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J クラブの株式上場について: J リーグ規約による 上場制約と上場要件の両立の可能性
Stock Listing of J-Clubs: Conflict and consistency between the rule of the J-League and listing conditions
武藤泰明 Yasuaki Muto
早稲田大学スポーツ科学学術院 Faculty of Sport Sciences, Waseda University
キーワード: 株式上場、サッカー、Jリーグ、M&A、親会社 Key Words: stock listing, football, J-League, M&A, holding company
抄 録
J リーグに加盟するクラブチームはその大半が株式会社形態を採っており、その意味において株式の 上 場 を指 向 し得 る存 在 であるとともに、クラブの財 務 的 な自 立 性 を高 めるためには上 場 は有 効 な手 段 の 一つとして位置づけることができる。一方、J リーグ規約は証券取引所が制定している上場要件と相容れ ぬところがあり、クラブの上場は実質的に禁止されていると解釈できる。本研究では、J リーグ規約と上場 要 件 、およびこれらの背 景 となる理 念 、方 針 間 の葛 藤 を明 らかにするとともに、この葛 藤 を克 服 するため の方 法を検 討している。クラブが直 接 上場 しようとする場 合、事業 特性 から判 断して、取引 市場 が求める 利益成長性を満たさぬものとなると判断される。クラブの親会社の分析からは、親会社の規模が大きいこ とが、J クラブの支配を目的として親会社を買収する誘引を回避するものであることがわかる。このため上 場会社を親会社とする場合、その純資産規模に上場要件を超える規模基準を設定することが合理的で あるとの結 論 に至 る。小 規 模 な親 会 社 の上 場 を認 める場 合 には、適 性 に欠 ける株 主 による支 配 を回 避 することを目的として、子会社であるクラブが種類株式を発行し、過半の議決権を J リーグ社員によって 構成される組合ないし法人がこれを引き受けるという方法を採ることが可能である。
スポーツ科 学 研 究 , 4, 28-50, 2007 年 , 受 付 日 :2007 年 5 月 1 日 , 受 理 日 :2007 年 7 月 7 日 連 絡 先 : 武 藤 泰 明 〒202-0021 東 京 都 西 東 京 市 東 伏 見3-4-1 早 稲 田 大 学 スポーツ科 学 学 術 院
muto-office@waseda.jp
Ⅰ.はじめに 1.研究の背景と目的
1) 研究の背景
日 本 のスポーツにおいて、オリンピック等 の国
際 的 な競 技 会 に代 表 を輩 出 する組 織 は、永 らく
「企 業 スポーツ」であった。すなわち、資 金 力 のあ る企 業 が内 部 組 織 としてスポーツ部 門 を有 し、コ ストを負担してきた。しかし1990年以降の日本経
29 済 と 企 業 収 益 の 停 滞 、 およ びこ れ に伴 う 企 業 に 対 する株 主の監 視 の強 化 等 により、コスト・ベネフ ィットの観 点 から、企 業 が有 するスポーツ組 織 は 休 ・廃 部 が増 加 している。そしてこれにかわって、
財 務 的 な自 立 を目 的 とし、会 社 形 態 のスポーツ 組織が設立されるようになった。
このような組 織 の自 立 がもっとも早 くから進 めら れたのが日本プロサッカーリーグ(以下 J リーグと する)であり、所 属 する(厳 密 に言 えば社 団 である J リーグの社 員 である)会 社 (以 下 J クラブ)は 1993 年の創立当初は 10 クラブ(すべて株式会 社)であったものが、2006年12月時点では31ク ラブ、うち30 が株式会社形態を採用している。
J リーグに加 盟 するクラブ数 の増 加 は同 リーグ の成功を意味しているが、当初の 10 クラブは大 規 模 な母 体 企 業 を有 していたのに対 し、その後 加 盟 するクラブの中 には、そのような母 体 企 業 を 持 たぬクラブも見 られるようになった。このようなク ラブにとっての大 きな課 題 の一 つが資 金 調 達 の 円 滑 化 である。そしてその手 段 として、株 式 上 場 による資 金 調 達 が指 向 されるようになることはある 意味で必然であるといえるだろう。1990 年以降、
新 興 企 業 の上 場 を促 進 するという政 策 目 的 を達 成 する手 段 として、東 証 マザーズ等 の新 興 市 場 が整備され、あるいは店頭市場がJASDAQ取引 所 として改 編 されたことも、小 規 模 な企 業 の株 式 上場指向を強めるものとなっており、J リーグ創設 当初と比較すると、Jクラブのような比較的小規模 な会 社 が株 式 を上 場 できる可 能 性 は高 まってい る。
母 体 企 業 を持 つクラブにとっても、株 式 公 開 は 無 関 係 ではない。企 業 スポーツの時 代 とは異 なり、
母 体 企 業 から、言 わば「無 尽 蔵 」に資 金 を得 るこ とは不可 能である。したがって、クラブの財 務 的な 自 立 性 を高 めることは存 続 と発 展 にとって重 要 で あり、上 場 はその手 段 の一 つとして位 置 づけるこ とができる。
しかし、J クラブはリーグ規 約 によって、上 場 と いう観 点 からは一 種 の制 約 を課 されている。具 体 的には規約 24 条によって大株主の変更は事前 に理 事 会 の承 認 を要 し、これがまず証 券 取 引 所 が制定する上場要件に抵触する。またJ リーグが J クラブに地 域 貢 献 活 動 やユース・ジュニアチー ムの保 有 を求 めていることは収 益 最 大 化 という上 場 会 社 の基 本 原 理 に抵 触 するだろうし、事 業 範 囲 や営 業 地 域 の限 定 は成 長 戦 略 の制 約 となる。
すなわち、J リーグの運営 原理は、上 場要件と葛 藤するのである。
一方で、Jリーグの現行の諸規定が、Jクラブの 上場を禁止することを目的としていないことも事実 である。この理由は、これまで Jクラブの上場を検 討 する必 要 がとくに生 じていなかったことによる。
換言すれば、JリーグはJクラブの上場を禁止しよ うという意 図 を持 っているわけではなく、現 行 の規 定が結果として J クラブの上場制約になっている のだといえる。また JリーグはJクラブの財務的な 自立を是とするので、もしJクラブの株式上場がリ ーグ運 営 の原 理 ・理 念 に抵 触 しないものであるな ら、上場をも是とするものであろうと考えられる。
2) 目的
本 論 文 の目 的 は、以 上 のような背 景 ・経 緯 から、
本論文は J リーグの運営原理・理念、あるいはこ れが文 書 化 された規 定 と株 式 上 場 要 件 の葛 藤 を 克 服 する方 法 を検 討 することであり、換 言 すれば J クラブが株式を上場することの可能性を検討す ることである。
株式の上 場 は、一般的 には、資金 調達が容 易 になること、企業 の知 名 度や信頼 性 が向 上するこ となど、多 くの利 点 をもつものと認 識 されている。
一 方 で、上 場 された株 式 の売 買 は原 則 として自 由 であるため、上 場 は買 収 されるリスクを伴 う。上 場会 社 が買 収され得ることは自 明であり、これをリ スクと呼 ぶべきではないかもしれないが、J クラブ
30 は J リーグという社団に属し、その理念の達成を 目 的 の一 つとしており、社 団 内 部 の規 約 によって その活 動 に制 限 を設 けられた存 在 である。このた め、必 ずしも株 主 の経 済 的 な利 益 のみを追 求 す る会 社 ではないという点 において、一 般 的 な事 業 会社とは異なる特性を有している。このような特性 を持 ちながら株 式 を上 場 し得 るのかどうかが焦 点 となる。
3) 先行研究について
国 内 においては、上 場 しているスポーツクラブ がないこと、および明 示 的 に株 式 上 場 を指 向 して いるスポーツクラブがないことにより、先 行 研 究 に 該 当 するものは見 られない。海 外 においては、す でに欧州のサッカークラブや米国のいわゆる 4大 スポーツの中に上場会社が見られるが、関連する 論 文 は「上 場 したスポーツ企 業 」についてのもの に 限 定 さ れ る 。 具 体 的 に は Stadtmann(2003) や Renneborg and Vanbrabant(2000)のよう に試 合 の結 果 や順 位 が株 価 にどのような影 響 を 与 えるかを検 証 したもの、あるいは放 映 権 契 約 と 株 価 の 影 響 を 分 析 し た Gannon, Evans and Goddard(2003)などがある。これらはスポーツ企 業 の場 合 、財 務 情 報 以 外 の情 報 に株 価 形 成 力 があることを立 証 しようとしており、スポーツ企 業 に 適した証券分析手法の立論を目的としているとい うことができるが、いずれの例 も上 場 後 を対 象 とし たものとなっている。本 研 究 のように、現 在 上 場 し ていないスポーツ企業の上場可能性を論じるもの は見られない。
4) 研究の方法
方 法 の基 本 的 な枠 組 みは、コーポレート・ガバ ナンスに関するものである。すなわち、JリーグはJ クラブにとってとくに重 要 なステイクホルダーの一 つであり、一 方 のステイクホルダーである株 主 は、
Jクラブが非上場である限り、リーグ規約の遵守を
前提に、株主として出資している。しかし J クラブ が上 場 する場 合 は、投 資 家 保 護 の観 点 から取 引 所 が株 主 の代 理 的 なステイクホルダーとして機 能 し、リーグと取 引 所 の規 則 の葛 藤 が生 じることとな る。本 研 究 では、第 一 に、リーグ規 約 と上 場 要 件 との比 較 分 析 を行 うことで、葛 藤 の具 体 的 な内 容 を明 らかにする。尚 これに資 すことを目 的 として、
証 券 会 社 の上 場 支 援 部 門 の担 当 者 を対 象 にイ ンタビューを実施し、意見聴取を行った。
第 二 に 上 場 市 場 、 と く に 東 証 マ ザ ー ズ 及 び
JASDAQ を想定して、現在の J クラブの上場可
能 性 を、財 務 を中 心 とする外 形 的 な観 点 および 成長可能性等の非外形的な観点から評価してい る。
第 三 に、J クラブの上 場 親 会 社 の事 業 内 容 と 財務特性(とくに株式時価総額)を検討し、J クラ ブの取 得 を目 的 とした親 会 社 買 収 の可 能 性 を検 証した。
2. 検討の対象とすべき上場の類型化
J クラブの上場を検討するに際しては、上場の 形態についての類型を前提として認識しておく必 要がある。具体的には以下のとおりである。
① J クラブ自身の株式上場あるいは上場会社で あること:図 1の類 型 1(尚 以 下 では煩 雑 さを避 け るために、論 理 展 開 上 問 題 がない場 合 は「あるい は上場会社であること」を略す)
② J クラブの親 会 社 の株 式 上 場 。親 会 社 (グル ープ)はJクラブとは無関係な事業を本業としてい る:同、類型2
③ J クラブの親 会 社 の株 式 上 場 。親 会 社 (グル ープ)の主たる事業ないしその一つが J クラブの 運営である。:同、類型3
なお②と③については、親 会 社 が事 業 会 社 で ある場 合 と純 粋 持 株 会 社 である場 合 とがそれぞ れ含まれる。図では類型3についてのみ両者を表 示しているが、類型2についても同様である。
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図 1 検 討 対 象 とする上 場 の類 型
Ⅱ.現行規約における Jクラブ上場の取り扱い 1. 規約とその解釈
現在の Jリーグ規約には、Jクラブの上場禁止 を直 接 的 に記 載 した条 文 はない。しかし、下 記 の 根拠により、J クラブの上場が禁止されていると解 釈される。
① まず規約24条において、株主の変更は報告 されなければならず、また 5%を超 える大 株 主 の 異動については事前の承認が必要とされている。
株 式 を上 場 した場 合 、事 前 の承 認 は不 可 能 であ る。このため、J クラブは株 式 を上 場 することがで きない。また同 条 項 は株 式 の譲 渡 制 限 について のものであるため、この条 文 があることにより、法 制上もJクラブは株式を上場することができない。
② また 19 条(J1)および 19 条の2(J2)につい て、過半の株主が日本国籍であることが J クラブ の資格要件とされている。このことも、Jクラブが株 式を上場できないことの根拠である(注 1)。
2. 規約の趣旨 1) 趣旨の解釈
上 記 の規 約 は、つぎのような目 的 意 識 によって 制定されたものと考えるべきである。
① 日 本 のサッカーの発 展 、スポーツによる地 域 振興など、J リーグの掲げる理念を共有する主体 がJクラブの株主であること。
② 株主、とくに J クラブの意思決定に影響力を 持つ大株主の適性については J リーグが判断す ること。
規約19条は外国人によるJクラブの保有を禁止 しているが、外 国 人 が J クラブを株主 として支 配 することが、例外なくJリーグの理念の共有を妨げ るものとなるかといえば、答 えは否 である。この点 においては、株 主 の国 籍 は本 質 的 な問 題 ではな いといえる。したがって、上 場 の議 論 において重 要 なのは、J クラブを支 配 する株 主 が株 主 として 相 応 しいかどうかについては、J リーグの理 念 等 Jクラブ
=上場会社 類型1
上場会社
Jクラブ
=非上場 出資 類型2
上場会社
(主たる事業の一つが Jクラブ運営)
Jクラブ
=非上場 出資
類型3
上場会社(純粋持株会社。
主たる事業の一つが Jクラブ運営)
Jクラブ
=非上場 他の事業
出資 Jクラブ
=上場会社 類型1
上場会社
Jクラブ
=非上場 出資 類型2
上場会社
Jクラブ
=非上場 出資 類型2
上場会社
(主たる事業の一つが Jクラブ運営)
Jクラブ
=非上場 出資
類型3
上場会社(純粋持株会社。
主たる事業の一つが Jクラブ運営)
Jクラブ
=非上場 他の事業
出資
32 に照らして、Jリーグが判断するという点であるとい うことができる。
2) 排除すべき株主類型とは
では、Jクラブの株主として適当でないと判断さ れる株 主 とはどのようなものか。これを過 不 足 なく 列 挙 することは、おそらく難 しい。株 主 がどのよう
な特 性 を有 し、どのような行 動 をとるかということに ついて完 全 に想 定 することはできないと思 われる ためである。そしておそらくはそれゆえに、Jリーグ は禁 止 類 型 を列 挙 するのではなく、理 事 会 の判 断に禁止を委ねているということができるだろう。
このような前提の下にあえて禁止類型を示すな ら、下表のようになるものと思われる。
表1 Jクラブ株 主 の禁 止 類 型 として想 定 すべきもの
① リーグの理念を尊重する意志を持たないもの
② Jクラブの売買によりキャピタルゲインを得ることを出資目的の一つとする株主
③ Jクラブを活用して自身の他の事業の発展を企図し、かつその結果としてJクラブの成長機会損失が 生じるような事業展開を企図する株主
④ 反社会的存在
① リーグの理念を尊重する意志を持たないもの J クラブは経 営 上 の最 低 の要 件 として財 務 的 に存 続 を続 けなければならないが、社 団 としての Jリーグはこれを超える目的を有し、その実行を各 Jクラブに求めている。具体的には
ア) 地域におけるスポーツの振興、スポーツによる 地域振興・地域貢献
イ) ユース以下の育成組織の編成 などが主なものである。
オーナー候 補 がこのよう な趣 旨 を理 解 し実 践 する意志を持つかどうかは、規約 24 条に基づい て、最終 的 には理 事会 で審議・判 断される。実 務 的 にはこれに先 立 ち、リーグ事 務 局 、必 要 に応 じ て経営諮問委員会による検討が行われる。
とはいえ、この段 階 で問 題 なく承 認 されたオー ナー候 補 が、J クラブの株 式 を取 得 し、オーナー になった後 も期 待 される行 動 をとるかどうかは不 明 である。行 動 が著 しくリーグの趣 旨 に反 する場 合 は、是 正 についての指 導 ・勧 告 が実 施 され、そ れでも変 更 がなされない場 合 は退 会 が求 められ ることとなる。
すなわち、本 項 でいう禁 止 類 型 は、意 志 に基 づくものであるがゆえに、事 前 の審 査 や審 議 です べての判 断 が終 了 するという性 格 のものではない。
とはいえ実 態としては、リーグの理 念や社 団として の目 的 についてあまり関 心 を持 たず、これと乖 離 した構 想 を示 すオーナー候 補 もあり得 るため、理 事会において 24 条に基づいて審議されること、
およびこれに先立つ検討が行われることが有効で あるといえる。
24条がない場合を想定するなら、リーグはオー ナーとなるものに理 念 の遵 守 を求 めるだけであり、
これへの離反は、オーナーとなった後に、J クラブ の行動から判断され、必要に応じて是正が求めら れることとなる。この方式の場合、オーナーは求め られる行 動 を理 解 する機 会 が少 なく、結 果 として 離 反 行 動 が生 じる機 会 が増 加 するものと思 われ る。これを予防回避する手段として 24 条が有効 であるといえる。
② J クラブの売 買 によりキャピタルゲインを得 る ことを出資目的の一つとする株主
33 株 式 会 社 は一 般 的 に営 利 企 業 であるとされる。
しかし、営 利 と非 営 利 の別 は「利 益 を外 部 (株 式 会 社 であれば出 資 している株 主)に還 元 するかど うか」によるものであるとすると、少 なくとも実 態 的 には、J クラブは株 式 会 社 でありながら営 利 企 業 に該 当 しない。配 当 を実 施 した例 がないためであ る。
J クラブが配当 を実 施 しないのは、オーナーが J クラブに配 当 を求 めていないためである。オー ナーは J クラブが著しい赤字を計上することは回 避 したい(注 2)が、少 なくともこれまでは、出 資 ・ 投 資 の目 的 は利 益 ではない。では出 資 の目 的 は、
何であったのか。
典 型 的 な目 的 は、かつての企 業 スポーツの延 長 として、自 社 の企 業 イメージを向 上 させるため のメディア、コンテンツとしてチームを保 有 すること である。換 言 すれば、J クラブはオーナー企 業 と は別 会 社 であるものの実 態 として一 体 であり、広 告 ・広 報 を実 施 する、一 種 のコストセンターとして 位 置 づけられている。またしたがってオーナーは 株 式 を保 有 するだけでなく、多 くの場 合 、チーム を広 告 ・広 報 上 のメディア、コンテンツとして位 置 づけ、活用 している。そしてそれゆえに、オーナー はユニフォームに企業名や製品名等を掲示し、ス ポンサー料を支払っている例が多い(注 3)。この 意 味 において、J クラブとは、出 資 することによっ て利益を生み出す主体ではなく、出資によって確 保 された広 告 ・広 報 の手 段 であり、オーナーにと っては出資後もコストが出続けるものなのである。
このように J クラブがコストセンターでありながら、
オーナーがその株式を持ち続け、スポンサー料 を 支 払 っているということは、そうすることによる便 益 が発 生 していることを予 想 させるものである。言 い 方を変えるなら、オーナーかつスポンサーであるこ とには、一 定 の「見 返 り」がある。この見 返 りが経 済 合 理 的 なものであるかどうか、またそうだとして 便益の額を算出できるものかどうかはわからない。
というより、算 出 は困 難 だが、困 難 の程 度 は、一 般 的 な広 告と同 程 度 であるといえる。換 言 すれば、
便 益 の額 はわからないが、便 益 があると自 認 して いるがゆえに、スポンサーシップを含 むオーナー シップが成 立 していると見 るべきである。そしてそ うだとするなら、オーナーとしての地 位 を取 得 した いと考 える企 業 が一 般 的 に存 在 するはずであり、
それゆえにその地位は売買の対象 となり得るので ある。この地位は、J クラブの株式の譲渡によって 取 引 される。したがって理 論 的 には、オーナーシ ップをキャピタルゲインを得 る対 象 として取 得 しよ うという主体が登場し得る。
とはいえ、純 粋にキャピタルゲインだけを目的と してオーナーになろうという主 体 を想 定 することは 難 しい。というのは、オーナーシップがスポンサー シップと密 接不 可 分 のものであるとすると、オーナ ーになることは、毎 年 のスポンサーとしての支出を 伴うものだからである。
しかしこれについては例外的な状況を想定して おく必 要 がある。それは、主 要 なスポンサーが株 主となる意志を持たないようなケースである。
J クラブが広告・広報のメディア、コンテンツとし て有 効 であるとすると、そのスポンサーになり、ス ポンサー料 を支 払 うことは、経 済 合 理 的 な活 動 で あると説 明 できる。もちろん、経 済 合 理 性 は支 出 と対 価 の関係 で決 まるが、合 理 的であると当 事者 としてのスポンサーが判 断し、税務 当局や監 査 人 もこれを認めるのであればそれでよい。しかし出資 については、前述のようにJクラブがこれまで配当 の実 績 を持 たないのだとすると、経 済 合 理 性 を唱 えることが難しいと考える企業があって当然である。
したがって、スポンサーになる意 志 はあるがオー ナーにはなりたくないという企業があり得る。
このような場 合 、オーナーとスポンサーは分 離 され、オーナーは J クラブの株式を取得する際に 対 価 を支 出 するだけであり、毎 年 のスポンサー料 については支 出 を必 要 としないというケースを想
34 定 することができる。このような「純 然 たる株 主 」は、
J クラブの株式保有を、一種の投資として位置づ けることが可能なのである。
③ J クラブを活用して自身の他の事業の発展を 企図し、かつその結果として Jクラブの成長機会 損失が生じるような事業展開を企図する株主
Jリーグの大きな特徴の一つは、リーグがJクラ ブに対して、サッカーチームによる競技 という興行 だけを求めているのではないという点である。具体 的には以下のようなものが想定される。
ア) ユース・ジュニアの育成 イ) サッカースクールの経営
ウ) サッカー以外のチームの保有と運営 エ) プロサッカーに付随する事業
a) グッズ販 売 、選 手 のイベント参 加 などクラブ が保有する無体財産や人材を活用した事業 b) ファンクラブ・後援会運営など
オ) 地域スポーツや健康増進に資する事業 a) フットサル場などスポーツ施設の経営 b) 指定管理者としての事業
c) 介護事業 カ) その他
この中 で、ユース・ジュニア育 成 のために該 当 するチームを保 有 することは入 会 要 件 である。ま た地 域 スポーツの振 興 への貢 献 は、社 団 の理 念 として推 奨 されているものでもある。収 入 の少 ない J クラブに対しては、地元行政や支援母体が、収 入 不 足 を補 うことを目 的 として、施 設 管 理 等 を委 託する例も見られる。
したがって、Jクラブという法人は、単にプロサッ カーの興 行 を行 う組 織 ではなく、複 数 の収 入 機 会 を本 質 的 に持 つ事 業 体 であるということができ る。そしてそれらの事 業 の中 には、入 会 要 件 とし て、あるいはファンを拡 大 ・維 持 するために、たと え経済的には「持ち出し」であっても実施しなけれ ばならないものがある一方 で、本 来収 入 の不 足を
補 う、あるいはプロサッカーチームの事 業 費 の原 資とすることを目的として行われる収益目的として の事業も含まれている。
ここで、純 粋 に営 利 を目 的 として、フットサル場 を経営する企業が Jクラブのオーナーになるケー スを想 定 してみよう。このオーナーは、J クラブを 保有していることを、自社の PRに活用することが 可 能 だしおそらくそうするだろう。そしてその結 果 として、オーナーが保 有 するフットサル会 社 は収 益を増 し、J クラブは事業 展開 機会を阻害 される こととなるはずである。あるいは、選 手の肖 像 権 管 理やグッズ販売の代行を行う会社をこのオーナー が設 立 した場 合 も、J クラブの事 業 展 開 ないし収 入拡大の機会が阻害される懸念がある。
もちろん、当該のオーナーが J クラブを含む、
地 域 スポーツの振 興 を目 的 とする企 業 グループ を形 成 しているのであれば、プロリーグの興 行 以 外の事業が、たとえ外形的に J クラブから分離さ れているとしても、それはリーグの理 念 に反 するも のではないので問 題 とすべきではない。したがっ てこれに関 わる判 断 は外 形 だけでは不 可 能 であ り、J クラブの本 来 的 な事 業 からのキャッシュフロ ーや収 益 が、他 の事 業 に供 されているかどうかに ついての監視と判断が必要とされるのである。
④ 反社会的存在
反 社 会 的 な活 動 を行 っている株 主 については、
リーグの理 念 云 々以 前 の問 題 として、J クラブの 株 主 ないしその候 補 から排 除 されなければならな い。その行 動 原 理 は、言 ってみれば「想 像 を超 え る」ものであるため、類型を記 述 することもおそらく 不 可 能 である。このような主 体 が株 主 となる意 志 を持ち得ることは J リーグにとって経験的な事実 であるが、その排除については 24 条による理事 会での決定によって実現することができる。
3. 現行規約の限界
35 本章冒頭に示したとおり、Jクラブは規約24条 によって実 質 的 に上 場 を禁 止 されている。ここま でに述 べてきたような「排除すべき株主」の登 場も、
これによって回避されてきた。
しかし、現 在 の規 約 には不 十 分 なところがある。
それは、株主が会社であった場合、これが上場す ることにより、実 質 的 に J クラブが上 場 会 社 の一 部となることを妨げられないという点である。1章に 示した上場 の類型(図1)にしたがって検討するな ら、規約が実質的に禁止しているのは類型1だけ である。類型 2~3 については、現行の規約では 禁止することができない。
尚 ここで留 意 しておかなければならないのは、
本稿及び Jリーグの課題が、「上記類型 2~3 の ような上場を、いかにして禁止し得るか」というもの ではないという点 である。これらの類 型 を利 用 した 上場が前節 1)で述べた趣旨に反するものでなけ れば、上 場 の実 質 的 な禁 止 は意 味 を持 たず、む しろ J クラブあるいは株 主 会 社 の資 本 政 策 に不 要な制約を課すものとなるだけであろう。
Ⅲ. Jクラブの上場親会社についての検討 1. Jクラブの親会社の状況
1) 上場親会社の規模
J クラブの親会社が上場している場合、第三者 は親 会 社 の株 式 を取 得 ・保 有 することにより、子 会社である J クラブの支配が可能になる。この類 型 が許 容 されるとすると、J クラブ自 体 の株 式 上 場 が実 質 的 に禁 止 されていても、親 会 社 の上 場 によって、実 態 として上 場 禁 止 は無 意 味 化 するこ とになるといえる。
しかし実際にはすでに、J クラブの親会社で上 場 している会 社 は少 なくない。これは最 近 の傾 向 ではなく、1993 年の J リーグ発足当初から、J ク ラブのいわゆる「母 体 企 業 」・・・株 主 であり、また 多くはメインスポンサーとして J クラブの運営に実 質 的 な責 任 を有 すると一 般 的 に認 識 されている
会 社 ・・・には上 場 会 社 が多 かったのである。した がって、少 なくとも制 度 的 には「親 会 社 の株 式 を 取得・保有することにより、子会社である J クラブ の支 配 が可 能 になる」ための条 件 は、すでに整 っ ていたといえる。
とはいえ実 際 には、「J クラブの親 会 社 を支 配 することによって Jクラブを支配する」という目的を 有していると思われる株 主候補は登 場していない。
以下ではこの理由を検討することとする。
Jクラブの母 体 組 織 である上 場 会 社 (あるいは 上 場 会 社 の子 会 社 )の中 で、Jクラブの株 式 の持
分が 50%を超えている企業、および持分が50%
を超 えていると思 われる企 業 は表 2の通 りである (注 4)。子 会 社 の支 配 については株 式 持 分 だけ でなく、人的 支配などを含む実質支 配力によって も判 断 するのが一 般 的 であるが、本 稿 の目 的 は 個別の J クラブに対する大株主の支配力を検討 することではないので、J クラブの典 型 的 な親 会 社 として、持分 が過 半 となっていると考 えられる企 業を取り上げることとした。これらの J クラブは、外 形 的 には親 会 社 と別 の法 人 であるが、親 会 社 の 上 場 によって、実 質 的 に上 場 しているということが できる。
表 2 には、これら 8 社の親会社の売上高と株 式 時 価 総 額 を示 している。最 小 は日 本 テレビ放 送網であるが、それでも株式時価総額は4000億 円を超えている。これ以外の 7社は、1兆円以上 である。
2) 想定される親会社の行動原理
同表を一見して明らかなのは、つぎの2点であ る。
① J クラブの支配を目的として親会社株式を取 得しようという企業はない
上記の親会社は、いずれもサッカーとは関係な い事 業 を行 っている大 企 業 である。すなわち、図 1では類型2に該当する。したがって親会社の株
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表2 Jクラブ親 会 社 の売 上 高 と株 式 時 価 総 額
Jクラブ 親会社名 売上高 株式時価総額
鹿島 住友金属工業 15,527 24,174
浦和 三菱自動車工業 21,200 12,191
川崎 富士通 47,914 17,553
横浜 Fマリノス 日産自動車 94,282 61,888
京都 京セラ 11,814 18,327
ガンバ大阪 松下電器産業 88,943 61,081
柏 日立製作所 94,648 26,035
東京ヴェルディ 日本テレビ放送網 3,466 4,111 注 :2006年3月 決 算 期 (単 位 億 円 )
資 料 :東 洋 経 済 新 報 社(2006)
主 は、親 会 社 の事 業 の成 果 に基 づく投 資 収 益 を 期 待 して株 式 を保 有 していると考 えることが妥 当 であろう。もし子会社であるJクラブの支配を目的 として親会社株式を保有しようとするなら、支配力 を実現するために投資しなければならない資金は、
最も株式時 価総額 が低 い日本テレビ放送網を対 象とする場合でも 2000 億円を超える。そのような 目 的 を持 って親 会 社 株 を保 有 しようという株 主 は ないといってよいだろう。
② 親 会 社は子会 社 である J クラブの収 益 貢 献 に期待しない
またこれら上 場 親 会 社 は、おそらく子 会 社 であ る J クラブの収益貢献に期待していないといって よい。
大 企 業 のグループ会 社 は、つぎのように類 型 化することが可能である。
(ア) 親 会 社 とは別 個 の事 業 を実 施 し、収 益 に貢 献 するもの。すなわち、親 会 社 の事 業 部 門 と同 じ 役割を担うもの。
(イ) 親 会 社 の事 業 の一 部 を担 当 し、連 結 ベース での収益に貢献するもの。例としては製造子会社、
販売子会社、物流子会社など。
(ウ) 親 会 社 の機 能 の一 部 を担 当 するもの。例 と
しては保 険 代 理 、労 働 者 派 遣 、ファイナンス、情 報システム等の子会社など。
この類型にしたがうなら、親会社にとって J クラ ブとは、ウの「機 能 の一 部 を担 当 する子 会 社 」に 該当するといえる。すなわちJクラブは典型的なコ ストセンターであり、親 会 社 の広 告 宣 伝 あるいは/
および広報の機能を担っているということである。
コストセンターであったとしても、それは経 済 合 理 的 に活 動 しなくてよいということではない。同 じ 類 型 に該 当 する他 のグループ会 社 と同 様 、コスト の最適化が求められることとなる。したがって、Jク ラブが入 場 料 などで売 上 高 を伸 ばしたならば、親 会 社 が負 担 するスポンサーとしての費 用 を削 減 することが可 能 である。もちろん、J クラブの収 入 増 加 を強 化 費 用 に充 当 する(スポンサーとしての 費 用 を削 減 しない)というのでも良 い。この場 合 は、
強 化 に伴 って広 告 ないし広 報 効 果 が向 上 するこ とが期待されており、コスト・パフォーマンスが上昇 するという点 では、強 化 をせずスポンサー料 を減 額した場合と同様だからである。
結論として、親会社はJクラブの損益は監視す るものの、J クラブがもたらす収益には期待してい ない。とくに、グループとして実 施 している事 業 の 規模が大きく、これら事 業 の期待収益 が大きい上
37 場親会社の場合には、Jクラブの収益貢献にはま ったく期 待 せず、一 定 のコストの範 囲 での広 告 ・ 広 報 効 果 の最 大 化 を期 待 しているということがで きるだろう。
2. 大規模な上場親会社の株主の交代の影響 以 上 のような検 討 からは、「大 規 模 な上 場 親 会 社とその子会社としての J クラブ」という関係は、
少なくともJクラブないしこれが所属する企業グル ープの上 場 という観 点 からは問 題 がないものと考 えられる。しかし、上 場 会 社 の株 式 が自 由 に売 買 されるということからすれば、問 題 が生 じる可 能 性 が絶無ということではない。具体的には、TOB 等 の方 法 を用 いて、第 三 者 によって親 会 社 が買 収 されるケースを想定しておく必要がある。
この第三者は、J クラブの支配を目的にして親 会 社 を買 収 するわけではない。しかし、当 該 者 が J クラブの保 有 、運 営 に無 関 心 であり、これを継 続することについての意 志を持たないこともあるだ ろう。この場合、J クラブ会社は何らかの方法によ って消 滅 するか、他 の主 体 に譲 渡 されることとな る。
現 実 的 な の は お そ ら く 譲 渡 で あ る が 、 一 応 消 滅のケースを考えるなら、
① J リーグが当該 株主・親会 社に申 し入 れを行 い、興行に支障のない時期まで J クラブを存続さ せることを求める。
② JクラブないしJリーグが新たな株主を探す。
③ 一時的にJリーグないしその関連会社が当該 J クラブ株式を保有する、あるいは時限的な措置 として新規に運営会社を設立する。
という対処が想定される。
当 該 の第 三 者 からみた場 合 、経 済 合 理 性 があ るのは、J クラブの譲 渡 である。会 社 の消 滅 には 一 定 のコストがかかるが、譲 渡 であれば、むしろキ ャピタルゲインを生 むこともあると思 われるからで ある。
もしこの第三者が J クラブ株式を譲渡するとし た場 合 、問 題 が生 じるのは、譲 渡 先 が、ここまで に述 べたような禁 止 類 型 に該 当 するようなケース である。これに際しては、規約 24条によって、Jク ラブ株 式の譲渡は否認 されることになる。もしそれ でも譲 渡 が強 行 されるのであれば、少 なくとも制 度的には、当該クラブに対して是正を求める乃至 退 会 を勧 告 することとなるが、これまではそのよう な例はなく、24条は、いわば予防的に機能してい るだけである。したがって、24 条 に基 づく否 認 後 の手続きについては、経験的に確立されたものが ないが、24 条が存在することによって、禁止類型 に該当する企業が J クラブ株式を保有することに 対する制約は強く意識されることになるものと思わ れる。
3. 上場親会社の規模が小さい場合
現在のJクラブの上場親会社は、前節のとおり 規模が大きい。しかし、上場企業がすべて巨大だ というわけではない。たとえば JASDAQ と東証マ ザーズの上 場 基 準 を見 ると、上 場 時 の株 式 時 価 総額はどちらも 10 億円以上であることとされてい る。したがって、J クラブが、規模 の小さい上場 親 会 社 によって支 配 されることがあり得 る。そしてこ の場合、Jクラブの支配を目的として、第三者がJ クラブの上 場 親 会 社 株 を取 得 する可 能 性 も高 ま るものと思 われる。上 場 親 会 社 の株 式 時 価 総 額 が10億円であるとすると、5億円を若干上回る資 金 があれば、この資 金で親 会 社 株 を取 得 すること により、当該の親会社およびJクラブを支配するこ とが可 能 となる。またこの親 会 社 が経 営 不 振 の状 態にあるとすると、株式時価総額が 10 億円を下 回 る場 合 も想 定 される。この場 合 はさらに買 収 が 容易になるのである。
すなわち、J クラブの上場親会社には2つの類 型を認識しておく必要がある。具体的には、
① 規模が大きい上場親会社
38
② 規模が小さい上場親会社
であり、②については、第三者が J クラブの支配 を目 的 として、あるいは目 的 の一 つとして当 該 親 会 社 を支 配 しようと考 えることが想 定 できるといえ る。
現在Jクラブの親会社でこの「上場しており、か つ規模 が比 較的 小さい」という条件 に該当する会 社 は見 られ ない。ただし 、上 場 会 社 の経 営 者 が 別に会社を設立してJクラブの株式を保有する例
は見 られ、該 当 する上 場 会 社 は以 下 である。この 3社のうち、楽天株式会社は日本テレビ放送網よ り株式時価総額が大なので、たとえ同社が直接 J クラブを子 会 社 としていたとしても、少 なくともこの 面からは J クラブ保有を目的とする被買収 リスク は小さいといえるだろう。他の2社については、支 配の所要資金は30~40億円であり、すでにJク ラブの親 会 社 となっている上 場 会 社 と比 較 すると、
支配は容易であるということができる。
表3 Jクラブを保 有 している大 株 主 の代 表 者 が経 営 している上 場 会 社
社名 株式時価総額(億円) 決算期
㈱クリーク・アンド・リバー 83 2006.02
楽天株式会社 10,219 2005.12
㈱レオックジャパン 57 2006.03
資 料 :東 洋 経 済 新 報 社(2006)
4. 小規模な親会社が J クラブの収益に期待す るケースについて
小 規 模 な親 会 社 について検 討 しておかなけれ ばならないもう一つの点 は、この親 会 社が、J クラ ブがもたらす利 益 やキャッシュフローに期 待 する かどうかという点である。
親会社がJクラブの収益に期待するかどうかは、
親 会 社 が上 場 しているかどうかとは別 の問 題 であ る。禁 止 類 型 の項 でも述 べたように、非 上 場 であ っても、J クラブの収益に期待する親会社は、J ク ラブの成 長 を阻 害 するという点 において問 題 を孕 んでいる。親 会 社 が上 場 している場 合 にとくに問 題が生じると思われるのは、これに加えて、つぎの ような点によるものである。
① 株 価 維 持 等 の 観 点 か ら 、 た と え ば 親 会 社 の 他の事業が不振であった場合、J クラブの収益に 期待する度合いが高まる。
② Jクラブが収益をもたらす存在であれば、買収 の経済合理性が高まる。Jクラブが実態としてコス トセンターであったとすると、親 会 社 を買 収 する第
三者は、買収後に毎年 J クラブの維持のために 費用を拠出しなければならない。
③ 逆 に収 益 をもたらさないコストセンターであっ たとすると、これを手離す可能性が高まる。すでに 述べたとおり、J クラブは、経 験的 事 実としてはキ ャッシュフローをもたらさないが、これを経 済 合 理 性 以 外 の観 点 から所 有 したいと思 う主 体 はあると 考 えられるので、資 産 としての価 値 があるためで ある。
Ⅳ. Jクラブにとっての上場のメリットとデメリット 1. 上場のメリット
1) 一般的な上場のメリット
本章では観点を転じ、株式上場というのが J ク ラブにとってどのようなメリットをもたらし、またどの ようなデメリットを生じるのかを検討する。
まず一 般 的 には、企 業 にとって上 場 は大 きな 目標である場合が多い。上場要件を満たしながら 意 図 的 に非 上 場 のままであろうとする企 業 もない ことはないが、できるなら上 場 したいと考 える経 営
39 者が多い。
東 京 証 券 取 引 所 が発 行 している「マザーズ上 場 の手 引 き 2006」では、株 式 上 場 (マザーズ上 場 に限 定 しているわけではなく一 般 論 として)のメ リットとして以下の3項が掲げられている。
(1) 資金調達の円滑化、多様化
上 場 会 社 は、取 引 市 場における株式 の流 動 性を 背 景 に、発 行 市 場 において、公 募 による時 価 発 行 増 資 、 新 株 予 約 権 ・ 新 株 予 約 権 付 社 債 の発 行 など、直 接 金 融 の道 が開 かれ、資 金 調 達 能 力 が増 大 することにより、成 長 のための資 金 調 達 の 円滑化・多様化を図ることができます。
(2) 企業の知名度の向上
上 場 会 社 となることによって、株 式 市 況 欄 をはじ めとする新 聞報 道 などの機 会 が増 えることにより、
会社の知名度が向上するとともに、優秀な人材を 確保できます。
(3) 社 内 管 理 体 制 の充 実 と従 業 員 の士 気 の向 上
企 業 情 報 の開 示 を行 うこととなり、投 資 者 をはじ めとした第 三 者 のチェックを受 けることから、組 織 的 な企 業 運 営 がなされ、会 社 の内 部 管 理 体 制 の 充 実 が図 られます。またパブリックカンパニーとな ることにより、役 員 ・従 業 員 のモチベーションが向 上することにもなります。
東京証券取引所(2006a) p.1 また、あずさ監 査 法 人 が発 行 している「株 式 上 場 の手 引 き」(2006)では、上 場 のメリットをつぎの ように整理している。
1. 会社のメリット
(1) 長期安定資金の調達と財務体質の強化 (2) 株式交換制度を活用した企業再編の円滑化 (3) 会社の知名度、信用度の向上と取引の拡大 (4) 役 員 ・従 業 員 のモラールの高 まりと優 秀 な人
材の確保
(5) 経営管理能力の強化
(6) 従業員持株会の導入による福利厚生の拡大
(7) インセンティブ・プランによる人 材 の確 保 と会 社業績の向上
2. 株主のメリット (1) 創業者利潤の実現
(2) 株式の公正な価格形成と財産価値の増大 (3) 円滑な事業承継と相続対策
あずさ監査法人(2006)p.6-7
2) J クラブにとっての上場メリット
① 借り入れに際して個人保証が不要であること 東 証 及 び あ ずさ監 査 法 人 の前 出 の 資 料 では 指摘されていないが、借り入れに際して個人保証 を求 められないことも、上 場 、ないし上 場 会 社 を 親会社とすることの大きなメリットの一つである。
上 場 会 社 では通 常 、借 り入 れに際 して、経 営 者 に個 人 保 証 を求 められることがない。これに対 して、非 上 場 会 社 が市 中 の金 融 機 関 から借 り入 れを行 う場 合 は、慣 行 として、経 営 者 がこれを保 証するのが一般的であるといえる。
非上場のJクラブが資金を借り入れる場合、債 権者としては
・ 銀行などの金融機関
・ 親会社、あるいはそのグループ企業 が想定される。
親 会 社 がある場 合 には後 者 が選 択 され得 る。
すなわち、親 会 社 は自 社 の信 用 に基 づいて資 金 を借り入れ、あるいは自己資金を以って J クラブ に貸し付ける。この場合、債権者が J クラブの経 営 者 に個 人 保 証 を求 めることはない。大 株 主 の 持 分 が低 く、親 会 社 に該 当 する企 業 がない場 合 でも、地 元 などの有 力 企 業 が支 援 しているクラブ の場 合は、当該 支援 企 業、あるいはこれに近 しい 市 中 の金 融 機 関 から 資 金 を借 り入 れることが可 能 である。この場 合 も、すべてのケースにおいて そうだと断定はできないが、Jクラブの経営者は個 人保証を免れることができるだろう。
これに対して、非上場のJクラブが金融機関か
40 ら直 接 借 り入 れを行 い、かつ支 援 企 業 からの有 形 無 形 の援 助 がない場 合 は個 人 保 証 が一 般 的 である。したがって、そのような J クラブが資金調 達を円滑にすすめようと考えるなら、J クラブ自身 の上 場 、あるいはその親 会 社 の上 場 を企 図 する ことになるだろう。
一般の事業会社が借り入れに際して個人保証 を行 うという慣 行 は、会 社 が行 っている事 業 が家 業 ないし生 業 であり、それゆえに会 社 と経 営 者 個 人 の資 産 とが未 分 離 の場 合 には、ある程 度 合 理 的だと言える。これに対して J クラブは、たとえ非 上 場 であっても一 種 の社 会 的 な公 器 であり、その 経営者とJ クラブの資産が未分離であるとは考え にくいし、そもそもそうあってはならない性 格 のも のであろう。したがって、J クラブの経営者が、J ク ラブの借 り入 れに際 して個 人 で保 証 するというの は経 済 合 理 性 のない行 動 であり、金 融 取 引 にお ける一 般 的 な慣 行 にしたがってそうしている、ある いは債 権 者 である金 融 機 関 のリスクを低 減 させる ためにそうせざるを得 ないという趣 旨 のものである。
個 人 保 証 を解 除 するためだけに上場 を目 指 す会 社はないと思われるが、上場 すること、あるいは上 場会社を親会社とすることには、この点に大きなメ リットがあるといえる。
② Jクラブに対するシンパシーの向上
Jクラブ自身が株式を上場するケースを想定す るなら、サポーターが自 由 にその株 式 を取 得 でき るので、取得により当該Jクラブへのシンパシーが 高まることが期待されるところである。ただし、上場 する(ないししている)のがJクラブの親会社である とすると、たとえ親会社の株式を取得しても、株主 権 は直 接 的 には親 会 社 に対 するものなので、こ のようなシンパシーが形 成 されるかどうかは一 概 に言 えないところであろう。たとえば、東 京 ヴェル ディ1969のサポーターが、サポーターのシンパシ ーの表 れとして日 本 テレビ放 送 網 の株 式 を持 ち
たいと考 えるだろうか。個 人 の嗜 好 の領 域 に属 す る問 題 なので絶 対 にないということはできないが、
そう考 える人は多くないと見 るべきである。上 場 親 会社が小さい場合には、このような「親会社と J ク ラブとの距 離 」は、多 少 は縮 まるかもしれない。と はいえ、J クラブの株 式 を直 接 的 に保 有 するのと は明らかに違う。
2. 上場のデメリットないし制約
東証の前記資料では「(前略)発行する有価証 券 は、不 特 定 多 数 の投 資 者 の投 資 対 象 となりま すので、投 資 者 保 護 の観 点 から、決 算 発 表 、企 業 内 容 の適 時 適 切 な開 示 が要 求 されるなど、新 た な 社 会 的 責 任 や 義 務 が 生 じ る こ と に も な り ま す。」と記されている(東 証(2006a) p.1)。また、あ ずさ監 査 法 人 の前 掲 資 料 では、上 場 に伴 う経 営 者の留意事項として
(1) M&Aや株式の投機的取引に対する対策 (2) 株主総会の運営対策
(3) 企業内容の開示義務と事務負担の増大 (4) IR による企業イメージの向上
(5) 経営戦略の変化
が指 摘 されている(あずさ監 査 法 人(2006)p.7-8)。
第 一 項 については本 稿 の他 の項 で詳 述 している のでここでは言 及 しない。これ以 外 に重 要 なのは 第 二 、三 項 であり、要 は責 任 や義 務 に伴 うコスト が発 生 するということである。第 四 、五 項 について も、法 定 外 の情 報 発 信 (第 四 項 )、中長 期 的 な経 営計画の開示(第五項)など、実施に際してコスト が発生するものであるといえる。尚 2008年から内 部 統 制 が上 場 会 社 に対 して義 務 化 されることに 伴 い、上 場 を保 つコストは上 昇 するものと思 われ る。
3. 上場で得た資金の使途について 1) 上場による期待調達額
上場の経済的なメリットの第一は資金調達であ
41
表4 マザーズにおける新 規 上 場 会 社 数 と資 金 調 達 額 の推 移
年 新規上場会社数
IPOにおける 資金調達額合計
(億円)
1社あたり調達額 (億円)
2002 8 183 22
2003 31 767 24
2004 56 1261 22
2005 37 1303 35
2006 41 974 23
資 料 出 所 :東 京 証 券 取 引 所(2006b) 注1: 資 金 調 達 額 には売 り出 しによる調 達 を含 む 注2: 売 出 しにはオーバーアロットメントによるものを含 む
る。これは
①上場時の公募による調達
②上場後の資金調達の容易性
に分 けることができるが、ここでは前 者 に注 目 し、
新 規 上 場 会 社 がどの程 度 の資 金 を得 ているかを 確認する。
表 4 はマザーズに新規上場した会社の、上場 時の資金調達額の推移である。この金額には「公 募 」「売 出 し」による調 達 が含 まれており、後 者 は
既 発 行 株 の取 引 であるため、上 場 する会 社 に資 金 が入 るわけではない。しかし東 証 で公 開 されて いる資料では、2006年については両者の合計値 だけが公 表 されているので、これについての経 時 的な変化をみたものである。
ここに見 られるように、マザーズ上 場 によって調 達される資金の 1 社あたりの額は、2005 年はや や突出して 35 億円であるが、それ以外の年につ いては20 億円台で推移している。
つぎに調達額の分布をみたものが表 5である。
東 証 マザーズでの新 規 上 場 に際 して、100 億 円 以上の調達を行った企業が 2005 年には 4 社、
2006 年にも 1社あるが、過半は 20 億円未満で ある。中央値は 2005 年 18.00 億円、2006 年 15.20億円であった。
また 2005 年の資料では「公募」と「売出し」が 区 分 されているので公募 のみを集 計 すると、調 達 額は平均 19 億円、分布は下表のとおり、中央値 は11.03 億円となる。
JASDAQ では、2006 年に資金調達を伴う上
場を実施した企業は 53 社であった(他の市場に すでに上 場 している会 社 の重 複 上 場 等 があるた め、上 場 する会 社 が資 金 を調 達 しない場 合 があ る)。公募による調達額は平均 17.43 億円、中央
値は 7.59億円である。
したがって、少なくとも過去の事例から判断するな ら、マザーズ、JASDAQ 上 場 によって企 業 が調 達できる資金は、多くて 20 億円程度と考えること が妥当だといえるだろう。もちろん、100 億円を超 える資 金 調 達 の例 がないわけではない。しかしそ うなるためには、相 応 の投 資 計 画 が不 可 欠 であ る。
2) 調達資金の使途
① スタジアムの保有と運営
つぎにこの資 金 を何 に供 するのかという点 であ る。よく言われるのは
・ 日 本 のサッカーチームは自 前 のスタジアムを持 っていない
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表5 東 証 マザーズとJASDAQに上 場 した企 業 の公 募 ・売 出 調 達 額 (単 位 :社)
東証マザーズ JASDAQ
調達額 2005 2006 2005
(公募のみ)
2006
(公募のみ)
10億円未満 12 7 17 31
20億円未満 13 18 12 10
30億円未満 3 8 3 6
50億円未満 4 5 1 2
100 億円未満 1 2 3 3
100 億円以上 4 1 1 1
資 料 :東 京 証 券 取 引 所(2005)(2006b)、JASDAQ(2007)
・ 上 場 によって資 金 を調 達 し、スタジアムを保 有 することができる/すべきではないか
という議論である。
そこで、ではスタジアムを保 有 するにはどの程 度 の費 用 がかかるのかを確 認 しておく。次 表 は、
ワールドカップに向 けて整 備 されたスタジアムの 建 設 費 用 である。費 用 が最 も大 きいのは横 浜 国 際総合競技場(現日産スタジアム)であり 600 億 円、最も少額でも神戸(ウィングスタジアム)の230 億 円 で あ る 。 こ れ に 対 し て 、 マ ザ ー ズ あ る い は
JASDAQ上場で得られる資金が前述のように20
億円程度だとすると、たとえ上場したとしても、J ク ラブはスタジアムを、調 達 した資 金 によって建 設 することはできないということがわかる。
とはいえ、スタジアムの保有が不可能というわけ ではない。具 体 的 な方 法 としては、上 場 によって 調 達 した資 金 を資 本 とし、スタジアムを新 設 、ある いは行 政 等 からの譲 渡 によって取 得 し、差 額 は 債務によって充当するというものである(尚表の整 備費用には土地代金が含まれていないので、Jク ラブないしこの親 会 社 が民 間 の会 社 としてスタジ アム運 営 事 業 を実 施 する場 合 には、土 地 取 得 費 用あるいは地代が必要となる)。
民間企業によるスタジアムの保有と運営は例を 見 ないわけではない。東 京 ドームは㈱東 京 ドーム
が保 有 ・運 営 しており、甲 子 園 球 場 は阪 神 電 気 鉄 道 株 式 会 社 が所 有 している。これらの例 のよう に、上場する会社がスタジアムを保 有するとともに グループ会社として Jクラブも保有し、当該のスタ ジアムをJクラブのホームとすることはあり得るだろ う。
ただしこの場 合 、上 場 する会 社 の 主 たる事 業 はJクラブの運営ではなくなる。事業構造としては、
スタジアムを保有する会社が J クラブ「も」保有し ているというものになる。したがって図 1の類 型 で は 3に該当するものとなる。
② 練習場等の整備
練 習 場 やクラブハウスの整 備 は、スタジアムと 比 較 した場 合 所 要 資 金 は少 額 なので、10 億 円 程 度 の資 金 調 達 に相 応 しい資 金 使 途 であるとい える。問 題 は、このような投 資 が収 益 を生 まないと いう点 である。したがって、株 式 上 場 の目 的 には 適 合 しない。もし練 習 場 やクラブハウスの賃 借 費 用 が高 く、これらの施 設 を自 有 することが収 益 の 改善につながることも考えられる。しかし事業成長 を伴わないという点は同様である。
③ 選手の獲得
選手の獲得に際し、移籍金は3年で償却され
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表6 ワールドカップ スタジアムの整 備 費 用(億 円)
施設名 整備費用(億円)
札幌ドーム 422
宮城スタジアム 270
新潟スタジアム 312
カシマサッカースタジアム 236
埼玉スタジアム 2002 356
横浜国際総合競技場 600
静岡スタジアム 300
長居スタジアム 401
神戸ウィングスタジアム 230
大分スポーツ公園総合競技場 251
資 料 :日 本 経 済 新 聞 2001.4.8, 31面 (神 戸 ウィングスタジアムについてはワールドカップ開 催 後 の二 次 整 備 費 用 を 含 む。スタジアムの呼 称 は新 聞 掲 載 時 のものである。)
ることが多 い 。この原 資 を増 資 で調 達 することを 想定することができる。たとえば移籍金12億円の 日 本 人 選 手 を獲 得 すると、キャッシュフロー上 は 当初 12 億円が支出され、損益計算書上では毎 年 4 億円の償却費となる。償却によって得たキャ ッシュは次の移籍金支払 いの原資となる。移籍に よってチームを強 化 し、これが収 入 増 につながる ことが期待される。
もし上 場 せず自 己 資 金 で移 籍 金 支 出 をまかな うとすると、自 己 資 金 が不 足 する場 合 には借 り入 れによることになるが、既 述 のとおり、非 上 場 会 社 の借 り入 れは個 人 保 証 を必 要 とすることが多 い。
すなわち、上 場 は自 己 資 本 を増 すだけでなく債 務の取り入 れも容 易 にするのに対 して、非上 場 で あるとすると移 籍 金 には債 務 を充 当 することが難 しい。そうであるとすると、移籍金の原資は非上場 のままでの増資ということになる。
ただし、移 籍 金を資 産とみなし得るかどうかは、
おそらく判 断 のわかれるところである。会 計 上 は 償 却 資 産 となる。しかし、選 手 という資 産 が利 益 成 長 に貢 献 するかどうかは不 確 定 であり、次 に検
討 する上 場 審 査 の観 点 からは、運 転 資 金 でまか なうべき性 格 の支 出 と判 断 されることもあり得 る点 に留意が必要であろう。
④関連事業
Jクラブが実施している、あるいは実施できる事 業には、試合興行以外のものが含まれる。その中 には、ジュニアやユースの育 成 など、直 接 的 に収 益 を生 まないものもあるが、肖 像 権 ・商 標 の活 用 、 フットサル施 設 の運 営 、グッズ販 売 、情 報 サービ スなど、収 益に貢 献 するものも含 まれ得 る。どのよ うな事 業 を実 施 し、収 益 を生 んでいくのかは会 社 が有 するアイデアに依 存 する。現 在 実 施 されてい ない事 業 が生 まれることも考 えられる。そのような 事業の拡大 を目的として、上場によって資金を調 達することを意図する会社もあり得るだろう。
このような事 業 を展 開 することは、基 本 的 には妨 げられない。したがって、それを目的とする上場は あってよい。この場 合、会 社の本 業 は J クラブの 試 合 興 行 及 びこれに付 帯 する事 業 ではないとい う点は、①のスタジアムの場合と同様である。
44
表7 上 場 によって調 達 する資 金 の使 途
使途の評価 評価の理由、備考
ア) スタジアムの保有・運営 ○ 調 達 できる額 はスタジアム取 得 費 用 よりか なり小さいと想定される。
上場する会社にとって J クラブの興行は小 規 模 な事 業 となり、会 社 の本 業 はスタジア ム運営になる。
イ) 練習場等の整備 × 利益成長にあまり貢献しない ウ) 選手の獲得(移籍金等) △ 運転資金の性格のものである。
エ) 関連事業 ○ 上場する会社にとって J クラブの興行は小 規模な事業となる。
Ⅴ. 審査基準から見た上場の妥当性 本章ではリーグの現行の規定規約は一旦止揚 し、上 場要 件の観 点 から、J クラブの株式 上場 の 可 能 性 を検 討 することとする。検 討 に際 しては、
東証マザーズおよび JASDAQ の上場要件を参 照 することとする。新 興 あるいは比 較 的 小 規 模 な 企 業 向 けの取 引 市 場 はマザーズ、JASDAQ 以 外 にもあるが、上 場 要 件 そのものはほぼ同 様 と思 われるので、これらを例とすることとする。
1. 東証マザーズ、JASDAQの上場基準 1) 主な上場基準
東 証 マザーズ上 場 に際 しての主 たる審 査 基 準
(形 式 基 準 )は次 のようなものである(東 京 証 券 取 引所(2006a) p.24による)。
① 上場株式数 上場時に 1000 単位以上の公 募又は公募及び売出し(ただし、公募は 500 単 位以上)
② 少数特定者持株数 制限なし
③ 株 主 数 上 場 時 の公 募 又 は公 募 及 び売 出 し により、新たに300人以上の株主を作ること
④ 事 業 継 続 年 数 1 年 以 前 から取 締 役 会 を設 置して事業活動継続
⑤ 純資産の額 制限なし
⑥ 上場時価総額 10 億円以上
⑦ 利益の額 制限なし
⑧ 売 上 高 上 場 対 象 となる事 業 について売 上 高が計上されていること
つぎにJASDAQは同社ホームページによれば
以下のとおり。
① 株 主 数 上 場 日 における上 場 申 請 に係 る株 式(自己株式を除く)の数(見込み)
・ 1万単元未満の場合 300人以上
・ 1万単元以上2万単元未満の場合 400人 以上
・ 2万単元以上の場合 500人以上
② 時価総額 上場日において 10 億円以上(見 込み)
③ 利 益 の額 直 前 事 業 年 度 における当 期 純 利 益金額が正又は経常利益金額が5億円以上
④ 純 資 産 の額 直 前 事 業 年 度 の末 日 において 2億円以上
上 記 審 査 基 準 から判 断 できることは、おそらく、
平均的な J クラブであれば、基準を満たすことが できる可 能 性 が高 いという点 である。マザーズを はじめとする新 興 市 場 は、過 去 の実 績 を問 わな い。これに比べるとJASDAQは純資産 2億円以 上、純利益計上が要件でありマザーズと比較する とやや制 約 が厳 しい。とはいえどちらも形 式 基 準 上は上場が比較的容易であるといえるだろう。
45 2) 実質的な上場審査基準
上記以外で検討すべき事項としてはつぎのよう なものがある。
① 成長性
マザーズでは上 場 時 に売 上 高 が計 上 されてい ればよく、利 益 についても制 限 はない。しかし将 来 については「高 い成 長 性 を有 していると認 めら れる」ことが条件となっている。JASDAQも、という より上 場 を企 図 する場 合 には市 場 を問 わず成 長 を求 められる。そしておそらく解 釈 としては、「プロ サッカーの興 行 」だけでは、成 長 性 があるとは判 断 されないものと思 われる。したがって、これに付 随する事業、具体的には
1) スタジアムの運営
2) サッカースクールやフットサルクラブの展開 3) メディアビジネス
4) 肖像権等無体財産を活用したビジネス 等 の成 長 が意 図 され、上 場 時 に調 達 した資 金 も これに供することが計画されている必要があるとい えるだろう。換言すれば、J クラブないしその親会 社 が上 場 を企 図 する場 合 、上 場 する会 社 の基 幹 事 業 は J クラブの興 行 ではないということである
(なおマザーズを例 にとるなら、これについては下 記 のとおり「上 場 申 請 のための有 価 証 券 報 告 書
(Ⅰの部 )」の「事 業 等 のリスク」の項 に記 載 しなけ ればならない)。
マザーズは、新 興 企 業 に対 して早 期 の資 金 調 達 の機 会 を与 え、更 なる成 長 を支 援 する市 場 で あるとのコンセプトに基 づき、上 場 に際 してのファ イナンスで得 られる資 金 の使 途 を具 体 的 に明 記 した上 で投 資 リスク等 を記 載 する(設 備 資 金 、運 転 資 金 、借 入 金 の返 済 、有 価 証 券 の取 得 、関 係 会社に対する出資又は融資、事業の買収等)。
東京証券取引所(2006a) p.33
②親会社との関係について
上場しようとする J クラブないしその親会社に、
親 会 社 等 の大 株 主 がある場 合 、「上 場 申 請 のた
めの有価証券報告書(Ⅰの部)」の「事業等のリス ク」の項 に記 載 しなければならない事 項 として「大 株 主 による申 請 会 社 の経 営 への関 与 の状 況 」が ある。具体的には以下の場合となっている。
大株主の会社に対する経営の関与の状況が、
今 後 の会 社 の事 業 展 開 上 何 らかの影 響 を及 ぼ す可 能 性 が ある場 合 な ど。また、大 株 主 に事 業 運 営 上 依 存 しており、何 らかの事 由 により当 該 大 株 主 との取 引 が継 続 できなくなる可 能 性 、あるい は業績に影響を与える可能性がある場合など。
東京証券取引所(2006a) p.32 また親会社がある場合には以下も条件となる。
(a) 親 会 社 等 又 は申 請 会 社 が、原 則 として申 請 会 社 (申 請 会 社 の資 本 下 位 会 社 を含 みます。以 下(b)まで 同 じ。) 又 は 親 会 社 等 の不 利 益 となる 取引行為を強制し、又 は誘引していないこと。(審 取扱 7.(1)c(a))
(b) 申 請 会 社 と 親 会 社 等 が 、 原 則 と し て 通 常 の 取 引 の条 件 (例 えば市 場 の実 勢 価 格 をいう。)と 著 しく異 なる条 件 で事 業 上 の取 引 その他 の取 引 を行っていないこと。(審取扱 7.(1)c(b)) (c) 次 のイ又 はロに適 合 すること。ただし、申 請 会 社 と親 会 社 等 との事 業 場 の関 連 が希 薄 であり、
かつ、当 該 親 会 社 等 による申 請 会 社 の株 式 の所 有 が投 資 育 成 を目 的 としたものであり、申 請 会 社 の事 業 活 動 を実 質 的 に支 配 することを目 的 とす るものでないことが明 らかな場 合 は、この限 りでな い。(審取扱 7.(1)c(c))
イ 申請会社の親会社等〔原文但し書 き略〕が発 行する株券が国内の証券取引所に上場されてい ること〔原文但し書き略〕。
ロ 申 請 会 社 が、その経 営 に重 大 な影 響 を与 え る親 会 社 等 (前 イに適 合 する親 会 社 等 を除 く。)
に関 する事 実 等 の会 社 上 場 を適 切 に把 握 するこ と が で き る 状 況 に あ り 、 次 の ( イ ) 又 は ( ロ ) 及 び
(ハ)に掲 げる事 項 について当 該 親 会 社 が同 意 することについて書面により確約すること。