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MRSA 訴訟からの教訓 三輪亮寿法律事務所

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Academic year: 2021

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第 79 回日本感染症学会総会 教育講演 8

MRSA 訴訟からの教訓

三輪亮寿法律事務所

三 輪 亮 寿

Key words : hospital-acquired infection, MRSA, evidence-based medicine, medical malpractice

医師をはじめとする医療関係者にとっての EBM

(Evidence-based Medicine)が極めて重要な問題であ ることは言うまでもない.

しかし,医事紛争ないし医療過誤訴訟の多発する今 日では,EBM は単なる「医学的」問題には止まらな いと考えるべきである.つまり,EBM を医学的に理 解し,実践すると同時に,「法律的」に「裁判におけ る EBM の意味」を理解してこそ,はじめて EBM 問 題は完結しうるからである.

本稿では,最初にそのことをやや詳細に論じ,次い で簡単に「初期段階の MRSA 訴訟逆転の理由」につ いて述べてみたい.

I.医療過誤裁判における EBM

の意味

〔Q−1〕

患者が死亡しても,EBM に則った医療だったなら ば,医師は訴えられても大丈夫か?

〔A−1〕

半分はイエスだが,半分はノーである.

〔Q−2〕

「半分イエス」とは,どういう意味か?

〔A−2〕

「医学的」な EBM と,「法律的」な医療行為の適法 要件(医療行為が適法とされる要件)である「手段の 相当性」とが同じであるからである.

〔解説〕

(1)医学的な EBM には,①一般に公認された高い レベルの医療行為であることと,②当該患者への当て はめ(適応)が正しいこと,の 2 要素があるとされて いる.

(2)一方,医療行為の適法要件は,医療行為の種類 によって要件に強弱があるが,通常医療の場合は, 「目 的が正当」で,「手段が相当」で,「承諾」のあること,

とされている(Fig. 1).

「手段が相当」といえるためには,①医療行為が「医 療水準」という一般に認められた高いレベルをクリア しているとともに,②当該医療行為の当該患者への当 てはめ(適応)が正しくなければならない.

なお,医師は「医療水準」をクリアした医療行為を 行うべき注意義務があり,それに満たないときは注意 義務違反として「過失」と評価される.そして,医療 水準とは,最高裁によれば,「診療当時のいわゆる臨 床医学の実践における医療水準」とされている

1)

.平 たく言えば「研鑽を怠らない良識的な医師による医療 水準」ということで,決して実践不可能なレベルでは ない.

(3)以上の医学的 EBM と通常医療の適法要件を対 比すると,EBM に則った医療は,適法要件における

「手段の相当性」を充たしていることが理解される

(Fig. 2).

従って,この限りにおいて,「医師は訴えられても 大丈夫」ということになり,それが「半分イエス」で ある.

〔Q−3〕

では,なぜ「半分ノー」なのか?

〔A−3〕

たとえ医学的な EBM に則った医療行為であって も,それを裁判官に伝えることができなかったなら ば,勝訴判決を得ることは適わないからである.

〔Q−4〕

そのことを示す裁判例があるか?

〔A−4〕

沢山ある.その典型的な 1 例として,H 大バイパス 手術 MRSA 事件を挙げることができる.

〔Q−5〕

典型的な 1 例とは,どのような事件か?

〔A−5〕

第 1 審判決

2)

は,先ず術前の MRSA 罹患を認定し,

次いで術後にその MRSA による敗血症によって死亡

別刷請求先:(〒113―0033)文京区本郷1―27―8―103

三輪亮寿法律事務所 三輪 亮寿

(2)

Fig. 1 医療行為の適法要件の比較

Fig. 2 EBM-適法要件との関係

Fig. 3 H大バイパス MRSA事件:第一審判

Fig. 4

したとして,病院側に 1 億 5,000 万円の損害賠償を命 じる患者側勝訴の判決を下した.

しかし,第 2 審

3)

では患者側敗訴の逆転判決が下さ れ,それを不服とする患者側が上告したが,最高裁で 棄却されたので,結局のところ第 2 審判決が確定した のである.

〔Q−6〕

本件の第 1 審判決とは,どのようなものだったの か?

〔A−6〕

先 ず,術 前 の MRSA 罹 患 を,術 前 の 喀 痰 検 査 で MRSA が検出された事実などから認定した.次いで,

その MRSA による術後の敗血症死を,喀痰や Swan- Ganz カテーテル先端からの MRSA 検出をはじめ,

SIRS の要件などから認定した(Fig. 3).

〔Q−7〕

Fig. 3を見る限り,患者側勝訴の判決は当然のこと のように映るが,その点どうか?

〔A−7〕

それこそが,正に裁判における EBM の問題とし て,医療側が留意すべき点である.若干詳しく見てみ よう.

〔解説〕

(1)医療過誤訴訟の場合,通常は裁判に先立って患 者側によって証拠保全が行われる.

ここで注意すべきことは,証拠保全によって,病院

側と患者側が同じ資料を持つに至るという事実である

(Fig. 4).

なお,平成 17 年 4 月 1 日から個人情報保護法が施 行になったので,患者本人はこの法律の規定によって カルテ等の開示を請求できるようになった(同法 25 条).

(2)患者側は,それによって得られた資料に基づい て病院側の過失責任を追及するわけであるが,Fig. 3 にある第 1 審における事実認定と判断は,主に患者側 が裁判所に提出した証拠に基づいて裁判所が行ったも のと推察される.

(3)以上,ここまでに提出された証拠の範囲内に基 づく判断としては,「裁判所の判断は妥当であった」

と映るのである.

〔Q−8〕

では,病院側としては,どう対処すればいいのか?

〔A−8〕

医学的な EBM の観点から敗訴の理由を再検討し,

それを第 2 審の裁判官に訴えて第 2 審判決に反映させ

ることである(Fig. 5).もっとも,そのような姿勢

で第 1 審の段階から勝訴を得ることが理想的であるこ

とは言うまでもない.

(3)

Fig. 5 EBM からの再検討の 1例として Fig. 6 MRSA訴訟の概要

本件における再検討のポイントは,2 つある.

先ずポイント 1 は,「医学的」に「術前の MRSA 罹 患はそんなに簡単に肯定できるのか」という点である.

そしてポイント 2 は,「裁判的」に「病院にとって 無視ないし軽視されている重要な証拠はないか」とい う点である.

〔Q−9〕

では,ポイント 1 は,どうであったか?

〔A−9〕

ポイント 1 は術前の MRSA 罹患の有無の問題であ るが,特に第 1 審であまり問題にされなかった 2 点が 鍵になった.

それは,MRSA 感染症における,MRSA の常在菌 化と複数菌感染の問題である.

病院側の主張・立証により,第 2 審裁判所は,次の

①〜③のように認定して術前の「罹患」を完全に否定 した.そして,『術前に MRSA 感染症を発症していた とは到底いえない』と判示するに至った.

① MRSA は常在菌であるから,喀痰から検出され たからといって,保菌者といえても直ちに罹患者とは いえない.

②咽頭痛や咽頭の発赤は認められるも,イソジン ガーグル処方で翌日には咳のみとなり上気道炎を発症 していたとしても極めて軽度で,少なくとも手術当日 は消失していた.

③喀痰から MRSA 以外の常在菌 3 種が同量検出さ れ,MRSA 感染症による膿性のものでない.

〔Q−10〕

では,ポイント 2 は,どうであったか?

〔A−10〕

ポイント 2 の核心は,術後の MRSA 敗血症の存否,

にある.

第 1 審判決が術後の MRSA 敗血症を肯定したのに 対して,第 2 審判決は病院側の提出した証拠により逆

転の判決を下した.

〔解説〕

(1)第 1 審判決は,次の①〜⑥により,術後の MRSA 敗血症を肯定した.

①心臓・大血管手術・腹部大手術等の侵襲が大きく 長時間を要する手術を受けた患者は MRSA に対する

「易感染性患者」である.

②手術翌日の 13 日から発熱し,一時 36℃ 台に下 がったときもあったが,ほぼ 39℃ 以上が続き,14 日 以降は悪寒もみられるようになった.

③白血球は 14 日には,1 万 2,900 に増え,その後も 1 万 1,000 台であった.

④手術前実施の喀痰検査から MRSA が検出された.

⑤ 14 日の白血球数 1 万 2,900 と体温 38.6℃ は SIRS の定義に該当するべき 2 項目を充たしている.

⑥ 16 日の喀痰と 16 日の Swan-Ganz カテーテル先 端から MRSA が検出された.

(2)これに対して第 2 審判決は,次の①〜⑥により 術後の MRSA 敗血症を否定した.

特に,医学的かつ裁判的に,①④⑤に注目する必要 がある.

①敗血症に罹患しているといえるために は 単 に SIRS に該当するだけでは足りず,それが感染症によ るものでなければならない.しかしながら,以下(②

③)のように,SIRS の要件を充たしたのは 1 日のみ であり,感染症も認められない.

②発熱の項目については常時 SIRS の要件を充たし ているが,白血球数の項目については 14 日の時点の みで,その後は厳密には要件を充たしていない.

③細菌が関与した SIRS であれば炎症が進展すると されているが,SIRS の要件を充たすかさえ微妙な本 件では,感染によるSIRSは否定的に考えざるを得ない.

④術後の動脈血・咽頭・喀痰および心嚢・胸腔内・

(4)

縦隔の各ドレーンから採取した細菌検査で,MRSA が検出されたのは喀痰及び Swan-Ganz カテーテルの みだった.

⑤単に一度だけ特定の部位を検査したのではなく,

動脈血・心嚢・胸腔内・縦隔から複数回にわたって採 取しても MRSA が検出されず,検出された部位は外 部からの混入の可能性のある部位にとどまる.

⑥ MRSA 感染症に特有の肺炎の兆候がみられない.

〔Q−11〕

医学的かつ裁判的に,①④⑤の認定に注目する必要 があるとは,どのような意味か?

〔A−11〕

医学的に「より EBM に立脚した事実」は裁判的に

「より直接的な証拠」として価値がある,ということ である.

つまり,医学的に「敗血症」といえるためには,「血 液の中に生菌が存在」する必要があるわけであるか ら,証拠としては,第 1 審判決の「喀痰及び Swan-Ganz カテーテル」よりも,第 2 審判決の「動脈血や心嚢・

胸腔内・縦隔」の方が「より直接的な証拠」として遙 に価値が高いことになる.

しかも,菌の存在を否定するためには,複数回の検 査が必要であることから,病院側は複数の検査でのマ イナスの事実を示したのである.

第 2 審判決は『敗血症に罹患しているといえるため には単に SIRS に該当するだけでは足りず,それが感 染症によるものでなければならない』との判示の中 の,『それが感染症によるもの』の部分が,正にこの ことを指摘している.つまり,「血液の中に生菌の存 否」の認定には,「喀痰及び Swan-Ganz カテーテル」

のような間接的な状況証拠よりも,「動脈血や心嚢・

胸腔内・縦隔」という「より直接的な証拠」が優先す る,という意味である.

〔Q−12〕

上記の①④⑤の認定に至ったまでの経緯に照らし,

どのような教訓が得られるか?

〔A−12〕

繰り返しになるが,医療過誤裁判では,医学的な EBM が勝敗の鍵になる.従って,病院側は「より EBM に立脚した事実」を裁判所に向かって主張・立証すべ きである,ということである.

つまり,「MRSA 罹患の有無の判断」とか,「MRSA 敗血症であるか否かの判断」といった事項は,正に医 師の専権に属するものであって,「過失判断」などの 裁判官の心証に委ねるべき事項とは決定的に異なる,

ということである.なればこそ,病院側は EBM に基 づいた医学的判断を裁判所に向かって強力に主張・立 証して,裁判所を「EBM 的裁判」に向けて積極的に

リードすべきなのである.

〔Q−13〕

上記の①④⑤の認定に関して,対マスコミ関係で留 意すべき点があるか?

〔A−13〕

これぞ,まさしく「医療の懐の深さ」として,マス コミによる慎重な配慮を期待する所以である.

本件では,第 1 審判決を見る限り,マスコミならず とも「病院側の過失は明らかである」と思いがちであ る.しかし,医療行為に関する過失判断や因果関係判 断はそんなに単純なものではない.

それだけに,マスコミ報道には慎重さが強く求めら れる.特に,その段階における懲罰的,扇情的,ある いは興味本位的な報道は,プレスマンの良心と見識に かけて謹んでもらいたいところである.

その配慮のないマスコミ報道は,第 1 審判決での病 院側敗訴の段階で,法律的に未確定の段階であるにも かかわらず,社会的には早くも病院を葬り去ることに なる.後に病院側が逆転勝訴したとしても,もはや挽 回のきかないことさえ多い.

II.初期段階の MRSA

訴訟逆転の理由

〔Q−1〕

一連の MRSA 訴訟は,はじめ患者側敗訴の判決が 続いたが,その後逆転して勝訴するようになった理由 はどこにあるのか?

〔A−1〕

1990 年頃に始まる初期の MRSA 訴訟は,パニック 状態になった当時の時代背景を受けて,いずれも,因 果関係の問題としては「MRSA 院内感染」の有無を,

また過失の問題としては「MRSA 院内感染防止義務」

を中心的争点として提起されている.

しかし,院内感染の立証が難しく,従って院内感染 防止義務を争点とした訴訟で患者側敗訴が続いたこと とも関連して,院内感染であるか否かを問わず,MRSA 感染症そのものについての「早期発見・適切治療義 務」が徐々に注目されるようになった.

〔Q−2〕

因果関係の問題としての「MRSA 院内感染」の立 証に関する今後の見通しはどのようなものか?

〔A−2〕

特に考慮すべき点は,MRSA の常在菌化と複数菌 感染の問題である(I.の A−9 ①,③を参照).現在 では病院内で検出される黄色ブドウ球菌の 6 割が耐性 化し,MRSA が常在菌となって病院内に定着してし まい,もはや MRSA 保菌者は,患者にも医療従事者 にも広く存在している.いわば「MRSA と共存せざ るを得ない時代」となった,といわれる.

遺伝子解析を中心とした急速な科学技術の進歩によ

(5)

り,今日では細菌に対する DNA 検査が当時に比べて 飛躍的に容易かつ確実となった.従って,因果関係の 存否の証明もより容易になるであろう.

しかし,高齢者の感染症は複数菌感染によることが 多く,喀痰の場合も尿の場合も,通常は MRSA と同 時に多種類の菌が検出されるので,MRSA が感染症 にどの程度かかわっているかが分からず,結果的に因 果関係の存在が明確にならないことになる.

また褥瘡の場合も,MRSA 以外に関係する菌種数 が多く,膿瘡を形成している極期には,MRSA 検出 率は嫌気性菌や緑膿菌などよりも低くなるとさえいわ れている.

以上から,因果関係の立証に関しては,事態は今後 とも流動的であると考えられる.

〔Q−3〕

過失の問題として,「MRSA 院内感染防止義務」の 立証に関する今後の見通しはどのようなものか?

〔A−3〕

MRSA 訴訟で初めて患者側が勝訴したのは,院内 感染防止義務ではなく,早期発見・適切治療義務に関 するものであり,その後も早期発見・適切治療義務違 反で患者側が勝訴する判決が続いた(Fig. 6).

例えば,平成 4 年(1992)に発生した事案 5 では,

院内感染防止義務違反という中心的争点での過失は否 定されたが,術後の MRSA 感染症に対する早期発見・

適切治療義務という争点に関しては,治療処置が適切 でないとして義務違反(過失)が認定され,そのこと と損害との間に因果関係が認められて患者側の勝訴と なり,患者側の 3,700 万円余りの損害賠償請求に対

し,1,500 万円余りの支払いが病院側に対して命じら れている

4)

院内感染の因果関係に関する立証が,今後直ちに容 易になるとは考えられないので,過失に関する中心争 点は,MRSA 感染症の早期発見・適切治療義務違反 である状態が続くことになるであろう.

〔Q−4〕

一連の MRSA 訴訟 で は,H 大 バ イ パ ス MRSA 事 件 で 再 逆 転 し て い る が,そ れ と の 関 係 で,以 上 の MRSA 訴訟の流れは再度変わることになるか?

〔A−4〕

上記のとおり,MRSA 院内感染の因果関係の立証 は困難であり,そして過失の論点の中心は MRSA 感 染症の早期発見・適切治療義務である,とする流れ は,今後とも変わらないであろう.

H 大バイパス MRSA 事件では,主に MRSA 敗血症 の存否をめぐる因果関係の立証に当たり,EBM に立 脚した「より直接的な証拠」を提示することによって その存在を否定に導いたものであり,むしろ因果関係 の立証の困難を裏付けたものとも言える.

文 献

1)最 判 昭 和 57 年 3 月 30 日:判 例 時 報 1039号 109頁.

2)大 阪 地 判 平 成 10 年 4 月 24 日:判 例 時 報 1689 号 109頁.

3)大 阪 高 判 平 成 13 年 8 月 30 日:判 例 時 報 1783 号 76頁.

4)山 口 地 判 平 成 10 年 6 月 30 日:判 例 時 報 1687 号 109頁.

Lessons from Damages Suits Concerning MRSA Ryouju MIWA

Attorney-at-law and head of Miwa Law Office

Needless to say, EBM (evidence-based medicine) is of prime importance to medical doctors and others engaged in medical service.

However, now that a lot of disputes over medical treatment or litigations of medical malpractice are oc- curring more frequently than ever, EBM finds it impossible to remain within the frame of a medical problem. In other words, the issue of EBM can be settled for those concerned with medical service only when EBM is understood and practiced not only medically but also “legally” and “from a litigious view- point”.

(A lecture on the occasion of the 79th general meeting of the Japanese Association for Infectious Diseases)

〔J.J.A. Inf. D. 80:353〜357, 2006〕

参照

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(出所)Bauernschuster, Hener and Rainer (2016)、Figure 2より。.

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