博士論文審査報告書
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(2) 環境中には細菌や古細菌などの多種多様な微生物が雑多に存在し,複合微生物 系を形成している。近年,遺伝子ベースで解析する分子生物学的な手法の発展に 伴い,環境中に生息する微生物の数,多様性,群集構造などの知見が多く得られ て い る 。一 方 ,新 規 で 有 用 な 微 生 物 ,酵 素 (タ ン パ ク 質 ),化 合 物 の 取 得 や ,個 々 の微生物の生理学的な性質などより詳細な機能解明を行うためには,環境中から 微生物を純菌株として取得することが必須であり,微生物を分離培養する技術は 普 遍 的 に 必 要 と さ れ て い る 。 し か し な が ら , 現 状 の 科 学 技 術 で は 環 境 中 の 99%以 上の微生物が依然として分離培養不可能なままである。 特 に , 窒 素 循 環 に お け る 硝 化 反 応 を 担 う 亜 硝 酸 酸 化 細 菌 N i t ro s p i r a は , 海 洋 , 土壌,河川,排水処理場などで幅広く生息していることが確認されているにもか か わ ら ず , 難 培 養 性 微 生 物 と し て 名 高 い 。 現 在 ま で に 獲 得 さ れ て い る N i t ro s p i r a の純菌株には限りがあり,中でも排水処理槽内の活性汚泥から純菌株として獲得 さ れ た 報 告 例 は 皆 無 で あ る 。 培 養 が 難 し い 理 由 と し て , 1 ) N i t ro s p i r a が 他 の 微 生物に比べ増殖速度が遅いこと,2)基質である遊離亜硝酸に対する感受性が高 く , 高 濃 度 の 亜 硝 酸 に さ ら さ れ る と 強 い 阻 害 を 受 け る こ と , 3 ) N i t ro s p i r a が 分 泌 す る 細 胞 外 高 分 子 ( EPS) の 中 に 他 の 従 属 栄 養 性 微 生 物 が 取 り 込 ま れ 共 存 し て いること,などが挙げられる。したがって,高濃度の遊離亜硝酸が残存し,他の 微 生 物 を 除 去 で き な い 従 来 の 培 養 技 術 で は ,分 離 培 養 が 困 難 で あ る と 考 え ら れ る 。 以 上 の 点 を 踏 ま え , 本 研 究 で は 難 培 養 性 亜 硝 酸 酸 化 細 菌 N i t ro s p i r a を 標 的 と し た 新 し い 分 離 培 養 手 法 を 開 発 し ,純 菌 株 を 獲 得 す る こ と を 目 的 と し て い る 。ま た , 獲得した純菌株の生理学的な性質を明らかにしている。 本論文は,5章から構成されている。以下に各章の審査概要について述べる。 第1章では,今日まで分離培養されてきた硝化細菌(アンモニア酸化細菌・古 細菌,亜硝酸酸化細菌)の歴史と,従来の分離培養手法に関する知見および問題 点について,最近の研究動向を踏まえつつ概説し,本研究の研究背景をまとめて いる。また,本研究の意義および目的を明らかにしている。 第 2 章 で は ,高 密 度 に 微 生 物 を 保 持 す る た め の 微 生 物 固 定 化 担 体 と , 低 濃 度 の 亜 硝酸を含有する無機性の基質を高速で連続的に供給できる混合型集積培養槽を用 い た , N i t ro s p i r a の 高 度 集 積 培 養 法 の 提 案 を 行 っ て い る 。 本 手 法 の 特 徴 は , 1 ) 基 質を高速で連続的に供給しながら,集積培養槽内の基質濃度を低く保つことがで きる,2)高流速で流すことで微生物が分泌する代謝産物(有機物)を系外に排 出できるため,他の微生物(従属栄養微生物)の増殖を防ぐことが可能である, 3)定期的に菌体を排出することで,培養条件に適した目的の微生物を高効率に 保持することができる,などの点が挙げられる。 実際に,排水処理施設より採取した活性汚泥を初期汚泥とし,亜硝酸を含有す る 無 機 性 基 質 を 連 続 的 に 供 給 し ,好 気 条 件 で N i t ro s p i r a の 集 積 培 養 を 試 み て い る 。 一 定 期 間 ご と に 流 入 負 荷 を 上 昇 さ せ た 結 果 , 実 験 開 始 時 に 1% 未 満 で あ っ た.
(3) N i t ro s p i r a 占 有 率 が 培 養 3 4 2 日 目 で 6 9 . 2 % に 到 達 し ,そ の 後 も 2 年 間 に 渡 り 高 い 集 積 率 を 維 持 す る こ と に 成 功 し て い る ( 平 均 8 0 % , 最 大 9 6 % )。 N i t ro s p i r a を 選 択 的 に 集 積 す る 過 程 に お い て ,同 じ 亜 硝 酸 酸 化 細 菌 で 競 合 相 手 で あ る N i t ro b a c t e r や 他 の 従 属 栄 養 性 微 生 物 の 増 殖 を 抑 え る こ と が 重 要 で あ る 。 N i t ro s p i r a は N i t ro b a c t e r より亜硝酸に対する感受性が高いことが知られているため,本研究では連続流入 式の混合型集積培養槽を用いて槽内の亜硝酸濃度の上昇を抑えることで, N i t ro s p i r a の 増 殖 阻 害 , お よ び N i t ro b a c t e r の 増 殖 促 進 を 防 ぎ , こ の よ う な 効 率 的 か つ 選 択 的 な N i t ro s p i r a 集 積 を 実 現 で き た と 考 え ら れ る 。 つ ぎ に , 集 積 サ ン プ ル (占 有 率 82%) か ら DNA を 抽 出 し , 16S rRNA 遺 伝 子 を 標的としたクローンライブラリーを作成し,微生物群集構造について解析してい る。その結果,本研究で運転した集積培養槽では,系統学的に異なる 2 種類の N i t ro s p i r a ,す な わ ち S u b l i n e a g e I に 属 す る C a n d i d a t u s N i t r o s p i r a d e f l u v i i の 近 縁 種 , お よ び S u b l i n e a g e I I に 属 す る N i t ro s p i r a m o s c o v i e n s i s の 近 縁 種 が 存 在 し て い る こ と を 明 ら か に し て い る 。 さ ら に , こ の 2 種 類 の N i t ro s p i r a に は , 基 質 で あ る 亜 硝 酸に対する感受性に違いがあるのではないかという仮説のもと,両者をそれぞれ 選択的に集積培養することに挑戦している。その結果,高濃度の亜硝酸では Sublineage I が 優 占 す る の に 対 し , 低 濃 度 の 亜 硝 酸 で は Sublineage II が 優 占 す る ことを見出し,集積培養槽内の亜硝酸濃度を制御することで,系統学的に異なる 2 種 類 の N i t ro s p i r a を 選 択 的 に 集 積 培 養 す る こ と に 成 功 し て い る 。 目 的 微 生 物 と 競合微生物との間に見られる基質親和性の違いに着目し,選択的培養を成功させ たことは特筆すべき点であり,その実現のために連続流入式培養槽の槽内基質濃 度を精密にコントロールする方法論を工学的観点から提案した点は意義深い。 第 3 章 で は , N i t ro s p i r a が 形 成 す る マ イ ク ロ コ ロ ニ ー に 着 目 し , 目 的 の 微 生 物 を 高 効 率 か つ 選 択 的 に 分 取 す る 手 法 に つ い て 記 述 し て い る 。集 積 サ ン プ ル 中 に は , N i t ro s p i r a が 高 い 割 合 で 存 在 し て い る も の の , 従 属 栄 養 性 微 生 物 を は じ め と す る 他の微生物も共存している。したがって,培養に基づいた集積過程で他の微生物 を取り除くことは極めて困難である。これに対して,本研究では,粒子の大きさ や 形 状 の 違 い を 利 用 し て ,N i t ro s p i r a を 高 い 割 合 で 回 収 す る 技 術 を 提 案 し て い る 。 まず,集積サンプルに緩やかな超音波処理を施すと,分散する粒子は3つのタイ プ , す な わ ち 1 ) 密 に 詰 ま っ た N i t ro s p i r a マ イ ク コ ロ ニ ー ( 直 径 3 - 2 0 μ m ), 2 ) 不 均 一 な 形 状 を し た 凝 集 体 ( 直 径 3 μ m 以 上 ), 3 ) 単 一 の 浮 遊 細 胞 ( 直 径 2 μ m 以下)に分類できることを見出している。つぎに,粒子にレーザーを照射したと き に 検 出 さ れ る 前 方 散 乱 光( FSC)お よ び 側 方 散 乱 光( SSC)の 強 度 が 粒 子 の 大 き さおよび形状を反映した値になることを利用して,セルソーターを用いて N i t ro s p i r a マ イ ク ロ コ ロ ニ ー を 選 択 的 に 分 取 で き る こ と を 見 出 し て い る 。 条 件 の 最 適 化 を 行 っ た 結 果 ,FSC が 高 く SSC が 低 い 特 定 の エ リ ア で は ,マ イ ク ロ コ ロ ニ ー の 分 取 効 率 が 非 常 に 高 く , 細 胞 数 基 準 で 占 有 率 を 99%以 上 に 高 め る こ と に 成 功.
(4) している。蛍光標識を使わずにセルソーターによって目的微生物を高度に集積化 する技術は世界でも前例が無く,新規性・汎用性の高い技術として評価できる。 第4章では,マイクロコロニーを使った純粋培養結果と獲得した純菌株の生理 学的性質について報告している。まず,セルソーターによって分取したマイクロ コ ロ ニ ー を ,亜 硝 酸 培 地 を 含 有 し た 9 6 ウ ェ ル プ レ ー ト で 1 ヶ 月 培 養 し た 結 果 ,マ イ ク ロ コ ロ ニ ー ( 10-102 細 胞 ) か ら 細 胞 が 増 殖 し , 純 菌 株 を 取 得 す る こ と に 成 功 し て い る 。ま た ,1 6 S r R N A 遺 伝 子 に 基 づ い た 系 統 解 析 に よ り ,系 統 学 的 に 異 な る 2 種 類 の N i t ro s p i r a 純 菌 株 ( N D 1 株 , N R 1 株 ) を 世 界 で 初 め て 獲 得 し た こ と を 立 証 し て い る 。 ND1 株 は Sublineage I に 属 す る 純 菌 株 で あ り , Candidatus Nitrospira defluvii と の 相 同 性 は 99%で あ る 。 一 方 , NR1 株 は Sublineage II に 属 す る 純 菌 株 で あ り , N i t ro s p i r a m o s c o v i e n s i s と の 相 同 性 は 9 4 % で あ る 。 ま た , 形 態 学 的 な 性 質 と し て ,N D 1 株 と N R 1 株 は ,と も に 数 μ m 〜 数 1 0 μ m 程 度 の 凝 集 体 を 形 成 し , EPS で 囲 ま れ て い る こ と を 明 ら か に し て い る 。 ま た , 亜 硝 酸 酸 化 速 度 の 温 度 依 存 性 に つ い て は , ND1 株 は 10 ºC 以 下 で も 亜 硝 酸 酸 化 活 性 を 示 す の に 対 し , NR1 株 は 1 0 º C で 阻 害 を 受 け る こ と を 明 ら か に し て い る 。さ ら に ,ア ン モ ニ ア に 対 す る 耐 性 を 調 べ る と ,N R 1 株 は N D 1 株 に 比 べ て あ る 一 定 濃 度 の ア ン モ ニ ア に 対 し て 耐 性 を持っていることが判明し,アンモニア酸化細菌との生態学的なニッチに違いが あることを示唆している。温度やアンモニア濃度は自然環境や排水処理槽におけ る亜硝酸酸化活性,亜硝酸酸化細菌の群集構造に大きな影響を及ぼす因子である ことから,本研究で得られた温度依存性やアンモニア耐性のデータは,排水処理 プロセスでの亜硝酸酸化活性をコントロールする上で価値が高い。 第5章では,本論文を総括し,今後の展望について記述している。 以 上 , 本 研 究 で は , 難 培 養 亜 硝 酸 酸 化 細 菌 N i t ro s p i r a を 標 的 と し た 全 く 新 し い 分 離 培 養 手 法 を 開 発 し , 世 界 で 初 め て 系 統 学 的 に 異 な る 2 種 類 の N i t ro s p i r a 純 菌 株を獲得することに成功している。本研究で開発した新しい分離培養手法は,マ イクロコロニーを形成する他の難培養性硝化細菌(アンモニア酸化細菌やアナモ ックス細菌)にも広く適用できることが期待される。よって,本論文は博士(工 学)の学位論文として価値あるものと認める。 2013 年 2 月 審査員. (主査)早稲田大学教授. 博士(工学)東京大学. 常田. 聡. 早稲田大学教授. 理学博士(東京大学). 仙波憲太郎. 早稲田大学教授. 博士(工学)東京農工大学. 竹山春子. 中央大学教授. 農学博士(東北大学). 諏訪裕一.
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