2020 年度卒業論⽂
実光⼦弾性散乱検出器における
γ線と電⼦の識別に関するシミュレーション研究
広島⼤学理学部物理科学科
⾼エネルギー物理学研究室 B161373 中川 海⽃
主査 ⾼橋 徹
副査 深澤 泰司
⽬次
要旨 ... 3
1 序論 ... 4
2 光⼦-光⼦弾性散乱 ... 5
3 光⼦-光⼦衝突型加速器による⾼エネルギー光⼦の⽣成 ... 6
3.1 逆コンプトン散乱 ... 6
3.2 光⼦-光⼦衝突型加速器 ... 9
3.3 相互作⽤領域と検出器の配置 ... 11
4 信号事象と背景事象 ... 13
5 電⼦とγ線の物質中での相互作⽤ ... 14
5.1 電⼦の物質中での相互作⽤ ... 14
5.2 γ線の物質中での相互作⽤ ... 17
6 シンチレータ ... 22
6.1 有機シンチレータの原理 ... 22
6.2 無機シンチレータの原理 ... 24
6.3 Geant4 での各シンチレータの発光特性のシミュレーション ... 25
7 実験セットアップ ... 27
7.1 光電⼦増倍管 ... 29
7.2 増幅器... 29
8 整形増幅器 ... 30
8.1 積分回路 ... 30
8.2 回路シミュレーション ... 33
9 結論 ... 41
参考⽂献 ... 42
要旨
実光⼦弾性散乱は量⼦電磁気学で記述されるが、その直接観測は未だなされていない。現 在光⼦-光⼦衝突型加速器を建設しこれを観測する計画が進められている。
本実験では信号事象である光⼦-光⼦弾性散乱に対して、電⼦-陽電⼦対⽣成が⾮常に⼤き な背景事象となる。そのため検出器によるγ線と電⼦・陽電⼦の弁別が背景事象除去のため 特に重要となる。
本研究では実光⼦弾性散乱検出器として想定しているプラスチックシンチレータと GAGG シンチレータを⽤いたγ線と電⼦の検出実験を⾏い、プラスチックシンチレータと GAGG シンチレータの発光特性の違いを⽤いて電⼦とγ線の識別可能性を検証した。特に、
各シンチレータの発光特性と光検出器の信号の時間分布のシミュレーション、検出器に接 続される電⼦回路による波形整形の回路シミュレーションを⾏い、γ線と電⼦の弁別性能 を評価した。
結果、シミュレーションで⽤いた波形整形の回路と実験で⽤いた回路は、時間特性におい て同様の振る舞いを⾒せることがわかった。また、γ線と電⼦の弁別可能性については、実 験の波形整形回路から出⼒された波形を30個平均した波形の時間特性の違いを⽤いて⼗分 弁別可能であることがわかった。
1. 序論
古典電磁気学では、光は電磁波として、真空中を伝わる波動として記述される。そのため 電磁波が衝突しても散乱が起きることはない。⼀⽅量⼦電磁⼒学(QED:Quantum Electro Dynamics)では、電磁波は量⼦化された光⼦という側⾯を持ち、その場合、摂動の⾼次効果 によって光⼦同⼠の弾性散乱が起こることが予想される。多くの実験的検証により QED の 正しさは検証されているが、実光⼦間の相互作⽤である光⼦-光⼦弾性散乱の観測は現在確 認されていない。2014 年に X 線⾃由電⼦レーザー施設の SACLA で 10KeV オーダーの X 線を⽤いて光⼦-光⼦弾性散乱の実験を⾏ったが直接観測には⾄らなかった[1]。直接観測に
⾄らなかった主な理由として考えられるのは X 線領域の光⼦のエネルギーが低く、散乱断
⾯積が⼩さかったことである。2015 年に欧州原⼦核研究機構(CERN)の⼤型ハドロン衝突 型加速器(LHC)での実験では、鉛原⼦核ビームの衝突過程において仮想光⼦での光⼦-光⼦
弾性散乱の観測がされた[2]。
実光⼦とは式 1-1 を満たす光⼦である。実光⼦は式 1-1 を満たすのでその質量は 0 である。
⼀⽅、式 1-1 を満たさず、摂動計算の過程で想定する光⼦を仮想光⼦という。
𝐸"− 𝑝"𝑐"= 0 (1 − 1)
(𝐸はエネルギー、𝑝は運動量、𝑐は光速)
本研究グループは、逆コンプトン散乱により⾼エネルギー光⼦を⽣成するために電⼦-陽電
⼦衝突型加速器施設(BEPC)を利⽤して光⼦-光⼦衝突型加速器を建設し、それを⽤いた実 光⼦弾性散乱の観測を⽬指している。光⼦-光⼦衝突型加速器を⽤いた実光⼦弾性散乱実験 では信号事象としている光⼦-光⼦弾性散乱に対して、背景事象である電⼦-陽電⼦対⽣成が 10,倍多く発⽣する。そのため検出器でのγ線と電⼦・陽電⼦の識別が特に重要となる。
本研究では実光⼦弾性散乱検出器として想定しているプラスチックシンチレータと GAGG シンチレータを⽤いたγ線と電⼦の検出実験を⾏い、プラスチックシンチレータと GAGG シンチレータの発光特性の違いを⽤いて電⼦とγ線の識別可能性を検証した。特に 各シンチレータの発光特性と光検出器の信号の時間分布のシミュレーション、検出器に接 続される電⼦回路による波形整形の回路シミュレーションを⾏い、γ線と電⼦の弁別性能 を評価した。
2. 光⼦-光⼦弾性散乱
光⼦-光⼦弾性散乱の散乱断⾯積を図 2.1 に⽰す。縦軸に光⼦-光⼦弾性散乱の重⼼系での 散乱断⾯積、横軸に重⼼系エネルギーを⽰している。
(図 2.1)光⼦-光⼦弾性散乱の重⼼系における散乱断⾯積[1]
[1]Fig.4 から⼀部改変
図 2.1 から光⼦-光⼦弾性散乱の散乱断⾯積は重⼼系エネルギーが約 1MeV の時に最⼤と なることがわかる。つまり、約 0.5MeV 同⼠の光⼦を衝突させた時に散乱断⾯積が最⼤と なる。序論で述べた SACLA での実験ではエネルギーが 10KeV 程度の X 線を⽤いた実験で あり、重⼼系エネルギーが低く散乱断⾯積が⼩さかったことが光⼦-光⼦弾性散乱の直接観 測に⾄らなかった原因の⼀つであると考えられる。
そこで観測に⼗分な約 0.5MeV の強度の光⼦を⽣成することが課題となる。本研究では、
次の章で述べる逆コンプトン散乱という⼿法を⽤いてそのような⾼エネルギー光⼦を⽣成 する。
3. 光⼦-光⼦衝突型加速器による⾼エネルギー光⼦の⽣成
3.1 逆コンプトン散乱
コンプトン散乱とは、X 線やγ線などの光⼦が静⽌している電⼦に衝突した際に、光⼦の エネルギーの⼀部が電⼦に移り⼊射光⼦よりも⻑い波⻑の光⼦が散乱される現象である。
この過程では⼊射光⼦よりもエネルギーの低い光⼦が⽣成されている。
⼀⽅、逆コンプトン散乱では、低エネルギー光⼦が⾼エネルギー電⼦と衝突することによ って、⾼エネルギー電⼦のエネルギーの⼀部が低エネルギー光⼦に移り⼊射光⼦よりも短 い波⻑の光⼦が散乱される。
本実験ではこの逆コンプトン散乱を⽤いて約 0.5MeV の光⼦の⽣成を⾏う。
逆コンプトン散乱の模式図を図 3.1 に⽰した。
(図 3.1)⾼エネルギー光⼦⽣成における逆コンプトン散乱の模式図
電⼦の静⽌質量を𝑚.、ローレンツ因⼦をγ、光速度を𝑐、衝突⾓をφ、光⼦の散乱⾓をθ、電
⼦の散乱⾓をθ′とする。⼊射光⼦のエネルギー、⼊射電⼦のエネルギー、散乱光⼦のエネル ギー、散乱電⼦のエネルギーを𝐸γ, 𝐸γ4 , 𝐸 5, 𝐸 54 とする。⼊射光⼦、⼊射電⼦、散乱光⼦、散
乱電⼦の 4 元運動量を𝑃γ, 𝑃γ4 , 𝑃 5, 𝑃 54とすると
𝑃γ =𝐸7 𝑐 8
𝑐𝑜𝑠𝜑𝑐 𝑠𝑖𝑛𝜑 0
> , 𝑃γ4 =𝐸7′ 𝑐 8
𝑐𝑜𝑠𝜃𝑐 𝑠𝑖𝑛𝜃 0
> (3 − 1)
𝑃 5=𝐸A 𝑐 8
𝑐 𝛽 0 0
> , 𝑃 54 =𝐸7′ 𝑐 C
𝑐 𝛽′𝑐𝑜𝑠𝜃′
𝛽′𝑠𝑖𝑛𝜃′
0
D (3 − 2)
である。ここで4元運動量保存則より、
𝐸γ+ 𝐸 5= 𝐸γ4 + 𝐸 54 (3 − 3) 𝐸7
𝑐 𝑐𝑜𝑠𝜑 + 𝑚.𝑐𝛾𝛽 =𝐸47
𝑐 𝑐𝑜𝑠𝜃 + 𝑚.𝑐𝛾4𝛽4𝑐𝑜𝑠𝜃4 (3 − 4) 𝐸7
𝑐 𝑠𝑖𝑛𝜑 =𝐸47
𝑐 𝑠𝑖𝑛𝜃 + 𝑚.𝑐𝛾4𝛽4𝑠𝑖𝑛𝜃4 (3 − 5) を𝐸γ4 について解くと、
𝐸γ4 = 𝐸7(1 − 𝛽𝑐𝑜𝑠𝜑) (1 − 𝛽𝑐𝑜𝑠𝜃) +𝐸7
𝐸A(1 − cos(𝜑 − 𝜃))
(3 − 6)
である。例として⼊射光⼦のエネルギー𝐸7を 1.176eV、⼊射電⼦のエネルギー𝐸Aを 200MeV として式 3.6 に代⼊すると、𝐸γ4 とθ、𝐸γ4 と𝜑は図 3.2、図 3.3 のように表される。
(図 3.2)散乱光⼦のエネルギー𝐸γ4 と𝜑 (θ=0 固定)
(図 3.3)散乱光⼦のエネルギー𝐸γ4 とθ (φ=π固定)
図 3.2 と図 3.3 より、φ=πかつθ=0 の時に散乱光⼦のエネルギーが最⼤となる。今回の例 の場合では𝐸γ4 = 0.78(MeV)となり、約 0.5MeV の⾼エネルギー光⼦を⽣成可能である。
0.00E+00 1.00E+05 2.00E+05 3.00E+05 4.00E+05 5.00E+05 6.00E+05 7.00E+05 8.00E+05 9.00E+05
0 0.5 1 1.5 2 2.5 3 3.5
散乱光⼦のエネルギー(eV)
𝜑(rad)
0.00E+00 1.00E+05 2.00E+05 3.00E+05 4.00E+05 5.00E+05 6.00E+05 7.00E+05 8.00E+05 9.00E+05
-0.015 -0.01 -0.005 0 0.005 0.01 0.015
散乱光⼦のエネルギー(eV)
θ(rad)
3.2 光⼦-光⼦衝突型加速器
光⼦-光⼦衝突型加速器は、2本の電⼦ビームの衝突直前にそれぞれの電⼦ビームにレーザ ー光を照射し、逆コンプトン散乱により⾼エネルギー光⼦を⽣成しそれらを衝突させる。光
⼦-光⼦衝突型加速器の概略図を図3.4に⽰した。また、光⼦-光⼦衝突型加速器で⽤いる電
⼦ビームとレーザー光のパラメータを表にまとめた。
(図3.4)逆コンプトン散乱による⾼エネルギー光⼦⽣成の為の光⼦-光⼦衝突型加速器概略
加速器においてビーム粒⼦の運動を記述する際に、ビーム軌道の主法線⽅向、従法線⽅
向、接線⽅向にそれぞれ𝑥軸、𝑦軸、𝑧軸をとる。この時、ビーム軌道に対する傾き𝑥4, 𝑦4はビ ーム軌道に沿った⻑さを表す独⽴変数sを⽤いると式3-7で定義される。
𝑥4≡𝑑𝑥
𝑑𝑠 , 𝑦4≡𝑑𝑦
𝑑𝑠 (3 − 7)
各粒⼦は収束⽤電磁⽯から外⼒を受け、𝑥⽅向、𝑦⽅向にsの関数𝛽(𝑠)で表されるベータトロ ン振動を⾏う。
ビームの質は、位相空間(𝑥, 𝑦, 𝑥4, 𝑦4)上での粒⼦のばらつきを表すエミッタンスと呼ばれる 量で評価される。式3-8は𝑥⽅向の幾何学的エミッタンスと呼ばれ、⻑さの次元を持つ。
𝜀WAXY.Z= [〈(𝑥 − 〈𝑥〉)"〉〈(𝑥4− 〈𝑥4〉)"〉 − 〈(𝑥 − 〈𝑥〉)(𝑥4− 〈𝑥4〉)〉" (3 − 8)
𝑥⽅向のビームサイズ𝜎Zは𝜀WAXY.Zを⽤いると、式3-9で与えられる。
𝜎Z(𝑠) = _𝛽(𝑠)𝜀WAXY.Z (3 − 9)
これらは𝑦⽅向についても同様である。
光⼦-光⼦衝突型加速器で⽤いられる電⼦ビームおよびレーザー光のパラメータを表3.1に
⽰した。
(表3.1) 光⼦-光⼦衝突型加速器で⽤いる電⼦ビームとレーザー光のパラメータ
レーザー光 電⼦ビーム
レーザー波⻑ 1.054μm 電⼦ビームエネルギー 200MeV 集光点でのウエスト径 5μm 衝突点でのビームサイズ 2μm レイリー範囲 298μm 衝突点でのβ関数 626μm レーザーパルスエネルギー 2J 繰り返し数 50Hz 繰り返し周波数 50Hz 電⼦ビーム同⼠の交差⾓ 0mr 電⼦ビームに対する⼊射⾓ 0mr エミッタンス 6.39
× 10bc𝜇𝑚 IP-CP間距離 400μm
表3.1のIPは相互作⽤点、CPはコンプトン散乱点を表している。
3.3 相互作⽤領域と検出器の配置
(図3.5) 光⼦-光⼦衝突型加速器の相互作⽤領域
図3.5に検出器のビーム軸に沿った断⾯と光⼦-光⼦衝突型加速器の相互作⽤領域を⽰した。
⾚⾊の⽮印は永久磁⽯によって相互作⽤点に収束させた電⼦ビーム、⽔⾊の⽮印はレーザ ー光、図3.5の吹き出し中の緑⾊の⽮印は逆コンプトン散乱によって⽣成された⾼エネルギ ー光⼦を⽰している。またそれぞれの距離についてレーザー光を収束させるための放物鏡 は相互作⽤点から80mm離れた位置、相互作⽤点に⼀番近い永久磁⽯は相互作⽤点から 100mm離れた位置、逆コンプトン散乱の発⽣位置は相互作⽤点から0.4mm離れた位置に設 定している。
検出器にはシンチレータを⽤いた熱量測定システム(カロリメータ)を⽤いる。シンチレ ータには厚さ1cm、断⾯積1.52cm×1.52cmのプラスチックシンチレータとその裏に台形状 の厚さ6cmのCsI結晶またはGAGGを組み合わせたものを⽤いる。シンチレータの配置はビ ーム軸に垂直な⾯に62個、ビーム軸に沿った⽅向に21個の合計1302個が円筒状に配置され ている。
(図 3.6)ビーム軸に垂直な断⾯(右)
(図 3.7)シンチレータの構成
4 信号事象と背景事象
本研究は γγ→γγ の実光⼦弾性散乱の観測を⽬的としているが、光⼦-光⼦衝突型加速 器の相互作⽤点では実光⼦弾性散乱の他に様々な相互作⽤が起き、その中で考慮すべき 6 つ の相互作⽤を表 3-1 に⽰した。検出器で検出された信号には主に 7 つの信号が混在してい るため、信号を読み取る際には実光⼦弾性散乱由来の信号(信号事象)とそれ以外の相互作⽤
による信号(背景事象)を識別する必要がある。
(表3-1)6つの背景事象
γγ → 𝑒b𝑒g ⾼エネルギー光⼦の衝突による電⼦-陽電⼦対⽣成 γγ → 𝑒b𝑒gγ 電⼦-陽電⼦対⽣成で⽣じた電⼦or陽電⼦が光⼦を放出 γγ → 𝑒b𝑒g𝛾𝛾 電⼦-陽電⼦対⽣成で⽣じた電⼦と陽電⼦が光⼦を放出 𝑒b𝑒b → 𝑒b𝑒b 電⼦ビーム同⼠の衝突
γ𝑒b → 𝛾𝑒b ⾼エネルギー光⼦と電⼦ビームのコンプトン散乱 γ𝑒b → 𝑒b𝑒g𝑒b ⾼エネルギー光⼦と電⼦ビームの3粒⼦⽣成
今回想定している重⼼系エネルギーが1〜2MeVの領域ではγγ→ 𝑒b𝑒g過程は信号事象 のγγ→γγ過程よりも10,倍多く発⽣する。このγγ→ 𝑒b𝑒g過程で発⽣した𝑒gは測定器 内の物質中の電⼦と対消滅を起こし2個の光⼦を放出する。この対消滅によって⽣成され た2個の光⼦が検出器に与える信号は、実光⼦弾性散乱によって⽣成された光⼦が検出器 に与える信号と類似しているため、γγ→ 𝑒b𝑒g過程は重要な背景事象である。また、この 過程で発⽣した𝑒bはγγ→γγ過程で発⽣したγ線に⽐べて10,倍多く発⽣する。このよう な⾮常に⼤きな背景事象を除去するために検出器でのγ線と電⼦の識別が特に重要となる。
5 電⼦とγ線の物質中での相互作⽤
電⼦とγ線は物質中で異なる相互作⽤を起こす。主な違いとして、電⼦は電荷を持つので 物質中の電⼦とクーロン⼒によって連続的に相互作⽤するのに対して、γ線は電荷を持た ないのでクーロン⼒による相互作⽤はしないという点がある。この章では電⼦とγ線の物 質中でのそれぞれの相互作⽤について述べていく。
5.1 電⼦の物質中での相互作⽤
電⼦は電荷を持つので物質中の原⼦内の軌道電⼦のとの間でクーロン相互作⽤を起こす。
その他にラザフォード散乱や核反応を起こす場合が考えられるがクーロン相互作⽤と⽐べ ると⾮常にごく稀にしか起こらないので、電⼦の物質中での相互作⽤は主にクーロン相互 作⽤に依存する。
物質中に⼊射した電⼦は物質中の電⼦と数多くの相互作⽤を起こし減速していき最終的 に停⽌する。α粒⼦などの陽⼦を含む荷電粒⼦の場合は相互作⽤する軌道電⼦に⽐べてそ の質量が⼤きいので⼀回の衝突で失うエネルギーの割合は⼩さいが、電⼦の場合は相互作
⽤する軌道電⼦と質量が等しいので⼀回の衝突で失うエネルギーの割合が⼤きくなる。そ の結果、電⼦の物質中での⾶程は直線にはならず予測不可能な⾶程をとる。
荷電粒⼦の物質中での⾶程に沿った⽐エネルギ−損失-dE/dxはベーテの式として式5-1の ように記述されている。また-dE/dxは阻⽌能ともよばれている。
−𝑑𝐸
𝑑𝑥=4𝜋𝑒i𝑧"
𝑚.𝑣" 𝑁𝐵 (5 − 1)
𝐵 ≡ 𝑍 n𝑙𝑛2𝑚.𝑣"
𝐼 − ln s1 −𝑣"
𝑐"t −𝑣"
𝑐"u (5 − 2)
(表5.1)式5.1と式5.2のパラメータ 𝑧𝑒 荷電粒⼦の電荷
𝑣 荷電粒⼦の速度 𝑚. 電⼦の静⽌質量
𝑒 電⼦の電荷
𝑁 相互作⽤を起こす物質の単位体積中の原⼦の個数 𝑍 相互作⽤を起こす物質の換算原⼦番号
𝐼 相互作⽤を起こす物質のイオン化ポテンシャル
例 と し て 空 気 中 に ⼊ 射 し た 電 ⼦ の 場 合 を 考 え る 。 (𝑧𝑒 = 1.602 × 10bvw、𝑚.= 9.11 × 10bcv、𝑁 × 𝑍 = 2.08 × 10"c、𝐼 = 0.0000776)
(図5.1)空気中における電⼦の⽐エネルギー損失の変化
図5.1を⾒ると電⼦の運動エネルギーつまり速度が⼩さくなるほど⽐エネルギー損失が⼤
きくなっていることがわかる。
電⼦がシンチレータ中で失うエネルギーをGeant4[3]を⽤いて計算する。Geant4とは電⼦
やγ線などの物質中での振る舞いをシミュレーションするためのソフトウェアである。ユ ーザーが定義する物質や⼊射粒⼦に対し、その相互作⽤を考慮してエネルギー損失を計算 することができる。また、次の4章で述べるように物質としてシンチレータを定義し⼊射粒
⼦のエネルギー損失に対応したシンチレータの発光特性を計算することもできる。
Geant4におけるシンチレータの設定を図5.2に⽰した。図中の右側に⻘く塗られている⾯
が電⼦の⼊射⾯であり1.5×1.5cmと定義している。この⾯の中⼼からこの⾯に垂直に伸び る⾚い線は電⼦の⼊射軸であり、⼊射⾯からこの軸に沿って15cm離れた位置から100000個 の511keVの電⼦を⼊射⾯に垂直に⼊射している。図中の左側のGAGGの1.5×1.5cmの⾯に は半径4mmの後続の光検出器の受光⾯を設定している。GAGG、プラスチックシンチレー タの各特徴については表5.2に⽰した。
(表5.2)GAGGとプラスチックシンチレータ
GAGG プラスチックシンチレータ
密度(𝑔/𝑐𝑚c) 6.63 1.05
屈折率 1.9 1.58
減衰時間(ns) 100 2
発光量(photon/MeV) 60000 12100
(図5.2)Geant4でのシンチレータ
(図5.3)電⼦がシンチレータ中で失うエネルギー
図5.3の左側がプラスチックシンチレータとGAGG全体で電⼦が失うエネルギー分布、右 側が各シンチレータで電⼦が失うエネルギー分布である。シンチレータ全体とプラスチッ
クシンチレータのエネルギー損失の分布を⽐較するとほとんど同じ振る舞いをしている。
また、各シンチレータでの分布を⾒ると、プラスチックシンチレータでの電⼦のエネルギー 損失に⽐べGAGGでの電⼦のエネルギー損失は⾮常に⼩さいことがわかる。このことから 打ち込まれた電⼦のほとんど全てがプラスチックシンチレータ中でエネルギーを失ってい ることがわかる。
5.2 γ線の物質中での相互作⽤
γ線は電⼦とは違い電荷を持っていないためクーロン相互作⽤はしない。γ線の物質中で の主な反応は、物質中の原⼦と相互作⽤してγ線が完全に消失する光電吸収(photoelectric absorption)、2章でも述べたγ線と電⼦が衝突しγ線のエネルギーの⼀部が電⼦へ移るコ ンプトン散乱(Compton scattering)、原⼦核のクーロン場中で電⼦と陽電⼦を発⽣させる電
⼦対⽣成(pair production)の3つがある。
・光電吸収
光電吸収はγ線と物質中の原⼦との相互作⽤であり、相互作⽤後にγ線はエネルギーを全 て失い完全に消失し、原⼦からは電⼦が放出される。この時に放出される電⼦のことを光電
⼦と呼ぶ。
光電吸収が起こる反応断⾯積をτ(/cm)とすると式5-3で表される。
τ= 𝑎𝑁𝑍{
𝐸γY[1 − 𝑓(𝑍)] (5 − 3)
(表5-3)式5-3におけるパラメータ a 定数
N 物質の原⼦番号
Z γ線と相互作⽤する原⼦の原⼦番号 𝐸γ 相互作⽤前のγ線のエネルギー
n 𝐸γによって決まる定数 m 𝐸γによって決まる定数 1-f(Z) Zに対する⼀次近似の補正項
式5-3より、γ線のエネルギーが⼤きくなるほど物質中で光電吸収を起こす確率は⾼くな ることがわかる。
・コンプトン散乱
コンプトン散乱は、γ線が静⽌している電⼦に衝突した際に、γ線のエネルギーの⼀部が 電⼦に移る現象である。相互作⽤の後、γ線は消失せずにそのエネルギーの⼀部を失う。
(図5.4)コンプトン散乱の模式図
図5.4で⼊射γ線と散乱後のγ線のエネルギーをそれぞれ𝐸γ、𝐸γ4 、散乱光⼦と散乱電⼦の 散乱⾓をそれぞれθ、φ、散乱電⼦の速度を𝑣、光速をcとして運動量保存の法則から式5-4 が得られる。
𝐸γ4 = 𝐸γ
1 + 𝐸γ(1 − 𝑐𝑜𝑠θ)/𝑚𝑐" (5 − 4)
コンプトン散乱における反応断⾯積をσ(/cm)とすると、式5-5のように表される。
σ= 𝑁 × 𝑍 × 𝑓 •𝐸γ€ (5 − 5)
ここで、Nは物質の密度、Zは原⼦の原⼦番号である。
・電⼦対⽣成
電⼦対⽣成では、γ線が原⼦核のクーロン場中で電⼦と陽電⼦を発⽣させる。γ線には質 量がないため、この反応が起こるにはγ線のエネルギーは電⼦と陽電⼦の静⽌質量の和で ある1.022MeV以上である必要がある。また、この反応ではγ線のエネルギーの全てが電⼦
と陽電⼦の⽣成に⽤いられるので、反応後にγ線は消失する。
電⼦対⽣成の反応断⾯積κ(/cm)はγ線が相互作⽤を起こす原⼦の原⼦番号Zの2乗に⽐
例する。
κ∝ 𝑍" (5 − 6)
以上の3つの相互作⽤から、γ線が物質中で単位透過⻑さ当たりに相互作⽤を起こす確率 はそれぞれの反応断⾯積τ、σ、κの和であり、線減衰係数μと呼ぶ。
μ=τ+σ+κ (5 − 7)
単⼀エネルギーのγ線が物質に⼊射した時、⼊射してからt(cm)の位置でのγ線の強度𝐼(𝑡) は、初期のγ線の強度を𝐼.とすると、
𝐼(𝑡) = 𝐼.exp •−μ𝑡€ (5 − 8)
となる。また、式5-8の両辺を𝐼.で割った式 𝐼(𝑡)
𝐼. = exp •−μ𝑡€ (5 − 9)
をグラフにプロットしたものが図5.5である。
(図5.5) 物質に⼊射したγ線の強度の変化
γ線がシンチレータに⼊射した際にこれまで述べてきたように様々な相互作⽤を起こす。
γ線のシンチレータ中での相互作⽤は⾮常に複雑に起こり、それらを全て考えた上でγ線 のシンチレータでのエネルギー損失を解析的に求めるのは困難である。そこでγ線が各シ ンチレータで失うエネルギーをGeant4でシミュレーションする。Geant4におけるシンチレ ータの設定は電⼦の時と同じく図5.2のとおりである。図5.2中の右側に⻘く塗られている⾯
がγ線の⼊射⾯である。この⾯の中⼼からこの⾯に垂直に伸びる⾚い線はγ線の⼊射軸で あり、⼊射⾯からこの軸に沿って15cm離れた位置から100000個の511keVのγ線を⼊射⾯
に垂直に⼊射している。GAGG、プラスチックシンチレータについては電⼦の時と同様に 表5.2に⽰した。
(図5.6)シンチレータ内でγ線が失うエネルギー分布
図5.6の左側がプラスチックシンチレータとGAGG全体でγ線が失うエネルギー分布、右 側が各シンチレータでγ線が失うエネルギー分布である。GAGGでのエネルギー損失の分 布を⾒ると511keV付近にピークが⾒られる。これはγ線がそのエネルギーの全てを失う光 電吸収によるものである。50keV〜350keVあたりに⾒られるなだらかな分布は、γ線がそ のエネルギーの⼀部を失うコンプトン効果によるものである。
γ線のGAGGでのエネルギー分布とプラスチックシンチレータ中でのエネルギー分布を
⽐較すると、プラスチックシンチレータに⽐べてGAGGでγ線が失うエネルギーの⽅が⾮
常に⼤きいことがわかる。このことからγ線がシンチレータ全体で起こす相互作⽤のほと んど全てがGAGG中での相互作⽤であることがわかる。
6 シンチレータ
シンチレータとは、⼊射した光⼦や荷電粒⼦がシンチレータ中で失ったエネルギーに対応 して主に可視光領域の光を放出する物質である。その際に放出される光をシンチレーショ ン光と呼ぶ。シンチレーション光には蛍光と燐光が存在し、蛍光には即発蛍光と遅発蛍光が 存在する。遅発蛍光は即発蛍光と同じ発光スペクトルを持つが励起後の発光時間が即発蛍 光よりも⻑いという特徴を持つ。燐光は蛍光よりも波⻑の⻑い光の放出である。理想的なシ ンチレータに求められる条件として、遅発蛍光と燐光の寄与が⼩さいという条件がある。
シンチレータはその組成から有機シンチレータと無機シンチレータの⼆種類に分類でき、
本実験で⽤いるプラスチックシンチレータは有機シンチレータであり、GAGGは無機シン チレータである。シンチレータの種類によってその発光特性が異なる。
本実験では、前の章で述べたように電⼦とγ線でそれぞれ主に相互作⽤を起こすシンチレ ータの種類が異なることから、それぞれのシンチレータでの発光特性の違いを⽤いて電⼦
とγ線を識別することを⽬標としている。
6.1 有機シンチレータの原理
有機シンチレータの発光過程は単⼀分⼦のエネルギー準位間の遷移によって起こる。その ため有機シンチレータの発光の性質は分⼦の種類によって決まり、その物理的状態に依存 しない。多くの有機シンチレータはπ電⼦構造と呼ばれる有機分⼦によって構成され、π電
⼦構造を持つ分⼦のエネルギー準位間での遷移によって発光する。π電⼦構造を持つ有機 分⼦のエネルギー準位を図6.1に⽰した。
(図6.1)π電⼦構造を持つ有機分⼦のエネルギー準位[4]
π電⼦構造を持つ有機分⼦のエネルギー準位おいて、スピン0のシングレット状態の系列
を𝑆.、𝑆v、𝑆"、𝑆cと⽰し、スピン1のトリプレット状態の系列を𝑇.、𝑇v、𝑇"、𝑇cと⽰してい
る。また、分⼦の振動状態に対応してさらに細かくそれぞれの準位を分けるために𝑆.vのよ うに添え字をつけている。室温下ではほとんど全ての分⼦は𝑆..状態にある。外部からエネ ルギーが与えられ、電⼦状態が𝑆..状態から⾼いエネルギー準位へ遷移している様⼦を図6.1 中の上向き⽮印で⽰している。このように励起され遷移した⾼いシングレット状態はps程 度の時間で𝑆v.状態へ遷移する。その後𝑆v.状態から𝑆.状態へ遷移するが、その際に即発蛍光 が発せられる。燐光や遅発蛍光の寄与が⼩さい無機シンチレータではこの即発蛍光がシン チレーション光の主な成分となる。
励起後の時間tにおける即発蛍光の強度𝐼は。即発蛍光の減衰時間をτ、t=0での即発蛍光の 強度を𝐼.として
𝐼 = 𝐼.𝑒b
ˆ
τ (6 − 1)
と表される。今回⽤いるシンチレータと後続の光検出器への距離は最⼤約7(cm)、最⼩6(cm) であり、光速が約3 × 10v.(𝑐𝑚/𝑠)なので、光検出器から⼀番遠い場所と⼀番近い場所で発⽣
した即発蛍光が光検出器へ到着する時間差は最⼤で数⼗ps程度である。これは即発蛍光の 減衰時間に⽐べて10"倍ほど短いので、光検出器に届く即発蛍光の強度も式6-1とみなせる。
6.2 無機シンチレータの原理
無機シンチレータの発光過程はその材料の結晶格⼦で決定するエネルギー状態に依存す る。純粋結晶中のエネルギー帯を図6.2に⽰した。
(図6.2)純粋結晶中のエネルギー帯構造
純粋結晶中において電⼦の持ち得るエネルギー帯は離散的である。図6.2の下のエネルギー 帯は価電⼦と呼ばれ、電⼦はこの中で格⼦状の位置に束縛されている。図6.2の上のエネル ギー帯は伝導体と呼ばれ、ここでは電⼦は⾃由に移動することができる。これらのエネルギ ー帯の間には禁制帯と呼ばれるいわゆるエネルギーギャップがあり、純粋な結晶中では電
⼦は禁制帯には存在しない。外部からエネルギーを吸収すると価電⼦帯の電⼦が励起され 伝導体に移る。この時もともと価電⼦帯で電⼦が満たしていた場所が正孔として残る。この ように励起した電⼦はやがて伝導体から価電⼦帯へ戻りこの時に発光する。純粋な結晶で は、禁制帯のエネルギーギャップが⼤きく可視光が放出されない。そこで無機シンチレータ には通常少量の活性化物質と呼ばれる不純物を添加する。活性化物質の添加された無機シ ンチレータのエネルギー帯を図6.3に⽰した。
(図6.3)活性化物質を添加した無機シンチレータのエネルギー帯構造
活性化物質を添加することで禁制帯中に独⾃のエネルギー状態を持った不純物配位を作 る。この不純物配位と基底状態のエネルギーギャップは純粋結晶中の時よりも⼩さくなる。
適切な活性化物質を選んだ場合、不純物配位から基底状態への遷移の際には可視光領域の シンチレーション光を放出する。また、この時の励起状態の半減期は数百ns程度である。電
⼦の移動時間はこの時間よりも⾮常に短いので、無機シンチレータの発光の時間特性は単
⼀の指数関数形で説明出来る。
6.3 Geant4での各シンチレータの発光特性のシミュレーション
Geant4を⽤いてシンチレータの後続に接続された光検出器へのシンチレーション光の到 着時間分布をシミュレーションした。Geant4におけるシンチレータの設定は前の章で⽰し た図5.2である。電⼦の⼊射位置は⼊射⾯の真ん中からシンチレータに⼊射しており、γ線 の⼊射位置は前の章と同様に⼊射⾯から⼊射軸に沿って15cm離れた位置からシンチレータ に⼊射している。またシンチレータの各特徴は表5.2の通りであり、⼊射させる電⼦やγ線 の数は今回は100個とした。
(図6.4)電⼦のシンチレーション光の光検出器への到着時間分布
(図6.5)γ線のシンチレーション光の光検出器への到着時間分布
図6.4と図6.5は横軸がシンチレーション光の到着時間、縦軸がシンチレーション光の数を
⽰している。電⼦とγ線どちらの場合も指数関数で減衰するグラフとなっており、その時定 数は電⼦が約2nsでγ線が約100nsである。電⼦をシンチレータに⼊射した場合、⼊射した 電⼦のほとんどがプラスチックシンチレータ中でエネルギーを失い、プラスチックシンチ レータの発光の時間特性が図6.4のシンチレーション光の光検出器への到着時間分布の時定 数に反映されていると考えられる。対してγ線をシンチレータに⼊射した場合、⼊射したγ 線の起こした相互作⽤のほとんどがGAGG中で起き、GAGGの発光の時間特性が図6.5のシ ンチレーション光の光検出器への到着時間分布の時定数に反映されていると考えられる。
7 実験セットアップ
本研究ではプラスチックシンチレータとGAGGシンチレータを⽤いたγ線と電⼦の検出 実験を⾏い、それぞれのシンチレータの発光特性の違いを⽤いて電⼦とγ線の識別を検証 した。シンチレータから発せられたシンチレーション光を検出するためにシンチレータに 光検出器を接続し、シンチレーション光を電気信号へと変換をした。光検出器からの出⼒電 圧は微弱なので後続の増幅器を⽤いて電圧を増幅した。増幅器の後続には整形増幅器を接 続し、増幅器を通した後のノイズが多く電⼦由来の信号とγ線由来の信号とを識別するの が困難な波形を整形した。最後に整形増幅器で整形された波形を整形増幅器の後に接続さ れたオシロスコープで確認し、波形データを出⼒した。
図7.1は本研究の簡単な実験セットアップ図である。本実験で⽤いた機材などの詳しい説明 は図7.1の下に記した。
(図7.1)実験セットアップのイメージ
l 線源
線源には約0.5MeVのベータ線を放出するストロンチウム90を⽤いた。
GAGG由来の信号を測定する際にはGAGGの側⾯にストロンチウム90を置き測定した。
l シンチレータ
(図7.2)本実験で⽤いた各シンチレータ
プラスチックシンチレータはEpic-Crystal社[5]製のものを⽤いた。
GAGGは株式会社トゥーリーズ社[6]製のものを⽤いた。
実際の測定の際には図5.2のように、GAGGの先端にプラスチックシンチレータ、その 反対側の先端に光検出器を取り付け、周りをアルミホイルと⿊紙で覆い完全に遮光し た。
l 光検出器
浜松ホトニクス株式会社[7]製の光電⼦増倍管(H3164-10)を⽤いた。
l 増幅器
ハヤシレピック株式会社[8]製の8ch PM AMPを⽤いた。
l 整形増幅器
ORTEC社[9]製のORTEC474を⽤いた。
l オシロスコープ
Tektronix社[10]製のDPO3034を⽤いた。
7.1 光電⼦増倍管
光電⼦増倍管はシンチレータから発せられたシンチレーション光を検出してそれに対応 した電気信号を発⽣させる装置である。図7.3に光電⼦増倍管の原理について⽰した。
(図7.3)光電⼦増倍管の原理[7]
シンチレータから届いたシンチレーション光は光電⾯を衝撃し光電⼦を放出する。この光 電⼦は電極にかけられた電圧によって加速されダイノードに衝突して⼆次電⼦を発⽣させ る。これを各ダイノードで繰り返し1つの光電⼦が最終的には100万倍以上の電⼦に増幅さ れ陽極より取り出される。
7.2 増幅器
増幅器では光電⼦増倍管から出た微弱な電圧を増幅させる役割を果たしている。今回⽤い た8ch PM AMPは電圧利得が10の⾮反転負出⼒である。
8 整形増幅器
増幅器を通した後の波形はノイズ成分などの影響により電⼦由来の信号とγ線由来の信 号とを識別するのが困難な波形である。そこで増幅器からの信号を整形増幅器を⽤いて波 形整形して、電⼦由来の信号とγ線由来の信号の識別を試みる。
本実験で⽤いたORTEC474は微分回路と積分回路の両⽅組み込まれており、本実験では積 分回路のみを動作させた。
8.1 積分回路
実験で⽤いたORTEC474の積分回路の動作を理解するために図8.1のような回路を想定し た。
(図8.1)想定している積分回路
図8.1は演算増幅器を⽤いた積分回路を⽰したものである。回路に⽤いられている演算増幅 器は理想演算増幅器であり、その特性を下に⽰した。
l 電圧利得(ゲイン)が無限⼤
l ⼊⼒インピーダンスが無限⼤
l 出⼒インピーダンスが0 l 無限⼤の周波数まで増幅可能 l オフセット電圧が0
⼊⼒電圧𝑉Š{が与えられた図8.1の回路で演算増幅器の⼆つの⼊⼒の電圧差は0で仮想短絡 状態となっている。ここで、𝑅v、𝑅"、𝐶に流れる電流をそれぞれ𝑖v、𝑖"、𝑖•とする。理想演算 増幅器の⼊⼒インピーダンスは無限⼤なので、
𝑖v = 𝑖"+ 𝑖• (8 − 1)
が成り⽴つ。また、電圧𝑉Š{や𝑉XŽˆの関係は、
𝑉Š{ = 𝑅v× 𝑖v (8 − 2)
𝑉XŽˆ= −𝑅"× 𝑖" (8 − 3)
𝑉XŽˆ= −1
𝑐• 𝑖•𝑑𝑡 (8 − 4)
となる。式8-4の𝑖•に式8-1を適⽤すると、
𝑉XŽˆ= −1
𝑐•(𝑖v− 𝑖")𝑑𝑡 (8 − 5)
となり、この式の𝑖vと𝑖"に式8-2と式8-3を適⽤すると、
𝑉XŽˆ = −1 𝑐• • 𝑉Š{
𝑅v −𝑉XŽˆ
𝑅" ‘ 𝑑𝑡 (8 − 6)
となる。両辺を時間tで微分すると、
𝑑𝑉XŽˆ
𝑑𝑡 = −𝑉XŽˆ
𝑅"𝐶− 𝑉Š{
𝑅v𝐶 (8 − 7)
𝑉XŽˆに関する微分⽅程式となる。この微分⽅程式を解くと、
𝑉XŽˆ(𝑡) = 𝑒b’ˆ“”•𝐴 − 1
𝑅v𝐶• 𝑉Š{(𝑡) × 𝑒’ˆ“”𝑑𝑡— (8 − 8)
となる。Aは任意定数である。
図8.1の積分回路を評価するためにLTspice[11]を⽤いて回路シミュレーションを⾏った。
LTspiceとは回路シミュレーションソフトウェアであり、LTspiceでは⼀般的な電気回路の 他に演算増幅器を⽤いた回路やスイッチング・レギュレータのシミュレーションを⾏うこ とができる。
(図8.2)LTspice上での積分回路
図8.2はLTspice上での積分回路である。この回路で⽤いた演算増幅器は理想演算増幅器と して扱うために電圧利得を10˜倍で利得帯域幅積を10wと設定している。利得帯域幅積とは、
増幅器の周波数特性を表すもので、利得帯域幅積の⼤きな演算増幅器はより⾼い周波数ま で増幅することができる。
コンデンサの容量Cは0.1nFで固定して積分時定数(𝑅"× 𝐶)を変化させる際は𝑅"の値を変 化させ、𝑅vの値は常に𝑅"/2となるように変化させた。
8.2 回路シミュレーション
本実験で⾏った回路シミュレーションでは、実験で測定した整形増幅器への⼊⼒波形を再 現した波形を図8.2の𝑉Š{に与え、その結果出⼒された図8.2の𝑉XŽˆを実験で測定した整形増幅 器の出⼒と⽐較した。
実験で整形増幅器に⼊る前の波形を再現し𝑉Š{へ与えるために、実験で整形増幅器に⼊る前 の波形を複数回測定し、それらを平均した波形をGAGGとプラスチックシンチレータそれ ぞれ図8.3と図8.4に⽰した。実験で⽤いた整形増幅器は⾮反転なので⼊⼒電圧は負である。
また、それらの波形を式8-9の関数でフィッティングし、その際のフィッティングパラメー
タを𝑃., 𝑃v, 𝑃"として、その結果を表8.1に⽰した。
(図8.3)GAGGの𝑉Š{の150個の平均波形
(図8.4)プラスチックシンチレータの𝑉Š{の140個の平均波形
𝑃.•exp •− 𝑡
𝑃v‘ − exp •− 𝑡
𝑃"‘— (8 − 9)
(表8.1)フィッティングパラメータ
𝑃. 𝑃v 𝑃"
GAGG -0.114051 103n 2.82n プラスチックシンチレータ -4.18116 3.06n 2.81n
表8.1のフィッティングパラメータを⽤いて各積分時定数ごとにシミュレーションを⾏い、
その結果得られた𝑉XŽˆを実験で得られた30個の出⼒波形を平均した波形と⽐較したものを GAGGの場合は図8.5に、プラスチックシンチレータの場合は図8.6に⽰した。(プラスチッ クシンチレータの積分時定数500nsの時に関しては20個の波形の平均である)
(図8.5)GAGGの実験とシミュレーションの波形⽐較
(図8.6)プラスチックシンチレータの実験とシミュレーションの波形⽐較
また、シミュレーションと実験の時定数の変化による波⾼の振る舞いを⽐較するために、
20nsの時のシミュレーションと実験の波⾼を合わせた。波⾼を合わせる際には、シミュレー ションの𝑉Š{に与える式8-9の𝑃.を変えて合わせ、50ns,100ns,200ns,500nsのシミュレーショ ンでは20nsで合わせた𝑃.を⽤いてシミュレーションを⾏った。図8.7,図8.8はその結果で、図 8.9は各シンチレータ、各時定数ごとの最⼩波⾼の⽐較である。
(図8.7)GAGGの実験とシミュレーションの波形⽐較 (波⾼を20nsに合わせた)
(図8.8)プラスチックシンチレータの実験とシミュレーションの波形⽐較 (波⾼を20nsに合わせた)
(図8.9)図8.5〜図8.8の最⼩波⾼(橙:実験 ⻘:シミュレーション)
図8.5〜図8.8を⾒ると、実験とシミュレーションの波形の⽴ち上がりと⽴ち下がりの時定 数は、プラスチックシンチレータとGAGGの両⽅でほとんど同じような振る舞いをしてい る。このことから実験で整形増幅器として⽤いたORTEC474の積分回路は図8.1の積分回路 と、出⼒波形の時定数の変化においては同じ振る舞いをすると考えられる。
しかし、図8.5〜図8.9を⾒ると、実験の出⼒波形の最⼩波⾼はシミュレーションの最⼩波
⾼と⽐べ積分時定数が⼤きくなってもその絶対値は⼩さくなりにくい傾向が⾒られる。こ れは積分時定数が500nsの時に特に顕著に表れている。このことから実験で整形増幅器とし て⽤いたORTEC474の積分回路は図8.1の積分回路と、回路の電圧利得においては異なる振 る舞いをすると考えられる。
(図8.10)GAGGとプラスチックシンチレータの⽴ち下がり時定数⽐較
図8.10は図8.5と図8.6のシミュレーションの波形の⽴ち下がり時定数を各積分時定数ご とにプロットしたものである。ここでいう⽴ち下がり時定数というのは、波形が最⼩値とな った後に波形の最⼩値の1/eの⼤きさになるまでの時間のことをいう。GAGGとプラスチッ クシンチレータの⽴ち下がり時定数を⽐較すると、どの積分時定数においてもGAGGの⽅
が⽴ち下がり時定数が⼤きいことがわかる。
結論
実光⼦弾性散乱検出器におけるγ線と電⼦の識別可能性をプラスチックシンチレータと GAGGの発光特性の違いを⽤いて評価した。特に、検出器に接続される電⼦回路による整 形増幅器の回路のシミュレーションを⾏い、γ線と電⼦の弁別性能を評価した。
シミュレーションで想定した積分回路と実験で整形増幅器として⽤いたORTEC474の積 分回路は、同じ⼊⼒に対するそれぞれの出⼒波形の⽴ち上がりと⽴ち下がりの時定数を⽐
較すると、同じような振る舞いを⾒せることがわかった。しかし、同じ⼊⼒に対するそれぞ れの出⼒波形の最⼩値に関しては実験とシミュレーションで異なる振る舞いを⾒せた。
γ線と電⼦の弁別可能性については、実験の整形増幅器からの30個の出⼒波形を平均した 波形をプラスチックシンチレータとGAGGで⽐較すると、どの積分時定数においても⽴ち 下がりの時定数が異なることから⼗分に弁別することができると考えられる。しかし、これ はあくまで実験の整形増幅器からの30個の出⼒波形の平均波形についてであり、実際の実 験では1個の出⼒波形を⽤いてγ線と電⼦の識別を⾏わなければならない。1個の出⼒波形 を⾒る場合その波形は毎回⼤きく揺らぎ、⽴ち下がりの時定数も幅を持って検出される。そ のため、その時定数の持つ幅がプラスチックシンチレータとGAGGで重なってしまうと弁 別が困難になる。今後の課題としては、1つの出⼒波形の⽴ち下がり時定数の持つ幅を各シ ンチレータを⽤いて各積分時定数で測定し、その結果からγ線と電⼦の弁別を⾏うことの できる整形増幅器の積分時定数の最適化を⾏うことである。
参考⽂献
[1] T.Inada , et al. Phys. Rev. Lett. B 732, 356-359 (2014) [2]ATLAS Collaboration , Nat. Phys. 13, 852-858 (2017) [3]Geant4 http://geant4.web.cern.ch
[4]放射線計測ハンドブック 第3版 Glenn F. knoll , 神野郁夫 , ⽊村逸郎 , 阪井英次 [5]Epic-Crystal http://www.epic-crystal.com
[6]TwoLeads 株式会社トゥーリーズ https://twoleads.co.jp [7]浜松ホトニクス https://www.hamamatsu.com/jp/ja/index.html [8]ハヤシレピック株式会社 https://www.h-repic.co.jp
[9]ORTEC https://www.ortec-online.com [10]Tektronix https://jp.tek.com
[11]LTspice ANALOG DEVICES https://www.analog.com/jp/index.html [12]ガンマ線の基礎 千葉豪
http://roko.eng.hokudai.ac.jp/studentadm/chiba_data/gammaray/gammaray.pdf [13]宮島諒 広島⼤学理学部物理科学科卒業論⽂(2018)
[14]⾼原⼀朗 広島⼤学理学部物理科学科卒業論⽂(2019)
謝辞
本論⽂を執筆するにあたり多くの⽅々にご協⼒いただきましたことを深く感謝申し上げ ます。特に、指導教員の⾼橋徹准教授には、研究を進めていく中で数多くの助⾔をいただき ました。本論⽂を完成させることができたのは添削指導をしてくださったおかげです。⼼よ り感謝申し上げます。また、同研究室の飯沼昌隆助教には、四年⽣セミナーや定例ミーティ ングを通して私の理解の浅い点について多くの助⾔を賜りました。⼼より感謝申し上げま す。同研究室の先輩⽅や同期の皆様とは、⽇頃から研究についての議論を繰り返しお互いに 刺激し合いながら研究を進めていくことができました。ありがとうございました。
最後に、私の⼤学⽣活を遠く離れた地元から⽀援してくれた両親に⼼より感謝申し上げま す。