1.はじめに 第7回福大生による東アジア映画字幕制作・成果発表 会は2015年9月26日㈯に行われた。 本年度の成果発表会は前年に続き中国映画のみの成果 発表となった。前年の報告でも言及したが、これは少人 数の教員で運営せざるをえない東アジア地域言語学科の 事情によるものである。しかしこの成果発表会がつねに 「東アジア地域」を意識していることは変わらない。 今回は、中国コース有志学生が勉強会を組織して制 作した中国の劇映画のほか、本学科正課の科目(中国 コース二年選択必修科目「コミュニケーション中国語Ⅰ AB」)で学生が制作した中国のアニメーションの日本語 字幕を整理して上映した。この授業は、学生の中国語力 の向上を目指して、中国のアニメーションの台詞ないし はナレーションを聞き取り、内容を理解して、グループ 作業により日本語字幕を作るというもので、2名の教員 が協力し、昨今注目されているアクティブラーニングの 方法を導入している。本発表会では、それまでに日本語 字幕をつけた9本のアニメーションのうち人形アニメ1 本、剪紙アニメ1本を上映した。特に人形アニメには日 本語字幕のほか韓国語の字幕も付けた。これは韓国コー スの授業を取って朝鮮語を学ぶ中国コースの学生が作っ たものである(韓国語ネイティブの教員に字幕のチェッ クをしていただいた)。 今回特記すべきは、中国人留学生が参加してくれたこ とである。参加した留学生は3名、1名は交換留学生、 2名は大学院の学生だが、彼らにとっては日本人の学生 とは逆に、日本語(とくに話し言葉的表現)の訓練とな り、さらには古い映画をじっくりと鑑賞し、日本人学生 に説明するという行為を通して、自国の歴史を再認識す るきっかけにもなったようだ。 以下、その成果発表会について簡単ではあるが概要を まとめておきたい。 2.実施報告 2―1.事業名 第7回福大生による東アジア映画字幕制作成果発表会 2―2.概要 このプログラムは、人文学部東アジア地域言語学科の 有志学生と教員が協力して、1950、60年代の作品等、普 段あまり見ることのできない韓国・中国映画に日本語字 幕を付け、その成果を市民に公開しようと2009年から始 めたものである。7回目に当たる本年は、諸般の事情に より、1960年代の中国映画1本、および中国のアニメー ション2本に日本語字幕を付けて上映した(アニメー ションの1本にはさらに韓国語字幕も付けた)。この事 業はアジアフォーカス・福岡国際映画祭2015協賛企画で ある。 2―3.内容 ⑴ 日時:2015年9月26日㈯ ⑵ 会場:福岡天神エルガーラ7階多目的ホール ⑶ 主催:福岡大学人文学部東アジア地域言語学科 ⑷ 協力:福岡大学工学研究科資源循環・環境工学専攻 ⑸ 後援:福岡市、福岡市教育委員会、アジアフォーカ ス・福岡国際映画祭実行委員会、駐福岡中国 総領事館 ⑹ プログラム:13:00 開場 13:30 中国のアニメーション(「狼 が来た」「八戒くん」)上映 13:45 中国映画「花花はよし月はまるし好月圓」上映 15:30 終了 ⑺ 入場料:無料 ⑻ 上映:プロジェクタ投影 2―4.上映作品 ⑴ 人形アニメーション「狼来了(狼が来た)」1982年、 監督:夏秉鈞、上海美術電影制片廠制作 ⑵ 剪紙アニメーション「小八戒(八戒くん)」1983年、 監督:金雪林、上海美術電影制片廠制作 ⑶ 中国映画「花花はよし月はまるし好月圓」1958年、監督:郭維、出演: 田華、王秋穎、郭振清 2―5.参加者数 のべ155名。
間 ふ さ 子
第7回福大生による東アジア映画字幕制作・成果発表会について
【報告書】
2―6.配布物 ⑴ チラシ(大学公式ホームページおよび学科ホーム ページにも掲載。) ⑵ リーフレット(当日会場にて配布。後掲。) 2―7.情宣・報道など ⑴ アジアフォーカス・福岡国際映画祭2012公式リーフ レット ⑵ アジアフォーカス・福岡国際映画祭公式HP ⑶ 福岡大学公式HP ⑷ 福岡大学人文学部東アジア地域言語学科HP ⑸ Fula語学学習会 Facebook ページ ⑹ 西日本新聞夕刊2015年8月21日㈮第三面「エンタメ 映画」欄(後掲) 2―8.観客の感想(全25通、のべ46件) ⑴ 中国アニメ(「狼来了(狼が来た)」「小八戒(八戒 くん)」に関するもの:16通 ⑵ 中国映画「花好月圓」に関するもの:24通 ⑶ その他全般的なご意見:6通 詳細は後掲。 2―9.字幕制作参加者 教員:2名。 学生:人文学部東アジア地域言語学科 25名、上海華東 師範大学(本学交換留学生)1名、工学研究科資 源循環・環境工学専攻修士課程院生(中国人留学 生)2名 計28名。 このほか中国語ネイティブの本学非常勤講師1名にア ドバイザーとして協力を得た。 内訳は以下の通り。 ※準備期間が2014年度後期から2015年度前期に亘ったため、学生の学年は2015年 度現在のものを示し、2014年度の最高学年在籍者はOBとして表示した。 ※一年次生は夏の合宿および成果発表会本番に参加。 3.字幕制作について 第1回から第4回までは中国映画と韓国映画の双方に 日本語字幕を付けてきたが、第5回から中国映画のみの 字幕制作となった。 中国映画は、過去四回とほぼ同じ工程で作業を進めた。 すなわち以下のような流れである。 ⑴ 第6回発表会(9月)を終えた翌10月から、今年度 の作品のセリフの読み合わせを週1回(2014年後期: 月曜3限、14年前期:月曜4限)の勉強会として行い、 中国語のセリフの直訳を作る。2014年後期は最高学年 (四年)が2011年度入学の学生、以下2012年度入学の 三年生、2013年度入学の二年生がこの勉強会に参加し た。2015年前期は三年、二年の学年が一年ずつ繰り上 がり、新たに2014年度入学の二年生6名がメンバーに 加わった。このセリフの読み合わせは2015年7月まで 行われた。やり方は中国語字幕つきの映像と中国語の セリフを投影するパワーポイントを組み合わせ、一つ 一つのセリフを読み、意味を確認していくというもの で、この方法はここ数年変わっていない。読み合わせ 後は各シーンを一人が担当して日本語訳を作る。今回 も各種連絡を始め、さまざまな資料やファイルのやり とりにmoodleを利用した。 ⑵ 7月の試験期間中、試験のない大学院生2名がス ポッティングを行い、そのファイルを使って分担して 字幕の初稿を作成した。 ⑶ 初稿完成後、一人が一つの役柄のセリフを通して推 敲する「役柄別推敲」を行い、推敲後のファイルを集 団推敲に於いて用いるファイルとした。 ⑷ 8月下旬に本学の研修施設やまなみ荘にて2泊3日 の集団推敲合宿を行い、そこでゼロ号を完成させた。 ⑸ 合宿後最後の推敲を行い定稿とした。 ⑹ 9月は主としてリーフレット制作を行った。 ⑺ 発表会当日は、受付や司会、案内などを学生が担当 した。 この活動も今回で7回目となるが、今回も時間割の関 係上、平日に一年から四年までの学生が一堂に会して勉 強する時間を確保することができなかった。そのため前 回と同様、1月末の時間割編成の際に二年次から四年次 までが揃うことのできる時限を1コマ確保し、そこで勉 強会を行った。一年生へは8月末の推敲合宿への参加を 案内し、今回も3名の参加者を得た。また推敲合宿には 現在九州大学修士課程で学ぶ学科のOBも参加してくれ た。上級生の経験を下級生と共有し引き継いでいけるよ う今後も工夫を続けていきたい。 今回の作品は、著名な小説の映画化とはいえ、登場人 物が非常に多く、人間関係が入り組んでいることもあり、 時代背景が分からないと理解しづらい内容であった。そ のため、字幕制作はこれまでになく難度の高いものと なった。字幕も理想的なものとはいえない出来であった 1年次 2年次 3年次 4年次 OB 交換留学生 院生 計 3 6 5 7 4 1 2 28
かもしれないが、それは学生たちの非ではなく、教員の 作品選定上の問題である。難しい作品に取り組んで、当 時の時代背景を学び、人物関係を整理して字幕完成にこ ぎつけた学生たちの努力は評価したい。 4.成果発表会当日について 今回は、2014年と同様、会場としてエルガーラホール の多目的ホールをお借りした。ただこのホールは大型の スクリーンが備え付けではないため外部から調達せざる を得ず、その分の費用が加算される。とはいえ、上映す るのが古い映画で、映像そのものが十分にクリアではな いことから、上映効果を確保する意味でも大型スクリー ンの使用はぜひ継続したいところである。 過去6回の発表会において当日お客様から決まって出 る注文は、前の人の頭が邪魔になって字幕が見えにくい、 ということと、ホールの冷房が効きすぎているというも のであった。 今回も前回同様、椅子は観客が位置を調整できるよう 咬ませないで置いていただいた。フラットの会場で上映 する限り、前の人の頭が邪魔になるという問題を完全に 解決することは難しいと思われるので、毎回丁寧にお客 様に説明して了解をいただくほかないと思っている。 字幕は今年も向かって右上に縦書きで表示した。ただ し、今回は映像をスクリーンいっぱいに投影したため、 字数の多いいくつかの字幕で最後の一文字が切れるとい う失敗があった。この点は次回以降改善が必要である。 画面の縦幅いっぱいに字幕を出すことは避け、極力画面 上部に出すよう工夫しなければならない。 冷房に関しては、これまで同様、会場内に学生を配置 し体感温度をこまめに確認して調整した。今回はそれほ ど苦情は出なかったようである。過去の経験がすこしず つ蓄積されてきたのではないかと思われる。今後も状況 に応じた対応を心掛けたい。 なお、上にも記したように、当日の受付や司会などは、 勉強会に参加している学生が行った。 5.当日配布したリーフレット 今回も教員と学生の共作でリーフレットを制作し当日 の来場者に配布した。内容は以下の通り。(後掲資料参考) ⑴ 甲斐勝二「中国語の言葉遣いと考え方を巡って」 ⑵ 張璐「『花好月圓』を見て時代の変遷を感じる」(翻 訳:藤川繭、猿渡千里) ⑶ 間ふさ子「「三里湾」から「花好月圓」へ」 ⑷ 内川安由美「『花好月圓』人物相関図」 ⑸ 白水明里、中山飛鳥、成田爽子、中川すみれ「『花 好月圓』に関するお役立ち情報」 ⑹ 恒光萌々子、松本静香、花田優香、今村紀秋、山田 華菜、田代菜穂、猿渡千里、永尾未来、寺西美知恵、 持丸佳奈、藤川繭、黒崎奈未、鑓水文香、種村理恵、 何宇超、徐達然、胡天燁「感想」 6.観客の感想(順不同、記述のまま) アンケート総数25人、うち男性4人、女性15人、性別 無記入6人 6–1.観覧作品 ① 中国アニメ(「狼が来た」、「八戒くん」)…18人 ② 中国映画「花好月圓」…20人 ③ 両方…17人 ④ 無記入…4人 6―2.中国アニメについて ① 作品はどうだったか ・可愛らしく楽しかった ・面白かった ・「狼が来た」は“赤ずきん”も混じっていて不 思議だった ・見やすいアニメーションだった ・知っている話が中国語になっていて面白かった ・狼少年のような話だった ・短い言葉が多かったので中国語も聞き取れた ・内容は面白く興味深かった ② 字幕はどうだったか ・二年生の作品とは思えない、とてもよかった ・来年も期待 ・わかりやすかった ・読みやすかった ・はっきりよく見えた ・「狼が来た」は韓国語と日本語の字幕を同時に 楽しめてよかった ・きちんとした日本語だった ・上手だった 6―3.中国映画「花好良圓」について ① 作品はどうだったか ・映画が作られた年代の思想や国の思想が反映さ れていた ・政治の堅苦しい話も恋愛を挟むことで見やす かった ・よかった ・素晴らしかった ・時代とか難しかっただろうによくできていた ・楽しく時代背景もありよかった ・映画の時代も良かった ・喜劇のようであまり思想的なものが前面にでて いなくて見やすく楽しめた
・古すぎてわかりづらいところもあった ・ちょっと見づらいところもあった ・日本の映画と違って家族中心で社会主義の内容 の映画で面白かった ・歴史の勉強になった ・家族のあり方を考えさせられた ・人民公社結成の動きが村落、家族レベルでよく わかった ・この映画を作った人は後世の評価のために危な い綱渡りをしたのだろうか ② 字幕はどうだったか ・わかりやすくてよかった ・脱字あり、惜しい ・よくできていた ・訳に工夫が感じられた ・自然な会話になっていてよかった ・中国語も入ってほしい ・はっきりしていて見やすかった ・人の頭で読みにくかった ・もう1字上に上げた方が見やすかったかも 6―4.その他、意見 ・とてもよかった ・相関図をつけていてよかった、相関図を見ての アナウンスもよかった ・来年も楽しみ ・来てよかった ・音声が聞き取りづらかった ・数年前の作品から見れば格段によくなってい る、これからも頑張ってください ・毎年楽しみにしている、中国映画本などを知り とても近しく感じる、いつも作品の選びも良く 楽しみにしている、来年にも期待。 7.おわりに 今回の成果発表会も諸事情により中国映画のみのライ ンナップとなった。学科の現状を考えるとこの状況が当 分続く可能性もあるが、一方で、前回同様、アジアフォー カス・福岡国際映画祭の依頼により、本学科関係者が当 該映画祭で上映される中国映画の字幕翻訳を行った。 今回字幕翻訳を行ったのは、中国・西寧FIRST青年 映画祭の最優秀監督賞受賞作品『闇に潜む』(黒処有甚麼) (王一淳監督、2015年)である。作品は9月20日㈰16:00 よりぽんプラザホールで上映された。字幕翻訳を担当し たのは過去2回と同様、字幕勉強会に参加していた本学 科中国コースの卒業生2名(谷口由華・本多萌衣)およ び本学科の教員(甲斐・間)である。 このように、我々の活動が社会に認められ、社会のた めにささやかながらでも貢献できるようになったことは まことに喜ばしい。今後も本学科の卒業生がこのような 場で力を発揮できる機会が増えるよう精進していきたい と考えている。
参考資料 一、第7回福大生による東アジア映画字幕制作成果発表会リーフレット
福岡天神エルガーラホール階
多目的ホール
中央区天神 電話第7回
福大生による東アジア映画字幕
制作・
成果発表会
2015年
9月26日(土)
㻌 㻌 開映■
13:00
(開場
■
12:45)
主催○福岡大学人文学部東アジア地域言語学科
問合せ○(内線) )$&(%22.KWWSVZZZIDFHERRNFRPIXOD 協力○福岡大学工学研究科資源循環・環境工学専攻
後援○福岡市、福岡市教育委員会 アジアフォーカス・福岡国際映画祭実行委員会 駐福岡中国総領事館 入場無料・事前申込不要 人形アニメ《狼が来た》 劇映画《花好月圓》 剪紙アニメ《八戒くん》 アジアフォーカス・福岡国際映画祭協賛企画 上映はプロジェクター投影です。 中国や韓国の古い映画に日本語字幕をつけて皆様に見ていただくというこの活動は今年で7回目と なりました。今年は、中国の年代の劇映画のほか、正課の授業で字幕をつけた中国のアニメー ション本を上映します。そのうちの本には韓国語の字幕も付けました。ぜひご高覧ください。中国語の言葉遣いと考え
方を巡って
甲斐 勝二 今回『花好月圓』の映画では、 資産の共同利用によって拡大を目 指す合作社と、個人の土地や商売 を守ろうとする互助組の対立が、 社会主義派と資本主義派の対立と して描かれています。映画では、 ずいぶんと強引に社会主義化を急 いでいるようにみえるでしょう。 ずっと自分勝手に描かれていた村 長も互助組の家族も、最後には喜 んで合作社に入ることになるので すが、なぜ彼らが納得して合作社 に入る事になったのか、それにつ いてもう少し説明がないと、この 映画を見る者にはいささか不自然 に思われるくらいです。映画の中 でも、社会主義でなければ資本主 義だという思考法で進み、原理主 義が強く出過ぎて、余り生産的な ものには思えません。そこでは両 端以外を認めない典型的な二項対 立の思考法になっているからです。 当時は東西冷戦のさなかです。 独自の社会主義を進もうとしてい た中国ではこのような映画作りに なるのも当然でしょう。映画には 鉄砲を担いで夜警に当たる民兵も 登場しますので、まだまだ革命後 の治安も悪く国内の社会体制を強 化すべき必要があった事も分かり ます。とはいうものの、このよう な二項対立の議論の進展には、中 国語話者の言葉遣いも追い風とし てあったのではないか、という推 測を私はしています。というのは、 中国語の表現のなかに「選択疑問 文」というものがあり、これが映 画でもよく使われているからです。 選択疑問文とは、「A 还是 B」の形 を取り、A の内容が正しいのか B の内容が正しいのかを問うもので す。この問いの表現には A・B 以 外の内容はあまり出てきませんの で、A でなければ B を選ぶことに なり、B でなければ A を選ぶこと になります。この文型は中国語初 級で学ぶ文型の一つです。一般的 な表現法だと言えましょう。この ような言葉遣いは議論の中でしば しば聞かれます。AかBかを問う 二項対立の形式に仕上げると、議 論の方向を導きやすいからです。 このような表現を利用した議論 には危険も伴います。実際はAB 両端の間には可能性がたくさんあ るはずなのに、それらが捨象され てA か B かの選択を求め、その結 果一方の極端に向かって突進して しまいかねないからです。この映 画の後半には共産党員の会議が出 てきますが、そこでは村長がその 小商いを資本主義だと責められて つるし上げられたり、恐妻家の党 員が、奥さんと党とどちらに従う のかと問われて、ぬきさしならぬ 状況に追い込まれ、覚悟を決めざ るを得ないことになります。その 場面では、党書記が社会主義派を 代表して登場し、指導者毛沢東の 肖像を背景にして堂々たる姿で描 かれていますので、ここに社会主 義の勝利が示唆されていますが、 その後に始まる「社会主義」一辺 倒の強引な国作りもまた示唆され ているように見えます。 こんなことを書くと、両極端か らの選択が中国的な思考だと誤解 されかねませんので、このような 一方に向かいがちな思考法に対し てそれを制御するような考え方も、 ちゃんと用意されていた事にも触 れておきます。それは中庸と呼ば れる古来の思考法です。中国哲学 者の金谷治先生によれば中庸とは 「過ぎた状態と及ばない状態とい う対立があって、それらの真ん中」 という意味だそうで、「我々が物ご とを考えたり何かの行動をすると きに、極端に走らないほど良い中 程を選んでゆくことだ」(『中国思 想を考える』中公新書)とまとめ られています。左右の両極端に行 かないように穏やかに進もうとい う平衡感覚保持の主張がこうやっ て昔から続いているのは、ややも すれば両極端に走りがちな考え方 がしばしば周囲にみられたがため の予防措置ではなかったかと推測 しています。 さて、その人の言葉遣いと思考 法の間には、関係がありそうでも、 その関係はなかなか検証できるも のではありません。したがって以 上書いたことは妄想の域を出ない もので、馬鹿な話だと笑われた方 もいらっしゃるでしょうが、可能 性があるとすれば仮説として立て、 それをなんとかして検証しようと すること、それが研究の基本だと 思っています。 (福岡大学人文学部東アジア地域言語学科)『花好月圓』を見て
時代の変遷を感じる
張 璐 翻訳:藤川繭、猿渡千里 1950、60 年代に作られた多くの 農村生活を反映した中国映画には、 政策宣伝の色合いや強烈な時代感 が色濃く残されています。今日の 人々がこれらの映画を見た後に抱 く気持ちは、当時の人々が見終わ った後に抱いた気持ちとは、多く の違いがあります。『花好月圓』を 見終わると、その時代を経験した 人はこの作品に共感するでしょう。 しかし、1970 年代、80 年代から 90 年代以降に生まれた人は、時代 遅れ、堅苦しくて説教ばかり、人 物が画一的で、現代人の概念とは 相容れず、ロマンも少ない……な ど全く別のものを感じるかもしれ ませんが、私たちが当時の社会背 景を理解したなら、この映画に出 てくる多くの物事は理にかなって いると思うことでしょう。 この映画の題名を見ると、初め は「美しい!」という印象を持つ でしょう。若い男女が花の前、月 の下で愛を語り合い、円満な結末 を迎える恋愛の話であると、つい 想像してしまいます。このような 心情を抱いてこの映画を見ると、 私たちがよく見る恋愛がテーマの 映画とは大きな差があると気づき、 思わず「だまされた!」と叫んで しまうことでしょう。もともと若 者の恋愛はこの映画においては、 単に一つの副線に過ぎず、主線は 農民がどうやって農村の合作化に 賛同するか、というところにある のです。 まず、この主線である農村の合 作化運動について見て行きましょ う。 作中に何度も出てくる幾つかの 語句、それらは70 年代以降に育っ た人々からすると、聞き慣れない ものでしょう。「合作社」や「互助 組」とはどんなもの?どうして小 さな村の中にこのような複雑な組 織体系があるの?「入社」って何? どうして家畜を引き連れて入社し なきゃいけないの? これらの答えが欲しいなら、ま ず当時の社会背景を理解しなけれ ばなりません。「互助組」は中国の 労働農民の個人経済の基礎の上に 組織された社会主義的性質を持っ た集団的労働組織であり、土地改 革以降に発展しました。相互利益 を自ら望み、人力あるいは家畜を 交換し、共に働きます。農繁期の 臨時的な互助組と年間を通じての 互助組に分かれます。農業生産合 作化運動の中で「互助組」は次第 に無くなり、初級の農業生産合作 社へと発展していきました。「相互 利益を自ら望み、人力あるいは家 畜を交換し、共に働く」これらは 映画の中で何度も反映されていま す。例えば互助組に参加するメリ ットは人力と家畜を交換すること です。満喜は家畜を持っていない ので、同じ互助組の糊塗塗に家畜 を借ります。しかし、互助組は小 さな組織なので、強い結束力は無 く、そのため満喜は順調に家畜を 借りることができず、労作に影響 が出ました。これも彼が互助組に 不満を抱き、その後「入社」へ傾 いた原因の一つです。ストーリー 展開上わざわざこのように設定し たのですが、その目的は政策の宣 伝を行うためです。このストーリ ーを通して、人々に互助組の欠陥 と合作社の有益性を伝えています。 その時代の人は映画から政策宣伝 の意図の所在を発見することに慣 れており、当時の観衆はこれらの 細かい意図を簡単に受け入れるこ とができました。 「入社」は農業合作社に入るこ とを指しています。農業合作社は 20 世紀に生まれ、社会公有制の改 造を実行するため、農村の中でそ の各自が所有する生産手段(土地、 大型農具、農業用家畜)を投入し 集団で所有し、農民によって集団 で労働を行い、各自が尽力し、働 いた分に応じて分配する農業社会 主義経済組織です。農村の集団経 済組織は企業法人や社会団体、行 政機関とも異なる政治性質と法的 性質があります。農業合作社は三 つ段階を経ています。映画の中に 出てきたのは、合作化の時期、す なわち初期の互助組から合作社ま での過渡期で、一つの村に同時に 二種類の組織体系が存在していま した。 映画中に何度も「家畜を引き連 れて入社しよう。」「土地を持って 入社しよう。」と出てきます。これ は分散した労働力と生産手段を集 め、統一的に分配し使用する原理 です。互助組に比べて、合作社は結束力が強く、統一的に分配する のに好都合です。映画の冒頭で挙 げられた糊塗塗の土地が水路の修 理に影響を及ぼすという問題も、 互助組での労働は次第に農業生産 には適合しなくなっていき、合作 社に入ったほうが良いということ を強調するためでした。この時も しかしたらある人は、映画中では 「入社は自由である」と何度も言 及しているのに、どうして積極的 に入社しない村長らを否定される べき人物だと描写 するのだろう か?入社するかにも正しい、正し くないという区別 があるという か?と問うかもしれません。実は、 当時の社会環境において、この「自 由意思」というのは、党員が説き 伏せた後の自由意志なのであり、 実際の政策の方向性は 100%入社 を要求していたのです。当時から してみると、このような農業政策 改革は正確で、百に一つも害はな く、積極的に入社しない村長はつ まり否定な者とみなされ、これも 教育を受ける対象となります。又、 この時期の農民は社会主義改革の 情熱が比較的高く、自分の意思で 入社し生産することに積極的で、 合作社の経営管理の自主性も比較 的強いものでした。このようなこ とは玉生や霊芝らといった登場人 物にはっきり体現されています。 霊芝は入社の情熱が高く、積極的 でない父親や気が弱く躊躇してい る友人の有翼に対し大いに不満を 持っており、合作社に熱心に貢献 している玉生に対しては次第に好 意を持っていきます。霊芝の言動 はすべて合作社を肯定した態度の 上に成り立っています。玉生は生 産効率を上げるために、積極的に 農業技術の革新を展開しています。 現在の流行語で言えば、これが映 画が伝えようとするプラスのエネ ルギーでした。 次に恋愛の副線を見てみましょ う。 映画では三組の若い男女の恋愛 結婚に触れています。もしも物語 の構造上ただ単純に合作化運動を 強調しようとすれば、映画はどう しても単調で味気がなくなります。 ですから、一方このような内容を 組み入れることで全編のテーマを 際立たせています。それはすなわ ち、集団化運動に熱心に応えれば、 生活は良くなる。ならば若者の幸 せも自然とついてくるということ です。さらに自由恋愛と自分の意 思で決める結婚の観念も提唱して います。1950、60 年代には結婚は 親が決めるという考え方が依然と して根強くありましたので、映画 中意識的に加えられた若い男女が 果敢に親の束縛を破り、幸福を追 い求めるという要素も一定の効果 をあげました。有翼は親の強制を 振り切り屋根に上ります。これは 芸術的誇張として処理されました が、こういう行為は当時見られた ことでした。有翼の行動は人々に 深い印象を与えましたし、当時の 若者が幸福と自由を追い求める過 程は極めて簡単ではなかったこと を説明してもいます。私たちが有 翼はどうしてそんなに気弱で決断 力がないのかと嘆く時、現在は恋 愛や結婚の自由は当たり前のこと だが、あの時代にこのような自由 を得ようとするのはどれほど大き な決心や努力が必要だったかを知 らねばならないと思います。 若者たちの結婚に対する気持ち の描き方において、霊芝が有翼を 厳しく真面目に教育する様子を見 ると、この二人はどんな感情の交 流をしているのかあまりよく分か りません。霊芝が玉生を選んだ時、 結婚相手を選ぶ基準には政治色が 少しばかり色濃く強烈であると思 う人がいるかもしれません。実際 には時代によって人々の考え方は 異なります。感情を判断する基準 は当然現代人とは全く異なります。 当時、霊芝の選択は多くの若者の 考え方を代表したものでした。思 想や観念が比較的古い時代におい ては、恋愛や結婚の描き方も現在 の映画やテレビ作品のようにあか らさまではありません。映画のこ の部分の内容をつまらなく味がな いと思うなら、あの時代がどのよ うな時代だったのかを考えてみま しょう。 劇全体を見渡すと、最も印象的 なのは作品の内外からにじみ出て くる真面目さとこだわりです。物 語の構造は単純ながら、一つ一つ の細部に描かれているのは強烈な 時代の息吹であり、観衆が目にす るのは 50 年代の生き生きとした 生活であり、性格の異なる人物で す。注意深く見ていくと、映画に は更に多くの味わい深いディテー ルがあります。あの時代から遠ざ かれば遠ざかるほど、映画作品を
通して時代の影を探し、じっくり と味わって、時代の移り変わりを 感じる必要があるようです。 (福岡大学非常勤講師)
观看《花好月圆》,
感受时代变迁
张璐 20 世纪 50、60 年代很多反映 农村生活的中国电影都有着浓厚的 政策宣传色彩和强烈的时代感。今 天的人们再来看这些电影,和当时 人们欣赏时的观后感一定有很大程 度上的不同。看过《花好月圆》后, 经历过那个时代的人会产生共鸣, 而 70 后、80 后乃至 90 后又会是另 一番感受:老掉牙了;生硬说教; 人物脸谱化;和现代人的观念格格 不入;缺少浪漫……然而当我们了 解了当时的社会背景后,又会觉得 电影中的很多处理是合情合理的。 乍看题目,第一印象就是:美! 让人不由联想到年轻男女花前月下, 谈情说爱,恋爱故事得到圆满的结 局。怀着这样一种轻松的心情观看 之后,却发现它与我们日常看到恋 爱题材的电影大相径庭,不禁大呼 “上当”!原来青年人的恋爱在影 片中仅仅是一个辅线,主线则是农 民如何响应农村合作化运动。 先看农村合作化运动这条主线。 片中反复出现的一些词语,对 于 70 年代以后成长起来的人来说, 的确是生疏的。“合作社”和“互 助组”是怎么回事?为什么小小的 一个村子里有这么复杂的组织体系? “入社”又是什么?为什么要“带 牲口入社”? 想要解答这些疑问,就要先了 解当时的社会背景。“互助组”是指 中国劳动农民在个体经济基础上组 成的带有社会主义性质的集体劳动 组织。土改以后得到广泛发展。自 愿互利,互换人工或畜力,共同劳 动。有农忙临时互助和常年互助之 分。在农业生产合作化运动中,“互 助组”慢慢消失,逐渐发展成为初 级农业生产合作社。“自愿互利,互 换人工或畜力,共同劳动”,这一点 在电影的多个细节上有所体现。比 如:参加互助组的好处之一就是互 换人工和畜力,因为满喜自己没有 牲口,便向同一个互助组的糊涂涂 借用牲口。但是互助组是小范围的 组织,没有太强的约束力,所以满 喜没有顺利借到牲口,影响了劳作, 这也是他对互助组产生不满,以至 于后来倾向于“入社”的原因之一。 在剧情设计上,特意如此为之,其 目的是为了达到政策宣传的作用。 通过故事情节告诉人们互助组的弊 端和合作社的优越性。生活在那个 时代的人习惯于从电影细节上发现 政策宣传的用意所在,所以当时的 观众对这一细节的设计很容易就接 受了。 “入社”指的是加入农业合作 社。它产生于 20 世纪,是为实行社 会公有制改造,在自然乡村范围内, 由将其各自所有的生产资料(土地、 较大型农具、耕畜)投入集体所有, 由农民进行集体劳动,各尽所能, 按劳分配的农业社会主义经济组织。 农村集体经济组织既不同于企业法 人,又不同于社会团体,也不同于 行政机关,自有其独特的政治性质 和法律性质。农业合作社的产生经 历了三个时期。影片中提到的是合 作化时期,即初期,从互助组到合 作社的过渡时期,于是一个村子里 同时存在两种组织体系。 电影中多次提到“带着牲口入 社”、“带着土地入社”,就是基于将 分散的劳动力和生产资料集合起来, 统一调配使用的原理。相对于互助 组,它的约束力强,便于统一调配。 影片开篇就提到的糊涂涂的土地影 响修渠的问题,也是为了强调互助 组劳动渐渐不适用农业生产了,还 是入社的好处多。这时或许有人会 问,电影里也不断提到“入社是自 由的”,可为什么将不积极入社的村 长等人当作反面人物来刻画呢?入 社与否难道还有对错之分?事实上, 在当时那样的社会大环境中,这个 “自愿”是通过动员说服后的自愿, 实质上的政策导向是要求达到 100% 的入社。在当时看来,这种农业政 策的改革是正确的,有百利而无一 害,所以不积极入社的村长就成了 反面教材,也是被教育的对象。另 外,这个时期农民对社会主义改造 的热情比较高,自愿入社生产积极, 合作社对经营管理的自主性也比较 强。这些在玉生、灵芝等人的人物 设计上体现得很明显。灵芝入社的 热情高,对态度不积极的父亲和犹 豫懦弱的同学有翼颇为不满,对为合作社积极贡献的玉生渐渐有了好 感。灵芝的言行都是建立在对合作 社持肯定态度的基础上的。玉生为 提高生产效率,积极开展农业技术 革新。用一句现在流行的话来说, 这是影片要宣传的正能量。 再看恋爱这条副线。 影片涉及了三对青年男女的恋 爱婚姻。如果情节设计上只是单纯 强调合作化运动,电影不免枯燥乏 味。穿插这样的情节一方面突出了 全篇的主题,那就是:积极响应合 作化运动,生活就好了,那么年轻 人的幸福自然也就随之而来了。另 一方面也倡导了自由恋爱和婚姻自 主的思想。20 世纪 50、60 年代, 婚姻由父母包办的观念依然根深蒂 固。影片里有意识地加入青年男女 敢于冲破父母束缚、追求幸福的要 素,也起到了一定的宣传作用。有 翼为摆脱父母的逼婚爬上房顶,这 一处理属于艺术夸张,但也不是完 全没有生活基础的。有翼的行为给 人留下了深刻的印象,也说明了当 时年轻人为追求幸福自由的过程极 为不易。当我们感叹有翼为何那么 犹豫懦弱的时候,应该明白如今恋 爱婚姻自由是理所当然的,而在那 个时代想要得到这样的自由需要多 大的决心和努力。 在年轻人对婚姻感情的处理 上,看到灵芝严肃认真地教育有翼, 是否有一种这两个人何谈感情的感 觉?当灵芝选择玉生,会不会又有 人觉得她的择偶标准里所含的政治 色彩浓烈了一些?其实一个时代的 人有一个时代的想法,对情感的评 判标准自然和现代人迥然不同。在 当时,灵芝的选择代表了很大一部 分年轻人的想法。在一个思想观念 相对传统的年代,描写恋爱婚姻也 不会象如今的影视作品那样直白。 如果你觉得影片中这部分内容索然 无味,那么就先想想那是一个什么 样的时代。 纵观全剧,让人感受最深的就 是影片从内到外透出来的那股认真 和执著。尽管剧情设计简单,但每 一个细节的处理都有强烈的时代气 息,让观众看到的是一个个 50 年代 活生生的、性格各异的人物。仔细 推敲,影片中还有很多细节都是耐 人寻味的。距离那个时代越久远, 越需要通过影片来寻找时代的影子, 细细品味,感受时代的变迁。
「三里湾」から「花好月
圓」へ
間 ふさ子 今回私たちが日本語字幕を付け た中国映画「花好月圓」の原作は、 中国の著名な作家・趙樹理が書い た「三里湾」という長篇小説であ る。映画は原作の根幹部分をほぼ 忠実に再現しており、これについ てはわが勉強会の顧問格である本 学非常勤講師の張璐先生が一文を 寄せてくださったので、そちらを ご覧いただきたい。この小文では、 原作者と原作について、そして小 説と映画の比較から見えてきたも のを簡単にまとめておく。 趙樹理は 1906 年に山西省沁水 県の貧農の家に生まれ、師範学校 在学中に文芸創作を始めた。その 後、小学校教師のほか、店員など さまざまな職業を経験、日中戦争 期以降は共産党の 文化工作や新 聞・雑誌の編集に携り、作品を発 表するようになる。 1943 年に発表した「小二黒結婚」 は若者の自由恋愛を描いたものだ が、この短篇が大きな評判となり 一躍有名になる。その後、「李有才 板話」(43)、「李家荘的変遷」(45) などを発表、「労働者・農民・兵士 のための文学芸術」を主張した毛 沢東の「延安文芸座談会での講話」 の精神をよく体現した作家として もてはやされた。 中華人民共和国成立後は北京に 移って専業作家となるが、彼の評 価は、社会主義体制における政治の風向きの変化によって大きく揺 れ続けたi。とくに文革中はひどい 迫害を受け、1970 年に太原で病死 した(1978 年に名誉回復)。 彼の作品は、自らの出身地であ る山西省東南部の農村での出来事 が主たる題材で、「描写というより 叙述といった方がよいほど、およ そ近代小説の骨法から外れており ながら、なおかつ独特の魅力と迫 力をもってii」おり、農民読者に 理解してもらうため、古くからあ る各種語り物の手法を取り入れる など、他の作家にはない特徴を持 っていた。 彼は自らの作品を、農村での仕 事の際に出会った問題の解決を求 めて著した「問題小説」だと称し、 「職業作家ではなく、“本業”の農 村工作を“助”けるために筆を執 る“助業作家”であり続けようと したiii」。そのため、1950 年代半 ば以降、共産党の農村工作が底辺 の農民の希望をくみ取ることがで きなくなってしまうと、「農民の代 弁者」である自分と「社会主義生 産の推進者」である自分との立場 や考え方の矛盾に悩むことになっ た。それに伴い、彼の創作もまた 社会の発展と民族の伝統の衝突の 中で溌剌さを失っていく。「三里湾」 はそういった矛盾が生じる直前、 まだ現実が彼の理想を裏切ってい ない時期に書かれた作品である。 この作品は 1954 年に雑誌『人 民文学』に連載され、その後通俗 読物出版社から単行本が出版され た。「三里湾」を日本語訳した岡崎 俊夫は「連載中から評判高く、完 結後は果然群作を抜く好評で、一 年間に三十数万部を出したといわ れる」と単行本のあとがきに記し ているiv。 中華人民共和国の農業集団化は、 互助組から始まっ て、初級合作 社・高級合作社の段階を経て人民 公社へと発展した。小説の舞台で ある「三里湾」という村では、1951 年の段階ですでに初級合作社が成 立し、拡大を図っている。これは 全国でもかなり進んだ事例だが、 ここには趙樹理の実際の体験が反 映されている。趙樹理は、農民た ちが当時行き詰まりを見せていた 互助組という方式をステップにし て初級合作社を作ることが農村発 展の道だと信じていた。それは「三 里湾」の中でかなりの紙幅を用い て描かれる村のパノラマからも窺 い知ることができる。村人が土地 や生産財はもとより、知恵や能力 を出し合って生産量を高めていく ……そこには合作社運営の基本理 念がのびのびと楽しげに書かれて いる。 それゆえに、小説では最初は合 作社に加入する気などさらさらな かった互助組の糊塗塗や村長も、 前者はそろばんづくで、後者は古 参共産党員の沽券にかけてついに 入社するという結末が用意され、 映画もそれを踏襲した(彼らが、 自身の内面的変革を経て入社した のではない点がポイントである)。 この作品について作者自身は、 「やった事を重視して人物を軽視 する」、「旧いものが多く新しいも のが少ない」、「自分の中にあるだ けのものしか書かない」という欠 点があると述べているv。また当時 の評者からは「愛情を欠いた愛情 描写」、「地主・富農の破壊活動が 描かれていない」などの批判が出 されたが、それでも農民を含む広 範な読者に好評を以て迎えられ、 映画化にもつながった。 では、小説「三里湾」と映画「花 好月圓」とを比べてみるとどうな のか簡単に見ていこう。 長篇小説を100 分強の映画にす るには内容を相当スリム化しなけ ればならない。したがって、映画 では数多い登場人物の中から主要 な人物だけを取り出している。と くに互助組のメンバーで大家族の 馬家はかなり簡素化され、合作社 側の王家も金生、玉生、玉梅の兄 弟しか登場しない。 ストーリーは最初に述べたとお り、小説の骨幹部分はきちんと受 け継いでおり、原作に忠実な映画 化だと言えるが、趙樹理が力をこ めて描いた三里湾村のパノラマや そこで生き生きと働く人々の姿は 完全に割愛された。 原作の味を受け継いでいると思 われるのは、人物形象の傾向であ ろう。小説でも映画でも、互助組 の「糊塗塗(ぼんやり)」だの「常 有理(りくつや)」だの、あだ名を 持っている人物は、ちょっとクセ のある、「先進的」でない人たちば かりだが、ベテラン俳優が演じて いるせいか、人物がいかにも生き 生きとしている。一方、王金生な ど「先進的」でプラスのイメージ の合作社の人たちは、あだ名も持
たないし、描かれる人物像が通り 一遍で、存在感では個性派ぞろい のあだ名組に押され気味である。 おそらくそのせいであろう、文 革期、江青は「農業合作化運動を 歪曲し、労働者階級を侮蔑して社 会主義に反対した反動映画」だと して、この映画を厳しく批判した vi。ただし、悪玉が生き生きして いて善玉は平板であるという現象 は、洋の東西、こういった筋立て の作品には普遍的に見られるよう にも思われるが。 両者の最大の違いはタイトルで ある。「花好月圓」とは「幸福で円 満なさま」を喩える言葉で、新婚 の祝辞などに用いられる。張璐先 生も指摘されているとおり、タイ トルを見ただけでは、中国語がわ からない日本人でも字面からなに やらほんわか麗しいイメージを抱 くに違いない。 しかしこの映画で言う「花好月 圓」とは、三里湾の村全体が生産 量を高めて発展し、村人が幸福に なる、といういたってお堅い内容 で、なんだか肩透かしをくらった ような気分になるかたもおられる かもしれない。 とはいえ、六人の男女が三組の カップルを作るというモチーフは、 映画においては、原作より断然比 重が大きくなっていて、いずれも 当時のスターたちが役を演じてい た。例えば、范霊芝を演じるのは、 一九五〇年に制作されその後中国 全土を席巻した映 画「白毛女」 (1950)のヒロイン・喜児を演じた 田華であり、わがままな嫁・小俊 は、これも大人気を博した「我們 村裡的年軽人(村の若者たち)」 (1959)やその続編でヒロインを 演じて全国的な人気女優となった 金迪が扮しているvii。また最終的 に小俊と結ばれる王満喜もやはり 当時の人気男優・郭振清が演じて おり、彼らスターの出演は、この 映画の大きな魅力であった。従っ てタイトルの「花好月圓」は決し て不当表示とは言えないのである。 三里湾の村が「花は好し、月は 圓し」になるためには、「資本主義 の道を捨て、社会主義の道を行く」 必要があるのだ、と映画は締めく くられる。この最後のシーンはい かにも政策宣伝的だという印象を 持たれる方も多いであろう。 だがそう言い切ってしまうのは 少々乱暴かもしれない。なぜなら ば、前述したように、糊塗塗は、 そろばんをはじいてみた結果、合 作社に入ったほうが得だと判断し たから入社したのであり、村長・ 范登高のほうは共産党員の地位と メンツを守るために合作社入りを 決意したのだから。もしこの作品 が純正プロパガンダなら、この両 人は「前非を悔いて心を入れ替え」 合作社入りを決めるはずだが、趙 樹理も「花好月圓」の監督・郭維 もそのようには処理しなかった。 彼らは、日常にある状況そのまま に物語を紡いだのだ。 21 世紀の今からはなかなか見 えにくいが、あの時代の人たちが どのように自分たちの進む道を定 めていったのかを、もう少し「人」 に寄り添って知ることは、今の中 国の姿を見ている私たちが彼らの 歩みを理解するうえで非常に大切 なことだし、「花好月圓」はその手 助けを十分にしてくれる映画だと 思う。 (福岡大学人文学部東アジア地域言語学科) i 趙樹理の評価の変遷については、 洪子誠著、岩佐昌暲・間ふさ子編訳 『中国当代文学史』東方書店、2013 年、145-147 頁に簡潔にまとめてあ る。 ii 岡崎俊夫「訳者あとがき」『三里 湾』新潮社、昭和32(1957)年、 211 頁。 iii 加藤三由紀「『三里湾』評価をめ ぐる問題」『お茶の水大学中国文学会 報』4 号、1985 年、96 頁。 iv 岡崎俊夫「訳者あとがき」(前掲) 208 頁。 v 趙樹理「《三里湾》写作前後」『趙 樹理全集』第4 巻、北岳文芸出版社、 2000 年、283 頁。中国での初出は 『文芸報』1955 年第 19 期。岡崎俊 夫の翻訳によった。 vi 「江青戚本禹対中央新聞紀録制片 廠群衆代表的講話」『江青十年講話彙 編(1966-1976)』 http://library.uoregon.edu /ec/e-asia/read/jiang_qing .pdf vii 「白毛女」は第一回福大生によ る東アジア映画字幕制作・成果発表 会で、「我們村裡的年軽人(村の若者 たち)」は第四回、「我們村裡的年軽 人続集(続・村の若者たち)」は第五 回の成果発表会で上映した。
23 ( ) 19
参加字幕组的感想
徐达然 从今年的 4 月份开始,我有幸成为字幕组的一员, 和大家一起为中国电影《花好月圆》做日语字幕,这 使我感到非常的开心。 实话实说,刚接触这部电影的时候,还觉得这部 电影太过陈旧,没有意思。但和同学们课堂上,慢慢 欣赏之后,愈发觉得这是部很有趣的电影,正所谓好 酒要慢慢赏味,好的电影也是如此。 电影讲述的是中国建国初期的土地改革的大背 景下,几位年轻人摆脱封建束缚,争取生活自由和婚 姻自由的故事。 在此之前除了历史课上的寥寥数语,我对那个时 代的事情基本没有了解。但这次,通过和老师、同学 们在课堂上,逐字逐句的推敲,让我对那个时代有了 更加丰富的了解。不光有那个时代独特的语言,还有 那个时代人们的复杂的思想冲突。这些是之前一个人 看商业电影从未有过的收获跟体验。 在制作字幕的过程中,老师们对翻译准确性的高 度追求,也使我深深的震撼。字幕语言在准确的基础 上,还要求要高度简洁并充分本地化。同时在课堂上, 我还感受到同学们积极参与的热烈的气氛。在和大家 的交流中,我的日语的口语也有了很大的提高。不仅 如此,字幕的制作需要对源语言深入的理解,通过这 次活动,使我对语言的细微部分也更加关注。 这半年来,和老师、同学们参加字幕组的活动, 度过了很多开心的时光,谢谢大家对我的帮助。希望 以后我们做出更多更好的字幕让更多的人看到。参加《花好月圆》字幕组的收获
何宇超 《花好月圆》是我接触的第一个字幕翻译工作, 由一开始的记录台词到和大家一起进行翻译再到最 后时间轴的制作,已经有两个学期了,很多东西是我 从来没有接触过的感到即新奇又有趣,这个过程中让 我学到了很多。 《花好月圆》是中国在 1958 年拍摄的,电影中 的人物性格鲜明,分别代表了新中国刚刚成立时期, 对村里开渠、扩社的这件事情几代人的不同思想与看 法。玉生,是受到社会主义影响,通过自己的不断努 力和学习为开渠、扩社作出了自己的贡献。灵芝代表 的是紧跟社会发展的知识青年,敢于与世俗做斗争。 有翼则代表着一些拥有着先进思想的青年却一直受 着落后思想控制,不敢反抗,懦弱的人。范登高则代 表着一些思想落后,对社会主义建设不予理睬不与付 出的人。胡涂涂一家人则代表着一些落后地主阶级, 只顾自己的利益,丝毫不顾别人。电影最后通过几家 年轻人的感情变故,使一直坚持落后思想的家长们看 到了新知识青年的力量,想要思想束缚和包办婚姻是 绝对行不通的。虽然是 50 多年前的老电影,但电影 所表达的思想仍然适用于现在的我们,当我们面对社 会扑面而来的各种问题与压力时,单纯的选择妥协和 退让是解决不了问题的,只有勇敢的面对,坚持自己 对美好生活的向往,努力的提高自己才能摆脱困境迎 来属于自己的幸福。 很感谢这次老师能让我参加字幕翻译,作为留学 生的我平时写的比较多,多半也是书面语,很少用口 语也了解很少,通过这两学期的学习积累了很多。语 法也提高了不少,上课时一句一句的翻译与讲解,到 最后的定稿时老师又是一句一句的给我们改,还把词 语用法标注在旁边很容易让我们理解。如果不是字幕 组,我想我会错过一个这样的好电影也会错过和大家 一起学习与提高的机会,谢谢大家很荣幸成为你们当 中的一员,期待我们的作品。 ●中国映画「花好月圓」字幕制作メンバー 内川安由美、白水明里、猿渡千里、中山飛鳥、成田爽 子、藤川繭、鑓水文香、中川すみれ、持丸佳奈、今村 紀秋、田代菜穂、恒光萌々子、花田優香、松本静香、 山田華菜、古川志保、三田村康夏、武藤曼曼、小野沙 也香、溝上歩、椋本菜穂、黒崎奈未、寺西美知恵、永 尾未来(福岡大学人文学部東アジア地域言語学科)、胡 天燁(中国華東師範大学)、何宇超、徐達然(福岡大学 工学研究科資源循環・環境工学専攻)、種村理恵(九州 大学大学院地球社会統合科学府)㻌 甲斐勝二、間ふさ子(以上教員) 協力:張璐(本学非常勤講師) (5)教員第7回福大生による東アジア映画字幕制作成果発表会リーフレット 福岡大学人文学部東アジア地域言語学科 年 月 日発行 制作:内川安由美・藤川繭・猿渡千里・中山飛鳥・中川すみれ・間ふさ子