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「現象学」から出発して,ハーバーマスをどのようにとらえるか? その2

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Academic year: 2021

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べ(SD!),「生活世界」についてのとらえ方が,ハーバーマスとはっきりと異なっ ている。 註16 ハーバーマスは,別書(TK)で,後期フッサールの「生活世界」の立場として, 次のようなことを述べている(TK48)。「生活世界」について「それぞれの個人は, 自律した行為能力の主体として承認し合い,また自らの固有な生活史に責任がとれ る者であることを互いに証明し合う」ことがはたらくととらえる。 註17 DE4 4.ハーバーマスは,このことには「ポスト慣習的な超―自我の構造(postkon-ventionelle Über-Ich Struktur)」がはたらく,というようにフロイト用語を使った 言い方をしている。

註18 eine Rationalisierung von Lebenswelten.

参考文献

(掲載は第一次文献に絞った。引用に際しては,略号の後に引用ページを記した。) Jürgen Habermas: Erläuterungen zur Diskursethik, Suhrkamp, Frankfurt a.M.,1991. 略号

を DE とした。邦訳『討議倫理』,清水多吉,朝倉輝一訳,法政大学出版局,2005年。 なお,原題は『討議倫理の解明』であるが,市販されている邦訳の題名を使用し『討 議倫理』とした。

Jürgen Habermas: Moralbewusstsein und kommunikatives Handeln, Suhrkamp, Frank-furt a.M., 1983. 邦訳『道徳意識とコミュケーション行為』,三島憲一,中野敏男,木 前利秋訳,岩波書店,2000年。

Jürgen Habermas: Texte und Kontexte, Suhrkamp,Frankfurt a.M., 1991. 略号を TK とし た。邦訳『テクストとコンテクスト』,佐藤嘉一,井上純一,赤井正二,出口剛司, 斎藤真緒訳,晃洋書房,2006年。

Karl-Otto Apel:Auseinandersetzung in Erprobung des transzendentalpragmatischen Ansatzes, Suhrkamp, Frankfurt a.M., 1998. 略号 AET とした。邦訳『超越論的語用論 とは何か?』,舟場保之,久呉將晃訳,梓出版社,2013年。

Karl-Otto Apel:『哲学の変換』(日本で磯江景孜氏らによって編集された論文集),磯江 景孜,松田毅,水谷雅彦,北尾宏之,平石隆敏訳,二玄社,1987年。

Rüdiger Bubner: Dialektik und Wissenschaft, Suhrkamp, Frankfurt a.M., 1973. 邦訳『弁 証法と科学』,加藤尚武,伊坂青司,竹田純郎訳,未來社,1983年。

Rüdiger Bubner: Zur Sache der Dialektik, Reclam, Stuttgart, 1980. 略号を SD とした。 邦訳『言葉と弁証法』,伊坂青司,鹿島徹訳,晃洋書房,1993年。

参照

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