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連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察

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(1)

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察

赤 川   理

はじめに

 教育の問題を考える際に取り上げられるのは︑次のような原理的な問いであることが多い︒すなわち︑原則とし

て市民を教育する使命を授けられていない民主的法治国家の権限の担い手は︑基本権を認められた市民を︑国家の       権限の担い手の考えに従って教育するとして︑その権限をどこから引き出すべきであろうか︑という問いである︒

 他方で︑ドイツにおいては︑教育問題を連邦制の問題として捉える見方も存在する︒ディットマンによれば︑内

的学校事項の問いと外的学校事項の問いは︑ドイツにおいては︑連邦国家的な憲法秩序の尺度を優先して答えられ

るべき法的問題でも驚・また・基本法の製思議会の審議の時点において︑本質的な警政策上の決定はラント憲

法のレベルにおろされており︑教育制度はラントの留保財産として︑また︑ラントの国としての独立性を支える要       ヨ 素として確保されなければならないとされていたが︑このことには広範な意見の一致が存在した︒以上のディット

   連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三一一二

(2)

       一二一二ニ

マンの議論は︑ドイツにおいて︑教育制度問題と連邦制とが分かちがたく結びついていることを指摘するものであ

ろう︒      ︵4︶ ドイツ連邦共和国では二〇〇六年に基本法が大改正された︒この改正の中心は︑連邦とラントの立法権限に関す

る改正であった︒この改正の経緯において︑連邦とラントの間の教育に関する権限の配分について︑意見の一致が

得られなかったことにより︑改正の動きが中断されるということが起こつ︵叉このことも・ドイッにおいて・連邦

制と教育問題とが深く連関していることを示唆するように思われる︒

 ところで︑教育の原理的問題と︑教育制度と連邦制の関係の問題という二つの問題の結節点にあるものとして︑

ドイツのラント憲法にしばしば規定されている教育目標をあげることがで弘・警目標は子供の内面形成に関わ

る価値を列挙しているので︑国家の役割と親や子供の自由とはどのような関係にあるべきかという原理的な問題が

提起見記・また・教§標はラントの文化⊥︒擢のひとつの現れとしての側面も有して㌧縫ので・ラントにどのよ

うな権限を配分するかということに関わり︑その意味において連邦制の問題でもある︒そうだとすると︑ドイツに

おける教育をめぐる原理的な議論が教育目標をどのように捉えているかを検討すれば︑教育制度と連邦制の関連の

ありようにもおのずと接近することができるはずである︒

本稿では︑ドイツにおいて︑元七〇年代の終わりから元八〇年代に行われた警についての議を取り上げ

て︑その議論において︑原理的な問題に関する考え方と︑教育制度と連邦制の関連についての考え方がどのような

関係であったかを検討する︒

本論に入る前に︑警制度におけるラントの位置づけがいかなるものであるかについて・オッパ←ンの謙謝を

参照する︒基本法は︑警の領域を原則的にラントに割り当嘉・﹁学校と職業警の領域における立法管轄と行

(3)

      ︵12︶

政管轄の重点は︑基本法三〇条︑七〇条以下︑入三条以下に従ってラントのものである︵⁝︶﹂︒つまり︑教育の

       ︵13︶

領域はラントの文化高権︵﹈︵⊆一け已﹃げOげ①︷﹇鮎⑦﹃戸︑飴昌口O﹃︶の一部分であって︑教育制度において最初にカードを出すの        ︵14︶はラントの側である︒このことを基本法が連邦主義に基づいていることに即して言い表せば︑﹁基本法の連邦国家       ︵15︶規定︵基本法二〇条︶は︑ドイツの教育制度の構造に対して構成的な意義を有する﹂といえる︒

 しかしながら︑基本法は何らの原則も定めていないのではなく︑若干の本質的な原則は︑直接に︑また︑間接に       ︵16︶連邦憲法上確定されている︒ラントは︑学校制度︑養成制度においても︑教育上重要な基本権の領域における基本

      ︵17︶

法上の規律や︑憲法の構造原理を通して︑重要な連邦憲法上の準則を尊重しなければならない︒

︵1︶ <σQ戸笥oはσq昌口いo°・合①巨隅ρ8N巴゜・叶9庄合隅≦6﹃﹇而く2邑庄巨σq日巳隅oり合已π﹄ロ⁚OΦ白ω9昌P乞①゜・巳o°︒oり鼠巴ΦωC2

  民﹃合P≦蝉o︒口興民障各巴ω竺司o°︒坤゜Dn冒日h茸﹈o︒り8げ巨゜力江N已日﹃ρ○而古ξ窃声σq︑出¢墨⊂轟而㏄而ぴ窪く8﹈o切而二゜り①5⑦P≦ 廿巴日

  男8°︒⊂ロユ≦oはσq①白oq国日づ2﹄q⊃ΦO︑白り゜ωお゜

︵2︶ ξ邑口巨﹇巨芦戸印N一筈巨吟の巨日譜§口国邑︒巨R°・日裟ω鼠げ号﹃切臼巳①目守Φ巨Φ匡書窪く︒登゜・㊦已R︒・︒・9巴

  <<O乙り勇いm古﹂⑩Φ◎○りψ軽゜︒ふρ ディットマンの本報告について︑赤川理﹁自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺

  度︵二︶﹂﹃法学会雑誌﹄四七巻一号 二〇〇⊥ハ年 八七−一二三頁参照︒

︵3︶ O障日目ロρ餌゜○○っ◎古

︵4︶ この改正後の基本法の条文について︑ロΩ切↑NO8Hoり㊤NOω+NOω堕 また︑基本法の翻訳について︑﹃新 解説 世界憲

  法集﹄初宿正典・辻村みよ子編 二〇〇六年 一五四頁以下︵初宿正典翻訳︶を参照︒

︵5︶ 以上について︑服部高宏﹁下イツの連邦制改革−連邦の立法に関する基本法改正を中心に﹂﹃書斎の窓﹄二〇〇六年一

  〇月号 三五−三九頁︒山口和人﹁海外法律情報 ドイツ 連邦制改革のための合同調査会の協議︐教育問題で決裂﹂

  ﹃ジュリスト﹄一二八六号 二〇〇五年 八三頁︒      .

︵6︶ 教育目標の具体例について︑<°q↑出き右︒と匡合国く2°・.O一︒ロΦ皆ひq巳・・晋ω乙りS昌Φ⑦Nξ句︒ω巳6ひq巨oq<8陣N庁ゲ巨ΦqωN芭Φ巳口

  臼隅巳旨品巴゜・oけ①ロΩ⑦︒・竺ω合①津﹂零口㊤逡は 東西ドイツの再統一後の具体例について︑<σq↑ロ昆o㊥︷酉o葺団﹃注筈已ロぴqω

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十入ー二︶ 三三三

(4)

三三四

  p丘時置巨口団冨完古巨ひqの目四ゆω鼠ぴ巳2°りoげ巳①目吋o一巨①巨合①口﹀Φ民諺︒・巨oq6・ω富讐゜O<切戸﹂⑩忠國o︷自べ゜ob認中 ︵最近のラン

  ト憲法の条文に関して︑<ひ⊇︸︿oは昂ω§Φqo昌巳Φ﹃匹o已゜・合Φ⇒切§巳o︒カ一芦臼而□°︒°﹀邑農①︵Gη8邑﹂°Zo<①Bぴ窪NOO︽°二N⇔O切゜︶

  邦語文献として︑浮田徹﹁国家の教育任務と教育目標規定ードイツ憲法上の教育の担い手としての国家の役割に関する

   一考察−﹂﹃六甲台論集 法学政治学篇﹄四八巻二号 二〇〇一年 四〇1四一頁︵特に注⑦︶参照︒なお︑赤川理﹁自

  由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶﹂﹃法学会雑誌﹄四七巻二号 二〇〇七年 一二八頁以下参照︒

︵7︶ ドイツにおける教育目標と授業内容をめぐる議論について︑西原博史﹃良心の自由﹄増補版 二〇〇一年 第二部第

   三章第二節参照︒

︵8︶ 教育の領域がラントの文化高権に属することについて︑後述参照︒

︵9︶ 例えば︑次の諸論致をあげることができる︒出きωと匡合国く隅o・︑O庁ロ⑦后σQ巳ωエ6ωoり8陪①ωNξウm︒・﹇﹈o晦已目oq<8

  国﹃鼠①け已口ひq⑦N一〇一①昌﹂昌匹O叶b一已﹃巴口江ωOげ而口OO6りO=o力百プ①︷け﹂Φぺ縛㊥①什①﹁出餌ひO巳P<O﹃出①o力Qり已巨西ωbユ⇒N﹇O⁝①⇒①㌃国﹃N庁巨已⇒西ωN一Φ一P一P

  勾Φnプ﹇巴oo勺﹃ON①o◎ω已5口○Φ︹己ぬ①一両Φωけoり6廿ユ津出口﹁﹈口①目ω出βげO﹃N已巳Po◎O◆ΩΦぴq﹃け㊦け①σq﹂⑩○◎﹂︑白りQりN﹂︹Nω望⊃°⁚弓①﹇O﹃﹈口邸ぴΦユP

  国﹃N完庁⊆己oQoりN﹇①一①已昌巳○ユΦ口亘O﹃已昌ぬoり司O﹃﹇O一R一くO民図切ω⊆O口乙力ω叶①①け﹂Φoo﹂⁚Ω①叶匹戸06已O︹πP団﹃獣①げ已昌oqo力N﹄Φ㌃已口匹らm﹃・♪已枠﹃但⑰q

  餌O﹃oり﹇①但叶ロワωO庁已一P︷巳司①ω﹇ψり6古ユ津出蝉昌の﹈○①O巨日司巴一〇□自O﹃四⊆の鳴①晦①ひ①昌くO巳≦○罵険①出σqNO一江一①門弓庁ΦO口O﹃﹈≦①⊆昌N噛○Φ﹃巳

  口O⑦ O∩オP﹂Φ00古乙の白り﹂﹁O◎べ﹂Φ口゜⁚﹈①﹇N叶﹂目一巳Φ﹃⑦゜巨已⌒口Φ匹叫﹁叶O﹁勺O切﹇江く︷ω︹5已0り⁚巨r⊆0りσq①毛位プ一庁①GりOプユ津O口N⊆口而⇒<O﹃①已乙り切6叶Nβ白Oq①口

   口Oω<巾﹃︹①ωω⊂ロσq切Qり﹇①①﹇Ooり゜自①﹃四⊆oりσq否ぬ㊦古①⇒<O口○吟叶OOOb①5巨①巨Φ□声ΦΦ9cりoり゜N切SN﹃Oい06﹃餌力○① ΦO民P肉06プ叶自⇒ユ勺﹃⇔出已口⑰今①戸

  ︷口 国ゆo力叶切︹げ民津N巨日﹂N9陰ヴ民oq而口﹈﹈Φo力﹇而ゴΦ目匹O﹃﹈已ユの江ωO巨OロOOo力①巨乙力︹け①詳N已﹈﹈①ユ⁝戸国 O﹁①口ooぬ①険OげΦ目く○づO一6け①﹃笥一一牛P一⇔Oo古

  oり乙りbN口−Φ十ρこめ庁N叶﹂只ユ①﹃o摩:♪己︹ぴqΦ犀一邸﹃叶O﹃勺O匹亘く口日=oり∵♪已ω∞q①零位庁一叶ΦOoO庁ユ津O昌N⊂△ぴ口くO﹃①賃ψり◎◎O坤N⊆昌oqOロ巳①oりく⑦﹁︹①⑦o力自⇒σqψ

  ωけ知①叶Φω口①﹃①已の伽qOひqOぴΦ⇒ <O口 ○#O ﹈UOOΦ昌巨O已O□ ﹂口09 ⑭白均゜ωOO−ωo◎切∴ ○Φ﹃口 戸O①一一①OオP N巨目 く①﹁げ巴﹇己一〇り <○目 知Oひげ﹇ 已昌口

  出﹃恩O巨ρ昌⑦q一巳﹀巾﹃①⇒庁≦O﹃己⁝O芹Φ﹇﹇⊆白ムウ﹃巳けO洋◆O一〇<①﹃h①oり⑦自5ひq巴ひ司①﹃﹇ぴ而oり﹇一﹃PB庁OO叶口⇒己口oq°ウΦoり古o力∩古ユ津︹己﹃ぐ5巨一Ω巴口O﹃

  N已日゜︒ρ○Φひξ房鼠o今w自隅芦のΦ90西①び窪くo巨出g⑭﹄8︒巨日間①桔□勺①巳民﹄苫9昆⊆口巳国日゜・﹇司品oQo□﹂OO︒叉白りoり゜ω心ドω㎝︒︒°本稿

   で取り上げるこの議論は﹁基本価値論争﹂の周辺で行われた議論として位置づけることもできる︒<ぴq一゜O葺日芦戸p°pO°︑

   oっ゜お゜本稿で取り上げるこの議論の主役の一人も基本価値論争について語る︒勺9氏自ぎ豊p国﹃注合已ロ唄゜・恩色Φ§口

   9庁o叶目巨σqω≦隅甘ぎ<2富の゜︒巨ひq乙・ω冨磐這゜︒﹂噛゜︒白り゜﹂CωO°基本価値論争については︑日比野勤﹁基本価値論争をめぐっ   .

   て1現代西ドイツ国法学界管見1﹂﹃芦部信喜先生還暦記念 憲法訴訟と人権の理論﹄一九八五年 八四三−八八九頁参

   照︒

︵01︶ ↓げ○日①ω ObOO﹃R逗昌戸 GのOけ已庁 已昌△ ぴ而﹁已自﹂6げO >已◎りぴ巳巳已昌ぴQ一⇒ 出①口画ぴ已O匡 ユ①o力 白り﹇国O叶oり﹃①口け房 ●O叶 切二白画①Qり﹃①O已ひ嵩犀

(5)

  O而⊂扮゜巨但ロ臼出Φ日已゜・oq°oq6げ而⇒<8甘の6巳゜・窪゜・°①已口口勺阻巳民︷苔冨9ロP◎お゜c⑩∨ゆ﹂ω9 本稿では︑一九七〇年代の終わり

  から一九八〇年代の議論を取り上げるので︑オッパーマンのほぼ同時期の議論を参照することにした︒

︵11︶ ○廿b隅日9ロppO国ユ2勺﹂﹂°

︵12︶ OOO2日芦ロρpO戸ユ2︹N9

︵13︶ ○署2日き戸ppP肉巳2門﹂﹂こ戸臣2□揖 ゜

︵14︶ Oob①﹃日昌ロPPP国△25N◎の見出し語参照︒

︵15︶ OO廿9日§戸ppP問創2門N◎

︵61︶ ○署2日芦ロpp9切ユ2︹﹂﹂°

︵17︶ ○暑2日きPPpP国餌2□NS ここで︑教育上重要な基本権として︑特に︑基本法二条一項︑四条︑六条︑七条︑一

  二条があげられている︒また︑憲法の構造原理として︑法治国家原理︑社会国家原理︑民主政原理があげられている︒

ー ヘーベルレの議論

一 教育目標の意義

      ︵1︶

 本章では︑一九八〇年代初めのヘーベルレの教育目標に関する議論を取り上げる︒ヘーベルレによれば︑﹁教育

      ︵2︶

目標は多元主義の憲法の﹃核心﹄を形成する﹂︒また︑教育目標は︑公衆を刻印づけ︑開いた社会の輪郭を描き︑      ︵3︶構造を与えるものである︒ヘーベルレは︑次のようにも言う︒﹁教育目標は︑﹃契約としての憲法﹄の新しいパート

      ︵4︶

ナーとしての国︵↑きユ︶の少年に対する呼びかけである﹂︒﹁⁝立憲国は︑さしあたり︑一度自分自身のことを教         ︵5︶えなければならない⁝﹂︒﹁まさに︑民主政は民主政によってのみ維持されることができるのであるから︑民主政を

      ︵6︶       ︵7︶教えることは必要不可欠である﹂︒﹁⁝︿その﹀教育目標に向けて憲法は少年を義務づけようとする﹂︒以上のへー

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三三五

(6)

       =ゴニ⊥バ

ベルレの考えは︑次のように説明することができよう︒開かれた自由な民主政は︑それを支える若い世代なしには

存続することができないので︑若い世代には開かれた自由な民主政の根抵にある価値を教えなければならない︒開       ︵8︶かれた自由な民主政の根抵にある価値は︑開いた社会の輪郭を描き︑構造を与える教育目標として結晶化されてい

るので︑若い世代には教育目標に掲げられたことがらが教えられなければならない︒

 ところで︑ヘーベルレによれば︑教育目標は文化の所産である︒﹁教育目標は︑ひとつの1長いー文化的な発展      ︵9︶の︿結果﹀であると同時に︑未来に対する︿構想﹀である﹂︒﹁﹃文化﹄は最小限の教育的な内容を前提とし︑文化

の﹃伝統﹄は︑すでに教育の一部である⁝︒若い人間は文化と文化的な自由に対して準備されていなければならな

︵10︶       ︵11︶い⁝﹂︒文化を次世代に伝達するのは教育であり︑どのような文化を教育内容とするかを表すのが教育目標だとい       ︵12︶うのである︒﹁教育目標は多元主義の憲法の﹃核心﹄を形成する﹂という本章冒頭に掲げたヘーベルレの議論は︑

以上のことを前提とすると思われる︒

 へーベルレは︑方向付ける価値︵9﹄o昆窪巨σqψ・笥6詳Φ︶も開かれた社会にとって不可欠なものとして位置づ

︵13︶

ける︒しかし︑本稿では教育目標の議論に焦点を絞る︒      ︵14︶ 本稿では︑まず︑へーベルレが︑教育目標を﹁隠されていない︵明白な︶教育目標﹂と﹁隠れた︑しかし︑それ       ︵15︶自体として解釈された︑あるいは︑解釈可能な教育目標﹂とに分類していることを見る︒その後で︑教育学的憲法

       ︵16︶

解釈についての議論を見る︒       ・

一一

Bされていない教育目標

(7)

       ︵17︶       ︵18︶﹁隠されていない︵明白な︶教育目標﹂は︑大きく︑=九四五年以降のラント憲法﹂と﹁単純法律における       ︵19︶

({

勀@一口古①○庁①昌肉①nげけ︶教育目標﹂とに分類される︒

1 一九四五年以降のラント憲法

 一九四五年以降のラント憲法は︑それぞれのラントの社会文化的な個性に応じた多様な教育目標を有するが︑比       ︵20︶較すると︑多くの類似したものが存在することが判明する︒      ︵21︶ 一九四五年以降のラント憲法に特徴的であるのは︑﹁分化された︿教育の担い手の多元主義﹀﹂である︒﹁教育の       ︵22︶      ︵23︶担い手の多元主義﹂は又形式的な﹀担い手の多元主義﹂と又実質的な﹀担い手の多元主義﹂から成る︒形式的な

担い手の多元主義が意味するのは︑親︑国家︑教会︑少年団︑他の社会的集団など相互に独立した担い手に教育が      ︵24︶委ねられるということである︒形式的な担い手の多元主義は︑実質的な担い手の多元主義によって補完されること

     ︵25︶を必要とする︒実質的な担い手の多元主義は︑﹁⁝憲法︵⁝︶は︑教育の主務官庁︵甘留きN窪︶.の形式的な独立で

満足するだけではいけないということを意味する︒憲法は︑異なる視点に応じて教育を形態づけるための自由な領       ︵26︶域が重要であることも︑また︵⁝︶表現しなければならない⁝﹂︒ここから生じる最重要な帰結は︑学校における

      ︵27︶

教育目標と親の教育目標の分離である︒      ︑

 教育において︑国家や親やその他の多くの担い手の共同作用が成功すると︑﹁⁝若い市民が︑彼の文化的な同一      ︵28︶性の生成において必要とするところの文化的な生活関連が生じる﹂︒すなわち︑さまざまな教育の担い手から働き

かけを受けて︑人間はアイデンテイテイを確立できるというのである︒そして︑﹁この教育の担い手の多元主義だ      ︵29︶けが︑あらゆる種類の教育独裁のはじめを阻止する﹂︒すなわち︑自由な民主政の次代の担い手としてふさわしい

   連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三三七

(8)

三三入

人間を形成するのが教育の担い手の多元主義だというのである︒

2 単純法律における教育目標      ︵30︶ へーベルレは︑単純法律の中に見出される教育目標の例をあげる︒それらの例から︑教育目標にはさまざまな現        ︵31︶      ︵32︶れがあることが分かる︒これを全体として見ると︑法規範の網の目の根抵に﹁︿人間像﹀﹂が存在することが明らか      ︵33︶になる︒その﹁人間像﹂を達成するものとして教育がある︒

 さまざまな法の根抵にある人間像が共通していること︑すなわち﹁⁝︿人間像の同一性﹀は⁝文化全体の部分と       ︵34︶しての法秩序の信頼に値することの前提条件である﹂︒﹁教育目標は︑ここで二重の意味において﹃初めに﹄ある︒

すなわち︑年長少年の市民︵古①臣目綱①合゜・巴晋⇒切斥ひq⑦﹃︒・︶としての若い人の 生の記録の最初に︒また︑憲法的        ︵35︶

な価値態度の初めに﹂︒つまり︑若者はまず初めに教育目標に掲げられた価値を学ばなければならず︑しかも︑憲

法の価値において最優先されるものとして学ばなければならない︑というのであろう︒教育目標を通して若者は共

       ︵63︶      ︵37︶

通の文化的基盤を教えられるので︑﹁教育目標は︑すぐれて︑同一性を決定する憲法規範である﹂ことになる︒こ

うして︑ヘーベルレによれば︑隠されていない教育目標は︑ラント憲法における教育目標も単純法律における教育      ︵38︶目標も同一性を決定する規範として公衆を刻印づける︒

三 隠れた教育目標と教育学的憲法解釈

「『

Bれた﹄教育目標は︑憲法の特定の原理から︿﹃教育学的憲法解釈﹄﹀の方法において導き出されるところのも

(9)

   ︵39∀のである﹂︒つまり︑ヘーベルレは︑明文の教育目標以外にも解釈によって教育目標を導き出すことができると考

えている︒

 ﹁﹃教育学的憲法解釈﹄は︑憲法の人的な背景︑また︑それとともに文化的な背景の取り入れの下に憲法規範の社       ︵40︶会倫理的な﹃背景にあるもの﹄を消化しようとする方法を意味する﹂︒教育学的憲法解釈は﹁︿事物に関する﹀﹂観       ︵41︶点と﹁︿人的な﹀﹂観点を有する︒事物に関する観点は︑憲法の中の﹁︿教育学的な内容﹀﹂を露出させること︑解明      ︵42︶することを意味し︑人的な観点は﹁︿教育者による﹀﹂憲法解釈を意味する︒法学者と教育者は︑お互いから学びな       ︵43︶がら共同で憲法を解釈する︒﹁⁝そのようにのみ教育目標の基本法との憲法理論上・実践上の結合は成功すること

   ︵44︶ができる﹂︒

 へーベルレによれば︑﹁少なくない憲法原理が︑立憲国において︑はじめから︑︿二つの﹀妥当の平面を有し︑ま       ︵45︶た︑内容的に二つの言明を有している︒すなわち︑︿法律学的なものと教育学上のもの﹀である﹂︒法学者にとって

      ︵46︶

は︑法律学的なものが﹁表側﹂であるので︑法学者は︑憲法規定の教育学上の力をすぐには発掘することができな

  ︵47︶かった︒       ︵48︶ しかし︑憲法規定を法律学的にのみ把握することは一面的すぎる︒立憲国の文化的な側面は法律学的な側面に劣       ︵49︶       ︵50︶らず本質的であるからである︒憲法原理の文化的な側面は教育学的憲法解釈によって解明されなければならない︒

その結果︑﹁⁝人間の尊厳︑民主政︑共和政︑人格の発展︑国際法に友好的であること等々のような個々の憲法原      ︵51︶理は︑教育目標︽として︾︑︿解釈に基づいて﹀︵︽教育学的憲法解釈︾︶作用する﹂というテーゼが導かれる︒隠れ

た教育目標は︑教育学的憲法解釈によって獲得されなければならない︒﹁明文で宣言された教育目標と一緒に︑︿解       ︵52︶釈﹀に基づいて獲得された教育目標は︑文化憲法の本質的な内容を形成する﹂からである︒

   連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︑  ︵都法四十八ー二︶ 三三九

(10)

      三四〇

 また︑へーベルレは︑次の例をあげる︒﹁⁝隠れた︑しかし︑解釈によって認識できる教育目標は︑ザールラン

ト憲法三四条二項二文の中に隠れている︒﹃文化財への参与は︑民族のすべての階層に可能にされなければならな

い﹄というその条文は︑ブレーメン憲法二六条四号のような教育目標を前提としている︵﹃自分の民族と他の諸民      ︵53︶族の文化生活に参与すること﹄︶﹂︒この例でへーベルレが示したいことは︑背景にある文化的実質を解釈に取り込

むことで︑一見関連しない他のラント憲法の条文も共通の文化的コンテキストに位置づけられ︑その結果︑ザール

ラント憲法のテキスト単独で解釈するよりも解釈の幅が広がるということであろう︒そうだとすると︑教育学的憲      ︵54︶法解釈の下では︑ラント憲法の比較が比較的容易に行われることになる︒

 教育学的憲法解釈の危険性は︑へーベルレも認識している︒﹁憲法と憲法の政治プロセスの開放性のために︑法

律学的なテキストの﹁背後にある﹄教育学的・社会倫理的な次元の発掘においては︑極めて慎重にふるまわれなけ

ればならないーさもなければ︑回り道をして︑例えば﹃世界観的・宗派的な中立性﹄︑それに︑寛容自体が疑問に    ︵55︶されるだろう﹂︒そのような危険性を認識した上で︑教育学的憲法解釈という方法は用いられなければならない︒

四 ヘーベルレの議論の意義

       ︵56︶ へーベルレの議論は︑文化的実質に支えられた立憲国を維持し︑再生産するという観点に立脚する︒教育目標は         ︵▽︶﹁立憲国の実質の一部分﹂であるが︑文化的実質のひとつの現れにすぎないことにもなる︒確かにラント憲法の多      ︵58︶       ︵59︶様性︑独自性は指摘されるが︑文化と教育目標をつなぐ﹁教育学的憲法解釈﹂の導入によって︑ラントの独自性は

       ︵60︶       ︵釘︶

曖昧になる︒その顕著な例が︑ラント憲法相互間の比較が容易であることである︒また︑へーベルレの議論が︑ラ

(11)

ントも連邦も文化的実質に支えられている限りにおいて教育に関わることができるという議論であるとすると︑そ

の文化的基盤は大部分共通なのであるから︑ラントと連邦の相違は鮮明にならないことになると思われる︒

︵1︶ 勺巾叶2出ぎo匡P<①は9ψ力已目ひ9ω買ぎ民官9巴㊦国﹃獣Φ古已ロ㏄◎力N︷巴P巳戸①○巨巴︒力勺﹃oNoo力︒・=目画Ω而皆頒①⁚句Φ︒力﹇6力○宮庄︹斥出きψ︒

  出自ぴ隅N自日゜︒ρ○①ぴξ房冨西︑﹂Φ○︒七Qo切N巳﹄ω⑰︵以下︑出菩①ユPp①゜○°︵一Φ゜︒﹂①︶と表記する︒︶三⑦甘﹃国菩o﹃言国§﹄書巨oq°・−

  N芭o巨餌○﹃δ巨庁巨口σQ°・弍ゆ詳o巨く隅日゜・む・§吟゜︒ω冨①け声口゜︒﹂°︵以下︑自菩oユPppO°︵﹂㊤○︒﹂ぴ︶と表記する︒︶本稿皿︵1︶にあ

  げたエーファースの論孜に対する書評でもある論孜として︑勺2隅出ぎ旦P犀ぽ合已昌ひ亀ω注o庁目く而民昂ω§σq°・c・訂巴男aロ

  ﹂Φo◎⇔oつGり◆ωΦo◎−ωぺ9<臓↑切ωΦ鍋

︵2︶日ぴ9PppO°︵お゜︒﹂ぴ︶︑ψOρ

︵3︶ 国ぽぴo工PPρ○°︵﹂Oo◎﹂げ︶°ψΦρ

︵4︶臣ぴ①匡P買○°︵﹂⑩゜︒芭寸゜り゜ぷ話ド国警臣Pき○◆︵﹂Φ︒︒﹂①︶亘NN窪

︵5︶日ぴ9P§ρ︵声口゜︒﹂〇二留ω二Φqピ国ぎ旦P80°︵﹂口︒︒﹂知二㊤NN﹂°

︵6︶出ぎ旦p①゜ρ○︵声⇔︒︒﹂げ二゜︒°ぺ﹂°

︵7︶ 出警豊PpPO°︵﹂⑩◎︒一ぴ︶w㊤﹃S 以下︑断らない場合︑︿﹀内は原文イタリック体︒

︵8︶ 自似ぴ6匡Pp鉾○°︵﹂⇔o◎﹂ぴ︶吟白り◎ρ

︵9︶日ぴ9Pρpρ︵お゜︒﹂ぴ︶°零◎

︵10︶ 自餌ぴ①匡Pp鉾○°︵﹂OO◎﹂ぴン㊤ΦO°

︵11︶ <ひq↑寓餌9ユPppO°︵一⑩o︒﹂①︶°ψ烏O°

︵12︶ 口餌ぴ㊦匡Pp讐ρ︵﹂⑩o◎一古︶吟Gり゜Φっ◆

︵13︶ 口警6巳PppO°︵﹂Φc︒﹂ぴ︶Qり゜○︒メ 教育目標は︑基本的には︑成人した市民には関わらない︵出餌ひ6巨PppO°︵﹂Φ○︒宗︶一㊤﹃ρ︶

  のに対して︑方向付ける価値は︑成人にも影響を与える︵<ゆQ一゜震ひ旦pe°P︵お︒︒﹂亘︶°︒り゜︒︒°︒⁚︶︒教育目標と方向付ける価

  値の関係について︑口警旦PPPO°︵お︒︒Hぴ二ψ⑩o︒は

︵14︶ 口讐①ユPppO°︵﹂Φ○︒﹂ぴ二㊤まは ﹁隠れた教育目標﹂と対比するため︑こう訳した︒

︵15︶ 口邸ぴ①匡PppO°︵﹂⑩o◎﹂ぴ︶wψ否切は

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三四一

(12)

三四二

︵61︶ 自ぽぴ①ユP陪゜PO°︵一Φ○◎一古︶︑白つ㌔﹈°民゜

︵17︶ 国警o巳PPPO°︵﹂Φ○︒﹂ぴYm込曾くぬ一゜国ぎΦ巳PρPO︵這゜︒冨二ωq曽ωは゜︵そこでは︑﹁明文の教育目標﹂という言い回しが用い

  られている︒︶

︵18︶ 口餌ぴ①﹁合sppO°︵﹂⑩Oo﹂げY㊤︽﹃中一くσQ↑自位ひ①ユP靭担○°︵一ΦOo﹂①︶︑ω.N﹂ω︹

︵19︶ 国菩⑦巳PpPO︵﹂Φ︒︒﹂ぴ︶w功゜四Φは⁝<ぬド寓ぎ隅古ppO°︵﹂Φ゜︒冨︶︑ψ巴窪︵そこでは︑﹁それ以外の法テキスト﹂という取り上げ

  方がされている︒︶

︵20︶ 出餌古①工PPPO°︵﹂q⊃◎◎一ぴ︶乙り⊆や≡<ひq庁国埜ぴOユρP①◆○°︵﹂Φo◎H①︶∋⑭゜N﹂ω゜

︵21︶ 出口ぴ①ユPPPO︑︵﹂Φo◎﹂ぴ︶切鼻o◎㌔<ぬ↑出餌ひO巳PPPO°︵一⑩Oo﹂①︶oりN一+°

︵22︶ 国陰ぴΦユPPPO°︵﹂Φo◎﹂ぴ二ψ止o◎°⁚<巴゜国邸ぴO匡PPPO°︵﹂Φo◎﹂①︶㊥乙りN一ド゜

︵32︶ 口陪古①巳P①゜①゜○︵﹂⑩Oo﹂ひ︶︑切ム○◎⊆<ぬ↑自餌σΦユPPρ○°︵一⑰o◎戸①︶°ω゜N声戸

︵24︶ 出陣ぴ6ユρρρ○°︵﹂ΦOo﹂ぴ︶ψ昏oo∴くひq﹇出位ぴ①巳P①゜pO°︵﹂⑩o◎﹂①︶⇒ψト⊃﹂↑

︵25︶ 出助ぴ①ユPPPO°︵﹂㊤oo﹂ひ︶乙り﹄cQいくひ碕ド自餌ぴo工PPPO°︵﹂Φo◎﹂①︶°Gの゜N﹂︽°

︵62︶ 國飴亘①ユPPPO°︵﹂Φoo﹂ぴ︶㊨切゜﹄oo°

︵27︶ 自ぎ旦PPPO◆︵一口゜︒﹂ひ︶⇒⑭﹄°︒°この点は︑自由な民主政の憲法と全体主義的な憲法との違いでもある︵国警旦P慧.○

  ︵﹂Φo◎一ひ︶︑m﹄oo︑︽Φ゜︶︒一くひq↑出⑪ひ①ユP①゜PO°︵﹂Φoo﹂①︶乙ηN﹂恥巨

︵28︶ 国陣ぴ而ユPPPO°︵﹂㊤◎c﹂ひ︶w白りひρ一<Φq一゜自餌ぴΦ巳PPPO°︵﹂Φoo﹂①︶ψNN古

︵92︶ 団位ぴOユPPPO°︵﹈°ΦOo﹈﹁ひ︶唱切゜切O°

︵30︶ 国讐2言ppO°︵﹂⇔c︒戸ひ︶︑切認自 学校制度に関するラントの法律などが例としてあげられている︒また︑ラント憲法の

  教育目標や基本法の原理を踏まえた規定が存在することが指摘されている︵頴ぴ豊p§b.︵﹂Φ○︒﹂ひ︶唱︒り゜鵠h︶︒﹀ぬ一゜

  出位ぴO巳PPPO°︵﹂⑩o︒﹂①︶一〇り゜N﹂Φ︹

︵13︶ <巴゜自伴ひOユゆPPO°︵一Φ○○﹂ひ︶︑Gり゜ON°

︵32︶ 国餌ぴ6巨Ppρ○°︵﹂④◎o﹂ぴ︶︑oり◎合くひo↑出獣ぴ而匡PppO°︵﹂Φo◎﹂①︶°Go°N巳⑳N一ρ

︵33︶ 出餌ぴO﹃庁︑PPO°︵﹂㊤o◎﹈°ぴ︶∨oり゜O吟

︵34︶ 口口ぴo匡PppO.︵一⑩Oo﹂ぴ︶︑Go6肯くひ⊇ド出餌ひ⑦巳PPpO°︵﹂㊤o◎一①︶噛o力N﹂⇔°

︵35︶ 自陰ぴ①ユPpρ○°︵一Φ◎◎一ぴ︶°o乃゜Φ四∴<σQゲ自陪ひo巳Pρρ○°︵﹂⑩○◎﹂①︶︑乙o°トo﹂○.

︵36︶ 自口古①ユPppO°︵﹂⑩o◎﹂ぴ︶︑切O釦L<σo一゜口陪ぴ①匡ρpρ○°︵一Φoo一知︶㊨○り゜トo﹂ρ

(13)

       ︵37︶ 教育目標の意義に関する議論︵本章一︶を前提としていると思われる︒

       ︵38︶ <σq↑口餌げo匡PPPρ︵﹂Φo◎﹂ぴ︶Qり゜①﹄戸OO°

       ︵39︶ 出書①匡Pρρ○◆︵﹂Φo︒﹂ぴ二乙の白り◎ローΦ否く讐国麟亘①巳PppO︵﹂Φ○◎﹂①︶oりNNρ賠○︒﹇

       ︵40︶ 出餌げ①ユPppO°︵﹂u︶○︒﹂亘二6りoり゜Σ弍Nいぐ巴寓位げoユPpPρ︵﹂⑩o︒冨︶°白りN卜︒◎︒・

       ︵41︶震ぴ9PSO°︵﹂Φ︒︒﹂ぴ︶°ψ↓N◆

       ︵24︶ 口餌ひ①巳PPPO°︵一Φo◎﹂ぴ︶︑Gり゜やN°

       ︵43︶ 出菩6ユPppO°︵﹂Φ○︒﹂ぴ︶○り\N°⁚<Φq↑出ぎ⑦巨PppP︵﹂OO︒富︶°卯N﹂戸いくΦq一・勺臼①﹃国ぎ①﹃言900民o目oO巾ω①涜n冨津△隅

         く2拾o力゜ゆ=ロ09°・﹄暮隅買9Φ昌 ︵声Φ品︶B詳乞8宮日ひq︵﹂Φやc︒︶巳口2の<隅ひ︒・巴目o笥①后O陳窪庄合巽勺﹃oN①ゆN司Φ津P窪乞①詳ゆ﹁汀

         巨r已自①σqP戸ΦΦ◎0りOり﹄切甲﹂◎Oド

       ︵44︶ 出ぷぴΦ匡PPρ○°︵﹂⑩○◎﹂ぴ︶︑ぴり\N

       ︵45︶ 自餌ひ①巳PPρ○°︵﹂⑩o◎﹂ひ︶∨白り◎べ゜

       ︵46︶ 国邸げ而巳Pp①b◆︵声Φoo戸ぴ︶QD°OS<旦゜国障ぴmユPPPρ︵﹂Φo︒﹂①二㊤巴﹂・

       ︵74︶ 国障げ⑦工PP①゜○°︵﹂⑩o◎﹂ぴ︶︑むり◆否べ

・       ︵48︶ <oqr出田ぴOユP①.ρ○°︵﹂口○◎﹂σ︶∨oり゜Φρ

       ︵49︶ <ロ一゜口餌9匡ρppρ︵おc︒一ぴ︶︑oり◎ρ︑<oQ↑口ぎ①ユPppO︵﹂Φ○︒﹂①︶°㊤N﹂﹂・

       ︵50︶ <ひqドロ餌ひ①巳PPPO°︵﹂Oo◎﹂①︶︑GoN﹂﹂台

       ︵51︶ 国警9PppO°︵﹂Φ゜︒﹂①︶︑白︒N﹂﹂°︽ ︾は原文に付されている︒以下同じである︒

       ︵25︶ 国陪ぴO匡PPPO°︵﹂Φoo﹂①︶︑切゜N﹂ピ

       ︵53︶出警旦PP担ρ︵﹂Φ゜︒声亘︶︑o︒◎⇔ へーベルレがこの例をどのように位置づけるのかは必ずしも明確でない︒この例は︑

         顕警旦pppO°︵﹂口○︒一陪︶では︑﹁明文の教育目標﹂の箇所︵団警6ユp①゜pO育︵お○︒冨︶︑㊤N﹂ω゜︶であげられている︒また︑この

         例は︑出ぎ①巳pppO°︵﹂Φo︒﹂陪︶∨ψNN印で論じられる﹁憲法の比較を通した教育目標﹂に該当するように思われるが︑﹁憲法

         の比較を通した教育目標﹂は︑国書旦pppO°︵﹂Φo︒﹂ひ︶においては︑それ自体としては論じられていない︒方向付ける価

         値について論ずる点等において︑自書9pppO°︵﹂Φo◎一ぴ︶の方が自警晋pρpO°︵お゜︒冨︶よりも議論が深められていると         考えたので︑本稿では︑国菩①匡pppO︵おo︒﹂げ︶にならって︑﹁隠れた教育目標﹂と関連づけて︑この例を取り上げるこ

         ととした︒また︑<胆出菩旦ppρρ︵﹂⑩o◎冨︶○り゜ト︒NPウPCS なお︑本稿の目的は︑ヘーベルレの議論を検討することで

         あるので︑本章ではラント憲法の引用も原則としてへーベルレに従う︒ラント憲法の条文に関して︑<ひq﹇<①匡器゜・巨ぴq9

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三四三

(14)

       三四四   

@ 

@ 

@ 

@ ?w臼ξ・︐・﹃雪§・・音合・w︵︒︒雪三q>轟量﹂⑩﹃︒︒°ニロΦぺ︒︒﹈⁚<・富馨R︒:・二①緩⇔冨雪え旦鍵§おN°

  

@ 

@ 

@ 

@ t已自①・・ゆ︵ω§三切・言二Φ︒︒ご竃﹇﹂Φ︒︒ごる§・・ξ・え︒・ユ・旨︒﹃切巨︒・音臣・・︑ω゜巨巨§︵°・g口﹂°宮﹃三Φ゜・°・°二

  

@ 

@ 

@ 

@ 竫C・︒︒︒﹈⁚︿・民・⁝ξ窪庫・二︒旨︒げ︒;巨⁝雪匹σ二﹀巨§︵○り鼠巳﹂°ζ障N﹂ΦΦ﹂°二口㊤Φ﹂°﹈三2⌒知ωω巨︒・°え窪

.  口ξ・︐︒冨・穿邑・書邑︒・︑p>巨§︵oり叶①昌口 ﹂.ブ自但﹃N ﹂⑩Φ口゜︶°口Φ︒m﹈三︒富・°・巨σ・・え・二ξ切゜廿窪ロ旨△①ω菅臣Φ;°

  

@ 

@ 

@ 

@ rβ白聾⁝︵m一け①口O一゜﹈40<6日亘6﹃一〇ΦC◎°︶︑口Φ㊤Φ゜二︿︒昏゜・・巨晦・え・二g°・︒§切巨︒°・一菖゜二﹀巨§︵°・§︒﹂°﹀旦

  

@ 

@ 

@ 

@ 

mOO﹂・︶・NOOご<o匡餌ω・・已白oqo巨匹隅△①已゜・oげoロロ巨口而゜・辰且Φ㌧○︒6>巨oσQΦ︵oり富o江ド乞o<①日げ2ト︒OO︽◆二NOO切゜︵﹇﹈内は

. . ︒窪゜・︒9乞§匡ぴ匡゜汗9の○曇畏置゜σqによる・︶

  

@ 

@ 

@(T4︶ ﹀ひ︒一゜出菩⑦巳PPPO︵﹂Φ゜︒﹂㏄︶w白りNN9 そこでは︑﹁憲法の比較を通した教育目標﹂について論じられている︒

  

@ 

@ 

@(T5︶臣ぴ巴p但゜但b°︵お゜︒﹂亘︶︑ひ゜O°︒◆

       ︵56︶本章一参照︒   −

  

@ 

@ 

@(T7︶頴ひ豊Pc・°知゜ρ︵﹂Φ゜︒﹂ひ︶亘芦

  

@ 

@ 

@(W5︶<Φ・三餌匡ps・°︵﹂︒°・﹂ひ︶ど巳預くぬ三菩゜量ξ゜︵﹂Φ゜・﹂騨︶°°・°曽ω゜

       ︵59︶ 本章三参照︒

  

@ 

@ 

@(U0︶頴ひ旦pp①b°︵お゜︒﹂げ︶∨白り゜Φ㊦゜

  

@ 

@ 

@(U1︶ 本章三参照︒また︑<西一゜出書旦P餌゜担○︵一⑩゜︒﹂ひ二︾⇒日□ω・︒°

A

(15)

兀 レレッケの議論

一 教育目標は法として適用できるものではない

奎では二九入︒年代のレレッケの驚を取り上げる・レレヅケによれば︑警目標は法として賃るもので ︵2︶       ︵3︶はなく︑裁判において適用できない︒        彼は︑ラインラント・プファルツ憲法を例として説明する︒教育目標である同憲法三三条は﹁学校は︑少年に︑

神に対する畏敬の念と隣人愛を︑尊敬と寛大さを︑誠実さと正直さを︑民族と故郷に対する愛を︑道徳的な行動と      ︵5︶職業上の有能さを︑国際和解の精神における自由で民主主義的な心情において教育しなければならない﹂と定め

る︒       ︵6︶ ところが︑レレッケによれば︑この教育目標は︑教育に関わる者の権利と矛盾する︒

 第一は︑教師である︒ラインラント・プファルツ憲法三六条一項によれば︑教師は︑その職を憲法の原則の意味       ︵7︶において行使するはずであるから︑ラインラント・プファルツ憲法の教育目標にも従うことになる︒ところが︑教

師は︑同憲法一九条によって︑採用試験において︑どのような信仰をもっているか︑どのような党派に所属してい

るかを問われることは麓・採用の際に信仰を問わないのであれば・﹁神に対する畏敬の念﹂や﹁隣人愛﹂を有し

ているかどうかは分からないし︑党派の所属を問わないのであれば︑﹁民族と故郷に対する愛﹂を有しているかど

うかは分から麓・つまり・教師が・警目標である同虫思法三三条に掲げられた資質を有しているかどうかは審査

でき蕊・そうだとすると・教師は警藁に掲げられた資質を有するとは限らないことに鮎が・自分にない資

   連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十入ー二︶ 三四五

(16)

      三四六

質を生徒に警ることはできないはずで影・つま?警目標の実現は教師の畠と衝突する可能性が稔・

 第二は︑生徒である︒生徒は︑ラインラント・プファルツ憲法八条三項によれば︑神に対する畏敬の念の教育を

        ロ

受ける義務はない︒つまり︑神に対する畏敬の念という教育目標は︑生徒の権利と衝突する可能性があるというの

で稔・

この議論に対しては︑少年は︑まだ独立していない・という反論も考えら江聴・成人に達していない少年に対し

ては︑教育目標に定められた資質を教える授業への参加を義務づけることができるという反論が考えられるという

のである︒しかし︑レレッケによれば︑このような反論をしたところでべ問題が親の教育権の平面に移動するだけ

  ︵17︶である︒そして︑親が教育目標に掲げられた資質を有しているとは限らないことは︑教師と同じであるのであっ

       あ 

て︑親も教育目標に則った教育をするとは限らない︒つまり︑教育目標の実現は︑親の教育の自由とも衝突する可

    ︵19︶

能性がある︒

       ハの  このようなレレッケの議論は︑ヘーベルレの議論と対立する︒﹁︹教育に関係する者の自由と教育目標との︺矛盾

は︑もちろん一掃されるように見える︒ひとが︑人間の尊厳︑民主政︑共和政︑人格の発展︑国際法に友好的であ

ることのような憲法原理それ自体を教育目標そのものと説明するならば︒その場合には︑子供︑教師︑親は共通の

目標に向けて義務づけられ︑そして︑教育における違いは︑もはや浮かび上がるはずはない︒そのような構想を

ペーター.へーベルレ︵原文注八︶は︑多元主義のための﹃基礎条件﹄はすべての世代に新たに伝達されなければ       ロ ならない︑という理由づけによって実際に主張した﹂︒つまり︑へーベルレの議論は︑教育目標が教師の自由や生

徒の自由や親の自由と衝突することを隠蔽する議論である︑とレレッケはいうのである︒

 また︑レレッケによれば︑ヘーベルレの議論は︑﹁⁝すべての人間に︑尊厳︑人格︑民主政︑共和政︑国際法に

(17)

      友好的であることが最初に教えこまれなければならないということ⁝﹂から出発するが︑そうだとすると︑教育目

標を受け入れない人は︑﹁⁝初めから︑尊厳がなく︑人格がなく︑民主主義的でない等々のものとして1除去され︑

追放さ捻﹂ることになる・レレッケからすれば︑→ベルレの議論は︑教育目標を受け入れない人がいるという

否定できない事実を無視していることになる︒       ぶ  つまり︑問われるべきは︑実定化された教育目標が︑他の法規範と同じように適用できるかどうかである︒そし       ︵25︶て︑これまでの検討からすれば︑教育目標は︑他の法規範と同じように適用できるものではない︒﹁教育目標を

使って法にかなった行為と法にかなっていない行為を区別するならば︑教育目標は︑諸々の基本的な自由︑また︑

諸々の法原理と相容れない︒教育目標そのものを一般化し︑法と自由そのものを教育目標と説明することによつ

て︑その矛盾を回避しようとするならば︑もはや︑法にかなった行為と法にかなっていない行為を区別することが

できな遷﹂・﹁教育目標の法律学的な適用不可能性の根拠は︑法と不法の間が区別されることができる場合だけ︑       ︵27︶そして︑法と不法の間が区別されることができる限りだけ︑法規範があり得る︑ということにある﹂︒

二 教育と法の関係

 レレッケは︑学校をめぐる法律問題をどのように捉えれば良いのかという問いについて︑連邦憲法裁判所の判例       ︵28︶を手がかりに議論を進める︒

レレッケは二進路指導学年制竃Lをおおよそ次のように紹介靭連邦憲法裁判所は・国が学校製を計画

し︑また︑組織する権利を持つことを認め︑養成課程と授業目標を内容的に確定することも︑その権利の一部であ

   連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三四七

(18)

      三四八

       ると述べた︒また︑連邦憲法裁判所は︑学校における国家の教育委託はその領域において親の教育権と同位に扱わ      う れる︑と述べた︒その理由として︑連邦憲法裁判所は︑﹁子供の︿ひとつの﹀人格の形成︵国匹巨口︶を目標として

いるところの親と学校のこの共同の教育任務︵卑N﹂①巨お乙・巨品①ぴΦ︶は︑個々の権限に解体されない﹂︵原文注一

       ︵33︶こことをあげた︒

レレッケは︑連邦憲法裁判所が﹁子供の︿ひとつの﹀人格﹂という考えを採用したことを批判為二子供の

︿ひとつの﹀人格Lの立場から出発すれば・全面的・全体論的な教育概念に行き着くことに籔・しかし・全体論

的な警概念は︑すべての市民の原理的な畠権と相容れ蕊・また・全体論的な教育概念は・分業的な多兀裏

         び

社会と両立できない︒﹁全体論的な教育概念は︑はつきりと︑教育システムという部分の分離独立に対して︑すな

       ︵38︶

わち︑授業と教育学の相対的自律に異議を唱える﹂︒

レレッケによれば︑全体論的な誓概念を根抵に置くこの考えは維持でき蕊・連邦憲法裁判所も・﹁宗派混△︒

   れ 学校事件﹂において︑子供の︿ひとつの﹀人格の形成が問題となったにもかかわらず︑親と学校の共同の教育任務

を個々の贋に解体せざるを得なかった・とレレッケ竺吏レレッケによれば・連邦主思法裁判所は子供の︿ひと

つの﹀人格を宗教に関する部分と宗教に関しない部分とに分け・宗教に関する権限を親に割り当羅・そして・正

しい学校教育について︑親と学校の間で意見が相違した場合の仲裁の役割を国に割り当癌・また・連邦害心法裁判

       ︵4︶

所は︑﹁性教育決定﹂において︑学校における性教育を﹁知識の伝達﹂の観点と﹁危険の防止﹂の観点という二つ       ︵45︶の観点の下においてのみ認めた︑とレレッケはいう︒

レレッケは︑以上の検討を踏まえて︑国家は実際にはどの程度教育制度を規制することが許されるのかを麗・

﹁争いの決定﹂︑﹁組織﹂︑﹁危険の防止﹂という三つの根拠からのみ︑国と学校は少年に対して作用することが許さ

(19)

      ︵47︶

れる︑と答える︒

       ︵48︶ しかし︑﹁進路指導学年制判決﹂について検討したところからも明らかなように︑連邦憲法裁判所は︑国には教

      ︵49︶

育の内容的な形態づけも許されると述べていた︒このことは︑国が少年に作用することを右の三つの理由に限ると

いうレレッケの議論と整合するのかという疑問が生じる︒レレッケは︑国と教育システムの関係を明らかにするこ         ︵50︶とでこの疑問に答える︒レレッケによれば︑﹁国は養成の進行と授業目標を内容的に決定することが許される﹂と

       ︵51︶

いう命題が適用された事例を吟味すれば︑﹁国は︑相対的に独立した教育制度に対して︑公共の福祉の要求を主張       ︵25︶することができる﹂という原理が導かれる︒レレッケの考えはおおよそ次のように説明できると思われる︒教育シ       ︵53︶ステムは︑社会という全体システムに対して新たな人材を供給する任務を有する︒全体システムは︑供給される人

材がどのような人材であるかを知る必要があるので︑教育システムは︑たとえば点数をつけるという方法でメルク

マールを書き加えて︑若者を選抜する︒この選抜が安定して行われるためには︑メルクマールの書き加えが安定し

たものでなければならない︒そのためには︑養成の進行と授業目標の準則が前もって与えられることが重要であ

る︒教育システムに内容的な準則を与えるのは︑立法者としての国の任務であり︑国はその限度で教育内容に関

 ︵54︶わる︒つまり︑国が教育内容に関わることができるのは︑教育システムが全体システムにつながる局面であり︑若       ︵55︶い世代の養成が円滑になされるために必要な限度に限られる︑というのであろう︒そうだとすれば︑国が少年に作

用することを右の三つの理由に限ることと︑国が一定の限度で教育内容に関わることとは矛盾しないというのであ

ろう︒レレッケによれば︑学校の憲法委託の中核は︑﹁⁝学校は︑組織によって︑争いの決定によって︑危険の防

止によって︑公共の福祉という利益が︑教師と生徒の間の具体的な教育関係において︑適切に有効に働くことを配         ︵56︶慮しなければならない﹂ということになる︒

   連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三四九

(20)

三五〇

三 教育目標の意義

 教育目標規定は何の意味も持たないのだろうか︒レレッケによれば︑教育目標は︑﹁⁝授業における教師のため      ︵57︶の道徳的な支え⁝﹂としての意義は有する︒      ︵58︶ レレッケの議論は︑次のように理解できる︒教育プロセスが生徒に獲得させた経験と知識がすぐに失われないよ       ︵59︶うにするために︑教育プロセスが公的な道徳によってある程度安定させられることを社会は期待する︒しかし︑法       ︵60︶治国家における国家の学校の場合は︑公的な道徳を伝達することに問題がある︒ここで︑教育目標が実定化されて       ︵61︶いれば︑教師は生徒に対して憲法の教育目標に依拠することができる︒実定化された教育目標の意義は︑その限り

 ︵62︶である︒こうして︑﹁⁝実定化された教育目標は法的命題ではなく︑授業における教師のための道徳的な支えであ    ︵63︶るにすぎない﹂︒

四 レレッケの議論の意義

       ︵64︶ レレッケによれば︑教育目標は裁判規範としての法ではなく︑道徳にすぎない︒このように考えるレレッケに

とって︑法ではない教育目標をラントが定めるか︑連邦が定めるかということは︑それほど重要ではないだろう︒       ︵65︶また︑国の教育への関与は限定的なものにとどまる︒つまり︑教育システムが知識の伝達と職業への準備という任

務を果たすのに必要な限りで︑法システムは教育システムと関わるのであって︑原則的には︑教育のことは教育シ

(21)

       ︵66︶

ステムの自律性に任せるべきだとレレッケは考えている︒

レレッケの議論によれば︑教育制度が連邦制と関わるかどうかは︑おのずから決まる問題であることになろう︒

連邦制国家であれば︑それに応じたサブシステムとして教育システムは分化するであろうし︑単一制国家であれ

ば︑教育システムはそれに応じたサブシステムになるであろう︒つまり︑レレッケの議論にとって︑連邦制が採用

されているかどうかはあまり重要な問題ではなく︑法システムと教育システムの関係や︑教育システムと全体シス

テムの関係こそが重要な問題になると思われる︒

︵1︶ ○Φ註知o匹㊦否オP国日δ廿已昌⑤q°りN︷①庁已口画合﹃﹀巨斥pσQユ①﹃ω9巴ω゜・︹庁巳6﹄巳句Φω㌃o巨捧寓芦ω﹈08巨日司巴①門出o日5ひ司o口合而目

  ︿o昌綱巳蒔①昌ひQNΩ巳2°吋け①○△o﹃﹈≦①q昌N︑○窪画国o而已ΦOオP﹂⇔Oo古oりω゜﹂o◎S﹂Φq︶直二臼N﹇一巳口o援゜﹀艮ひ90匹障叶①﹃勺o乙り庄く尻日已゜力

  ﹀已ωσq①綱位巨90∩o庁ユ津而⇒N⊆口①o<o日已ω゜力①古N⊆昌ひq①自ユo乙力くo臥ぽω⊂口ぬ゜力o力訂巴Φoゆ出①﹃①⊆°り⑰q①ぬ6げ而口く○ロ○茸oO①065犀Φ已①5﹂ΦΦ◎

  Gり○り.ト︒零・N﹃O︵以下︑問o巴Φo犀Pp①゜○°︵﹂Φ○︒富︶と表記し︑一九八四年の初出の際の頁数を記す︒︶⁚○Φ庄問o巴8犀p国゜°巨

  自昌臼勺﹃ぼ⊂ロσ碕O戸﹇巨ウOoり叶ω⇔巨ユ津N⊆日﹂トo口盲匡ユぬ6昌出Ooり9犀6昌色隅﹈.已ユ切江oり6げO昌ΩゆωΦ=oりOげぽけN已加①﹃巨白︑田魯o自oりひo⑦σqOひO口くO昌

  O﹂①叶巽≦﹁︷済P一Φo◎古GoOり゜Φト◎研①鼻ρ二〇言二巨匹隅゜り︾=仔ゆ匹障叶隅勺oω巨己㊦日=白り⁚︾已oりoqΦ≦位巨﹇Φ乙ooけ民津①口N已匹o昌くo墨仁゜力切Φ冒已目ΦqΦロ

  ムoω<oぼ器゜り巨゜q°・の9巴Φψ出o﹃芦⑩σqΦoq巾ぴΦ昌<o目○詳oO80自廿o⊂⑳5﹂口⑩9白り㊤ω$−ω゜︒切゜︵以下︑図oo已oo芹PppO︵﹂Φ゜︒︽古︶と表記

  し︑一九八四年の初出の際の頁数を記す︒︶⁚Ω霞ユ国o巴Φ6オ炉N已日>o﹃プ陰詳巳゜・<oロ肉①o巨已昆印N﹇筈巨険し巨くo日巳≦o詳−

  匡oげ評①ご已ロユウ苫巨①﹂庁O一而く①匡器ω已昌oq巴゜り田隅9而磐一日ヨ甘○﹃画5已巨Φ笥゜司窃富oげ匡津皆﹃≦一巨Ωo品隅N已日◎◎ρOoげξ汁゜り8ひq°

  出⑦日已゜︒鱒①oq①ぴ①口く8ロ芦ω﹈80巨日ウ巴Φ門勺①巳民≒oけげ亀巨工団目゜・叶円誌ひqo□﹂Φ゜︒ρoりω゜ω±−ω切鍋︵以下︑男o而已o丙PppO°

  ︵お゜︒ゆ︶と表記する︒︶

︵2︶ 男o⑦涜爵PρpO°︵﹂Φ◎︒富︶ひ゜お﹂.      ︑︐︑︐

︵3︶肉︒巴Φ爵PpPO°︵お゜︒貯︶唱oり゜﹂Φ﹂二鐸

︵4︶丙゜合6象ρp鉾○:︵﹂Φ゜︒富︶°力゜﹂c︒津゜

︵5︶ 肉oo ①済PPPO°︵這゜︒富︶︑切一゜︒°︒°本稿の目的は︑レレッケの議論を検討することであるので︑本章ではラント憲法の引

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三五一

(22)

三五二

  用も原則としてレレッケに従う︒なお︑ラインラント・プファルツ憲法三三条は︑一九八五年に改正され︑﹁自然と環境

  に対する責任意識﹂が加えられている︒︵ラント憲法の条文に関して︑本章においても︑本稿1︵53︶にあげたくoぼ皐

  ゜・巨σQ①5△o﹃号葺ψ・各窪切巨餌oψ・一芦口2の各版を参照︒︶

︵6︶<巴穿①=Φ爵PPpO°︵巳゜︒☆二〇り゜声c︒Φ゜

︵7︶ 問o①巳ooオPPPO°︵﹂Φ︒︒合二白り゜﹂︒︒︒︒° 一九六九年の改正により︑レレッケの本論文執筆時には︑ラインラント・プファルツ

  憲法三六条は一項しかなかったはずである︒なお︑ラインラント・プファルツ憲法三六条は︑一九九一年に︑﹁教師は︑

  教育者としてのその職を憲法の原則の意味において行使しなければならない﹂と改正されている︒

︵8︶勾oo巨ゆoオP鉾pO◆︵﹂㊤︒︒富︶︑∪り゜﹂°︒°︒°なお︑ラインラント・プファルツ憲法一九条は︑一九九一年に改正されているが︑レ

  レッケが本論文に引用した部分に限ってみると︑改められていない︒

︵9︶肉○巴①昆P靭PO◆︵﹂Φ゜︒富︶レ﹂°︒°︒﹁

︵10︶ 肉o巾已①6屏PPPO°︵﹂Φ○◎P①︶︑㊤﹂○︒○○°

︵11︶ <Φq戸口oΦ⊆on犀PPPρ︵﹂Oo︒爵二Qり゜﹂◎︒○︒°

︵12︶<巴国︒⊆め爵PρPO°︵﹂口゜︒合︶︑o︒°﹂°︒°︒°

︵13︶ <⑯一゜戸○竺①昆PPPO°︵巳゜︒富︶︑切﹂°︒°︒︹ ただし︑教育目標的資質をまったく有しない者を排除できる可能性はある︒<巴

  国oΦ箒9Ppρρ︵﹂Φ○◎≠①二白り白○°﹂o︒○◎−﹂Ooρ

︵14︶ 知○⑦崇o匠PρPρ︵﹂Φ○◎富二㊤﹂○︒鉾

︵51︶ <吋ピ男8箒爵PppO°︵おo︒富︶−乙り゜﹂○︒o︒◆

︵16︶ 間oo已o村Pロ田b°︵﹂⑩o◎富︶°胡﹄cc⑰

︵71︶戸o① ①爵PPPO°︵お︒︒世︶︑︒り﹂°︒ρ 基本権は少年にも妥当しなければならないという問題は︑それとして別にある︒<σq一゜

  国oo ⑦o屏PppO°︵這o◎︽①︶℃oり﹂○◎Φ゜

︵18︶ <σq一゜國o巴8オPpPO°︵品○︒富︶︑乙り﹄c︒ρ       ︑

︵19︶ <σq↑問oo已爵P智ρ○°︵冶○︒富︶woり﹂o︒Φ゜

︵20︶ へーベルレの議論については︑本稿−参照︒

︵21︶ 戸o些①︒オPPPO°︵お○︒☆︶⇒oり乙り゜一゜︒Φ﹂⑩ρ ︹︺内は︑筆・者が補った︒原文注八は︑出書︒巳P9°○°︵戸Φ゜︒富︶︑ψト︒﹂﹂は︵この表        り

  記につき本稿1︵1︶参照︶をあげている︒

︵22︶ 戸oo庁nオPPpO︵巳o︒富︶︑○り゜﹂8°

(23)

︵23︶ 問oo=①o民PppO°︵おo◎︽①︶白o°﹂ΦO

︵24︶ ヵoo=60尻PpPρ︵這o︒+但︶oo°一⑩﹂°

︵25︶ 男o①=⑦oオPP①b°︵﹂⑩o◎ド①︶︑ψ一Φ﹂°

︵62︶ 男oo=⑦o片PPpρ︵﹂⑩o◎吟已︶㊤﹂Φ﹂°

︵27︶ 戸oo已⑦o尻PP①b°︵﹂Φ◎◎富︶㊤お﹂°⁚<⑰q一゜問oΦ ①o尻PPPO︵﹂OooΦ︶ψ逡◎︒°

︵28︶ 戸o①=o否犀PPpO°︵巳o◎恥①︶︑㊤﹂口N津

︵29︶ ロ<①匡○国ω古﹂窃は ﹁進路指導学年制判決﹂について︑飯田稔 ﹁国家の学校監督権と親の教育権−進路指導学年制判

  決1﹂﹃ドイツの憲法判例︵第2版︶﹄ ドイツ憲法判例研究会編 二〇〇三年 二三六−二四一頁参照︒.

︵30︶ 問oΦ巨oo丙PpPρ︵﹂Φo︒︽①︶∨ψ﹂⑩N°

︵31︶ 戸o①庁爵PpPρ︵﹂⑩o◎貯︶︑ひ﹂ΦN° ︵﹀σq↑じu<而ぽ○国ω古﹂○◎N°︶

︵32︶ 男o①頴o沖PpPO°︵﹂⇔○◎富︶︑ψ﹂㊤N° ︵<oqピロ<①民○向巽﹂○︒ω゜︶

︵33︶ 肉oΦ苦o片pppO°︵﹂Φ゜︒富︶㊤﹂ΦN 原文注一一は︑ロ<Φ昧○国路Gり﹄09﹂°︒ω゜をあげる︒︿﹀内は︑ロ<①匡Ω国ω古﹂°︒ω゜に

  おいても︵レレッケの引用においても︶イタリック体︒本章でも︑以下︑﹁子供の︿ひとつの﹀人格﹂という言い回しに

  おいて︿ ﹀を付す︒

︵34︶ 印o⑦⊆8オP①゜①b.︵﹂⑩o︒命但︶°Oo﹂ΦNは

︵35︶ 知oo=8片P餌゜pO◆︵﹂Φo◎吟知︶°○り゜﹂Φ印

︵36︶ 殉oo臣︒屏ppPO°︵﹂Φ゜︒富︶︑oり巨Φ印 本章一で紹介したヘーベルレへの批判も参照︒

︵37︶ <ぴqド問8庁nオPρpρ︵So︒俸①︶㊤﹂綜゜

︵38︶ 国o①崇o犀pppO令︵﹂Φ゜︒富︶一〇力゜﹂Φ釧゜システム理論的な考え方が表れている︒

︵39︶ <巴国o① o鼻PppO°︵﹂Φ゜︒富︶oりoり゜﹂巴−﹂㊤ω二雷゜

︵40︶ 肉o① ①o屏pPpO°︵﹂⑩゜︒富︶の注一二は︑ロ<o匡Ω国自゜︒°ト︒⇔拝ド﹂㊤C口は三﹂oり◆°︒°︒°をあげる︒﹁宗派混合学校事件﹂

  ︵﹈﹈ノ\O﹃一〇国︽﹈°wNq⊃︶について︑柳眞宏﹁キリスト教的性格をもつ共同学校︵宗派混合学校︶の憲法適合性−宗派混合学校

  事件1﹂﹃ドイツの憲法判例︵第2版︶﹄ドイツ憲法判例研究会編 二〇〇三年 一二六−一三一頁参照︒

︵41︶ 男o巾巨8民PPPO︵這o◎卜①︶︑Q力ω゜﹂口N−﹂⇔W

︵42︶ 国o①已8村PρpO°︵﹂⇔○◎︽知︶︑oo°﹂㊤口

︵43︶ 男oo已ゆ6片PPpO°︵お○◎昏自︶︑白り︑﹂Φω゜

連邦国家における教育制度問題の憲法学的考察       ︵都法四十八ー二︶ 三五三

参照

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