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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

     『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』集の『金剛頂経』について

     

抄録本稿は、伝統的に善無畏によって翻訳されたとみなされている、『尊勝儀軌』について検討した。『尊勝儀軌』は成立に関していくつかの問題がある。①『開元録』・『貞元録』に記録されていない。②善無畏訳とはみなされない記事がある。③どの経軌の記事から撰集して作成されたのか明らかではない。本稿はこれら三点の問題のうち、③を明らかにすることを目的としている。なお、③のうち、今回は『尊勝儀軌』が撰集した、『金剛頂経』に注目した。この問題点を明らかにするために、漢訳されたいくつかの『金剛頂経』系経軌と『尊勝儀軌』との比較を行った。その結果得られた知見をもとに、『尊勝儀軌』が撰集した『金剛頂経』に関して言及した。

      一

一、はじめに

善無畏(六三七~七三五)は、開元四(七一六)年に陸路、長安に入り、開元二三(七三五)年に入寂するまで二〇年間を長安と洛陽で過ごした。その間、善無畏は在唐中に次の四部一四巻の翻訳を行ったことが、『開元録』・『貞元録』に記録されている。

・『虚空蔵菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法』一巻(『大正蔵』一一四五番、以下『虚空蔵求聞持法』)

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智山学報第六十九輯

・『大毘盧遮那成仏神変加持経』七巻(『大正蔵』八四八番、以下『大日経』)・『蘇悉地羯羅経』三巻(『大正蔵』八九三番、以下『蘇悉地経』)・『蘇婆呼童子請問経』三巻(『大正蔵』八九五番、以下『蘇婆呼童子経』)

しかし、「善無畏訳」と記され現存する経軌は、この他に二十一部三十一巻存在する 。それらの多くは中国の記録に見られず、その存在を記録しているのは日本への将来録である。

  そんな中、『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』(『大正蔵』九七三番、以下『尊勝儀軌』)は、慧琳(七三七~八二〇)の『一切経音義』に「開元十年壬戌歳、善無畏三蔵訳出、仏頂尊勝瑜伽念誦法両巻 。」と記録されており、これによれば『尊勝儀軌』は善無畏訳であり、その訳出は開元一〇年(七二二年)である。なお、『尊勝儀軌』巻下の冒頭に、今、金剛頂、大毘盧遮那経、并びに釈義十巻。蘇悉地、蘇摩呼、如意輪、七倶胝、瞿醯且怛羅、不空羂索等の経を略して撰集す 。とあり、『尊勝儀軌』が先行して中国において漢訳された経軌から、撰集して成立したとある。この記事等から現在の研究では、『尊勝儀軌』が善無畏による梵本からの訳出であることは疑問視されている 。しかし、『一切経音義』に記事が見られることから、『尊勝儀軌』は少なくとも『一切経音義』が編纂された八〇七年には中国に存在したと言えよう。

      一

二、問題の所在

  先述したように、『尊勝儀軌』はいくつかの経軌から撰集して成立したとある。このうち、『尊勝儀軌』が撰集した「金剛頂」つまりは『金剛頂経』に関して、小崎【二〇一六】においてその特異性が報告されている。小崎【二〇一六】では『尊勝儀軌』「尊勝持誦法則品」に見られる、降三世真言「唵寧三婆嚩日囉𤙖(oṃ niśumbha vajra huṃ phaṭ)」に注目し、この真言が当時漢訳され、中国に存在した経軌に見られないことが報告されている 。しか

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

し小崎【二〇一六】では、『金剛頂経』系の如何なる経軌の記事を取り入れたのか明らかにするまでには至っていない。そこで本稿では、『尊勝儀軌』「尊勝持誦法則品」第二に続いて記されている、『尊勝儀軌』「尊勝仏頂真言召請本尊等品(以下、「召請本尊等品」)」第三に注目していきたい。「召請本尊等品」の行法 を概略すれば、次のように分けることが出来る。

㈠発生真言「唵嚩日囉底瑟叱(oṃ vajra tiṣṭha)」㈡発請真言「唵嚩日囉三芒惹惹(oṃ vajra samāja jaḥ)」㈢迎請真言「唵嚩日囉倶捨惹(oṃ vajrāṇkuśa jaḥ)」㈣請入真言「唵嚩日囉跛捨吽(oṃ vajra pāśa hūm)」㈤請住真言「唵嚩日囉建吒阿(oṃ vajra ghaṇṭa aḥ)」㈥堅固真言「唵薩囉嚩怛他蘗多毘三菩地奈栗荼嚩日囉底瑟姹(oṃ sarva-tathāgatābhisambodhi dṛḍha vajra tiṣṭha)」㈦灌頂真言「唵嚩日囉諾迦咤(oṃ vajrodaka ṭha)」

これら七種の行法に見られる真言は全て『金剛頂経』系統の経軌に記される真言であることが分かる。そこで以降は、次に示す『金剛頂経』系統の経軌を参照していく。

・『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経』 (『大正蔵』八六五番、以下『不空訳三巻本』)・『金剛頂瑜伽中略出念誦経』 (『大正蔵』八六六番、以下『略出経』)・『諸仏境界摂真実経』( 『大正蔵』一八、八六八番、以下『摂真実経』)・『金剛頂蓮華部心念誦儀軌』(『大正蔵』八七三番、以下『蓮華部心念誦儀軌』)

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智山学報第六十九輯

・『金剛頂一切如来真実摂大乗現証大教王経』 (『大正蔵』八七四番、以下『不空訳二巻本』)・『仏説一切如来真実摂大乗現証三昧大教王経』 (『大正蔵』八八二番、以下『施護訳三十巻本』)

㈠~㈦の行法において特筆すべきは、㈤に記される真言である。㈤の真言は「唵嚩日囉建吒阿(oṃ vajra ghaṇṭa aḥ)」である。私見によれば、この真言は漢訳圏において『摂真実経』と『施護訳三十巻本』にのみ記されている。またこの真言は、善無畏に関わる図像史料である『五部心観』にも記されている。施護訳のものは『尊勝儀軌』よりも後年の訳出であるが、それに引き換え『摂真実経』は、現在の研究によると『尊勝儀軌』とほぼ同年代に成立したとされている。また、『五部心観』は善無畏に関わる『金剛頂経』を伝える貴重な史料である。よって本稿では、「召請本尊等品」の行法を考察するにあたり、『摂真実経』を主な比較対象とし、先述した『金剛頂経』系統の経軌は適宜参照していきたい。さらに、『五部心観』に記されている㈤の真言も見ていきたい。それに先立ち、まずは『摂真実経』と『五部心観』の成立について確認したい。

      二、 『摂真実経』 ・『五部心観』の成立について

〇『摂真実経』の成立について『摂真実経』は般若(七三四~?)訳とされている。本経は金剛智訳『略出経』や、『不空訳三巻本』等の様に、『初会金剛頂経』の同本異訳とされてきたが、両経とはかなり異なった要素を含んでいる。よって、現在の研究では、『初会金剛頂経』を般若風に解釈したものと考えられている 。また、訳者の般若に関しては頼富氏による研究を基盤とし、般若の在唐初期 に関してや、般若と空海の関係 を論じたものが報告されている。これらの研究においても『摂真実経』は、梵本からの翻訳というよりは、般若の解釈を加えて成立したものであると指摘されている

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

さて、『摂真実経』は『尊勝儀軌』と同様に、中国の経典目録に記録されておらず、日本への将来録にその名がみられる。

・円行『霊厳寺和尚請来法門道具等目録』(『大正蔵』五五、二一六四番)諸仏境界摂真実経一部三巻(般若三蔵訳

諸仏境界摂真実経三巻(三蔵般若訳 ・円仁『入唐新求聖教目録』(『大正蔵』五五、二一六七番) )。 11

・恵運『惠運律師書目録』(『大正蔵』五五、二一六八 )。 12

諸仏境界摂真実経一部三巻(般若三蔵訳 B番)

諸仏境界摂真実経三巻(般若仁行運叡 ・安然『八家秘録』(『大正蔵』五五、二一七六番) )。 13

)。 14

頼富氏の研究によれば、『摂真実経』は、元和元年(八〇六)に空海が日本に帰国して以後から、元和五年(八一〇)に『心地観経』を訳し始めるまでの間に訳されたとされている

に成立したとみなすことが出来よう。 。よって、『尊勝儀軌』と『摂真実経』は、ほぼ同年代 15

〇『五部心観』の成立について『五部心観』は『大正蔵』図像部に収載されており、その内容は金剛界五部の諸尊の尊像・真言・印を記した図像史料である

日本へ将来されたものであることが確認できる 。五部心観は表題の註や奧書に依れば、円珍(八一四~八九一)が入唐した際、青龍寺の法全より授与され、 16

書である『六種曼荼羅略釈』の序分 。また、『五部心観』には善無畏の真影が記されているとともに、注釈 17

に善無畏が『金剛頂経』の梵本を所持していたことが記されている 18

。よって、善無 19

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畏系の『金剛頂経』を考える上で見逃しえない史料である。なお、その成立について八田幸雄氏は、『五部心観』が善無畏撰の部分と、後世の補完に依る部分があることを指摘し、さらに先述した『五部心観』の注釈書である『六種曼荼羅略釈』の記事に注目し「『六種曼荼羅略釈』に善無畏三蔵後八十年の記述がある。『大日経』訳出は七二五年、入滅は七三五年とすると、『略釈』は八〇四~八一四年となる。八〇五年は空海が恵果から現図を授与された年であるから、六会具足の『五部心観』はこの頃までに成立したとみられる

後半は八世紀に入ってからの成立とみている 」と、六会具足の『五部心観』は八〇五年までには成立していたとし、『五部心観』の前半を善無畏の撰述とみなし、 20

初頭に今日の姿になっていたことも指摘している 剛界品」だけでなく、末尾の続タントラまで知られていたことが明らかになった」と、「金剛界品」の全体が、八世紀 的に説明することが困難になる」と指摘している。さらに、近年の研究によって「吐蕃時代のチベットでは、すでに「金 と仮定した場合、恵果の手になる九会曼荼羅の三昧耶会以下が、なぜ梵本ならびに五部心観と一致しないのかを、合理 これに対して田中公明氏は「後半部分の編者が、不空等が請来した「金剛界品」全体を含む新たな梵本を参照した 。 21

田戸氏は『尊勝儀軌』・『摂真実経』と『五部心観』が、五相成身観の記事において近似性を見出せることを鑑みて、『五 元和五年(八一〇)年『心地観経』を訳し始めるまでの間に訳されたとされたとみなしている。 推測している。また、『摂真実経』に関しても、先行研究同様、元和元年(八〇六)に空海が日本に帰国して以後から、 なお、田戸氏は他の先行研究と同様に、『尊勝儀軌』が善無畏訳とは容認できないとし、その成立を八〇〇年前後と ることを指摘し、また、両書が『五部心観』と密接な関連があることを示した。 応関係に論及していることに注目した。さらに、安然がその根拠として用いるのが、『尊勝儀軌』と『摂真実経』であ 考察する際、安然が五相成身観と密教の五智(法界体性智・大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智)の具体的な対 また、田戸大智氏は『金剛頂経』系の代表的な観法である五相成身観が、日本においてどのように摂受されたのか 。 23

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

部心観』の成立も八〇〇年前後と把捉することも可能であるとしている

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      三、諸真言について

ここからは、先述した『尊勝儀軌』「召請本尊等品」に記されている七種類の真言、それぞれの記事を見ていきたい。まず、㈠発生真言「唵嚩日囉底瑟叱(oṃ vajra tiṣṭha)」である。

〇㈠発生真言復次に、応に諸仏、及び八大仏頂輪王、或いは本部尊等を驚覚すべし。三摩耶従り起こって観瞻し、真言者を愍念したもうが故に、道場に降赴す。所謂る発生真言に曰く、唵嚩日囉底瑟叱  其の手印の相は、智定の二手地輪鉤鎖し、相連ね、其の大空を掌中に入れしめ、水輪及び火輪を以て双べて空輪を押し、風幡は前に向けて相著け、掌を以て上に向けて便ち真言を誦し、印を以て下従り諸尊を発起せよ。是を発生の印と名づく。 25   ㈠には、発生真言として「唵嚩日囉底瑟叱(oṃ vajra tiṣṭha)」が記されている。この真言は、『略出経

巻本 』・『不空訳二 26

』にも記されている。『摂真実経』には 27

  復次に瑜伽行者よ、将に道場に入らんとするには、双膝を地に著け合掌礼拜して、覚起の印を結べ。先ず、金剛拳を結び、次に左右の小指を以て更に互いに相鉤せよ。右を以て左を鉤す。次に左右の頭指を舒べて其の頭を相い拄て、是の想を作せ。今、毘盧遮那如来、十方世界の微塵沙数の諸の仏・菩薩及び賢聖衆に勅して、一切の三味説法等の事を止め、道場に来集して行者を観察し、同じく共に摂受して衆生を利益せしめたもうと。此の観を作し已りて印を仰ぎて外に向け、真言を持して曰く  唵縛日盧底瑟吒

28

と、記されている。この真言は、先に確認したような『金剛頂経』系統の経軌に説かれ、いわゆる金剛起の真言と称さ

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智山学報第六十九輯

れる真言である。この真言を唱えれば、本尊が驚覚し三昧から出る、と記されている。これも先述した経軌に説かれる点であり、『摂真実経』も同様である。

〇㈡発請真言次に本尊などを請じたてまつる。発請真言に曰く唵嚩日囉三芒惹惹其の手印の相は、智定を以て、相い支えて金剛拳を作し、此の拳を解かずして、智の風輪を以て智の大空を発せよ。定の手、亦、然なり。是の如く三たび弾じて、即ち諸尊を発請するの法を成す。 29   ㈡では発請真言として「唵嚩日囉三芒惹惹(oṃ vajra samāja jaḥ)」が記されている。この真言は『不空訳三巻本

『略出経 』・ 30

』・『不空訳二巻本 31

』・『蓮華部心念誦儀軌 32

上に召集する場面において説かれる真言である。『摂真実経』も同様である。 と、記されている。この真言はいわゆる観仏海会、つまりは、行者が金剛王菩薩の三昧に入って、一切の如来たちを壇 指を以て三遍弾指せよ。 34 是の想を作せ。諸の仏・菩薩既に集会し已れり、と。歓喜の心を発し、両臂を揺がさず、唯だ、左右の拇指・頭    したもうと。此の観を作し已りて、真言を持して曰く唵縛日羅沙摩惹此の真言を持し已りて、即ち 右の拳を以て臆の奧の上にて臂を交え心に束ねて、即ち是の想を作せ。一切の如来・菩薩・聖衆、皆、悉く集会 復次に、瑜伽行者よ、集会の印を作せ。先ず、両手を以て金剛拳を結び、次に左の拳を以て膝の上に安じ、次に 』にも記されている。『摂真実経』では 33

〇㈢迎請真言迎請真言に曰く  唵嚩日囉倶捨惹  其の手印の相は、降三世の印を用いよ。二風輪を以て挙げて鉤形に作して其の鉤を動ぜば、便ち奉請を成す。既に来赴を蒙る。 35

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

㈢では、迎請真言として「唵嚩日囉倶捨惹(oṃ vajrāṇkuśa jaḥ)」が記されている。この真言は、『金剛頂経』系統の経軌では、四摂菩薩の出生の場面で、金剛鉤菩薩の真言として説かれ、『不空訳三巻本

』・『略出経 36

』・『不空訳二巻本 37

『蓮華部心念誦儀軌 』・ 38

』・『摂真実経 39

真実経』の類似性を確認できる点である。 したもう」と、記されているのを「召請本尊等品」では「迎請真言」として記している。これは、「召請本尊等品」と『摂 おいて「諸の仏・菩薩と一切の聖衆を請ずと想え」と、真言を唱え「纔に此の真言を持せば一切の諸仏菩薩・聖衆降臨 oṃ vajrāṇkuśa jaḥ「」の真言を、このような場面で説いているのは、『摂真実経』の他にはない。つまり、『摂真実経』に せば一切の諸仏菩薩・聖衆、降臨したもう。 41  印を作して、諸の仏・菩薩と一切の聖衆を請ずと想え。真言を持して曰く、唵縛日羅虞遮惹纔に此の真言を持 復、次に瑜伽行者よ、金剛鉤の印を結べ。先ず、金剛縛の印を作し、次に右手の頭指を舒べて少しく屈せよ。鉤 『摂真実経』ではさらに、この場面の他に「金剛界外供養品」に次のように記されている。 』と、全ての経軌において、四摂菩薩の出生の場面に金剛鉤菩薩の真言として説かれる。 40

〇㈣請入真言次に応に念誦道場に請入すべし、請入真言に曰く、唵嚩日囉跛捨吽  其の手印の相は、金剛拳を以て、二地輪を竪てて、二空輪を交え結び掌に入れ、右を以て左を押す

三巻本 の経軌において、四摂菩薩の出生の場面で金剛鉤菩薩の真言の次に、金剛索菩薩の真言として説かれており、『不空訳 oṃ vajra pāśs hūm㈣では、請入真言として「唵嚩日囉跛捨吽()」が記されている。この真言は、『金剛頂経』系統 。 42

』・『略出経 43

』・『不空訳二巻本 44

』・『蓮華部心念誦儀軌 45

れ、金剛索なり。先に鉤召せる一切の諸天及び鬼神等、其の未だ来たらざる者をして道場に入らしめ、我今、此 復次に、行者よ。此の三昧より起ちて、当に正西方の金剛索菩薩の観門を観すべし。自ら此の想を作せ。我は是 』も全て同様である。なお、『摂真実経』でも 46

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智山学報第六十九輯

の大金剛索を以て堅く縛して放たず、と。此の想を作し已りて、即ち前の印を以て、前の金剛鉤の印の頭指・中指・無名の三指を改めて、用て拳を作り、左右の大指を以て相互に相、鉤(の如く)し、左右の小指を屈して、相い向かえよ。是れを堅縛諸衆生の印と名づく。真言を持して曰く。唵嚩日囉波奢

47

と、他の『金剛頂経』系統の経軌と同様に、四摂菩薩の出生の場面で金剛索菩薩の真言として記されている。なお、㈣の記事では、「念誦道場に請入すべし」とあるのみで、何のために修すのか明らかではない。『尊勝儀軌』のこの記事に対して、『尊勝儀軌』と類本関係にあると看做されている

とが記されている。よって、「召請本尊等品」においても、同様の目的であると考えられる。 とある。『慈氏儀軌』において「便ち尾曩夜迦を辟除せよ。」とあるように、この真言を唱えて、尾曩夜迦を辟除するこ 便ち尾曩夜迦を辟除せよ。 49 拳を作し、二地輪を竪て、二大空、交へ結び右を以て左を押せ。既に請入し奉り已らば、明を誦すこと一七遍し、    次に道場に請し入れよ。請入道場真言に曰わく鄔𤙖蹊耽羅簸捨虎𤙖其の手印の相、智定の二手を以て金剛 、『慈氏儀軌』の対応する記事をみると 48

〇㈤請住真言既に請入し奉って三摩耶に作す。請に依って住す。請住真言に曰く 唵嚩日囉建吒阿  其の手印の相は、金剛拳に作り、二地輪を竪て、二空輪交結して掌に入れ、右を以て左を押す。請召乃至歓喜まで、其れをして堅固せしむるが故に真言を誦す。 50   ㈤では請住真言として「唵嚩日囉建吒阿(oṃ vajra ghaṇṭa aḥ)」が記されている。この真言は、先述したように、『金剛頂経』系統の経軌の中、さらには漢訳の経軌において『摂真実経』にのみ記されている。『摂真実経』では復次に、行者よ。この三昧より起ちて、当に正東方の金剛鈴菩薩の観門を観すべし。自ら此の想を作せ。我は我、金剛鈴なり、と。此の想を作し已りて、当に金剛鈴の印を結ぶべし。左右の指の頭を以て、右を以て左を押し、皆、

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

各の相い叉えて、猶し鈴状の如くせよ。纔に此の印を結べば、即ち諸の仏・菩薩の愛念を得。真言を持して曰く 唵嚩日囉誐儞吒(oṃ vajra ghaṇṭa) 51

と、先述した四摂菩薩の出生の場面の四番目、金剛鈴菩薩の真言として記されている。しかし、他の『金剛頂経』系統の経軌を見ると、金剛鈴菩薩の真言は「oṃ vajrāveśa」が記されている。四摂菩薩の出生の場面のうち、金剛鈴菩薩の真言として「oṃ vajra ghaṇṭa」を使用する例は他にない。なお、通常、四摂菩薩の出生の場面において、金剛鈴菩薩の真言は、「oṃ vajrāveśa」である。さて、この問題に対して、『五部心観』においては、『摂真実経』と同様に、金剛鈴菩薩の真言として、「oṃ vajra ghaṇṭa」が見られる

〇﹃五部心観﹄金剛鈴菩薩︵﹃大正蔵﹄図像二、九三︶ 。 52

  中段の下線を付した箇所が、「oṃ vajra ghaṇṭa」である。なお、『五部心観』の注釈書である、『六種曼荼羅略釈』の対応する記事には、「喝沙憧記」そして、「唵縛日嚕献詫

」と、梵字と音写漢字が記されている 53

oṃ vajra ghaṇṭa『五部心観』のこの記事が記す真言は「」であることが確認できる。 。このことからも、 54

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智山学報第六十九輯

〇㈥堅固真言堅固真言に曰く、唵薩囉嚩怛他蘗多毘三菩地奈栗荼嚩日囉底瑟姹  其の手印の  相は、智定、相拍して便ち堅固を成ず

55

  ここでは、堅固真言として「唵薩囉嚩怛他蘗多毘三菩地奈栗荼嚩日囉底瑟姹(oṃ sarva-tathāgatābhisambodhi dṛḍha vajra tiṣṭha)」が記されている。この真言は『略出経

』・『不空訳二巻本 56

』・『蓮華部心念誦儀軌 57

持により、実相智を現証す。前の印相を改めずして、応に此の真言を誦すべし。」と、あることによって知られる。 60 仏加持の真言である。例えば、『不空訳二巻本』において「既に身の仏と成るを見る。相好、皆、円備す。諸如来の加 と記されている。この真言は、『金剛頂経』系統の経軌において、五相成身観の後に誦すことが説かれる、いわゆる諸 嚩日囉底瑟吒。 59  夜常に是の如き妙観を作せ、と。是の観を作し已りて、真言を持して曰く唵薩嚕嚩怛他誐多毘薩儞滿怛盧陀 我れ三身及び三真実を観ずるに、堅固常住なることも亦、是の如し。一切衆生を利益し安楽せんが為の故に、日 復次に、瑜伽行者よ、金剛縛の印を結びて、当に此の想を作すべし。譬えば、十方世界の虚空の無尽なるが如く、 真実経』では 』にも記されている。『摂 58

〇㈦灌頂真言次に本尊及び己身に灌沐すべし。灌頂真言に曰く、唵嚩日囉諾迦咤其の手印の相は、其の智の手を以て水輪、空輪、相捻して余の輪並べ竪て、水器を按誦して本尊を沐浴したてまつると想え。印を己身の頂上に灌ぎ、閼伽を奉献し、尊の頂きに灌ぐと想え。赤、此の印を用い、並びに真言を誦すること七遍せよ。 61   ㈦では灌頂真言として、「唵嚩日囉諾迦咤」(oṃ vajrodaka ṭha)が記されている。『略出経

』・『不空訳二巻本 62

』・『蓮 63

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『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

華部心念誦儀軌

  毘那夜迦・諸の悪鬼神、汚穢すること能わず。亦、便を得ず。其の真言に曰く唵縛日嚕馱迦吒 を獲る、と。若し、此の印真言を以て水を加持して、一切の供養などの物に灑げば、悉く吉祥最勝の清浄を得て、 四方に散ぜよ。散じ已りて、当に是の想を作すべし。我が身堅固なること猶し金剛の如し。一切衆生も亦、長寿 以て水を盛り、加持すること七遍し、先ず一分を以て頂上に洒ぎ、次に一分を以て之れを飲み、後の一分を以て 復次に瑜伽行者よ、円満印を結べ。掌を仰ぎ、右手の大拇指を以て小指の上を押し、余の三指を堅立せよ。掌を 』にも記されている。『摂真実経』では 64

65

と記されている。この真言は、『金剛頂経』系統の経軌において閼伽香水の真言として説かれる。例えば、『不空訳二巻本』に次に平等智に入り、閼伽香水を捧げよ。諸聖の身を浴すと想え。当に灌頂地を得る。真言に曰く、唵嚩日囉娜迦咤吽

66

とあるが如くである。

      四、まとめ

  ここまで、『尊勝儀軌』「召請本尊等品」の行法が『金剛頂経』系統の行法であることに注目し、その行法が如何なる経軌の記事を基に作成されたのか、考察してきた。

  ㈠は、いわゆる金剛起の真言と称される真言である。この真言は、『略出経』・『不空訳二巻本』・『摂真実経』に記され、印・真言ともに同様の説かれ方である。よって、今回主な考察の対象とした、『摂真実経』に独自に説かれる行法ではない。これは、㈡・㈣・㈥・㈦も同様である。つまり、㈠・㈡・㈣・㈥・㈦の行法は、『摂真実経』以外の経軌にも記されていることが確認でき、「召請本尊等品」が『金剛頂経』系統の経軌のうち、どの経軌の記事を用いて作成されたのか、断定することは出来ない。

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智山学報第六十九輯   ㈢は、通常、『金剛頂経』系統の経軌において、金剛鉤菩薩の出生の場面で説かれる真言である。しかし、『摂真実経』にのみ、「召請本尊等品」と密接な関係にある記述が見られた。それは、『摂真実経』において「諸の仏・菩薩と一切の聖衆を請ずと想え」と、真言を唱え、「纔に此の真言を持せば一切の諸仏菩薩・聖衆降臨したもう」と、記されているのを、「召請本尊等品」が「迎請真言」として用いていることである。これは、「召請本尊等品」と『摂真実経』の近似性を伺える点である。

  ㈤の真言は、「召請本尊等品」と『摂真実経』にのみ記される真言である。しかし、『摂真実経』における㈤の真言は、金剛鈴菩薩の真言として記されており、「召請本尊等品」が『摂真実経』の記事を直接的に採用したものであるとは言えない。㈤の真言を「召請本尊等品」のように使用する例は他に見られず、「召請本尊等品」独自の行法であると言えよう。

  このように㈢の行法や㈤の真言、さらに㈠~㈦に記される真言全てを漏らさず記しているのが『摂真実経』のみであることから、『摂真実経』が最も「召請本尊等品」と近似性が見られると考えて良かろう。

  さらに、『摂真実経』以外の『金剛頂経』系統の経軌において、金剛鈴菩薩の真言は「oṃ vajrāveśa」が記されているが、「oṃ vajra ghaṇṭa」を使用する漢訳経軌は他にない。唯一『五部心観』にのみ、『摂真実経』と同様に、金剛鈴菩薩の真言に「oṃ vajra ghaṇṭa」が記されている。この事実は、『尊勝儀軌』・『摂真実経』と『五部心観』の近似性を指摘した、田戸氏の論を補完しえよう。

  以上のように、『尊勝儀軌』「召請本尊等品」は、『摂真実経』さらには『五部心観』と近似性を確認することができる。しかし、『摂真実経』、さらには『五部心観』にも、「oṃ niśumbha vajra huṃ phaṭ」は記されてはいない。よって、『尊勝儀軌』が『摂真実経』の記事を直接的に採用したとは言い難い。

  以上の点と、小崎【二〇一六】で得られた知見から、善無畏訳として現存している『尊勝儀軌』が撰集した「金剛頂」つまりは『金剛頂経』は、『尊勝儀軌』が撰集された当時、中国において金剛智や不空によって漢訳され存在していた

(15)

『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

『金剛頂経』では無いことが指摘できる。『尊勝儀軌』は「善無畏訳」と記されている以上、善無畏による何らかの影響は伺える。そういった『尊勝儀軌』に見られる『金剛頂経』の要素が、金剛智や不空のものとは異なる点は、善無畏が知悉していた『金剛頂経』の一端を見出していると言えよう。

  なお、善無畏が知悉していた『金剛頂経』に関しては小野【一九三七】、松長【一九六九】、清田【一九七四】、高橋【一九七九】等によっても指摘されることであるが、未だその詳細が明らかにされているとは言い難い。今後も注視していきたい。

参考文献岩崎【二〇〇二】:岩崎日出男「般若三蔵の在唐初期における活動の実際について

-

『大乗理趣六波羅蜜経』翻訳と北天竺・迦湿蜜国派遣の考察を中心として

-

」(『高野山大学密教文化研究所紀要』一五、二〇〇二)小野【一九三七】:小野玄妙「悝多僧蘖哩五部心観の研究

-

善無畏三蔵所伝の金剛頂宗に就て

-

」(『仏教の美術と歴史』所収。大蔵出版、一九三七)王【二〇〇六】:王雲「園城寺蔵『五部心観』について」(『仏教芸術』二八四、二〇〇六)大村【一九一八】:大村西崖『密教発達志』(仏書刊行会図像部、一九一八)(一九七二年復刻)小崎【二〇一六】:小崎良行「『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』(「尊勝真言持誦法則品」について」『智山学報』七九、二〇一六)小野【一九三七】:小野玄妙「悝多僧蘖哩五部心観の研究

-

善無畏三蔵所伝の金剛頂宗に就て

-

」(『仏教の美術と歴史』第四篇、第五章所収。大蔵出版、一九三七)小野塚【一九五六】:小野塚幾澄「金剛頂経成立に関する諸問題」(『宗教文化』一一、一九五六)清田【一九七四】:清田寂雲「大日経義釈に引用する金剛頂経」(『印度学仏教学研究』四五、一九七四)坂野【一九七六】:坂野栄範「悝多僧蘖哩五部心観と蔵本金剛頂経」(『金剛頂経に関する研究』第四章、第四節、国書刊行会、一九七六)

(16)

智山学報第六十九輯 佐々木【二〇〇七】:佐々木大樹「尊勝陀羅尼分類考」(『大正大学綜合佛教研究所年報』二九、二〇〇七)佐々木【二〇〇九】:佐々木大樹「漢訳尊勝儀軌の研究ー特に『尊勝仏頂修瑜伽法軌儀』を中心としてー」(『大正大学綜合佛教研究所年報』三一、二〇〇九)高木【二〇〇〇】:高木訷元「守護国界主陀羅尼経、解題」(『新国訳大蔵経』密教部三、大蔵出版、二〇  〇〇)高木【二〇〇一】:高木訷元「般若三蔵と弘法大師空海」(『高野山大学密教文化研究所紀要』一四、二〇〇一)高田【一九六九】:高田修「五部心観の研究

-

その記入梵語に基く考察

-

」(『仏教美術史論考』、中央公論美術出版、一九六九)高橋【一九七九】:高橋尚夫「金剛起経について」(『豊山教学大会紀要』七、一九七九)田戸【二〇一八】:田戸大智「『五部心観』の五相成身観」(『中世東密教学形成論』所収、二〇一八)田中一松【一九三九】:田中一松『園城寺蔵五部心観』解説(園城寺五部心観刊行会、一九三九)田中一松【一九六六】:田中一松「園城寺蔵五部心観について(『日本絵画史論集』、中央公論美術出版、一九六六)田中公明【二〇一〇】:田中公明『インドにおける曼荼羅の成立と発展』(春秋社、二〇一〇)月輪【一九七一】:月輪賢隆「般若三蔵の翻経に対する批議」(『仏典の批判的研究』、百花苑、一九七一)栂尾【一九二七】:栂尾祥雲『曼荼羅の研究』(高野山大学出版部、一九二七)栂尾【一九八五】:栂尾祥雲「六趣曼荼羅略釈の解明」(『栂尾祥雲全集』別巻Ⅲ、臨川書店、一九八五)八田【一九八一】:八田幸雄『五部心観の研究』(法蔵館、一九八一)八田【一九九四】:八田幸雄「『五部心観』の作者について」(『印仏研』四三

-

一、一九九四)、春山【一九三一】:春山武松「智証大師請来の『五部心観』に就て」(『東洋美術』一三、一九三一)干潟【一九三九】:干潟龍祥「仏頂尊勝陀羅尼諸伝の研究」(『密教研究』六八、一九三九)松長【一九六九】:松長有慶『密教の歴史』(『サーラ叢書』一九、平楽寺書店、一九六九)三崎【一九八八】:三崎良周『台密の研究』「仏頂系の密教」(一九八八)

(17)

『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

頼富【一九七九】:頼富本宏『中国密教の研究

-

般若と賛寧の密教理解を中心として

-

』(大東出版社、一九七九)

註(1)

(2) 三三~三五頁)では、二十一部二九巻と指摘されている。   『望月仏教大辞典』三、三〇〇五頁(世界聖典刊行協会、一九三三)なお、大村【一九一八】の、附録「経軌章疏一覧」

  『大正蔵』五四、

五四四上(3)

  『大正蔵』一九、

三七七下(4)  干潟【一九三九】、三崎【一九八八】、佐々木【二〇〇七】・【二〇〇九】(5)  この真言は、私見によれば漢訳経軌においてほとんど見られない。わずかに達磨栖那訳『大妙金剛大甘露軍拏利焔鬘熾盛仏頂経』

(

『大正蔵』一九、三四〇

)

、『施護訳三十巻本』(『大正蔵』一八、三七一中)、施護訳『仏説秘密三昧大教王経』(『大正蔵』一八、四四九中)に見ることが出来た。なお、施護訳『金剛頂経』の真言が説かれる場面を確認すると、この真言は大自在天等を降伏するための真言であった(『大正蔵』一八、三七一中)。(6)

  『大正蔵』一九、

三六九下~三七〇中(7)  大村【一九一八】、月輪【一九七一】、頼富【一九七九】参照(8)  岩崎【二〇〇二】参照(9)  高木【二〇〇一】・高木【二〇〇〇】参照(

( 10) 頼富【一九七九】、月輪【一九七一】参照

( 11) 『大正蔵』五五、一〇七二中

( 12) 『大正蔵』五五、一〇八一中

13) 『大正蔵』五五、一〇八九中

(18)

智山学報第六十九輯

( 14) 『大正蔵』五五、一一一六上

( 15) 頼富【一九七九】(三一頁・八六頁~九三頁)

( 野塚【一九五六】、栂尾【一九八五】、八田【一九八一】、八田【一九九四】、王【二〇〇六】、田戸【二〇一八】、参照 山【一九三一】、小野【一九三七】、田中一松【一九三九】、田中一松【一九六六】、坂野【一九七六】、高田【一九六九】、小 16) 『五部心観』に関する研究は既に多くの報告がなされている。大村【一九一八】「善無畏伝法訳経」、栂尾【一九二七】、春

( 17) 『大正蔵』図像二、一四八

( 非究玄微。 熾密言手印、毎尊皆具、勒成一巻、以紙模焉。卌有九、纔盈掌握、衆聖畢集、其名号等、皆題梵文。今乃訳為唐語、粗陳梗概、 義。与善無畏所繢者、頗類。而此図初画金剛界大曼荼羅、未明一印壇等其工巧也。絹素之上、長可尺余、径減此半、真容標 三朝国師、三乗教主。有同仏日再朗法輪復転。乃訳真実教王経三巻。有金剛智所伝瑜伽中略出念誦経四巻。此両本、各演真 因請益焉。龍智歎曰、爾師即吾所教也。爾又遇余。合恣所問。其捷速之旨、変通之妙、於焉洞達。言帰廻棹、独歩中原、為 大広智不動金剛。尽授密教、有類伝瓶。及所師帰寂、大広智乃詣僧祇国。彼有龍智阿闍梨者。八百余歳。遊心此道、無所不通。 如膠漆焉。談論法要、若合符契。有沙門一行者。因請灌頂、務振法音。遍与諸会瑜伽、遂成両部梵本。復有金剛三蔵入室弟子、 未登此岸、飄風暴起、鼓怒波濤。商主、務其舶艀、指其宝貝。経籍錯雑、与貨物倶、浪湧之時、同遭委棄。及二大士相遇、 所加、而不墜失。善無畏、弘揚之際、時有三蔵金剛智。浮海而来。深達瑜伽真宗、究尽金剛至理。所携経教、与西来者略同。 経夾。十万余偈、無不隨躬。謁帝沃心、度生達性。図画尊像、序述真言。燦然可観。受者必護、挙世莫覩、垂八十年。聖力 或凡或聖。聖者三乗各執、凡者約文粗申。真実教王、未伝諸夏。関元初、有善無畏。化緑此土、歴険而来。洞暁瑜伽、齎持 夫三世菩薩、坐菩提場。将紹仏位者、若瑜伽会衆不往証明、不獲極果。自大教東流、因師伝授、随其所習、章句生駕。代有其人、 18) 『六種曼荼羅略釈』序分(『大正蔵』図像二、二~三)

19) 小野玄妙は『六種曼荼羅略釈』の序分の記事に基づいて、善無畏が『金剛頂経』の梵本を所持していた可能性を指摘した。

(19)

『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

小野【一九三七】参照(

( 20) 八田【一九九四】二四五頁参照

( 21) 八田【一九八一】参照

( 22) 田中公明【二〇一〇】二四五頁~二四七頁参照

( 23) 田中公明【二〇一〇】二四五頁~二四七頁参照

( 24) 田戸【二〇一八】五五頁~七五頁・一〇九頁~一二二頁参照

( 25) 『大正蔵』一九、三七〇上

( 26) 『大正蔵』一八、二二四中、『大正蔵』一八・二三七上

( 27) 『大正蔵』一八、三一一中

( 28) 『大正蔵』一八、二七三上

( 29) 『大正蔵』一九、三七〇上

( 30) 『大正蔵』一八、二一六上

( 31) 『大正蔵』一八、二四一下

( 32) 『大正蔵』一八、三一六上

( 33) 『大正蔵』一八、三〇四上

( 34) 『大正蔵』一八、二七三中

( 35) 『大正蔵』一九、三七〇中

( 36) 『大正蔵』一八、二一五中

( 37) 『大正蔵』一八、二三六上、二四〇下、二四三中

38) 『大正蔵』一八、三一六下、三一八上

(20)

智山学報第六十九輯

( 39) 『大正蔵』一八、三〇五上、三〇五下

( 40) 『大正蔵』一八、二七九下

( 41) 『大正蔵』一八、二七三上

( 42) 『大正蔵』一九、三七〇中

( 43) 『大正蔵』一八、二一五下

( 44) 『大正蔵』一八、二三六中、二四〇下、二四三中

( 45) 『大正蔵』一八、三一六下、三一八上

( 46) 『大正蔵』一八、三〇五上、三〇五下

( 47) 『大正蔵』一八、二八〇上

( 48) 佐々木【二〇〇九】参照

( 49) 『大正蔵』二〇、五九二上

( 50) 『大正蔵』一九、三七〇中

( 51) 『大正蔵』一八、二八〇上

( 52) 『大正蔵』図像二、九三

( 53) 八田【一九八一】一三八頁参照

( 54) 『大正蔵』図像二、二三

( 55) 『大正蔵』一九、三七〇中

( 56) 『大正蔵』一八、二三九中

( 57) 『大正蔵』一八、三一四中

58) 『大正蔵』一八、三〇二下

(21)

『尊勝仏頂脩瑜伽法軌儀』撰集の『金剛頂経』について(小崎)

( 59) 『大正蔵』一八、二七五中

( 60) 『大正蔵』一八、三一四中

( 61) 『大正蔵』一九、三七〇中

( 62) 『大正蔵』一八、二二五上

( 63) 『大正蔵』一八、三一七上

( 64) 『大正蔵』一八、三〇五上

( 65) 『大正蔵』一八、二七中

66) 『大正蔵』一八、三一七上

〈キーワード〉善無畏、尊勝儀軌、中国密教

参照

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