アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)の 無作為化比較試験の研究動向(1986‑2017年)
著者 武藤 崇
雑誌名 心理臨床科学
巻 7
号 1
ページ 29‑34
発行年 2017‑12‑15
権利 心理臨床科学編集委員会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000012
Acceptance and Commitment Therapy
(ACT;「アクト」と読む)とは,ネバダ大学 リ ノ 校 のS. C. ヘ イ ズ(Steven C. Hayes)
を 中 心 と し て 開 発 さ れ た,文 脈 的 行 動 科 学
(Contextual Behavioral Science)に基づく
「第3世代(あるいは第3の波)」の行動療法で ある(Hayes, Strosahl, & Wilson, 2012)。
現在,ACTの有効性は,アメリカ心理学会第 12部会(臨床心理学)が運営する「研究によっ て支持された心理トリートメント」のウェブサ イトによって,以下のように評価されている。
その評価は,①慢性疼痛に対しては「研究によっ て強く支持」されている,②うつ,混合型不安,
強迫性障害(強迫症),精神病症状に対しては「研 究によって中程度に支持」されている(Society
of Clinical Psychology in American Psychological Association, 2017),というも のである。
しかし,ACTに関する研究は近年,急速に 増加しているため,上記の情報だけでは不十分 なものになっている。さらに,日本国内では,
ACTのエビデンスに関する情報提供がやや古 い情報に基づいてなされている場合が少なくな い(ゆゆしきことだが,科学的な学術集会にお けるシンポジウムやワークショップの話者によ る情報提供においてすら,そのような傾向があ る)。そこで,本稿は,2017年9月末日現在まで の ACT に 関 す る 無 作 為 化 比 較 試 験
(Randomized Controlled Trials;RCT)
の動向を概観することを目的とする。
2017, Vol. 7, No. 1, Pp. 29-34
研究動向
アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)の 無作為化比較試験の研究動向(1986-2017年)
Some trends of randomized-controlled-trials of Acceptance and Commitment Therapy in 1986-2017
武藤 崇
1Takashi MUTO
要 約
近年,アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)に関する無作為化比較試験(RCT)
研究は,急速に増加している。しかし,日本国内では,ACT に関するエビデンス情報がやや古いも のに基づいてなされている場合が少なくない。そこで,本稿は,2017年9月末日現在までの
ACTに 関する
RCTの動向を概観することを目的とする。
キーワード:アクセプタンス&コミットメント・セラピー,無作為化比較試験,エビデンス
1
同志社大学心理学部
(Faculty of Psychology, Doshisha University)心理臨床科学,第7巻,第1号,29-34,2017
ろう。また,2012年以降で,RCTの件数の増 加が加速している理由は,おそらくACTマニュ アルの第2版が公刊され,文脈的行動科学会の 学 術 雑 誌 誌 である“Journal of Contextual Behavioral Science”が発刊されたことによ ると考えられる。
RCT
の標的症状・問題の傾向
Figure 3は,先述したホームページの情報 を基に,RCTの標的症状・問題ごとに分類し,
その件数を集計し,件数の多い順に並べたもの である。ただし,RCTが2件以上存在する症 状や問題は分類項目として独立させた。一方,
RCTが1件のみの場合は「その他」に分類す ることとした。
最新の情報(Figure 3の左図)では,痛み,
不安,うつに対するRCTの件数が20件以上と なっている。一方,その他に分類された件数が 15件を上回っている。
最新の情報と約2年前の情報(Figure 3の右図)
とを比較すると,以下のような点が指摘できる。
それは,①上位7つの症状・問題については,
ほぼ変動がない(痛み,不安,うつ,精神的問 題全般,ストレス,物質依存,肥満・体重減少),
②約2年間で,生活習慣あるいはそれに起因す る問題の件数が増加している(たとえば,身体 エクササイズ,QOL拡大,Ⅱ型糖尿病,ポル ノ視聴,先延ばしなど),③約2年間で,「その他」
が約10件増加している(たとえば,ギャンブル 依存,民間企業のマネージャーの心理的非柔軟 性,幼稚園の先生の歌唱に対する自信のなさな ど),というものである。
ま と め
以上のようにACTのRCTを概観すると,
最近4年間で,加速度的に論文件数が増加して いる。そのため,5年前の情報は,現状の動向 を正確に表していない。さらに,この約2年間 の動向を見ても,ACTが生活習慣に基づく問 ACT
に関する
RCT件数の推移
文脈的行動科学会のホームページ(Association for Contextual Behavioral Science, 2017)
によれば,2017年9月末日現在のACTに関す るRCTの総数は199件である(ただし,印刷 中の論文も含む)。
Figure 1 は,1986 ~ 2017 年 9 月 末 日 ま で の ACTに関するRCTの累積件数を表している
(なお,本図は,先述のホームページに掲載さ れている情報に基づき著者が作成したものであ る)。2007 年(10 年 前)ま で,RCTの 増 加 は 緩やかに推移し,その累積数も19件に留まって いる。しかし,2011年以降では,RCTの報告 数の増加が毎年10件以上となった。さらに,
2013年(5年前)以降においては,その報告数 が毎年25件以上にまで増加している。つまり,
RCTの累積件数は,10年前より約10倍増加し,
4年前より約2倍(約100件)増加していること になる。
しかし,近年のACTのRCTの報告件数が 急増しているように見えるのは,RCT全体の 報告件数が急増していたためである(つまり,
ACTのRCT報告数が急増しているわけでは ない)可能性が考えられた。そこで,ACTと 同様の「新興の心理療法」のRCTの報告件数 の増加を検討した。その検討方法は,Ovidを 使用して,タイトルに“randomized controlled trial”と“心理療法名”の両方を含む論文を検 索して,そのヒットした件数を比較することと し た。こ の 検 索 方 法 を 採 用 し た 理 由 は,
CONSORT 2010 声明(Moher et al., 2010)
が「論文タイトルに無作為化試験であることを 明 記 す る こ と」と し た た め,2011 年 以 降 の RCT報告は,上記の要素を含む可能性が高い と考えたからである。Figure 2は,その検索 結果である。この結果によれば,①RCTの報 告数は全体として増加しているわけではない,
②ACTのRCT報告数は他の心理療法と比較 して,約1.5~60倍多かった。以上より,ACT のRCT報告数は急増していると捉えてよいだ
Figure1 ACTの無作為化比較試験(RCT)の累積件数(1986~2017年). ただし,本図は,以下のURLに掲載されている情報(2017年9月30日)に基づき,著者が新たに作成した。 https://contextualscience.org/ACT_Randomized_Controlled_Trials
RCTの累積件数
Fi gure 1. AC T の無作為化比較試験 (R C T) の 累積件数 (1986 〜 2017 年 ) . ただ し , ただ し , 本図は, 以 下の URL に 掲載さ れて い る 情報 ( 2 017 年 は 9 月 30 日) に 基 づき , 著者 が新たに作成し た。 ht tp s:// con te xtual sc ien ce.o rg /A CT_Rand omi zed _C on tr ol led _T rial s
111222222222223345991319242837
49
64
89
197 020
40
60
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100
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180
200
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20 00
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142 117
172
マニ ュ ア ル( 初版 ) の公刊
マニ ュ ア ル( 第2版) の公刊と
Journal of Contextual Behavioral Scienceの発刊
(年
)(
件
) 199心理臨床科学,第7巻,第1号,29-34,2017
Figure2 各心理療法における「タイトルに無作為化比較試験という用語を含む論文」件数(検索データベースは,Ovid を使用). OD=オープン・ダイアローグ,FAP=機能分析的心理療法,CFT=コンパッション・フォーカスド・セラピー,DBT=弁証法的行動療法,IPT=対人関 係療法,MBCT=マインドフルネス認知療法,MBSR=マインドフルネス・ストレス低減法,ACT=アクセプタンス&コミットメント・セラピー.
0 3 4 4 4
1 9
3 8 39 42
6 4 0 1 0 2 0 3 0 4 0 5 0
6 0
7 0
RCT の論文件数
Fi gur e 2 各心理療法における「タイ トルに無作為化比較試験という用語を含む 論文」件数(検索データベースは, Ov id® を使用) . OD =オー プン・ダイアロー グ, FA P = 機能分析的心理療法, CF T =コンパッ ショ ン・ フ ォーカ ス ド ・セ ラピ ー , DBT = 弁証法 的行動 療法, IPT = 対人関係療法, MB CT =マ イ ンド フルネ ス 認知療 法, MBS R =マ イ ンド フルネ ス ・ ス トレ ス 低減 法, A CT = アクセプ タ ンス &コミ ットメント ・ セ ラピ ー .
Figure3 ACTの無作為化比較試験(RCT)の標的症状・問題による分類およびその件数. ただし,本図は,以下のURLに掲載されている情報に基づき,著者が新たに作成した。 https://contextualscience.org/ACT_Randomized_Controlled_Trials
2017 年 9 月まで 2015 年 12 月まで Figur e 3. AC T の無作為 化比較 試験 (R CT) の 標 的症状・ 問題 に よ る分類お よび その 件数 . ただし , 本図 は,以下の
URLに掲載さ れてい る 情報に基づき, 著者が新たに作成し た。 htt ps :// cont ex tu al sc ien ce.o rg /A CT_ Ran dom ized _Con trol le d_T ria ls
(
件
)(件
)05101520その他
てんかん
境界性パーソナリティ障害
Ⅱ型糖尿病
耳鳴り
QOL拡大
精神病症状
親業
摂食障害
社交不安
スティグマ
身体エクササイズ
喫煙
がん
肥満・体重減少
物質依存
精神的健康全般
ストレス
不安
うつ
痛み 0510152025
その他
てんかん
境界性パーソナリティ障害
耳鳴り
先延ばし
ポルノ視聴
HIV
親業
予防
摂食障害
スティグマ
精神病症状
喫煙
がん
社交不安
Ⅱ型糖尿病
QOL拡大
身体エクササイズ
肥満・体重減少
物質依存
ストレス
精神的健康全般
うつ
不安
痛み
心理臨床科学,第7巻,第1号,29-34,2017
引用文献
Association for Contextual Behavioral Science (2017). ACT randomized controlled trials since 1986. Retrieved from https://contextualscience.org/
ACT_Randomized_Controlled_Trials/
(September 30, 2017)
Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K.
G. (2012). Acceptance and commitment therapy: The process and practice of mindful change (2nd ed.). New York, NY: The Guilford Press.(ヘイズ,S. C.・
ストローサル,K. D.・ウィルソン,K. G.
武 藤 崇・大 月 友・三 田 村 仰(監 訳)
(2014).アクセプタンス&コミットメン ト・セラピー(ACT)第2版―マインド フルネスな変化のためのプロセスと実践
― 星和書店)
Moher, D., Hopewell, S., Schulz, K. F., Montori, V., Gøtzsche, P. C., Devereaux, P. J., …Altman, D. G. (2010).
CONSORT 2010 explanation and elaboration: Updated guidelines for reporting parallel group randomized trials. British Medical Journal, 340, c869.
Society of Clinical Psychology in American Psychological Association (2017). Research evidence for psychological treatments. Retrieved from https://www.div12.org/psychological- treatments/treatments/ (September 30, 2017)
題に適用されることが多くなってきていること がわかる。そのため,ACTの普及に務める者(研 究者は言うに及ばず)は,最新の研究知見を常 に更新していく必要があるだろう。
ア メ リ カ 心 理 学 会 第 12 部 会 に よ る 評 価 と RCTの動向との関連を検討してみると,痛み,
不安,うつに対するRCTは着実に増加してい る(つまり,追試が反復されている)。一方,
強迫性障害(強迫症)や精神病症状に対する RCTの増加があまり見られない。また,精神 疾患の診断名(アメリカ心理学会第12部会によ る評価の分類)の枠外になってしまう生活習慣 病や問題に対してRCTが増加している。この ような近年の動向には,ACT固有のスタンス が 関 係 し て い る と 考 え ら れ る。な ぜ な ら,
ACTは,診断カテゴリーではなく,機能的次 元(functionally dimensional)に 基 づ く ア プローチである(Hayes et al., 2012)からで ある。つまり,ACTは心理的柔軟性/非柔軟 性(6つのコア・プロセスで構成されている)
という機能的な次元における強みや弱みに基づ いて,問題を調整・改善を促進するものである ため,結果的に超診断的(trans-diagnostic)
となり(つまり,疾患別にアプローチを使い分 けるのではなく),さらには診断カテゴリーが 付与されない問題を扱うことができるようにな るからである。換言すれば,ACTは,そのス タンスに徹しながら順調に発展している,と言 えるだろう。