Ⅱ.分担研究報告
厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業
(難治性疾患政策研究事業)総合研究報告書
全身性強皮症 診断基準
研究分担者 浅野善英 東京大学医学部附属病院皮膚科 准教授 研究分担者 川口鎮司 東京女子医科大学リウマチ科 臨床教授
研究分担者 桑名正隆 日本医科大学大学院医学研究科アレルギー膠原病内科学分野 教授 研究分担者 後藤大輔 筑波大学医学医療系内科 准教授
研究分担者 神人正寿 熊本大学大学院生命科学研究部皮膚病態治療再建学分野 准教授 研究分担者 竹原和彦 金沢大学医薬保健研究域医学系皮膚分子病態学 教授
研究分担者 波多野将 東京大学大学院医学系研究科重症心不全治療開発講座 特任准教授 研究分担者 藤本 学 筑波大学医学医療系皮膚科 教授
協力者 佐藤伸一 東京大学医学部附属病院皮膚科 教授
研究代表者 尹 浩信 熊本大学大学院生命科学研究部皮膚病態治療再建学分野 教授
研究要旨
現在本邦において用いられている全身性強皮症(systemic sclerosis: SSc)の診断基準は、
1980 年にアメリカリウマチ協会から発表された分類予備基準を基にして、自己抗体検査の項目 を加えて 2010 年に作成されたものである。SSc 分類予備基準は皮膚・肺の線維化病変に主眼を 置き典型的な SSc を抽出することを目的に作成されているが、皮膚硬化が軽度あるいは全く認 められない早期例、一部の限局皮膚硬化型 SSc、SSc sine scleroderma を抽出できないことが欠 点であった。その後、ELISA 法による自己抗体検査の普及、および爪郭部毛細血管異常の診断的 意義の確立を背景として、アメリカリウマチ学会と欧州リウマチ学会において早期診断に関す る検討が進められるとともに、早期例・限局皮膚硬化型 SSc・SSc sine scleroderma にも高い感 度と特異度を有する分類基準の作成が試みられ、2013 年 11 月に両学会から共同で新しい分類基 準が発表された。本邦では、それに先立ち 2013 年 1 月に早期診断基準案が作成されており、現 在前向きにその有用性について検討中である。今回、本邦においても診断基準を改訂することと なったが、欧米における新しい分類基準を参考に、先行して作成した早期診断基準案を考慮した 上で、「医療費公費負担」の対象となる患者を抽出することを主目的として作成を行った。
A. 研究目的
全身性強皮症(systemic sclerosis: SSc)
の診断基準としてこれまで国際的に広く用い られてきたのは、1980 年にアメリカリウマチ
協 会 (American Rheumatism Association:
ARA)が作成した分類予備基準である。1本基準 は 発 表 論 文 中 で derivation study と validation study のいずれにおいても高い感 度と特異度を有することが確認されており、
発表当初は非常に優れた基準と考えられてい た。しかしながら、疾患特異抗体の同定とそ の検査法の進歩、および爪郭部毛細血管異常 の診断的意義の確立を背景に、早期例および 皮膚硬化が手指に限局する例の診断が可能と なったことにより、本基準は早期例の診断に は無力であり、限局皮膚硬化型 SSc(limited cutaneous SSc: lcSSc)の一部は診断できな いことが明らかとなった。そのような中で 2001 年に LeRoy & Medsger による分類予備基 準の改訂 2、the Very Early Diagnosis of Systemic Sclerosis (VEDOSS) EUSTAR multicentre study3などを経て、2013 年にア メリカリウマチ学会(American College of Rheumatology: ACR) と 欧 州 リ ウ マ チ 学 会 (European League Against Rheumatism:
EULAR)から共同で新しい分類基準が発表され た。4, 5この分類基準の特徴は、旧分類基準案 が線維化の病態を重視したものであったのに 対し、線維化・血管障害・免疫異常という SSc の主要 3 病態の全てがほぼ均等に含まれてい る こ と と 、 早 期 例 ・ lcSSc ・ SSc sine scleroderma に対する感度と特異度が非常に 高くなったことである。本基準の発表論文中 では derivation study と validation study のいずれにおいても高い感度と特異度がある ことが報告されており、またカナダのグルー プからの validation study でも同様の高い
感度と特異度があることが報告されている。6 一方、本邦においては 2003 年に ARA の 1980 年の分類予備基準を参考として、それに自己 抗体検査を加えることにより診断基準が作成 され、抗 RNA ポリメラーゼⅢ抗体が保険収載 されたことを受けて 2010 年に一部改訂され た。本診断基準は ARA の分類予備基準と同様 に SSc の定型例を抽出することを目的として おり、早期例の診断には無力であった。VEDOSS など早期診断の重要性が注目される中、本邦 においても早期診断基準案が 2013 年 1 月に 作成された。現在、この早期診断基準案につ いては、この基準を満たした SSc 早期例と考 えられる患者が実際に SSc を発症するか否か について前向きに検討中である。
今回、厚生労働省強皮症研究班の事業の一 環として、本邦における SSc の診断基準を見 直すこととなった。ACR/EULAR では主に治験に 早期例を組み入れることを目的として分類基 準が改定されたが、本邦での改訂に際しては、
昨年早期例を対象とした早期診断基準案が作 成されている点も考慮し、「医療費公費負担」
と認定すべき患者を選択することを主目的と した診断基準を作成することとした。
B. 研究方法
2013 年に ACR/EULAR から発表された分類基 準は SSc 定型例のみでなく早期例・lcSSc・SSc sine scleroderma を含めても SSc に対して非 常に高い感度と特異度を有しており、他の患 者群を用いた検討においても同様に高い感度 と特異度が示されている。治験などのために 診断確実例を抽出するために作成された分類
基準と実臨床における診断基準は同一ではな いが、今回発表された分類基準はその高い感 度と特異度が示すように、実臨床における診 断基準に限りなく近いものとなっている。SSc の症状の重症度には人種差があることが知ら れており、今後この診断基準は様々な人種で validation study が行われる必要があるが、
現時点では世界標準の分類基準となることが 予想される。そこで、今回の診断基準の作成 にあたっても、この分類基準を参考とするこ ととした。前述の通り、本邦では既に早期診 断基準案が作成されていること、今回作成す る診断基準は「医療費公費負担」と認定すべ き患者を選択することを目的としていること を考慮し、また本邦の医療事情に沿った基準 となるようにするため、本邦における従来の 診断基準を基にして改訂を加えることとした。
班員で議論を重ねた上で最終案を作成し、
2016 年 2 月 29 日から 2016 年 3 月 28 日まで 日本皮膚科学会の代議員を対象としてパブリ ックコメントを募集した。
C. 研究結果
本邦における現在の SSc の診断基準を表1 に、今回新たに作成した診断基準改定案を表 2に示す。以下、今回の改訂案の作成の過程 について説明する。
1. 大基準について
現診断基準の「手指あるいは足趾を越える 皮膚硬化」を「両側性の手指を越える皮膚硬 化」と改訂した。2013 ACR/EILAR の分類基準 では Skin thickening of the fingers of
both hands extending proximal to the metacarpophalangeal joints (sufficient criterion) とされている点、SSc 確実例では 皮膚硬化は左右対称性に生じる点、足趾の皮 膚硬化が手指の皮膚硬化に先行するような症 例は極めて稀である点などを考慮して改訂を 行った。
2. 小基準について
現診断基準の「①手指に限局する皮膚硬化」
は 、 2013 ACR/EULAR の 分 類 基 準 で は Sclerodactyly of the fingers (distal to the metacarpophalangeal joints but proximal to the proximal interphalangeal joints) と記載されている。定義が明確にさ れているのが特徴である。改定案においても この点を踏襲する形式で、注釈に「※1 MCP 関節よりも遠位にとどまり、かつ PIP 関節よ りも近位に及ぶものに限る」と説明を加えた。
現診断基準の「②手指尖端の陥凹性瘢痕、
あるいは指腹の萎縮※2、※2 手指の循環障 害によるもので、外傷などによるものを除く」
の 記 載 は 、 2013 ACR/EULAR の 分 類 基 準 で は Fingertip lesions とまとめられてお り、 Digital tip ulcers と Fingertip pitting scars に分類されている。これを参 考にして「③手指尖端の陥凹性瘢痕、あるい は指尖潰瘍※3、※3 手指の循環障害による もので,外傷などによるものを除く」と改訂 した。
現診断基準の「③両側性肺基底部の線維症」
については、2013 ACR/EULAR の分類基準で は Pulmonary arterial hypertension
and/or interstitial lung disease とされ ている。PAH については Pulmonary arterial hypertension diagnosed by right‑sided heart catheterization according to standard definitions. と記載されており、
右心カテーテル検査による診断が必須である。
また、ILD については Pulmonary fibrosis seen on high‑resolution computed tomography or chest radiography, most pronounced in the basilar portions of the lungs, or occurrence of Velcro crackles on auscultation, not due to another cause such as congestive heart failure. と記載 されており、画像所見以外にベルクロラ音(鬱 血性心不全など他の原因によるものを除外す る)が含まれている。まず、ILD についてであ るが、ベルクロラ音の聴取が含まれているの は早期例を抽出して感度をあげる目的がある ものと考えられるが、今回の改定案は診断確 実例の抽出が目的であることを考慮して、画 像所見を必須とすることとした。本邦では既 に胸部 HRCT は十分普及しており ILD の評価 に際して日常的に行われている検査である点 を鑑み、「両側下肺野の間質性陰影」とした。
PAH については、2014 年にカナダのグループ から発表された validation study では、lcSSc お よ び sine scleroderma に 対 す る 2013 ACR/EULAR の分類基準の感度と特異度は PAH を除外しても全く変化しないことが報告され ている。6また、右心カテーテルは PAH の診断 の際には必須の検査であるが、侵襲的な検査 であり、全ての医療機関で容易に出来る検査 ではない。改定案は日常診療の範囲内で幅広
く多くの医師が使用できるものを目指してい る点も考慮して、改定案には含めないことと した。
自己抗体については、新たに抗 RNA ポリメ ラーゼⅢ抗体を加えて、「⑤抗 Scl‑70(トポ イソメラーゼⅠ)抗体、抗セントロメア抗体、
抗 RNA ポリメラーゼⅢ抗体のいずれかが陽性」
とした。「抗トポイソメラーゼⅠ(Scl‑70)抗 体」を「抗 Scl‑70(トポイソメラーゼⅠ)抗 体」の記載に変更しているのは、早期診断基 準案ではこの記載を採用したこと、および多 くの検査会社が「抗 Scl‑70 抗体」を検査項目 名として採用していることを考慮した。なお、
早期診断基準案では「ELISA 法で抗 Scl‑70(ト ポイソメラーゼⅠ)抗体、抗セントロメア抗 体、抗 RNA ポリメラーゼⅢ抗体のいずれかが 陽性」という項目と「蛍光抗体間接法で抗核 抗体陽性」という項目の 2 つを設けているが、
今回の診断基準改訂案では蛍光抗体間接法の discrete speckled と ELISA 法の両方を包含 する表現とするため上記の記載とした。
今回新たに②として「爪郭部毛細血管異常」
を含めることとした。2013 ACR/EULAR の分類 基準においてその高い感度の達成において、
sclerodactyly と puffy finger が最も重要な 項目で、その次に重要な項目がレイノー現象、
爪郭部毛細血管異常、抗セントロメア抗体で あることが示されている。6レイノー現象と爪 郭部毛細血管異常はともに早期診断基準案に 含まれているが、その特異度を考慮し、新し い診断基準には爪郭部毛細血管異常のみを加 えることとした。現診断基準では、手指硬化 はあるが②〜④を満たさない症例は SSc と診
断されず、手指硬化があるので早期診断基準 案の適応ともならない。そのような症例を SSc と診断できるようにする目的でも、この項目 を含める必要があると考えられる。「爪郭部 毛細血管異常」については、注釈を付けて「肉 眼的に爪上皮出血点が 2 本以上の指に認めら れる、または capillaroscopy で全身性強皮症 に特徴的な所見が認められる」(早期診断基 準案からの抜粋)と解説を加えた。また、早期 診 断 基 準 案 と 同 様 に 、 爪 上 皮 出 血 点 と capillaroscopy 所見については典型例の写真 を記載するようにした。
3. 除外基準について
大項目についてはこれのみで SSc と認定す ることになるので、この項目を満たし得る他 疾患、あるいは満たしていると誤認される可 能性のある疾患を除外する必要がある。この 点に関しては、2013 ACR/EULAR の分類基準で nephrogenic sclerosing fibrosis, generalized morphea, eosinophilic fasciitis, scleredema diabeticorum, scleromyxedema, erythromyalgia, porphyria, lichen sclerosis, graft‑
versus‑host disease, diabetic cheiroarthropathy を除外するようにとの 記載がある。これに準じて「除外基準」を設け た。なお、 erythromyalgia についてはこの ような病名の疾患はなく、どの疾患を意図し たものかが不明なので含めなかった。ここに 含まれていないものとして、Crow‑Fukase 症候 群がときに SSc に非常に類似した皮膚硬化を 呈することがある。欧米では少ない疾患だが
本邦ではときに経験するので含めることとし た。また、Werner 症候群も SSc に類似した皮 膚硬化を呈するため、追記した。
4. 日本皮膚科学会による承認
日本皮膚科学会の代議員を対象としてパブ リックコメントを募集したところ、診断基準 に関しては特に指摘事項はなかった。2016 年 6 月、最終案が日本皮膚科学会により承認 された。
D. 考 察
2013 ACR/EULAR の分類基準に基づき、本邦 における医療制度の現状と実用性を勘案した 上で診断基準の改定案を作成した。今回の診 断基準改訂案を 2013 ACR/EULAR の分類基準 にしたがって点数化すると、大基準を満たす 症例、あるいは小基準の①と②〜⑤の 2 つ以 上を満たす症例は 9 点以上となり SScの分類 基準を満たす。一方、診断基準の最低ライン に設定した「小基準の①と②〜⑤の 1 つのみ を満たす」症例は 6‑7 点となり、SSc とは分類 されない。このような症例のほとんどは 2013 ACR/EULAR の分類基準の他の項目を満たすた め、SSc と分類される症例と考えられる。本邦 においては既に早期診断基準案が作成されて いる点を考慮し、新しい診断基準と早期診断 基準案によって SSc 症例が漏れなく抽出でき るように継続的に改訂の必要性について検討 していく必要がある。
E. 結 論
SSc の新しい診断基準を作成した。今後、班
員によりその妥当性について継続的に議論し ていく予定である。
G. 研究発表
1. 論文発表日本皮膚科学会雑誌 2016; 126(10): 1831‑
1896.
2. 学会発表 なし
H. 知的財産権の出願・登録状況
なし
表1 本邦において現在使用されている全身性強皮症診断基準( 2010 年作成)
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大基準
手指あるいは足趾を越える皮膚硬化*1 小基準
①手指あるいは足趾に限局する皮膚硬化
②手指尖端の陥凹性瘢痕,あるいは指腹の萎縮*2
③両側性肺基底部の線維症
④抗トポイソメラーゼⅠ( Scl-70 )抗体または抗セントロメア抗体または抗 RNA ポリ メラーゼⅢ抗体陽性
大基準、あるいは小基準①及び②〜④の1項目以上を満たせば全身性強皮症と診断
*1 限局性強皮症(いわゆるモルフィア)を除外する
*2 手指の循環障害によるもので,外傷などによるものを除く
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表2 全身性強皮症 診断基準
大基準
両側性の手指を越える皮膚硬化 小基準
①手指に限局する皮膚硬化*1 ②爪郭部毛細血管異常*2
③手指尖端の陥凹性瘢痕、あるいは指尖潰瘍*3 ④両側下肺野の間質性陰影
⑤抗Scl-70(トポイソメラーゼⅠ)抗体、抗セントロメア抗体、抗RNAポリメラーゼⅢ抗体のい
ずれかが陽性 除外基準
以下の疾患を除外すること
腎性全身性線維症、汎発型限局性強皮症、好酸球性筋膜炎、糖尿病性浮腫性硬化症、硬化性粘液 水腫、ポルフィリン症、硬化性萎縮性苔癬、移植片対宿主病、糖尿病性手関節症、Crow-Fukase 症候群、Werner症候群
診断の判定
大基準、あるいは小基準①及び②〜⑤のうち1項目以上を満たせば全身性強皮症と診断する。
注釈
*1 MCP関節よりも遠位にとどまり、かつPIP関節よりも近位に及ぶものに限る
*2 肉眼的に爪上皮出血点が 2 本以上の指に認められる#、または capillaroscopy あるいは
dermoscopyで全身性強皮症に特徴的な所見が認められる##
*3 手指の循環障害によるもので,外傷などによるものを除く
##爪上皮出血点(図1)は出現・消退を繰り返すため、経過中に2本以上の指に認められた場合に陽性と
判断する
##図2に示すような、毛細血管の拡張(矢頭)、消失(点線内)、出血(矢印)など 図1. 爪上皮出血点 図2. capillaroscopy像
健常人 全身性強皮症 全身性強皮症