無線通信システム用A/D変換器の高性能化に関する 研究
著者 伊藤 朋彦
著者別名 ITO Tomohiko
その他のタイトル A Research on High‑Performance
Analog‑to‑Digital Converters in Wireless Communication Systems
ページ 1‑146
発行年 2013‑09‑15
学位授与番号 32675乙第213号 学位授与年月日 2013‑09‑15
学位名 博士(工学)
学位授与機関 法政大学 (Hosei University)
URL http://doi.org/10.15002/00009263
博士学位論文
論文内容の要旨および審査結果の要旨
氏名 伊藤 朋彦 学位の種類 博士(工学)
学位記番号 第538号
学位授与の日付 2013年 9月15日
学位授与の要件 本学学位規則第5条第1項(2)該当者(乙) 論文審査委員 主査 教授 安田 彰
副査 教授 中村 徹 副査 教授 斉藤 利通
無線通信システム用 A/D 変換器の高性能化に関する研究
1.論文内容の要旨
携帯電話や無線LAN に代表される無線通信システムは、機器間での情報のやりとりのた め、トランシーバ(送受信)IC を用いている。アナログ-デジタル(A/D) 変換器は、ト ランシーバ IC の受信側に利用されている回路ブロックの1 つであり、受信した無線アナ ログ信号を、信号処理しやすいデジタル信号に変換する機能を有している。
現在稼働している無線通信システムの性能向上や、次世代無線通信システムの実現のた めには、A/D 変換器の性能向上が欠かせない。スマートフォンなどに見られる無線通信機 器の多機能化に伴い、近年扱う情報量は増加し続けており、それを支える無線通信システ ムに対して常に高速化と大容量化が求められている。高速・大容量な無線通信システム実 現のための主な方法は、利用周波数帯域のブロードバンド化と周波数利用効率の向上であ る。利用する周波数帯域を広げることで、単位時間当たりに送受信可能な情報量は増える。
サンプリング定理より、利用周波数帯域のブロードバンド化実現には、A/D 変換器の高速 化が不可欠である。また、より複雑な変調方式を導入し、一定の周波数帯域を持つ信号の 振幅や位相をより多値化することで、1 シンボルあたりの情報量を増やすことが出来る。
この多値化に伴い、A/D 変換器の入力アナログ信号のより微細な区別が必要となり、結果、
A/D 変換器に高分解能化が求められるようになる。
さらに、無線通信システムでは、モバイル端末を用いて情報のやりとりをする場合が多 い。これらのデバイスは、電源を電池に頼っていることから、動作電力低減による待ち受 け時間の長時間化が課題であり、A/D 変換器にも低消費電力化が求められる。
加えて、半導体微細化技術の発展に伴い、回路の集積度は飛躍的に向上し、送受信に必 要な高周波回路からデジタル信号処理部全てを 1 チップ化するシステムオンアチップ
(SoC) が一般的になってきている。反面、微細化によるトランジスタのゲート耐圧低下に
対応して、送受信ICの電源電圧が下がってきており、A/D 変換器も低電源電圧下において 性能を保証する必要が出てきている。
本論文では、以上に述べた各種無線通信システム用の技術課題解決のため、A/D 変換器 の高速高分解能化、低消費電力化、および、低電源電圧化を研究の目的とする。
本論文は9章から構成されている。第1章では、無線通信システムにおけるA/D変換器 について、これまで行われた研究について概説している。近年の無線通信システムの高性 能化においては、A/D 変換器の高性能化が欠かせないことを示し、さらに無線通信端末実 現のためのA/D 変換器への要求を整理し、本論文の研究の目的を明確にしている。また、
A/D 変換器の構成方法について概説し、無線端末系に適したフラッシュ型、パイプライン 型A/D 変換器の原理、問題点を考察している。無線通信端末には、その携帯性向上のため 小型化および動作速度の向上が求められるため、A/D 変換器の低消費電力化,低電圧動作 化が重要な課題となり、これを実現する際の問題点を示している。
第2章では、本論文でA/D変換器の性能を定量的に評価する際に必要となるA/D 変換器 の性能指標について解説している。信号雑音比(SNR)および非線形歪みを含んだ信号雑 音比(SNDR)、Figure of Merit (FoM)、微分非直線性(DNL)等の評価項目および評価方法 を示している。
第 3 章では、A/D 変換器の分解能を制限する一因である容量素子の相対容量誤差を測定 する新たな方法を提案している。無線LANや次世代無線通信システム(4G)で必要な、分解
能 10bit クラスの A/D 変換器を実現するために要求される相対容量誤差は非常に小さい。
スイッチトキャパシタ構成の相対容量誤差測定回路を用いることで、通常の測定器のみで 精度良く測定することを可能にし、高精度A/D変換器設計のための重要な知見を得ている。
第4章では、無線通信システム用途で多用されるパイプライン型A/D 変換器の次の2種 類の低消費電力化技術の電力削減効果を比較している。ソース接地型擬似差動構成のオペ アンプを用いる技術と、オペアンプを前後の変換ステージで共用化するアンプシェアリン グ技術の 2 つに関する電力削減効果を理論的に解析している。また、試作による検証結果 を通じて、アンプシェアリング技術の有効性とその電力削減効果について述べている。
第5章では、パイプライン型A/D 変換器の消費電力最適化のための変換ステージ構成に ついて検討している。パイプライン型の電力の大半は、縦列接続された変換ステージ内の オペアンプにおいて消費される。オペアンプのスルーレートを考慮した非線形モデルを導 入し、オペアンプ電力を最小とする変換ステージ構成法を提案している。
第6章では、パイプライン型A/D 変換器の高分解能化と低消費電力化の両立を実現でき る回路設計技術について述べている。筆者らが提案した無線通信システム用途に好適な低 消費電力技術である I/Q アンプシェアリング技術に、提案する低消費電力ソース接地型擬 似差動構成オペアンプを組み合わせた手法を提案し、従来比で最も低消費電力な 12bit の A/D変換器を実現している。
第7章では、パイプライン型A/D 変換器を電源電圧0.9Vの低電源電圧で動作させる技 術について述べている。低電源電圧動作実現のため、前述の I/Q アンプシェアリング技術 との併用に適したクロック昇圧回路を提案している。また、低電源電圧動作に有利なソー
ス接地型擬似差動構成オペアンプをパイプライン型A/D 変換器に導入する際に問題となる 累積的な同相電圧オフセットを解消し、高分解能化を実現するためのフィードバック型の 同相電圧調節回路について提案している。
第8章では、GHzの超高速動作を実現したフラッシュ型A/D 変換器の回路設計技術につ いて述べている。近年脚光を浴びているミリ波帯の高周波信号を用いた無線通信システム 実現に必要とされる3GS/s の超高速動作を1V の低電源電圧でかつ所望分解能を得るため に開発された、多段プリアンプを用いたDC オフセット補正技術について述べている。
第9章では、本論文で提案したパイプライン型A/D変換器の低消費電力化,高精度化技 術の新規性、有効性をまとめている。本論文で提案した手法は、携帯通信端末の高性能化、
低消費電力化に有効で、WiMax や大容量近距離ミリ波無線システム,TransferJet の受信 器に利用されており、無線通信システムの高性能化に貢献していることを記している。
2.審査結果の要旨
本論文は、無線通信機器における A/D変換器に関し、通信速度の高速化、端末の電池寿 命の長時間化の観点から、A/D 変換器の高精度化、低消費電力化、低電圧動作化、高速化 について考察し、これらを実現する手法を提案、評価したものである。審査の結果、下記 の点において、工学上の新規性と有効性を確認した。
1.容量値相対精度の高精度測定回路技術
容易に多数の容量の相対ミスマッチを高精度に測定できる、スイッチトキャパシタ回路 構成の測定回路を実現している。クロックフィードスルーの量のみを測定できる動作モー ドを追加し、相対ミスマッチ込みの測定値を補正できる点に特徴がある。測定の結果、10bit 程度のパイプライン型A/D変換器を設計する際に相対ミスマッチが分解能に与える影響は、
十分小さく、kT/C ノイズのみを考慮した最小のサンプリング容量で設計することで、分解 能と消費電力のトレードオフの最適化が図れることを明かにしている。
2.スルーレートを考慮したパイプライン型A/D 変換器の変換ステージ構成最適化手法 パイプライン型A/D 変換器におけるオペアンプの低消費電力化を実現するための最適変 換ステージ構成法で、従来は考慮されていなかったオペアンプのスルーレートが消費電力 に与える影響をも考慮した非線形モデルを用いている点に特徴がある。この手法を用いる ことで、200MS/s、10bit のパイプライン型A/D 変換器を90nmCMOS プロセスで開発す
る場合、1.5bit/stage の変換ステージ構成が最適であることを明らかにし、世界トップレベ
ルの消費電力105mWを実現している。
3.オペアンプ低消費電力低電圧化技術
解析および試作から、通常のオペアンプシェアリング技術の効果が22% 程度であること を初めて明かにしている。また、無線通信端末の直交復調回路を用いる回路構成の特徴を 利用しI/QチャネルのA/D変換器間でオペアンプを共用することで50%の電力削減を実現 している。また、ソース接地型擬似差動構成アンプにフィードバック型の同相電圧調節回 路を追加することにより、オフセットキャンセルを不要とし、0.9V の低電源電圧動作を実 現している。これにより、世界最低消費電力の100MS/S,12bitA/D変換器を実現している。
4.フラッシュ型A/D 変換器の高速化と低電源電圧動作技術
高速動作時の多段プリアンプの不完全なセトリングをも考慮した低電源電圧動作かつ効 率的なDC オフセット補正法を実現している。1Vの低電源電圧下において、ミリ波帯を用 いた大容量無線通信システム実現に好適な動作速度 3GS/s の超高速動作を、世界トップレ ベルの電力効率にて実現している。
以上、本論文で提案された無線通信機器用 A/D変換器は、低電圧動作かつ低消費電力で 高速高精度特性を実現することができるので、無線通信機器の通信速度の高速化,小型化,
電池寿命の長時間化等に利用でき、工学に資するところが大きい。よって、本審査小委員 会は全会一致をもって提出論文が博士(工学)の学位に値するとの結論に達した。