十五巻にも収められているが︑

数篇にしかすぎず︑これを除外した︒なお︑第五巻には詩劇として﹁指葺外道﹂等三篇を収めるがこれ等は対象に入れたC

また︑第一巻所収の﹁嬢沈む﹂は夫人三千代との共著であるが参考の意をかねて対象にした︒これを要するに︑全集第一

巻〜第五巻所収の全詩について﹁自序﹂等の部分をのぞき者寮を加えることにした︒

第一巻には︑香櫨・赤土の家・こがね晶・大腐欄頒・水の流浪・鰭沈む・路傍の愛人・老暮夜園の8詩集を収める(以

f・ ︑香・赤:J・大・水・膳・路・老tと略称することがある)︒

第二巻には︑鮫・落下傘・蛾・女たちへのエレジーの4詩集を収める(以下︑鮫・落・蛾・女︑と略称することがある)︒

第三巻には︑鬼の児の唄・人間の悲劇・非情・水勢の1詩集を収める(以下︑鬼・人・非・勢︑と略称することがある)︒

第四巻には︑屈のやうな歌・n・泥の本・よごれてゐない一日・若葉のうた・愛情69の6詩集を収める(以下︑屈・n

(7)

・泥・よ・若・愛︑と略称することがある)︒

第五巻には︑花とあきビン・塵芥の2詩集と﹁詩拾遺﹂として諸誌に発表したもので見失われようとしたものを調査し

集成した諸篇や﹁詩劇﹂3篇を収める(以下︑花・塵・詩・劇︑と略称することがある)0

( ︑ 托 3 )

これ等は︑光晴が詩人として活動をはじめる大正年間より没年(昭和5 0年6月3 0日)までの詩の上での仕事をすべて収め

ていることになり︑成立年時を原則として編まれている︒

本質的に自由の詩人︑ある場合には抵抗の詩人とも評される光晴はその詩的表現においても自由な表現形式を確立し︑

口語的韻律に根ざした表現を模索し︑頑固にそれを押し通した︒象徴辞は話しことばの中でこそ活躍の場を得られるので︑

光晴詩においては象徴辞が顕著に表現手段のlつとして用いられ光彩を放つことになる︒

㊥﹁ときをり︑けんたうはづれな砲弾が︑

濁水のあっち︑こっちに︑

ぼっこり︑ぼっこりと穴をあけた︒﹂

⑳﹁さぐる手先に︑ほそい足首︒

ふんなりとした︑それは乳房︒﹂

㊥﹁とろろむ︑たむ︑とんぶ︑とんぶ︑とんぶ︑とどんぶ︒

手普り次第︑皿小鉢をならして︑雨ジャズバンドは

い つ

も 多

勢 だ

︒ ﹂

﹁光がぶるん︑ばらんと音をさせて燃えてゐた︒

いずれも光晴詩の精神を支える象徴辞と認められる︒

象徴辞は日常言語でもその記号の有縁性のために注目され︑そのことが表記法の上においても一つの特色をもつことがあ

る︒これは音象徴による表現効果をさらに視覚的にも際立たせるために表記の方法にいろいろな工夫がなされるためであろ

象徴辞の用法をめぐって

(8)

m

う︒例えば︑ひらがな表記を軸としている現代文の中で象徴辞の部分をカタカナ書きしたり︑﹁〜﹂を長音符号として用

いたり︑ある時は︑文字の位置をずらして不揃いにしたりして際立たしさを意図するのである︒最近の新聞広告より二例︑

⑬﹁ボケ〜ツト楽しむ通勤︑通学︒﹂

⑲﹁わが家のピカピカ未来図﹂

光晴詩の場合においても︑表記法に注目するとその多様性が看取される︒その事例︑

⑮﹁生ききったもののいのちだけが︑ピッタリ︑ピッタリと育ってゆき︑﹂

⑲﹁つづけさまにばんばんとはじけて割れる︒﹂

靭K!

...j

は な あ や め

⑲﹁封岸の花憶の中にも

m E S K S S

手拍子はTT封へてゐる︒﹂

⑲﹁はつ︑はつ︑はつ︑はつ︑はあ‑しゅん〃‖

私の耳には︑空のこげつ‑音だけがきこえる︒﹂

、、 ヽ \

水IL赤

⑳﹁朱い奉のやうな奇獣が

Z i n g Z i n g D o n g a D o n g a

ひょこひょこやってきて﹂

、 !一°.ヽ、

路勢路

文例⑮は擬態語にカタカナ表記を用いたもの︑文例⑲は擬音語にひらがな表記を用いたもの︑それから文例⑫はカタカ

ナ表記の象徴辞に補助符号の圏点を施して際立たしさをあらわそうとしたもの︑文例⑲は象徴辞を漢字表記にしてルビを

つけ訓みを明示しへ象徴辞の存在を顕著にしたものである︒

文例⑲は補助符号の感嘆符を二つ用いて視覚的効果をねらったもの︑文例⑳は﹁ひょこひょこ﹂の部分だけではないが

(4)

文字を大き‑して視覚的効果をねらったもの︑文例⑪はローマ字表記による象徴辞の鮮明化と考えられる︒

光晴詩の象徴辞についての表記は全体としてどのようなものなのか︑彼の五十年以上にわたる軌跡を通じてその表記法

(9)

の多様性の面に焦点をあててみる︒(表記上の問題は象徴辞だけにか︑わるわけではな‑その象徴辞をふ‑む詩的言語一般

にも及ぶが︑当面象徴辞のみにしぼって考える︒)

光晴詩の象徴辞を語形と表記法とをからませて表記の型として分類し記号化すると次の2 8種となる︒

<・ォ・O・Qはそれぞれ﹁ひらがな・カタカナ・漢字・ローマ字﹂表記を示し︑A‑Dの右下の数字の‑・2は畳語

の場合︑踊り字を用いないもの(‑)︑用いるもの(2)とを区別した︒なお︑‑・2の数字のないものは畳語形をとらな

い象徴辞である︒C(漢字)の上部の小文字はルビを示す︒AやBの上部の﹁・﹂印は圏点の施されたもの︒A Cなどはひ

らがなと漢字の混交表記である︒

入 表

記 の

型 と

事 例

)

<1<

‑2<

C O '

﹁木彫りの聖人像などをこっそり盗みだして︑﹂

.I .;

﹁僕はけふまで叫珊瑚叫と︑(中略)韻頭を峡ひ

﹁﹃紙瑠﹄が二つぽかり‑とた︑︑,よってあそんでゐるのだった︒﹂

﹁うで一杯のココナッツを

!一、 !一.、、 !一一・\

老非IL

人のあたまのやうにザックリと︑

この錠で'まっ二つに切ってやらう/﹂

C O

"

‑ ‑

2

C O

'

0‑

C

2

0 ﹁並木が寒がってる︒黒い糞がゾクゾクいってゐる︒﹂

﹁カタ/\という鼠の乾いた︑小さな足音が‑‑﹂﹁料理長は現として︑威厳高く語り出した︒﹂﹁劇帆は森から森へ噴境と鳴り渡る︒﹂11

詩こ詩劇詩路

(10)

Q

C <

A

C

sa <

‑ H" H I B

A

iHは̲tU

<o

<o

福 田 益 和

﹁ Z

i n

g Z

i n

g D

o n

g a

D o

n g

a L

﹁地上がすべて墓場となり

ヨ 引 閑 と な っ た と き

﹁女王のこ︑ろは狂はんばかり︑

夕日を赫 ̄司之浴びて燃えあがるのだ︒﹂

m

﹁珍らしい物好な子供達は︑

た︑︑,きやァ‑唾いだり'石を拾ってあてようとする︒﹂

!一、・、 !′ ̄ 、 ( !一ヽ (

水老赤IL路

、‑.′ 、一一′ 、ノヽ‑ 、ー U ド K^KJH

L/2 v^2 ^1

2

<

o

2

i n

・<

蝣<

C

Q

ば ん は り う . . と り

﹁ 雪

洞 の

顔 顔

は 快

と 喋

っ て

ゐ る

︒ ﹂

二 つ く い は

﹁水着の女たちをたすけて足元の口匡‑なった凸凹岩を辿り歩いた︒﹂

*

<

E

I

:

﹁酎岸の花菖蒲の中にも仔細子はTT封へてゐる︒﹂

そう

﹁時が‑るのを待って︑綜々と水音を立てて走り去る︒﹂

﹁周囲は昏迷し

!

曙々と廻韓した︒﹂

/

﹁軌々鳴る揺椅子に︑終夜

サ ン ナ マ ン タ リ ス

其鮮かな感傷主義者の夢を‑‑﹂

ド ロ ト ロ

﹁舵子らは舷を罵り走り︑重い碇綱を捲上げる音は轟々とひごく︒﹂

﹁轡だ︒ひとりでゐるときそれははっきりわかった︒﹂

﹁大鍋のなかで‑つ‑ついってる糞尿﹂

﹁カランとあきになったやうな時間の空隙にはまりこんで︑﹂

老詩詩水こ

若こ詩こ

(11)

 

・B 1‑‑﹁秋空と私の耳をキチキチと鳴らしては︑又叢に落ちる大小の急斯﹂

<c﹁はつ︑はつ︑はつ︑はつ︑はあ‑つ‑しゆん〃. ・﹂

響‑⁚﹁チョッ!俺は奴らの体のよい番人なのだ/﹂

輿

T r a c t a

! t a ! t a

! t a

水劇路

光晴詩は︑香櫨・赤土の家・こがね轟・大腐欄頒・水の流浪・鰭沈む︑の各詩集を製作あるいは出版した大正年間より

昭和の初年ごろまでを前期︑路傍の愛人・老茜蕨園・鮫・落下傘・蛾・女たちへのエレジー・鬼の児の唄等の各詩集を書

きついでいた昭和初年以後終戦までを中期︑人間の悲劇・非情・水勢・屈のやうな歌・n・泥の本・よごれてゐない一日

・若葉のうた・愛情6 9・花とあきビン・塵芥等の各詩集を書いたりあるいは出版した(﹁塵芥﹂は没後の刊行)戦後の仕

事を後期として全体を三つの時期に分けて考察するのがよいと思われる︒これは光晴詩の内容とも深‑か,わるが︑表記

上の問題でも有意義であると考えられる︒

右の観点に立って前・中・後各期におけるそれぞれの詩集のすべての象徴辞を調査し︑先に示した表記の型によって類

別し︑各型の事例数と比率(餌相即監那数)とを示したものが第一表・第二表嘉三表である︒急︑﹁詩拾遺﹂とし

て所収の詩群は︑既述したように大正年間より昭和5 0年までの長期間にわたるものの落ち穂ひろい的集成であるが︑象徴

辞の表記意識という点で注目に値するものであるから右とは別にとりあげ︑これを︑全事例を対象としたもの︑製作年時

明記分で戦前(大正8年〜昭和20年)に書かれたもの︑製作年時明記分で戦後(昭和2 1年〜昭和50年)に書かれたものの三種に

類別して示した︒第四表がそれである︒同じ‑﹁詩劇﹂についても︑全事例を対象としたもの︑昭和2年製作の﹁指事外

道﹂にみえるもの︑昭和coco年製作の﹁時計は止っても時は動いている﹂・﹁奇妙な乗船者﹂(2EW放送)にみえるも

の︑の三種について示したのが第五表である︒

次に︑右の第一表〜第五表をもとに各型の比率を%にして表記の型の傾向を視覚的にとらえやす‑調整してグラフにし

たものが第l図‑第五図である︒第一表と第l図とがそれぞれ照応し︑以下第二表〜第二図︑第三表‑第三図・・・‑と

(12)

福 田 益 和

同様である︒

これ等の図と表とをもとに︑光晴詩の象徴辞の表記面における傾向をさぐることにする︒

(第一表)光晴持前期象徴辞(E‑ A A、 Ii白A,!! B! Di!大文字を含む)

A A l A 2 B B l B , C 1 c 3 C A (A B ) A

C Al

C l A2 c : B.

c . E

2 6 8

0.25 0 .75

の 家

4 1 3 1 9 1 28

0.14 0 .46 0 .04 0.32 0.0 4

こ が ね 血

2 4 I 1 1 1 3 13

0.15 0.31 0.08 0 .08 0 .08 0.08 0 .23

腐 偶

15 35 1 l 1 1 54

0 .28 0.6 5 0 .02 0 .02 0 .02 0 .02

の 流

2 3 4 1 2 28 4 1 I 1 3 5 9

0 .03 0.0 5 0 .07 0 .20 0 .47 0 .07 0 .02 0 .02 0 .02 0.05

1 1 3 1 6

0 .17 0.17 0 、5 0 .17

計 (事 例 数 ) 2 3 59 6 15 4 4 5 1 2 I 1 2 1 4 1 3 l16 8

(第二表)光晴帝中期象徴辞

表記の型 詩集名

A A l A 2 B B l B 2 D l A lB E

路 傍 の 愛 人

7 1 9 1 2 1 0 1 1 4 1

0 . 1 7 0 .4 6 0 . 0 2 0 .0 5 0 .2 4 0 .0 2 0 .0 2

蕎 夜

4 8 3 8 6 3 4 3 3 1 1 1 6 1

0 .3 0 0 .2 4 0 .3 9 0 .0 2 0 .0 2 0 .0 2 0 .0 1 0 .0 1

1 4 2 8 2 9 1 5 4

0 .2 6 0 .5 2 0 .0 4 0 . 17 0 .0 2

3 3 7 2 1 1 4 4

0 .0 7 0 .8 4 0 .0 5 0 . 0 2 0 .0 2

1

6 5 I 1 1 3

0 .4 6 0 .3 8 0 .0 8 0 .0 8

女 た ち へ の エ レ ジ ー

3 1 3 5 4 1 7 1

0 .4 4 0 .4 9 0 .0 6 0 .0 1

鬼 の 児 の 唄

1 6 2 1 3 4 0

0 .4 0 0 .5 3 0 .0 8

1 2 5 1 8 3 7 0 1 3 2 5 4 1 1 2 4 2 4

(13)

表記の型 I持% r,

A A l B B l B , C A C A.

C l A c 2 Al

C 2 A2

c , E

人 間 の 悲 劇

63 96 1 2 1 1 63

0.39 0 .59 0 .01 0.0 1 0 .01

23 42 2 6 7

0.34 0 .63 0 .03

2 6 46 I 8 8 1

0.32 0.57 0 .01 0 .10

K の や う な

4 5 1 1 0

0.40 0.50 0 .10

IL

2 8 4 3 1 I 1 7 4

0 .38 0 .58 0.0 1 0.01 0 .01

ifc:

l l 2 1 3 2

0 .34 0 .66

よ ご れ て ゐ な い 一 日

10 1 8 1 1 1 3 1

0 .32 0 .58 0.03 0 .03 0 .03

若 葉 の う た

12 2 7 1 1 1 3 1 4 6

0 .26 0 .59 0.0 2 0 .02 0 .02 0 .07 0 .02

6 9

14 2 5 39

0 .36 0 .6 4

花 と あ き ビ ン

ll 2 4 1 36

0.31 0 .67 0 .03

2 4 6

0 .33 0 .67

204 3 5 1 4 3 1 1 1 l 3 4 1 ll 5 8 5

象徴辞の用法をめぐって十三

(14)

(第四表)光晴持「持拾遺」篇象徴辞

表記の型 時 代別

A A 1 A 2 B B l B 2 C C 2 D l A

C A 2 C A )

C 1 A t c . A 2

C 2 A A l B l

9 7 1 3 3 5 2 3 2 5 4 3 7 1 2 1 1 1 3 1 4 3 3 1 4

0 .3 1 0 .4 2 0 .0 2 0 .0 7 0 .0 8 0 .0 1 0 .0 1 0 . 0 2 0.㈱3 0 .01 0.α)3 0.㈱3 0.003 0 .01 0.∝)3 0 .0 1 0 .01

(大 正 8 〜 昭 2 0 )

1 0 7 3 1 6 2 1 3 3 3 1 1 1 3 1 1 2 7 6

0 .13 0 .1 0 0 .0 4 0 .2 1 0 .2 8 0 .0 4 0 .0 4 0 . 04 0 .0 1 0 .0 1 0 .0 1 0 .04 0.01 0.01 0 .03

(昭 2 1 〜 昭 5 0 )

2 1 3 1 2 1 3 1 1 1 6 1

0 .3 4 0 .5 1 0 .0 3 0 .0 2 0 . 0 5 0 .0 2 0 .0 2 0 . 0 2

(第五表)光晴持「持劇」篇象徴辞(苦:::豊砦裏芸も時は動いている)

表記の型

A A l A 2 B B l B 2 C C 2 A

C A2

C 2 A B !

3 6 4 1 1 2 1 2 7 4 2 2 1 2 1 1 1 2 1

0 .3 0 0 . 3 4 0 .1 0 0 .1 0 0 .0 6 0 .0 3 0 .0 2 0 .0 2 0 .0 1 0 .0 2 0 .0 1 0 .0 1

1 5 1 3 1 2 1 1 4

0 .0 7 0 .3 6 0 .0 7 0 .2 1 0 .0 7 0 .1 4 0 .0 7

3 6 4 0 1 2 7 6 1 2 1 1 1 1 0 7

0 .3 4 0 . 3 7 0 .l l 0 . 0 6 0 .0 6 0 .0 1 0 .0 2 0 .0 1 0 .0 1 0 .0 1

t fi圏^^K3D濫MEI遠辞

(15)

象徴辞の用法をめぐって

(第三図)光晴詩後期象徴辞

(16)

5 0

4 0

3 0

2 0

1 0

、 ′

.、◆ 一一 ‑ ォ=蝣‑蝣̲ . 二丁1 ーt 一㌧ ‑ ニ 一一

%

A A 2 A i A t A 2

A A , A , B B , B , C C , D , C C C , C , C 2 A A , B ,

(第四図)光晴持「持拾遺」篇象徴辞

5 0

4 0

3 0

2 0

1 0 . 奇

r / ′λ ′^ 、

th ′′′‥

、′′ , 、\

/ l、 ′′ 、\

\\ ! !

、′ ! 、、

指 ̀ 一. ゝ !

r

%

A A 2

A A , A 2 B B , B 2 C C 2 C C 2 A B !

(第五図)光晴持「持劇」篇象徴辞

(17)

まず︑光晴詩全体の傾向について︒

第一表〜第三表︑第一図‑第三図をみてわかるごと‑︑前期の各詩集にみえる象徴辞の表記はいずれもバラエティIに

富み︑きわめて自由聞達な表記態度によって書かれてあり︑多彩というべきである︒

中期の各詩集にみえる象徴辞の表記は︑前期に‑らべると表記の型に偏りがみられ︑<・<・<(以下︑A系表記とよ

ぶ︑他もこれに同じ)すなわち﹁ひらがな﹂表記が顕著になって‑る︒表記態度にかたよりのきざしは看取されるが︑l

方B系表記すなわち﹁カタカナ﹂表記も残って居り︑詩集によっては<'03すなわち踊り字による畳語の表記が目立つも

の も

あ る

後期の象徴辞の表記の傾向は︑<・<の二つの表記の型に整理統一されて行‑プロセスを明確に示している︒B系表記

すなわち﹁カタカナ﹂表記は数例あるのみ︒また︑<'CO表記すなわちカタカナ・ひらがなによる畳語の踊り字による表

記は一例のみで他にはまった‑みられない︒なお︑詩集によってはルビつき漢字表記の象徴辞がみられるものもある︒

以上の︑前・中・後の各期を通じての傾向を第四・五表︑第四・五図を比較してみると同じような特徴を示すことがわ

か る

﹁詩拾遺﹂は光晴が長年月にわたって諸誌に発表してきたものを︑光晴自身の協力や何名かの人々の協力を得てあっめ ︒

たもので︑製作年月日明記のものも多‑︑内容的にも彼の素顔を‑かがい得るものである︒表記面においても多彩であり︑

事例の全体・戦前分・戦後分の三種にわけて先の前・中・後の各期の傾向と‑らべれば︑戦前における自由な表記態度に

対して戦後においては表記面での整理統7の傾向を明確にみてとることができる︒

同じ‑﹁詩劇﹂にみえる象徴辞についても︑戦前の﹁指賓外道﹂の場合︑B系表記が主流であり︑戦後の二籍がA系表

記を主流としているのと比較して対照的である︒

以上の諸点から考えて︑光晴詩の象徴辞の表記は自由を表記態度から後では整理統一の方向へとかわって行‑事実を知

象徴辞の用法をめぐって

(18)

ることができる︒その表記態度の変化の分岐点は昭和20年2)をメドにしてよいであろう︒このような表記態度の変化の

背景には戦後の一連の国語改革の影響があると考えられるが︑1方で擬音語をもA系表記(ひらがな表記)で通そうとす

るのは光晴自身の見識があってのことであろう︒

なお︑光晴詩の中期の表記傾向は右の変化の過渡期を示すものとみてよいであろう︒

以上の全体的特徴をふまえて︑次に光晴詩の象徴辞についてそれぞれの詩集内部での特徴をみて行きたい︒

︹前期の光晴詩について︺

( 香

櫨 )

全集の第一巻冒頭にのせられた詩集であるが︑刊行は昭和2 1年5月1 5日︒故園草舎刊︑稲葉健吉編集︒﹁香櫨﹂には大

( . 蝣 蝣

"

>

)

正5年頃の片鱗をうかがい得るとする立場から冒頭に置かれたものである︒しかし︑象徴辞の表記態度よりすれば﹁香櫨﹂

は<・<の﹁ひらがな﹂表記に偏して居り明らかに後期の特徴を示している︒刊行の際︑表記をあらためたと推測される︒

表記の面からは初期の片鱗をうかがうことはできないのである︒

( 赤

土 の

家 )

M・pqの﹁カタカナ﹂表記が数を増してきている︒<・<の﹁ひらがな﹂表記がやゝ優勢であるが︑表記の態度が自由

聞達で︑c Aのような混交表記もみられる点注目される︒た\<'cQのような踊り字を用いた事例は一つもない︒

( こ

が ね

晶 )

A lよりB lの表記が主流となり︑﹁赤土の家﹂の表記態度をさらに進めたものと看取される︒すなわち︑rj蝣n・<O・<O

・Oなどの漢字表記︑ルビつき漢字表記などもあって多彩である︒まさに﹁こがね轟﹂の名にふさわしく表記態度にもl

つの意欲をくみとることができる︒

( 大

腐 欄

頒 )

前期の光晴詩集の中では表記面からみて先の﹁香櫨﹂とともに異色のものというべきである︒本詩集はA系表記が大勢

を占め︑B系以下の表記の型はごくわずかである︒その理由は次のように考えられる︒

(19)

( r f o )

自伝等によれば︑﹁大腐欄頒﹂はベルギー滞在中に書かれたもので﹁こがね轟﹂と同じころのもの︒帰国後作品ノートを

電車の中でな‑し︑八方手をつ‑したが結局返らず'記憶をたどって再度書いてはみたが'もと通りのものができず残念

であった由である︒未刊の詩集で︑昭森社版全集第一巻所収(昭.ォ>)蝣前期の表記上の特徴が見えないのは︑ノート紛失

の事実︑光晴による再度製作の際の表記態度︑昭森社版全集に収録する際の表記態度などがからまり︑改変された結果で

あろう︒すなわち︑光晴の詩作ノート紛失の事実がこの詩集の表記面の特徴を決定したといってよい︒

( 水

の 流

浪 )

表記の態度が自由奔放で変化に富んだ型を示している︒A系表記よりB系表記が顕著であるのは﹁こがね轟﹂と同様で

あるが'﹁水の流浪﹂では﹁こがね晶﹂等にみられなかった<・OQ表記すなわち踊り字を用いた表記があらわれ︑さらに・B︑

,B lのような圏点つきの視覚的効果をねらった表記の型がみられる点注目される︒前期の詩集ではもっとも変化にとんだ表

記態度を示している︒

( 嫌

沈 む

)

本詩集は既述したように森三千代との共著︑﹁南支旅行記念詩集﹂として昭和2年5月1 5日︑有明社出版部より刊行さ

れた︒その点から︑光晴詩の象徴辞とするには問題ものこるが︑参考の意味でとりあげた︒

表記の特徴はまざれもな‑光晴詩前期のものであり︑森三千代の表記態度があらわれているとは思われない︒光晴自身

の表記意識を反映したものと考えてよいであろう︒

︹中期の光晴詩について︺

( 路

傍 の

愛 人

V

A系表記が優勢である︒しかし︑B系表記もかなり認められ︑鮒のような視覚的効果をねらった表記態度も残存してい

る︒擬音語はA系・B系両用表記であり︑ひらがな主流の擬態語においても﹁カタカナ﹂表記が三例みられる︒

( 老

茜 夜

間 V

A系の﹁ひらがな﹂表記が主流を示す〇一方で︑<・PQのような踊り字を用いた表記が顕著であり︑特に﹁ひらがな﹂

(20)

表記の畳語について踊り字を用いたものが39%もあって表記上の特色を示している︒・Bのような圏点つきの﹁カタカナ﹂

表記も一例ある︒

( 鮫 V

A系表記が優勢である︒B l表記も残ってはいるが︑<・mの型はほとんどな‑なりmにl例あり)︑C以下の表記の型

は皆無である︒この詩集の刊行された昭和1 2年前後より光晴の象徴辞の表記態度に整理統一の意識がうまれてきたと思わ

れ る

(落下傘)Iへ鬼の児の歌) ︒

落下傘・蛾・女たちへのエレジー・鬼の児の唄︑の四詩集は戦後昭和2 3年4月〜昭和2 4年1 2月の比較的短期間のうちに

相ついで刊行されたものであるが︑いずれも戦時中に書きついだものとされている︒そのため︑光晴詩としては中期の詩

集に入れることができる︒

象徴辞の表記の面から眺めれば︑どれも整理統一の方向をおしすすめていると考えられる︒落・蛾・女の三詩集ではA

系表記が主流を占め︑B系の﹁カタカナ﹂表記も若干は残存しているが︑C以下の型はまった‑事例がない︒﹁鬼の児の

唄﹂にいたってはA型のひらがな表記のみによって整理統一されている︒すなわち︑擬音語もすべて﹁ひらがな﹂で押し

通 し て い る ︒

︹後期の光晴詩について︺

( 人 間 の 悲 劇 ) 〜 ( 礼 )

人・非・勢・屈・比の5詩集どれもがA系表記を主流として居り︑それも< Nのような踊り字を用いた表記を欠き︑A・

A lの型による表記の整理統lの傾向が顕著である︒た',,︑﹁人間の悲劇﹂にi表記が一例︑擬音語のB系表記がl例︑﹁水

勢﹂に文字を大き‑表記したのが八例︑﹁屈のやうな歌﹂にルビつき漢字表記が一例あるにすぎない︒

( 泥

の 本

) へ

愛 情

6 9

) (

塵 芥

)

三詩集とも<・<の二つの型による﹁ひらがな﹂表記で統一されて居り︑他の型の表記はまったくみられない︒光晴詩

(21)

の中では象徴辞の表記の上でもっとも単純で︑整理統一がゆきわたった詩集といってよい︒前期の﹁水の流浪﹂の多彩な

表記態度とくらべてきわめて対照的である︒なお︑﹁塵芥﹂は光晴の没後刊行された詩集︒

(よごれてゐない一日)(若葉のうた)(花とあきビン)

三詩集とも<・<表記が大勢を占めている︒中で︑﹁よごれてゐない一日﹂にはルビつき漢字表記が三例︑﹁若葉のうた﹂

にはルビつき漢字表記が四例︑・Aの型が一例みられ︑﹁花とあきビン﹂には漢字表記が一例みられる︒各詩集の中でのゆれ

・変異と考えられる︒

詩拾遺・詩劇については既述した通りで‑りかえさないが︑要するに光晴詩集の前・中・後期のそれぞれの表記面での

特徴を両者(詩拾遺・詩劇)がうらがきして居り︑光晴の表記意識の変化を明確に示して‑れるのである︒

光晴詩にあらわれる象徴辞は表記の型について多彩であるので同1語形の表記についても何種類かの型があらわれて来

るのは当然である︒その具体的事例をい‑つかあげておきたい︒

l 2

2

‑<<PQ‑<の型があらわれる語

A 1‑‑﹁らんかんにかじりついて

おづおづと僕がのぞきこむ﹂

礼‑・・・﹁恐いものみたさに猶も︑おづ!\とのぞ‑︒﹂

m

L

︿

・A 1‑﹁かうした轡ごとらしい気分を︑僕は︑おづおづと享楽してゐた︒﹂

㈱<<pQCQの型があらわれる語

詩詩老人

<

<

象徴辞の用法をめぐって

!一ヽ ヽ

老IL

、.‑ ′ ヽ一一一!

(22)

B

21

B

‑<

<;o

E= EZ S

﹁男の背中が︑毎日毎日︑コツコツ歩いてゐた︒﹂

﹁コツ︿と骨をた︑‑や‑な馨をたて,わらひ出した︒﹂

<O<Oの型があらわれる語

! ̄ ̄ヽ ヽ

老水

ヽ‑̲! \‑

﹁野育ちで誰にもなつかず︑大柄で︑ごつごつ圃憐ぼって︑まだ芯まで青い︑﹂

l')つ/\いは

﹁水着の女たちをたすけて足元の‑ら‑なった凸凹岩を辿り歩いた︒﹂

n<UK

<0‑﹁水のひいたあとに︑ππと岩や朽木がのこるやうに﹂

屈詩女

E 注

心傍線は筆者︑以下おなじ.﹁ゴロゴロと﹂のような﹁と﹂助詞は︑つ‑場合︑つかない場合どちらもありへふつう﹁ひらがな﹂表記であ

るので'小稿では対象よりはずした︒

胤現代漫画⑧﹁サ‑ウサンペイ集﹂(筑摩書房)による︒

胤光晴は'大正五年(1)慶大を退学後︑中条辰夫の紹介で保泉良輔︑良親兄弟と親交を結び︑はじめて三十篇ほど詩作︒後の﹁香膿﹂

(1 5)

(昭和五十八年十月三十1日受理)

(6) (5) (4)

全集(中央公論社版)では︑1 4ポ︑9ポ程度の活字を用いている︒

注価参照︑なお︑全集(第1巻)の﹁後記﹂にも同じ指摘がある.

()

参照

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