アメリカ障害者教育法における「無償かつ適切な公 教育」に関する一考察 : Board of Education v.
Rowley 判決を手がかりに
著者 織原 保尚
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 6
ページ 97‑134
発行年 2007‑01‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011071
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 九七同志社法学 五八巻六号
ア メ リ カ 障 害 者 教 育 法 に お け る﹁ 無 償 か つ 適 切 な 公 教 育 ﹂に 関 す る 一 考 察
― Board of Education v . Rowley
判決を手がかりに―
織 原 保 尚
︵二二八七︶ はじめに
アメリカ障害者教育法は︑障害を持つ子どもに対して﹁無償かつ適切な公教育︵
free appropriate public education
︶﹂を提供することを義務付けている︒当然︑単に障害を持つ子どもと一括りに出来るものではなく︑その障害の種類︑程
度は一様ではない︒それゆえ︑障害を持たない子どもに対する﹁適切な公教育﹂と比較しても︑その判断はより難しいものとなろう︒障害を持つ子どもに対する教育として︑﹁適切な公教育﹂とは︑どのような教育であるのか︒そして︑
どのような教育サービスが提供されるべきであるのか︑障害者教育法の解釈において︑大きな争点となる部分である︒
一九七五年︑アメリカにおける障害者の教育を受ける権利は︑大きな転換点を迎えた︒アメリカ障害者教育法
︵
Education for All Handicapped Children ’ s Act, EAHCA
と略︒現在は改称されIndividualized Disabilities Education Act,
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 九八同志社法学 五八巻六号 ︵二二八八︶
ID E A
と略︶の制定である︒この法律は︑それまでP en ns ylv an ia A ss oc ia tio n fo r R et ar de d C hil dr en v . P en ns ylv an ia
︵PA R C
︶事件 ︵
Mills v. Board of Education
や事件 1︶︵づけされていたこの法の制定により︑それまで公教育排除システムから障害者に対しても︑教育を提供することが義務 た︒るあで法めに者おいて争点となった︑障害の定教育を受ける権利について 2︶
られたことで︑障害を持つ子どもたちに対して︑公教育の門戸が大きく開かれた︒
障害者の教育を受ける権利に関して︑第一の転換点が︑障害者教育法の制定であったならば︑第二の転換点は︑一九 八二年にアメリカ連邦最高裁によって下された
Board of Education v. Rowley
︵Amy Rowley
通判供するかどうかを争った裁にを連︑は裁高最邦カおリメア︑てい提訳者対持つ子もにどして︑手話通 で決ということが害きよう︒聴覚障判を 3︶訳者の提供をしないとした学校側の主張を認めた︒この判決は︑連邦地裁︑連邦控訴裁の判決を覆す︑逆転判決であった︒
障害者教育法における教育を受ける権利は︑この
Rowley
判決によって一定の枠がはめられることとなった︒つまり︑﹁無償かつ適切な公教育﹂の内容に関して︑低いレベルの教育内容を提供することを認容する判断が示されたのである︒そして︑この後現在に至るまで数多くの同種の訴訟が提起されているものの︑障害者教育法における︑提供すべき教育︑﹁無償かつ適切な公教育﹂の内容について︑連邦最高裁が判断した例は現在に至るまで現れていない︒本判決の地裁︑
控訴裁判決と比較して︑﹁無償かつ適切な公教育﹂に対して消極的な判断を下したこの最高裁判決に対しては批判も多い︒この判決の評価については︑二〇〇六年現在においても議論の対象となっている︒
本稿は︑
Board of Education v. Rowley
判決を中心に︑今日において障害者教育法に示される﹁無償かつ適切な公教育﹂の解釈における本判決の意義を考察し︑現在の日本の状況に対して示唆を与えることを試みるものである︒以下︑第一 章においては︑アメリカ障害者教育法成立までの過程とその内容を概観し︑第二章において︑Rowley
判決の内容を︑アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 九九同志社法学 五八巻六号 地裁判決から︑最高裁判決まで紹介する︒そして第三章では︑
Rowley
判決に対する判決当時から︑また現在に至るまでの評価の動向について論じる︒そして最後に︑日本における問題解決に対する一提言をもって︑論を結びたい︒一 障害者教育法
一九七五年の障害者教育法誕生の背景には︑次のような議会と裁判所における前史が存在した︒ 障害者教育法制定の背景
一九七〇代前半に︑障害者教育法制定に大きく影響を与えた連邦地裁判決が存在した︒
PARC
判決 ︵Mills
︑と 4︶︵PARC
提をていなかった知的障害つ持受子どもたちを代表してけ育をニ事件は︑ペンシルベア州でそれまで無償の公教 判決︒である 5︶起された訴訟である︒同意判決︵
consent decree
︶を通じて︑決着が図られた︒当時︑ペンシルベニア州は︑州法によって︑教育の提供について定めていた︒しかし︑同じ州法の中で︑その教育から利益を受けられない子どもに関しては︑ 例外として入学を拒否できるよう定められていた ︵︒本判決においてペンシルベニア東部地区連邦地方裁判所は︑障害を 6︶
持つ子どもを含めて︑すべての子どもに対して︑州には無償の公教育を提供する州法上の責任があるということを確認した︒そこから裁判所は︑教育や訓練を提供する無償の公的プログラムに対する精神的遅滞のある子どものアクセスを︑
ペンシルベニア州は拒否してはならないと結論付けた ︵
︒ 7︶
Mills
事件は︑七人の学齢期の知的障害をもつ子どもが︑障害を持つ子ども全体のクラスを代表して提起した訴訟である︒その子どもたちは︑公立学校への参加を拒否されたり︑または参加した後に排除されたりしていた︒それに対し
︵二二八九︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇〇同志社法学 五八巻六号
て原告は︑それに代替する教育の提供や︑定期的な再調査も提供されていないと申し立てた ︵
︒コロンビア特別区連邦地 8︶
方裁判所は︑一九五四年の
Brown
判決 ︵などを引用して︑平等な教育の重要性を強調し 9︶︵
にサポートされ義務公的︑して対に原告︑は教育委員会︑そして︒があるとしたする提供を特別教育︑えるような与を 利益どもに子︑には教育委員会︑ 10︶
た特別教育を提供することを怠っており︑そのような行為は︑法と︑教育委員会の規則に反しているとした ︵
︒ 11︶
被告教育委員会は︑障害を持つ子どもに対して教育を提供するためには︑予算が不足していることを抗弁して主張を
した︒しかし︑裁判所は︑教育のための財源を保護することよりも︑それまで教育から排除されていた子どもたちに教育を提供することの方が明らかに重要であるとした︒そして︑もしそのための十分な財源がないとしても︑公的にサポ
ートされた教育から完全に排除されてしまうような子どもがいなくなるように︑利用可能な財源を平等に使わなければならない︑と述べた︒そして︑コロンビア特別区における公教育システムが不適切であることの原因が︑財源の不十分
さにあり︑また行政上の非効率にあるにしても︑﹁特別な﹂子どもや障害を持つ子どもを︑教育を提供することに関して︑普通の子どもよりもより困難な状況下に置くことは許されないとして︑被告の主張を退けた ︵
︒以上の判断に立脚して︑ 12︶
裁判所は結論として︑被告のような子どもたちに対して︑教育サービスを提供すること︑聴聞及び不服審査︑並びにその後の定期的な審査を提供することを命じた ︵
に障害者教育法制定影響きな大して対えた︑与は判例つの二これら︒を 13︶︵
︒ 14︶
議会はこれらの判決によって︑障害者が教育を受ける憲法上の権利が︑実際にあると認識し︑その結果︑障害者教育法を立法化するという道筋をたどった ︵
をして障害︑としては部分えた与を影響対に内容の障害者教育法が判決つの二︒ 15︶
もった子どもが︑最も制約の少ない環境で︑すなわち︑障害のない子どもが受ける教育に近い環境において︑教育の提供を受けるという部分 ︵
IEP individualized education program
ログていつに︶ムラ育分プ部教別個︵︑の 16︶︵︑また︑教育 17︶
内容に対する評価や実施などの︑適正手続保障の部分などが挙げられている ︵
︒ 18︶ ︵二二九〇︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇一同志社法学 五八巻六号 連邦議会が︑障害を持つ子どもの教育に関する判断を示したのは︑
Elementary and Secondary Education Act of
︵ESEA
︶一九六五に関して一九六六年に︑T itle
Ⅵ
19︵︶を追加したところに始まる︒
T itle
は︑州に対して︑障害を持つ子
Ⅵ
どもに対する教育を促進させることを義務づけるものであった︒具体的には︑設備の拡充などの︑プログラムの拡大が求められた︒そして︑この
ESEA T itle
Children Act Handicapped of Education
に年〇一九七をで形える換き置︑Ⅵ
︵が制 20︶
定された︒しかし︑まだこの時点では︑州に対する財源の補助という面で不十分であり︑障害を持つ子どもの教育にかかる費用の問題に対する解決策とはなっていなかった ︵
拡手を補助する対に州によっての連邦︑は連邦政府︑そのため︒ 21︶
大するというプログラムを企画した︒それが︑一九七四年
Education of Handicapped Amendment
︵おいてはめられた定︑などが手続的規定における事前審査 ︵ に法のこ︒たっあで 22︶
︒ 23︶
障害者教育法の特徴 以上のような経緯を経て︑一九七五年に成立した障害者教育法は︑成立当初は﹁
Education for All Handicapped Children ’ s Act
︵EAHCA
︶﹂という名称であったが︑一九九〇年に改名され︑現在は﹁Individuals with Disabilities Education Act
︵IDEA
︶﹂という名称になっている ︵︒ 24︶
本法の目的は︑①障害を持つ子どもが︑その特有のニーズを満たすために構想された特別な教育及び関連サービスを強調した無償で適切な公教育を受けることができるような状態にしておくことを保障すること︑②障害を持つ子ども及 びその親又は後見人の権利が守られることを保障すること︑③州及び地方がすべての障害を持つ子どもの教育のために備える援助をすること︑④障害を持つ子どもを教育する努力の効果を評価し保障すること ︵
︑であるとされる︒ 25︶
アメリカでは︑教育一般が州の管轄であり︑州の予算によってなされている ︵
︒しかし︑障害者教育法は︑障害者の教 26︶
︵二二九一︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇二同志社法学 五八巻六号
育に関して︑そのための費用を連邦が州に対して援助するという法律である︒ただし︑この連邦による財政援助には条
件があり︑法の定める条件を州の教育の内容が満たしていなければ︑援助を受けることはできないとされている︒
その条件としては︑①
IEP
の作成︑②最も制約の少ない環境での教育︑③適正手続の保障︑④無償かつ適切な公教育の提供︑などが設けられている︒
⑴ 第一条件 IEP の作成
第一の条件は︑個別教育プログラム︵IEP
︶と呼ばれるその子ども一人一人のための個別の教育プログラムを作成す ることである︒詳細な規定を親と教師が共同して作ることが定められている ︵︑基準教育サービスの内容や︑評価の︑目標日程などが含まれていなければならない ︵
IEP
成の︒たえま踏を績成達もど子︑はに 27︶︒提案された教育が適切な公教育 28︶
かどうかは︑
IEP
の内容によって判断される︒障害者教育法の下における訴訟では︑このIEP
の内容が適切であるかどうかをめぐって︑争われることになる ︵IEP
あの供される教育内て容を争うので提対しに︒提案されたよって︑子どもに 29︶る︒この規定は障害者教育法制定当時の︑教育の一般的趨勢であった︑個別の教育や目標による教育︑教育上の説明責任といったものに対応したものであったといわれる ︵
われるサー適切思だと必要のために公教育な︑は参加の親︑また︒ 30︶
ビスを︑子どもに提供する能力が︑学校にあるかどうかを︑親自身が判断するために重要とされている ︵
︒ 31︶
⑵ 第二条件最も制約の少ない環境での教育
第二の条件は︑子どもにとって︑最も制約の少ない環境で障害をもつ子どもの教育が行われねばならないということ
である ︵
︑で教育に一緒どもと子たない持を障害︑またけら環境受い近も最に教育われている行で普通学級すなわち︒を 32︶ ︵二二九二︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇三同志社法学 五八巻六号 れるような環境で︑障害をもつ子どもの教育が行われるということである︒いわゆる統合教育が志向されているということである ︵
どから子︑することは統合に安易へ普通学級︑障害者教育法成立当初︑しては対に統合教育この︑しかし︒ 33︶
もの放置にもつながるという批判もあった ︵
教育︑の環境するのか︑といった問題は現在をでも多くの裁判で争われており提供 ︵ された分離と普通学級また︑させるのか入学に普通学級に場合どのような︒ 34︶
︑また学説上においても多くの論争 35︶
がある部分である ︵
︒ 36︶
⑶ 第三条件適正手続の保障
第三の条件は︑不服申立に関連して適正手続が保障されていることである︒すなわちそれは︑①子どもが教育を提供 される場所を変更することに関しての︑親や後見人への告知 ︵
︑②﹁公正な適正手続による聴聞﹂の権利 37︶︵
権利評価権利する対るすべての関連記録を閲覧するに︑④独立の ︵ ③学校におけ︑ 38︶
︑⑤最初の適正手続による聴聞が地方教育委員会によ 39︶
ってなされ︑それに不服があった場合に︑州教育委員会に対して不服請求をする権利︑そして︑州教育委員会の判断に不服があった場合に︑州や連邦裁判所に提訴をする権利 ︵
︑である︒このような聴聞手続は︑子どもにとって適切な公教 40︶
育を実現し︑また︑前述の子どもにとって最も制約の少ない環境を保障するためにも重要である︒親には︑聴聞におい
て︑子どもの障害の発見︑評価や教育を提供される場所や︑子どもに対する無償かつ適切な公教育の提供に関して不服を申し立てる機会と︑それらに関係する問題に関して︑不服を提出する機会が保障されている ︵
︒ 41︶
⑷ 第四条件無償かつ適切な公教育の提供
第四の条件は︑提供される教育は無償かつ適切なものでなくてはならないということである ︵
︒そして﹁無償かつ適切 42︶
︵二二九三︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇四同志社法学 五八巻六号
な公教育﹂という文言の定義として︑
﹁無償かつ適切な公教育﹂とは︑特別な教育およびサービスであって︑ 公費により︑公の監督・指導の下で︑かつ無料で提供されてきており︑ 州の教育機関の基準に合致し︑ 関連の州における適切な就学前︑初等または中等の学校教育を含み︑かつ︑
20 U.S.C. 1414
⒜ ⑸
に基づき要求される個別教育プログラムに従って提供されるものをいう ︵︒ 43︶
と示される︒しかし︑具体的な教育内容や提供すべきサービスの内容についての規定は障害者教育法内には存在しない︒このことが︑その後も︑提供される教育サービスの内容をめぐる多くの争いを生む原因となった︒
二
Rowley
判決について1982
年に連邦最高裁判決が下したBoard of Education v. Rowley
︵切う適つか償無﹁るれわたに法育教者害障︑は決判 44︶
な公教育︵
free appropriate public education
︶﹂の内容について連邦最高裁が始めて判断を示したものである︒本判決において︑初めて連邦最高裁は︑﹁無償かつ適切な公教育﹂の内容を審査した︒そしてその判断は︑現在に至るまで最高裁自身の手によっては変えられていない︒ ︵二二九四︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇五同志社法学 五八巻六号 事実及び争点 まず︑連邦地裁判決による事実認定に基づくと︑次のような事実が存在した︒本件原告︑被上告人
Amy Rowley
は︑障害者教育法の適用対象者に該当する﹁障害者﹂であった︒彼女は︑生まれつき聴覚障害を持っており︑わずかな聴覚 しか持っていなかった︒彼女の小学生時のIQ
は一二二であった︒彼女の両親はどちらも聴覚障害を持っていたため︑両親は早い時期から︑彼女の代弁者役と︑教育者役とを担うこととなった ︵をして方い使の補聴器︑対に彼女︑は両親︒ 45︶
教え︑また身振り︑接触︑視覚的合図や︑口の動きなどを通じて意思疎通を図る﹁
total communication
﹂を身につけさせた︒幼稚園の卒園が近づいた時期には︑彼女の兄︵聴覚障害はない︶の通う公立学校に︑彼女のことについて連絡をしていた︒それに対し︑学校関係者は︑積極的に︑かつ前向きに︑彼女を受け入れる態勢を備えた︒すなわち︑多くの教師や︑職員が︑手話についての小講座を受講した︒教師たちは︑彼女の両親と会議を開き︑プログラムについて話
し合った︒学校は︑家庭と学校との連絡を容易にするために︑
teletype phone
を校長室に備え付けた︒ 彼女は試験期間として︑サポートサービス無しで︑幼稚園の普通学級に入学していた︒これは︑彼女についての判断 材料を収集することが目的であった︒試験期間の終わりに︑彼女にFM
式ワイヤレス聴覚補助器具が提供されることが合意された︒幼稚園の期間の途中で︑幼稚園は︑二週間の間︑彼女に手話通訳者を提供した︒この提供は︑試験的なも のだった︒この手話通訳者によって提出された試験の結論は︑彼女に対しては手話通訳者の提供は必要がないというものだった ︵︒ 46︶
以上のような点を踏まえて︑彼女は︑手話通訳者を提供されることなく︑小学校に入学した︒そして︑その年の秋に︑
IEP
の作成が開始され︑まず︑学校区の障害者委員会︵Committee on Handicapped=COH
︶に勧告を求めた︒COH
は彼女の両親が提供した聴覚障害を持つ子どもにとっての手話通訳者の重要性を主張する専門家の証言を聞いたり︑聴覚障
︵二二九五︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇六同志社法学 五八巻六号
害を持つ子どもの学級に出向いたり︑彼女の学校の教師や︑彼女をよく知る者からの証言を聞いたりした︒そして︑
COH
が勧告した彼女に提供されるべきサービスの内容は︑①ワイヤレス聴覚補助器具を引き続き用いる︒②聴覚障害のための指導員のサービスを一日一時限の割合で提供する︒③言語療法士を週三回︑一時間の割合で提供する︑という ものであった︒しかし︑COH
の勧告には︑教室での手話通訳者の提供は含まれていなかった︒彼女が一年生の時点での一二月に彼女の担任教師によって作られたIEP
案が提出され︑両親もIEP
作成に参加した︒その内容は︑COH
の勧告の内容に沿ったものであり︑提案された
IEP
には︑教室での手話通訳者の提供は含まれていなかった︒その提案に対して両親は︑手話通訳者の提供以外の部分では提案されたIEP
について同意した︒しかし︑手話通訳者の部分に関して︑学校と両親の間では︑合意が形成されなかった︒
連邦地裁判決時には︑彼女は小学校二年生であり︑クラスにもよく適応していた︒級友たちも︑彼女の障害に適応し︑ 彼女とコミュニケーションをとる方法を学び︑理解していた︒教室においては︑彼女も級友たちを助け︑時には教師からも級友を助けることを指示されるほどであった ︵
︒ 47︶
彼女の両親は︑障害者教育法によって定められた︑地方教育委員会による聴聞を要求した︒しかし︑その結果は︑学校側の主張を支持するものであった︒彼らは︑ニューヨーク州教育委員会に審査請求したが︑その結果も︑先の聴聞の 結論を支持するものだった︒行政手続を尽くしたため︑両親は連邦地方裁判所に訴えを提起し︑手話通訳者提供の拒否は︑障害者教育法に反すると主張した ︵
︒ 48︶
連邦地方裁判所判決︵単独制︶
ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所においては︑彼女とその両親の側の主張を支持する判決が下された︒障害者教 ︵二二九六︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇七同志社法学 五八巻六号 育法にある﹁無償かつ適切な公教育﹂の意味については︑以下のような解釈が示された︒﹁適切な教育﹂とは︑十分︵
adequate
︶な教育を意味し︑これは子どもが成長して進級し︑また︑高校卒業の学位を取ることに︑十分な内容を持った教育と解することができるかもしれない︒また﹁適切な公教育﹂は︑障害を持つ子どもが︑その子どもの最大限の可能性を達成できるようなものと解することもできよう︒しかし︑法定されている基準は︑両者の中間にあると解すべ
きであろう︒すなわち︑この基準は︑障害を持つ子ども各々に対して最大限の可能性を達成するための機会を︑障害のない子どもと同じように︑提供することを要求していると解するのが相当である︒なぜなら︑障害を持つ子どものうち
には︑単に進級をできる能力以上のものを持つ子どもがいることは明らかであるので︑障害者教育法は︑上述した﹁十分な教育﹂以上のものを要求していると解するのが相当であるからである︒他方︑最もよい教育を行う公立学校であっ
ても︑全ての子どもがその可能性を最大限に達成できるような教育を提供するだけの財源は無いので︑この基準はそこまでのものを求めてはいないと解すべきであると考えるからである ︵
︒ 49︶
裁判所は︑以上のような︑結果に対する平等な機会という基準を当てはめた︒そして︑彼女について︑彼女は多くの労力を聴覚障害のために用いており︑従って︑﹁もしそのような障害に対して消費される労力が無かったならば︑彼女
の能力は︑授業での成績を上げることに対して︑より多く振り分けられるだろう︒彼女の成績がクラスの平均から少し
上だけにとどまっているという結果は︑彼女やその両親の努力に対して︑不当であり︑法に反するものである﹂とした︒そして︑彼女の意欲の欠如によってではなく︑彼女の障害によって︑授業中に話されている内容を全て理解することが
妨げられているのであるとした︒裁判所は︑そのような結果に対して︑﹁障害者教育法が︑すべての障害を持つ子どもに対して︑適切な教育を提供することを求めていることに︑まさに欠けるものである︒﹂と述べた︒判決は︑この能力
と結果との乖離は︑彼女の成績が︑クラスの平均よりも上位にあって︑さらに彼女が他の子どもの勉強を助けるような
︵二二九七︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇八同志社法学 五八巻六号
立場にあっても︑不当であるとするものであった ︵
︒ 50︶
連邦控訴裁判所判決︵合議制︑二一︶
⑴ 多数意見
この地裁判決は︑第二巡回区連邦控訴裁判所に控訴されたが︑二対一の多数意見によって︑地裁判決は確認された︒多数意見において︑原審判決を認容した裁判官は︑﹁障害を持たない子どもが提供される教育機会と︑同等レベルの機会を彼女に提供すること﹂が求められると障害者教育法を解釈する︒多数意見は︑証拠から判断して︑明らかに連邦地
裁による決定が支持されるとする︒ただし︑本件特有の事実に鑑みると︑本判決の内容は先例としての価値を意図したものではなく︑本件の事実の下に制限された決定であるとして︑本判決の射程を限定した ︵
︒ 51︶
⑵ 反対意見
控訴裁判所判決には︑数ページにわたって︑反対意見が付された︒反対意見を述べた裁判官は地裁判決について︑﹁無償かつ適切な公教育﹂という法律の文言と︑連邦の規則とを無視しているとした︒また︑多数意見は州の教育責任者に よる教育の専門知識を十分に尊重しておらず︑その証言を不適切に扱っていると批判した ︵
︒ 52︶
まず︑﹁無償かつ適切な公教育﹂の内容として︑障害者教育法の条文中には︑﹁手話通訳者﹂という文言はなく︑また ニューヨーク州法においてもそれは同様であると示した ︵
1973 of Act Rehabilitation
としたを︵法であるリハビリテーション障害者法進目的 ︵ 義促用雇︑はに定よのた︑多数意見にる︒︑﹁適切な教育﹂ま 53︶︶の定義が持ち込まれていたり︑障 54︶
害者教育法についての論文から引用されていたりする定義であり︑障害者教育法の立法経緯を参照すると︑定義として ︵二二九八︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一〇九同志社法学 五八巻六号 は誤ったものであると批判した︒以上の点を踏まえて︑障害者教育法の目的は︑障害を持つ子どもが︑自立できるようになり︑社会の生産的なメンバーとなるようにすることであるとした ︵
︒また︑地方裁判所による︑障害を持つ子どもと︑ 55︶
障害のない子どもとを比較するという方法は︑比較することが難しく︑基準として適切でないと否定した︒それらのことから︑彼女に対する
IEP
は︑手話通訳者の提供がなくても︑障害者教育法の要件を満たしているとした ︵︒ 56︶
そして︑彼女の成績は︑平均以上である点について指摘し︑この点は︑将来社会生活において︑生産的なメンバーになるためには︑重要なことであるとした︒また︑仮に学校生活においては通訳者が提供されたとしても︑将来の生活に おいては︑通訳が付いていることはないことも指摘した ︵
︒ 57︶
さらに︑このような裁判所による判断が難しい領域については︑専門家の経験や知識が︑地裁のそれらよりも優れて いるということから︑専門家による聴聞の結果を採用することを主張した ︵
きまたそれを適正手続に反するとし︑地裁判決してにおいて︑原告の主張に重︑指摘失が機会の立証われていたことを である︒による学校区被告︑に判決時の地裁 58︶
を置きすぎている点についても反対した ︵
︒ 59︶
連邦最高裁判所判決︵六三︶
控訴審判決を不服とした被控訴人教育委員会は︑下級審裁判所判決は障害者教育法の解釈を誤ったと主張して︑連邦最高裁へ上訴受理申立てを行った︒最高裁は︑この申立てを審理するために移送命令を出すことで上訴を受理した結果︑
原判決を破棄する判決を下した︒最高裁判事の意見は︑六対三に分かれた︒
Rehnquist
判事の法廷意見に五人が同調し︑Blackmun
判事が同意意見を書いている︒また︑White
判事が反対意見を 書き︑それにBrennan,Marshall
両判事が同調している︒︵二二九九︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一〇同志社法学 五八巻六号
Rehnquist
判事は︑法廷意見において︑上告を受理した理由として︑下級審における法の解釈を審査するためであるとし︑そのため次の二点について考察することが求められているとした︒その第一点は︑障害者教育法の要求する﹁無償かつ適切な公教育﹂の意味は何であるか︒第二点は同法により与えられた審査を行うに際して︑求められる連邦裁判
所の役割とは何か︑ということであった ︵
︒多数意見は︑この二点についてそれぞれ以下のような判断を示した︒ 60︶
⑴ 無償かつ適切な公教育
下級審判決においては︑同法は﹁適切な教育﹂とは何かについて定義していないので︑その内容については︑裁判所 及び聴聞官によって定められるとされていた︒この点に関して︑
Rehnquist
判事は︑﹁無償かつ適切な公教育﹂については︑障害者教育法自体によって定義がなされているとした ︵︒他の多くの法律がそうであるように︑障害者教育法も︑法 61︶
の意図を明確には定義していないのだが︑その意図を確認することは十分可能であると述べる ︵
U.S.C. 20 1401 18
︒彼は︵ 62︶︵提供無償で下の条件のような次︑とは﹂公教育な適切かつ﹁ばによれ規定この︒であるとした定義規定の文言この︑を ︶ 63︶
されるものであるとした︒①公費で提供されること②公の運営指導の下でなされること③無償であること④州教育委員会が示す基準を充足していること⑤州内の幼稚園︑小学校︑中学校における適切な教育であること⑥個々の子どものた
めに作成された
IEP
に合致していること︑というものであった︒そして︑20 U.S.C. 1401
︵16
︵20 U.S.C. 1401 17
︶や︵ 64︶︵例しサービスの関連されている明記に条文上︑おいてに注また︑定義ついてに﹂サービス関連﹂﹁特別教育︑﹁に根拠を ︶ 65︶
についても紹介した ︵
︒ 66︶
これらの定義規定をもとに︑次のような判断を下した︒この定義規定によると﹃無償かつ適切な公教育﹄とは︑障害
を持つ子どもの個々人独特の必要性に対応するよう︑特別に計画された教育を意味し︑そしてその教育には子どもがそ ︵二三〇〇︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一一同志社法学 五八巻六号 れを享受する上で必要な諸サービスが準備されているということである︒従って︑個々の子どもに向けて作成された教育が十分なサービス付で提供されていて︑かつ定義規定が定める種々の教育提供条件を充足している場合には︑子ども は︑障害者教育法所定の﹁無償かつ適切な公教育﹂を受けていることになる ︵
︒ 67︶
下級裁判所の判決の中で最も問題となった点は︑同裁判所が︑法所定の﹁無償かつ適切な公教育﹂というものを︑﹁障
害を持つ子どもの最大限の可能性を達成する機会︑言い換えれば障害を持たない子どもに提供されている機会に対応する機会﹂と定義した点にあった︒このような定義は︑障害者教育法の中に示されているものではなく︑下級審判決にお
いても︑この定義を条文上に求めていなかった︒では︑この下級審裁判所が示した︑定義規定が求めている以外の︑独立の基準はどこから出てくるのか︒多数意見は︑立法過程を精査することにより︑下級審が示した法解釈は正しいかど
うかを検証した︒その結果次のような結論に至る︒①立法過程の資料を見ても︑また一九七五年法制定時に大きな影響を与えた連邦地裁判決︵
PARC
判決とMills
判決︶を見ても︑そこでは障害をもつ子どもに公教育を受ける機会を保障することのみが求められており︑特定の水準を持った教育を提供することは求められていない︒②連邦議会は︑﹁適切な教育﹂と﹁一定の特別な教育サービス﹂とを同等視していることが︑立法過程の資料から説明される︒③﹁立法府が期
待したことは︑特別な教育サービスを﹃平等に﹄助成することである︒したがって︑具体的な教育について︑法によっ
て基準として課されていることがあるように読むことはできない﹂とした︒そのような分析の結果として︑立法意図の中の公立学校へのアクセスという部分を強調した︒そして︑立法時の議論から︑﹁基礎的な機会︵
basic floor of
opportunity
︶﹂という文言を引用し︑これを提供することによって︑平等保護がみたされるものであるとした ︵︒ 68︶
さらに︑
Rehnquist
判事は利益の得ることが出来ない教育を子どもに提供するために︑多額を支出することには︑立 法者としてメリットがないことを指摘する ︵のますることで負担の社会﹁を障害者︑教育を障害者として議論の立法時︒ 69︶
︵二三〇一︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一二同志社法学 五八巻六号
まにしておかずに︑多くを社会に寄与することができるような︑生産的な市民にする︒また︑自立できるだけの収入を
増やし︑社会に対する依存を減らす﹂といった議論があったことも紹介し ︵
some educational
︑ある程度の教育的利益︵ 70︶benefit
︶を提供する教育に︑アクセスできるようにすることが立法意図であることを強調した︒そして︑法によって提 供される﹁基礎的な機会﹂は︑障害を持つ子どもに対して︑教育的利益を提供するように個別に計画された︑特別な教育とそれに関連するサービスである︑と結論付けた ︵︒ 71︶
Rehnquist
判事は︑﹁障害をもつ子どもが︑法に要求される内容を満たすだけの︑十分な教育的利益を受けているかどうかを判断することは︑難しいことである︒﹂とした︒障害者教育法においては︑その対象となる障害者の障害の軽重から︑身体的障害︑知的障害といった障害の種類に至るまで︑法の適用される範囲が︑広いことを挙げる︒そして︑﹁障害者教育法の対象となるすべての子どもに対して︑提供される教育的利益が適切であるかどうかを判断するための︑唯
一のテストを確立しようとするという意図はない ︵
ども相当程度明が州に対して課した諸要件がらかになる︑︒州は︑障害を持つ子連邦議会することによって考察に一緒 した述べつつ︑以下のような判断を︒﹁示︒﹂法の文言と立法経緯をと 72︶
に対して﹃無償かつ適切な公教育﹄を提供することを求められている︒この要求は︑その教育から︑子どもが教育的利益を受けることができるような︑十分なサポートサービスを伴った︑個別化された教育を提供することによって満たさ
れると当法廷は考える︒﹂そしてその教育やサービスは︑次の諸要件を満たした上で提供されなければならないとした︒その諸要件とは︑①公的費用によって提供されなければならないこと︒②州の教育基準に合致していなければならない
こと︒③州の普通教育で用いられる学年の基準に近いものでなくてはならないこと︒④子どもの
IEP
に合致していなければならないこと︒⑤個別化された教育であって︑そのIEP
は法の要求に適合していなければならないこと︒⑥もし子どもが公的教育システムの中の普通学級で教育されているのならば︑試験に合格ができて︑進級ができるように︑合理 ︵二三〇二︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一三同志社法学 五八巻六号 的にカリキュラムが作られていなくてはならないこと ︵
︑である︒ 73︶
⑵ 司法審査の範囲
さらに
Rehnquist
判事は︑司法審査の範囲についても言及した︒原告は︑障害者教育法は︑教育内容の決定について︑ 州による教育的決定や方針のすべての面において︑覆審的審査︵de novo review
︶をすることを裁判所に対して求めていると主張した︒それに対して︑被告教育委員会は︑この法における司法審査の範囲は︑法の手続的要求に州が従って いるかどうかの部分に限定され︑州のプログラムの具体的な部分については審査の権限がないと主張していた︒裁判所はこの点に関して︑法の文言や︑立法時の議論を引用して︑被告の主張については説得力を欠くものだとする ︵︒しかし︑ 74︶
法の中で﹁手続的保障﹂が丁寧に︑また明確に示されていることに触れ︑障害者教育法においては手続的保障が重要な部分であることを指摘する︒そして﹁ほとんどの場合において︑議会の意図に沿った具体的な内容を含む
IEP
を作成するためには︑規定された手続に適切に従うことが︑大きな保障となるだろう﹂とした︒
そして︑障害者教育法は︑裁判所に対して︑行政手続の結果を受理することを求めているが︑これは行政による記録
には重きを置かなくてはならないということを暗に意味しているものと解した︒このことから︑障害者教育法が︑行政
手続の結果を裁判所が尊重するように規定していることを確認した ︵
IEP
る︑ような手続を経て作られたが障そ教得を益利的育が害もど子つ持をの②るいて続に従って手たどうか︑そしか ①州って︑裁判所の審査は法が︑このが要求す︒従 75︶ことができるように︑合理的に作成されているかどうか︑の二点であるとした ︵
︒ 76︶
以上の点から障害者教育法によって求められているものを考慮すると︑裁判所が州に対して︑望ましい教育の手法を
押し付けるようなことは︑慎重に避けなければならないとした︒法は︑障害を持つ子どもに対してふさわしい教育を規
︵二三〇三︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一四同志社法学 五八巻六号
定したり︑子どものニーズに最も適応した教育的手法を選択したりする︑第一義的な責任を︑親や︑教師や子どもと協
力をした上での州や︑地方教育委員会に︑課しているとした ︵
︑覆な教育に対してるす適ようなことを意図し切たいとたしと︑いなきでがこしむ読はにうよて決定て ︵ 裁判所っ︑法の条文からは︑が︒︑州法の手続に従そして 77︶
San
︒また︑ 78︶Antonio Independent School Dist. v. Rodriguez
︵されるものであば一度裁判所が法の要求に適合しているとしたなら︑べ技術的な問題は︑州によって解決︑述ることを して引用して︑裁判所は教育方針に関︑判決特別な知識や経験に欠けを 79︶
るとした︒
これらの原則を当てはめ︑原審も地裁判決も︑教育委員会が法所定の手続に従わなかったとはしておらず︑また︑ど ちらの裁判所の意見も︑彼女の教育プログラムが︑法所定の実体的要件を満たしていなかったとは認識していないとして︑原審判決を覆した ︵
︒ 80︶
⑶ Blackmun 判事の同意意見
Blackmun
判事は︑結論には同意するが︑立法過程においては︑多数意見が述べるよりも︑平等な教育の機会という点は強調されていたとする ︵しなて﹂︑他の障害のいとクラスメイトに対し体教全の上で︑彼女の育︒プログラムは﹁そ 81︶
て提供される教育と比較して︑本質的に平等な機会や教室における活動を提供していたとする ︵
︒ 82︶
⑷ 反対意見
White
判事は︑これら多数意見に対して︑立法府の﹁障害を持つ子どもに対して︑他の子どもと同様な教育的機会を提供する﹂という意図を理解していないとして︑反対意見を示している︒多数意見が︑障害者教育法の中に教育の﹁適 ︵二三〇四︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一五同志社法学 五八巻六号 切な﹂の基準について書かれていない︑とする部分には同意するものの︑試験に合格すれば適切であるとする︑低い基準を認容していることは不適切であると︑強く批判する ︵
︒ 83︶
そして︑立法目的の中の﹁障害児に対する﹃完全な﹄教育的機会﹂という文言や︑立法時の議会における﹁障害児に対して︑等しい教育的機会を教習することを保障する﹂といった言葉を引用する︒それら立法経緯から︑この法は︑障
害児に対して︑他の子どもたちが与えられているのと同じ教育的機会を与えることを意図しているとした︒多数意見において︑彼女はある程度の利益を受けられるようなある程度の特別教育を提供されており︑また︑進級もしているのだ
から︑彼女は︑効果のある︑従って︑適切な教育を受けているとされた︒それに対し︑多数意見のような教育内容の提供では︑本法の意図するものに︑はるか及ばないものであるとした︒そして︑法は︑可能な限り詳細に︑障害を持つ子
ども各々が受けるべき特別教育について示していると述べる︒そして︑彼女のような聴覚障害を持つ子どもに対しては︑彼女がそのサービスから利益を得られるように︑教師が大声で話したならば︑多数意見による基準である﹁障害を持つ
子どもに対して教育的利益を提供できるように︑個別に作成された特別教育と︑関連するサービスにアクセスする﹂ということを満たすことは明確であると批判する︒その上で︑﹁彼女は︑手話通訳者がいなければ︑教室内で話されてい
ることの半分以下しか理解できず︑これは障害がない子どもが理解できることの半分以下である︒彼女が進級をしてい
るとしても︑これでは学習のための平等な機会とは︑到底言えない﹂とした ︵
われてにおけるだけではなく︑教育内容を変更する場合︑うかどうかという具体的な内容についての基準について問面 行﹂をして︑﹁適切さと︒は︑統合教育そ 84︶
いるのであり︑多数意見は︑この問いには答えていないと述べた ︵
︒ 85︶
また︑司法審査の範囲について︑障害者教育法
20 U.S.C. 1415
⒠ ⑵
の条文の文言︑及び︑立法時の経緯を参照する︒
まず︑条文の文言から読み取れる立法意図として︑行政手続による結論に︑必ずしも従わなくともよい方向を示してい
︵二三〇五︶
アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一六同志社法学 五八巻六号
るように思われるとした ︵
にその機関の州︑ばによれ内容の議事録︒する引用を議事録の立法時︑についても立法過程︒ 86︶
よる結論に依拠するのではなく裁判所に対して実質的な審査をさせるという立法意図があることを︑明らかに示しているとした ︵
立法なものにするという︑もからも文言の法︑は解釈限定的を審査われるような言に多数意見これらにより︒ 87︶
経緯からも︑支持されるものではないことを示した︒議会の意図は︑障害を持つ子どもに対する教育を︑あらゆる面から︑十分に調査することを裁判所に対しいて認めることであるとした︒それゆえに︑多数意見の言うように︑両親は︑
IEP
の一部分について争うことが出来ないわけではなく︑彼女のIEP
の内容についても裁判所が審査をすることが可能であるとした ︵︒ 88︶
以上のことから︑原審の基準は︑立法目的を反映しており︑事実認定に明らかな誤りもないために︑原審を支持すると︑結論付けた ︵
︒ 89︶
以上のように︑連邦地方裁判所判決と︑控訴裁判所多数意見︑最高裁判所少数意見が同様の意見を述べ︑それに対し
て控訴裁判所少数意見と︑最高裁多数意見が同様の意見を述べている︒前者が︑彼女に対して手話通訳者の提供を命じたのに対し︑後者は︑提供する必要はないとした︒結果として最高裁多数意見は︑﹁無償かつ適切な公教育﹂の内容に
ついて︑手話通訳者を彼女に提供することは含まないとしたのである︒
三 判決に対する評価
前章で見た通り︑地裁判決と︑控訴裁判決の多数意見︑最高裁判決の少数意見が︑原告
Amy
とその両親の側の主張 ︵二三〇六︶アメリカ障害者教育法における﹁無償かつ適切な公教育﹂に関する一考察 一一七同志社法学 五八巻六号 を認めたものであり︑二回の行政聴聞と︑控訴裁少数意見︑最高裁の多数意見が︑被告の学校区側の主張を認める内容となっている︒
最高裁判決多数意見に対しては︑判決が下された当時から批判も多い︒これまでの下級審の判決と比較して︑教育の場において︑障害をもつ子どもに提供されるサービスの内容という点について︑いわば後退した形となるからである︒ この最高裁の判断については︑やや保守的であり︑障害者の教育に関して︑これまでの進歩の速度を低下させたという評価が多い ︵
Rowley
え︑育法を無効にした厳と者しく評するものさ教害っ障らには判決によて︒︑合衆国最高裁はさ 90︶ある ︵
︒ 91︶
まず︑この判決でポイントとなる︑﹁無償かつ適切な公教育﹂の内容について見てみたい︒この最高裁判決を批判す
る立場は︑障害者教育法の規定の文言と︑それに対する判決の対応の違いを問題にする︒それは﹁関連サービス﹂は︑﹁障害児が特別教育による利益を受ける助けにならなければならない﹂という部分や︑﹁障害児の独自のニーズを満たすた
めの︑特別に用意された指導﹂といった部分である︒多数意見は︑法のこの部分の文言を見落としていると批判がなされる ︵
を利て︑提供される教育的益対が適切であるかどうかしにのもして︑﹁障害者教育法対︒象となるすべての子どそ 92︶
判断するための︑唯一のテストを確立しようとするという意図はない ︵
意べ数多︑にうよるいて述も身自見意数多と︒﹂ 93︶
見は︑﹁適切な公教育﹂とは何であるかについて︑そもそも明確な答えを出していないのではないかという評価もなされている ︵
を反対意見教育の同等に本質的どもと子のない障害︑にある︑しく乏に柔軟性は基準にある多数意見︑また︒ 94︶
提供すべきである︑という基準の方に︑より説得力があるとの指摘がなされていた ︵
︒ 95︶
多数意見が立法経緯の一つの根拠としてあげる
PARC
判決や︑Mills
判決の解釈の仕方についても批判がされる︒すな わち︑多数意見は︑Mills
判決が︑﹁そこから利益を受られるよう︑ニーズや能力に対して一致した公教育﹂といった言︵二三〇七︶