浄 瑠 璃 太 夫 た ち の ( ウ タ イ ) 考
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(2) 1曲中の聞かせどころとなるような箇所に謡曲からの節を取り入れ. 正本に'謡曲関係節譜が多用されていたことが挙げられる。特に、. 瑠璃詞章が'特定の謡曲から引用されたものであるか否かを調査す. ﹃謡曲二百五十番集索引﹄を活用し、謡曲関係文字譜が付された浄. の謡曲関係文字譜の記譜箇所をピックアップすることを試みた。. 七六. ることが多かったため、加賀接にとって 「うつり」 の良し悪Lは、. る、というものである。. ・ p p l. 重要な問題だったのだろう。. ある。当時、独立して竹本座を興し、加賀按と強いライバル関係に. なし。只謡を親と心得べし」との書き出しでよ‑知られるところで. 味で右の方法は、謡曲詞章引用箇所の特定のためには万全なもので. する知識によってかなりの差異があると考えられる。そういった意. それに謡曲関係の節付をするかどうかは、太夫の考え方や謡曲に関. しかしながら、たとえ近松が謡曲詞章を作品中に多‑引用しても、. あった義太夫はこれに反発し、「むかしの名人の浄るりを父母とし. はなかったが、調査に伴って作成した一覧表は、近松作品を語った. 加賀操の謡曲趣味は、前掲の ﹃竹子集﹄序文の、「浄るりに師匠. て。謡舞等ハやしなひ親と定め侍る。しかし親の心子しらず。」. 太夫たちの、謡曲関係文字譜使用の回数や用い方が明らかになる点. : ゥ :. (︹貞享四年義太夫段物集︺)と記した。しかしそうは言いながらも'義. で非常に興味深いものとなった。. ﹃「近松全集」文字譜索引﹄ である。筆者は以前、近松門左衛門と加. は、近松ではなく常にその太夫たちであった。横道寓里雄氏は、原. ている。ただし実際の上演に際して、その作品に節を付ける作曲者. 太夫没後の新世代の太夫といった、複数の太夫たちに作品を提供し. 浄瑠璃作者としての近松は、宇治加賀操、竹本義太夫、そして義. 太夫は加賀按に負けず劣らず、謡曲関係の節付を自らの語り物に採 用しているのである。 そのことを統計的に示すことができる好資料が、山根馬雄編. 賀按それぞれの道成寺物、すなわち、能「道成寺」を題材とした浄. 則として作者と作曲者が同一である能について、「作詞の段階で、. : o :. 瑠璃作品を比較分析し、同じ「道成寺」からでも、加賀操は上掛り. 作者が作曲を頭におきながら書きつづっている」とし、能作者によ. o. 系、近松は下掛り系の謡曲本文を引用していることを指摘している. (拙稿「近松と加賀操の「道成寺」‑浄瑠璃作者が引用した謡曲本文の系統をる作曲方法の特色を示されている (「能本の概観」) が、作者と作曲. 査することで、作者問題に何らかの示唆を得ることができるのでは. めぐって」)。このように'浄瑠璃に引用された謡曲本文の系統を調. 溝は、作者問題とはまた異なる、新たな解釈を窟して‑れるものだ. あろう。しかし、浄瑠璃作品の本文と節付の間に横たわるある種の. 者が異なる浄瑠璃では、そういった研究手法を取ることは不可能で. ' I B S .. ないかと考えたことから、筆者は次に、謡曲本文の引用箇所を知る. とも考えられるのではないだろうか。. ra. l方法として、﹃「近松全集」文字譜索引﹄ に拠り、﹃近松全集﹄中.
(3) l四種. ①. 浄瑠璃作品名. 番号. ︻データ項目︼. 謡曲関係記譜箇所を時代毎に分析することで、浄瑠璃という新しい ②. 作品名よみ. 宇治座・竹本座の別。. 本稿では、﹃「近松全集」文字譜索引﹄を手掛かりに近松作品中の. 芸能ジャンルの作者と作曲者が'優れた先行芸能として影響を受け ③. 痩. 浄瑠璃作品の通し番号。. た謡曲を、どのように捉え、活かしていったのかを探りたい。 ④. 座を代表する太夫名。. ⑧. 謡曲名. の当て込みを推定できる場合の曲名。該当す. ⑨が記譜された箇所の詞章から、特定の謡曲. 謡曲関係文字譜名。. ⑤ 太夫. *. ⑥ 上演年. (第一七巻中の補遺一篇を含む) が収める浄瑠璃作品一二二篇を対. ⑨ 譜名. ⑦ 西暦. 象にした、いわゆる文字譜の索引である。先に記した通り、筆者は. ⑬ 譜名よみ. ﹃「近松全集」文字譜索引﹄ は、「近松全集」 の浄瑠璃編一四巻. この中から'謡曲関係文字譜の記譜箇所を確認してデータを採取し、. ⑪. 月. 「﹃近松全集﹄謡曲関係節付箇所一覧」を作成した。データを採取し た謡曲関係文字譜、および項目は以下の通りである。. d. ". る曲が特定できない場合は、「?」 を記入し i. ⑫ 謡曲名よみ. 蝣. うたひか〜り/うたひきん/りタイ/りタイウ/りタイカ、リ. ⑬ 浄瑠璃詞章 ⑨が記譜された箇所の詞章を一部抜粋。. ︻謡曲関係文字譜︼三十五種. /りタイサシ/りタイノット/りタイハル/りタイ詞/りタイ. ⑭ 備考. 七七. て考察を行う。紙数の関係上、表の全体像を掲出することは不可能. 夫競合期、Ⅱ竹本座独走期'Ⅲ義太夫没後の新世代期の三期に分け. 次節からは、存疑作を含む近松作品一二二篇を、Ⅰ加賀按・義太. 中/りタヒ/りタヒクセ/りタヒ地/下歌/次第/序うたひク セ/上歌/憩地謡/謡/謡り/謡カ\‑/謡キン/謡クセ/請 クル/謡サシカ、リ/謡ハル/謡フシ/謡一セイ/謡下/謡詞 /謡次第/謡地/謡中/謡中り/謡同音. 浄瑠璃太夫たちの (りタイ)考.
(4) なため、原則として、 A 年代. 七八. A 延宝五 (一六七七)年〜元禄一六 (一七〇三)年の二六年 間. B 三八作(加賀操一一作・義太夫二七作). 天狗の内裏/他力本願記/世継曽我/以呂波物語/出世景. B 作品数(太夫毎の内訳) C 謡曲関係文字譜の種類. 清/三世相/佐々木先陣/薩摩守忠度/千載集/主馬判官. 伝記 ︹女人即身成仏記︺/悦賀楽平太/天智天皇/豊年秋. 問答 ︹念仏往生記︺/津戸三郎/烏帽子折/大覚大僧正御. 盛久/盛久/今川了俊/日親聖人徳行記/大原問答/大原. D 関連謡曲の種類 について各節の冒頭に記し、分析を進めることとする。. Ⅰ加賀按・義太夫競合期. の田/融の大臣/せみ丸/文武五人男/大磯虎物語/吉野. 忠信/猫魔達/十二段/曽我七以呂波/本朝用文章/最明. ・ u ・ \. ﹃近松全集﹄ には、近松作である外部徴証が得られないなどの、. 寺殿百人上膿/南大門秋彼岸/日本西王母/曽我五人兄弟. C S ). いわゆる近松存疑作がl三作収められている.この1三作を、存疑. /団扇曽我/百日曽我/天鼓 ︹丹州千年狐︺/曽根崎心中. うたひかゝり/うたひきん/りタイ/りタイサシ/りタイ. C 謡曲関係文字譜の種類 二七種. 作であることに拘らず、1 二二作品の中で年代順に並べた場合、1 三作中一〇作までが、ここで扱う加賀操義太夫競合期に含まれるこ とになる。. 宝五年の 「天狗の内裏」 であった。もちろん、それ以前にも近松の. /謡クセ/謡クル/謡サシカ、リ/謡ハル/謡一セイ/謡. 次第/序うたひクセ/上歌/憩地謡/謡/謡り/謡カ、‑. ハル/りタイ中/りタヒ/りタヒクセ/りタヒ地/下歌/. 関与が疑われている作品は存在するが、﹃近松全集﹄ では、より慎. 下/謡詞/謡次第/謡中/謡中ウ. ﹃近松全集﹄が、最も古い近松存疑作として取り上げたのは、延. 重な編集態度を取って存疑作を絞込んでいる。従って'本節で加賀. 葵上/芦刈/敦盛/蟻通/鵜飼/[采女]/采女と天鼓/江. D 関連謡曲の種類 四六種. 七七)年から'近松が竹本座の座付き作者となる直前、大当たりを. 口/景清/花月/兼平/通小町/耶邸/清経/鞍馬天狗/. 按・義太夫競合期とするのは、「天狗の内裏」刊行の延宝五 (一六. とった 「曽根崎心中」初演の元禄l六 (1七〇三)年までとしたい。. 実盛/狸々/関寺小町/蝉丸/千手/卒都婆小町/高砂/.
(5) 弁慶/松風/三井寺/三輪/紅葉待/盛久/屋島/[熊野]. 木/(鉢木)/班女/班女と融/百万/富士太鼓/藤戸/船. 忠度/玉宴/(玉髪)/田村/張良/東北/融/(羽衣)/鉢. (加賀接「盛久」)、「鉢木」「清経」「敦盛」 (義太夫「主馬判官盛久」)か. それぞれ三箇所、該当する謡曲詞章も、「敦盛」「羅生門」「盛久」. にしたと考えられる作品であるが、謡曲関係の節付をしているのは. 夫正本「主席判官盛久」は、謡曲の 「盛久」を主要な題材のひとつ. が感じられる。. らの引用で'あえて謡曲「盛久」 には寄りかからないという自主性. ( 3 ). /楊貴妃/頼政/羅生門. Dの関連謡曲の種類においては、浄瑠璃の該当箇所に謡曲詞章の. 品を執筆していた元禄期に、謡曲関係記譜の数は急増する。︻表. ところが、近松が1時期浄瑠璃から遠ざかり、主として歌舞伎作. ラウンドに特定の曲の存在をL<めかすものを [ ] 付で、また謡曲. ①︼ は、「﹃近松全集﹄謡曲関係節付箇所一覧」から、特にそれが冒. はっきりした引用はな‑とも、謡曲名そのものが登場し、バックグ. のきわめて印象的な語句、言い回しが一部に組み込まれており、前. 立つ作品、義太夫正本「悦賀楽平太」 (元禄五年)・「融の大臣」 (元. ! < V. た義太夫正本「天鼓」 (元禄一四年) のデータを抜粋したものであ. 母」 (元禄末年)、同じ‑加賀接正本「丹州千年狐」 の版木を流用し. (元禄二一年)、「南大門秋彼岸」を改作した義太夫正本「日本西王. ( a ). 後の詞章からその曲名が推定できるものを ( )付で示した。例え. 禄六年)、加賀接正本「猫魔達」 (元禄一〇年)、「南大門秋彼岸」. に関るものとし. 記譜箇所、「ゆやのまへ。は〜のいたはり身にかへて。花を見. ば義太夫正本 「今川了俊」 (貞享二年) にみられる文字譜(りタ イ). すつるかりがねの。」という詞章は、謡曲「熊野」 て [ ] 付で処理している。. なお、一定の長さを有Lt複数の謡曲にみられる詞章が浄瑠璃に. 謡曲「卒都婆小町」と「融」 の詞章引用が集中していることがわか. この表を追ってゆ‑と、例えば 「悦賀楽平太」・「融の大臣」 には、. 形成されている場合は、その謡曲名を'○○と〇〇、という形で記. る。加賀按の 「猫魔達」 に至っては、調査した一二二作品中、最も. 引かれている場合、または複数の謡曲から切り貼りする形で詞章が. した。. 謡曲関係文字譜が多い作品で、しかもその摂取元の謡曲は、非常に. 人気の高い、ポピュラーな曲ばかりとなっている。義太夫と加賀接. ともに、貞享期の、いわば緊張感をもった節付とは打って変わって、. さて、加賀嫁と義太夫が、最もライバルとして競い合っていたと 考えられる貞享期(一六八四〜七) には、思いの外謡曲関係の節付. 安易とも言われかねないやり方である。. 七九. は少ないといえる。例えば、貞享四年の加賀按正本「盛久」・義太 浄瑠璃太夫たちの(ウタイ)考.
(6) ちなみに、右に挙げた「悦賀楽平太」・「融の大臣」・「猫魔達」は、 いずれも近松存疑作とされている。﹃近松全集﹄が、存疑作の中で も近松真作の可能性がかなり高いものを厳選しているとはいえ、例 えば加賀橡正本「猫魔達」などは、加賀按が手を入れて、謡曲詞章. Ⅱ竹本座独走期. 本節では、近松が竹本座の座付作者となった初めての上演作品. 「蛾歌かるた」(正徳四年)までの、四七作を対象として考察を行う。. の 引 用 を 増 や し て い る と い う こ と も あ り 得 な い と は い え な い 。 ま た 、「用明天王職人鑑」 (宝永二年) から、義太夫の最後の語り物となる 近松作と考えられている 「南大門秋彼岸」と「日本西王母」、「丹州 千年狐」と 「天鼓」も、浄瑠璃作者を必ずしも尊重しなかった加賀. 言わざるを得ないだろう。従って、前述したような謡曲詞章引用の. 曽我/加増曽我/卯月紅葉/堀川波鼓/卯月の潤色/五十. 用明天王職人鑑/田村将軍初観音/心中二枚絵草紙/本領. A 宝永二 (一七〇五)年〜正徳四 (1七一四)年の九年間. 増加に、近松が関与していると断定することは難しい。むしろこう. 年忌歌念仏/松風村雨束帯鑑/心中重井筒/丹波与作待夜. 接が先行して語っていること、複雑な版木の流用問題等から、その. いった現象は、この時期、晩年に差し掛かっていた加賀接と、竹本. のこむろぶし/雪女五枚羽子板/けいせい反魂香/心中刃. B 四七作(義太夫四七作). 座の運営に苦心していたという義太夫が、観客が慣れ親しんでいる. は氷の朔日/淀鯉出世瀧徳/傾城吉岡染/心中万年草/宿. 他の近松作品に比して、完全な近松作とするにはやや問題があると. 謡曲に、意識のどこかで依存していた結果とみるべきではないだろ. 呑童子枕言葉/学常盤/源氏れいぜいぶし/兼好法師物見. き立てる作品を心がけていた筈である近松の状況から、その可能性. 出来るからである。この期問、歌舞伎作者として、役者の魅力を引. ビス精神で謡曲詞章引用の多い作品を書き与えたと解釈することも. はそれで興味深い.近松が、謡曲を好む加賀操に合わせ、1種のサー. 千年狐」が、近松の文章そのものを保っていると考えた場合、それ. なお、近松が加賀按に提供した「猫魔達」「南大門秋彼岸」「丹州. 生会/蛾歌かるた. /天神記/持統天皇歌軍法/相模入道千疋犬/釈迦如来誕. 甘露雨/弘徴殿鵜羽産家/賀古教信七墓廻/当流小栗判官. せい懸物揃/姫山姥/長町女腹切/殊静胎内据/嵯峨天皇. の飛脚/百合若大臣野守鏡/大職冠/夕霧阿波鳴渡/けい. 秦経/薩摩歌/曽我扇八景/曽我虎が磨/今宮心中/冥途. 車/碁盤太平記/吉野都女楠/鎌田兵衛名所盃/源義経将. ( S ). うか。. も充分に推測できよう。.
(7) C S. ). S. ). C. S. <. ). (りタイ)/ウクイ/りタイ/りタイウ/. (. 謡曲関係文字譜の種類一五種 C. 「松風村雨束帯鑑」 の場合、すべて題材となった謡曲から引用され. た詞章に付されている。「堀川波鼓」 でも、五箇所の謡曲関係記譜. のうち、三箇所が謡曲「松風」からの引用である。作者が謡曲を題. (りタイ)/ウ りタイサシ/りタイハル/りタイ詞/謡/謡カ\‑/謡キ. 材に組み込んだ上で詞章も多‑引用し、それに太夫が謡曲関係の節. を付して語る、というパターンがこの時期の特色となっている。作. ン/謡クセ/謡フシ/謡一セイ/謡詞/謡地/謡中. D 関連謡曲の種類 四四種. /関寺小町/卒都婆小町/高砂/[高砂]/玉宴/田村/張. 定期に入ることになる。例えば、これまで主流を占めていた漢字表. しかしこれ以降、浄瑠璃作品における謡曲関係記譜は、いわば安. 者と作曲者が、ともに謡曲の持つ力を積極的に活用しようとした時. 良/天鼓/藤栄か自然居士/道成寺/東北/融/野宮/白. 記の 「謡」 に代わり、片仮名表記の 「りタイ」がほぼ定着をみる。. 安宅/敦盛/海士/(井筒)/善知鳥/江口/大江山/女郎. 楽天/班女/船弁慶/松風/松虫/三井寺/三輪/[三輪]. また、謡クセ∴議クル・謡サシカ、‑・謡ハル・謡下・謡詞等々'. 期であったといえよう。. /屋島/屋島と富士太鼓/山姥/遊行柳と西行桜/楊貴妃. 多種多様だった謡曲関係文字譜も減少して、最も単純な「りタイ」. 花/柏崎/兼平/熊野/(耶邸)/清経/(熊坂)/実盛/程々. /頼政/羅生門. が好んで利用されることとなる。. なる謡曲名に関しても、一曲に偏らずまんべんなく採用されるよう. さらに、浄瑠璃1作品中にみられる謡曲関係文字譜の、摂取元と. して謡曲「卒都婆小町」と 「融」 の詞章を引用していることを紹介. になっていった。宝永七年の 「吉野都女楠」を1例とすると、謡曲. 前節において、「悦賀楽平太」と 「融の大臣」が、それぞれ集中. したが、実は、第Ⅱ期の初頭、宝永二〜四年にも、同様の例が続け. 関係記譜箇所の摂取元謡曲名は、「実盛」「兼平」「柏崎」「屋島」. こうした変化の詳細を知るにはさらなる調査が必要であるが、作. て確認できる。この時期のデータを、︻表②︼に示したので参照さ. このうち、「用明天王職人鑑」「堀川波鼓」「松風村雨束帯鑑」は、. 者による同一の謡曲からの偏った詞章引用、または太夫による謡曲. 「富士太鼓」といった具合に、バラエティーに富んでいる。. それぞれ主要な題材を謡曲「道成寺」 (「用明天王職人鑑」)、「松風」. 詞章への安易な謡曲関係記譜の、いずれか一方、または両方が慎ま. れたい。. (「堀川波鼓」「松風村雨束帯鑑」) に求めたものである。そして、これ. れるようになった結果と考えて良いだろう。義太夫節にとってこう. 八一. らの作品中にみられる謡曲関係文字譜は、「用明天王職人鑑」 と 浄瑠璃太夫たちの (ウタイ)考.
(8) 浄 瑠 璃 作 品名. 太夫. 上演 年. 謡 曲名. 譜名. 浄 瑠璃詞華 た て ゑ ぼ L をか ざお りか りぎ ぬ の 袖 を打 か づ い て つ まの た め に は しうとの 散 ○ 婆 小 町 む つ か しの人 のけ うけや な○ い さごを たうとか さねつ ゝ○わうごん の は だ えこまや か に○花 婆小町 を 天 地 にさゝげ っ ゝ (か た み の 刀 ) 身 を はな たず もつ や 田子 の うら○あ づ まの は と敵 ての国々迄○ もとよ りみ うらは〇一 円 九 十 三 騎 に て○か げ ふ か きそ まぎの 中 に佐 原 の 十 郎 は 0 (む つ か しの 人 のけ うけや な O そ れ はさとりのた え なること 婆小 町 ぱ ○まよひ の 女 人 は 思 ひ も あけ をうぱ ふ と名 をたて ゝ○もろこし人 は にくめ どもか の ひ と○もとの 初 ゆか り○ くろ か み 山 ○す が たもわ かきあ をば 山○松 にこゑ あるをとづ れ は○ もつ や たご のぽ う○たご のうら○あづ まか らけの しほ衣 ○くめ は月 をも0 あ らお もしろ のゆ うがくや ○そ も明 月 の其 中 に○ま だ はつ 月 の よゐ / \ に○ 是 は東 国 が たより出 たる僧 にて候 O 我 い まだ 都 を見 ず 侯 程 に○此 度 恩 ひ 立 都 に さが の 天 皇 の 王 子 ○融 の 大 臣か の うらの てうぱ うをした はせ 給 ひ ○島 々 の ふ ぜ い を こしか たより○今 の 世 までも○た えせ ぬもの は恋 とい へ るくせ. 卒都 婆 小 町 請. 卒都 卒都. 悦 賀 楽 平太. 義太 夫. 元禄0 5. 詣ウ. 班女. 謡下. ?. 謡詞. 卒都 ? ?. 請 m 敵 の大 臣. S * :*o. 元禄 06 融 ォ 謡詞 m 花月. t o ○ せ め てもの かた み の あふ ぎ 手 にふ れ て ○風 の たよ りと息 へ ども○な つ もはや (うた へ や ○) うたヘ うたか た の○あは れ む か しの恋 しき は今 江口 も○蕃 女 の舟 あそぴ ○ 我 身 は よもぎ ふ の0 もとあ らざりし身 と成 て○菜 未 の 霧 ときへ 葵上 もせ ぱ○ い つ ぞや の謡 うた ひ 能も一 手 舞候 0 御 合 力 を と姫 君 の 9 さもしや かた / ○\ よ○源 平 互 に み るめもは づ か し】 人 をと 景滑 めん 事 は こゑ をしるべ に出 舟 のO とももりが しづ み し其 有 様 に○又 義 諺 船弁 慶 経 をも海 に しづ め ん と○ べ ん けい をL へ だ て打 物 わ ざ にて かな ふ まじと○数 珠 さら 船弁 慶 / \ とをしもんで ○ (まして霜 雪 ) 雨 露 ○涙 をだ にもを さふ べ き枚 も袖 もあらぽ こ 卒都 婆 小 町 そ 0 今 はろ とうに はまな れ や さゞな みや ○/ \ 0 いきの 松 ば ら○松 の うは ば を ? さらり/ \ とさゝらの (しん ゐ の 鬼 と夕 ) 風 に こず ゑ のこのまや ○さは ぐらむ ○ ? 九 しきの まどの まへ 十 丈 の床 の ほ とりにゆ が の 法水 をた ゝえ $ ア 三みつの月を (尊 俊 は 失 給 ひ ) 地 鯛 計 ぞ 残 りたるあ ら有 がた や 明 王 は 降 ? 魔 の利 剣 をふ りあげ て0 い で/ \か ぢ し申さん と○ちの に ん ぎゃ うをつ くらせ 〇三 ぢ 謡カ、 リ ? うの た かだ な 五 しきの へ い ○ 息 ふ も夢も○皆 きへ / \ と0 ( 中 略) 有 つ るか た み の 枕 の 夢 謡 耶 甲声 はさめ に け り 六 義 あり○是 六 道 の ○ちまた に さだ め をい て六 つ の 色 を○見 諦 中 ウ 蟻通 す るな り0 され ばわ か の 次第 耶聯 うきよの旅 に まよひ きて/ \夢 路 をい つ とさだ めん ○ 一 村 雨 のあ まや どり○/ \ 日は まだ 残 る楼 門 に 0 あふ よの 謡ハル ttEW 夢 をみ るへ しと形 見 の枕 に 実盛 らうむ しや のか な しさは 風 に ちゞめ る○こぼくの 力 もお れ て 天 にあ らば ね がは くは0 ひ よくの鳥 とな らん○地 に あらば ね 楊貴妃 請 が は くは うらみ は 人 をも世 をも○思 ひ 息 は じた ゞ身 一 つ の○む くひ の 王事 つ みや 謡 クル は らへ ど/ \ しうぢや くの ○な がきや み ぢや くろか み も ? 班女. 猫魔達. 加 賀橡. 元禄 1 0. 南大門秋彼岸. 加 賀操. 元禄12. 南大門秋彼岸 加 賀橡 〔日本 西 王 母 〕 〔義 太 夫 〕元 禄 1 2. 八二.
(9) 浄瑠璃作品名 * * 上演年 南 大 門歌 彼 岸 加 賀 操 元禄1 2 〔日本 西 王 母 〕 〔義 太 夫 〕. 潜名 謡ウ. 謡曲名 (玉 掌 ). 浄 瑠璃 同 輩 (ち か ひ の ふ み も) や きす てられ し. 浄瑠璃太夫たちの 八つタイ)考. す て ゝもを かれ ず とれ ばお もか げ に 立 まさる0 お きふ しわ か で まくらより○ 卒 都 婆 小 町 こひ え ぬ 時 は あくしん 又 狂 乱 の 心 付 て なふ 物 た べ なふ 卒 都 婆 小 町 さもしや か た/ や\ よ○源 平 た がひ に見 るめ もは づ か し 謡 あらめ づ らしや いか に義 経 0 息 ひもよらぬ うらな み の○こゑ 船弁慶 をしるべ に 弁 慶 を L へ だ て 打 物 わ ざ にて かな ふ まじと○じゆ ず さら/ \ ォ# * と りくぎあ り0 これ ろ くだ うの○ちまた にさだ め をい て むつ の い 謡 モク 蟻通 ろを○見 す るな りb ほ ん らい うきよの た び にまよひ きて ○/ \ ゆ め ぢをい つ とさだ めん ○ 謡 次第 耶 聯 是 は 民 部 卿 豊 舟 に て候 ○ 富士太鼓 我 に は は るゝむ ね の けふ りこんくはい の な み だ なるらん IS 高砂 や 此 浦 舟 に ほを あきよよ〇月 諸 共 に 出舟 や ○はや す み 高砂 の江 の○ (是 は 又 猿 沢 の ○水 た う/ \ として) 波 ゆ う/ \ た り荒 有 が 詣ウ 采 女 と天 鼓 た の 御 弔 ひ や な○勅 をそ む きし 比もは や 弥 生 始 の春 の けふ ○/ \ ○早 咲 桜 ○を くれ 梅 桃 は 詣 ハ ′レ 田村 さか りの ○へ いご L に○ 然 る に某 若 年 よりふ えをこの みふ き申候 間 0 此 度 都 名 人 の 謡詞 ? 笛 を 聞 な らひ ○ 松風. 日本 西 王母. 元禄 末 午. IS * *. 天 鼓 〔丹州 千 年 義 太夫 元禄 14 狐〕 〔加 賀 接 〕. 浄 瑠 璃 作 品名. ‑te ‑t. 上. a. s. 譲. 謡 曲名 道 成寺. ウタイ ■道 成 寺 用明天王職人鑑. 義 太夫 宝永0 2. 田村将軍初観音. * * *. 宝永. 心 中二 枚 絵 草 紙. 義 太夫 宝永0 3. sa. 道 成寺. 苛詞. 道 成寺. 苛地. 道 成寺. ウタイ. 田村. iS 本領曽我. *. *:*. 」 * 03. 熊野 (井筒). 謡詞. 熊野 ?. 加増曽我. S」 * *. 宝永0 3. np q 料二 発. as * *. 宝永0 3. SS 屋島. 松風 ウタイ 堀川波戟. 義太 夫 宝永0 3. 松風 羅 生門 女郎花. 卯 月 の潤 色. 義太 夫 宝永0 4. 五 十 年 忌 歌 念仏. # 5* *. 宝永0 4. ウタイハ 松風 ノレ ウタイ. 天鼓. 八三. 松風 松風 松風村雨束帯鑑. SS ‑fc ^fe 宝 永 0 4. ウタイ 松風 松風. 浄瑠璃詞 章 花 の外 に は松 ば か り0 うきが ともに は酒 ば か り○くれ そ め て か うしたゝくらん 山 寺 のや 0 はるの ゆふ べ をきて み れ ば ○入 相 の かね に花 や ちるらん 去 篠 に/ \ 尾 上 の か ね の 〇月 お ち鳥 な い て 霜 雪 天 にC もろこしのた つ とい ひ じりの くや う有 と承 り○か ね の くや うに 参 らぼや と思 ひ 侯 ○ 月 は 程 なく入 しほ の〇月 は程 なく入 しほ の0 けふ りみ ちくる 小 松 ば ら0 さるほ どに 山 河 をうごか す 鬼 神 の こゑ○天 に ひ ゞき地 に み ち て勺ぽん ぼくせ い ざ ん い ふ つ けの 鳥 が なくあ づ まぢさして行 道 の ○や がて や す ら ふ あふ 坂 の (友 だ ち 0 )か た らひ し夕 ぐれ ご との か どあそ び ○ 今 迄 うた ひ か なで L に 重 て一 曲所 望 とは ○あ ら心 な の村 雨 や な○春 雨 の ○ふ るは す み の ゑ に〇三 五 夜 中 の月 び た ひ〇月 の み ふ ね に み さは さし○ ふ ね よりは ときの こゑ ○くが には な み のた てO つ きに しらむ は○ 掛 も行 平 み とせ が程 ○御 つ れ / \ の御 舟 速 ひ〇月 に 心 は す ま の浦 御 歌 や 立わ か れ ○い な ば の 山 の み ね に お ふ る○松 としき かば○ つ はもの ゝまじは りO た のみ あ るなか の酒 えん か な ○ じゃ ゐ ん の悪 気 は身 をせ め て/ \ ○つ るぎ の 山の 上 に 恋 しき人 は か た み こそ 今 は あた なれ 是 な くは ○わす る ゝ隙も有 な ん と0 よみ L もことは りや つ た へ 聞 孔 子 は 鯉 魚 にわ か れ ○思 ひ の 火 を ぱ む ね に た き○白居 易 は 形 見 こそ今 はあ だ なれ 是 なくは ○忘 るゝひ まもあ りなん もの を○ 塩 くみ 車 ○わ づ か 成 うき世 にめ ぐる○は か な さよ○心 づ くし の あき風 に○ あ らうれ しや あ れ に 行 平 の お たち 有 が○松 風 とめされ さふ らふ ぞ や いで 参 らふ 0 月 は ひ とつ か げ は ふ た つ み つ しほ の○よるの まくらに月 を ね せ て ○うい とは.
(10) した変化は、芸能としての成熟の一端を示すものといえるのではな いだろうか。. Ⅲ義太夫没後の新世代期. 第三期は、義太夫没後の正徳四年「音曲百枚笹」から、作者・近 松門左衛門の絶筆となった享保九年「関八州繋馬」までを対象とす る。. D 関連謡曲の種類 三一種. 八四. 葵上/葵上と道成寺/海士/杜若/景清/(景清)/花月/. 兼平/賀茂/通小町/郡部/[逆鉾]/自然居士/俊寛/. (俊寛)/狸々/隅田川/関寺小町/高砂/融/(木賊)/難. 波/野宮/白楽天/羽衣/鉢木/班女/松風/松山鏡/松 虫/紅葉待/山姥/羅生門. この時期については、Cの謡曲関係文字譜の種類が格段に減り、. 整理が進んでいることが感じられること、Dの関連謡曲も、やや単. 合戦/国性爺後日合戦/鑓の権三重惟子/聖徳太子絵伝記. 音曲百枚笹/絶狩剣本地/大経師昔暦/生玉心中/国性爺. 着けないことはあったが'その確率は、第一期で一六%、第二期で. 詞章を﹃謡曲二百五十番集索引﹄ で調べても、摂取元の謡曲に辿り. 高‑なることであろう。これまでの時期にも、謡曲関係記譜箇所の. 純化していることなどが指摘できるが、最も注目すべきなのは、謡. /山崎与次兵衛寿の門松/日本振袖始/曽我会稽山/傾城. 一五%にしかならなかった。それに対して、この第三期での不明率. A 正徳四 (一七一四)年〜享保九 (一七二四)年の一〇年間. 酒呑童子/善光寺御堂供養/博多小女郎波枕/本朝三国志. は、三七%にのぼる。実に、全体の四割近くが摂取元謡曲不明、と. 曲関係記譜箇所の摂取元となる謡曲名が、不明となる確率が格段に. /平家女護島/傾城島原蛙合戦/井筒業平河内通/双生隅. いうことになるのである。. 謡曲関係文字譜の種類一一種. 中宵庚申/関八州繋馬. むしろ謡曲関係文字譜が、今迄とは異なる用いられ方をしているこ. られなくはないが、摂取元不明箇所を集めた ︻表③︼を見てゆくと、. いような、珍しい番外曲などから詞章が引用されていることも考え. その原因としては、﹃謡曲二百五十番集索引﹄ に所収されていな. りタイ/りタイカ、‑/りタイサシ/りタイノット/りタ. とが明らかになってくる。. 地獄/信州川中島合戦/唐船噺今国性爺/浦島年代記/心. 田川/日本武尊吾妻鑑/心中天網島/津国女夫池/女殺油. B 二八作 (竹本政太夫、その他二八作). C. イ詞/謡/謡クル/謡ハル/謡lセイ/謡詞/謡同音.
(11) 浄 瑠 璃 作 品名. 上浜年. 譜名. 浄瑠璃太夫たちの(ウタイ)考. 椎狩剣本地. 正徳0 4. ウタイ. 国性爺合戦. 正徳0 5. ウタイ. 国 性 爺 後 日合 戦. 革保0 2. ウタイ. 日本 振 袖 始. 享 保0 3. ウタイ. u 也 負 ? ? ? ? ? ?. ウタイノット ? ウ 替光寺御堂供養. 草 保0 3. ウタイ. ?. 本朝三国志. 享保0 4. 5 ‑ fe ‑f ウタイ. ? ?. 平家女護島. 享保0 4. ウタイ. ?. ウタイ. ? ?. 静. ウ. 傾 城 島原 蛙 合 戦. 享保0 4. 双 生 隅 四川. 享保0 5. ra. ?. 日本 武 等 吾 妻 鑑. 享保0 5. 読. ?. 建 国女 夫 池. 享保0 6. ウタイ. ? ?. m. ?. as ‑ ‑t ‑f. ?. 信 州 川 中島 合 戦. 享保0 6. S6 ‑^ 'i‑. ?. 唐 船 噺 今 国性 爺. ・ (% 0 7. as. ? ?. 浦 島年 代 記. 享保0 7. ウタイ. 夕 日も年もか た ふ きて0 す み よしにか たか へ りきて うを○ま ち 申さん と○ゆ ふ なみ のみ ぎ は 心 上 の 須 弥 山是 に有 ○大 明 〜 国 の 山 河 草 木 O 夢 こゝろ○/ \ 夢 の うき はし○な がき夜 ○な が き夜 の○ 其 高 さ七 多 羅 樹 た とへ 天 地 は くつ か へ る共 ○取 たる剣 はか へ す まL と○ 声 に 打 そふ 松 の風 ○/ \ なび く草 木 や 日月 の旗 を○な び か せ 帰 洛 有O す で に じこくも夜 半 の 雲 0 天 をこか せ る簿 の煙 ○谷 ふ か ふ して嶺 そび へ○ 安 は 所も難 波 潟 は り江 の芦 の ○か た 結 L に O L るもしらぬも名 を尋 宝 の 池 の 面 くどくちの 浜 の真 砂 金 色 五 しきの 玉 と変 じ岸 に あか るぞ あ りがた き○ 抑 天 竺 まか た 国〇月 か い長 者 が 館 嘉 は〇五 々 の ろうか く三 十 の 宝蔵 ○ もろ こし遠 く出 舟 の/ \ ○首 里 千 里 もとらの 介 さん 】 とび の ○ (民 もゆ た か に君 が お 田 は) 実 の るぞ 程 なか るらん 実 のるぞ 0 程 な か り ける0 そも/ \ 此 御 神 は○す べ らぎ の御 代 は じま りて 十 六 代 の 尊 主 ○ 柳 の み どりか げふ か き○御 池 の お もだ かか きつ ばた ○ そも/ \ 七 草 の城 くはくと串 は○城 の 廻 り一 首 四 十 三 町 余 〇二 方 絃海 汲 漫 々 と○ きりまにす か た入 よと見 へ し○俄 に どっ とお ち ことの 山み ね 岩 ほ もくだ く る計○ 】 張 の 弓 の いき ほひ た り○東 南せ い 北 の 敵 をや す くしたか ヘ り○ 八 重 九 重 も遠 ざか る○なご りほ っ せ の 涙 の 玉 ○ひ ろ へ ば 道 もは か どり て○ うはな り打 たる此 鉄 杖 事 ま0 きせ るの らう/ \ ○ 折 たくしぼ の 夕 けふ り○くす ぼ る顔 もせ ん じ茶 のO はな がもしぶ く聞 え け り○ 時 に 更 行 夜 風 の ○こず ゑをな らす た にか げ よりB か うべ にか ゝや くりんと うを いた ゞき○ 雲 をふ ん で は 花 か とお しむそ は か げ のO た に 水 もしづ か な らで○さはか しき木 か らしのO 尾 上 娃 ちくさに うづ もれ て風 も錦 や 渡 るらん○ 縁 は つ きせ ぬ よるへ の水 に入 よと見 へ し傍 は 波 にC 凍 してうせ にけ り あ けのくはい らうしん / \ と○神 さび 渡 る折 か らに0 翁 す がた の い ざり 松○ 素 襖 袴 の 袖 をつ らね ○ゑ ぽ L を ならべ て我 も/ \ とO 座 に つ け ば ○ 渡 の 頼 倍 朝 臣 ○手 廻 り少 々 御 供 の○中 にも〜 人 当 千 の 渡 辺 の綱 ○直 衣 の 下 に腹 巻 L O. 例えば、「浦島年代記」(享保七年) の 「縁はつ. きせぬよるへの水に入よと見へし伴は波に。残し. てうせにけり」という詞章は、いかにも謡曲風の. 文章で、摂取元がありそうな感があっても、ぴっ. たりするものは特定できない。さらに、「信州川. 「雲をふんでは花かとおしむそは. 中島合戦」 (享保六年) の、よく知られた漢文を. もじったような. かげの。たに水もしづかならで。さはかしき木か. らしの。」という詞章、謡曲によくある言い回し. を真似た 「善光寺御堂供養」 (享保三年) の 「抑. 天竺まかた国。月かい長者が館室は。五々のろう. か‑三十の宝蔵。」などが代表的なものである。. つまりこういった事例は、義太夫没後の第二世代. ?. 風に語っていた単純ともいえる節付法から脱却し、. になってきたことを表しているのではないだろう. m 一方で、作者の近松が、この時期になって意識. 的に右のような謡曲風であって謡曲そのものでは. ない詞章を作品中に取り入れるようになったのか、. もし‑はこれまでもそういう傾向があったにも拘. 八五. ?. ウタイサ シ. の太夫たちが、それまでの謡曲詞章引用部分を謡. 享保0 9. 謡曲関係の節付を、より効果的に応用できるよう. 関 八州 繋馬. ウ. IS. 浄瑠 璃詞章.
(12) らず、作曲者の方がそれに対応できなかったのかということは、未. 先行芸能であった謡曲に対する諸々の固定観念に、義太夫でさえも、. した工夫に思い至らなかったということは、浄瑠璃にとって偉大な. 八六. だ統計もな‑不明である。また、当時の浄瑠璃作者と太夫の間に、. の太夫たちには、そうしたしがらみが少なかったのかも知れない。. 深‑捉われていたことを示しているのではないだろうか。それに対. しかしながら、作者が謡曲詞章を引用すれば、作曲者がそこに謡. いわゆる生みの苦しみを味わいながら初代義太夫が確立した義太夫. 節付に関する話し合いがあったのか否かということも、現在は知ら. 曲関係の節を付ける、という単純な図式が、第三期にみられるよう. 節は、この柔軟な世代へと継承され、浄瑠璃における謡曲摂取のあ. し、義太夫の芸や近松の戯曲に惹かれて入門したであろう第二世代. な発展を遂げたことは、浄瑠璃作品の宿命であるところの作者・作. り方も、さらなる進展を遂げてゆくことになる。. れていない。. 曲者間の溝を、一歩縮めたといっても過言ではないだろう。この時. を主要な題材のひとつとした名作も誕生している。そういった作品. しっつ、享保九年に没した。その後'かつて 「平家とも舞とも謡と. 「国性爺合戦」 などの名作を著したのち、後継者となる作者を養成. 義太夫節初期を支えた作者・近松門左衛門は、義太夫の亡き後も. 中でも、謡曲関連記譜の六割は従来通り謡曲引用詞章に付されて効. もしれぬ島者」と榔捺された浄瑠璃は、竹本政太夫ら第二世代の太. 期の近松の作品には、「平家女護島」 や「双生隅田川」など、謡曲. 果を上げており、浄瑠璃にとっての謡曲摂取は不可欠なものとなっ. 夫たちの手によって、「操り段々流行して、歌舞妓は無が如し」と. C S ). ていた。しかしそこに、約四割もの斬新な節付法が加えられ、義太. も称えられた黄金時代を迎えるのである。. 館編)所収。. (‑) ﹃演劇研究﹄第二七号(平成一六 (二〇〇四)年、早稲田大学演劇博物. (‑) 平成七 (一九九五) 年、和泉書院刊。. (‑) ﹃日本庶民文化史料集成 第七巻人形浄瑠璃篇﹄より引用。. 五〇(一九七五)年、三一書房刊)より引用。. (‑) 延宝六年刊。﹃日本庶民文化史料集成 第七巻人形浄瑠璃篇﹄ (昭和. (‑) ただし、万治三年以降の刊行説あり。. 注. 夫節における謡曲関係の節付は、義太夫没後の熟年期の近松と第二. び. 世代の太夫たちにより、この時期自在に花開いたのである。. 結. 前節に記した、謡曲風に作った詞章への謡曲関係記譜の応用は、 現在の我々からみれば、そう難し‑ない、すぐに考えつ‑ような手 法であるようにも思える。しかし、謡曲をこよな‑愛した加賀接の みならず、加賀接の謡曲趣味を批判した新進気鋭の義太夫が、そう.
(13) (‑) 昭和六〇(l九八五)〜平成八 (1九九六)年、岩波書店刊D. 泉書院刊)所収。初出は昭和五七(一九八二)年。)を参照されたい。. 加賀接と義太夫をめぐって」 (﹃近松正本考﹄ (平成一六 (二〇〇四)年、和. 四年九月一〇日以前」 の場合、上演年の項目には正徳四年を採用した。各. 「田村将軍初観音」 で、推定される上演年が「元禄1 1年1月以降、正徳. (2) 近松の作品は、上演年があ‑までも推定である場合が多いため、例えば. (‑) 大谷篤蔵編、昭和五三 (一九七八)年、赤尾照文堂刊。 波書店刊)所収。. (8) ﹃岩波講座能・狂言Ⅲ能の作者と作品﹄ (昭和六二 (一九八七)年、岩 (‑) 近松存疑作の詳細については、年代順に以下の通り。(情報は、﹃近松全. なお、︻表‑︼中の 「南大門秋彼岸 ︹日本西王母︺ の項は、「日本西王. 作品の上演年詳細については、﹃近松全集﹄ に拠られたい。. 母」が「南大門秋彼岸」 の版木をそのまま流用している箇所を示すもので. 「天狗の内裏」/「他力本願記」(脇方策に 「作者近松門左衛門」とあり。). 集﹄ に拠る。). ある。. 引用。. 成﹄(山本二郎解説・校訂、昭和一九(一九四四)年、北光書房刊。) より. ﹃浄瑠璃譜﹄(寛政頃成立)。日本演劇文献集成第二﹃浄瑠璃研究文献集. 入りタイ) の誤刻と考えられる。. 右に同じだが、この場合は底本に (ウ) の記譜あり。. 底本にはないが、校異本に記譜がみえるものを( )内に記した。. ただし、統計の性質上、謡曲関係の記譜がなされた謡曲詞章引用に限る。. /「以呂波物語」 (山本版十行木内題下に 「近松門左衛門作」とあり。)/ 左衛門」とあり。)/「大原問答」 (加賀按正本「念仏往生記」 の版木流用。. 二四以前(推定)。山本九兵衛版絵入一七行本の内題下に 「近松門左衛門. 用の際に削除 (差し替え) をした部分。)/「悦賀楽平太」 (元禄五・一 作」とあり。)/「融の大臣」(元禄六・一以前(推定)。脇方策(透写本) に 「作者近松門左衛門」とあり。)/「文武五人男」 (九・一〇行本奥書に 「近松門左衛門」とあり。)/「猫魔達」 (内題下に 「近松門左衛門添削」と. (推定)。宝永初年頃か。奥書に「近松門左衛門」とあり。)/「当流小栗判. あり。)/「田村将軍初観音」 (元禄一一・一以降、正徳四・九・一〇以前. 官」(正徳四・九・一〇以前(推定)。内題下・奥書に近松の署名あり。)/ 「善光寺御堂供養」(内題下に「添削近松門左衛門」とあり。) (S) このうち、義太夫が加賀接正本「丹州千年狐」の版木を流用した「天鼓」、 同じく義太夫正本「大原問答」中の、加賀接正本「念仏往生記」の版木流 用部分、「大原問答︹念仏往生記︺」 に関しては、加賀接正本としてカウン トしている。. (3) 「主馬判官盛久」と「盛久」は、ほぼ同内容で、節付が異なる。その先 後関係については諸説あるが、現在では義太夫の 「主馬判官盛久」先行説 が有力となっている。詳し‑は、山根寅雄「﹃薩摩守忠度﹄等の諸問題‑ 浄瑠璃太夫たちの(ウタイ)考. 17 16 15 14 13 ) ) ) ) ). 「日親聖人徳行記」 (元禄初年(推定)。脇方案 (透写本) に 「作者近松門. 元禄初年頃(推定)。奥書に「近松門左衛門」とあり。)/「大原問答 ︹念仏. (. 往生記︺」(義太夫正本「大原問答」が、加賀按正本「念仏往生記」版木流. ( ( ′一・.\ (.
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