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矯正教育における教科指導(補習教育指導)の役割

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【査読論文】

矯正教育における教科指導(補習教育指導)の役割

The Role of Supplementary Instruction of School Subjects in Correctional Education

髙𣘺 一雄

TAKAHASHI Kazuo

[要旨]

本稿は法務省矯正局少年矯正課との共同研究による「少年院在院者に集団授 業を行うことで学力の向上が見られるか否か」の調査を基に、パネル調査、ラ ンダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)に準ずる調査を通じて、

「教科指導の現状と課題」、さらに「矯正教育の主要な柱である生活指導・職業 指導と教科指導との有機的連携の在り方」について明らかにしたものである。

少年矯正施設の学習に関する主要な先行研究として名古屋矯正管区におけ る、少年鑑別所・少年院在院者の学力の効果的把握の報告(矯正局少年矯正 課委託)がある。そこでは「国語では中学3年生、算数・数学では小学校6 年生レベルに達していない者が大多数であり、補習教育の必要性が高いこと が示された」(高山他 2015)とある。また、現場の課題として、「学力格差」

による集団授業の困難さがあるとの指摘もある(中川 2015)。

 本研究では、先行研究による補習教育の意義を踏まえ、その方法に着目し、

新たな取り組みである集団授業受講者と通常の自学自習テキスト受講者とを RCTに準じて比較分析をした。その結果、通常の補習教育指導では小学校算 数を独力で修了するのは難しいが、集団授業の指導であれば基礎学力は確実に 中学数学以上に向上することが示された。さらに集団授業受講者の7割以上が 高等学校卒業程度認定試験(数学Ⅰの範囲)に合格するなど、取得可能な資格 の選択肢も広がり、基礎学力の回復が内面からも社会復帰の後押しできる背景 を示唆することができた。学力格差に関しては、入院時の数学基礎学力は小学 2年以下が2割強、小学4年以下が7割であり、さらに、高校中退・卒業者と 中学卒業者との間に大きな学力格差は見られず、集団授業の可能性も示すこと が出来た。また、先行研究を踏まえた各施設への質的調査により、基礎学力不 足を起因とする抽象的概念を理解する能力の欠如から、生活指導・職業指導時 における言語での指導の困難さという課題が明らかになり、少年たちの社会復 帰の壁のひとつと危惧されている。一方で、集団授業で数学を受講した者は、

立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士課程前期課程修了生

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抽象的概念の把握が進み、生活指導・職業指導において抽象的言語での指導が 可能になったとの報告が調査対象施設からなされた。

以上のことから、具体的なエビデンスを基にした考察により、教科指導(補 習教育指導)においては、課題とされる集団授業は十分に可能であり、数学 基礎学力修得よる抽象的概念の理解を通じて、学力の向上につながる。さら に、矯正教育の主要な柱である生活指導・職業指導と教科指導の有機的連携 の可能性を明らかにすることができた。

キーワード: 教科指導(補習教育指導)、矯正教育、集団授業、少年院、職業指導、

数学基礎学力、生活指導、抽象的思考(概念)、ランダム化比較試験

(RCT)、論理的思考

1.研究の目的と意義

少年院は法を犯した少年に対して、その特性に応じた適切な矯正教育その他健全育 成に資する適切な指導を行う施設であるが、その重要な要因は要保護性(1)にある。そ れゆえ、少年院での矯正教育は、生活指導および出院後の生活のため職業指導に比 重が置かれている。しかし、少年院在院者約7割の最終学歴が中学卒業(犯罪白書

2018)であり、先行研究では数学の基礎学力は小学校6年未満との報告がなされ、国

語も含めた基礎学力の欠如の現状で、出院後、彼らがどのように社会で生きる術を得 るのかが危惧されるところである。

そこで本研究では、在院中の基礎学力修得度の調査を通じて、少年院における教科 指導の現状と課題、そして、矯正教育の中核とされる生活指導・職業指導と教科指導 の有機的連携のあり方について明らかにするものである。 

2.研究方法

(1)調査対象者

全国の男子少年院(医療少年院及び、特殊教育課程のみを置く少年院を除く)のう ち、長期処遇を行っている少年院3施設を対象に、20181月から6月末までに入院 し、矯正教育課程が社会適応過程Ⅰ(A1:在院者は義務教育を終了した者のうち、就 労上、修学上、生活環境の調整上等、社会適応上の問題がある者であって、他の課程 の類型に該当しないもの。矯正教育の重点的内容は、社会適応を円滑に進めるための 各種の指導)に指定された少年68名(94.4%:入院時72名)を対象とする。

(2)調査対象施設

調査対象施設は第1種(保護処分の執行を受ける者であって、心身に著しい障害の ないおおむね12歳以上23歳未満のもの)で社会適応過程Ⅰに対応する3か所の少年 院とする。

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(3)調査方法

・[量的調査]自記式(各選択肢の中から選ばせる形式)の質問紙を調査対象少年に配 布し、入・出院時の計2回実施した。本研究の主要となる質問内容として、入院時 調査では、年齢、最終学歴、学習への意識(施設内で主要(数学・英語)教科の授 業があれば受講したいか否か、生きていく上で必要だと思う教科項目)。出院時調査 では、高等学校卒業程度認定試験(以下、高認試験と表示)対策授業の受講の有無 およびその理由。

・[質的調査]各調査対象少年院の首席専門官に対し、調査終了時、教科指導を通じて 少年たちの態度および内面の変化を知るため、アンケート用紙を送付し自由回答の形 式で調査を行った(回答に対する再調査は行っていない)。本研究の主要となる質問 内容は、「少年院における教科指導(補習教育指導)について、これまでのご経験を踏 まえ、その意義と課題等について、ご意見等があれば、自由に記述ください」である。

(4)分析方法

①ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)に準ずる調査方法 近年、医療分野に限らず、教育の分野でも政策決定において「RCT等による十分な エビデンスに基づいていること」が要求される傾向にある。しかし、教育においては倫 理的な問題が大きく関与し、また、矯正教育の特徴として個人別矯正教育計画を基に 個々に合わせた教育をしている点も踏まえ、第4節最後で改めて言及することとする。

本研究ではRCTに準じて調査を行うに当たり、矯正教育の新たな取り組みである、

出院後の職業選択肢の広がりを目的に、当初、職業指導の一環として、学歴を必要と する資格取得のための高認試験受験制度(2)を利用することにした。高認試験受験制度 では、通常の自学自習の補習教育指導とは異なり、教員免許を持つ法務教官または施 設外部の教育者による、各施設独自の集団授業(期間3か月前後、週複数回/2 間)が行われる。

そこで、RCTに準じて調査対象者を2つ(介入群・対照群)に分け比較する必要か ら、高認試験対策受講者を「介入群(集団授業)」(3)、通常の自学自習テキストを主体 とする補習教育指導受講者を「対照群(通常)」とし、入院時と出院時の学力を比較し 基礎学力修得度を分析した。

ただし、中室(2014)によれば、日本では教育政策の効果測定においてRCTは実施 されたことがないとある。理由として、RCT実施の際、処置グループ(介入群)の子 どもたちは対象となるが、対照グループ(対照群)の子どもらは対象とならないとい う教育上の不平等の問題が生じるからである。それゆえ、本来の母集団をランダムに 2群に振り分けることは教育上の不平等との倫理的な問題から、本研究では少年がみ ずから当該プログラムを選択するという選択バイアスが生じる。よって、介入群と対 照群をランダムに振り分けた、集合間の比較であるRCT本来のより質の高いエビデン スは算出されにくいことが留意点となる。

②基礎学力の尺度としての数学

我が国において国立教育政策研究所による全国学力・学習状況調査での基本教科が

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数学と国語であることから、基礎学力を調査する教科としてはこの2教科が候補とな る。しかし、国語に関して少年院で行われているテストは漢字試験、漢字検定試験の みであり、これだけで客観的に読解力を含む国語の基礎学力を判断することは難しい。

一方、数学に関しては、教育内容は年齢に合わせて学年ごとに指導項目が具体的に決 められている。また、在院者の生育環境を考えたとき、少年たちの数学学力が各学年 での指導内容を超えて、彼らの日常生活の影響を大きく受けるとは考えにくい。した がって、数学学力は児童生徒の学校教育での学力をかなりの程度反映していると考え られる。よって、数学の理解度を基礎学力向上の尺度とすることは現実的である。

今回、調査対象の3施設では、共通の院内数学検定テスト(4)が行われている。このテ ストは、数学者・数学教育者である瀬山士郎(群馬大学名誉教授)監修のもと、筆者が小 1年から高校1年(数学Ⅰ)までの内容を学年別に全14段階に分類し体系的に作成し たものである。本テストで受験した級から、個々の少年が義務教育におけるどの学年ま でを理解できているかを判断できることから、本研究では数学を基礎学力の尺度とした。

3.調査対象者の基礎学力および矯正教育における学力を起因とする課題 先行研究では、少年院在院者の数学の基礎学力が小学校6年未満とある(高山他 2015)が、入院後のどの時期の学力なのか、さらに在院者の教育程度に関しての分別も 示されていない。また、学力不足に起因する矯正教育における課題も提示されていない。

そこで、本研究では「入院時学力チェックテスト」により、入院時の教育程度別数 学基礎学力を調査し、また質的調査から学力不足を起因とする矯正教育の課題を見た。

(1)教育程度別入院時の数学基礎学力調査

教育程度別に「中学卒業」、「高校中退」、「高校在籍」、「高校卒業」と4分類し、順 に各入院時における数学基礎学力を分布図(図 3–1、2、3、4)で示した。

本調査において、入院時の数学基礎学力は小学2年以下が約28%、小学4年以下が

70%強を占めることが新たに分り、調査対象者の約90%が小学6年以下の学力である

ことが改めて確認された。また、高校中退・卒業者と中学卒業者との間に大きな学力 格差は認められない。よって、学力格差による現場での集団授業の難しさがある(中 川 2015)との指摘は必ずしもあたらず、外部の専門的な指導者と連携することにより、

さらなる充実した指導が可能と考えられる。

(2)矯正教育における学力を起因とする課題

つぎに、3か所の調査対象施設に対する「教科指導実施状況等に関するアンケート」

の自由回答から、少年たちの学力不足に起因する課題は以下のようなものである(い ずれもアンケートの回答から引用)。

・語彙力が乏しい入院者が多く、教官から指導された内容を理解できないことが多く ある。

・話し言葉による説明を理解したり、記憶するのが苦手な者が目立つ。また、参考書 などの説明を自分で読んで理解できない者も多く、自習では限界がある者も目立つ。

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仕事に就いた際に、上司からの指示や説明が良く理解できないなど、社会生活に支 障を来すことが不安視される。

・国語、数学の基礎学力の不足から、抽象的概念の欠如がある。指導時の説明では「抽 象的、難解な表現はなるべく避け、より具体的で親しみやすい表現方法や題材を用 いることを心がける」。

・抽象的思考を苦手としている少年が多いのは、基礎学力不足が関係しているのでは ないかと感じる。

上記の各施設の回答より、現場の法務教官から学力不足を起因とする、少年の抽象 的思考・抽象的概念の欠如が指摘され、これを要因とする指導時における法務教官と 少年との言語による意思疎通の困難さが、各施設共通の課題として明らかになった。

4.ランダム化比較試験(RCT)に準ずる調査

本研究ではRCTを利用し、調査対象者を「出院時:学習に関する意識調査」を基に、

集団授業受講者である高等学校卒業程度認定試験受験者を「介入群」、現在、通常の自 学自習テキストを主体する補習教育指導受講者を「対照群」と分類し、両群の「学習 図 3–1 中学卒業者の学力水準(n43 図 3–2 高校中退者の学力水準(n14

出典:「入院時学力チェックテスト」より、筆者作成 出典:「入院時学力チェックテスト」より、筆者作成 図 3–3 高校在籍者の学力水準(n3 図 3–4 高校卒業者の学力水準(n8

出典:「入院時学力チェックテスト」より、筆者作成 出典:「入院時学力チェックテスト」より、筆者作成

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の目的意識」および「入院期間中における数学基礎学力修得度」を比較した。 

そこで、「介入群(集団授業)」と「対照群(通常)」の2群に分ける前提として、

2.(3)で述べたように対象者全員が入院した際に「学習に関する意識」調査をした。

(1)全調査対象者の入院時における「学習に関する意識」調査

Q 「この施設で 数学や英語などの教科を学ぶコース があれば、それに参加した いですか」

「はい」:51 名(70.8%)  「いいえ」:21 名(29.2%)

図 4-1 教科コース志願の割合

出典: 「(入院時)学習に関する意識調査」より、筆者作成

不本意にも学校教育から距離を置こうとした少年たちも含め、全調査対象者の7 強の少年が受講を希望するとの、学習意欲の高さが示された(図 4-1)。

つぎに、主要5教科に対する学習意識について、以下の質問から調査を行った。

「将来の自分を考えたとき、学ぶことが役に立つと思う科目があればあるだけ選 んで、左から役立つと思う順番に並べてください」(選択肢には主要5教科を記載)

図 4–2 授業参加希望者・各教科希望の割合 図 4–3 図 4–2 で 1 位に選んだ教科の割合

出典: 「(入院時)学習に関する意識調査」より、筆 者作成

出典: 「(入院時)学習に関する意識調査」より、筆 者作成

図 4–4 授業不参加者・各教科希望の割合 図 4–5 図 4–4 で 1 位に選んだ教科の割合

出典: 「(入院時)学習に関する意識調査」より、筆 者作成

出典: 「(入院時)学習に関する意識調査」より、筆 者作成

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図 4–1、2、4より、「授業に参加しない」と回答した3割の少年たちでも、「授業参加 希望者」と同程度の認識で、学びが将来の自分に役に立つと考えていることが分かった。

科目に関しては、図 4–2、3、4、5より、すべての少年たちの「国語」が特に重要 であるとの強い思いが示唆された。先行研究で少年院入院者の国語の学力が「中学3 年のレベルに達していない」(高山他 2015)とあることから察するに、彼ら自身、国語 の学力不足を自覚していると推察する。ただ、国語力不足は、現状の中高生にとって も問題になっている(新井 2018)ことから、これは少年院入院者特有のものではない。

(2)「介入群:集団授業」と「対照群:通常」の学習意識調査

学習の目的意識について、介入群(集団授業)と対照群(通常)を比較した。

① 介入群(集団授業):集団授業の受講選択理由(図 4–6)

図 4–6 (介入群n27

出典:「(出院時)学習に関する意識調査」結果より、筆者作成

介入群の受講理由として全員が「将来働く上で学力は 必要だ と思う」を選んで いる。さらに興味深い点は「授業をうけて分かるようになりたい」が85%強と高いこ とである。ここからは、功利目的、有用性を超えた少年たちの学習意欲も読み取れる。

② 対照群(通常):自学自習テキストの補習教育選択理由(図 4–7)

図 4–7 (対照群:n41

出典:「(出院時)学習に関する意識調査」結果より、筆者作成

対照群の補習教育選択理由の回答として、割合の高い項目に「興味がないから」「授 業を受けてもわからないから」「学校での授業がつまらないから」とある。特に「なん となく」の選択が3割近い点からも、彼らの中で学力に関しては、既にあきらめの気 持ちがあることが示唆される。

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上記の対照群選択理由の要因として、本来学校教育で養われるべき基礎学力の欠如 が大きく影響していると推察できる。別の角度から見ると、施設で「わかる授業(=

面白い授業)」を行うことが出来れば、学力をあきらめていた少年達に生きる術となる 学力を修得させることができ、また基礎学力の回復が、内面からも少年たちの社会復 帰の後押しをする可能性が読み取れる。

さらに言えば、入院時全調査対象者の「学習意欲の高さ(図 4–1)」および「将来、

学ぶことが役立つ科目(図 4–2、4)」の調査結果も重ねて考えれば、高認試験対策だ けではなく、自学自習以外に、入院少年全員に基礎学力修得に特化した教員免許取得 法務教官または外部の教育者による、集団授業の機会を設けることの意義が明らかに なったとも言える。

調査対象外施設の首席専門官の言葉にも「昔は非行の主な原因は貧困だったのが、

今は学業の失敗によって居場所を失っていく、パターンが多いのです」(大塚2018)と ある。

(3)「介入群:集団授業」と「対照群:通常」との数学基礎学力修得度の比較 数学基礎学力修得度について、介入群(集団授業)と対照群(通常)における、入 院時と出院時の院内数学テスト(学年別)での級の進度の比較から、各学力修得度を グラフ化(図 4–8、9)した。

① 介入群(集団授業):基礎学力修得度

図 4–8 介入群(集団授業)入院時・出院時(数学)の学力水準の比較(介入群n27

出典:「院内数学検定テスト」結果より、筆者作成

介入群(集団授業)の入院時の学力は、小学算数レベルが80.8%、中学数学レベル

19.2%。出院時では、小学算数レベルが34.6%、中学数学レベルは53.8%、高校1

年数学(高等学校卒業程度認定試験)レベルは11.5%。よって、入院時の学力が小学 算数レベルだった少年の57.2%が中学数学以上に進み、さらに入院時中学2年以上の 学力の少年はいなかったが、出院時には20%以上の少年が中学2年以上の学力を修得 した。

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② 対照群(通常):基礎学力修得度

図 4–9 対照群(通常)入院時・出院時(数学)の学力水準の比較(対照群n41

出典:「院内数学検定テスト」結果より、筆者作成

対照群(通常)の入院時の学力は、小学算数レベルが88.4%、中学数学レベルは

11.6%。出院時では、小学算数レベルは60.6%、中学数学レベルは37.2%、高校1

数学(高等学校卒業程度認定試験)レベルは4.7%。よって、入院時の学力が小学算数 レベルだった少年の27.8%が中学数学以上に進み、入院時中学2年以上の学力の少年 はいなかったが、出院時には9.8%の少年が中学2年以上の学力を修得した。 

義務教育9年間の数学教育において、超えるのが難しい山が2つある。一つ目は小 4年の算数である。分数で表される抽象的な量および数の概念の理解には「抽象的 思考」が要求される。二つ目は、中学1年の数学である。中学数学の主要なテーマで ある「文字を数字の感覚で扱う」ことが要求され、「一見抽象的な記号である文字を数 字の感覚で扱うことで、具体的な量と関連付ける」という、さらに抽象度の高い理解 が要求される。

すなわち、図 4–8、9で表れている小学4年と中学1年の2つの山は少年院在院者だ けの特徴ではなく、一般の小・中学生すべてが超えなくてはならない山である(髙橋 2011)。

そこで、調査対象者約90%の基礎学力が小学6年以下であること、および、上記の 結果を考慮し、学力の修得度を測る基準を抽象的思考が強く求められる「中学1年数 学」とし、出院時においてこの基準以上のレベルに達するか否かで修得度を判断する こととした。

③ 抽象的思考の修得度による、介入群(集団授業)と対照群(通常)との比較

①②の結果より、院内テストの内容を「小学算数」「中学1年数学」「中学2〜3年数 学」「高認(数学Ⅰ)」と4つに分類し、介入群(集団授業)と対照群(通常)が各入院 時・出院時において、どの分類に入るかを割合で表し、それぞれグラフ化(図 4–10、

11)した。

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図 4–10 入院時・出院時(数学)の学力 水準比較 (介入群、n27

図 4–11 入院時・出院時(数学)の学力 水準比較 (対照群、n41

出典:図4–10、11「院内数学検定テスト」結果より、筆者作成

図 4–10の介入群(集団授業)では、学力が入院時「小学算数」レベルだった少年の 6割が中学数学以上の学力まで伸ばし、7割以上が高認試験(数学Ⅰ)に合格した。

しかし、図 4–11の対照群(通常)では、学力が入院時「小学算数」レベルだった少年 の約3割しか中学数学以上の学力に伸ばすことが出来なかった。

このことから、基礎学力を中学校までの義務教育の範囲と考えれば、現在の自学自 習テキストを主体とする補習教育指導では、数学学力を小学算数の域を超えて伸ばす ことが難しいことが明らかになった。言い換えれば、基礎学力が不足している少年で あっても、集団授業形式の補習教育を受けることが出来れば、抽象的概念の理解が進 みやすくなり、多くの少年が中学数学以上のレベルまでの学力を修得できることが示 唆された。

先行研究の報告では「(一部省略)、覚えているだけの知識や目に見える事象のみの 理解では解決しない、より複雑な思考(頭の中で執り行う論理的(数理的)かつ抽象 的な思考)の過程を経て答えを導き出すといった、いわゆる『考える力』が乏しいこ とが推察される」(高山他 2015)との指摘があったが、「集団授業形式」の数学指導に よって抽象的思考が養われ、上記の危惧や学習上の困難が乗り越えられる可能性があ る。

最後に、教育分野でのRCT関しては、本研究の主要な先行研究である『現代日本の 少年院教育』で、日本教育学会会長広田・平井により以下のように言及されている。

「厳密な検証に耐えるようなエビデンスを求めるのであれば、他の条件を同一にした

「統制群」の設定が不可欠になる。同質的な少年を二つの集団に分け、Aという処遇を 受ける少年の集団と、そうではないまま放置された少年の集団を作る、ということで ある。「やれるけど、やらない」群を作って比較をするわけだから、統制群に入れられ た少年ではより低い成果が結果的にでてくる可能性がある。一人一人の少年に向き合っ て最善の結果を追求してきた日本の少年院で、それが許されるのか。少なくとも、あ る程度の市民的合意がなければ不可能であろう。」(広田・平井 2012:347)

このような点から、本研究では選択バイアスがかかることを前提として調査を行っ ているゆえ、一部エビデンスとしての評価に疑問があるとの指摘を免れないことは承 知をしている。また、授業を受けたいと希望をしたが、施設による制度的な理由から、

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高認試験を受験しない少年は、学習意欲があるにもかかわらず介入群の授業を受講で きないとの施設側の判断もあり、希望者がすべて介入群に入れるわけではない。やは り教育におけるRCTの施行には、難しい部分が存在する。

5.数学の基礎学力向上による、生活指導・職業指導と教科指導との有機的連携 本稿のまとめとして、矯正教育の主要な骨格を成す生活指導・職業指導と教科指導 との有機的連携のあり方について、本研究で採り上げた集団指導の意義を踏まえ考察 する。

生活指導では在院者に日記・作文を書かせることを通じて、自己の内面を言語化し、

自分を客観的に捉え直す指導が重要視されてきた。しかし、自己の内面を言語化する ためには、論理的思考能力が前提とされる。また、職業指導においては、言語的コミュ ニケーションの重要性は言うまでもない。しかし、抽象的概念の欠如から指導時、抽 象的言語による指導が困難とされている。とすれば、内面の言語化に重点を置く生活 指導と言語的コミュニケーションのベースとなる抽象的概念が求められる職業指導を つなぐ一つの役割を、集団指導、とくに抽象的思考や論理的思考を育む数学教育が果 たせるのではないか。むしろ、生活指導・職業指導の根底にあって、教科指導(なか んずく、数学教育)が論理的思考を育て、抽象的概念を理解する能力を育むなど、多 くの部分で互いに緊密な連関をもつ。ある意味、矯正教育は有機体のごとく、生活指 導・職業指導と教科指導は有機的連携(図 5–1)を有していることが、量的・質的調 査から明らかになった。その点を踏まえ教科指導が、生活指導と職業指導にどのよう に貢献することができるのか、また、その連携はいかなるかたちであるべきか、集団 図 5–1

出典:筆者作成

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指導による教科指導の効果の発揮との関連で論じる。

(1)生活指導と教科指導との有機的連携

矯正教育の基本である生活指導において、彼らの内面を知る上で日記・課題作文指 導が特に重要であると(片山 2006、末信 2006)指摘され、広田(2012)によれば、

「少年院に収容されている少年の多くは、自分自身を語る言語資源を十分に持ち合わせ ておらず、『言葉にならない』自己を抱え続けている。」とあり、語彙力の欠如が問題 視されている。

また、高山他(2015)からは、少年院在院者の国語力に関して、一般と比較して「表 現の仕方に注意し、その効果を考える」、「表現の仕方に注意して説得力のある話をす る」、「相手に応じて表現を工夫して書く」が、著しく低いとある。

新井(2018)によれば、昨今、学校教育においても子どもたちの文章力、読解力の 欠如が問題視され、そこで、論理的思考、論理力を育むために国語教育の重要性が指 摘されている。

論理的に考えるとは、自分が考えていることを相手に伝わるように言葉で表現でき ることである。したがって、自分を表現する手段としての国語教育の重要性は論をま たない。ただ、少年院の平均在院期間は約11か月であり、その間に国語教育を通じて 論理力を育むには時間的な困難さがある。 

そこで、語彙力をここでは「単語の知識と、それを使いこなす能力(論理的思考)」

と定義し、数学教育による数学的思考の視点から論じてみる。 

数学では、数学記号で自分の思考過程を表現することが求められ、計算もその一つ の手段である。自分の頭の中の思考を紙面に記号化して書くことで、自分の考えを客 観的に眺めることが出来る。また、相手に理解してもらうためには、論理の筋道を整 える必要があり、必然的に数学の表現方法、形式(代数・幾何の証明方法)に合わせ た論の展開で問題を考えることになる。この数学における論の展開は、汎用性をもつ

(黒木 2019)。

このように数学教育は、論理的思考の視点から、生活指導における自分の考え・経 験を文章化するための基盤となり、彼らの「内面を言語化」する支えになると考えら れる。

「内面を言語化」するとは、いわば、自己を客観的に捉えなおすことであり、漠然と 感じていた罪への反省感情をきちんと整理し、内省力を高めることに繋がる。

(2)職業指導と教科指導との有機的連携

伊深(2008)によれば、職業指導において抽象的思考・抽象的概念の欠如によるコ ミュニケーション問題が課題として挙げられている。この課題は本研究対象3施設へ の「教科指導実施状況等に関するアンケート」の回答でも指摘されている事柄である。

そこで、「抽象的思考・抽象的概念の欠如」に関して、数学教育の視点から論じてみ る。

言葉は時として2つの概念で構築される。ある具体的な言葉があり、その言葉を別 の広いイメージで包み込む言葉があれば、その言葉はある具体的な言葉に対して「上

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位概念」と呼ばれ、最初の具体的な言葉を「下位概念」と呼ぶ。ただし、上位概念は 視点を変えることで多様性を持ち、具体的な言葉「下位概念」に対して一つとは限ら ない。

「下位概念」から「上位概念」をイメージするとき重要となるのが、抽象的思考であ る。抽象的思考とは、一般的に「いくつかの対象物の共通点を見つけ、他の言葉で言 い表すこと」、「(状況に応じて)その本質をとらえること」、または「実体のないもの を理解し、イメージすること」などと定義される。

我々はある事柄を説明するとき、その本質を捉え、それを基に他の具体的な事柄を 引用し、これを反復し繰り返すことで相手に理解を求める。この思考過程は、抽象的 思考を介し「下位概念(ある事柄)」と「上位概念(本質)」を行き来することに他な らない。それゆえ、言語や記号を用いて「上位概念(本質)」を捉えることが物事の理 解を深める上で重要となり、そのためにも抽象的思考(力)は欠かすことは出来ない のである。

今、少年院の現場で問題となっているのが、この抽象的思考(力)の欠如である。

少年たちの抽象的思考の欠如の要因は、現場の教官方が指摘するように、基礎学力 の低さであり、特に数学の素養の乏しさであると考えられる。

数学では、ʻ2’という数字を用いて「ふたつある対象」を表現する過程が抽象化であ り、逆に ʻ2’という数から「ふたつあるもの」を具体的にイメージしたり、列挙したり することは具体化である(宮崎2008)。

我々は上記の「抽象化」と「具体化」を繰り返すことで事柄の本質を理解する。数 学教育ではこの抽象的思考を、小学1年の算数から中学・高校数学まで常に要求し続 けている。それゆえ、広い意味で「数学的思考は、抽象的思考である」と捉えること ができる。

今回の調査対象施設Aへの質的調査において、介入群(集団授業)では、「抽象的思 考が出来る又は抽象的な話が比較的理解されやすい印象を受ける」とあり、一方、対 照群(通常)では「具体的思考優位の印象がある」との回答を得た。

さらに、介入群(集団授業)と対照群(通常)との学力修得度の比較結果(図 4–10、11)からも、介入群(集団授業)では、高度な抽象的思考が必要となる中学数 学にスムーズに移行が可能であることが示された。 

よって、数学教育を通して抽象的思考が進むことで、職業指導時、少年は指導内容 の本質を他の具体的な事柄を介して理解するようになり、教官と少年とのコミュニケー ションが円滑に進むことになることが示唆された。

このように(1)(2)を踏まえ、数学教育を柱とする集団授業を行うことで、生活指 導の基本となる日記・作文では「内面の言語化」から自己を客観的に捉え直すことの サポートとなる。さらに抽象的思考の理解が進むことで言語理解力の向上が促され、

職業指導においては、言語理解力が高まるにともない仕事に就いた際の指示や説明が 理解でき、出院後、自活に必要な職場での対人関係においても、前向きに生きる自信 ともなる。

さらには、確実に学力が向上すれば、社会で生きる上での資格取得の選択肢が広が り、基礎学力の回復が、内面からも社会復帰の後押しをするとも言える。

(14)

以上の点から、矯正教育全般において数学教育で要求される数学的思考を利用する ことで生活指導における「内面の言語化」、および「抽象的思考(力)」が向上し職業 指導において、コミュニケーションが円滑に進む可能性が示唆された。

■註

(1)主に少年の性格・生育環境等から、将来、非行を繰り返す可能性があること。

(2)現在、この制度を職業指導として扱うか、教科指導(補習教育指導)とするかは、各施設 に一任されている。

(3)制度上の問題で、純粋に学力向上のみを希望するものは「介入群」を選択できない。よっ て、「介入群」の数値は高認試験受験者だけに限られたものである。

(4)この院内数学検定テストは、全国の少年院約1割の施設で実施されている。

■参考・引用文献

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参照

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