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コンピュータと人間

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Academic year: 2021

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- 4 - 数年前に大学を定年で退職して、計算科 学を業務とする民間会社に勤務するように なった。この会社に入ったのは、地球科学の 対象となる色々な現象について、コンピュ ータであれこれ数値シミュレーションをし てみたかったからである。ここでは研究顧 問という立場にいて、研究や執筆などに以 前よりずっと自由に時間を割くことができ る。

会社には数十人の技術者がおり、システ ム開発、流体解析、構造解析、バイオなどの 専門家に加えて、量子力学の計算をする人 たちもいる。地球科学を専門するのは私だ けである。今まで付き合いのなかった分野 の人たちと触れ合うようになって、科学技 術を含めた色々な問題について認識を新た にした。

現状では、計算科学の有用性は世の中に まだ十分に認知されていないので、計算科 学で経営を成り立たせるのは簡単でない。

この不況下で会社は何とか儲けなければ ならないので、社員は必死である。そのこと に配慮すると、私もまわりの技術者に気楽 に共同研究をもちかけるのがはばかられる。

私はプログラムを組む作業が好きなので、

そのために時間や設備が自在に使えるのは

嬉しい。数値シミュレーションを手段にし て、噴火現象や火山の形成過程に関する研 究も多少は進めることができた。気象現象 など他の自然現象についても、メカニズム を自分なりに納得するために、おもちゃの ようなシミュレーションを楽しんでいる。

しかし、当初の思惑と異なり、コンピュータ の無力さを痛感するようになった。

数値シミュレーションに当初期待したの は、疑いの余地が少ない基本原理をコンピ ュータに組み込んで、力ずくで自然現象を 再現することであった。ところが、そんな風 に対処できる自然現象は思いの他少ないこ とを改めて認識した。私の周りで行われて いる様々な分野の数値シミュレーションも、

意地悪く見れば、多くは真理に接近する試 みというより、見える部分を何とか似せよ うとする悪あがきに感じられる。

自然現象の多くは、マクロな変動から原 子の拡散まで、スケールの異なる複数の過 程が複合して生み出される。ミクロな素過 程には物理的なメカニズムが不明確なもの が少なくなく、マクロな流れにも渦のよう に扱いの難しい問題がある。全ての現象は 疑いもなく原子スケールの運動で構成され るが、数値シミュレーションをそこから出

●巻頭随想

コンピュータと人間

井 田 喜 明

東京大学名誉教授

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- 5 - 発したのでは、計算に必要な時間や容量が 絶望的に大きくなるばかりでなく、仮に計 算が行えたとしても、複雑な計算結果から 必要な情報を取り出すのは至難の業である。

そこで、数値シミュレーションの実行に は、基礎原理で対処できない部分を適当な モデルで表現することが必要になり、計算 結果の信頼性は採用したモデルの妥当性に 強く依存することになる。モデルを作るの は研究者にとっては楽しい作業だが、モデ ルの曖昧さは数値シミュレーションを実用 目的に活用する上では大きな障害となる。

コンピュータの性能は 3 年で 10 倍、10 年 経つと 1,000 倍に向上するという。これは 凄いことだが、10 年待っても数値シミュレ ーションの状況が抜本的に変わるとは期待 できない。10 年後も、進歩を主に支えるの はコンピュータではなく、素過程のモデル を改善したり、その組み込み方を工夫した りする人間の力だろう。

科学計算の主役は人間であり続け、簡単 にはコンピュータに取って代わられそうに ない。コンピュータは人間の従者に留まり、

共同研究者にも競争相手にもなりそうにな い。よく考えればこれは当たり前のことだ が、コンピュータの存在で作業や解析の能 率が格段に向上した事実に惑わされて、自 動処理の力をつい過大評価しがちになる。

問題なのはそれが人間の役割の過小評価 につながりかねないことである。若い世代 の多くは、他人の作ったプログラムを探し

出して動かすのは得意だが、自分でモデル を作ったり、独自にプログラムを組み上げ たりするのは好まないように見える。現実 には、何でもまわりに備わっているように 見えるのは恐らく幻想で、本当に必要なも のは自分で作らなければならない。このこ とは計算科学以外にも広く当てはまりそう だが、その認識はどうやら社会全体から抜 け落ちている。

自然災害の分野では、観測・監視や情報伝 達のシステムが整備されて、防災対応の手 法は見違えるほど近代化した。だが、情報の 流れの中で自動的に判断が下せる場合はそ れほど多くない。多様な状況変化に臨機応 変に対処できるのは人間だけだが、防災シ ステムは人間の適切な介入を許すようにで きているだろうか。また、自然が想定外に展 開して自動的な対応が不能に陥ったときに、

人間は機械に代わって的確に対処する能力 をもち、その能力を発揮する十分な訓練を 受けているだろうか。

世界はインターネットでつながれた膨大 なシステムに支配されて、一見極めて能率 的に動いている。実際には、このシステムは 個人の勝手な行動によってしばしば暴走し、

誰にも制御できなくなる。そのために、政治 も経済も極めて不安定な状態にあり、人間 生活はどちらを向いても不安だらけである。

こんな状況から抜け出すために、人間の果 たすべき役割の重要性を改めて確認する必 要があるのではなかろうか。

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