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ベオグラード大学における日本語教育の現状

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Academic year: 2021

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〈特集「海外での日本語教育事情」〉

ベオグラード大学における日本語教育の現状

渕上 真由美 和田 沙江香

1.はじめに

 本稿では、東京外国語大学外国語学部日本課程を卒業し、同大学院地域文化研究科博士 前期課程日本語教育学専修コースを修了した渕上と和田が、ベオグラード大学(セルビア 共和国1、通称セルビア)における日本語教育の現状を報告する。渕上は2006年10A、

和田は2007年10月よりセルビアのベオグラード大学言語学部東洋学科日本語・日本文学 専攻課程(以下、ベオグラード大学日本語専攻課程)で日本語教育を担当している。

2.セルビアにおける日本語教育

 セルビアは、日本に対して友好的で日本語や日本文化に対する関心も高い。セルビアで は現在、本稿で詳しく報告するベオグラード大学日本語専攻課程と、中等教育機関2のべオ グラード語学専門高等学校の日本語コースで主専攻として日本語が教えられている。ベオ グラード語学専門高等学校は4年制の専門高校で、日本語コースには1学年12、3名の学 生がおり、4年間で初級前半レベルまで終了する。なお、この日本語コースで日本語を学 んだ者が、毎年5名程度、ベオグラード大学日本語専攻課程に入学しており、日本語の教 師2名もベオグラード大学日本語専攻課程の卒業生である。

3.ベオグラード大学における日本語教育

 ここでは、ベオグラード大学日本語専攻課程の概要、教師や学生、カリキュラム、日本 人講師の役割等について報告する。

3.1 ベオグラード大学日本語専攻課程の概要

 ベオグラード大学は1905年に創立され、言語学部における日本語教育は1976年に副専 攻語として始まった。その後1985年にアラビア語、トルコ語が属する東洋学科に加わる

1 セルビアは面積約9万平方キロメートル、人口約750万人の国で、首都であるベオグラードの人口は  約160万人である。セルビアはかつて旧ユーゴスラビア連邦の1構成共和国であったが、1991年か  ら1995年の紛争による旧ユーゴスラビア解体の中で、1992年にモンテネグロとともにユーゴスラビ  ア連邦共和国(新ユーゴ)を樹立し、2003年にセルビア・モンテネグロへと国名を変更した。その後  2006年のモンテネグロ独立により現在のセルビアとなった。

2 セルビアの教育制度では、義務教育が初等教育の8年間で、その後中等教育機関である3年制の職業  専門高校や、4年制の普通高校、専門高校へ進む者が多い。3年制の高校を卒業した者はその後就職  する場合が多く、大学等の高等教育機関へ進学するのは4年制の高校を卒業した者がほとんどである。

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形で、中国語・中国文学専攻課程とともに日本語・日本文学専攻課程が発足し、4年間で 中級レベルまでの日本語と日本文学史、日本事情などが学べるカリキュラムとなり現在に 至る。また、2000年には副専攻語科目の中に日本語が加わり、他の言語・文学専攻の学生 が副専攻語として日本語を選択できるようになった。副専攻語は1年次と2年次に、週2 コマずつ教えられている。2006年からはボローニャ・プロセス3を導入しており、2008年 現在新制度への移行中である。

3.2 日本語専攻課程の教師

 日本語専攻課程の教師は、日本語・日本文学と、日本事情・副専攻語の大きく二つのグ ループに分かれている。2008年現在の教師数は、日本語・日本文学の担当が日本人教師4 名(現地教師2名、客員講師2名)とセルビア人教師3名、日本事情・副専攻語の担当が セルビア人教師4名である。以前は旧ユーゴスラビアについて研究している修士課程の日 本人学生1、2名が研究と平行して日本語も教えていたが、2006年からは、東京外国語大 学大学院博士前期課程日本語教育学専修コース修了生を、客員講師として受け入れている。

3.3 日本語専攻課程の学生

 1985年に第1期生として10名が入学し、第2期生は68名、その後は毎年50名程度が 入学している。ベオグラード大学言語学部では在籍年数に制限がないため、6、7年かけて 卒業する学生が多い。毎年50名程度入学する中で、4年間で卒業する学生は10名程度で ある。卒業後は、在セルビア日本大使館や駐日セルビア大使館に勤める者や、日系企業に バルカン地域の担当として勤める者もいるが、全体として見ると、日本語を使う仕事に就 く者は少ない。日本へ留学する学生は毎年2、3名で、文部科学省の学部レベルの奨学金 や、平和中島財団の奨学金により1年間留学している。その他に、国際交流基金関西国際 センターへの日本語学習者訪日研修(短期)にも毎年2名参加している。

 2008年5,月、日本語専攻課程の学生を対象に、日本語学習の動機に関するアンケート 調査を行ったところ、日本語や日本文化に興味があるという漠然とした回答が多かった。

日本語に興味があると答えた学生の中には、日本語はヨーロッパの言語と違っていて、日 本語を学ぶことが自分にとって挑戦であると詳しく書いている人も多数いた。この調査で は、学生の多くはいくつかの言語を学習した経験があり、言語学習が得意、あるいは好き であると自覚しており、日本語を学ぶことで何らかの利益があると考えているということ がわかった。また、日本語と関係がある職業に就きたい、日本へ行きたいと答えた学生も いたが少数で、それらが現実には難しいと感じている学生が多いのかもしれない。

3 ボローニャ・プロセスとは、1999年にイタリアのボローニャでなされた、2010年までに「ヨーロッ  パ高等教育圏」を構築することを目指すというボローニャ宣言を進めていく過程のことである。この  宣言では、「他国の大学との比較可能な学位制度の確立」、「ヨーロッパ単位互換制度の促進」、「学生、

 教員のヨーロッパ内の移動を可能とする環境作り」等の目標が掲げられている。これにより、ベオグ  ラード大学では、選択科目が増加し、試験回数や授業時間単位、評価方法等が変更した。

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3.4 カリキュラム

 学期は前期が10.月中旬から12月末、後期が2月初めから5月末までで、後期の途中に 試験期間と春休みがある。授業は前期に12〜13週、後期に13〜14週行われる。2007年 度のスケジュールは以下の通りである。

   ・10/8〜12/29:前期

   ・12/30〜2/3:冬休み、第4回試験期間

   ・2/4〜5/31:後期(4/10〜5!4:第5回試験期間、春休み)

   ・6/1〜8/31:第1回試験期間、夏休み    ・9/1〜10/4:第2回、第3回試験期間

 前期、後期の授業が全て終了した後、6月に学年末試験が行われる。不合格の学生は、9、

10、1、4月にも試験を受けることができ、1年間で計5回の機会が与えられている。ただ し、ボローニャ・プロセス導入以降の学生は、6、9、10月の3回の機会しかない。日本 語1から日本語IVの試験は筆記試験と口答試験から成っており、筆記試験に受かった者が 数日後の口答試験に進む。

3.5 日本語専攻課程の主な科目

 ベオグラード大学日本語専攻課程では、以下のような主専攻科目があり、この他に第二 外国語や哲学、心理学等の科目も学ばれている。なお、以下の科目はボローニャ・プロセ ス導入後の科目である。授業は1コマ90分で、15分間の休憩時間を含んでいる。

表1ベオグラード大学日本語専攻課程の主な科目

学年 必修科目 選択科目

1年生 日本語1(7)・文法1(1#)・正字法

P(0.5)・日本学入門(2)

日本文学入門(1#、2年次でも可)

2年生 日本語H(6)・文法H(1#)・正字法

g(0.5)

日本語講読(1#)・日本文学入門(1#)

3年生 日本語皿(5)・文法皿(1#)・日本文学 P(1)・日本文明学基礎(1)

文章翻訳1(1)・日本文学講読1(1#)・正字法 hH(0.5)・日本史(1)・日本経済史1(1#)

4年生 日本語IV(4)・文法IV(1)・日本文学 g(1)・日本社会文化史(1)

文章翻訳H(1)・日本文学講読H(1#)・正字法 hV(0.5)・目本経済史n(1)

注)()内はコマ数、#は半期のみ

3.6 教材・教授内容

 日本語専攻課程では1、2年次に初級レベル、3、4年次に中級レベルの日本語が教えら れている。日本語1〜IVでは、主要教材として、初級レベルは東京外国語大学留学生日本 語教育センターの『初級日本語』(凡人社)、中級レベルは同『中級日本語』(凡人社)を使

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用している。現在、4学年とも、セルビア人教師が主要教材を用いてセルビア語による文 法解説を行い、日本人講師が漢字指導や既習文型を用いた口頭練習を行うという形で授業 を進めている。正字法はボローニャ・プロセス導入後の科目で、『Basic Kanji Book Vbl.1,2』

(凡人社)を用いて漢字の指導を行っている。その他の科目では、俳句や新聞、古文を含 む日本文学などの授業が行われている。

4.ベオグラード大学での日本人講師の役割

 次に本稿執筆者である日本人講師2名のベオグラード大学における役割、授業での主な 取り組みを紹介する。日本人講師の主な担当は目本語による主要教材の文型練習、漢字の 導入、会話練習、正字法の科目としての漢字指導であり、初級の前半レベルでは英語によ る指示や説明も交えながら指導している。主要教材の『初級日本語』、『中級目本語』とそ の副教材以外の教材は自由に選ぶことができ、足りない部分を補う形で読解、聴解、会話、

作文、語彙、漢字などの教材を適宜使用している。また、正字法は日本語1〜IVとは異な る独立した科目で、導入当初から日本人講師が担当し、成績評価の基準や試験内容を決め ている。なお、日本人講師は、各学年週3コマずつ、計12コマ分の授業を2人で分担し ており、セルビア人教師と協力して試験問題も作成している。

4.1ベオグラード大学での実践報告1(和田)

 ここでは、2007年10月からベオグラード大学で日本語の授業を担当している和田が、

2007年度の授業について報告する。

 1年生は週2コマ担当し、主要教材である『初級日本語』の語彙・文型の確認、本文の 理解確認、会話練習、作文指導、正字法の科目としての漢字指導を行っている。大人数で あるため、文型の練習を一人一人きめ細かく行うことができず、学んだことをアウトプッ トする機会が非常に少ない。学生の多くは会話の練習が足りないと感じており、大人数で の会話の授業をどう行うかが大きな課題である。また、授業ではなるべく既習の語彙や文 型を使うようにしているが、それをすぐに理解できる学生は少なく、どうしても媒介語を 使用しなければならないという状況である。

 2年生は週1コマ担当し、主要教材の漢字指導、作文指導、語彙力を伸ばす活動、会話 練習を担当している。語彙力を伸ばす活動、会話練習では、初級後半レベルに適した教室 用の教材がなく、日本で市販されている教材の中からレベルに合ったものを選んだり、自 作の教材を用いたりしている。特に海外では、その国の日本語教育に適した会話教材が必 要であると感じている。

 3年生は週1コマ担当し、語彙力を伸ばす活動、作文指導、既習文型の応用練習を担当 している。学生の多くは、教材に出てくる文型や文法を理解することに関してそれほど問 題はないが、実際に聞いたり使ったりするとなると、初級レベルの文型でも難しいことが ある。適切な場面で適切な表現を用いるという力を身につけられるようにすることが課題

一137一

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である。

 4年生は週2コマ担当しており、主要教材である『中級日本語』の本文の内容確認、文 法の確認、漢字指導の他、読解、聴解、作文指導を担当している。4年生は中級後半レベ ルの教材を用いているが、学生同士のレベルに差があり、主要教材以外の読解や聴解の活 動についていくことができない学生が多く、教室活動に工夫が必要である。

4.2ベオグラード大学での実践報告2(渕上)

 ここでは、2006年10月からベオグラード大学で日本語を教えている渕上が、2007年 度の主な取り組みについて報告する。

 1年生は週1コマ担当し、主要教材である『初級日本語』の新出漢字導入と文型練習の 他に、語彙指導や聴解練習を行っている。2006年度入学の学年が、1年次に媒介語である 英語も使用したため、学年が上がっても、積極的に日本語で話そうとする学生以外は、簡 単な内容も英語で伝えてくる学生がいるという反省があった。そのため、2007年度以降は 活動の指示などを含めほとんど英語を使用せず、日本語で行っている。

 2年生は週2コマ担当し、『初級日本語』の文型練習と本文の理解確認、聴解練習を担当 している。また、正字法の科目としての漢字指導を担当し、後期には文法の科目として、

初級の重要文法事項の復習、確認を行っている。ボローニャ・プロセス導入以降、日本語 の科目に加え、正字法という漢字の科目が出来たことで、主要教材の漢字と平行して正字 法でも漢字を指導することになり、漢字指導に多くの時間を当てている。主要教材と正字 法の教材では重なる漢字も多く、日本語専攻課程で長く教えられている先生によると、同 プロセス導入前の学年に比べ、漢字の定着率は上がっている印象とのことである。

 3年生は週2コマ担当し、主要教材である『中級日本語』の新出漢字導入、文法の確認、

本文の理解確認を行っているほか、聴解、会話指導も行っている。『中級日本語』の本文理 解確認の際は、写真パネルやレアリア4などを用いて本文の内容を印象付けるとともに、日 本文化の紹介にもつながるようにしている。新出漢字導入については、語彙もなるべく増 やすことを目標に、新出漢字を使った他の熟語の導入も行っているが、中級で出てくる熟 語などは意味が重なるものも多く使い分けが難しいため、意味の違いが明確になるような 例文をなるべく提示するようにしている。

 4年生は週1コマ担当し、漢字、語彙指導と会話指導を行っている。会話指導では主に ロールプレイの活動を行っているが、2006年度に指導した際は、ロールプレイの活動に慣 れていなかったためか、モデル会話を暗唱するか、単語を置き換えるだけだった学生が、

モデル会話に頼らず自由に会話を作れるようになってきている。

 ベオグラード大学の学生は、外国語の習得において会話能力を特に重視する学生が多く、

早い段階から会話練習に取り組みたいとの要望が多い。既習事項が少ない中での会話練習

4レアリアとは、折り込み広告や新聞記事などの生教材のことで、言語教育の場で使われる実物、授業  のために作られたものではない本物のことを指す。

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や、漢字や文型の定着のための活動とのバランスが難しく、課題である。

5.ベオグラード大学における日本語教育の問題点と今後の課題

 ベオグラード大学での日本語教育における問題点として、まずクラスサイズがあげられ る。言語学部における慢性的な教室の不足やカリキュラムの関係でクラスを分けることが できないため、1クラス50名という多さとなっている。そのため1人あたりの発言機i会が 少なく、十分な会話練習が行えないという状況である。

 次に、学生の学習意欲の維持が難しいという問題もある。日本語に関係のある就職先が ほとんどなく、日本への留学機会も少ないため、日本語を勉強してもそれを使用する機会 のないまま卒業していく学生がほとんどである。そのため、学年が上がるにつれ日本語学 習に対するモチベーションが下がり、授業の出席率もそれに比例して落ちていくというの が現状である。また、高校で日本語を学んだ者も未習者と同じ授業を受けることになるた め、1、2年目に学習意欲を維持できず、3年次に他の学習者よりも苦労することになる場 合がある。これは、高校から大学への橋渡しの問題でもある。

 また、日本や他の国と比べ設備の整備が整っておらず、ビデオやDVDなどの視聴覚教 材やE−L、earningをうまく取り入れることができない。そのため、多様i化している日本語 教材を活用できていないことも問題点の一つである。それに加え、セルビアでは日本で市 販されている教材が手に入りにくく、多くは国際交流基金の寄贈に頼っている。セルビア での日本語教育に適した教材の開発や、限られた設備の中でいかに工夫して、学生に多様 な日本語に接する機会を与えられるかも、大きな課題である。

6.おわりに

 ベオグラード大学日本語専攻課程では、2006年から日本語教育を専門に学んだ日本語母 語話者が加わったことで、現地の教師と協力して指導内容、試験内容を少しずっ改善して いる。また、日本人在住者が少ないセルビアでは、日本人講師は貴重な日本語母語話者で もある。ベオグラード大学日本語専攻課程では、今後も東京外国語大学大学院博士前期課 程日本語教育学専修コース修了生を客員講師として受け入れる予定で、セルビアにおける 日本語教育において重要な役割を期待されると思われる。これを機会に、ベオグラード大 学と東京外国語大学との関係だけでなく、セルビアと日本との関係もさらに発展していく

ことを願う。

参照

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