﹁経済的制裁﹂と図際法の進化
松 下
正
キ 一 吋
経済力が政治︑道徳︑宗救等の如き停統的諸勢力の範国へ確買に且つ深刻に侵入しつ
Lある乙と
は︑我々の時代を色づける最も顕著なる現象の一つである︒私は乙の現象主︑往冷世人からその存
在すら忘れられ又は否定せられ℃ゐる園際公誌の準化のうもに接見せんとするものである︒
従来間際法が︑図内法に比して不完全法とされ℃ゐた結は第一に圏内法には︑それを司どる裁剣
所があ
b︑裁剣所は紛守の常事者たる個人の上に立ち︑中立者として訟の最後の解裡擢ど握ってゐ
るに反し︑園際法についてはその主鵠たる岡家自身が最後の解轄権主保持し℃ゐた事︑即ち闘際法
に付いては︑原告︑被告が同時に裁判官であった事︑第二に圏内法は共れを強制する擢力がその背
後に存し︑有効的に法の瑚行を努め℃ゐるに反し園際法に付℃は︑図家の上に立つ権力者無さ故共
り強制は図家自身が戟字︑平時封鎖その他の手段を以℃之を魚し℃むた勤である︒
論
叢
経済的制裁と図際法の準化
ゴ
LI i ! 司 事 論 議
第
鏡
九
右の二つの理由を以℃図際法は法にあらずと断ずるオースチン一波の読の宮否は別として︑少な
︿とも図際法は最密なる意味に於て不完全なものであったといふ事だけは何人と雄も︑之を認めま
るを得ないと思ふ︒故に之を逆に言ふと右に皐げた二姑を完成する事︑が囲際法を法とし℃完成せし
むる所以でなければならぬ︒
然るに園際法は右の二姑に付︑最近著しい進歩をとげたのである︑私は後に三の所謂二結は本質
上分離し得べからぎるものなる事を述べるつも
bであるが︑便宜上先づ右の第一知から之主連ベる
園際法の解轄には紛争の起った場合その嘗事者たる同家自身が最後の解轄権主持つといふ事は其
れ自身に於て矛盾である︒何となれば訟の正しき解轄は一つあって一一つ無さ告である︒然るにある
特定の法記付紛争の起ったといよ事は共の同一の法に付き二つもしくは其れ以上の擢威ある解轄の
存在し τ ゐた事を珠想する︒即ちA︑がある特種の権利を有するか︑有しないかに付Aと B とが見解
を異にしてむたとすれば立が正しいか然ら︑されば B が正しいか︑又 A が王しいとしたら必然的に B
は設つ℃ゐなければならね︒異なる見解を持つ人と B が共に正しいといよのは明瞭なる矛盾である
園際法を乙の矛盾から救はんが魚に一八九九年の第一同へ I グ合議を初めとしてその後幾度の園
際命日議が聞かれて︑少なくともある特種の事項に付い τ は︑営事閣はその最後の解轄権を第三者た
る仲裁者に之を−委ねる事と成った︑その委ねられたる事項が如何に重要ならず又制限忌れてゐたも
のであったにせよ之は確かに悶際法の大在る進化と見なければならぬ︒
然し右の手績きには未だ致命的故知があった︒共れは営事者は解轄権主第三者たる仲裁者に委ね
だとは言へ如何なる仲裁者主選ぶかの擢利を留保し℃ゐた︒故に理論上仲裁者は営事者の上に立つ
可
3B
一山在るに闘らず事賃上仲裁者は営事者に支配迫れる事が極めて多かったのである︒
右の肢態よ
b園際訟を一躍して完成に近からしめたのは岡際聯盟規約第十四僚に基づいて一九二
年に設置志れた常設闘際司法裁剣所の出現である︒
同裁剣所規定には肢は五十二の岡が署名してその個々の紛事に付いての嘗事者の意思と濁立的に
存 在
し ℃
﹁ 営
事 者
ガ 裁
判 所
− 一
日 付
託 ス
〆 一
切 ノ
事 項
及 羽
行 ノ
保 約
− 一
規 定
ス
Y
特
別 ノ
事 項
﹂ を
管 轄
す る
︒
加之︑裁剣所規約は所謂任意僚項なるものを設け︑共を認むる諸問問に於℃は左の事項に付
3絶
叫判的告訴樫とその相手闘に艶する絶卦的暦訴義務ある事を規定してゐる︒
イ︑健約の解轄 官︑岡際法上一切の問題 月︑岡際義務の蓮反と侍る可さ一切の事賓の存否︑
一︑岡際義務の違反に封ずる賠償の性質及び範園︑長一 υ
而し℃乏の任意傑項を承認した岡はギリシャ︑プ
4 Y
ガ
リ ノ
ヤ ︑
ド イ
吋 ノ
等 を
初 め
肢 に
廿 七
ケ 聞
に 及
び
論
議
緩済的制裁
k閥際訟の準化
‑JL
院
i号 主 諭 議
f事
苦 虎
A ι
J
凶1
b ノJ
u r
フランスは早くから之に署名したが未だ批准ど了せず︑イギ叫ノスは第二戎勢働内閣出羽と同時に銃
に之が承認を決し︑イタリー叉大勢に順臆し℃之に参加する事を努め︑濁
b我が闘のみ遼巡してゐ
るといよ吠態である︒
聯盟外にあるアメリカも幾多の障害を排して該裁判所に参加するを決意したもの︑如くである︑
勿論調在のと乙ろでは任意傑項を承認する準備は無い様であるが之また大勢には逆行し難く遠から
ぬ将来に於℃他の列強と歩調を同じラするものと信ぜられる︒
即ち世界各国の大多数而かもその最も強大なるものが︑既に園際訟の最後の解轄権を自闘の手よ
b
取 っ
τ 之を園際裁剣所の手に委ね︑もしくは委ね様としてゐるのである︒故に若し此の傾向が順
湖に進む攻らば︑図際法にか︑る前述の矛盾は全く取
b去られるに至るであらう︒
私は次に第二の勅即ち闘際法の強制力に付いて述べる︒私は先第一に岡際法には制裁力無しとす
る説又は﹁図際法上の制裁力が結局は専ら岡際輿論といよ微弱なものに外ならね事責は之を否定せ
ん と
す る
を 得
者 い
﹂ ︵
諮 二
︶
といよ説を拒否せねばならね︒私は﹁岡際輿論﹂の存在を否定し−まい︒然し岡際輿論は如何なる含
意を以て︑岡家に園際法の遵守を強要するか?
数ヶ闘が存在し共が自ら岡際枇曾を組織し℃ゐる以上彼等は必然的にある種の法則の支配を受け
る︒そし℃その法則を遵守することはる互の利益である︒然しもしその中の一闘がその訟を侵した
ならば︑如何なる結果に在るか? 者しその図が弱少園であったなら営然他の強大岡は其自身の利
盆を保護する魚に右の弱少岡に卦し℃制裁を加へる︒之は理論上可能であるばか
bでなく歴史的事
貴である︒若しその圏︑が強大岡であったならばどラか? 原則に従ひその違法行魚に由って利益ど
受くるのは該強大閣のみで︑共を除いた図際枇舎は不利盆を受ける︒他の弱少園はその無力なるの
理由によ
b制裁を加へ得泊︑然し違法園以外の強大闘はどうか? 彼等の取る態度に二つある︒連
法図に法を遵守せしむる魚に協力し℃彼に法を強制する︒二は違法岡の行矯と類似せる行錯をし℃
初めにうけた損害を賠ふと共に該違法図の受けカ利盆に譲る︒弱少園も出来得る限人ソその思惑に珠
らうとする︒かくする事によっ℃岡際法共白躍が進化ハもしくは退化﹀し初めの彼等の違法行潟は
趨法行錯となる︒然し設に見逃し℃君らぬ勤は︑最初の違法図は︑彼自身の違法行魚に由って他の
強大闘の類似行魚を誘起し︑其がため閣際枇曾を般令一時的にせよ無法肢態に陥れる乙とによっ τ
彼自身の不利盆を招くか少なくとも彼の最初の利盆を他の強大閣の得る利盆と相殺してゼロとせし
めることである︒之は危険な事である︒故に多︿の場合彼はか︑る行動を取らね︒故にいづれり場
言 命
叢
経済的制裁と凶際法の桂由化
一 九
五
斑 尋 主 論 叢
第
宮 昆
一 九 六
人口にし℃も︑岡際法の真の制裁力以之をカ
I M
F
︑グライスの所謂﹁相互的利盆の換期と報復の恐怖﹂
︵註三︶に持せねばならぬ︒国際輿論はか︑る﹁珠期﹂と恐怖とを多分に暗示してゐるに過ぎない︒
故に窮局のとこん園際法の異の制裁力は漠然たる輿論でなく︑もっと具象的なる不利盆の諜期でな
ければならない︒私は今まで利盆とかいよ言葉を故意に定義せずして使つ℃来た︒利益とは何か︑
不利盆とは何か?︵私は裁に乙の言葉の包括的な定義を下す意思は者い︒只本稿は於℃私が如何な
る意義比於℃使つ℃ゐるかを明かにすれば宜しい︶
利盆︑不利益の観念は枇合意識の準化に件って接化する︒中世紀の如く宗教的意識の強かった時
代に於℃は敬舎から破門される乙とが大なる不利盆であった︒故に中世紀に於℃は破門が救命日法の
最も有効なる制裁力であった︒近世園家の勃奥時代に入つ℃からの中心的枇曾意識は岡家主義であ
った︒宮岡強兵が彼等の理想であった︒市し℃岡際法は乙の時代に生れたのである︒故に岡際訟の
具鵠的制裁力主し℃最も有効だったりは岡力殊に武力であった︒戦争︑が草
KA
bu
怯的であったばか
でなく其が岡際法の制裁力と見倣当れ τ ゐたのは営然である︒
然し一耽曾意識は枇合事賓の遷化と共に刻 ι ザと進化する︒武力全能の軍園時代は岐に去った︒孜々
の生きてゐる枇曾は経済の枇合である︒我今の一祉曾意識の中心は経済主義である︒故に我ふの利盆
は経済力の支配であ
h︑不利盆は経済力の紋乏である︒そんなら我々は更に一歩議論を進めて︑我
ゃの主題先る岡際法の制裁力も亦経時力である正一五以得るか︑私はその然る所以を左に述べ様とす
我岡が支那よ
るP 9 τ 異様なる歴迫を も逢るかに優良なる軍備を有するに閥らず︑何故に支那に針し
戚ずるか︒共はは他にも理由はあらう︑が︑その最も大在るものは支那の有する強大なる姑買力であ
る︒我の武力に封して彼は経済力即ち
Jボイコットを以て我を威嚇する︒
之の事貨は経済力が岡際法の岡裁法とな
bつ﹂あるといよ議論の謹明にはならぬが確かに経済力
が露骨に従来の保績的諸国際勢力に封してその
E常なる地位ど要求しつ\ある事ど示し℃ゐる︒
抽出し更に趨切なる適例は欧洲大戦とその結果として現れた闘際聯盟の活動である︒大戦は極め℃
強い意味に於℃経済力の武力に劃する勝利を意味する︒ 一九一四年から一九一七年までの歴史は濁
填側と聯
A円側との聞に行はれた米闘の物費用ず奪戦であった a
そ し
τ 武
力 に
組 側
過ぎ時代主理解し攻 一
bかった濁填側︑が負けて豊富まる米園の経済力︑が聯合側は参加するに至った時に既に大戦の運命は決
一九一七年から一九一八年十一月までの戦史は聯合図側の濁填側に針する
食糧攻めで︑それに敗れた濁換には内乱が起
h︑遂に強兵を擁しつ\︑和を乞ょに至ったのである﹃ せられてゐたのである︒
論
叢
経済的制裁と園際法の議化
一九
七
商
塁手
論 業
第
貌
一 九 八
大戦の結果園際聯盟が生れた︒聯盟成立の起源に付いては色々攻政治的︑思想的係統はあるが︑
その内最も指翠的であっ売のは︑矢張
b︑ ウ
ノ イ
UY
ソシ大統領の安杢保障の精神︑即ち今まで各岡家
各自が留保してゐ允困際訟の制裁力としての武力主聯盟の中に委ね様といよ思想であった︒そし τ
乏の思想の具種的責羽が彼の有名な聯盟規約第十僚で︑米閣は之に嵯朕し℃還にクイ
MF
ソ ン
の 意
に
皮し℃聯盟に参加しなかったのである︒思ムに内ノイ
UY
ンの失策の最大の原因は︑彼が既に枇合同力と
して威力を失以っ︑︑而かも停統の力を以て︑不可思議に岡氏の戚情を支配してゐた武力を最も有
殺なる岡際法の制裁力であ
h得ると誤認した知にある様である
Q︵註
四︶
規約第十僚に含れてゐる安全保障の抽象的観念をもっと具盟的に規定したのが︑規約第十六燥で
ある︒同僚の第一項は経済的制裁に闘し第二項は武力的制裁に闘してゐる︒併し聯盟の過去十年に
於ける事業を見るに第二項の武力的制裁に関してはその事業は極め℃振は攻い︑勿論異創な試みは
敷同あっ允︒併しその結果はいつも︑徒代世人を騒がすだけで一向成果は奉ってをらぬ︑現今のと
之ろでは聯盟諸問はむしろ乙の厄介な問題を出来るだけ避け機舎さへあったら乙の第二項を全然聯
盟規約から除去しゃうとする気配
3へ 見
え る
︒
併し第一項の経済的制裁に闘し℃は問題其れ自身が比較的滋味な魚︑飴
b世人を騒がせないに闘
らず︑その進歩は極め℃確買である︒勿論その完成を見るまでには未だ日が遠いであらうが︑乙の
規約第十六僚第一項に定められたる経済的制裁が徐々と修
R︑解捌伴等の過程を経℃進化し遂には完
今一なる岡際法の強制力となる日の必らず来る事をなは信ずる︒
故に私は左に該規約第十六保第一一頃を引用し共の解誌を試みんとする︒
﹁第十二僚︑第十三候文月第十五健二依
UF
約束ヲ無視ジテ戟争二時へタ
uy
聯盟同月営然他ノ線ア
ノ 聯
盟 関
− 一
封 シ
戟 宰
行 魚
ヲ 烏
シ タ
UY
モノト看倣ス他ノ総アノ聯盟園川之ニ封
u v 直チニ一切ノ通商上
又
A金融上ノ関係ヲ断絶
ρ 自岡氏ト違約園闘民トノ一切ノ交通ヲ禁示ジ且聯盟タ
Yト否トヲ問 ズ
u y他ノ線アノ園ノ岡民トノ問ノ一切ノ金融上通商上叉
A個人的交通ヲ防遇スへキコトヲ約ス﹂
右の健項に℃第十二保︑第十三保又は第十五僚といふは聯盟闘がその聞に紛争の超った時直ちに
戦争行矯民訴へず︑仲裁冷判︑困際司法裁剣叉は聯盟即事曾等にその紛争事項を提出して平和的手
段を以て共れを解決する事を約したものである
Q従つ℃第十六僚に規定せられ℃ゐる制裁手段は聯
盟閣の一もしくはそれ以上の闘が凹に違法行矯に移った後初めてその趨用を見るのである︒即ち少
在くともある一ケ闘の違法行矯が該僚項適用の保件となるのである︒併し乙︑に二つの重要なる解
四 伴
上 の
問 題
が る
乙 る
︒
; 命
叢
終済的制裁と図際法の準化
一 九
九
商 事 論 業
第
競
ニ
OO第一は何人が果し℃某闘が﹁約束ヲ無視シア戟事−一訴へ﹂たと決するのであるか
Y約束を無鵡したかせぬかは決して常に自明の事寅でない︒例へば一九二四年のアメヲカの移民法
は果して専門的意味は於℃約束ヲ無視し宍行魚であるか否かは決して簡単者問題ではない︒叉次の
字句﹁戦争ニ訴へ﹂に付いても亦見解の相蓮は超
b得る︒岡家がその最高樺威の名を以℃宣戦を布
骨した時は別とし℃︑その他の場入管に於℃は何れが先に戦闘行魚を開始したか︑何を以℃戟争行局岬
の最初となすかは常に問題とな
h得 る
の で
あ る
︒
之の問題は理論上極めて複雑な問題ではあるが︑聯盟諸問は杢然之を主観的問題と見℃ゐる︒即
ち果して某岡が﹁約束ヲ無鵡ジア戦守ニ訴フ﹂だか否かは聯盟諸闘が各自の意見によっ τ 之を決す
る︒即ち各閣自身︑が右についての唯一の審判者である︒︵註五︶
第二の問題は若し某圏︑が﹁約束ヲ無視ジア﹂他の一固と戦争行局を開始した際︑呆して共以外の
聯盟闘と該建約闘が戟守山川態に入るかどうか︒俊文が肢に﹁常然他ノ総アノ聯盟関−一封シ︑戦争行潟
ヲ 魚
シ タ
UY
モノト見倣ス﹂と明記し℃ある以上何等疑を容れる飴地は無い様に見えるが︑聯盟諸岡
は全然その反針の見解をとっ℃ゐる︒ ﹁閑際聯盟第二同総合間の決議に擦ると﹂戟宰行魚は必ずしも
﹁戦争耽態﹂と同義ではない︒﹁違法園の草猫行魚にょっ τ 戟守扶態が構成せられない︒その宰寅は
車に他闘をして戟争行潟をとよリ又は戟争股一態に入るの権利を輿ふるに過ぎない︒併し聯盟は︑その規
約の精神に従ひか︑る戟守を避くるために先づ経擁的魅迫を以て平和を回復する校努む可きである
と ﹂
︒ ︵
註 六
︶
従つ℃左の如き朕態は生じ得る︒聯盟闘の
AA
と B
の 間
に 紛
宰 を
生 じ
︑
A か B に聾して特定の行潟
を 魚
し た
時 ︑
C は之をもって﹁約束ヲ無視シテ戟争ニ訴へ﹂たと看倣して
A
官
K一 戟
を 布
告 し
得 る
︒
然し D ︑ E その他は C の行魚を戟宰行矯左若倣さず車に之を傍観してゐる事も出来るし︑叉之を戟
挙 行
錯 ﹀
︸ 者
倣 し
τ ︑自らを戦争肢態に入れずして A に経済的制裁を加へる事も出来る︒然し之
Lに
同じく各聯盟園聞に同意されてゐる賭は戦争行魚の存否は各閣の自由判断に委すが︑もし一闘が経
済的制裁を左った場舎にそれと見解を異にする︵剖ち戟宰行魚の存在を否定する︶闘が前者の行峰崎
を幼害する事は出来ないといよ事である︒
乙︑までの解説の中最も注意す可き結は︑規約第十六傑第一項に規定されてゐる経済的制裁は決
喝し℃戦争行魚でないといふ乙とである︒然らば制裁園と被制裁闘とは如何なる関係にあるか︒其が
戦事の闘係でないことは前述の如くである︒然し其は巌密在意味に於℃﹁平和﹂であるとは看倣し
難い︒もし制裁園と被制裁闘とが戟時に於て平和の閥係に在るとし党ら︑その関係は中立であらね
論
主 主
経済的制裁と同際法の遜化
υ
商
警 主
諭 叢
第
競
ニ
O二
ばならぬ︒然し︑中立園が交戦闘の一方に針し℃のみ﹁一切ノ通商上叉川金融上ノ関係ヲ断絶シ一五
ι こすることは明らかに申立の基本観念たる公平不偏の主義に反する︒︵公平不偏が中立の正しい定
義であるか否かは別として︶
故に経済的制裁は戦争にもあらず︑叉︑従来の意味に於ける平和にもあらず︑一枇曾の進化と共に
常然生る可くして生れたと乙ろの杢然新たなる強行手段である︒武力的制裁手段の不可能を認めた
闘際聯盟はその後幾多の機命日に於て乙の新たな制裁力︑印ち経済的制裁の具躍的貫現方法を研究し
向︒第二同聯盟総命日は岡際封鎖委員を任命し℃大戟中聯
A口闘の採用した濁壊に卦する塵迫手段を研
究して将来の参考材料を供せしめた︒その後聯盟は︑その総合︑理事合︑軍縮準備委員合︑安杢保
障仲裁委員合︑その他あらゆる機闘を利用し℃乙の問題を議せしめた︒
彼等の事業に付ての最大の障害は︑アメ時ノカ︑が聯盟に加入して居ないといふ事貫であった︒アメ
ヲカは世界最大の経済力の所有者である︒然し︑アメリカは聯盟外に在る︒従って彼は規約第十六
保の明文に何等の拘束を受けね︒故にアメリカは只に﹁約束を無視ジア戟争−一訴へ﹂たる違約園に
封して経済的制裁の義務を負はねのみならず︑彼の惇統的主張先る海洋自由を名とし︑彼の恐る可
き経済力をもって聯盟岡の履行せんとする経済的制裁を無効在らしむる乙と遣え可能であった︒
郎ち︑聯盟岡の規約第十六僚の下に官然生ずる義務的行動が偶然にも聯盟外に在るアメリカの闘際
法上の権利を侵すといふが如き可能性も珂論上には存在し℃ゐだのであるQ
右の如3困難よb規約第十六僚を救ったのが昨年締結された不戦傑約である︒乙の保約に於
τ
ァメ
9
カは他の強大同と共に︑戦争をもっ℃図際紛争解決の手段とせぎることど宣言し︑又その協約は反して戦争民訴へたる闘に針しては同僚約よb受く可き一切の利盆を拒否す可さととを約した︒
噌J
︾町
︑
bi 4
シ旦
一白
一闘が果し℃同僚約に違反し允か否かは各締盟闘が各自に之を判断する︒然しその結に付い
τ
は聯盟規約第十六僚第一項と大差は無い︒何れの場合にも締盟図各自の自由判断が認められてゐる︒只不戦健約には一度一同が他闘を違約者と看俄した場合にも何ら其に付いての制裁手段が規定
3れてゐないのに反し規約第十六保には其︑が明記されてゐる︒
然し︑支に一歩進んで考乏で見ると右の差は飴b貨質的でない乙とが解る︒一度アメリカが︑そ
の責任ある政府の名に於℃一闘を不戦傑約の蓮約者ならと認めた以上︑之を扶手傍観し℃ゐられや
今か︒もしアメリカが傍観主義を選びたかったら初めからその園を違約者なbと認めないであらう︒
か︿認めたる以上既に彼には制裁手段をとる準備のある乙とを諜想しなければならぬQ故に賞質的
に見る時は︑アメヲカは不戦僚約によっ℃聯盟規約第十六傑第一一頃を殆んど等しい義務を負ょに至
2 前
叢
経済的制裁と図際法 θ
進化。
商 事
甜切
叢
第
務
ニ
O阿
ったのである︒右のやうな解轄を裏書告する事賓とし℃︑不戦僚約締結と稿々時を同じうしてキマ
ツパE
決議案なるものが上院に上提された︒共によるとアメリカは他の締盟闘と共に不戦違約闘に
物資を供給する市民主保護せぬことを約ヨヲといムのである︒文事賃上︑不戦僚約の創造者である
上 院
外 交
委 員
長 ︑
ボ ラ
I 氏の如きは常に戟事を岡策建行手段として藤止するのみならず之を制度とし
て牒止しようと主張し℃ゐる︒﹁制民﹂としての意味は明瞭でないが︑聯盟の武力制裁に反封しっ︑
常に図際訟の完成を主張し℃ゐる同氏の日常よ
b察するに︑彼は戦争を麿止し℃経済的制裁をもっ
て岡際法の制裁力たらしめよと主張してゐるやうに思はれる︒
私は最後日︑岡際法の制裁力の問題とその最高解稗擢の関係を論じ︑そし℃経済的制裁力が何故
に武力的制裁力に比して優良であるかを述べ℃乙の稿を終る︒
図際法の解轄権とその制裁力とは相互従属の閲係に在る︒買力ある同家闘は際法の最高解樟躍が各
岡家に・一仕るうちはその制裁力を自闘の支配下に留保する乙とを選ぶ︒何と在れば自闘が最高解揮権
を持ってゐる乙とは︑他闘も同様に最高権主持ってゐる乙とを意味し︑もし我と彼とが解轄を異にし
だら我の解揮の正しい乙とを有効に主張し得る唯一のものは︑我に留保し℃ある制裁力であるから︒
叉 ︑
一方︑園際法の制裁力が各闘の手に留保
3れてゐる聞は︑寅力ある岡家はその解樺権をも自
闘の手に留保しゃうとする︒何となれば解樟躍のみを他に譲渡する乙とは剣決の白闘に利盆なると
不利盆なるとに関らず共を遵守することを意味し︑その剣決によ
b τ
未だ譲渡せぎる自己の制裁力
をもっ
τ
自己自身を制裁するといふが如き矛盾を見るに至るから︒故に解轄権の譲渡と制裁力の譲渡とは並行して魚されなければならないのである︒
私は本稿
m r J
初めに︑各闘が・次第にその留保してゐた解轄権主困際司法裁剣所に譲渡しっ︑ある事
賞を説いた︒制裁力に付いても同様であるか︒
闘際法の異の制裁力が不利盆の漁期である乙と前述の如くである︒岡家はその大小に闘らず︑か
︑る制裁力を持ってゐる︒然しその制裁力には少なくとも左の二種類がある︒一は共の使用によっ
て自己自身の受くる不利盆がその使用の目的たる利盆の総和に比して飴bに大なるもの︒二は然ら
ぎる
もの
︒
K属する︒その理由は︑一武力は第一種︑経済力は第二種の制裁力 ︑ ︐ dJ
/t\ し︑経持力は本質上建設的である︒個人又は枇曾を保護するため武力の必要な乙とはある︒然し共 武力は本質上破壊的なるに反
は必ず他の武力に劃してのみである︒印ち武力は他の破壊力を破壊する職能を有するのみである︒
従つ
τ
共を平時に維持する乙とは非常なる損失である︒然るに経済力はたと以共自身が生活の目的論
議
経済的制裁
ξ 図 一 際 法 の 準 化
一 一
O五
商 号 生 論 叢
第
毒 患
O
六 一 一
でないにせよ生活の重要なる焼件である︒従って共を平時に維持する乙とは無害であるばか
A Y
で な
︿有盆な之とである︒之の勅に付いて経済力は制裁力として武力よ
b優 良
で あ
る ︒
第二に其を使用するに際し経済力による制裁にはその犠牲が経蹄力の破壊のみなるに反し︑武力
制裁の犠牲は武力の破壊と経締力の破壊と雨方である︒乙の乙とは近来比重って増冷著名になって
来た︒武力は共自身破壊力であるから共を使用する乙とは必ず経蹄力の浪費を意味する乙とに付い
ては今も昔も務
bは な
い が
︑ 枇
合 組
織 の
末 ︑
先 輩
純 な
b
し時代には武力は経蹄力とは比較的に濁立し
て之を使用する乙とが出来た︒郎ち︑
y躍に窮する敵闘には騒を給し︑敵の武力に封してのみ戦よと
いふこともある程度までは可能であったのである︒か︑る時代にあっては武力使用の自己に針する
損失は某使用に必要なる経済力の消費と︑我の武・刀が一献の武力よ
b
受くる損失の二つに過ぎなかっ
た︒然るに枇合組織の複雑なる今日比於ては武力を使用する乙とは我と散とに劃する恐る可き武力
の破壊を意味すると同時
KA
而して其破壊の程度は科堕の進歩と共に増加する︶相互の経涛力の破
壊 を
意 味
す る
︒
世界大戦は右の事情を最もよ︿物語った︒大戦によって聯合同側も中欧側も非常なる武力と経済
力の破壊を受けた︒而して経一持力によ
b多く竜姑ををいた聯合同側が勝利を占めたことは前越の通
ι
リであ
る︒
然らば︑もし猫填と聯A口闘が初めから武力主使用せず︑経済力のみをもって戟ったらどんな結果
になったか︒もっと具樫的に一一三日ム℃︑輪出入の禁止︑金融関係の断絶︑勢勤者の移民又は入同禁止
その他一切の経済的闘係を断絶して敵園を経済的に調︑掲しゃうとしたらどうであったら
30
必ず武
力に訴へたと同じゃうに聯合図側の勝利に障したものと思ふ︒只異なる姑は数百寓の人命の損失︑
文化設備の破壊︑その他一切の武力的破壊に必然的に伴A罪悪は不必要であったらう︒部ち彼らは
戦争によらずして戦容と同じ目的を果しその上︑戟等よbはずっと少ない犠牲を姉ふ乙とが出来た
乙と﹂恩ム︒かく鶴来る時に制裁力として経済手段が武力手段に優る乙とは何人も之を拒む乙とが
出来ねであらう︒
之は決し℃単なる議論ではない︒大戦の痛い経験に懲bJた世界各圏︑殊にそり一強大なるものは之
を
知b過ぎる位知つ
τ
居る︒軍備は相劃的なものであるといム観念︑従って︑ある一定の比卒を見出し
τ
軍備を縮少しゃうといふ異創な試が責任ある政治家によって行はれτ
ゐるといふ事責は皆以上連
べた
乙と
の詮
明で
あ・
る︒
然し︑三︑に注意せねばならぬ乙とがある︒武力制裁が鈴bに犠牲多くし℃効の少ない乙とな各
経済的制裁と閥際訟の進化
言 命
叢
?
Fじ
商 単
E
翁
叢
第
宮 虎
二
O八
闘が之を完った︒然し︑之の乙とは直ちに各岡が軍備を杢麗し符る準備が出来たといふ意味にも︑
また各岡は武力を同際聯盟の如き闘際圏瞳の手に譲渡す可く用意し℃むるといふ意味にもならぬ︒
否むしろ彼らは︑彼ら自身の手に占属3し℃をい℃ヨへ使用する之とを除儀無く遣れ極めて危険多
き武力を第三者の手に譲渡する乙とによっ
τ
自闘の自由使用を禁ぜられる乙とは更に危険であると考えてゐる︒ギヲジヤとかぺ
UY
ギーとかいよやうな弱小闘は別として凡そ自己の寅力に信組し
τ
ゐる強大闘は決して彼らの武力を第三者に委ねない︒もし委ねたら何時自園に鈴b閥係の無い時に之
を使用3れるかも知れないから︑アメリカを聯盟から泣からしめた最大の盟自は武力制裁を合意し
た規約第十燥であった︒﹁我らの愛する兄弟を再び蹴洲の野に詰って殺すつもbか﹂といふ訴はクイ
UFソシの﹁岡際正義の確立﹂の一訴よbも蓬かに有効であった︒即ち一般アメリカ人にとっては岡際
正義を確立したといふ欲望よbも戟零を恐れるーーもっと適切にいλと白闘の意に反して戦争を飴
儀なくされる乙とを恐れる
ll
戚の方が強かったのである︒而して之はアメ
9
カ人特有の心持ちで一般強大圃民の心開である︒彼らは自らの武力が強ければ強い程︑その武力乞利用忌れる
は在
い︒
之と
を恐
れる
︒
之に反し経済的制裁には斯くの如主連想がない︒勿論経済的制裁を賞行する乙とには相営の不利
盆はある︒之を第三者に使用せしむるに至つては尚更である︒然しその不利益は武力制裁の共に比
し℃蓮かに少ない︒そしてもし共が致命的のものでないとしたら︑各図はその不利益と共よ
b J 受く
る利益と主比べ℃その大在るものどとるであらう︒をの利益Eは何か︒各闘は経済的制裁植を第三
者︑例へば岡際聯盟の如きものに譲渡する乙左によっ℃闘際訟の制裁力をもっと合理的に且つ有効
にする乙とが出来︑その結果とし℃彼ら︵殊に飽和結に建したる強大岡︶の最も歓する図際安定ど
期待し得る︒その上位らは寓一︑同際法が全然無鵡昌れ異の不法朕態に陥った時には最後︑まで自己
の手に留保し℃ゐる武力にょっ℃自闘を保護しゃうといふのである︒図際聯盟は乙の結は留意して
わる︒武力制裁の譲渡ど強要してアメリカを退かしめ︑イギヲスを冷淡に3した聯盟は今は杢然目
を轄じて経済手段の集中に努め℃ゐる︒聯盟に参入を好まないアメヲカも不戦僚約によb︑あるひ
はその他の方法によb℃聯盟の仕事を助け℃ゐる︒
勿論進化は常に除ん吋と行はれる︒現在までに規約第十六候叉は不鞍依約によって凶際図鑑の手に
集中苫れた経済的制裁力は末︑だ極あて不十分のものである︒従って解穣躍の譲渡もその範国を越乏
得な
い︒
然し枇舎は刻々と準化するο岡際枇合同生活の規範である図際法も亦迩化せぎるを持ない︒
省担、nflB
叢
経済的制裁主因際法の遜化 ニ
O九荷 拳 言 命 議
第
銃
。
私は枇命日支配力とし℃の経済が近時目畳しい勢をもっ℃惇統的他諸勢力の範固を侵入しっ︑ある
現象を見︑共に着服する聯盟とアメリカが共によっ℃新らし 3 世界を創造せんとしてゐる勇ましい
試を視すると共に︑そのことがと
bも 直
3
ず不完全法衣
bし図際法をして完全誌ならしむる所以で
あると確く信ずるものである︒
︵昭和五年一月廿一日︶
主 主
註
常設問際裁列所規約第三十大総
註
信夫淳卒︑﹁闘際政治の綱紀及び漣鎖﹂
同内向肖
HC
阿世
円⑦
町一
H E H c e H
C D 丘
ロ件︒
号︒
閉山
口問
︒戸
O
口C
同F P 5
同
v w
凶 ∞ 叶 ・
六一頁
言 主
註四
当 日 E 目 H H H 8 吉 正 H i p o F E
官︒
D 同
局 注
B 目
a g
s
岡 山a c ユ
F 口 乙
S
参照
註五
両a Z H g q g
c
同阿 南 三
−g日
DEus
口 言
︒ ・
LP
・
m・ 5
・ ハ H U N
∞ −H 阿
・ ω
U H
V ・ 凶 酔
註大
吋F@岡︑富何M H m w
C
町出
m g
向日
c
g
︒ R
H O E H h c
同
E
m
− −w
⑦ 町