対人サービス労働者をめぐる諸相
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(2) 56. 申請者と面接し、生活保護の決定・実施に必要な調査を行い、保護の要否や保護の種類・程度等 を決定、保護開始後はその世帯の生活の立て直しのための処遇方針をたて、受給者の自立援助な どを行っているのが、社会福祉主事あるいは生活保護ケースワーカー(以下、ケースワーカーと 呼ぶ)である。 現在、ケースワーカーを取り巻く環境は厳しい。高齢化の進行や核家族化等の社会的要因、景 気動向等の経済的要因による保護率の上昇、社会的変化に伴う生活問題の複雑化などによって、 被保護世帯が増加しただけでなく、生活保護を受ける状況も悪化し複雑化している。さらに生活 保護行政上の問題もある。杉村宏によれば、第一に一部の例外を除いて、ケースワーカーの多く が、ソーシャル・ケースワークの基礎的な理論の獲得や訓練の機会も与えられずに仕事に従事さ せられ(2)、 2‑3年という短期間に職種の転換が行われるという専門職制度の未確立と公務員の 服務体制の問題、第二に生活保護制度の目的を達成することよりも、政府の財政悪化にともなう 生活保護費の削減や不正受給の防止を意図した「適正化政策」が打ち出され、 「適正化」のための 事務処理が優先されているという(杉村2000:172‑3),それゆえケースワーカーはストレスや疲 労が蓄積する職務であり、配属先として「福祉事務所は一番行きたくない職場」 (生活保護担当職 員の資質向上検討委員会2003: 7)になっている(3)。実際に福祉事務所は、 「職員の出入りが激し い。仕事が地味なわりに忙しい。住民個人の生活に深く関わっていく分だけ葛藤も多く、厳しい。 ケースワーカーになろうとする職員は少ない」 (久田1993:27)のである。 上記のような状況をふまえ、ケースワーカーの感情管理の実態と彼らが抱える困難を明らかにす ることを目的として、 2003年8月から12月にかけて、首都圏の社会福祉事務所に勤務する10名の生 活保護ケースワーカーへの聞き取り調査を行った。調査対象者のプロフィールは以下の通りである。 年齢. 性別. 学 歴 (専 攻 ). 職. 歴. ワ ー カー 歴. A さん. 28歳. 女性. 大卒 (社 会福 祉 ). 生 活保 護 ケ ー ス ワ 】 カー ( 5 年 ) → 知 的 障害 者 向 け作 業 所. B さん. 40歳. 男性. 大卒 (経 済 史). 行 政 ◆事 務 職 ( 2 年 ) → 高 齢 者 ケ ー ス ワ ー カ ー ( 6 年 ) → 現職. 8年. C さん. 50 代. 女性. 大卒 (社 会福 祉 で は な い). T 区役 所 に勤 続 3 0 年 所→現職. 10年. D さん. 5 0代. 女性. 専 門学 校 中退 (社 会 福 礼). T 区役 所 に勤 続 3 0 年 福 祉 課 → 国 民 年金 課 → 出 張 所 ⊥ 高 齢福 祉 課 → 現 職. 10年. 女性. 大卒 (社 会福 祉 ). 知 的 障害 者 の ケ ース ワー カ ー ( 4 年 ) → 現 職. 3年 18年 18年. E さん. :s&. 老 人 福 祉 課→ 衛 生 課 → 出 張. F さん. 43 歳. 男性. 大卒 (社 会福 祉 ). 生活 保 護 ケ ー ス ワー カー (1 7 年 ) → 生活 保 護 の 面 接 相 談 貞一 →現 職. G さん. 40 代. 女性. 大 卒 (社 会学 ). 社会教育課 (3 年) →現職 新 人 ケ ース ワ ー カ 】向 け研 修 の. 5年. H さん. 50 代. 男性. 大 卒 (法 学). 経 理 事 務→ 現 職 講 師 も担 当. Ⅰさん. 2 0代. 男性. 大卒 (法 学). 様 々 な職 業 を経験 → 農水 省 総 務 課 → Ⅰ区 役 所 へ 転 職 し現 職. 2年. J さん. 30 代. 女性. 大 卒 (社 会学 ). 地 域 行 政 セ ンタ】 (旧福 祉 事 務所 5 年 ) → 高齢 者 福 祉 ●介護 福 祉 関連 の企 画 ●運営 ( 7 年 ) →現 職. 6年. 20年 以 上. (※年齢・ワーカー歴は調査当時のものです).
(3) 対人サービス労働者をめぐる諸相. 57. 2.生活保護ケースワーカーの仕事と感情管理 ケースワーカーは、クライアント(4)の状況を正確に把撞し、適切な処遇を通して生活保護基準 を満たす生活保障と自立琴助を行わねばならない。そのためには、 「要保護者が、生活問題の解決 のために福祉事務所とケースワーカーは力になってくれるという信頼感が何よりも重要である」 (杉村2000:165‑6)。しかしクライアントは一人ひとり異なる人生を背負い、異なる生活を送って いるため、信頼関係の構築は容易ではない。 Cさんに、どのようなときに相手から信頼されてい ることを実感したのかと質問すると、 「訪問のとき、ずっと玄関でお話していたんだけど、 1年後 くらいにお部屋に入るように言われたとき」だという答えが返ってきた。 今回インタビューしたケースワーカーは、平均して100ケース近いクライアントを抱えている。 なかには「処遇困難ケース」と呼ばれる人々‑薬物や人格障害などの精神障害の症状が重い人、 高齢者で痴呆が進み、俳梱したり夜中に大声を出したりする人など‑やケースワーカーを振り 回す人にも対処しなければならない。時にはクライアントからの脅迫電話や暴力団からの恐喝な どもあり、日常生活が脅かされる危険性もある。それゆえ自分自身の感情管理ができないと難し い仕事である。 クライアントとの信頼関係を確立するためには、たとえ「不合理な事を言われても、相手が訴 えていることは受け止め」 (Aさん)、ケースワーカーは決して感情的に対応してはならない。「怒 られたとき、怒り返したくなるが、その気持ちを抑える」 (Bさん)。なぜならば、お互いが感情 的になってしまっては信頼関係が崩れ、ケースワーク業務に支障をきたすからである。. ケースワーカーにとって、感情のコントロールは必要です。それは感情をあえて出すこと も必要だし、中立的な態度をとることも必要になってくる。 (Fさん). 意図的に怒るときもある。たとえば教育的介入のとき。これは自分で怒りのコントロール. ができる範囲でやる。 (中略)アルコール依存や薬物依存の人には、ケースワーカーが動じな いことも必要。それが強い態度・冷たいと思われることもある。 (Bさん). ここでは状況に応じた感情管理がケースワーカーのスキルと考えられ、感情管理をケースワー カー自身の制御可能な範囲で行おうとしている。なかには「対人関係の感情の持ち方は、自分の 訓練によって習得するもの」 (Hさん)と断言する人もいた。 またケースワーカーは、現場で多くの「死」と出会う。希望していない病院に転院させてすぐ にクライアントが亡くなったときやクライアントが自殺してしまったときには、後悔や自責の念 を抱く。.
(4) 58. 最初はケースの死に直面したときにショックを受けた。それでも周囲のケースワーカーは 葬儀のことを口にして、びっくり!悲しむことより事務的作業を優先することに抵抗感を もったというか‑。でも今では自分の口からも「葬儀はどうしましょう・‑」みたいな言葉が 出ている。 (Eさん). このように最初はショックや悲しみに庄倒されていたケースワーカーも、次第にそうした感情 が薄れ、クライアントの死を職務として処理するようになっていく。ケースワーカーの三矢陽子 氏は、ケースワーカーの「哀しい習性」のひとつとして、 「身内の葬儀にも涙が出なくなってし まった自分を発見したことである。多くの死と多くの緊迫した場面に立ち会ってくると、否が応 でも感性は鈍磨してくる。葬儀の段取りなどばかりが先立って、悲哀の感情はどこかへ置き忘れ てしまう」 (三矢1996] 2003:116. ことを挙げている。. さらに現行の制度とクライアントのニーズや思惑が一致しない場合、ケースワーカーはクライ アントと組織や制度の板挟みになってしまい、 「何とかしてあげたいけど、できない。その『何と かしてあげたい』気持ちを抑えねばならない」 (Bさん)。そのため「新人の頃、半年間くらい、 自分がケースワーカーとして役に立っているのか、立っていないのではないかという無力感に襲 われた」 (Fさん)というように、今回インタビューしたほとんどのケースワーカーが、 「無力感」、 「やりきれなさ」、 「やり残し感」といった感情を経験していた。 このように、ケースワーカーは職務を遂行するために感情管理を要請されるが、それが常にう まくいくとは限らない。「意図せずしてキレ」てしまうこともあれば、管理しない自らの「自然な」 感情を表出してしまうこともある。「ケースワーカーが考えていることを伝えるためには、自分の 気持ちや感情を伝えるべきときもある」というAさんはそれで喧嘩になってもいいという。喧嘩 できるということは、むしろ信頼関係ができているということでもある。自分の「自然な」感情 をストレートにぶつけていくことで、事態を打開できることもあるという肯定的な側面を留保し ておくべきだろう。 他方で、 「怒ったり、感情をストレートに出さないのは、逃げているのかもしれない。 (怒った ことで生じる:筆者註)効果への疑問もあるけれど、敢えて避けているのかも‑。後の責任をも てないから」(Jさん)という声もあった。その背景には、感情をストレートに相手にぶつけるこ とによって、相手に深く関与してしまうことや感情規則を破るために生じる関係破壊や秩序崩壊 といったコストへの危供があると思われる。. 3.ケースワーカーが抱える困難:感情労働によるコスト クライアントに適切な支援を行うためには、特定の人と親密になりすぎず、適切な距離を保つ.
(5) 対人サービス労働者をめぐる諸相. 59. こと、 「割り切りと関わりのバランス」 (Fさん)が重要である。 「距離感が適切に保てていないと、 援助がうまくできない」(Ⅰさん)、クライアントとの馴れ合いによって、「アプローチが同じにな る。個別にしなくちゃいけないのに。また油断すると相手を放っておいてしまう」(Ⅰさん)とい う事態にもなりかねないためである。 クライアントと信頼関係を築き、ニーズにあった支援をしていくために、ケースワーカーはク ライアントの話を共感的な態度で親身になって聞くことが要求される。しかし他方で、クライア ントへの感情移入や過剰なコミットメントを回避し、適切な関係を維持しなければならない。こ こで崎山治男(1999)が指摘したように、クライアントとの相互行為過程のなかで感情規則が重 層化するために葛藤が生じる(5)。この点についてDさんのコメントは象徴的である。. ケースのなかに友達になりたいと思った人がいたけど、そうならないように気をつけた。 やばいなあと。友達になるとややこしくなる。自分の私情、感情で対応してしまい、仕事上. の感情で対応できなくなる。私自身の感情をもった「私」がお客と接するのはマズィ。相手 にのめり込むと、近くなりすぎる。(中略)私の感情を出すことにおそれを感じる‑。もっと いろいろしたくなる。自分の中で境界線が崩れる。その境界線は仕事の関係の中では維持す べきなんです。 (下線部筆者強調). さらに、 Dさんのコメントからは、自己と職務上の役割との境界についての問題も浮上する。 Dさんは「私自身の感情をもった『私』がお客と接する」こと、 「私の感情を出す」ことによって、 自分自身のなかで「ケースワーカー」として維持すべき境界線が崩壊してしまうことにおそれを 感じている。これは個人の管理されない「自然な」感情によって、 「ケースワーカー」としての役 割を十分に果たせなくなること、それによって自己アイデンティティが不安定化していくこと‑ の恐れではないだろうか。. 被保護者に対し、ケースワーカーは絶対的な権力を持っている。生活援助のプロだから、 相談できる雰囲気を作らないといけない。ケースワーカーの感情が溢れ出してしまうと、そ ういう環境を作れない。ケースワーカーは相手が生身の人間、例えば近所の人とか、知り合 いには話せないことも、 「中身のない人間としてのケースワーカー」だからこそ話せる。中身 を消すことで相談をしやすくなる。 (Hさん). Hさんのいうように、ケースワーカーは個人の「中身を消す」ことで、クライアントに安心感 と信頼感を与えることができる。このことは、一見矛盾しているようにも思われるが、職場と いった公的領域だからこそできる親密な空間や関係性もあり、それを可能にしているのも「ケ‑.
(6) 60. スワーカー」という役割や属性である。ひとつには現代はギデンズが言うように「専門家システ ム」と「信頼」を生み出し、私たちに存在論的な安心感を与えてきたこととも関連する(Giddens 1990 ‑ 1993:42‑43)。もちろんこのような匿名的な信頼はリスクを学んでいるのではあるが、そ こから開かれていく関係性は、公的領域でありながらも親密性を帯びる可能性もあるだろう。そ れによってM.B.トリック(Tolich1993)が指摘したように、ケースワーカーは職務満足感や肯定 的な自己像を持つことも可能となる。言いかえると、感情労働の特徴である、管理されない自ら の感情と職務の上で要請される感情との区別が暖味になるということの肯定的な側面として捉え ることもできるだろう。 次に、 Hさんのコメントから、クライアントとケースワーカーとの関係性について「貨幣」を 媒介に考察してみたい。両者は生活保護制度という公的扶助制度、経済給付という「貨幣」を媒 介に出会い、関係が成立している。しかし、 「対等な立場でつきあえるような関係というか、塑壬 にとって金銭給付という事の意識が少しでも抜けてくれれば‑」 (Ⅰさん)、 「クライアントから見. れば、ケースワーカーは『お金をくれる人』。それが心苦しい」 (Aさん)、 「ただの経済援助になっ てしまうことへの怖さ、強迫観念みたいなものがある」 (Fさん)というように「貨幣」を媒介に. した関係性を消そうとする気持ちもある。これはクライアントに対し、金銭給付という貨幣のも つ権力性に依存した関係性を否定することを意味しており、ワーカー自身の中に自らの業務が (商品化)されてしまうことへの抵抗感があるのではないだろうか。. 4.感情労働によるコストへの対処 対人サービスという職業の特性として、労働者の感情表現やパーソナリティそのものが生産物 ‑商品を構成するため、仕事と自己とを明確に分離することの困難性がある(6)。渋谷望は、 「介護 労働や感情労働に従事する者は、介護される側(顧客)との信頼関係にコミットしているがゆえ に、十全にその感情労働を商品化することができないため、つねに、顧客に対する(感情)や (配慮)を優先させるか、それとも労働の(商品化)を優先させるかを決めかねる困難なポジショ ンにある」 (渋谷2003:30‑31)と主張する。ケースワーカーもまた、仕事上の出来事とはいえ、 仕事と自己とを切り離せず、相手の言動によって「私」が深く傷ついてしまうこともある。. 私も人間なので、それが病気だと思えば割り切れるけど、私自身が傷つく。人格障害の方 に非難されたときは、私自身をえぐりとられるような気分に。そう思う自分もいやだし‑棉 手に吸い取られる感じがして‑ショックでした。 (Aさん). さらにクライアントに対して否定的な感情を抱く自分自身を嫌悪している(7)。そして相手に巻 き込まれ、仕事と自己との「健全な切り離し」 (healthyestrangement) (Hochschild 1983: 188 ‑.
(7) 対人サービス労働者をめぐる諸相. 61. 2000:215)がうまくできずに燃え尽きたり、難しいケースを持つ場合には、肉体的にも精神的に も疲弊してしまい、職場を去るケースワーカーも多いという。 しかし、ヒメルヴァイトが「介護はそれが有償化されているときでさえ、不完全にしか商品化 されえない」ために、 「介護は他の多くの感情労働の疎外を回避することがある」 (Himmelweit, 1999:37)と指摘するように、仕事と自己が明確に区分Lがたいという特徴自体が感情労働による コストを回避する可能性を秘めている。. 相手の反応があるのがうれしい。きれいな言い方をすると、困っている人が少しでも楽に なる・・・楽にしてあげられることがうれしい。それで自分の存在意義が確認できる。自分は自 己評価が低いので、それで自信がついた部分もある。みなさんから「あなたに話してよかっ た〜」、 「がんばれるような気がする」と言われると、うれしいし、ほっとする。自分もそう いう存在になれるのだと思った。 (Aさん). また、こうした感情労働のリスクに対し、経験やキャリアを積むとともに感情経験が変化し、 仕事と自己との距離化が可能になっていく傾向もみられた。. 3年日頃までは引きずることがあったけど・‑、今は引きずらないようになっている。忘れ る。慣れもあるし。割り切らないとしんどくなってしまうんで、自分の中で割り切る術を 作ってきたのかも。割り切ることには以前は罪悪感がありましたね。でも自分のマネジメン トを考えると、割り切ることも必要かと。 (Bさん). 崎山は否定的な感情経験によってその間題を自己に帰責させることを回避するために、職務に 沿った感情管理からクライアントの生活史を考慮した感情管理を行うことによって、相互行為場 面での問題に帰責させ、そこで感情規則の解釈図式を変更していく「態度変更」という技法を提 起し、このことから「『押しつけられたシステムをある一定のやり方で利用すること』 (Certeau, 1980‑ 1987:70)を通して、 「既成事実に抵抗し、それを正当化する教義に抵抗する」 (Certeau, 1980‑1987:70)ことを目指す」 (ibid)と述べている(崎山2005:236)。 確かに他者との関係性において感情管理が常態化している感情意識化社会では、相手との関係 性を保持することを優先し、 「相互行為場面を読み替え、既存の感情管理から一時的にせよ距離を 置いたそれを行う」 (崎山2005:241)ことの有効性はある。しかしながら、崎山本人も自覚して いるように、あくまでもこれは「一時的」な技法にすぎない。そして崎山もホックシールドが記 述したフライトアテンダントも、感情労働に疲弊する労働者に対し孤独な個人像をベースにその 解決策を模索しているように思われる。だが感情労働によるコストを組織や集団で防衛し、ケア.
(8) 62. する方途もあるのではないだろうか。そうした視点が感情労働のコストに対する労働者の反応 一一例えば、抵抗など‑につながる可能性があるのではないだろうか。崎山と同様に看護職の 感情労働を分析している武井麻子(2001)も、感情労働がもたらす人間的コスト‑の対処方法に ついて、患者の言動に対する解釈図式の変更の他に、 「厳格な看護規則や看護組織は、看護の不安 に対する無意識の集団的防衛としても機能し、 『傷つかないこと‑向けての組織化』」 (武井2001: 239 を挙げている。 ケースワーカーも、難しいクライアントには複数のケースワーカーや組織全体で対処するなど、 一人で抱え込まない、巻き込まれすぎないように工夫をしていた。それでもストレスが蓄積した ときも、職場で対処していた。 「職場で感情を吐露させる。それは新人、ベテランを問わず。対人 関係の傷は、人間が、対人関係の中で癒す」 (Hさん)ことは感情労働者にとって重要な対処方法 なのである。 おわり. に. ケースワーカーの感情規則は明文化・体系化されていないが、職場の先輩、上司などから受け 継がれた暗黙の規範が存在する。ケースワーカーは、プロとして、公務員としての立場を自覚し 自らの感情を抑える。しかし彼らの感情労働が直接的に組織目的と合致するわけでもなく‑時 にはクライアントの処遇をめぐって上司と対立することもある‑、賃金に反映されるわけでも ない。また希望してケースワーカーに配属された人ばかりではないことや短期間での異動もある ため仕事への取り組みには大きな差があるという現状も直視しなければならない。しかし、生活 保護の理念を実現するためには、サービスの質や一人ひとりの感情管理スキルの向上とともに、 それを行う労働者に対する十分な評価と配慮がなされるべきではないだろうか。これはケース ワーカーだけでなく、他の対人サービス労働についても適用されるべきである。ただし、対人 サービスにおいては、その労働に対する見返りは「貨幣」や組織による評価だけではなく、クラ イアントから受け取る様々な反応や「感情」であることも留意しておきたい。 最後に、興味深い点として挙げておきたいのは、 「10年前までは、ケースワーカーはもっと温か かった。ケースの嘘に対しても寛容だった。かつては嘘について、まだうち解けてない相手(ケー スワーカー:筆者註)に全部本当のことを話すなんて‑話せないかも、話せないこともあるよね 〜、という受け止め方がなされてきたが、今では嘘は許せない対象になっている」 (Cさん)とい う指摘である。そうした背景にはケースワーカーの仕事が増加し、その内容も複雑化してきたこ ともあるが、両者を取り巻く社会的環境や意識が時代とともに変容してきたことを表している。 クライアントの呼び方の変化もその一例だろう。 生活保護制度と感情労働の興隆には、感情や自己への関心の高まる一方で、伝統的な地域・家 族共同体の崩壊にともなって喪失してきた信頼や感情の機能を外部の専門家に代替することを要.
(9) 対人サービス労働者をめぐる諸相. 63. 話してきたという共通項があるように思われる。両者の関係について社会史的な角度からさらに 検討すること、その変化にともなって労働者に生じるコストを回避する方途を探ることが今後の 大きな課題である。 註 ( 1 )ホックシールドは、 「感情労働」 (emotionallabor)を、 「資本主義労働市場で、営利目的で行われる感情作業」 とし、 「公的に観察可能な表情と身体的表現を作るために行う感情の管理という意味で用いる。 「感情作業」 (emotional work)、 「感情管理」 (emotional management)は、 (使用価値)を有する私的文脈における同種の 行為という意味で用いる(Hochschild 1983: 7 ‑ 2000: 7)t (2)ケースワーカーの多くは、 「行政職」採用である。福祉の専門職として採用している自治体は少ない. Y市 は昭和40年頃から専門職採用を開始していたが、これは全国的に見ても珍しいという。 (3)生活保護ケースワーカーを志望する人は少なく、短期間での異動もあるためか、仕事への取り組みについて は個人差がある。しかしながら、今回の調査対象者の特徴として、ほぼ全員が希望して生活保護ケースワー カーの仕事に従事し、この仕事について継続意志と肯定的な評価を持っている。この点は、調査対象者にある 種の偏向があったということを付記しておきたい。 (4)生活保護ケースワーカーのクライアントには、大まかにみて、生活保護の受給前の申請者と、生活保護の適 用者と二種類のクライアントが存在する。特に、後者については、 「被保護者」、 「受給者」、 「お客さん」、 「利 用者」、などと様々な呼び方があり、その呼び方はケースワーカーごとに異なり、特に統一されてはいない。 職場では、クライアントのことを「ケース」と呼ぶことが多いが、この呼び方について疑問を感じている人も いたO本稿では統一して「クライアント」と呼ぶことにする。 (5)崎山によれば、感情労働には、相反する二つの感情規範が併存する可能性を内包しており、 「感情労働を行う 際、その対象である個人との関係性に対する態度を指示する感情規範が対象者との関係性の親密化を促す一方 で、ある特定の感情経験の職務上の表出・保持形態を指示する感情規範が、対象者との親密化の抑制を促す。 そして両者が併存し、そのいずれかを選択することが困難であることによって葛藤が生じる」 (崎山1999:208) と論じている。 (6) 「感情経験の社会構成性から独自の視座を示すのが感情社会学の原点であり、感情管理化が進むなかでそれ が個人の感情経験や自己に与える影響を批判する学」 (崎山2005:9)であるというように、感情労働を論じる 際には、感情と自己との関係は重要な論点である。 (7)感情についての問題が自責化される機制については崎山(1997. が詳細に論じている。. 【付記】本稿は、文部科学省科学研究費補助金平成16年度基盤研究(C) 「感情の制御技法とその社会規範にかんす る理論的・実証的研究」 (研究代表者:奥村隆、 13610195 による研究成果の一部である。 引用文献 Certeau, Michel, 1980, 'Invention du quotidian, 1, Art de faire, Union Generale d'Edition. ‑ 1987,山田登世子訳 『日常的実践のポイエティーク』国文社. Giddens, Anthony, 1990, The Consequense ofModenity. ‑松尾清文・小幡正敏(釈), 1993 「近代とはいかなる時 代か‑モダニティの帰結」而立書房. Himmelweit, Susan, 1999, "Caring Labor", The American Academy of Political and Social Science (AAPSS), Vol.561, Janu‑ ary, pp.27‑38.. 久田 恵, 1993, 『ニッポン貧困最前線 ケ‑スワーカーと呼ばれる人々』文塾春秋. Hochshild, A. R., 1983, The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling The University of California Press..
(10) 64. 石川准,室伏亜紀(訳), 2000 『管理される心‑感情が商品になるとき‑』世界思想社. 三矢陽子, 1996 (2003), 『生活保護ケースワーカー奮闘記』ミネルヴァ書房. 森 真一, 2005, 『なぜ日本は静いの多い国になったのか‑ 「マナー神経症」の時代』中央公論新社. 小村由香, 2003, 「感情労働と自己‑サービス労働研究のための一考察」早稲田大学大学院文学研究科修士論文. 崎山治男, 1997, 「感情経験と自己‑感情経験における「問題経験」を隠蔽する作用」, 『現代社会理論研究』 7, pp.113‑129.. , 1999, 「感情労働と自己‑看護過程における感情労働を通して」 『年報社会学論集』第12号,関東社会 学会. 2005, 『「心の時代」と自己‑感情社会学の視座』勃草書房. 渋谷. 望, 2003, 『魂の労働‑ネオリベラリズムの権力論』青土社.. 杉村 宏, 2000, 『公的扶助‑生存権セーフティネット』放送大学教育振興会. 武井麻子, 2001, 『感情と看護‑人とのかかわりを職業とすることの意味‑』医学書院. Tolich, M.B., 1993 "Alienating and Liberating Emotions at Work: Supermarket Clerk s Performance of Customer Service", Journal of Contemporary Ethnography, 22 (3): 361‑381.. 参考資料 大田区福祉オンブズマン制度,平成16年度運営状況報告書. 生活保護担当職員の資質向上検討委員会, 2003, 「生活保護担当職員の資質向上に関する提言」,生活保護担当職員 の資質向上検討委員会..
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