[書評] 飯野春樹著『バーナード研究 : その組織と 管理の理論』 (文眞堂,1978年)
その他のタイトル [Book Review] Haruki Iino, "A Study of Chester I. Barnard : His Theories of Organization and Management"
著者 加藤 勝康
雑誌名 關西大學商學論集
巻 23
号 2
ページ 144‑158
発行年 1978‑06‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00020976
書 評
飯野春樹著「バーナード研究
その組織と管理の理論 」
(文具堂, 1 9 7 8 年 )
加 藤 勝 康
1. は じ め に
わが国のバーナード研究が,近年にわかに,その深みと,そして論及の多 様さを増してきたことは,まことに注目に価する現象である。バーナード理 論は,科学方法論の上でも従来の社会科学にみられない新しい一つの方向性 を提示するものと思われるが,そのようなバーナード理論の豊かな可能性か ら考えてみても,このような硯象は,格別驚くにはあたらないことと思える のである。かつて,馬場敬治博士は,今後の経営学界における正道は,バー ナード・サイモン理論を批判し補完しつつ進められることであろうと予言さ れた(馬場敬治「経営学の到達点と向後の進路」,『経済評論』,第5巻2号, 昭和31年2月)。わが国経営学界の硯状は, この予言をある程度現実のもの たらしめているとみることができる。
新しい社会科学の一つである経営学は,「マネジメント・ジャングル」と もいわれる多彩な展開過程の中で,今日ほど真剣に,経営学を科学たらしめ る基礎理論を求めている時期は, 未だかつて無かったであろう。 こ の 時 期 に,バーナード研究が,,学界において盛んな関心事となっていることは,そ
れらの諸研究を通じて,やがて新しい大きな学問的展開がおこりうることを 予想せしめるものである。
このような時期に,飯野教授の新著『バーナード研究一~その組織と管理 の理論‑.!Iが刊行されたことは,まことに時宜にかなったものといいえよ う。ひとも知るように,飯野教授は,わが国におけるパーナード研究者の中 にあって,真にバーナードに傾倒し,バーナード資料を徹底的に渉猟し,バ ーナード理論の解明に全力を打ち込んでこられた学究である。新著にとり入 れられた旧稿の多くは,すでに学界において,わが国バーナード研究への貴 重な貢献として承隠せられてきたものであって,「バーナード研究」と題す る本書は,然るべき人によって,然るべき内容を伴い,まさに,然るべき時 に生れいでたといいうるであろう。
2. 本書の概要とその主張
飯野教授の新著『バーナード研究』は,新たに書き下ろされたもの 3章, 旧稿を加筆ないし再構成したもの4章,旧稿からの転載3章,全体で3部10 章から構成されている。この点からも,本書は,飯野教授の最近における立 場をふまえての,バーナード研究の到達点を示すものとみることができる。
本書の内容のうち,旧稿にかかわるものは,わが国バーナード研究の展開 において,それぞれが重要な役割を果してきた。このことは,著者の主張を 受容すると否とにかかわらず,異論のないところであろう。収録された旧稿 は,この意味で,これまでのバーナード研究における著者の重要な役割と貢 献を物語るものである。
旧稿も新たな彫琢をうけ,それぞれが然るべき所をえることによって,ま さにシステムとして一つの主張を形成し,全体は部分の合計以上のものとな った。数多くのバーナード研究者のうちにあって,著者は,これまでにおい て最も豊富にバーナード関係資料を渉猟し,周到な論証の裏付けのもとに,
わが国パーナード研究をリードしてこられた。著者の主張が,本書の刊行に よって,あらためて明確な姿をとって呈示されたことは,今後のバーナード
研究の一層の展開にとって,大変有難いことである。同じくバーナード研究 に心をよせるものとして,本書の刊行を心から祝福したい。
主として紙幅の制約を考慮し,本書の内容を次の方針にしたがって以下に 概観してみたい。 I日稿にかかわる内容については,既に学界において周知の ことに属するので,極く簡単にその主張点を紹介するにとどめる。本書第2 部を構成する3つの章のうち, 2つの章が新稿であり,本書に含まれる 3つ の新稿のうちの2つを含んでいる。それのみならず,とくに第3章「バーナ
ードの意図—組織論的管理論の構築」においては,バーナード理論につい ての最も基本的な著者の見解が表明されていると考えることができるので,
やや立入った紹介を試みることにした。
第1部は,「チェスクー・バーナード, その人と業績」であって, 第1章
「バーナードの生涯」および第2章「バーナードの著述一覧」を含む。第1 章は,バーナードの伝記であり,新たに書き下ろされたものである。従来わ れわれは,ウォルフ教授によるバーナード伝記によってバーナードの生涯を 学んできたが,飯野教授のそれは, ウォルフ教授の場合とは異なったユニー クさをもって,われわれの興味をひきつけてやまない。第 2章「バーナード の著述一覧」は,バーナード研究者にとっては極めて貴重な資料であり,飯 野教授ならではなしえなかった重要な貢献の一つである。
第 2部は,「バーナードとその主著」と題され,「バーナードの意図」,「バ ーナードの基本問題」,そして,「主著の構成と主要概念」の3章から構成さ れている。「個人主義と全体主義の統合」というバーナードの基本的ヴィジ ョンと,主著を中心とする概念構成を解明し,バーナードの意図が,組織論 的管理論の構築にあることを論証しようと試みたものである。
第 3章「バーナードの意図ー一組織論的管理論の構築」は,本書のための 新稿であり,バーナードが,「主著において何を記述しようと意医したのであ ろうか」 (59頁)を,「バーナードに即してバーナードを読もうと試み」 (60頁) たものである。
ところで,「バーナードに即してパーナードを読む」とは, 具体的にはど
のような主張であろうか。著者によれば,「バーナードの主著を著者に即し て読むかぎりでは,それは『組織論的管理論』の記述であった,とするのが 筆者の立場である」 (60頁)と。すなわち,「バーナード理論は組織論を基礎理 論とする管理(マネジメント)論」 (60頁)であるということ,「その管理論は 組織論を離れてはありえない管理論であり,その組織論は管理論を予定した 組織論である」 (60頁)。著者はこのような基本的観点から主著の内容を吟味
し,著者の主張を裏付けようと試みる。
もとより,管理論と組織論との結びつきは,決してバーナードにはじまる ものではないであろうし,なんらかの組織論を予定しない管理論はこれまで にもありえなかったであろう。したがって,著者が,あえてバーナード理論 は「組織論的管理論」であることを主張するためには, それがどのような^
「組織論的管理論」であるのかを明確ならしめるための,それ相応の用意が なければなるまい。第 3章の主張点は,主著の構成に即して,パーナード理 論が,どのような意味において組織論的管理論とみなしうるのか,にかかわ
るものである。
著者の主張によれば, バーナードは,「組織と個人の統合にこそ真のマネ ジメントの課題があるとみなした」ことにより, 「そのような管理論を記述 するには,それにふさわしい組織論,人間を含んだ新しい本格的な組織論の 構築を必要とした」 (63頁)。すなわち,バーナードの組織論的管理論は,「個 人主義と全体主義の統合を目ざす」(序文iiiiv)組織論的管理論であるという のが,この点に関する著者の主張の第一である。
次に,バーナード理論は, 「管理論の見地から, その基礎理論としての公 式組織のレベルに視座をすえつつ, 評価されるべき」 (68頁)ものである, と いうのが, 主張の第二である。著者は,「バーナードからきわめて多くのこ とを学びうるけれども,マネジメントの視点と,'公式組織というシステムの レベルとを見失うならば,バーナードを過大評価するか過小評価するか,そ のいずれかの危険性に陥る」 (69頁)と主張する。
この第二の主張点である「公式組織というシステムのレペルを見失わな
い」とは, 一休どのようなことであろうか。「バーナードは, 協働システム の管理を説明するために,公式組織というサプシステムを抽出し,組織の構 造と機能を分析する。管理論の基礎理論として,それ自体として存在する公 式組織というシステムのレベルに視座をすえるのである」 (71頁)。パーナー ドの公式組織とは,周知のように,「 2人以上の人ぴとの,意識的に調整され た諸活動または諸力のシステム」である。「協働システムから公式組織が抽 出されるのも,公式組織が前述のように定義されるのも,管理論を前提にし ているからである。管理論を必ずしも前提にするのでなければ,協働システ ムそのものの構造を,たとえばsocio‑technicalsystemとして分析したり,
そのサプシステム間の相互作用の考察に焦点を・合せることも可能であろう。
あるいは,社会学としては,もっと具体的な社会システム論とか公式組織論 を提示してもよいはずである。しかし,ここで問題とされているのは,モノ
・カネ・ヒトから成立っている協働システムの公式的なコントロールの役割 を果たすべく,そのなかに神経系統のように広くゆきわたっている,意識的 に調整された人間活動のシステムとしての公式組織である」 (66 67頁)。
「管理の作用は,他のサプシステムではなく,まさに人間の意識的な活動 を通じて行なわれる。公式組織は,協働システムの存続,つまり管理にとっ ての戦略的要因である」 (66頁)。さらに著者によれば, 主著第 3部の「公式 組織の諸要素」は,公式組織(成立)の 3要素の具体的展開をなすものであ り,バーナ ードにあっては,不可欠な管理職能は,この組織の諸要素に対応 するものである。ここにも組織論と管理論の直接的対応は明白である。それ 故にこそ,公式組織が問われることになるのである。以上の理解から,公式 組織というシステムのレベルに視座をすえるべしという,著者の第二の主張 がでてくるのである。
このような著者の主張は,さらにまた次の理由によっても強化される。バ ーナードが「公式組織の構造と機能についての本格的な組織論を構築したの は,それをもって,あらゆる協働システムに普逼的に存在する管理機能を説 明する基礎理論たらしめんがため」・(72頁)であり,「管理論のためにこそ,
協働システムのレベルではなく,協働システムのサプシステムである公式組 織のレペルにおいて,公式組織そのものの成立と存続にかかわる組織理論を 考察するのである」 (72頁)。このような著者の観点からすれば, 「バーナー ド理論を彼の意図に即して組織論的管理論と特徴づけた場合,これまでに使 用した表硯である『公式組織に視座をすえて』バーナードを見ることが必要 である。各人には自己のバーナードを読むことが許されるとはいえ,バーナ ードに特徴的なシステム論や戦略的要因の理論を無視したり,ご都合主義的 に利用して,新しいバーナード解釈を試みたりすることには筆者は批判的で ある」 (73頁)。
上述のように, 著者は,「バーナードが, システム論を用いて,公式組織 のレベルで『切って』考察していることを繰返し強調」する。「著者が,『組 織 3要素』説を強調し,それらの相互依存性を重視するのも,あるいは,組 織の成立から存続へ,組織から制度へ,と時間的要因と道徳的要因とを導入 して組織論を説明するのも,まさに一貫して公式組織のレベルに視座をすえ る『組織論的管理論』の立場をとるからである」 (74頁)と。
ところで,バーナードの概念枠組の中で重要な位置を占める「協働システ ム」は,公式組織のレベルに視座をすえるべしという著者の主張に照らせ ば, 一休どのような意義をもつことになるであろうか。著者によれば,「協 働システム概念によって, 組織の環境分類はいっそう明確になり, 意 思 決 定における環境分析にはいっそうの深みが与えられるとは思う」が,「経営学 を, マネジメントが作用するとともに作用されるものとしての,『経営体』
…・・・の構造と過程との統一的把握を求めるものとみなせば, 協働システム 概念はいっそう重要である」 (75頁)。その意味で,「バーナード理論は,管理 論を越える経営学休系をなすものと評価しうる」 (76頁)であろう。 しかし,
著者は,「繰返し限定したように, バーナードの意図に即して見るかぎり,
パーナードの主著は組織理論を基礎理論としたマネジメント論を試みたもの である,とみなす」 (76頁)のである。「マネジメント論なるがゆえに公式組 織のシステムで『切って』,それに焦点を合せることになった」 (76頁)。この
飯野春樹著「バーナード研究」(加藤)
ような主張は, 著者がもし,「マネジメント論とは区別された意味での『経 営学』を求められるならば,協働システムの諸サプシステムを分類し,それ らの間の相互依存性を究明するであろう」が,「筆者のいうマネジメント論な らば,協働システムの,公式組織以外の諸構成要素は,公式組織の環境に,
より具体的には意思決定の環境に配列されているはずである」 (76頁)。「主 著であえて協働システム概念を導入したのは,全人としての個人を構成要素 とするより大きいシステムをもつことによって,組織概念と人間の地位をよ り明確にすることであった」のであり, 「協働システム概念の追加がなくて も,彼の問題意識としての組織と個人の対応は十分に考察されているように 思われる」 (77頁)のである。
著者は, このような観点からさらにすすんで,「もしバーナードが, 当初 から協働システムという,より大きいシステムのレベルでの考察を試みよう としたのならば,個人も組織_おそらくは一定の構造をもった人間の集り とみなされよう一ーも,協働ンステムのサブシステムとして並列に置かれた だけであろう」と主張され, 「この点からは, 協働システム概念の重要性に もかかわらず,協働システムそのものの考察,あるいは協働システムのレベ ルでの考察は,バーナードの意図にはなかったはずである」 (77頁)。
以上によって,著者が,なぜにバーナードの意図に即して解釈するかぎり では,組織論的管理論であると主張されるのか,そして,そのような見方こ そが, どのような点で,「今後バーナード理論のいっそうの展開を期すため にも最も効果的」 (77頁)であるのかについて,著者の言明に即して紹介を試 みた。これらの主張点は,旧稿部分をも含めて,統一された一書として本書 を読むとき,すべての論述の底に流れている著者の基本的なバーナード観で あろうと考えられるが故に,本書の特徴を理解し評価するための重要なボイ ントであると考えられる。
第 2 部第 4 章「バーナードの基本問題一―—個人主義と全体主義の統合」
は,旧稿の転載ではあるが, すでに指摘した著者の第一の主張点, す な わ ち,バーナード理論が「個人主義と全体主義の統合を目ざす組織論的管理
飯野春樹著「バーナード研究」(加藤) (151)83 論」であることを理解するための極めて重要な論点,個人主義と全体主義の 統合に関して, バーナードの論文 Collectivism and Individualism in Industrial Management, " 1934を中心とする紹介である。
第2部第5章「主著の構成と主要概念」は, 新稿であり, 「主著にはじめ て取り組むような人びとへの手助けとなることを期待して,主著の主要概念 をできるだけ各章順に解説」 (114頁)したものである。「本書はバーナード理 論のすべてを取り扱っているわけではない」 (114頁)。それは, 「バーナード に影善を与えた知的系譜の研究」とともに, 「バーナード理論に関して, す でに従来の諸研究によってよく知られているところ,たとえば意思決定論や 組織均衡論などは, 本書ではそれほどふれていない」(序文iv)と述べられて いるように,バーナード研究としての限定をもつものであるから,主著全体 の構成についての本章の解説は,確かに,著者の「バーナード理論の全体像 を明確」にし,「本書の他の諸章の理解を深めるのにも効果的」 (114頁)であ ろう。
第3部「バーナード理論をめぐる諸問題」は,旧稿の転載および旧稿を基 礎に書かれた迫力にとむ5つの章から成っている。第6章「主著執筆過程に おける協働体系と組織の概念」は, ローウェル講義の草稿には見出せなかっ た「協働システム」という概念が,主著執筆過程において新たに導入せられ た事情を解明した注目すべき研究成果であり,バーナード研究にたいする貴 重な貢献の一つである。
第7章「公式組織の基本要素をめぐって」は,バーナードの主著における 公式組織の3要素をめぐる著者の見解を,旧稿にもとづいて明らかにしたも のである。著者は,組織の構成要素と基本要素とを区別することの重要性を 強調し,組織の構成要素である「諸力」の内容について検討している。
さらに,組織の基本要素に関して著者とは見解を異にするいくつかの所説 を批判的に検討している。第 7章は,その意味で,かなりボレミックな調子 を帯びた内容のものである。
第8章「主著への自己批判と責任優先説」および第9章「バーナード対ア
ーウィック_権限・責任均等原則をめぐって」は,バーナード理論におけ る極めて重要な論点の一つである権限・責任不均等論,責任優先論をめぐる 論考である。第9章は旧稿のままの転載であるが, 第8章は, 二つの旧稿
「バーナードにおける責任と権威について」および「バーナードの責任優先 説について」にもとづいて書かれたものである。
本章は,バーナードが主著出版後,後年に至って, 自らの主著における権 威や責任の取り扱い方に強い不満を示した点を中心として,バーナードの責 任優先論の内容を,「バーナード自身の記述をできるだけ忠実に紹介し,大 方の教示を得るとともに,この問題についての論議を惹き起すことを目的」
(191頁)としたものである。本章は, 二つの旧稿にもとづいてはいるが, こ こに示されたバーナードの責任優先論の内容についての著者の論証は,詳細 周到であって,バーナード研究の展開にたいする輝かしい貢献の一つと考え
られるであろう。
最終章「管理とリーダーシップ」は,若千の旧稿を基礎に書かれたもので ある。そこでは,組織論に即して考察された一つの管理体系,すなわち,著 者のいう組織論的管理論を提示した上で,「組織における道徳的要因, さら
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には制度概念の重要性にとくに言及し,そのような組織論のもつリーダーシ ップ論との関連を強調」 (258頁)したものである。ここにおいて,組織 3要素 に対応する管理職能に,第4番目の管理職能として「リーダーシップ」を加 えるという,著者のいわゆる管理 4要素説が主張されている。これは,有効 性と能率の確保という管理過程に, さらに,「経営理念の創造」という第 3 番目の管理過程をすえるという著者の主張と照応するものである。
著者が管理4要素説を主張するのは,「組織が成立したのち, 有効性と能 率を発揮して長期的に存続するようになると,組織は何か異なる性格をもつ ようになるのではないか。このような性格をつくり出すためにも,また,そ れを維持し,変革するためにも,何か新しいプラス・アルファを必要とする のではないか」 (260頁)という発想によるものである。すなわち, それは,
時間的要因との関連から, 「人ぴとの活動のシステムが徐々に制度化されて
飯野春樹著「バーナード研究」(加藤)
ゆくこと,そこに道徳や責任の概念,あるいは『責任優先説』が生じてくる こと」 (260261頁)を重要視するからである。 このような著者の主張にも とづいて, 「長期的な時間的要因と道徳的な制度概念を強調する意味で」,
著者は,「3つの管理職能のほかに, あえてリーダーシップを独立して加え た」 (269頁)のである。
3. 本書の評価と若干の問題点
以上,紙幅の制約上はなはだ不十分ではあるが,著者の強調点を中心にし て,本書の概要を簡単に述べてきた。これまでに指摘してきたように,本書 は,飯野教授によるバーナード研究の一つの到達点を示すものである。わが 国における今後のバーナード研究にたいして,本書は,理論研究の一つのレ ベルを呈示したものと考えることができる。バーナード研究が今日みられる ような深みとひろがりをみせている以上,今後のバーナード研究は,この意 味で,本書のレベル以上のものであることを要求されることになろう。本書 の与えるインパクトによって,今後のバーナード研究のレベルは著じるしく 高められるであろう。この点も本書のもつ貴重な貢献の一つであろうか。
ウィットに富む著者は, 自らを「バーナード家に忠義一徹の下級武士」
(188頁)といわれ,「バーナード研究促進の裏方」(序文V)と述べておられる。
もって著者の人柄をしのばせるに十分なものがある。しかし,このような著 者の心情を十分に受容したうえで,なお本書は,烈々たる気合をこめて,多 くのバーナード研究者にむけられたすさまじい挑戦の書でもあることを思わ ざるをえない。
本書内容についての詳細な論評は,紙幅の関係もあり,いずれ他日を期し たいと考えるが,ここでは,主として,飯野教授が本書で繰返し強調された 二つの主張,すなわち,バーナードに即してバーナードを読もうと試みる限 り,パーナード理論は,個人主義と全体主義の統合を目ざす組織論的管理論 たらざるをえないこと,そして,公式組織のレベルに視座をすえるという,
2点の主張をめぐって,若千の問題点を提示して本稿の結ぴとしたい。
飯野教授が本書で主張されるように,バーナード理論を個人主義と全体主 義の統合を目ざす組織論的管理論と理解することは, それなりの説得性を もつものと考えられる。また,それが管理論であるが故に,協働システムの レベルではなく公式組織のレベルに視座をすえるという主張も,それはそれ として理解できる。この意味で,著者の努力は一応成功しているように思え る。ただ,ここで問題となるのは,公式組織ではなく協働システムのレベル を視座にすえた場合に,それが何故に組織論的管理論ではなくなって,むし ろ管理論と区別された経営学とならざるをえなくなるのであろうか。あるい は,組織論的管理論ならざるシステム論的管理論とでもいうものになるので あろうか。バーナードの管理職能が,公式組織の構造と機能についての本格 的な組織論を構築した上で,まさにほかならぬ公式組織成立の3要素を基軸 として展開されている点を,強く隠識するがゆえであろうか。公式組織のレ ベルに視座をすえることによって,組織と管理とが照応することになり,そ こにまさしく「組織論的管理論」が提示されるからであろうか。しかし,そ れならば,バーナード理論において重要な意義をもち,組織の有効性となら んで,協働システムの存続を左右する組織の能率性を表現する「四重経済」
は,協働システムに視座をすえずして,どのように位置づけられるのであろ うか。
本書の第5章「主著の構成と主要概念」においてふれられているバーナー ドの「四重経済」は,まさに,協働システムに対応するものであり,能率性 の観点からする組織的均衡の実現過程にとって重要な概念である。それは,
周知のように, 4つの経済,物的経済,社会経済,個人経済および組織経済 から構成されるものである。バーナードの協働システムは,物的システム,
社会的システム,人的システム, そして組織 (organizations)から構成さ れており,組織は,協働システムを構成する他のサプシステムの結合要因で ある。したがって,飯野教授が強調されるように,組織,とくに,公式組織 のレベルに視座をすえるということは,管理職能のもつ主体的行為性を明確 ならしめることに大いに役立つであろう。しかし,管理職能があくまでも人
飯野春樹著「バーナード研究」(加藤)
を通じて執行されることはいうまでもないが,管理の具体的な視座は,公式 組織のレベルよりも,むしろ,それをサプシステムとして含む協働システム のレペルにおかれていると考えざるをえないのではなかろうか。著者が主張 されるように,バーナード理論そのものは,一般管理論であると考えてよか ろうかと思うが,伝統的管理論のように, plan‑do‑seeといった,いわゆる 管理の基本的な手続き的執行機能の展開に過ぎないものとは,全くその内容 を異にするものである。「企業」という事業経営の協働システムを例にとっ てみれば,それは,特定の財またはサービスの提供・享受を共通目的として 展開される協働システムである。確かに,事業の具体的内容それ自体は,特 定の協働システムにとってそれぞれ異なるとしても,主体的行為性という視 点からの管理職能は,その客体としての協働システムにおける諸サプシステ
ムと相即応して展開される筈のものである。組織というサプシステムと,そ の他の諸サプシステムとの照応のなかで,人間協働の具体的構造と過程を把 握してこそ,著者のいわれるユニークな組織論的管理論たりうるのではなか ろうか。そのことは, 決して,「個人も組織•…•も, 協働システムのサプシ ステムとして並列に置かれるだけ」(77頁)とはならないであろう。そこには,
結合要因としての行為的主体的な組織の認識が明確に存在するのである。
「協働システム」概念が,主著の中にはじめて明確に設定されたのは,確 かに著者が指摘されたように,主著の執筆過程においてであった。それなる が故に,協働システム概念の導入は,単なる一つの概念の追加といった意義 しかもちえないものとは,もとより著者は考えてはおられない。 こ の こ と は,これまで概説してきた著者の考え方からも明白である。バーナードの経 験的実在としての人間協働は,彼独自の組織概念を定立するための母胎であ るとともに,管理執行者の視座も,またここに置かれているとバーナードは 考えていたのではなかろうか。この点からも,著者が組織論的管理論を主張 される場合に,協働システム概念の位置づけについて,より一層の説得性を もった論及が望まれるのではなかろうか。
ところで,一体なぜに著者のように,バーナード理論にあっては,協働シ
ステムのレベルではなく,公式組織のレベルに視座をおくという発想が生ま れてくるのであろうか。私見によれば,それは恐らく,バーナードの公式組 織の定義をめぐる解釈にかかわりがあるのではなかろうか。
主著におけるバーナードの組織の定義は, 周知のように, system of consciously coordinated activities or forces of two or more persons"
(The Functions of the Executive, p. 73)であり,「2人以上の人々の意 識的に調整された活動や諸力の体系」と邦訳されている。 ここで, 「意識的
. . . . . .
に調整された」という場合に,飯野教授は, 多分, 「組織によって調整され
. . . . . . . .
た」,あるいは,「組織目的によって調整された」と解釈されるのであろう。
このように解釈すれば,バーナードの「公式組織」は,手段性,道具性を強
<帯びてくることになるし, さらにまた,「公式組織」のレベルに視座をす えることによって,著者が主張されるように,組織論と管理論が照応するこ とになるであろう。しかし,私見によれば,バーナードの定義をこのように 解釈することには,重大な疑義が存在するのではなかろうか。その理由につ いては,いずれ他の機会に評論したいと考えているので,ここでは,問題提 起のみにとどめておきたい。
ローウェル講義草稿と主著との間における重要な差異については,本書第 6章にみられるように, 飯野教授の貴重な研究が存在することは周知の通 りである。私見によれば,バーナード解釈全体にとって極めて重要と思われ る差異が,少くともほかにもう一つあるのではなかろうか。それは,'公式組 織の定義をめぐる問題である。ローウェル講義では, asystem of two or more persons, something intangible and impersonal, largely a matter of relationships" (Draft of Oct. 19th (5), H. The Theory of Organiza‑ tion)とあり,また asystem of coordinated human efforts"といった 表現が見出される。しかし,主著にみられるように, consciously coordi‑ nated"という表現は, 少くとも draft中には見当らないのである。これ は,明らかに主著執筆過程における追加ないし修正と考えてよいのではなか ろうか。
なぜにバーナードは, このような修正を加えたのであろうか。 con‑ sciously coordinated" を邦訳のように, 「意識的に調整された」と解釈
し,調整の主体を「公式組織」ないしは「組織目的」と考えることは,組織 の定義中に,定義されるべきものが入ってきて,いわゆるトートロージーに 陥らざるをえない。 このような困難を免れるための一つの可能性は,「管理 執行者 (executive)によって意識的に調整された」と解釈することであろ うか。もし,このような常識的な解釈であるならば,バーナードは,あえて
"consciously"という表現を追加する必要があったであろうか。 さらにま,
た,そのような常識的な解釈にとどまるならば,バーナードが,彼のように
「定義することのうちに具現していることこそ,本書の中心的仮説である」
(The Functions of the Executive, p. 73) と述べている真意を十分に理 解しうるであろうか。筆者は,かねてより,バーナードの公式組織の定義を ば,「 2人以上の人々の自覚的に統括された諸活動や諸力のシステム」と解 釈し, consciously"とは,特定の協働システムに貢献する個々の意思決定 主体にかかわるものと考えてきた。特定の協働システムヘの個々人の貢献 は,個々人それぞれの多様な価値観のもとでの複雑な意思決定メカニズムを 通じて具現されるものである。このような現実を一つの抽象的システムとし ての枠組にとらえたところに,バーナードの組織概念の特徴があると考える べきではなかろうか。 このように考えられるとすれば, 主著で追加された
"consciously"という表現は, バーナードの考え方のユニークさを示すため の,まさに肝心かなめの役割を果すものといわざるをえないであろう。
以上のように,バーナードの公式組織の定義を解釈することによって,バ ーナードの想定する組織は,単なる管理の延長された腕としての組織ではな く,それ自体が著しい可変性をもつ一つの自律的存在として把握されること になるであろう。それは, 一方ではシステムとしての一つの wholeness をもちながら,他方では,提供される活動の帰属主体である個々人も,決し てそこに埋没し去ることはない。 さればこそ, 飯野教授が強調されるよう に,「個人主義と全体主義の統合」が問題となるのであろう。これはまこと
に,常識的ならざる組織観の表明であって,確かに,バーナードの主著の中 心的仮説たりうる含意をもつものといわざるをえないであろう。
ごのように考えてみると,バーナードの組織定義の再考察が,まず肝心の 出発点であって,以上のような組織の理解をともなうことによって,飯野教 授の新著における「組織論的管理論」の主張は,一層の説得性を増しこそす れ,いささかも減ずることはあるまいと思われるが,いかがであろうか。
(1978年6月30日)