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フリードリヒ・ランケ著 ドイツ中世宮廷文学

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フリードリヒ・ランケ著 ドイツ中世宮廷文学

その他のタイトル Friedrich Ranke: Gott, Welt und Humanitat in der deutschen Dichtung des Mittelalters

(Ubersetzung I)

著者 木村 昭男

雑誌名 独逸文学

14

ページ A1‑A33

発行年 1969‑02‑25

URL http://hdl.handle.net/10112/00017901

(2)

︱‑︑中世後期ドイッ文学における文化の崩解と再建 二︑中世ドイツ文学における人間性の思想

一︑シュタウフェン朝時代のドイツ文学における神と世界

フリードリヒ・ランケ著

(3)

この﹁ドイツ中世宮廷文学﹂は︑フリードリヒ・ランヶ︵一八八二一九五己の遺稿﹁昏茸ゞ言①岸屋且閏匡︲

目色ご騨鐸冒号昂号員のgg豆呂言晨号の冨三の巨誌愚﹂の全訳である︒ランケは︑リューベックに生れ︑シュト

ラースブルク︑ゲッティンゲン︑ケーニヒスベルク︑ブレスラオの各大学を経て︑一九三七年以後︑バーゼル大学

の正教授として︑ゲルマン語学︑中世文学史の分野で多大の業績をのこした︒本書は︑かれのすぐれた門下生の一

人︑マリア・ピントシェードラー博士の苦心によって︑一九五二年︑バーゼルで出版されたものである︒序文もか

の女によってつけられているが︑特別の事情によってここに発表することは割愛した︒

中世はキリスト教の画一化による︑反世俗的禁欲的な時代であった︑と一般には考えられてきた︒たしかに︑一

面において︑それに間違いはなかった︒しかし︑ランヶは中世高潮期の人間が︑キリスト教の禁欲的要請のきびし

さと︑ギリシア文化を想起させる美しさを具えていた︑あの神と現世との緊張関係を耐えしのぶことによって︑人

間の課題がより典型的に解決されているのを見い出すのである︒ランケは︑﹁哀情の吐息なしに︑みやびた宮廷高

潮期の時代における人間の形象を描いたことはなかった︒その盛時をかれの内的視覚がとらえ︑その没落と喪失を

かれ自身も体験する︑まれにしか展開することのない︑生存の形姿に対する史家のあの哀情である﹂lピントシ

エーl頂︲一フー111︒

じめ

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訳出にあたっては︑古典語︑中世ドイツ語︑フランス語︑近代初期ドイツ語など︑現代ドイツ語以外のものは︑

とくに詩の個処は︑対訳の形で残すべきかとも考えたが︑思い切って日本語訳に統一してしまった︒

この訳稿は︑訳者が中高ドイツ語の習得に熱中していた学部卒業のころ︑四月から五月にかけて翻訳し︑以来十

六年間放置したままであったが︑このたび︑関西大学﹁独逸文学﹂の学問的御理解と御好意によって発表の機会を

得た︒身辺の事情のため修整の手を加える時間的猶予もなく︑訳了当時のままの︑若いころの気負い立った訳文で

はあり︑また思わぬ手ぬかりや誤りをおそれてはいるが︑この分野の研究にたずさわるかたがたの資料としてなり

と役立てば︑訳者の意図は果されたことになる︒

翻訳権については︑ランケの息女であり遺産相続者でもあるクリスタ・アブデルハルデン・ランケ医学博士よ

り︑一九五五年九月六日付けの手紙によって︑好意ある承諾を得ている︒

訳者

2

I

(5)

世俗生活の課題と所財とに対する信仰者と敬神家の関係についての問題︑すなわち︑現世逃避︑世俗否定かl

あるいは︑現世における生活の義務を細心に果し︑世俗生活とその喜びを信心深く感謝して享受するかに関しての︑︑︑︑問題︒敬神家による世界の評価に関する問題lあるいは︑最終的︑包括的公式に示せば︑神と世界との関係につ

いての問題︒この問題が︑古来︑人類を引きつけてきたのである︒そしてこの問題は︑あらゆる理論的︑ならび

に︑実践的キリスト教的倫理の根本問題ではないとしても︑こんにちもなおやはりひとつの問題と思われる︒

この問題に答えることを︑私はlかすかな羨望を感じながらl神学者と哲学者に委ねなければならない︒か

れらが︑ゲルマン言語学者であり︑中世文学史家たる私から期待できるものは︑この問題の文学上の歴史からの︑

そして同時に︑ドイツ敬神性のいまだに書かれていない歴史からの︑たんに一つの小さな切り抜きにすぎない︒そ

れゆえ︑なんら偶然に選び出された切り抜きではもちろんない︒われわれは宮廷騎士時代の詩人たちからこそ︑お

そらくドイツ中世の他のいずれの時代の詩人たちからよりも︑より本質的なものと︑より特異なものとを解答とし

われわれは︑ドイツ文学のもっとも古いもろもろの遺文から︑われわれの問題一般にとって解答が与えられると

は期待しないだろう︒すなわち︑民族移動時代の初期ゲルマン民族の英雄詩人にとっては︑神I世界の問題は存在

しなかった︒なぜならばIかれのキリスト教にもかかわらず111みずからの倫理によってなおも完全にキリスト教

以前のゲルマン的観念に生きていた詩人にとって︑神と世界との間に在りうる矛盾の思想は︑まだまったく存在し て与えられるだろう︒ 一︑シュタウフェン朝時代の

ドイツ文学における神と世界

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カロリング王朝時代の古高ドイツ文学も︑われわれの問題にとっては︑大して役に立たない︒すなわち︑ニーダ

ーザクセンのヘーリァントの詩人が︑たとえかなり古いゲルマンの伝統から︑世界歓喜と︑光明と生活との喜びの

注目すべき気分を︑かれのキリスト的生活のうえに展開したとしても︑またかれとは反対に︑ヴァイセンブルクの

僧オトフリートがかれの福音詩において︑しかし︑彼岸に目を向け︑世俗生活を追放としてのみ︑すなわち︑そこ

からかれが︑至純なる郷愁にかられて神聖な家郷に憧れた追放としてのみ受取ったとしてもI︒つまり︑神l世

界の問題に対するかれらの異なる立場が︑やはり二人の詩人に︑救世主に関するかれらの物語の独自の色調を与え

ているにすぎない︒それはこの詩人たち自身にとって︑なんら問題にならないのである︒

つぎに︑二百年の休間の後︑十一世紀の中葉に至って︑中世高地ドイツ文学がはじまったときには︑もちろん︑

神l世界の問題は︑最初からその中心点に位していた︒しかし︑この問題がここで見い出す解答は明白であり︑わ

ずかな言葉で方式化されるのである︒

すなわち︑十一世紀から十二世紀にかけての初期中世高地ドイツ文学は︑まず明白なる宗教文学である︒それは

教会の宣伝と説教と教義とに奉仕し︑その態度はあくまでも反現世的︑世を捨てる禁欲主義的であった︒どこへ耳

を傾けようと︑死を思え︑がこの文学の詩行を貫いて鳴りひびいている︒死を思え︑死後の裁きを︑そしてこの世

そこで︑能弁なるオーストリアの道学者ハインリヒ・フォン・メルクなどは︑あらゆる世俗的所財の無常性を感

動的に描き出すのである︒そこでは︑現世を克服し︑殉教の死を︑みずからの勝利として祝うことのできる男女の

聖徒たちが︑人生の模範者として聖徒伝のなかで讃美される︒そこでは︑あらゆる人間的︑世俗的努力が無価値で ていなかったからである︒の所財を立ち去らしめよ!と︒

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ある教訓として︑世界征服にも飽き足らず︑天国をも獲得せんと企てたアレキサンダー大王の雄姿さえ描かれてい

る︒最後にかれに残されたものは一体なにであったのか︒それはだれしもが︑どんなに貧しい人間でさえも︑墓

の中で︑おのれの財産と呼ぶ七歩の土地以外のなにものでもなかった︒l一切の世俗的なるもののはかなさと︑

すべての世俗的努力の空しさ︒もっとも峻厳なる二元論︑神と世界との間の限りなく幅広い深淵の亀裂lこれが︑

ただ気質と詩的資質とのニュアンスに違いはあっても︑神と世界との関係についてのわれわれの問題に対する︑十

一十二世紀の初期中世高地ドイツ文学の帰一的解答である︒

ところが︑十二世紀の七十年代以後︑突如として︑やがてますます調子を強めながら︑しかも︑世紀の転換期に

至っては︑すでに豊かな力強い響きをともなって︑まったく別の声の合唱が︑ドイツ文学からわれわれの耳もとへ

押し迫ってきた︒それはまさに驚くべき事態であった︒いまやここに至って︑人びとの合言葉は︑もはや︑死を思

え︑ではなく︑むしろ︑それは︑生を思え!になったのである︒もろもろの標語は︑もはや現世の空しさではな

い︒罪と蹟罪︑諦念と救済ではなく︑歓喜と優美と恋愛である︒それはほぼ二六五年から七○年の時代に︑すな

わち︑フリードリヒ・バルバロッサのもとに始まる︑シュタウフェン朝時代の騎士道宮廷文学である︒

この時代の一般的標徴に関して二︑三の言葉をまえもって述べるならば︑周知のごとく︑フランスとのきわめて

密接な接触のもとに︑ドイツ国内に繁栄せるシュタウフェン朝時代の騎士道宮廷文化は︑意識的な内的︑外的形成

の文化であった︒人間のもろもろの感覚は︑巧級優美に形成された人間の肉体と霊魂との美しさと︑人間の手によ

って制御され︑つちかわれた自然の美しさとに対して開け放たれたのである︒生存の豊かな色彩と輝かしさに対し

て︑生活の営みの優雅に対して︑西洋のキリスト教の世界において︑いまだかってなかったほどに︑開け放たれた

のであった︒すなわち︑その生活の営みと教育︑および教養とにおいて︑しかもまた︑その性格においても劣って

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はげしい恋慕のうちに求められ︑しかもけっして獲得されない貴婦人は︑騎士たるものの女教師である︒彼女は

騎士をして︑まず進んであらゆる徳操へ︑すなわち︑忠誠と真実と寛容と貞節との四つの主要なる徳操へ向かわし

め︑行動せしめるのである︒すなわち︑他︵忠誠︶と自己自身︵真実︶に対する格調高き真正なる忠実さへ︑すべ

ての困窮するものとの同感︵寛容︶へ︑自己抑制と節制︵貞節︶および不思議に意味のあいまいな︑礼儀と節度と いると思われた百姓︑野人︑あるいは田舎者たちと意識的に交りを断った貴族社会の社交文化であった︒なぜならば︑百姓のごとく振舞うことは︑シュタウフェン朝時代の騎士道の倫理に従えば︑礼式におけるのみならず︑志操においても不備不完全を曝露するものであったからである︒ドイツの歴史において︑明確に亀裂として感受される一つの亀裂が︑貴族文化と民衆文化との間にはじめて開き現われたのである︒

その人が︑まことの真正なる騎士であるか否かについて決定を下すものは︑家系および職業よりも︑むしろ︑騎

士たる志操︑快活にして生気に充ち︑同時に︑節制のある身のこなし方︑さらに︑シュタウフェン朝時代の詩人た

ちが︑倦まずくり返すきまり文句に従えば︑つぎのごとく婦人に由来する現世の快楽とである︒

〃貴婦人〃と呼ばれることの喜びに

女性の喜びは国じゅうを歓喜に浸しぬ︒

いかほどの喜びを抱きて︑人は女性を

はじめて貴婦人と呼びしことか!

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の倫理的美的集合概念へ向かわしめるのである︒優美な振舞いを︑騎士生活のあらゆる機縁において外面的に維持

することとまったく等しく︑情熱の内面的自制と制御とが︑礼儀と節度に所属している︒それは︑立ち振舞いに

おける︑乗馬における︑食事や談話における︑教育によってのみ獲得される高貴な身のこなし方である.::::⁝

美の崇拝︑現世の快楽︑高貴にして美しい人間の完成lなによりもまず︑愛の奉仕において獲得され︑証明さ

れ︑しかも生活のあらゆる状態と場合において保持されるlそれは︑シュタウフェン朝時代の宮廷的騎士道の生

活感情が︑その理想を明示しているあらゆる文学において︑つねにくり返される力強い基礎的譜和音として鳴りひ

美の崇拝と現世の快楽︑および高貴にして優雅な人間の完成lこれらの語彙は︑ギリシア人とかれらの理想で

ある美と善が問題になるとき︑われわれには︑むしろ︑聞きなれているものである︒そして︑事実︑騎士道宮廷文

化は︑当然︑キリスト教的中世における古代生活感情の再生と呼ぶことができるのである︒lしかし︑それでも

なお︑中世は中世に変りがないのであろうか︒現世の快楽と︑キリスト教的中世世界観の婦人賛美と恋愛賛美との

この文化は︑どのように秩序づけられるであろうか︒この文化の熱狂的な告知者と担い手たちは︑かれらの時代の

敬虐なる子どもたちとして︑またその時代の︑すなわち︑〃中世の教会の敬度なる子どもたちとして︑なおどこ

までの自覚ができていたであろうか︒ びくのである︒

もしわれわれが︑この問題をある世代に持ち出していたならば︵一般には︑もちろん︑中世に対して︑かくも深

く︑世界観的につっこんだ︑かような非文献学的問題を提起することは︑今世紀になるころには︑いまだに︑ほとん

ど慣例ではなかった︶lその解答は︑おそらく︑つぎのような方向をたどったことであろう︒すなわち︑これら

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たしかに︑中世世界観のうちにおける現世否定の要素を論外におくことはできない︒しかし︑それは中世世界観

の唯一の内容ではない︒中世においても帰依︑敬神の種々の階層を区別しなければならないのである︒すなわち︑

一面において感情を基調とする無反省にして︑それゆえ︑熱狂と極端に傾き易い民族宗教の原始的階層︑他面︑矛

盾撞着を和解し調和させるという困難な仕事を引き受ける教会と宗教学のドクトルたる神学者や哲学者たちの︑教

学体系のうちに完結化される〃崇高″深蓬なる宗教︒ だが︑われわれがもっている中世の精神像は︑こんにちでは本質的に別種のものになっている︒われわれは︑こんにち︑もはや中世世界観の構造を規定する︵一方では神と︑他方では現世との︶二元論について論じようとはしない︒かくのごとき二元論は︑現今では︑同等に秩序づけられた二つの創造力としてのI神と悪魔との形而上学的二元論に帰着しなければならなかった︒しかしこれは︑じっさい︑ペルシアに由来する言一教にはふさわしいけれども︑全智全能にして︑同時に︑限りなく慈悲深い神のキリスト教々義には明らかに逆行し︑それゆえ︑中世の公認教会からもつねに異教々義として︑反教会的︑反キリスト教的なものとして迫害された考えである︒ の人間は︑その時代のキリスト教的教会的教義に対する︑かれらの現実享受的態度の矛盾を︑まったく意識していなかったのである︑かれらは素朴で︑根本的に無問題的で︑つじつまの合わない天性の人たちであったと︒

宮廷文化を担う貴族たちの︑つまり︑男爵や侍従たちの教養の程度をいちじるしく軽視するかかる解答は︑こん

にちもなお広く普及している中世キリスト教的世界観の︑原則的反世俗性という観念と︑似たり寄ったりである︒

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確かに十一世紀と十二世紀の初期のごとく︑宗教的動揺の時代においてはなおさらlその生活は一切の世

俗的財貨をきびしく断念し︑もっぱら神への奉仕に捧げられている現世を引退した禁欲者が︑このピラミットのよ

り高い階層において生活を享受する現実主義者と考えられるのである︒しかしながら︑そこからは︑いまだに義務

というものは生じてこない︒事実︑神からおのれにあてがわれた自己の階層から離れ︑より高い階層へ登りゆくた

めの︑どのような人にとっても存在する権利さえ生まれないのである︒なぜならば︑身分の層的構成は︑中世にと

っては必然的にして︑神によって与えられた︑打ち破ってはならない人類の善き分類と考えられるように︑神に充 かくして十二︑三世紀のもっとも鋭敏な科学的頭脳によって明示された方式化のうちにこそ︑われわれは︑禁欲と現世否定とならんで︑中世世界観のうちに︑やさしい神の愛によって創造されたがゆえに︑やはり美しく善き世界も肯定されているのを見い出すのである︒そして︑その世界のうちにおいて︑その世界とともに生き︑それゆえ︑その世界を楽しむことも︑やはり神の心にかなうことなのである︒

中世的思惟は現世肯定をも知っており︑その現世肯定の基礎構造はトーマス・フォン・アクイナスによって創造

されたものではないが︑しかし︑実に雄大に展開された秩序観念である︒それは︑この世の中のすべての創造され

たものはlたとえ様々な階層に存在しているにせよlことごとく善いものである︑という世界の神的秩序の思

想である︒すなわち︑古代哲学の古い宇宙観とキリスト教的神概念との結合であり︑すべて創造されたものは︑そ

れが神的創造者に関連し附属していることによって︑美と調和とのうちに結合されているという思想︒中世哲学

は︑しかも十二︑三世紀の中世哲学こそは︑様々な度合に神に充された階層から︑神に向ってそびえ立つ巨大なピ

ラミット的階層の形姿のもとに︑世界と存在全体を見ようとするのである︵累層主義︶︒

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世に変りはないのである︒ かくして︑われわれの以前からの問題には︑ほぼ解答が与えられるであろう︒すなわち︑このシュタウフェン朝

騎士道の現世肯定的現実享受をもってしても︑なおやはり中世は中世なのであろうか︒lこの現世感情が︑キリ

スト教的中世の秩序観念になおも適合する限り︑また︑騎士的行為にも︑やはり神的関連性が感じられる限り︑中 された生存を様々な階層に分類するこの累層主義も︑神の望みし秩序に︑コスモスとしての世界の調和に属してい︑るからである︒

しかし︑騎士に対しては︑高貴にして勤勉︑かつ美しい騎士生活の倫理的美的要請が︑騎士の特殊な階級的義務

として︑神から規定されている︒その要請は︑信心深いキリスト教的教会的帰依の要請と一致するばかりでなく︑

この要請をさえ包含しているのである︒なぜならば︑騎士が︑みずからの︑とくに騎士としての義務とともに︑み

ずからのキリスト教的教会的義務を忠実に果すことは︑自明のことだからである︒ 人間はそれぞれの階層において︑それぞれの階位に応じてなすべきことを果すよう定められている︒それでよいのである︒なぜならば︑そのことが︑一切の存在者が神につなが︵︾ている秩序にさえ矛盾せず︑その秩序に調和よく適合するならば︑そのことは宇宙の調和に奉仕するからである︒

ところで︑以上でわれわれは︑これからシュタウフェン朝時代のドイツ文学に関するわれわれの問題について︑

その個々の作品をもってのぞむに足る準備を充分にととのえたと思う︒すなわち︑その作者たちは︑神と世界との

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関係を︑どのように解釈していたのであろうか︒

以上の事柄を説明するにあたって︑わたくしにはとくにふさわしく思われる詩から始めたい︒︵一二三○年頃の︶

バイエルン・フランヶン地方出身のヴィンデスバッハの貴族の教訓詩である︑いわゆる〃ヴィンスベーケンの中

で︑父親がかれの息子に騎士階級の義務について述べている︒この詩は真に累層的に構設されているのである︒父

親の教訓は神にはじまる︒すなわち︑純正なる心をもって神を愛することが大切であると︒つぎに︑真正なる騎士

なれば誰しもが敬まい︑かつ︑仕えなければならない聖職者たちが︑地上での神の代弁者として現われてくる︒し

かし︑神と僧侶たちのつぎにすぐさま現われるのは︑女性であり︑かの女たちの賛美であり︑かの女たちへの奉仕

である︒簡単に結婚賛美の言葉を述べた後で︑作者は︑たちまちにして秘めやかな愛の奉仕に立ち返り︑ここに格

調高き女性崇拝の︑この上もなく愛らしい方式を見い出すのである︒すなわち︑神は︑われわれに恩寵の創造物を

創り出した︒神が天国においてみずからのために天使を創造したとき︑神はわれわれに︑天使の代りに女性を遣わ

したのである︒il婦人への奉仕︑秘めやかな愛が教訓の対象として加わる騎士の徳目のすべては愛に由来する︒

そのことは︑家庭と宮廷での誠実なつとめに至るまで述べられている騎士階級のその他の義務にもあてはまる︒

そして︑父親は結末において︑かれの多くの教訓のすべてを︑そこから他のすべてのものが流れ出づる三つの誠律

にまとめている︒すなわち︑神の愛にかたくすがり︑真実と礼節とをしっかりと守れ︑さすれば︑なんじはそこに

他のすべての徳目を保持したことになると︒l簡潔にして最善の範例に教えられ︑しかも︑明白で分りやすい言

葉のうちに︑シュタウフェン朝騎士の理想像を黄金の基盤の上に描くこの教訓詩から︑神と現世とのなごやかな協

和音が︑ことのほか清らかに力強くわれわれのもとに鳴りひびいてくるのである︒すなわち︑神の︵あるいは教会

の︶要請と︑騎士階級の現世における義務との間の︑なんらかの緊張関係というものを︑この詩の作者は感じてい

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あるいは︑同じフリードリヒ・フォン・ハウゼンはさらに力強く歌っている︒すなわち︑わたしが悩みしのんで

いる思慕のおもいを味わうならば︑気も狂う人が多かろう︑正気を失なってしまう人はあまたいるであろう︑しか

し︑また︑その思慕のおもいから身を守ることは︑私にもできなくなるかもしれない︑と︒ 同じことが︑杼情詩において見られる︒いうまでもなく︑騎士階級の恋愛歌人のだれもが︑愛を求められた貴婦人を称えて歌うどの歌においても︑同時に︑神に対しても思いを寄せていると期待することは許されない︒しかしそれにしても︑現世の恋愛と神とのかかる協和音が︑しばしば耳にされるのである︒そのような事例は︑ドイツ恋愛歌の初期の︑おそらく︑もっとも洗練された︑もっとも高雅なる歌人フリードリヒ・フォン・ハウゼンにおいて見い出される︒古文書によれば︑バルバロッサの個人的にもっとも親しい人びとのうちに︑くり返し見い出されるライン地方のこの男爵は︑神が︑かれの心のうちに貴婦人への愛を与え給うたことを︑神に感謝している︒ なかったようである︒

されば神はいともやさしく わが心のうちに与えられし愛のなさけ︑称うべきは神の恵み

ひと慕わしきはわがいとしき女性︒

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偽りのない純正にして真実なる恋愛は︑男の罪を神のまえからおおい穏してしまう︒純正なる恋愛は︑男に価値

を与える︒そして︑それは申し分のない事柄の一つなのである︒ 神は︑わたしがかの女を愛さねばならないことを︑わたしの義務としてつけ加えられたのである︒そこでI神は︑いともやさしかりし︒愛の奉仕と恋愛歌とは︑神の心にかなうものであり︑まことに神みずからによって騎士に課せられているのである︒

十二世紀の末葉︑これらの詩を歌った歌人アルブレヒト・フォン・ヨハンスドルフ卿は︑司教ヴォルフガー・フ蝿 あるいは︑なお一層力強く︑つぎのごとく歌われている︒

けがれなき︑まことの心もて

やさしく愛を営むもの

そは罪業を神の前に曝されることなし︒

栄光は愛によって︑素晴しきもまた愛なり︒ われは許されて女性をぱわが胸にいとしくおもい抱きぬ︒

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私は︑あなたがた御自身つぎのようにお感じになることと思う︒すなわち︑かくのごとく詩作し︑このように感

じている人は︑素朴にして︑根本的には無問題的であり︑教養の欠除のためにみずからの為すことを知覚しない︑ またしても︑同じ中世調和観の別の転化が起ったのは︑十三世紀の中葉︑といえば︑もちろんすでにシュタウフェン朝の末期︑チロル人にして格言詩人フリードリヒ・フォン・ズンネンブルクが︑世界を神の創造物として讃美した時である︒ オン・パッサオの従士として︑ニーベルンゲンの歌の詩人と同郷人であり︑そして︑おそらく同輩でもあった︒

世界よ素晴しきは汝とはに慕わし︑

まことや汝こそわが住める天国︑

天国は神と︑また汝とによって創られたり︵われは汝より生み出されたれば︶

世界よ汝を誹誇するは神を罵るに等しⅢ あるいは︑ 素晴しきは汝慕わしきは汝素適なる世界よ! 神の創りしものI

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師匠フライダンクも︑かれの﹁諦念﹂︵一二三○年頃︶においてこの問題を認識し︑課題として簡勁な格言風に

方式化したのである︒

人間の究極の願望は︑神と世界とを保持することであり︑一方を他方のために犠牲にしてはならないのである︒

しかし︑この課題は難渋にして︑それを成就するものは幸福である︒

しかし︑多かれ少なかれ無名の人たちの︑これら散在する個々の歌声の後で︑こんどはどうしても︑シュタウフ

ェン朝時代の偉大なドイツの詩人たちが︑すなわち︑ハルトマンやヴォルフラムやゴットフリートが︑われわれの

問題に対して語るはずの言葉に耳を傾けたい︒かれらは︑宮廷的︑騎士的世俗生活と︑キリスト教の要請との結合

の可能性について︑どのように考えていたであろうか︒かれらは︑神と世界との関係をどのように見ていたである つじつまの合わない性質の人たちではなくl中世のもっともすぐれた頭脳の人たちが︑かれらの神学的︑哲学的思弁において獲得したものが︑たとえ︑いくえもの仲介︑取りつぎのために損なわれてはいても︑ドイツの民族言語によってここに展開せられているのであると︒すなわち︑古典古代の宇宙観とキリスト教的神概念との結融である︒

保持し得るもの

そは︑幸いなる

幸いなる

神とこの世をともどもに

おのこかな︒

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うか︒

修道院附属学校において︑当時の学識的教養の基礎に習熟してから︑騎士的世俗生活へ移って行ったアレマン

の︑さらに正確には︑スイスの身分は低いが騎士であるハルトマン・フォン・アウェは︑最初︑かれには概して問

題にならないと思われる︑あらゆる被造物と創造者との偉大なる調和という考え方の︑信心深い代弁者として出発す

るのである︒すなわち︑かれの最初の詩小説﹁エーレク﹂において︑かれは︑申し分のない騎士と婦人とを︑すな

わち︑みやびやかな宮廷的礼節と世俗的快楽と︑さらに︑騎士たるものの徳目と美との理想的典型を描き出してい

るのである︒そして︑この理想像には︑かれには自明のごとくに︑とくにかれが﹁エーレク﹂において強調した︑

確実にして︑いかなる懐疑にも動かされない神への信頼も属していた︒そのうえまた︑かれが恋愛歌を歌ったと

いうことは︑若い騎士たるかれにとっても︑かれの主君ハインリヒ・フォン・アウエにとっても︑もっともなこと

であった︒かれは後日︑騎士のすぐれている他のいくつかの点を述べたところで︑ついでながらわずかに言及して

いる︒すなわち︑ハインリヒは︑ミンネについて多くの素晴しい歌を歌ったと︒Iしかし︑その後︑十二世紀の

八十年代の末期︑かれの主君の死という悲痛な出来事が︑かれに深大な衝撃を与えたため︑しばらくは︑すべての

世俗的なもののはかない空しさのみが︑目に浮んだのであった︒いまやかれは︑現世からの背離︑恋愛歌からの離

反の歌を歌うのである︒なんとしても妄想にしかすぎない現世のミンネから︑かれは真の︑すなわち︑神への愛へ

転向するのである︒かれは十字軍に参加し︑バルバロッサの十字軍と行をともにし︑おのれの善行の半分を︑かれ

のいまはなき主君の魂の安らぎのために捧げたのであった︒

聖地から帰還後も︑かれのうちには︑現世背離の主想が見られる︒かれは︑運命のために︑知らずして近親相姦

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(19)

の罪に落ち︑極烈なる徴悔によって大海の絶壁につながれ︑ふたたび聖寵を獲得した偉大なる罪人︑聖なるグレゴ

ーリウスについてのかれの聖徒物語を詩作する︒しかしながら︑ここですでに明らかであることは︑現世からの離

反は︑実は︑ハルトマンのもっとも奥深い本質にかなってはいないということである︒かれは熱狂者ではない︒も

ちろん︑かれの主題は︑かれにとって繊悔の要請について語る動機にはなる︒しかしかれは︑むしろ︑どのように

重い罪も赦し得る神の恩寵について語っているのである︒

だから︑かれが︑かれのグレゴーリウスについて物語っていることは︑決して純粋な反世俗性と一致してはいな

かった︒すなわち︑若い修道院附属学校生徒たるグレゴーリウスが︑聖職者の人生行路から現世的世活のなかへ︑

騎士階級のなかへととび込んで行ったことは︑おそらく︑ハルトマンには罪として価しなかったのである︒それど

︑︑︑ころか︑むしろ︑みずからの騎士的血流の声に従って︑いかなる修道僧にもなり得なかった若者との︑かれの心か

らの共感がいかにはげしいものであったかが︑はっきり感じ取られるのであるlハルトマンにとっては︑かれの

畢生のロマンのどの章においても︑グレゴーリウスは完全無欠の理想である︒少年としては︑もっとも優秀な修道

院附属学校生徒であるように︑かれは若者として︑もっとも立派な騎士であり︑男としては︑この上もなく思慮深

い正義の国主である︒その後I無意識のうちに犯した近親相姦に気づいた後はI極烈なる俄悔者であり︑そし

て最後にはI神の恩寵によって高められ11もっとも恭虚にして慈悲深き法王である︒神の御手にみちびかれ

て︑グレゴーリウスは騎士団体の段階から︑罪を悔い改める禁欲者のより高い段階へ︑そして最後には︑すべての

キリスト教徒の最高の聖浄なる地位にまで登りつめるのである︒しかしハルトマンは︑禁欲者の理想を︑他の人た

ちのための︑あるいは︑さらに︑すべての人たちのための︑要請とすることからははるかに遠ざかっていた︒

むしろハルトマンの意図のうちには︑さだめし︑逆のものが認められ得るであろう︒すなわち︑かくも恐しい罪

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に落ちたもののみが︑宇宙の調和を取りもどすために︑繊悔の恐しい形式を選ぶことが許されるのであり︑また選

ばなければならないのである︒軽微な場合には︑いかような際にも︑同様に厳酷なる蹟罪は︑たんに調和の撹乱で

しかないであろう︒

︑︑︑︑︑︑︑︑ハルトマンのすぐつぎの詩︑哀れなハインリヒの心を奪うがごとき聖徒物語において︑はじめて登場する卑賎な

女聖徒の︑すなわち︑自分の愛する主君のために︑殉死を決意せるシュワーベンの百姓の子の偉大な物語のうち

に︑ほんの一瞬︑キリスト教的彼岸の愉楽と︑現世快楽のこの世の生活との間の全亀裂がひらき現われる︒Iそ

こでは︑処女の有限なる世俗的愛が︑みずからを超えて︑一切の不純にして世俗的なるものをしりぞけ︑神聖な花

聟と結ばれるという感きわまれる光景へ高まり行くのである︒lしかし︑この亀裂は︑ふたたび同様に︑瞬時に

して︑救済された主君ハインリヒと︑かれの誠実なる花嫁との結合によって閉ざされる︒そして︑全篇の終りに至

って︑宇宙の調和はふたたび回復されたのである︒ハインリヒはかれの若い妻のかたわらにあって︑幸福に︑騎士

生活の三つの願わしき福利を享受する︒すなわち︑この世の富と︑この世の栄誉と︑さらに神の恩寵とを︒

愛につつまれ︑幸福にして甘美なる人生を︑かれらはついに天上にまで営み行くのである︒処女の物語におけ かれらはともども永遠の天国に至りぬ︒ 甘美なる長寿のすえに

I

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(21)

6

る︑神と世界との間のあの亀裂の開現において重要なのは︑おそらく︑ハルトマン自身の問題性の表明ではなく

て︑心理的な︑それゆえ最終的には︑形式的叙述的問題である︒すなわち︑一般には超人間的とも思われるほど

の︑まだほとんどあどけない処女の犠牲への決意を︑読者が信t得るようにすることが問題なのである︒︲l土及れ

なハインリヒにおいて︑ハルトマンは︑神と世界との根本的対立を問題にしているのではない︒中世二元論が問題

ではなくして︑あまりにも極端にして思慮を欠く︑一面的な現世への帰依の危険が問題になっているのである︒現

世にあって︑創造者と︑一切の善き贈物の贈与者とに対する感謝を忘れ去ったということ︑それがハインリヒの責

罪であった︒それはまた︑もちろん︑最初に認識され︑克服されなければならない神と世界との調和の撹乱でもあ

る︒

しかしながら︑感動的な決死的体験を経て︑すでにグレゴーリウスにおいて︑さらに哀れなハインリヒにおい

て︑ますます均衡を取りもどすハルトマンの生活感情のうちに︑神と世界との調和に対する信仰が︑変らざる重点

と認められた時︑ハルトマンがかれの最後の作品として︑いまひとたび純粋なる騎士小説イーウェインを創作し得

た事情透一層容易に理解されるのである︒そこではエーレクにおける場合とまつたく同様に︑いままた騎士道と

神の戒律との結融の可能性が無問題的に前提とされている︒

ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハは︑きわめて深くこの問題を見つめる︒かれはフランケンの騎士にし

て無学︑学校教育を受けず︑かれの思考は概念的解明をなし得ず︑それゆえ︑ただ情熱的に︑気ままに︑穿鑿的

に︑独学者の熱烈なる知識慾をもってあらゆる方面から奪取し︑天才の直接性をもって︑実に賢明に取り上げたか

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れの世界像の解明に努めるのである︒かれのパルチファルにおいて︑最後には︑神に対する宮廷的騎士の関係がヴ

ォルフラムの心を引きつける︒独自の成長をとげた一徹な詩人は︑表面的に理解された形式的な教育文化たる﹁優

雅﹂が︑人間性の純正さに対して︑どのような危険を意味するものであるかを︑鋭く感じ取っていたのである︒す

なわち︑礼儀作法や良い教育も︑それらが心の声や︑人間の内にある︑直接的なものや純正なものを沈黙せしめる

とすれば︑なんの役に立つであろうか︒Iパルチファルが聖杯守護の城にあって︑以前のごとく︑かれの天性の

深い情愛の心の声に従わないで︑習得した礼儀作法の硬直した規則に従って︑あのアンホルタスの苦しみに対し

て︑おのれの同情を拒むということlたとえかれの高い目的に近づいていたとはいえ︑そのことが︑かれをして破

滅へ︑絶望へ︑さらに︑神からの背離へと導いて行ったのである︒さればこそ︑それまでのかれの神に対する関係

は︑表面的であり︑行為と報酬との形式的観念に基づいていたのである︒すなわち︑パルチファルは︑要請された

一切を忠実に履行したけれども︑それにもかかわらず︑神がこの瓦解を起こさせた理由を理解することができない︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑のである︒かれは神から見捨られたと思い︑神に対して奉仕拒否の宣言をする︒神の憎しみをわたしは受けようⅢ

長い孤独と︑憩いのない妨裡のうちに獲得された敬謙な自覚と︑騎士にして世捨人トレフリッェントによる︑深

遠にして愛に充ちた教訓とがまず必要である︒かれは︑パルチファルに︑人間が罪業に落ちることの深さと︑悩め

る救世主の愛の行為の偉大さとについて説明し︑パルチファルの騎士的気位の縮慢さを叱責し︑かれの同情と︑同

時に︑聖杯探求者のゆるみない意志とを呼び起すのである︒かくしてはじめて︑パルチファルは内的成長をとげ︑

神のみこころによってパルチファルの努力はついにむくわれ︑聖杯王国に到達するのである︒しかし︑このついに

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(23)

到達された終極は︑現世を喜び︑美を楽しむ騎士道とキリスト教の精神との︑ようやく獲得された︑しかもはっきり

と意識された完全な透合であった︒

神の愛にひたった魂の安らぎ︑コンドウィラムールのそばで︑結婚の幸福にひたる肉体の歓びI神と世界との

調和は︑ふたたび回復されたのである︒しかもlより高い局面において︒

肉体の罪ゆえに神に魂を取り上げられぬよう

おのれの生存を全うするものは︑

恩恵のこの世をぱ歓喜もて生きなん︒

そは有為なる所業ならん︒

かれは︑自己の苦しい努力を有益に使ったことになる︒かれはいたずらに生きたことにはならない︒︵フライダ

ンクは︑つぎのごとく歌っている︒ 汝︑魂の安らぎを得てやさしき配慮のうちに身の歓喜に至りぬ︒

神とこの世をともどもに

保持し得るもの

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まことに残念なことに︑いわゆるティトゥーレル・断片なる︑わずかに二つの断篇のみが︑詩人によって完成さ

れているヴォルフラムのジグーネ・鉄事詩においては︑おそらく︑恋愛騎士道の流行様式に対する弾効が︑言葉は

げしくなされるはずであっただろう︒ジグーネは気まぐれから︑かの女の愛人と婚約者を︑逃げ去った猟犬の後を

追って死に至らしめる︒かの女の愛は︑ことごとく無分別にして無情︑しかも婦人奉仕の流行に従って︑貴婦人と

してのかの女は︑あらゆる願い︑どんなに風変りな願望をも︑ただちに叶えてくれることを愛人に期待したのであ

った︒I後に︑ジグーネは︑かの女のために死んで行った人の死骸と棺のそばで︑死がかの女を恋人とふたたび

結合させるまで︑未婚の寡婦として︑また︑世捨人として︑涙ぐましい誠実さで︑みずからの無思慮な愚かさを償

うのである︒残念なことに︑われわれは︑ヴォルフラムが︑いかにして絶望者に神との和解をふたたび見い出さし

めたかを知らない︒しかし︑ともあれ︑ここでもまた︑完全に神に充された存在への透合が︑この文学の目的だっ

たのである︒もちろん︑︵世捨人たるジグーネが︶現世を後にするこの透合は︑それゆえ︑現世否定のごとくに考

えられるかも知れない︒lだがしかし︑ジグーネは︑いとしい人から別れるのではないのである︒恋人は死者と︑︑︑︑︑︑︑して︑なおもかの女のかたわらに留まっている︒かの女は神の前で正式に︑いつまでもかれと結ばれているのであ

る︒そして最後に︑ここでもやはり︑苦悩と厄難とを通じて︑亡くなった恋人との結合と神のもとへと導き入れる

満らぬ愛の理想化が目論まれていたもののようである︒修道士と世捨人とを結合する神への愛が︑騎士を服従させ

教化する愛と同一視されている序章の美しい詩節にふさわしく・愛は地上においてわれわれを指導する︒そして︑

愛はわれわれを神の前に導く︒愛は到る処に存在する︒しかし︑冥府にだけは存在しないのである︒ そは幸いなるおのこかな︶

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最後に︑ヴォルフラムのヴィレハルムは︑もともと宮廷的騎士を理想形態として示してはおらず︑キリスト教的

騎士︑信仰戦士︑騎士的聖徒をIそれゆえ︑詩の進展において︑パルチファルが初めて獲得した一層高次の状態

をl理想形態として示しているのである︒しかし︑このより高次の状態のうちには︑このより高次の階層におい

ては︵ということが許されるならば︶神と世界とのまつたき調和が支配している︒とりわけ世俗的なものは︑ヴィ

レハルムの誠実にして雄々しく︑同時に︑あんなにうっとりとしとやかな愛らしい妻ギブルクの愛による︑かれの

深い幸福として表わされている︒

ヴォルフラムはIかように総括することが許されるならばl神と︑現世快楽の騎士道との緊張関係を深く感

じていた︒この緊張関係のきわめて強い意識が︑かれの同時代の多くの人びとよりもさらに高く︑かれをしてふる

い立たしむくく余儀なくしたのであった︒lしかし︑現世快楽の時代の生粋の子であるかれは︑現世の全快楽を

ぱ︑新なる段階へ持ち上げることができた︒二元論と現世否定とは冥想的信者ヴォルフラムにおいても問題にはな

らないのである︒

さてつぎに︑シュタゥフェン朝時代の偉大な三人のドイツ救事詩人の第三番目︑エルザスの人︑ゴットフリート

・フォン・シュトラースブルクに向うことになる︒かれはトリスタン物語によって︑その時代に偉大な恋愛小説を

贈った︒その内容は御存知の通りである︒かれの問題はいづこに在るのであろうか︒トリスタンにおいては︑かれ

のもっとも奥深い問題性と︑その根底に横たわる世界観の方式化は︑ことのほか難かしぐ思われる︒ゴットフリー

トの作品は︑一見したところでは︑ハルトマンの宮廷物語の程度を高めた続篇のごとく見えるかもしれない︒ゴッ

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トフリートは︑一面︑現世の美と︑生活享受︑および恋愛享楽の情熱的告知者である︒かれによって創造された世

界には︑ことのほか強く古典古代を思い出させる美の輝きがある︒しかも︑決して偶然ではない︒なぜならば︑か

れの同時代の詩人仲間の唯一人として︑おのれの詩作の最盛時において︑キリスト教的霊力に歎願するまえに︑ア

ポロと九柱のミューズにまで︑詩人に対する助力を歎願するゴットフリートほど︑古典古代の精神に深く感動して

いたものはなかったからである︒同時に他面︑ゴットフリートの言語には︑キリスト教的︑宗教的領域からの言葉

かれの描く人物たちは︑その人物たちの言葉や発言から推して︑ハルトマンの人物たちと同様︑その時代の善良

なキリスト教徒たちと思われる︒ゴットフリートは︑かれのトリスタンに︑かれの亡き二人の養父母の墓前で︑敬

虐な想い出話を語らせている︒それは︑中世のどの説教師にとっても名誉なことであった︒かれは︑トリスタンを

して︑事につけ︑折にふれ祈祷させる︒事実︑かれは︑恋人との夜のあいびきの時︑夫がひそかに見張っているの

を目にする泉水の傍でのおどろくべき場面での︑心からのみじかい祈りによって︑イゾルデを神のもとへ逃避させ

るのである︒

なるほど︑より情熱的にして︑より深く古典的教養につちかわれているゴットフリートにおいては︑現世快楽と

信仰帰依との双方の魂の領域が︑一段と落着いているハルトマンの場合よりも︑もちろん︑幅広い亀裂をみせては

いるが︑しかし︑ゴットフリートもまた︑この亀裂を︑調和を求め︑神と世界との統一を渇望する宮廷文化高潮期

の純正なる人間として︑架橋したものであると考えられるであろう︒lしかし︑もっと正確にみるならば︑この

見解は︑やはり︑支持し難いものであることが明らかになるのである︒ や教説や観念が侵透している︒

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ゴットフリートが︑かれの描写芸術のクライマックスにおいて︑原生林の愛の洞窟のなかでの恋人たちの歓喜に

みちた生活の描写において︑このいとしい愛の洞窟に︑それまでは神の社である教会の建物にだけ与えられていた

神秘的象徴的解釈を与えるならば︑かれが洞窟のうちの︑すなわち︑愛の女神に奉仕するかれの恋人たちを︑浮世

の一切の飲食物を与えずして︑かって敬虚な聖徒物語の聖男聖女たちが物質的食物をとらず︑荒野のなかで祈りと

神の観照によってのみ生活を営んだごとく︑甘美な歌をうたい︑秋波を送り︑愛の歓びに浸ることだけで生活させ

るならば︑Iそれは︑教会的・キリスト教的直観形式と描写形式とのたんなる詩的使用以上のものである︒ここ

では︑ゴットフリートの現世崇拝と美の賛美︑かれの恋愛賛美は︑われわれには︑もはやキリスト教的ではない信

仰領域にまで高まった愛の賛美として︑おどろくほど大胆な恋愛宗教として現われるのである︒

ゴットフリートはかれの恋愛賛美を︑たとえばl程度の低い生活の領域に属するものとしてl沈黙のうちに

中世高潮期の累層主義という雄大なピラミット的階層のうちへ排列したであろうということは問題になり得ない︒

しかし︑かれはまた︑かれ以前の多くの恋愛歌人や︑ヴォルフラムや︑あるいは後のダンテのごとく︑かれが告知

する愛を︑最後には神を目ざし神に至る魂の努力として︑明確にこの階層構造に排列することはできなかった︒そ

して︑ゴットフリートはl少くともかれが詩作している期間と詩作のうちにおいては︑恋愛の神秘家として︑世

俗的感覚的恋愛自体を︑すなわち︑古代の女神ヴィーナスを︑かれ自身の世界の最高の頂点として︑中世高潮期キ

リスト教的累層主義の様式に従った︑新しいピラミット的存在の絶頂として︑すなわち︑いまではもはや神には充

されずして︑愛に充された現存在の様々な段階の階層構造の絶頂として見たのであった︒

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それゆえ︑ハルトマンが︑かれの騎士欽事詩において︑騎士的現世快楽とキリスト教的敬虐性との統一を無問題

的に前提としていた時︑ヴォルフラムがより高位の段階において︑真の騎士道と真のキリスト教との透合のうち

に︑はじめて神と世界との調和に到達していた時︑ゴットフリートは︑キリスト教的彼岸を沈黙のうちに放棄する

浄化された此岸性の調和について夢みていたのである︒

もちろん︑まったく沈黙していたわけではなかった︒なぜならば︑この視点のもとでは︑宗教的領域に由来する

語法のうちの多くが︑トリスタンにおいて新しい重要性を獲得するからである︒それは︑ゴットフリートがその序

章の結末において︑恋人たちの生と死は︑すべての高貴な心のものの糧である︑という思想からどうしても解放さ

れない時である︒

トリスタンとイゾルデという不滅の相愛の二人の死はlキリストの死が︑敬虐なキリスト教徒たちにとって生

命の糧であるようにl生き残れるものたちのパンである︒lあるいは︑かれが︑トリスタンの両親リヴァリーン かれらの生命かわれらが生命の糧

かれらはかく生きかく死す

かれらはなおかく生きそして死す

かれらが死は生き残れるものたちの糧︒ れらの死は

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これが死ならlあの別の死と一様になるならlわたしは進んで永遠の死を求めよう︒しかし︑かかる方式化

のうちには︑やはり︑おそらくは︑一方では︑永遠の死というキリスト教的教会的驚くべき思想をともない︑他方

では︑生命のパンの観念と︑天国というキリスト教的目的観とをともなって︑たんにたわいないたわむれ以上のも

のが横たわっているのである︒ゴットフリートは︑一種の反聖徒物語としてのかれの恋愛物語を︑キリスト教的聖

徒伝にあやかつたのである︒すなわち︑かれの描く恋人たちは︑かれにとっては聖者や殉教者でさえあり︑かれら

によって洞窟のなかに祭られた愛の女神の申し分なきしもべたちである︒ ︑︑︑とブランシェフルールのひそかな愛の幸福についてつぎのように語る時︒かれらはそれはそれは幸福でした︑かれら︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑は他のどのような天国のためにも︑自分たちの生命を犠牲にしたりはしませんでした︒すなわち︑かれらは︑かれ︑︑︑︑︑らの現世の歓喜をあの別の神々しい至福と交換しようとはしなかったのである︒lあるいは︑かれが︑媚薬を飲んだ後のトリスタンに︑この飲物はあなたがたお二人の死である︑というブランゲーネの言葉を︑つぎのごとくたわむれに誤解させる時︒どうしてもそれがわたしの死であるといわれるならば︑

あの死と同様にわたしには満足なこの死がどのようになるかは分らない︒幸福なイゾルデがいついつまでもわたしの死であるというのであればわたしは進んで永遠の死を求めよう︒

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そのことが︑ゴットフリートの詩に痛ましい諦念のひびきを与えている︒ゴットフリートは︑愛というものを地

上における幸福として賛美する時︑一切の疑念が遠ざかってしまうフランスのトリスタン物語の詩人にして︑かれ

の師匠トーマスのごとき素朴な楽観主義者ではない︒ゴットフリートの詩は︑かすかな︑しかし︑深い厭世主義の

音色に浸透されているのである︒トリスタンとイゾルデなる姿に形づくられ︑かれによって生存の女神に高められ

た完全なる感覚愛は︑かれには︑有限なものでは到達できない憧慢の極地のごとくに思われるのである︒獲得され

難いものへのあこがれ︑かれによって夢みられた此岸的調和への︑どこまでも達成されない痛ましい探求Iこ

れがゴットフリートの詩作の︑奇妙にニュアンスを帯びた限りなく深い基調である︒

このように︽ゴットフリート・フォン・シュトラースブルクはヘシュタウフェン朝時代のあらゆるドイツの詩人

たちのうちで︑かれの心の深底においては︑もはやほとんど中世的ではない人間なのである︒もちろん︑かれにあ ゴットフリートは︑それゆ篝葵︲全中世高地ドイツ文学において︑おそらく︑比類のない独自の方法で︑真に此岸

的調和についての夢を︑枕惚と夢みていた人であった︒もちろん︑同時にかれは︑神に充されてはいない︑愛に充

された現存在のこの曇らざる純粋性が︑人間的天性にとって︑いかに到達され難いものであるかを︑厳しく痛切に

意識していた夢想家であった︒完全にキリスト教的聖徒伝詩人の流儀に従って︑典型というものの完全性に対する

信仰が︑たえずかれをして︑トリスタンとイゾルデだけがまことの恋人同志であり︑愛の申し分なき殉教者たちで

あった︑ということを訴える気持ちを情熱的に発散せしめたのである︒しかし︑われわれはどのように愛を営んで

いるであろうか︒われわれには︑死に至るまでの愛の誠実さ︑純正さが欠けているのである︒I

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ところで︑この時代の偉大な杼情詩の巨匠ヴァルター・フォン・デァ・フォーゲルヴァイデは︑われわれの問題

にとっていかなる関係にあるであろうか︒われわれは物語詩人のごとく︑たしかに一つか︑あるいは︑わずかばか

りの大作において︑自己の理想を描くのではなくて︑日々に変る気分と条件とから︑ほとんどが短かい詩節や歌を

歌う杼情詩人にlわれわれはかれに最初から統一的にして一義的な解答を期待しないだろう︒ヴァルターはま

た︑かれの天稟全体から見ても︑ヴォルフラムのごとき冥想的な天性の人でもなければ︑ゴットフリートのごと

く︑神秘なものに近いまで高められた性質の人でもない︒ っても︑やはり︑古典古代をまねた現世至福が︑形のうえでは︑とくに中世高潮期の一三アンスを帯びて現われている︒精神化され︑霊化され︑一切の世俗的現実性を超越している愛の女神の世界として︒しかしこの世界は︑それ独自の構造とその自己法則性とを得ていて︑もはや中世キリスト教的世界像には︑いかようにも秩序づけられないのである︒

︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑神はわが身のうえにこよなくやさしかりしlかれはかれの描く貴婦人に杼情詩的問答で語らせているI ヴァルターはシュタウフェン朝盛時の生粋の子として︑累層主義的音調をもってかれの愛の歌を歌いはじめる︒

それ以来︑わたしはわが身にえらびし

名高きひとをひそかに

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神はわたくしに恵みをたれ給い︑わたくしをしてlすでにわたくしはひそかに愛すべく定められていたので

1世に誉れ高い恋人を選ばせられたのである︒

あるいは︑歌人自身︑幸多き人生が送れますようにⅢと悲しみからかれを守り給わらんことを神に願うのであ

る︒かれは︑神からの恩寵の贈物としての現世の快楽を嘆願する︒かれは︑神がもう一度かれの愛の願望を叶えさ

せてくれるであろうと夢みる︒かれは︑愛する貴婦人をやさしい神の傑作として称賛する︒かれは愛の信仰の美し

い方式を発見するのである︒

そしてさらに力強く宗教的に捉えられた方式︒

真正なる愛は罪から解放される︒ すべてのものの前に恥らいぬ︒ よこしまな よきひとの愛を得るものそは 愛することになりぬ

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かれの政治的格言詩の発端において︑すでにわれわれは︑現世のもろもろの財宝を手に入れることができるかど

うかについて︑かれが︑ かれは︑ティトゥーレルの序章におけるポォルフラムと同様︑真に累層的に︑愛について語ることができるので︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑︑ある︒すなわち︑愛は天国にふさわしいものだから︑わたしは愛を天国へ導いて行く︒愛はまたかれを神の前へ︑天国へ送り届けるはずである︒

ヴァルターは︑かれの政治文学においてこそ︑かれの時代のもろもろの苦しみを︑ますます深く洞察するすべを

心得えていた︒すべての神的創造の秩序が︑神に背いた人間によって撹乱される光景に︑さらに痛ましく心を動か

された︒lそして︑つぎにはこの認識がまた︑かれの恋愛詩にも色調をそえるのである︒信じられた統一︑むし

ろ一つであること︑現実における美と愛と善との同一性がいかに危険であるかが︑かれに意識される︒ しかし︑現世と愛への献身を︑神の恩恵への信心深い信頼と合一させるという︑この幸福をもたらす能力は︑その生活と詩作との過程において︑詩人からは失なわれていったのである︒

神の恵みを得て富と栄誉を111と思い煩っているのを見るのである︒

そんないいものわたしだって大事にしたいが︑悲しいことには及ばぬ思案・

は石の上にすわった︑より︶ ︵有名な格言︑わたし

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