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伝導失語にみられる音韻性錯語と繰り返しの音韻論的分析

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1

2016 年度新潟リハビリテーション大学大学院修士論文

伝導失語にみられる音韻性錯語と繰り返しの音韻論的分析

Phonological Analysis of Phonological Paraphasias and Repetitions

in Conduction Aphasia

新潟リハビリテーション大学大学院 リハビリテーション研究科 リハビリテーション医療学専攻

高次脳機能障害コース 学籍番号 G14001

大平芳則

指導教員 伊林 克彦 教授

提出日

2017 年 1 月 25 日

(2)

2

Niigata University of Rehabilitaion Graduate School of Rehabilitaiton

Master’s Thesis in 2016

Phonological Analysis of Phonological Paraphasias and Repetitions

in Conduction Aphasia

Department of Brain Function Disorder Graduate School of Rehabilitaiton Niigata University of Rehabilitaion

University Register Number G14001 Yoshinori Ohdaira

Advisor Katsuhiko Ibayashi

Date of Submission

January 25, 2017

(3)

3

修士論文の要旨

学位の種類 修 士 氏 名 大平 芳則

修士論文課題

伝導失語にみられる音韻性錯語と繰り返しの音韻論的分析

研 究 目 的

伝導失語の主な臨床症状として、自発話は流暢で、音韻性錯語、接近行為、言語性短期 記憶障害がみられる。そして、臨床活動を行っていると、 「ね ねこ」 (猫)といった音声 の繰り返しも比較的多く出現することに気づく。

健常者の言い誤りは、ことばを生成するメカニズムを知るうえで有用な情報を提供する ものである。すなわち、健常者の言い誤りを分析することにより、その言い誤りが話しこ とばの産生におけるどの段階でのつまづきであるかを推定することができる。伝導失語の 音韻性錯語について、健常者の言い誤りと比較することにより、その性質が明らかになる 可能性がある。

音声は環境の影響を受けるため、音韻性錯語や言い誤りの分析にも、それらが生じた環 境を考慮することが重要である。そこで、本研究では音韻性錯語の分析を行う際に環境を 勘案し、健常者の言い誤りと比較してその性質を明らかにしたい。

伝導失語では、臨床的に吃様の繰り返しも観察される。そこで、本研究では、伝導失語 における吃様症状についても分析を行う。

氏平によれば、吃音者において繰り返しが引き起こされる最大のきっかけは、阻害音か ら共鳴音への移行または共鳴音から阻害音への移行であるという。一方、吃音者と異なり 非吃音者の繰り返しは、共鳴音から共鳴音への移行部で生じやすいとされる。伝導失語の 繰り返しを吃音者、非吃音者の繰り返しと比較することにより、その性質を知ることがで きる可能性がある。

本研究の目的は、以下の 2 点である。

1.伝導失語における音韻性錯語の性質を明らかにする。

2.伝導失語にみられる繰り返しと吃音者・非吃音者の繰り返しを比較して、伝導失語の

(4)

4

繰り返しの性質を明らかにする。

対 象・方 法

脳血管障害により伝導失語症と判定された 8 人を対象とした。その内訳は、男 6 人、女 2 人、年齢は 18~83 歳(平均 56.9 歳)で、原因疾患としては脳梗塞が 6 人、皮質下出血 が 2 人であった。失語症タイプの判定は、2 人の言語聴覚士の合議によった。発症から 30 日以上経過し、かつ、明らかな dysarthria や認知症を認めない者のみを対象とした。そ のため、対象候補は 12 人であったが、4 人を除外することとなった。その理由は、2 人は 検査が十分にできなかったこと、1 人は dysarthria を伴っていたこと、1 人は発症からま もなくであったこと、である。

標準失語症検査(SLTA)施行時の音声を収録し、国際音声記号を使って転写した。分析 対象は、SLTA の「単語の復唱」 、 「漢字・単語の音読」 、 「仮名 1 文字の音読」 、 「仮名・単 語の音読」 、 「文の復唱」 、 「短文の音読」のうち、発話意図と実際の発話との対応が明確な 発話とした。

まず、音韻性錯語を置換、転置、付加、省略に分類し、それぞれの出現回数を数えた。

次に、子音の音韻性錯語のうち、阻害音が共鳴音(または共鳴音が阻害音)として音韻性 錯語となった回数、および、共鳴音が共鳴音として音韻性錯語となった回数を数えた。ま た、母音と特殊モーラについて、どんな音声に代用されたかを調べ、回数を数えた。

繰り返しについては、繰り返しの位置と単位を調べ、出現回数を数えた。そして、繰り 返しが生じた音声の環境、すなわち、繰り返された音声の最尾部の 1 分節素が阻害音か共 鳴音か、そして、それに続く分節素が阻害音か共鳴音か、どちらであるかを調べた。

結 果

音韻性錯語の出現回数は、置換 70(母音 21、子音 39、特殊モーラ 10) 、転置 61(母音 36、子音 25) 、付加 25(母音 1、子音 14、特殊モーラ 10) 、省略 24(母音 10、子音 13、

特殊モーラ 1) 、仮名 1 文字の錯読(付加と省略は上記に含む)29(母音 11、子音 18) 、 となった。子音が置換または転置した場合の共鳴性の変化は、共鳴音→共鳴音(共鳴性の 変化なし)18、共鳴音→阻害音 9、阻害音→共鳴音 17、阻害音→阻害音(共鳴性の変化無 し)38、であった。母音および特殊モーラの置換と転置の合計はそれぞれ 69、10、であ った。

繰り返しの出現位置としては、語頭 78、語中で 2、となった。繰り返しの単位は、1 分

節素 7、1 モーラ 45、2 モーラ 8、3 モーラ 1、音節 12、語 7、であった。また、繰り返し

(5)

5

がみられた環境(繰り返された音声の最尾部の共鳴性→それに続く分節素の共鳴性)は、

共鳴→共鳴 33、阻害→共鳴 6、共鳴→阻害 36、阻害→阻害 1、共鳴→# 4、となった。

考 察

音韻性錯語(仮名 1 文字の音読課題を含む)は全部で 209 回出現し、分析対象とした全 ての言い誤り 326 のおよそ 64%を占め、音韻性錯語が多いとされる伝導失語の特徴が現 れていた。

仮名 1 文字の音読課題以外でみられた音韻性錯語の内訳は、置換 70(39%) 、転置 61

(35%) 、付加 23(13%) 、省略 22(13%) 、で従来の報告と同様であった。子音と母音と が交代したケースは 1 回もなかったことから、子音性という音韻素性は正しく生成可能だ と言える。また、子音の音韻性錯語のうち、共鳴性という点で同じ素性を持つ音声に代用 されたのは 56、異なる素性に変化したのは 26 となった。共鳴性という素性の変化が少な いことから、この素性は比較的正確に音声実現されると推測できる。子音性と共鳴性は主 要音類素性であり、一見、無秩序に生じているかのように思われる伝導失語の音韻性錯語 でも、このような重要な素性は保持されやすいと考えられる。母音の音韻性錯語は、健常 者にみられる/i/と/u/の間、/a/と/o/の間で言い誤りが起こりやすいという規則性がな く、健常者の母音の置換えとは異なっている。特殊モーラについては、健常者ではみられ ない自立モーラと特殊モーラの交替が生ずることがあり、音声生成過程の異常を示すもの と考えられる。

繰り返しの単位については、語頭子音の繰り返し比率が高く、そのためモーラ単位の繰 り返し比率が低くなっていた。吃音者では語頭子音の繰り返し比率がやや高く、非吃音者 では非常に低いが、検定の結果、吃音者との間に有意差を認めず、非吃音者との間に有意 差を認めた。したがって、伝導失語でみられる繰り返しは、吃音の繰り返しに近いと言え よう。繰り返しが生ずる環境として、吃音者では共鳴音から阻害音への移行部、または阻 害音から共鳴音への移行部で多く生じ、非吃音者では共鳴音から共鳴音への移行部で多く みられるのに対し、伝導失語ではどちらでも多くの繰り返しが起きていた。繰り返しが生 起する環境については、吃音とも非吃音とも異なる可能性が高い。

結 論

伝導失語の音韻性錯語では、母音と子音の間で音声が入れ代わることはなく、また、子

音の置換と転置における音韻素性ついて、変化前後の共鳴性という音韻素性の異同は約 7

割が同一であった。子音性と共鳴性は主要音類素性であり、伝導失語でもこれらは保存さ

(6)

6

れやすいと考えられる。しかし、母音の音韻性錯語には一定の方向性がみられず、また、

特殊モーラの音韻性錯語は、健常者の言い誤りではみられない、自立モーラと特殊モーラ が交替するパターンがあり、いずれも失語症特有と思われる。

伝導失語では繰り返しが多くみられ、分析対象とした誤った発話のうち 24%を占めた。

繰り返しの単位は吃音と類似しており、繰り返しが生ずる環境は吃音とも非吃音とも異な

っていた。

(7)

7

目次

緒言---8

対象---10

方法---10

1.スピーチサンプル---10

2.分析の方法---11

2-1 音韻性錯語の出現回数---11

2-2 繰り返しの出現回数と出現環境---12

結果---13

1.音韻性錯語の出現回数---13

2.繰り返しの出現回数と出現環境---13

考察---14

1.伝導失語にみられる発話の誤り---14

2.音韻性錯語の出現回数と変化のしかた---15

2-1 音韻性錯語の出現回数---15

2-2 音韻性錯語(子音)にみられる音韻素性の変化---16

2-3 音韻性錯語(母音)にみられる音韻素性の変化---17

2-4 音韻性錯語(特殊モーラ)にみられる音韻素性の変化---17

3.繰り返しの出現回数と出現環境---18

3-1 繰り返しの出現回数---18

3-2 繰り返しが生じた環境---19

4.臨床への応用と今後の課題---19

結論---20

引用文献---21

謝辞---24

図表---25

Abstract---32

(8)

8

緒言

伝導失語は 1874 年に Wernicke が提唱した失語症候群で

1)

、その主な臨床症状としては、

自発話は流暢で、音韻性錯語、接近行為、言語性短期記憶障害がみられる

2)3)4)

。そして、

臨床活動を行っていると、 「ね ねこ」 (猫)といった音声の繰り返しも比較的多く出現する ことに気づく。

音韻性錯語については多くの研究があり

5)6)7)8)9)10)11)12)13)14)

、他の失語症タイプとの相 違と類似や健常者の言い誤りとの比較もなされている。しかし、本邦においては、健常者の 言い誤りと比較した研究は少なく、 検索できた範囲では、 わずかに寺尾

8)

の報告程度である。

健常者の言い誤りは、おおよそ 1000 語に 1 回程度の割合で出現するという

15)16)

。また、

健常者の言い誤りは、 「内省では窺い知ることのできないレベルで、言葉を発するために脳 が行っている作業の様子を伝えてくれる貴重なデータ」

17)

であり、ことばを生成するメカニ ズムを知るうえで有用な情報を提供するものである

18)

。すなわち、健常者の言い誤りを分析 することにより、その言い誤りが話しことばの産生におけるどの段階でのつまづきであるか を推定することができる。伝導失語の音韻性錯語について、健常者の言い誤りと比較するこ とにより、その性質が明らかになる可能性がある。

ところで、音声はほとんど常に環境の影響を受けている。環境とは、線状に配列された分 節素の前後を言う。たとえば、撥音「ん」は、場所に関わる独自の音韻素性を持たず、直後 の音声から影響を受けて現実の音声が決定される。具体的には、直後の音声と同じ調音点の 鼻音として実現され、両唇音の前では両唇鼻音[m] (e.g.[kampai]乾杯) 、歯茎音の前で は歯茎鼻音[n] (e.g.[kantai]歓待) 、軟口蓋音の前では軟口蓋鼻音[ŋ] (e.g.[kaŋkai]

寛解)が調音される。また、語中の「き」という音声は音声記号で精密に表記すると[k

j

i]

となるが、これは[k]に後続する[i]が前舌で狭母音であるため、その影響を受けて[k]

が硬口蓋化した結果である。

このように、音声は環境の影響を受けるため、音韻性錯語や言い誤りの分析にも、それら が生じた環境を考慮することが重要である。そこで、本研究では音韻性錯語の分析を行う際 に環境を勘案し、健常者の言い誤りと比較してその性質を明らかにしたい。

伝導失語では、臨床的に吃様の繰り返しも観察される。成書のいくつかをひもといても吃

様の繰り返しについて言及されることは少ない。しかし、臨床上の印象として吃様の繰り返

しは珍しいとは思えない。そこで、本研究では、伝導失語における吃様症状についても分析

を行う。

(9)

9

氏平

19)20)

、Ujihira

21)

によれば、吃音者において繰り返しが引き起こされる最大のきっ

かけは、阻害音から共鳴音への移行または共鳴音から阻害音への移行であり、そして、モー ラの切れ目が繰り返しの単位になりやすいという。氏平

20)

は最適性理論を応用し以下のよ うな具体例で説明している。たとえば、/sakana/(魚)では/s/が繰り返される場合や/sa/

を単位として繰り返されるケースなどが考えられるが、前者は阻害音から共鳴音への移行

(s→a) 、後者は共鳴音から阻害音(a→k)への移行なのでその点では同等である。しかし、

モーラの単位を考えると、/s/はモーラの切れ目ではなく/sa/はモーラの単位であるため、

出力としては/sa/が選ばれて/sa/の繰り返しとなる。同様に、/sampo/(散歩)においては /s/の繰り返し、/sa/の繰り返し、/sam/の繰り返しが考えられる。/sa/は共鳴音から共鳴音 への移行(a→m)なので繰り返しの引き金とはならない。/s/と/sam/は、それぞれ阻害音か ら共鳴音への移行(s→a) 、共鳴音から阻害音への移行(m→p)となるため同等であるが、

語頭という環境が優先して音声出力は/s/の繰り返しになる。

一方、非吃音者にみられる繰り返しでは様相が異なる。吃音者と異なり非吃音者の繰り返 しは、共鳴音から共鳴音への移行部で生じやすいことを氏平

20)

が見いだした。たとえば、

/tango/(単語)における繰り返しとしては、/ta/や/tan/等の繰り返しが想定されるが、/ta/

は共鳴音から共鳴音への移行(a→n) 、/tan/は共鳴音から阻害音への移行(n→g)なので、

/ta/が繰り返されることになる。非吃音者で観察されるこのような繰り返しは、音声学で異 化 dissimillation と言われる同類の音声が隣接するのを厭う音韻論の制約 (OCP obligatory contour principle)に反する音声の連続がもたらすものと考えられる。

非吃音者では OCP 違反に反応して繰り返しが生じやすく、吃音者も OCP に反応するが、数 値的には弱点に反応するものが多数を占める。伝導失語症者の繰り返しはどのような傾向に あるかを明らかにすることにより、その性質を知ることができる可能性がある。

本研究の目的は、以下の 2 点である。

1.伝導失語における音韻性錯語の性質を明らかにする。

2.伝導失語にみられる繰り返しと吃音者・非吃音者の繰り返しを比較して、伝導失語の繰

り返しの性質を明らかにする。

(10)

10

対象

脳血管障害により伝導失語症と判定された 8 人を対象とした。その内訳は、男 6 人、女 2 人、年齢は 18~83 歳(平均 56.9 歳)で、原因疾患としては脳梗塞が 6 人、皮質下出血が 2 人(うち 1 人は脳動静脈奇形 AVM arteriovenous malformations)であった。失語症タイプ の判定は、2 人の言語聴覚士の合議によった。

発症から 30 日以上経過し、かつ、明らかな dysarthria や認知症を認めない者のみを対象 とした。そのため、対象候補は 12 人であったが、4 人を除外することとなった。その理由 は、2 人は検査が十分にできなかったこと、1 人は dysarthria を伴っていたこと、1 人は発 症からまもなくであったこと、である。各症例の詳細を表 1 に示す。

方法

本研究は、新潟リハビリテーション大学倫理委員会の承認を得て実施した。

1.スピーチサンプル

標準失語症検査(SLTA Standard Language Test of Aphasia)を各症例に施行し、音声を 収録した。収録した音声は国際音声記号(IPA International Phonetic Alphabet)を使っ て転写した。転写は、音声学を専門とする研究者の意見を聞きながら行った。

分析対象は、SLTA の「単語の復唱」 、 「漢字・単語の音読」 、 「仮名 1 文字の音読」 、 「仮名・

単語の音読」における発話とした。これは、 「呼称」や「動作説明」といった自発話では、

必ずしも発話意図が明確でないからである。発話意図をどのように言い誤ったかを明らかに するために、発話意図が明確な上記の 4 課題を、原則的に分析の対象とした。ただし、これ ら 4 課題の反応でも、発話意図と言い誤りとの対応が不明確な場合は、分析の対象としなか った。 「あ~」や「え~と」 、 「分からんね」などフィラーおよび課題に対する直接的でない 反応も分析の対象に含めなかった。語レベルとモーラレベルの課題に加えて、 「文の復唱」

と「短文の音読」において、発話意図が明確であり、なおかつ、実際に発話された言い誤り

の対応が明らかな場合には、その反応も分析の対象とした。各課題の例題とヒント後の発話

も分析対象に含めた。言い誤りのなかった課題については分析は行わないので、また、SLTA

の実施においては中止基準を用いたため、症例により分析対象となった課題数は異なってい

る。症例ごとの分析対象課題数を表 2 に示す。

(11)

11

2.分析の方法

2-1 音韻性錯語の出現回数

まず第一に、誤った発話を、音韻性錯語、新造語、語性錯語、繰り返し、保続、その他に 分類した。音韻性錯語 phonological paraphasia とは、 「意図した語を構成する音素の一部 を誤ったもので、元の語が何であるか推測できるもの」

22)

である。本論では、線状の音声の 最小単位を古い音韻論の用語の音素 phoneme ではなく、1968 年以降用いられている Chomsky ら

23)

の音韻素性 phonological feature を伴う分節素としてあつかう。音素という概念にお いては、弁別素性が音素を区別する要素として機能する。それに対し、音韻素性という概念 では、複数の音韻素性の集合体が 1 つの分節素を作ると考える。日本語音声の音韻素性に関 する体系的な研究は極めて少ないが、氏平

24)25)

が詳細に記述しており、これをもとに作成 した一覧が表 3 である。氏平

25)

の研究においては音韻素性の階層性も示されているが、こ こでは分かりやすくするために単純化して示した。分節素の誤りが多くなると、元の語が何 であるか分からなくなり、いわゆる新造語 neologism となる。音韻性錯語と新造語の区別 は難しく、元の語が何であるかを推測できるかどうかについての明確な判断基準がないため、

何らかの基準が必要である。そこで、Laine ら

26)

、Whitworth ら

27)

の定義にしたがい、分節 素が 50%以上一致している場合を音韻性錯語とし、50%未満しか一致していない場合を新 造語とした。

音韻性錯語は、鈴木ら

14)

の分類により、以下の 4 つに細分類した。

置換:標的語に含まれていない子音または母音に置き換わったもの。

例 /soto/(外) → /ʃoto/

/inu/(犬) → /ine/

転置:標的語に含まれている子音または母音に置き換わったもの。

例 /sinbun/(新聞) → /hunbun/(h は置換、u が転置)

/enpitu/(鉛筆) → /ennetu/(2 分節素それぞれが転置)

付加:標的語に新たな子音または母音が単語内の位置に関係なく加わっているもの。

例 /enpitsu/(鉛筆) → /penpitsu/

/onna/(女) → /konna/

省略:標的語の一部の子音または母音が脱落しているもの。

例 /matʃi/(町) → / atʃi/

/denʃa/(電車) → /denʃ /

(12)

12

なお、SLTA の「仮名 1 文字の音読」課題では、付加と省略の場合は細分類を行ったが、

置換と転置の区別に意味がないと考えられるため区別しなかった。

新造語の例としては、以下のようなものがある。下線部の分節素のみが一致している。

例 /kodomo/(子ども) → /honego/(一致率は 2/6=33%)

/tori/(鳥) → /kokone/(一致率は 1/4=25%)

そして、症例ごとに音韻性錯語の出現回数と各細分類の回数を数えた。音韻性錯語はすべ て分節素単位で分析を行った。

第二に、標的音が子音であってそれが音韻性錯語になった場合の、音韻素性の変化につい て調べた。標的音が子音なので、後続の環境としては母音、すなわち共鳴音となる。後続が 共鳴音という環境において、標的音の子音(阻害音であることも共鳴音のこともある)が阻 害音または共鳴音、実際の発話ではどちらの音声に交代したかを調べ、その個数を数えた。

阻害音であるか共鳴音であるかは、音韻素性の根幹をなす素性(主要音類素性 major class features)

24)28)

であって、種々の音声を産生する際、違いを作り出す根本的な成分である。

第三として、標的音が母音である場合の音韻性錯語が、どの母音に交代したかを調べ、そ の個数を数えた。ただし、特殊モーラである母音(長音と二重母音の後部要素)は除外した。

その理由は、特殊モーラにおいては、母音が子音に、逆に子音が母音に置き換わることがあ

29)30)

、そうするとどの母音がどの母音へ置き換わったかという対応ができなくなるから

である。このような例はごくわずかしかみられない。

最後に、特殊モーラがどのような音韻性錯語になったかを調べ、その個数を数えた。自立 モーラが特殊モーラに変化する場合や、その逆の場合はすべて特殊モーラの音韻性錯語とし て取り扱った。

2-2 繰り返しの出現回数と出現環境

まず、症例ごとに繰り返しの位置と単位を調べそれらの回数を数えた。繰り返しの位置と は、語句頭か語句中か、である。繰り返しの単位とは、繰り返された音声が分節素、モーラ、

音節、語、のどれであるかを言う。たとえば、 「新聞」に対して/sinsinsinbun /という発話

では、/sin/の繰り返しが 2 回であるが、音声の単位としては、分節素が 3 個、モーラが 2

個、音節が 1 個、という 3 つが考えられる。このような場合は、単位の個数がなるべく少な

くなるよう、すなわちこのケースでは音節の繰り返しとみなす。モーラ数と音節数が同数と

なる場合は、モーラに含めた。また、繰り返しが語や句であって、音韻上の問題でない繰り

(13)

13

返しと思われるものは分析の対象から除外し、発話にためらいやよどみがある場合のみを分 析対象とした。たとえば、 「となりの町で町で火事があった」等の繰り返しは分析に含めな かった。

次に、繰り返しが生じた音声の環境を調べた。繰り返された音声の最尾部の 1 分節素が阻 害音か共鳴音か、そして、それに続く分節素が阻害音か共鳴音か、どちらであるかを調べた。

したがって、移行パターンとしては、共鳴音→共鳴音、共鳴音→阻害音、阻害音→共鳴音、

阻害音→阻害音、共鳴音→#(音声がないことを意味する。この場合は共鳴音が末尾である ことを示す。 ) 、阻害音→#、という 6 種類がありうる。それぞれのパターンの出現回数を数 えた。

結果

対象となった言い誤りの総数は 326 で、そのうち音韻性錯語 209、新造語 27、繰り返し 80、語性錯語 3、保続 6、その他 1 となった。各症例ごとの出現回数は表 4 に示した。

1.音韻性錯語の出現回数

まず、第一に、音韻性錯語を細分類すると、置換 70(母音 21、子音 39、特殊モーラ 10) 、 転置 61(母音 36、子音 25) 、付加 25(母音 1、子音 14、特殊モーラ 10) 、省略 24(母音 10、

子音 13、特殊モーラ 1) 、仮名 1 文字の錯読 29(母音 11、子音 18)であった。仮名 1 文字 の音読課題では、置換と転置の区別をせずに付加と省略についてのみ細分類を行ったので、

付加と省略には仮名 1 文字課題の結果が含まれているが、置換と転置には含まれていない。

特殊モーラを除くと、母音を子音に誤る、またはその逆に誤ることはなかった。

第二に、置換と転置、および仮名 1 文字の錯読が子音の誤りである場合、共鳴音→共鳴音 に代用されたのは 18、共鳴音→阻害音への代用が 9、阻害音→共鳴音への代用が 17、阻害 音→阻害音への代用が 38、となった。

第三に、標的音が母音である場合、どの母音がどの母音に代用されたかについては、一覧 を表 5 に示す。

最後に、特殊モーラの音韻性錯語は 10 みられた。そのうち、特殊モーラどうしでの入れ 代わりが 5、自立モーラと特殊モーラとの間での代用が 5、であった。

2.繰り返しの出現回数と出現環境

(14)

14

繰り返しの位置としては、語頭 78 回、語中で 2 回、出現していた。繰り返しの単位は、1 分節素(C)が 7 回、1 モーラ(CV または V)が 45 回、2 モーラ(CVCV または VCV)が 8 回、

3 モーラ(CVCVCV または VCVCV)が 1 回、音節(CVV または CVC、VC)が 12 回、語が 7 回、

であった。

また、繰り返しがみられた各環境の回数は次の通りであった。

共鳴 → 共鳴 33 回 阻害 → 共鳴 6 回 共鳴 → 阻害 36 回 阻害 → 阻害 1 回 共鳴 → # 4 回 阻害 → # 0 回

考察 1.伝導失語にみられる発話の誤り

今回は発話意図とその誤りとの対応が明らかなものを対象としているので、発話の誤りは 比較的明確に分類可能であった。ただ、特殊モーラの取り扱いは迷うことがあり、たとえば、

「子どもが」に対し[ko:do:ga]と言った場合、長母音はフィラーなのか、付加および置換 なのかの判断に迷うことがあった。このようなケースでは、最初の長母音を付加、2 番目の 長母音を/mo/の置換と判定した。語句のモーラ数のとり違えは、リズムを崩しているからで ある。長母音が付加となった例は、25 回の付加のうち 8 回あった。

従来から指摘されているように、音韻性錯語が多く全体の 64%を占めた。仮名 1 文字の 音読を除いた課題に対する音韻性錯語が 176 回出現していたのに対し、新造語は 27 回であ り、音韻性錯語の 15%程度の回数となった。新造語の定義を、標的語の分節素と 50%未満 しか一致していないものとしており、1 語に対する音韻性錯語がおびただしく出現すること は、比較的少ないことが窺える。新造語は症例 2 と症例 6 で 10 回、症例 1 で 6 回現れ、こ の 3 症例でほとんどを占めた。この 3 症例は音韻性錯語も多くみられ、頻度の高い音韻性錯 語の結果として新造語が出現することは首肯できる。

語性錯語は非常に少なく、326 回の誤りに対しわずか 3 回しか現れなかったことも、伝導 失語の特徴の 1 つである

2)3)

保続は症例 1 と 2 にのみみられた。Yamadori

31)

によれば、失語症者の 8 割以上に保続が出

(15)

15

現するというが、今回は 25%であった。保続の出現は病巣の大きさとの関連が指摘されて

おり

32)33)

、今回の症例は比較的病巣が小さかったのかもしれない。

繰り返しは 80 回と全体の約 25%を占め、臨床上の印象通りかなり多いことが明らかとな った。音韻性錯語に比べるとずっと少ないが、無視できない量であり、伝導失語研究におい てもっと光があてられてもよいのではないかと考える。

その他に分類された発話が 1 回だけ観察されたが、これは「か」という仮名 1 文字の音読 に対し、 「こかきくけこ」という発話で、補完現象に似る反応であった。補完現象は超皮質 性失語によくみられるが

22)34)

、伝導失語では珍しいと思われる。

2.音性錯語の出現回数と変化のしかた 2-1 音韻性錯語の出現回数

音韻性錯語は全部で 209 回出現したが、そのうち置換と転置の区別ができない仮名 1 文字 の音読課題で付加 2、省略 2、それ以外の錯読(置換と転置の合計に相当)が 29、合計 33 みられた。したがって、仮名 1 文字の音読課題を除外した課題で出現した音韻性錯語は 176 となる。その内訳をみると、置換が 70(40%) 、転置 61(35%) 、付加 23(13%) 、省略 22

(13%) 、である。物井ら

5)

の報告では復唱と自発話で分けているので明確ではないが、置 換と転置がほぼ同率で 40%台、付加と省略は 10%未満と、似たような結果となっている。

また、春原ら

35)

の伝導失語における音韻性錯語も、症例によって出現率が異なるものの、

置換が 30%~50%台、転置も 30%~50%台、付加と省略は数%~10%前半となっており、

置換、転置、付加、省略の出現率にはどれも大きな違いはない。しかし、田辺ら

7)

は、症例 によって置換と転置の出現率が異なることを指摘した。その症例では、付加と省略が少ない ことは同様であるが、置換が 70%前後、転置は 10%と低くなっている。田辺らはこれを病 巣と関連させて考えている。その症例の病巣は左頭頂葉前部に限局しており、典型的な伝導 失語の病巣である左縁上回

36)

とは異なっていた。今回の 8 症例でも、置換が多くみられる タイプ(症例 6、7)と転置が多いタイプ(症例 4)とがあり、病巣部位が関係している可能 性があるが、今回は病巣について検索できていないため、病巣との関連は不明である。

付加がみられたのは 8 症例のうち 5 症例だけであった。 そのうち、 3 症例は特殊モーラ (/R/

または/N/)の付加のみであり、自立モーラの付加が出現したのは症例 2 と症例 6 の 2 例で

あった。症例 6 の付加は 4 回あり、/R/が 3 回、 「ほ」という仮名 1 文字の音読で[hoʃ]と

なり子音が 1 回であった。後者の付加は健常者では生じにくく、失語症特有のものであろう。

(16)

16

一方、症例 2 では 16 回の付加が生じており、付加全体の多くを占めた。そのうち、/R/の付 加が 2 回あり、残りの 14 回のうち 12 回は、語頭で/V/という構造のモーラに子音が付加さ れていた。音節構造について、/CV/が無標であり、/V/は有標であることを考えると、無標 なものを選択しようとする機能

37)

が働いていた可能性がある。この点では、健常な音声生 成機能が保たれていると言えるのかもしれない。ただし、1 例のみの、しかも多くない例数 から推論することは難しい。

省略は全部で24 回観察された。 そのうち、 自立モーラがモーラごと省略されたのが13 回、

特殊モーラ/Q/の省略が 1 回、子音の省略が 6 回、母音の省略が 4 回であった。物井ら

5)6)

や田辺ら

7)

の報告でも、省略はごくわずかである。今回は鈴木ら

14)

の分類に従って、モー ラごと省略されてモーラ数が減った場合も省略に含めているが、モーラ数が減らずに省略が 認められたのはわずか 10 回となり、全音韻性錯語の 5%ほどである。鈴木ら

14)

は語尾音節 で省略が多いと述べているが、その省略にはモーラの脱落によるものも含まれているので、

それを除外すると省略の出現回数は少なくなると考えられる。したがって、伝導失語では、

モーラ数の減少によらない省略の出現頻度は低いとみてよいだろう。今回みられた子音の省 略は語頭で 5 回(すべて共鳴音) 、語中で 1 回(阻害音)であった。発話の産生において、

語頭に音声処理の負担が集中すると考えられており

19)38)

、発話の負担を軽減しようとして いると推測される。

2-2 音韻性錯語(子音)にみられる音韻素性の変化

仮名 1 文字の音読課題を含め、共鳴音の直前に位置する子音が置換または転置になったの は全部で 82 であった。そのうち、共鳴音である子音/r、m、n、ɳ、ŋ、ɴ、w、j/が別の共鳴 音に変化したのは 18、阻害音である子音/p、b、t、d、k、g、ʦ、ʣ、ʧ、ʤ、ɸ、s、z、ʒ、ҫ、

h/が別の阻害音に変化したのは 38 で、合計 56 となった。これに対し、共鳴音である子音が 阻害音に変化した回数は 9、阻害音である子音が共鳴音に変化した回数は 17 で、合計 26 で あった。すなわち、同じ素性を持つ音声に変化した回数が 56、異なる素性に変化した回数 が 26、ということになる。

共鳴性は音声の持つ性質として極めて重要なものであり、氏平

25)

や Chomsky ら

28)

は主要

音類素性としているし、Carr

39)

の検討においても、子音をまず共鳴音か阻害音かで二分して

いる。音韻性錯語において、この子音の重要な素性が変わることが比較的少なく素性が保た

れることが多いのは、伝導失語でもこのような重要な素性は、音声の生成過程おいて比較的

(17)

17

正確に音声実現に反映されることが推測される。ただし、この素性が変化したケースがおよ そ 3 割にのぼることから、完全に正しくこの素性を生成できているわけではない。

ところで、寺尾

40)

によれば、健常者の言い誤りにおいては、音声の入れ代わりは母音ど うし、または子音どうしで生じ、母音と子音との間では起きないというのが原則とされてい る。ただし、特殊モーラは例外である。今回の結果でも、特殊モーラを除けば、伝導失語に おいても母音と子音とが入れ代わったという音韻性錯語は 1 回もなく、その点では健常な音 声生成機能を保持していると言えるだろう。音韻性素性からは、母音と子音は「子音性」と いう成分を持つか否かによって区別される。伝導失語症者は、子音性については正しい生成 が可能だと言える。

一見、無秩序に生じているかのように思われる伝導失語の音韻性錯語も、主要音類素性の ような重要な素性は保持されやすいものと考えられる。

2-3 音韻性錯語(母音)にみられる音韻素性の変化

音韻性錯語において母音がどの母音に変化したかを表 5 に示した。また、寺尾

41)

が収集 した健常者による母音の言い誤りを示したものが表 6 である。健常者の言い誤りは、/i/と /u/の間で、および/a/と/o/の間で交代する傾向がみられる。母音の音韻性錯語がどのよう な音声に置換または転置するかについて、少なくとも日本語での報告は見つけることができ なかった。今回の結果から、音韻性錯語では/i/と/u/の間で交代する傾向はあるものの、回 数が少なくはっきりしない。また、各母音ごとに音韻素性がどう変化したかを比べてみても、

さらに、環境の影響から受ける音韻素性の変化を調べても、はっきりした傾向を認めること ができなかった。すなわち、母音の音韻性錯語は一定の傾向を示さず、ランダムに音韻素性 が変わってしまうものと考えられる。この点は、健常者の母音の置換えとは異なる。

2-4 音韻性錯語(特殊モーラ)にみられる音韻素性の変化

特殊モーラには、促音、撥音、長音、二重母音の後部要素、の 4 種類がある。

特殊モーラについては、CV モーラが特殊モーラに変わるケースやその逆のケースもあっ たため、標的音が特殊モーラである場合も、特殊モーラが音韻性錯誤として出現した場合も、

いずれも母音の誤りや子音の誤りとせずに特殊モーラの誤りとして分類した。特殊モーラの

音韻性錯語は、置換 10、転置 0、付加 10、省略 1、であった。このうち、付加では長母音が

8、撥音が 2 となっているが、長母音はフィラーの可能性もあるため、すべてを付加として

(18)

18

よいか疑問が残る。しかし、フィラーであったとしても、次の音声生成が適切になされない ことが原因になっている可能性は高いと思われる。

置換の例をすべて列挙する。ここでは特殊モーラの撥音を N、促音を Q、長音を R、二重 母音の後部要素を I で表す。

① N→R(/deNʃa/→/deRne/)

② Q→N(/teQkjoR/→/teN/)

③ Q→CV(/aQta/→/atuta/)

④ Q→I(nemuQte→/neIte/)

⑤ R→N(/huRsen/→/huNsen/)

⑥ R→CV(/tokeR/→/tokeri/)

⑦ VR→VI(/tokeR/→/tokaI/)

⑧ CV→Q(/hukuramasete/→/hukumaQte/

⑨ CV→R(/kodomoga/→/koRdoRga/) (/ko/と/do/の間に R の付加がある)

⑩ CV→R(/toriga/→/toRga/)

寺尾

42)

によれば、特殊モーラどうしの代用は、あらゆるパターンが健常者で認められると いう。したがって、上記の①、②、④、⑤、⑦は健常者でもありうる音声の代用である。⑧ は促音便化しており、必ずしも異常な調音とは言えないであろう。しかし、③、⑥、⑩はモ ーラ数が変化せずに特殊モーラと CV モーラとの間で置換が生じている。これはモーラの種 類で見ると、健常者では見られない自立モーラと特殊モーラの交替が生じていることになる。

このようなとり違えが起きることは、音声を生成する過程の何らかの異常を示すものと考え られる。③、⑥、⑩はそれぞれ症例 2、症例 8、症例 6 の発話であり、音韻性錯語が特に多 かった症例である。その数は少ないが、重症度と関連がある可能性が窺われる。

3.繰り返しの出現回数と出現環境 3-1 繰り返しの出現回数

繰り返しが出現する位置としては、語頭で 78 回、語中で 2 回と圧倒的に語頭が多かった が、これは、吃音者でも非吃音者でも同様である

19)

。 「2-1 音韻性錯語の出現回数」でも述 べたとおり、語頭に音声処理の負担が集中するなら、予想通りの結果とも言える。

繰り返しの単位として最も多いのがモーラであり、1 モーラが 45 回、2 モーラが 8 回、3

モーラが 1 回、合計 54 回で全体(語の繰り返し 7 回を除外)のおよそ 74%になる。音節の

(19)

19

繰り返しを 2 モーラの繰り返しとみなしてこれに加えると、合計 66 回、約 83%となる。氏 平

19)

の報告によると、非吃音者の繰り返しは、モーラ単位の繰り返しがおよそ 92%、音節 の繰り返しを 2 モーラの繰り返しとみなした場合には 99%以上がモーラ単位になるという。

音節の繰り返しを含めずにモーラ単位の繰り返しの出現比率を比較してみると、有意水準 1%で差を認めた(z=4.67) 。これを吃音者のモーラ単位の繰り返し比率(84%

19)

)と比べ ると、有意水準 1%では差を認めなかった(z=2.02) 。伝導失語患者のモーラ単位の繰り返 し出現率は、非吃音者のモーラ単位の繰り返し出現率より低いと言ってよいであろう。これ は、以下に述べる語頭子音の繰り返しが吃音者・非吃音者に比べ多いことが理由である。

氏平

20)

は、成人非吃音者の約 5000 例の非流暢性発話の分析から、語頭子音の繰り返しは ほとんど現れないことを見いだしており、また、頭子音をもつ重音節内の繰り返し 522 例の サンプルを調べた結果、語頭子音の繰り返し出現率は 1%以下であった

19)

。伝導失語でみら れた語頭子音の繰り返しは 7 回と回数は少ないが、全繰り返し(語の繰り返し 7 回を除外)

のおよそ 10%になる。繰り返しの回数が全部で(語の繰り返し 7 回を除外)73 回と少ない ので判断は難しいが、10%の出現率は高い、すなわち健常から逸脱している、と言えるであ ろう。これも有意水準 1%で差を認めた(z=4.95) 。しかし、吃音者との比較では、有意水 準 1%で差を認めなかった(z=1.15) 。以上から、伝導失語でみられる繰り返し単位は、吃 音の繰り返しに近いと言えよう。

3-2 繰り返しが生じた環境

繰り返された音声の最尾部とそれに続く音声が、共鳴音→共鳴音という同じ音韻素性を持 つ場合が 33 回、阻害音→共鳴音または共鳴音→阻害音という異なる音韻素性を持つ場合が 合わせて 42 回であった。前者は非吃音者に、 後者は吃音者に多くみられるものである

20)

が、

大きな差はなく、吃音者、非吃音者のどちらか一方により近いパターンとは言いがたい。検 査課題から得られた全症例の全発話について、共鳴音→共鳴音、阻害音→共鳴音(または共 鳴音→阻害音)という連続がいくつあるのか不明なので、統計的検定は困難である。ただ、

伝導失語の繰り返しが起きる環境は、阻害音→共鳴音または共鳴音→阻害音という移行でも、

共鳴音→共鳴音という移行でも多いことから、吃音者の繰り返しとも、非吃音者との繰り返 しとも異なる可能性が高い。

4.臨床への応用と今後の課題

(20)

20

伝導失語でみられる音韻性錯語の性質を明らかにすることにより、言語訓練を具体化でき る可能性がある。たとえば、今回、音韻性錯語が持つ音韻素性のうち、共鳴性が変化したも のはおよそ 3 割であった。すなわち、この素性については生成が可能ではあるが不正確なの である。そこで、共鳴性+の音声と共鳴性-の音声を際立たせて生成させる訓練、たとえば /aka/などの連続音声を調音させることや、逆に、共鳴性+の音声の連続、たとえば/ana/

などを調音させるといったことが考えられる。もちろん、そういった訓練が有効であるかど うかは実際にやってみないと分からないものである。セラピーモデルを作り、被験者に実践 して、効果を検証することが課題になる。

失語症の訓練を行う際、根拠に基づいた訓練方法を立案することは当然であるが、そのた めには、症状の詳しい評価が前提となる。音韻性錯語の性質を詳しく調べることにより、音 声生成過程のどこに障害があるかが詳細に分かる可能性があるし、それだけでなく、音声生 成過程のモデル構築にも貢献できるであろう。今後、音韻性錯語の性質をより詳細に調べる ことがそれらに役立つと思われる。

結論

伝導失語患者 8 例の音韻性錯語を音韻論的に分析し、以下の結果を得た。

1)分析対象とした誤った発話のうち、音韻性錯語が占める比率は 64%であった。音韻性錯 語の細分類では、置換と転置がおよそ 30%台、付加と省略が 10%台で、従来の報告とほ ぼ同様であった。

2)子音の置換と転置における音韻素性の変化を調べたところ、変化前後の共鳴性と阻害性 の音韻素性の異同は約 7 割が同一だったことから、主要音類素性は比較的保たれると考 えられる。また、母音と子音の間で置換や転置が生ずることはなく、伝導失語でも子音 性はよく保持される素性である。

3)母音の音韻性錯語には一定の方向性がみられなかった。

4)特殊モーラの音韻性錯語は、健常者の言い誤りではみられない、自立モーラと特殊モー ラが交替するパターンがあり、このパターンが失語症特有と考えられた。

5)伝導失語では繰り返しが多くみられ、分析対象とした誤った発話のうち 24%を占めた。

6)繰り返しの単位として、語頭子音の出現率が 10%と高く、吃音の繰り返しに近い。

7)繰り返しが多く生ずる環境は、吃音者とも非吃音者とも異なっている。

(21)

21

引用文献

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2)山鳥重:神経心理学入門,医学書院,東京,1985,pp195-199.

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(22)

22

15)寺尾康:言い間違いはどうして起こる?,岩波書店,東京,2002,p10.

16)Garnham A, Shillcock RC, Brown GDA, Mill AID, Cutler A: Slips of the tongue in the London-Lund corpus of spontaneous conversation, Linguistics, 19: 805-817, 1981 17)寺尾康:言い間違いはどうして起こる?,岩波書店,東京,2002,pp10-11.

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21)Ujihira A: Stuttering in Japanese, Howell P, Bosel JV ed, Mutilingual Aspetcts of Fluency Disorders, Multilingual Matters, Bristol, 2011, pp139-168.

22)阿部晶子:言語症状,藤田郁代,立石雅子(編) ,標準言語聴覚障害学 失語症,医学 書院,東京,2015,pp74-85.

23)Chomsky N, Halle M: The Sound Pattern of English, MIT Press, Cambridge, 1968, pp64-66.

24)氏平明:言語聴覚士教育と臨床のための音声学Ⅰ,福岡教育大学附属特別支援教育セン ター研究紀要,3:23-39,2011

25)氏平明:言語聴覚士教育と臨床のための音韻論Ⅰ,福岡教育大学附属特別支援教育セン ター研究紀要,8:1-11,2016

26)佐藤ひとみ(訳) :[アノミア]失名辞―失語症モデルの現在と治療の新地平,医学書院,

東京,2010,pp137-138.

27)長塚紀子(監訳) :失語症臨床の認知神経心理学的アプローチ 評価とリハビリテーシ ョンのためのガイドブック,協同医書出版,東京,2015,p428.

28)Chomsky N, Halle M: The Sound Pattern of English, MIT Press, Cambridge, 1968, pp301-303.

29)Tsujimura N: An Intorduction to Japanese Linguistics, Blackwell Publishers, Cambridge, 1996, pp68-70.

30)Kubozono H: The Mora and Syllable Structure in Japanese: Evidence from Speech Errors, Language and Speech, 32(3): 249-278, 1989

31)Yamadori A: Verbal Perseveration in Aphasia, Neuropsychologia, 19(4): 591-594, 1981

32)山鳥重:神経心理学入門,医学書院,東京,1985,p52.

(23)

23

33)安田菜穂:近縁症状,藤田郁代,立石雅子(編) ,標準言語聴覚障害学 失語症学,医 学書院,東京,2015,p86.

34)波多野和夫:失語の理解,波多野和夫,中村光,道関京子,横張琴子,言語聴覚士のた めの失語症学,医歯薬出版,東京,2002,p104.

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36)伊林克彦:左頭頂葉皮質下病変による伝導性失語,臨床神経学,42(8) :731-735,2002 37)窪薗晴夫:日本語の音声,岩波書店,東京,1999,pp9-13

38)Shattuck-Hufnagel S: The Role of Word-Onset Consonants in Speech Production Planning: New Evidence from Speech Error Patterns, Keller E, Gopnik M ed, Motor and Sensory Processes of Language, Lawrence Erlbaum Assosiates, New Jersey, 1987, pp17-51.

39)Carr P: Phonology, Mcmillan Press, Hampshire, 1993, p56.

40)寺尾康:言い間違いはどうして起こる?,岩波書店,東京,2002,p117.

41)寺尾康:私信による

42)寺尾康:言い間違いはどうして起こる?,岩波書店,東京,2002,pp117-121.

(24)

24

謝辞

本論文作成にあたり、優しくかつ厳しく最後まで暖かくご指導くださいました、新潟リハ ビリテーション大学大学院リハビリテーション研究科リハビリテーション医療学専攻高次 脳機能障害学コース長 伊林克彦先生に深謝申しあげます。また、言語学、音声学・音韻論 について多くの知識を授けてくださるとともに、懇切丁寧に辛抱強く見守ってくださった新 潟リハビリテーション大学医療学部リハビリテーション学科言語聴覚学専攻客員教授 氏平 明先生に心より感謝申しあげます。さらに、健常者の言い誤りについて貴重なアドバイスと データを提供してくださった静岡県立大学国際関係学部国際言語文学科教授 寺尾康先生に、

厚く御礼申しあげます。最後に、データを提供してくださった患者様およびリハビリテーシ

ョンを担当されていた言語聴覚士の方々に、深甚なる謝辞を申しあげます。

(25)

25

表 1 症例の詳細 症例 発症時

年齢 性別 原因疾患 検査時 年齢

発症から検査 までの日数

1 83 男 皮質下出血 83 35

2 67 男 脳梗塞 67 30

3 65 男 脳梗塞 65 62

4 62 女 脳梗塞 63 541

5 62 男 脳梗塞 63 298

6 52 男 脳梗塞 52 31

7 47 女 脳梗塞 50 1117

8 17 男 皮質下出血(AVM) 18 81

平均 56.9 57.6 274.4

(26)

26

表 2 分析対象とした SLTA の課題数 症例 単語

復唱

漢字単語 音読

仮名 1 文字 音読

仮名単語 音読

文 復唱

短文

音読 合計

1 0 3 3 1 2 3 12

2 0 5 3 3 1 3 15

3 0 0 0 0 1 4 5

4 0 0 0 0 4 1 5

5 1 0 1 2 4 0 8

6 2 1 6 2 2 6 19

7 2 0 0 0 4 6 12

8 2 2 1 3 0 5 13

合計 7 11 14 11 19 28 89

(27)

27

表 3 日本語の音韻素性(氏平

25)

をもとに作成)

i e a o u p b t d k g ts dz ʧ ʤ ɾ

主要音類素性

共鳴性 sonorant + + + + + - - - + 子音性 consonantal - - - + + + + + + + + + + +

調音性素性

継続性 continuant + + + + + - - - + 側音性 lateral - - - - 鼻音性 nasal - - - - 喉頭に関わる素性 有声性 voiced + + + + + - + - + - + - + - + +

口腔 素性 の主 要狭 窄性 素性

唇音性 labial - - - + - + + - - - - 円唇性 round - - - + - - - - 唇歯性 labiodental - - - - 舌頂性 coronal - - - + + - - + + - - + 前方性 anterior - - - + + + + - - + + - - + 溝型摩擦性 grooved - - - + + + + - 舌背性 dorsal + + + + + - - - - + + - - - - - 高舌性 high + - - - + - - - - + + - - - - - 低舌性 low - - + - - - - 後舌性 back - - + + + - - - - + + - - - - - 声門性 glottis - - - - 狭窄性 constricted - - - - 開放性 spread - - - -

(28)

28

表 3(続き) 日本語の音韻素性(氏平

25)

をもとに作成)

 s z ʃ ʒ ҫ h m n ɳ ŋ ɴ w j ʔ

主要音類素性

共鳴性 sonorant - - - + + + + + + + - 子音性 consonantal + + + + + + + + + + + + + + +

調音性素性

継続性 continuant + + + + + + + - - - + + - 側音性 lateral - - - - 鼻音性 nasal - - - + + + + + - - - 喉頭に関わる素性 有声性 voiced - - + - + - - + + + + + + + -

口腔 素性 の主 要狭 窄性 素性

唇音性 labial + - - - + - - - - + - - 円唇性 round - - - ± - - 唇歯性 labiodental - - - - 舌頂性 coronal - + + + - - - - + + - - - - - 前方性 anterior + + + - - - - + + - - - + - - 溝型摩擦性 grooved - + + + + - - - - 舌背性 dorsal - - - + - - - + + + + + - 高舌性 high - - - + - - - + + - + + - 低舌性 low - - - - 後舌性 back - - - + + + - - 声門性 glottis - - - + - - - + 狭窄性 constricted - - - + 開放性 spread - - - + - - - -

(29)

29

表 4 言い誤りの分類とその出現回数

①~⑤が音韻性錯語である。⑤の仮名 1 文字の錯読については、付加または省略である場合、

③付加または④省略に含めてある。

症例 言い誤り

1 2 3 4 5 6 7 8 合計

音韻性錯語

29 57 6 13 6 54 12 32 209

①置換 14 12 1 0 2 19 6 16 70

②転置 8 19 3 10 2 7 0 12 61

③付加 0 16 0 2 1 4 2 0 25

④省略 1 6 2 1 0 7 4 3 24

⑤仮名 1 文字の錯読 6 4 0 0 1 17 0 1 29

繰り返し 12 20 1 5 5 7 16 14 80

新造語 6 10 0 0 0 10 1 0 27

語性錯語 0 0 0 0 0 0 2 1 3

保続 2 4 0 0 0 0 0 0 6

その他 0 0 0 0 0 1 0 0 1

合計 49 91 7 18 11 72 31 47 326

(30)

30

表 5 母音の音韻性錯語(全症例の合計)

標的音声が音韻性錯語として表出された母音の回数を示す。

表出音声

標的音声

i e a o u 合計

i 5 1 1 9 16

e 6 7 2 3 18

a 1 2 3 3 9

o 1 7 4 1 13

u 5 1 3 4 13

合計 13 15 15 10 16 69

(31)

31

表 6 健常者の母音の言い誤り

標的音声が言い誤りとして表出された母音の回数を示す。

(寺尾康先生からの私信より)

表出音声

標的音声

i e a o u 合計

i 12 7 2 23 44

e 14 19 8 6 47

a 4 5 39 4 52

o 2 8 43 12 65

u 25 5 6 5 41

合計 45 30 75 54 45 249

(32)

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Phonological Analysis of Phonological Paraphasias and Repetitions in Conduction Aphasia

Yoshinori Ohdaira

Department of Brain Function Disorder Graduate School of Rehabilitaiton Niigata University of Rehabilitaion

Phonological paraphasias are tremendously produced in conduction aphasia. And

in a clinical set, repetitions are also observed in conduction aphasia, though

infrequently reffered in books on aphasia.

Normal speech errors are useful to clarify the mechanism of speech production.

It can be possible to explain the features of phonological paraphasias and repetitions

in conduction aphasia by comparing them with speech errors.

The objectives of this thesis are;

1) to clarify the features of phonological paraphasias in conduction aphasia, and

2) to clarify the features of repetitions of conduction aphasia by comparing them with

those of stutterers and non-stutterers.

(33)

33

The subjects included six males and two females, aged from 18-83 years old

(average; 56.9). All of them were conduction aphasics. Six patients suffered from

cerebral infarction, and two patients due to cerebral hemorrhage. Standard Language

Test of Aphasia was applied to all of the subjects, with the speech recorded. The

recorded speech was transcribed in International Phonetic Alphabet.

One hundred and seventy-six phonological paraphasias took place from words and

sentences (repetitions or reading aloud). Twenty-six of them were from the consonants

which changed their features from sonorant to obstruent or the reverse, and 56 of

paraphasias were from the consonants which changed their features from sonorant to

sonorant, or obstruent to obstruent (Others were vowels, additions and omissions).

This means the conduction aphasics can generate the phonological feature of “sonorant”

correctly most of the time. Also, vowels and consonants were never exchanged. The

phonological features of sonorant and consonant are the major class features which

are very important components when we make speech sounds. Conduction aphasics

preserve the ability to generate the major class features for the most part.

(34)

34

The mora was the unit in which repetitions occurred most frequently, which is

applied to stutterers or non-stutterers. However, about 10 % of the repetitions took

place in the unit of word onset consonant. The ratio is similar to that of stutterers,

but not of non-stutterers, which means repetitions of conduction aphasia are

comparable to those of stuttering. On the other hand, the sorroundings where

repetitions occurred were diffrent from those of stuttering or non-stuttering. The

stutterers repeat sound(s) most frequently at the place where sonarity of last segment

of repetition and the following sound is different. The non-stutterers repeat most

frequently when it is same. The repetitions of conduction aphasia took place a lot

in both cases. Therefore, the types of three repetitions are different.

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