光のモードと熱放射スペクトル
1
定常波のモード電磁波の振動状態は周波数と伝播方向と偏光状態によって決まり、「モード」という。自由空間 では任意の周波数の波が任意の向きに進むことができるので、モードは連続で無限にあってその数 を数えるのは難しい。しかし、有限な空間で考えればモードの数を数えることができ、モードの数 は空間の体積に比例することが示される。ここでは、辺の長さLX, LY, LZ の直方体の壁に囲まれ た空洞中の電磁波を考える。壁での反射によって一往復で位相が元に戻り定常波になるモードだけ が独立に存在することができる。
1.1
弦のモード分布手始めに1次元の場合について見ておこう。両端が固定された長さL の弦に生じる定常波を考 える。定常波を構成する2つの逆向きの進行波の位相差は、観測点の位置を波長の半分の距離だけ 移動するたびに2πずつ変化するから、定常波の節の間隔は波長の半分である。弦の両端は常に節 でになるから、L/n=λ/2 = 1/(2¯k). ここで、分光学的波数 ¯kは波長λの逆数である。よって、
¯ k= 1
2Ln
定常波は進まないので ¯kの符号は意味がないから、nは正の整数である。
¯
kの値を直線上に点として並べると、その間隔は1/2Lである。この単位は波数の単位である。
これらの点の密度は(単位波数あたり)2Lである。弦はいろいろな方向に振動することができるが、
独立な方向は2つであるので、1つの ¯k の値に対して2つの独立な「モード」が存在する。よっ て、モード密度は4Lとなる。
波の速さをcとすると、周波数はν=c¯kであるから、モードの周波数を直線上にプロットした 場合の間隔はc/2Lとなる。従って、単位周波数あたりのモード密度は4L/cとなる。これはLに 比例しているから、弦の単位長さあたり、かつ単位周波数あたり
4 c
の密度と考えることができる。
1.2
モードの強度分布正方形の領域に閉じこめられた2次元の定常波モードの強度分布の例を示す。これらのモードは 2つの整数指数の組 (n, m)で指定される。モードの波数ベクトルは(2Ln ,2Lm)である。
(1,1) (1,2) (2,1) (2,3) (4,5) (5,4) (5,5) (5,8) これらのモードの一つ一つが波数ベクトル空間の等間隔に並んだ点に対応する。
1.3
3次元のモード分布空洞内で 0 < x < LX, 0< y < LY, 0< z < LZ となるように座標を取ると、x= 0, y = 0, z= 0の3つの面は定常波の節になっていて振幅はゼロであるので、空洞内の定常波は
u(x, y, z, t) =u0sin(2π¯kXx) sin(2π¯kYy) sin(2π¯kZz) cos(2πνt) (1) のように書ける。式が簡単になるので、波数ベクトル kではなく分光学的波数 ¯k= 2πkを使う。
¯
kX, ¯kY, ¯kZ はその成分である。定常波はどの方向にも進行していないので、波数の成分の符号に は意味がない。また、どれかがゼロになると波が存在しなくなる。ゆえに、 ¯kX, ¯kY, ¯kZ はすべて 正である。 x=LX, y = LY, z = LZ も節であって振幅がゼロであることから、2π¯kXLX =πl, 2π¯kYLY=πm, 2π¯kZLZ =πnも成り立たなければならない。ここでl,m,nは非負整数である。
したがって、
¯
kX=l/2LX, ¯kY=m/2LY, ¯kZ=n/2LZ (2) 以上より、定常波の分光学的波数ベクトルの終点(¯kX,¯kY,¯kZ)は、X方向には(2LX)−1, Y方向 には (2LY)−1, Z方向には(2LZ)−1 の間隔で並ぶ格子を形成していることがわかる。一つの格子 点が ¯k空間中で占める体積はこれらの間隔の積であり、空洞の体積V=LXLYLZ を使えば、
V¯k = 1
8V (3)
とあらわせる。実際には一つの波数ベクトルに対して2つの独立な偏光状態が存在する。すなわち 一つの格子点に2つのモードが含まれている。したがって、モードは ¯k空間中で一様な密度
ρ¯k = 1
V¯k ×2 = 16V (4)
で分布していることになる。この密度は空洞の体積に比例している。したがって、実空間の単位体 積あたり、分光学的波数空間の単位体積あたり 16個のモードがある。格子点は ¯k 空間の1/8 の 部分、 ¯kX,¯kY,¯kZ ≥0 の範囲にのみ存在することに注意しなければならない。(なお、有限領域の 電磁場の複素フーリエ展開の各項をモードとして扱うこともできる。この扱いでは、展開の各項は 進行波をあらわすので、¯kの成分の符号には意味がある。このフーリエ展開では基本周期は往復で はなく片道の長さなので、モード密度は2V になる。2は異なる偏光状態の数である。この扱いで も、後の方の結果が同じになることは言うまでもない。)
分光学的波数は波長の逆数であるが、モード間隔は空洞のサイズの逆数程度である。通常、考え ている空間に比べて光の波長は非常に短いので、¯k空間中でこの光のモードの付近には他のモード が非常にたくさん存在していることになる。
1.4
モードの周波数分布¯
k空間でのモード密度は一様であるで、¯k空間のある領域にモードがどれだけあるかを計算する には、モード数が十分多い場合は単にその領域の体積をモード密度 に掛けるだけでよい。周波数 が ν であるモードの数を計算してみよう。分光学的波数は ¯k =ν/c であるから、周波数が ν の モードは ¯k空間中で原点を中心とする半径¯k=ν/cの球面の1/8の部分にある。領域の体積がゼ ロだと困るので、厚みを少し付けるため、周波数に小さい幅dν を持たせる。これによって球面は
厚さd¯k= dν/cの球殻になる。体積は、球面の1/8 の面積に厚さを掛けて、(4π¯k2/8)d¯k で求め られる。さらにモード密度ρ¯k= 16V を 掛けてモード数dNを求めると、次のようになる。
dN= 8π¯k2Vd¯k=8πν2Vdν
c3 (5)
したがって、周波数 ν の付近で、単位周波数あたり、単位体積当り、
nν= dN
Vdν = 8πν2
c3 (6)
のモードが分布している。周波数νの2乗に比例しているので、周波数が大きくなるにつれてモー ド密度は非常に増大する。波長λ= 1µm の近赤外光で計算してみると、周波数はν =c/λだか ら、nν ∼= 105(m3Hz)−1 となる。可視光のモードは赤外線のモードよりもさらに高密度である。
2
熱放射スペクトル物体の表面から熱によって放射される光は連続スペクトルを持つ。あてた光をすべて吸収して しまうような理想的な黒体からの熱放射は、物体の種類によらずその温度で決まり、同じ温度で熱 平衡にある閉じた空洞内の熱放射と等しい。 この全放射強度は絶対温度の4乗に比例し(ステファ ン-ボルツマンの法則)、スペクトルのピークの周波数は絶対温度に比例している(ヴィーンの変移 則)。これらのことは、量子論以前に電磁気学と熱力学から理論的に導かれていた。
量子論では、周波数ν の光はhν というエネルギーのフォトン(光量子)から成っている。熱放 射スペクトルのピーク周波数 νs の光のエネルギー量子hνs は熱エネルギー kBT の程度である。
ここで、hはプランク定数、kB はボルツマン定数。
2.1
レイリ─・ジーンズの式空洞の一つのモードは電磁場の振動の一つの自由度である。熱平衡状態においてはエネルギーは 振動の各自由度ごとに配分される。統計力学によると、古典的な振動子に配分されるエネルギーは 固有周波数にかかわらずkBT となる。T は絶対温度である。これは「等分配則」という。これを 空洞の各モードに適用して得られる熱放射スペクトルの式を「レイリ─・ジーンズの式」という。
一つのモードのエネルギーkBTと式(6)であらわされるモード密度を掛けると、熱放射スペク トル密度が得られる。すなわち、単位周波数あたり、単位周波数あたり、
uν =8πν2
c3 kBT (7)
この式によると、放射強度は温度に比例し、スペクトル分布は温度によらず一定であって周波数ν が大きいほどスペクトル密度が大きくなる。これらのことは実測データなどと矛盾している。たと えば、放射強度の温度依存性はステファン-ボルツマンの法則と異なっている。また、スペクトル 分布が温度によらないのなら、高温の物体が温度を上げるにつれ、赤熱から白熱に変わるのを説明 できない。ただ、この式は周波数が低いと実測に一致することが知られている。周波数が高いとこ ろで実測に一致する式としては「ヴィーンの式」があるが、省略する。
2.2
プランクの放射法則レイリ─・ジーンズの式、すなわち等分配則は、実際にはエネルギー量子 hν が 熱エネルギー kBT に比べて十分小さいモードでのみ成り立ち、hν > kBT の領域では、分配されるエネルギー はν の増大につれて急速に小さくなる。モード数は周波数の2乗で増えていくので、モードに分 配されるエネルギーはもっと急激に低下しなければならない。
このようなモードのエネルギー分配は、エネルギー量子hν の整数倍のエネルギーを持つ運動状 態のみが許されると考えることで説明された。エネルギーは整数n(≥0)によって
Wn=nhν (8)
とあらわされるとするのである。統計力学によると、熱平衡においては一つの振動自由度が特定の 状態nにある確率は次のようにあらわされる。
Pn =Aexp (
−Wn kBT
)
(9) 定数Aは確率の総和が1であることから決められる。この指数関数はボルツマン因子という。
確率分布Pnから、次のような「キュムラント母関数」G(s)を作ると便利である(補足A参照)。
G(s) = log (∞
∑
n=0
Pnexp(Wn s) )
(10)
G(s)をsで微分してからs= 0 にすると、Wnの期待値hWi=∑
PnWn が得られ、もう一回微 分してs= 0 にするとWn の分散が得られる。また、G(0) = 0である。
式(10)に式(8)と(9)を代入すると、式中の総和は公比exp(hνs−hν/kBT)の無限等比級数に なる。|x|<1のとき、1 +x+x2+· · ·= 1/(1−x)であることから計算すると、次のようになる。
G(s) = logA−log (
1−exp(hνs− hν kBT)
)
期待値を求めるためにsで微分してs= 0と置く。結局、周波数 ν のモードの一つに分配される エネルギーは次のようになる(Aは定数なので 第1項 logA は微分するとゼロ)。
hWi= hν
exp (hν/kBT)−1 (11)
これとモード数(式(5))を掛けると、周波数幅dν,体積V の中のエネルギーdUになり、さらに この比例定数としてスペクトル強度uν が得られる。
dU =hWidN, uν = dU
Vdν = 8πhν3/c3
exp (hν/kBT)−1 (12)
これをプランクの放射法則という。hν/kBT ¿1 の場合は、指数関数は1 +hν/kBと近似できる ので、uν = 8πν2kBT /c3 となり、レイリ─・ジーンズの式(7)と一致する。
f(x) =x3/(ex−1)という関数 f(x)を使うと、uν = (8πkB3T3/c3h2)f(hν/kBT)と書けるの で、ν に対するuν の変化をあらわすグラフは T によらず相似形になっている。グラフは横方向 にはT に比例し、縦方向にはT3 に比例して伸縮する。横方向と縦方向を合わせれば、全輻射強 度はT4 に比例することもわかる。これらは、ヴィーンの変移則とステファン-ボルツマンの法則 に一致する。
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2 1.4 1.6
0 2 4 6 8 10 12
f(x): 熱輻射スペクトルの形
Sx Sy
f(x)のグラフを描いて調べると、f(x)はピークをひとつ持つことがわかる。この位置をx=Sx
とし、f(Sx) =Sy とする。Sx ∼= 2.82,Sy ∼= 1.42である。したがって、スペクトル強度 uν の最 大点の周波数 νsとそこでの強度usは次のようになる。
νs=SxkBT /h ∼= (5.9×1010Hz/K)T, (13) us=Sy(8πkB
3T3/c3h2) ∼= (5.6×10−27J/m3HzK3)T3 (14) 宇宙背景放射の温度は約3K とされているが、そのスペクトルのピークは、上の式から νs ∼= 180GHzとなり、波長c/ν∼= 1.7mmのミリ波帯になることがわかる。
3
アインシュタインのA
係数とB
係数空洞の壁を構成する原子は電磁波を放出したり吸収したりしている。原子と空洞内の放射が相互 作用を行っている以上、時間が経つとこれらは熱平衡状態に到達し、放出と吸収がつりあうはずで ある。原子の熱平衡状態を統計力学のボルツマン因子で決め、吸収過程と放出過程について適当な 仮定を置くことにより、光のエネルギー量子について何も仮定しなくても、プランクの放射法則が 自然に出てくる。この吸収と放出の過程はレーザーの理論の基礎でもある。
簡単のため、原子は2つのエネルギー状態だけを取り得ると考えよう。各状態のエネルギーを、
E1,E2とし、∆E =E2−E1>0 とする。1は基底状態で、2 は励起状態である。基底状態の原 子の数をN1,励起状態の原子の数を N2 としよう。原子は補給されたり失われたりしないと考え る。つまり全原子数 N =N1+N2 は一定である。
3.1
自然放出と吸収励起状態の原子を放置するとやがて光を出してエネルギーの低い基底状態に遷移する。これを
「自然放出」という。一つの励起状態原子が短い時間dtの間に発光する確率はdtに比例すると考 えられるので、それをAdtと書こう。励起状態の原子がたくさんある場合は、N2に遷移の確率を 掛けただけの数の原子が発光し、その結果、N2 はN2Adtだけ減少する。したがって、N2の時間 変化の速さは単位時間あたり−AN2 である。もしこの過程だけが起るのであれば、
dN2
dt =−AN2
となり、この微分方程式を積分すると N2 =N2(0) exp(−At)となる。N2(0)は時刻ゼロでのN2
である。よって、時間が経つとN2はゼロになり、すべての原子が最低のエネルギー状態になって しまう。このような分布は絶対零度でのみ起る。
周波数ν の光が基底状態の原子にあたったとき、共鳴条件ν=∆E/hが成り立てば、原子は光 を吸収して励起状態に遷移する。この過程も確率によって記述される。光が強いほど遷移の確率は 大きいと考えられるが、周波数がν =∆E/hの光だけが関係するので、確率は光のスペクトル強 度 uν に比例することになる。よって、光によって N2が増える速さはBuνN1 と書ける。自然放 出と吸収の両方が起っていると考えると、
dN2
dt =−AN2+BuνN1
となる。もしこれらの過程だけが起るとすると、平衡状態では、dN2/dt = 0となるはずだから、
上式の左辺をゼロにしてみると、uν = (A/B)(N2/N1). 熱平衡状態を考えているので、N2/N1は エネルギー差によるボルツマン因子exp(−∆E/kBT)になり、共鳴条件も使うと、次を得る。
uν = A B exp
(
− hν kBT
)
AとB は熱力学的な量ではないから、周波数ν との関係はあるかもしれないが温度には依存しな いはずである。上式によると、T →0 でuν→0 となるから、絶対零度では真っ暗である。T に 対して単調増加であることもわかるので、温度が高いほどスペクトル強度uν は大きくなる。しか し、T →+∞ ではuν →A/B となって、スペクトル強度には上限があることになる。これは現 実と矛盾する。
3.2
誘導放出基底状態の原子に共鳴光があたると励起状態に遷移するが、励起状態の原子も共鳴光があたるこ とによって遷移を起こして基底状態に移ると考える。光で誘起されて原子がエネルギーを放出する ことになるので、これを「誘導放出」と呼ぶ。エネルギーは光として放出されるだろうから、誘導 放出によって光の増幅が行えるかもしれない。
誘導放出によってN2 は減少するが、その速さは、自然放出と同様にN2に比例し、吸収と同様 に uν に比例するだろう。そこで、自然放出と吸収と誘導放出のすべてを入れると、
dN2
dt =−AN2+BuνN1−B0uνN2 (15)
となる。B0は誘導放出の係数である。再び熱平衡状態を考え、dN2/dt = 0, N2/N1= exp(−hν/kBT) と置いて計算すると、
uν = A/B
exp(hν/kBT)−(B/B0)
hν/kB>0であるから、exp(hν/kBT)は 1と無限大の間で変化する。このとき、もしB/B0 が 1 よりも大きいと、低い周波数でスペクトル強度uν が負になってしまう。また、B/B0 が1よりも 小さいと、スペクトル強度に上限があることになってしまう。したがって、B0=B でなければな らない。結局、
uν = A/B
exp(hν/kBT)−1 (16)
ν が小さいところで古典的なレイリ─・ジーンズの式 (7)に一致しなければならないことを使う と、A/B が求められる。式(6)も使えば、これはモード数密度nν とも関係している。
A
B =8πhν3
c3 =nνhν (17)
これらの結果から、プランクの放射法則、式(12)が得られる。A と B はアインシュタインのA 係数、B係数という。A/B=nνhν から、1モードあたり1個の光子があるような放射による誘導 放出の速さと、自然放出の速さは等しいということが言える。
AとB の比はわかったが、これらの値そのものを求めるには、原子と光の相互作用を詳しく分 析する必要がある。それは原子の種類によって異なっている。これは、熱平衡に達した後の状態は A/B という比で決まり、空洞の壁を構成する物質には関係ないが、熱平衡に達する速さは壁の物 質によって異なるということである。
3.3
レーザービームの輝度温度1つのモードのエネルギーをhWi=Nphν とあらわすと、Np はモードの平均光子数であり、ス ペクトル強度はuν=nνNphνと書ける(nν はモード密度)。これと、式(17)を使って、式(15)は 次のように書くことができる。
dN2
dt =nνhνB[NpN1−(Np+ 1)N2] (18)
右辺のマイナスの項は放出の速さ、プラスの項は吸収の速さである。平衡状態ではこれらの比 (Np+ 1)N2/(NpN1)が1になるから、
N2/N1=Np/(Np+ 1)
レーザービームは指向性と単色性が高いので、狭い空間と狭い周波数領域に光が集中するため、
モードあたりの光子数Np は大きい。上の式によれば、このようなレーザービームと原子が平衡状 態にあるならば、比N2/N1 は1に近くなる。これはこの物質が部分的に高温の状態になり得るこ とを意味している。この比をボルツマン因子exp(−hν/kBT)に等しいとおけば、温度T が求めら れる。
T = hν
kBlog(1 +N1
p) (19)
この温度を「輝度温度」という。NpÀ1の場合は、これはT =Nkphν
B となる。
補足
A
モーメントとキュムラント確率分布Pn と n の関数Wn (n= 0,1,2,· · ·)が用意されているとして、指数関数 exp(Wns) の期待値を考える。これはパラメーターsの関数になるのでM(s)とあらわすことにする。
M(s) =
∑∞ n=0
Pnexp(Wns) =hexp(Wns)i (20)
M(s)は定義から正である。Wn や Wn の2乗、3乗などの期待値は有限値であるとする。
M(s)の sによる微分を求める。nによる総和とsによる微分は入れ替えることができるので、
M(s) の j 階微分を M(j)(s) とあらわすと、M(j)(s) =hdsdjj exp(Wns)i=h(Wn)jexp(Wns)i. ここで、sにゼロを入れると、
M(j)(0) =h(Wn)ji (21)
(Wn)j の期待値を Wn の 「j 次のモーメント」といい、M(s) は「モーメント母関数」という。
モーメント母関数を微分すれば任意の次数のモーメントが得られる。
モーメント母関数の自然対数G(s) = logM(s)を「キュムラント母関数」といい、G(j)(0)をj 次の「キュムラント」という。G0(s) = (d/ds)(logM(s)) =M0(s)/M(s)であるから、
G0(0) =hWni (22)
すなわち、1次のキュムラントは期待値に等しい。未知の係数aと既知の関数pn によって確率が Pn=apn とあらわされている場合、
M(s) =a∑
n
pnexp(Wns), G(s) = loga+ log (∑
n
pnexp(Wns) )
(23)
となり、G(s)を微分するとaは消える。したがって、係数aをあらかじめ決めておく必要は無い。
G0(s)をもう一度微分すると、G00(s) = (M00(s)M(s)−M0(s)2)/M(s)2となるので、
G00(0) =h(Wn)2i − hWni2 (24)
ところで、期待値からのずれ∆n=Wn−hWniのモーメントh(∆n)jiをj次「中心モーメント」と いう。特に、2次の中心モーメントh(∆n)2iを「分散」という。(∆n)2= (Wn)2−2WnhWni+hWni2 と展開してから平均を取ると、hWniはnによらない定数であるので、
h(∆n)2i=h(Wn)2i −2hWnhWnii+hWni2=h(Wn)2i − hWni2 (25) よって、2次のキュムラントは分散に一致する。同様に、3次のキュムラントが3次の中心モーメン トに一致することも示せるが、それ以上の高次のキュムラントと中心モーメントとは一致しない。